影グルイ   作:花火師

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遅くなって申し訳ありません。
賭ケグルイ双!!アニメ放送始まりますね!アニメ見ながら頑張って書いて行きたいと思っとります。頑張ります!


第9話

女子というには、あまりにきな臭かった。

 

言うこと為すこと全てが物騒で全てが血腥(ちなまぐさ)い。

僅かに香る鉄と火薬の異臭を誤魔化すような、少し強めの香水が鼻孔に押し寄せる。

体温が低いのか、少しひんやりとした無機質なリノリウムのような柔肌を晒し、俺を見下ろしている。

美しさ、可憐さ、麗しさ。そのどれにも当てはまらない。しかし振り切れた狂気性だけは異様に人の眼に残り、焼き付く女。そんな女。生志摩(いきしま)(みだり)

 

そして今、その生志摩は……。

 

「おら、触れよ」

 

「ばっ馬鹿!や、やめ……っ」

 

制服をはだけさせ、俺に迫っていた。

 

手狭な理科準備室。

アルコールと数多くの薬品たちが混じりあった独特の匂いが充満する中でも、生志摩の火薬臭さは見劣りすることなく健在だ。そんな色気もクソもない狂気の女が、制服のチャックを落とし、ボタンを広げ、俺へと迫っていた。

なんじゃこれ。なんでこんな事になってんだ。

 

隠すことなく開かれた制服の間から見える紫の下着に、本能的にチラリと視線がいってしまう。

そんな不躾な視線に気が付いているのか、生志摩は意地の悪そうに、ぶっそうに、ニヤリと口端を吊り上げた。

 

「我慢しなくていいんだぜ」

 

「いやあの。我慢がどうこうじゃなくてね……。だってお前、いま自分の右手が何を握ってるのかわかってる……?」

 

「あ……?この固くて立派で熱いモンのことか?……ンだよ。イィじゃねーか、アタシが代わりに握ってやってんだからよ。サービスだよサービス」

 

先端を遊ばせるように、右手を上下に軽く揺すりながら生志摩はより一層笑みを深めた。

いいのだろうか。高校二年生にして、こんな極、極々一部の人間にしか味わえないアダルティな刺激を覚えてしまうなんて。

困った。俺……こんな経験初めてだ……。

イッツ、アダルティ。

 

「ちっげーよ馬鹿!!何をわざとらしく意味深なことを言ってるんだこの馬鹿!早くそのリボルバーを下ろせって言ってんの馬鹿……!!馬鹿かこの馬鹿!!」

 

馬鹿馬鹿と言い過ぎてもはや古典的ツンデレみたいになってきている。馬鹿っ!

まぁそれは置いといて、現状を一言で説明するのは非常に難しい。

しかしあえて無理矢理一言で表すならば、こう言うべきだろう。

 

俺ピンチ。

 

 

 

 

バーサーカー生志摩から逃げている時のことだ。

死ぬ気で走る俺はT字廊下の曲がり角手前で、右手からこちらへ歩いてくる夢子を窓の向こうに見つけてしまった。

息が止まった。しかし酸素を止められた脳は一瞬にして数々の思考を巡らせる。ついでに走馬灯も巡った。

俺の教室から遠い、こんな所で出会う……つまりそうか、次の授業は教室移動だ。そして今、生志摩に追いかけられてるというこんな姿を夢子に見つかりでもしろ。夢子が生志摩を殺しかねない。

ただでさえ俺は手を噛まれている。あの目敏い夢子のことだ。噛まれた手を振りながら全力で逃げる俺+ゲヒャゲヒャ笑いで追いかけてる女子。

この地獄みたいな構図ですぐに状況を察するだろう。そうなれば間違いなく血祭りだ。

……いや、どっちが血祭りになるんだこれ。

片方はリボルバー持ちだし、さしもの夢子でも無理か?だめだ想像がつかん。夢子ならウフフ笑いしながら拳銃ごと掴んで捻り潰しそうな気もする。

ともかく、俺はいち早く夢子に気がつき、戻った。

少し戻った位置にある部屋、この理科準備室へと転がり込んだのだった。

 

そこでどうにか一息つき、「ふぅ、これで一安心。……あれ?生志摩が来ない……。ってことはどうやらアイツも上手く撒けたのか?勝ったな風呂入ってくるガハハ」なんてフラグを立てたがばっかりに、まるで銀行強盗の風体(ふうてい)で、変態がリボルバーを片手に乗り込んで来てしまった。コッペパンを要求する。

 

しまいには俺を机へと押し倒し、自ら制服の前をはだけさせたのだ。

 

「アタシが脱がされてるんだ。これで助けでも呼んでみやがれ、テメェは間違いなく変態として学園内で有名になれるぜ」

 

「誰かああああ!!誰か助けてくれええええ!!変態に!とてつもない変態に襲われてまーーす!!誰かむぐっ……っっ!!ぅぅんんんんッッ!!」

 

「ッチ!お構い無しかよ!オラ騒ぐんじゃねえ大人しくしろっ。お前はこれからアタシとイッパツヤんだよッ」

 

バーサーカー生志摩妄と善良な一般生徒。言葉に信憑性があるのはどちらかなんて非を見るより明らかである。

そもそもリボルバーを持ってる女子を襲おうだなんて考えるカーボン製ハートの痴漢が居てたまるもんですか。それはもはや超人の域だ。

誰か男の人呼んでーーー!!

