特別な出会いはなかった。
こちらからの一方的な面識。
それにしたって、ほんの数回、遠目に眺めたというだけ。
けれど、オレにはそれで十分だった。
このご時世、死者を背負う子供はありふれているけれど。
あの子のソレは、
だから、柄にもなく、救ってあげなきゃ、なんて思った。
まぁ、死神だし。そういうこともあるだろうと、そう思った。
───雨の中を、剣を持った少女が走っていく。
───その背中を、ずだ袋を被った小人族が追う。
───その姿を、濃紫の瞳は見つめていた。
『ヒィアアッ!』
「……っ!」
迫り来る『インプ』の鉤爪を無理矢理回避する。
避け切れずにずだ袋の一部を切断されるけれど、無視。戦闘を放棄して逃げ去る。
アマゾネスの騎兵と別れてから三度目となる遭遇戦。劣悪な【敏捷】と疲労が重なり、単体の敵すら対処が難しくなってきた。
『ギギギッ!』
「はい、前通りますよー」
『───ギギッ!?』
私の背中を追おうとしたのだろう怪物が、困惑の鳴き声を叫ぶ。
つい先程戻ってきたパックの妨害だ。内容は単純、ただ目の前を通り過ぎて声をかけるだけ。なにやら小さいヤツが空をかっ飛んでるのを見たらビビる、という低燃費かつ悪辣な策は、疲弊が
───小竜の咆哮が遠い。
───逆に言えば、まだ響いている。
つまりアマゾネスの少女は健在であり、足止めも成功しているということだ。
余計な思考をする余裕は無い。それは十分理解している。だがそれでも思ってしまう。───羨ましいと。小さな子供を守るために身命を投げ出すという素晴らしい役割を、どうして奪ってくれたのかと。酷く理不尽な弾劾を行ってしまう。
「───っ?」
「どうしたんです? お腹でも空きましたか我が王」
「……信じられない。
「えっ、マジですか?」
言っている私も困惑し切っているが、
迷宮内に神がいることはあり得ない。ギルドに禁止されているのが一つ、一般人並みの身体能力しか持たない人材を潜らせる意味はないし、何より背負うデメリットが大きすぎる。いくら構成員が死んでも主神が健在ならば【ファミリア】は生きるが、主神が死ねば問答無用で終わるのだ。酔狂を通り越して気狂いとしか思えない。
けれど、この瞳はいつだって正しく世界を
「偶然とは思えない
「直進する。あそこには神しかいない。私の膂力でも押し通れる可能性は高いっ」
そう、神しかいないのだ。どうやら護衛の団員の一人もつけずに迷宮を闊歩しているらしい。まるで意味がわからないが、私にとっては好都合だ。こちらは重傷者を抱える身なのだから、下界においては無力な神々など、脅威に思う余裕はない。
相手がタケミカヅチ様のような武神だったらとか、単身でモンスターをどうにかできる武装を所持していたらとか、そこまで考えられる程、今の私は冷静ではなかった。
どたばたと足音を鳴らし、ルームに突入する。
その、瞬間。
轟音。
爆砕。
「───っ!?」
抱えている少女のことを気にする余裕はなかった。
頭の中でけたたましく鳴り響く警鐘に従い、全力で前へと跳躍する。
瞬きの間の浮遊感、背後から生じる凄まじい衝撃、受け身を取ることも出来ず頭から倒れ込んで、ズザザッとルームの地面を荒く削る。土が口に入って少し気持ちが悪い。
ルームの出入口を見てみれば、何が起こったかすぐに理解できた。
「崩落……塞がれた、のか」
呆然と、呟いてしまう。
大量の土砂により、あまりにも出来すぎたタイミングで通行不可能となった出入口。間違いなく人為的な、否、
「おおう……他の出入口も塞がれてますよこれ。そんで、たった今最後のひとつが塞がれてしまったので、この広間は脱出不可能となった訳ですね」
「……なら、こじ開ける」
「それは困る」
ぞっ、と。
背筋が
「このような細工をしたのは、君と対面するためなのだから」
妖精眼はその全てを正しく
酷く妖艶な顔立ちも、どこまでも退廃的な雰囲気も必要とせず、判断できる。
その、漆黒の外套を纏う男神こそは。
───【死】を司る神なのだと。
「……なんだ、貴方は」
「既にわかっているはずだ。
「───」