 

痴漢騒ぎに出来ないとようやく理解した生志摩は、押し倒した俺の腰の上にドカッと座り込み、リボルバーの銃口をゆらゆら上下に揺らしながら俺へ向けるのであった。

以上、ここに至るまでの経緯でした。

 

「なぁ朝土ぉ。一回だけだ。一回だけでいいからよぉ、ロシアンルーレットしようぜ。大丈夫だっておっかねえのは最初だけだからよォ。すーぐ快感に変わっちまう」

 

「最初もクソもあるか。ふざけんな嫌だっつーの。てかお前もさっさと下着を隠せこの痴女」

 

「あぁん?見てーならいくら見てもいいんだぜウリウリ。……代わりに」

 

「ギャンブルはしません」

 

「は?」

 

「しません」

 

「は?」

 

どれだけ凄もうが首を縦に振ることはあり得ない。なんで俺の人生オールベットしてリターンのないギャンブルなんぞせにゃならんのだ。

他のギャンブルなら……カードやらサイコロやらゲーム関連ならまだいい。だがロシアンルーレットだけは駄目だ。

……なぜかと問われればもちろん一番は、危険性。これだけで断るには十分過ぎるが、それと他に理由がある。

“イカサマの難易度”だ。

 

そもそもロシアンルーレットというのはイカサマのしようがないゲーム。まぁ実銃を常日頃(つねひごろ)こねくり回してる人間ならばシリンダーの重さ、バランス、回す感覚からどこに弾があるのか推察は出来そうではあるが、そんなアドバンテージなど俺にあるわけもない。あんな凶器、当たり前のごとく触れたことないパンピーだぞ。昔ハワイでオヤジに習ってなどいないのだ。

それにリボルバーという“銃”が売り文句として掲げているのは《ジャムら(不発の)ない銃》という点。

実弾を引き当てた場合、言うまでもなく俺は即昇天だろう。

もし引き金を引いて実弾に当たってしまった場合、たまたまそれが不発弾でしたという可能性が完全にゼロという訳ではない。が、しかしだ。『今回はたまたま不発でしたー』と鼻水垂らして豪運に命を委ねる、なんてイカれた戦法は100パーセントで非現実的。……考えたくもない。

可能性があるとしたら、リボルバーの弾丸装填をこちらに委ねてもらい、実弾と不発弾を入れ換える……。と言いたいところだが、そんな都合よくリボルバーに詰められるような弾モドキなんて持ってない。そもそも俺は普通の男子高校生。世間的にはまだまだヤングな俺が拳銃など扱ったことなどない訳で、装填が出来るかどうかも怪しい。

拳銃についてなんてFPSで見ただけのにわかゲーム知識しか持ち合わせてないんだぞ。

 

ある程度実力のあるイカサマ技術師において、重要視されている第一条件は『その媒体に触り馴れていること』。第二に『失敗し慣れていること』。

第一はそもそも銃刀法違反に引っ掛かるし、第二の『失敗馴れ』をリボルバーで経験しよう!なんて……もう死んでるんだよそれ。

玩具の銃でも練習なんてしたこともない。爺様方はそういう身の危険がある手品は嫌ってたから。

と言うことで、俺に勝ち目はない。命の保証もない。どう足掻いても首を横に振るしかないのだ。

 

「はい、そう言うことだ。オッケー?」

 

所々はしょって『俺死んじゃうよーぴえん』と懇切丁寧に説明してやった。

だが生志摩は引かぬ、媚びぬ、省みぬ。

どうやら耳から入った言葉が全部反対側から抜けていってたらしい。まったく聞いてなかった。

それならよぉと、ニチャアっと粘ついた笑みを深めて体をくっ付けてくる。

 

「イカサマなんかしねーでギャンブルすりゃあいいじゃねえか」

 

「だっから!!死ぬって言ってんだ馬鹿かお前は!!いいや馬鹿だ、命は大事にしろって。つかとっとと離れろ、授業始まる前に準備しておきたいんだよ」

 

「待て朝土、よく考えてもみやがれ。お前じゃなくてアタシが死ぬ可能性だってあるんだ。五分だぜ五分。ネガティブなことばかっか考えてるから人生つまんねえんだよ、童貞」

 

「ど……っ!…………お前にポジティブに生きろとか人生観語られたくないんだが」

 

ど、童貞じゃねえし!

なんて口に出したら「うわ本当に童貞かよ。アタシで卒業してけ。ギャンブルで決めんぞ」とか言われかねないから抑える。……童貞なんだけどさ。なんだけどさ!!