告げられた言葉に視界が凍る。
槍のような一言に胸を貫かれる。
あまりにも直接的な
「───戸惑う必要はない、迷える子よ」
神が語る。
紫色の唇を薄く歪めて、微笑みを向けてくる。
「私は死神であり、お前の前に現れるのは必然。これはそれだけの邂逅なのだから」
「……私は、貴方を知らない」
「私もお前の仔細は知らないとも。判るのはひとつだけだ。
「───な」
驚愕が止まらない。
誰にも明かしていないのに。
アポロン様はもちろん、タケミカヅチ様にも、ツクヨミ様にさえ隠し通したモノを、眼前の見知らぬ神に暴かれる。
これ以上この神の言葉を聞いてはならないと感じた。
だが、それを、私の身体は許さなかった。
聞かなければならない、と。
フリューガー・グッドフェローは、この場面から逃げてはならないのだと、そう理解してしまった。
「───死にたいと願っている」
神が語る。
「───終わりを望んでいる」
それは、私の心そのもので。
「───
ズキリと。
全身が、軋んだ。
「……嫌だ。いや、やめて……」
「過去の亡霊に囚われている……掻き毟りたいほどの衝動を、後悔の鎖が縛り付けている……お前の心は安息を忘れ、ただ磨耗していく……ただ独り、誰からも救われず、さ迷っている」
「やめて、やめてぇっ……!?」
「───私が、全ての苦しみから解放してやろうか?」
深淵を彷彿とさせる紫の瞳と、目が合った。
「【死】を司る神として、お前に救いを与えよう。───私の眷属になれ、さ迷う者。我が手足となり、我が神意に身を委ねよ。さすれば世界は景色を変え、お前は永久の安らぎを得るだろう」
そうして。
死神は、致命的な一撃を放った。
「約束しよう。使命を全うしたなら───お前を縛り付けるモノ。
「───ぁ」
それは。
それは。
それは……。
☆☆☆
かつて、ひとつの【冒険】があった。
それが
誰が居て、どんな言葉を語り、どう終わったのかも、判然としない。その光景は既に失われている。
けれど、戦いがあった。彼等は戦ったのだ。
自分達を親元から引き剥がしたモノから解き放たれ、故郷へと帰るために。
か弱い子供の身体で、無い知恵を絞って、その小さな胸に、勇気の火を灯して。
いつ死ぬかもわからない暗闇に、希望の光を見出だしたのだ。
なんて尊いのだろう。
彼等は立ち上がったのだ。
手を取り合い、仲間となって、絶望に立ち向かったのだ。
全ての神々が祝福するような旅路に違いない。
天上の星々に見守られ、
過去のあらゆる偉業、栄光、偉烈に並ぶ出来事だったと、信じて疑わない。
そんな、誰にも語られることのない英雄譚が、確かに在った。
……私は、そこにいなかった。
勇気を持てなかったから。
希望なんてないと思っていたから。
私は、立ち上がれなかった。
彼等の手をはね除けて、目を背けた。
そして。
彼等は死んで、私は生き残った。
何度も、何度も、繰り返し考えた。
何故、運命は勇気ある彼等から命を奪い、勇気を持たない私を生還させたのだと。
何故、【冒険】に臨んだ彼等に与えられたのが『死』で、【幸運】なだけの私に『生』が与えられたのかと。
───何故、私は彼等と共に死ななかったのだと。
死にたかった。
彼等と死にたかった。
【冒険】があったのだ。
輝ける旅路があったのだ。
たとえその末路が死であったとしても、尊いモノがあったのに。
私は、死ねなかったのだ。
……ああ、そうだ。そうだとも。
だから、死ねないのだ。
【
───
……だから、もしも私が死ねるとしたら。
それは、私の全能力を用いても、どうにもならない終わりと出会うだけなのだ。
死力を尽くして、何から何までやり尽くして、それでも避けられない終わり。
【幸運】な私が死ねるような、【運命】によって定められた【死】こそ、私の求めるモノ。求める終わり。
救いはなく、許しもなく、ただ終わるその時だけを願って、ひたすらに怪物を屠る、そのために、迷宮都市オラリオまで来たのだ。
……その過程で、少しでも社の人々の暮らしが良くなるのなら、嬉しいと、そうも思ったけれど。前提は覆らない。
私は、ダンジョンに終わりを求めた。
醜い自己満足だと自覚している。
私が生きようと死のうと彼等の結末は変わらないのに、私は独りで勝手に苦しんでいるのだ。
彼等からすればいい迷惑だろうと思う。死後の安寧を乱してしまって申し訳ないと、心からそう思う。
けれど、そんな私が……もしも、【終わり】ではなく、【許し】を得ることが出来るとしたら。
それは、もはや何時だったかも分からないあの時に戻り、彼等の手を取って、共に【冒険】に臨み、そして死ぬこと、だけ。
そして、それは不可能だ。
彼等の【冒険】は過去に終わり、私はここにいる。
だから、そんなこと、考えもしなかった。
しなかった、のに。
『過去に死した者との、再会を果たさせよう』
死神ならば。
神様ならば。
この、あり得ない仮定も、実現出来てしまうのではないかと、そう思ってしまった。
万能たる
あの『選択』を、やり直させてくれるのではないかと、想い至ってしまった。
全てを捨てていいと思えた。
あの瞬間、あの選択を得られるのなら、今までの全てを投げ捨てたって構わないと思った。
社の人々だって、アポロン様の眷属だって、斬り捨てられるだろうと、そう感じた。
死神の神意に身を委ねて、完全なる殺戮機構に堕ち果てるだろうと、それでもいいと、思った。
だって、フリューガー・グッドフェローにはそれしかないから。
彼がそう望んだなら、喜んでそうするのだろう。
だから、私の答えは決まっていた。
☆☆☆
「さぁ、私の手を……」
死神が手招いてくる。
安寧の道へと。
楽に終われる道を示してくれている。
伸ばされた手は、天啓にも似ていて。
それを取ろうとする私を、私は否定しない。
「断る」
はっきりと、告げる。
はね除ける手を二度と間違えはしない。
死神の甘言を彼方へと吹き飛ばし、湾刀を握り締める。
瞠目する男神に向けて、言い放った。
「確かに私は死にたい。何もかも失って、ただ後悔だけを抱いた私は、死ぬまでもがき苦しむのだろうと確信している。死ぬその時まで永遠に安らぎを得ることはないのだろうとも。
けれど───
───それだけは、忘れてはいけない。
顔を失い、
躯を失い、
親を失い、
故郷すら失ったけれど。
からっぽになった小さなこの
死にたいという願いは変わらないけれど。
それは、我が奉ずる神様に相応しい終わりでなければならない。
「私の剣は武神タケミカヅチに授けられたもの。星を読む術は月女神ツクヨミに授けられたもの。神の恩恵は光明神アポロンに授けられたもの。貴方のために振るうものは何一つとしてない。
───何より。私の自己満足に他人を巻き込んでしまえば、
その様を、男神はどう受け取ったのだろう。
少なくとも彼は嘲りも笑いもせず、黙って私の叫びを聞いてくれた。
微動だにせず、静かに。
「……いいのかい? 本当に、オレの手を取らないで。君、泣いてるのに」
「泣いてなんかない」
「膝も、がくがく震えてるよ」
「震えてない」
「ほら、あと五歩くらい近づいてくれれば、それで」
「───独りになっても、あの人達を裏切ることだけは、したくない」
そっかぁ、と男神は呟いた。妖艶な雰囲気は既になく、されど軽薄な笑みもなく。
「噂の『人形姫』ちゃんをおまけ扱いしちゃうくらいには、君を気に入ってたんだ。死者に会いたいって子を……魂の歪んでる子を数えきれないくらいスカウトしてきたけど、君は格別だったからさぁ。死を司る神としても、安寧を与えてあげたかった。
───わりと
一歩、前に進む。
独白のように言葉を連ねる男神を見据えて、更に一歩。
今の今まで地面に投げ出してしまっていた少女を回収して、塞がれた出入口をこじ開けて、場当たり的な治療を行い、地上へと帰還するために。
「……オレの眷属になったら、その子もちゃんと治療してあげるよ?」
「うるさい」
「だよねぇ」
───じゃあ、こうしよう。
間違いなく、彼はそう口にした。
そして、理解する。
これから行われる行為は、致命的なモノであると。
「っ、死神───!」