 

…………しかし俺が。この童貞が、生志摩とは言え女子の下着を目の当たりにして興奮しないというのは男してどうなんだろうか……?

もしかして俺って不能……?

いや、ないな。まさかどこかの巨乳ギャンブル狂いのせいで耐性が付いたとでも言うのだろうか。……それとも単純にビビってるからか?……単純に生志摩だから、という可能性も大いにあるが。

俺だって思春期だ。正直下着も少しは気になるが……それでも9割5分は拳銃にしか視線がいかない。なんせ生死が掛かってるんだ。

…………他意はない。

 

「なぁやろうぜロシアンルーレットぉ」

 

「あれ、話が進んでないぞ?馬鹿か?」

 

「お前が頷くまで進むわけねぇだろ」

 

何をしたり顔で言ってんだ。

はぁぁもう……。

 

なんでこんな事になってるんだっけ。頭痛くなってきた。頭痛薬……は鞄の中か。

 

いつまでたっても進まない押し問答。暖簾に腕押しは明白。とりあえず握ったリボルバーで凶行に走らないよう宥めながら話を流していく他あるまい。

 

「生志摩、なんで俺たちがギャンブルしようって話になったか覚えてるか?」

 

「あ?んなモン楽しいからに決まってんだろ」

 

「会長に挑むためにチーム組むかどうかって話だったろうが!三歩歩いたら忘れるって、鶏かお前は!」

 

「あぁ?」 

 

「鶏かお前は!」

 

重々しい銃口をカチッと俺へ向けて固定する姿に、内心「ピャアアアアアアーーーッ!!」とビビり散らかしてるが、それを察知される訳にはいかない。バレれば俺が脅される形で全部押し通られてしまう。

リボルバーにビビるなってのが無理な話だが、今まさにここが正念場!

俺がくたばるのは最低80歳!!

こんな鶏に!こんな鶏に負けてなるものかッ!!

 

「この鶏が!!」

 

「はァ?」

 

カチャッ

ピャアアアアアアーーーッ!!

違うSOじゃなーーい!!

決して罵倒したい訳じゃない。なんで余計に刺激してるんだ俺。焦るな俺。

ほら。生志摩のただでさえ鋭い眼に青筋が浮かんでいる。更に鋭くなってる。眼だけで人を殺しそうだ。あ、リボルバーも持ってるんだっけ。これは殺された。

何か、何かフォローしなきゃ。

いやムリだ頭空っぽになっちった。

何も出てこねえ。

……いかん。もうチビりそうだ。

 

 

膀胱が緩みだしたそんな時

 

 

「…………え?」

 

 

それは希望か絶望か。

余りにも唐突に準備室の扉は開かれた。

 

 

「あ……」

 

「ああ?」

 

 

視線の先に立ち尽くすのは、ボブカットに可愛らしい髪留めでサイドテールを作った小柄な女の子。

おおかた、次の授業で使う道具やら何やらの準備に駆り出された生徒なのだろう。首もとに光る家畜(ミケ)のステンレスプレートを見れば、他の生徒の遣いっぱしりにされているのだろうと容易に推察できた。

本当に小柄であり、まるで中学生成り立てかと見紛うほどに幼い容姿をした彼女は小鹿のように足を震わせ、両手を口に宛てて驚愕の表情でこの事態に目を見開いていた。

 

「────ッッ!!」

 

そりゃそうよ。だって殺人現場3秒前だもの、この状況。

 

「あ、あさ。あさっ!あさささささわわわわっ!!」

 

おちつけ。

そして早く誰か助けを呼んでくれないか。教師を……いや警官だ。警官を呼んでくれ。早く。

とっととこの変態リボルバー女にお縄をかけてやってくれ。

 

「……ハッ……破廉恥ですっ……!!」

 

あれ……?

どうやら彼女には生志摩のリボルバーが見えていないようだ。

ほぅら、落ち着いてこの馬鹿女の右手をよーく見てみよう。何が見える?ほら、銃器だろう?警察沙汰だろう?

もうわかるよね、君がどうするべきなのか。どの国家公務員を呼んでくるべきなのか。

 

 

「あっ、朝土くんの破廉恥ぃいいーーーーーーー!!!」

 

 

ピシャリ!!

彼女は走り去ってしまった。

アサドクンハレンチヘンタイヘンタイと繰り返し叫びながら走り去ってしまった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「…………あれ?」

 

 

……なんだろう。

このやってしまった感。この取り返しの着かない事態になってしまった感。

どこかの誰かに聞かれたら間違いなくころ……考えないようにしよう。

胃をプロレスラーにぎゅぅぅと鷲掴みされているようだ。にしてもドヘンタイはないだろ。

そんな俺の心中知らずか、生志摩は俺を見下ろして言った。

 

 

「なぁ、朝土。ギャンブル」

 

「しねえよ」

 

 

 

 

…………しねぇよ。

 

 

 

 





……しろよ。

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