「つまりは問答無用で死ねればいいんだろう? 死神として、死の安寧を求める者に、死を与えよう」
小人族の矮躯をもって、眼前の男神を取り押さえようと、身を屈めた瞬間。
抑え込まれていた『神威』が、解放された。
◆◆◆
「あぁ───これなら、大丈夫そうだね」
迷宮の天井に亀裂が生まれる。
雨のように破片を飛ばし、ダンジョンに召喚される『それ』を見て、死神タナトスは満足そうに頷いた。
漆黒の竜。中層に出現する竜種『ワイヴァーン』の強化種。
一対の翼をもって空を泳ぐ、偉大なる怪物。
下級冒険者では万に一つの勝ち筋も見いだせない、漆黒の終焉。
「……あれには、勝てないな」
ぽつりと、小人族は呟いた。
『求めるモノ』を与えられたにも関わらず、ひどく静かな言葉だった。
なぜなら、そう。
「けれど……私が死ねば、この子も死ぬな……」
足下に横たわる少女を、そっと抱える。
未だ傷の深い金髪の剣士。このままでは死ぬのだろう。だがそれは私の次だ、とフリューガーは分かり切った結論を口にする。
「この子を、隠してくれ。そして、可能なら、ここから出せ。頼む」
「貴方はどうするんです、我が王」
「……私は、戦わなきゃ」
少女を広間の隅に横たわらせ、妖精の隠蔽を施したのと同時に、漆黒の竜が完全に産み落とされる。
今も瞳から流れ落ちる涙を乱暴に拭い、頭上の翼竜を
迎え撃つのは灼眼。燃えるような竜の瞳が、眼下の敵を見据える。あまりにも小さな剣士を、敵と認める。
銀と赤の視線が交わり───そして。
『オオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
口腔より放たれし竜の息吹が、炎の濁流が、広間を焼き尽くした。
冒険をした/希望を求めた少年少女が死んで、
冒険しなかった/希望を失った自分が生きている。
その事実に打ちのめされた小人族です。
某国民的海賊漫画で、『人が死ぬのは、人に忘れられた時だ』という意見を目にしました。
そういった意味で、フリューガーは常に『少年フリューガー』という名の死者一歩手前の人間を背負っています。
なにせ彼を覚えているのは少女となったフリューガーしかおらず、少女からしても、顔も躯も記憶も奪われているので、もう死にかけです。タケミカヅチもツクヨミも、『彼』を生かしてはくれません。『彼』を生かしているのは自分一人だけ、と少女フリューガーは思っています。
立ち振舞いが女性と化していく、という事実は、少女フリューガーにとって『少年フリューガーが死んでいく』ことと同義であり、それゆえに精神を削られ、死にたいと願うようになりました。
自分が完全に死ぬ前に死にたいと思ったんですね。
でも、『彼等』は生を望んで冒険して死んで、フリューガーは生き残ってしまったので、死ぬわけにはいかなくなったのです。
タケミカヅチ様とかツクヨミ様とかからたくさん貰っちゃったのでシチュエーションにも拘るようになっちゃいました。
もうマヂ無理。そんな感じです。
某正義の味方兄貴を参考資料としています。
最終回でこいつに満面の笑顔で『生きててよかった』と言わせます(迫真大暴露)。
よわよわ小人族フリューガーの冒険、よろしければ今後もご贔屓にしていただけますと、私は嬉しいです。
あとタナトス兄貴は真剣にフリューガーを救うために行動しました。タナトス兄貴視点がなかったから唐突に見えてしまうかもしれません。いや唐突なのですが。いちおう前書きの語りが全てなのでそう深く考える必要はありません。
死にたがってる子を死神がほっとくわけないよなぁ? という一念によるタナトス兄貴劇場でした。
あと『彼等』ですが、全員死んでる訳じゃないです(重要)。フリューガーはそのことを知りませんが。
また、フリューガーと同じように、じっとしてたらいつの間にか助けられていた、という子もいます。
次回はアイズちゃん視点です。今回がくっそ難産だった分、次回はかなり早いかと思われます。よろしくお願いします。
烏瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。