TSロリが逝くダンまちゲーRTA   作:原子番号16

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 長すぎてなますになったので初投稿です。
 実際これはありなのだろうかと戦々恐々してますがまぁ二次創作やしかまへんやろ(無責任)


※ワイヴァーン戦のRTAパートは二話後に描写します。RTA風小説とは……

 ノノノーン様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 kuzuchi様から誤字報告をいただきました。こちらは『観る』で大丈夫です。ありがとうございます。
 竜人機様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 KAKE様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 あっきの王様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 so-tak様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


幕間『英雄宿命/ソード・オラトリア』

 漆黒の竜が、燃え盛る火炎を解き放つ。

 竜の口腔(こうくう)より迸る真紅の殺意(ドラゴン・ブレス)

 周囲一帯を焼き払う範囲攻撃(A o E)に対し、占星術師は一振りのナイフを構え、口を開いた。

 

 「《私は太陽を奉ずる者》───」

 

 詠唱と共に、魔力を観測する瞳、妖精眼(グラムサイト)がその色彩を変調させる。月を彷彿とさせる白銀が、太陽の輝きを放つ。

 『月』を根幹とする魔眼変調が敵対者に一撃必殺(クリティカル)をもたらすモノならば、『太陽』を根幹とするこちらは炎熱への対処に優位を得る代物である。

 さらに、占星術師は構えていたナイフを宙空へと投じ、指先を複雑な手順で動かした。虚空に魔法円を描き、占星術を行使する。

 

 「───《導きたまえ》!」

 

 はたしてそれはいかなる術理か。

 確かに投じられ、後は落ちるだけなはずのナイフが、宙空にてピタリと停止する。ついで方位磁針のように回転したかと思えば、ある方角へと切っ先を向けた。

 これこそが占術による《導き》であり、《導き》を得たナイフはより良い未来を指し示すべく宙を駆け抜け、広間の一点へと突き刺さる。

 その地点へと占星術師が滑り込んだ───直後。

 

 『─────────ッッッ!!!』

 

 火炎の濁流が、広間全域を焼き払う。

 とめどなく噴き出す竜の息吹。灼熱の殺意が迷宮の地面を爆砕し、土砂を巻き上げる。

 立ち込めていた霧は全て吹き飛ばされ、枯れ木も草原も等しく焼き滅ぼされ、全焼した大樹が轟音を伴って倒壊する。

 深い霧に閉ざされていた白色の世界は、ほんの数秒、たった一匹のモンスターの手で、真紅の世界へと模様替えされた。

 火の海と化した広間(ルーム)に、以前の光景を思わせるものは残されていない。

 

 『───ォォッ……?』

 

 絶大な破壊をもたらした漆黒の翼竜(ワイヴァーン)は、そこで怪訝な感情を、首を巡らせる仕草の中で表した。

 視界の晴れた赤色の平原から、彼の『標的』が消失(ロスト)していたからだ。

 神の神威に応じるように───神を葬るためにダンジョンより遣わされた『抹殺の使徒』たる翼竜にとって、神の抹殺は存在意義に等しい。先程の火炎流によって焼死させた手応えはなく、故にこの広間(ルーム)内にいるはずなのだが───。

 しかし、いない。

 神威を放ち、彼を召喚せしめた神タナトスは既に迷宮から脱出しており、彼の手の及ぶ範囲からは外れてしまっているのだ。

 

 そして、〝動揺〟という名の隙を占星術師は見逃さない。

 【一意専心(スキル)】をもって照準するのは竜の灼眼。装填されるのは魔術師の凶刃。

 最優先対象の消失(ロスト)に戸惑うワイヴァーンの眼球目掛け投じられる、《導き》を纏う凶弾───!

 

 『───ッッッ!!!? オオオオオオッ!?』

 

 一瞬にして潰された右側の視界。焼けるような痛みと部位の欠損という不快極まりない出来事に耐えかねた翼竜が叫喚を放つ。

 墜落することなく滞空駆動(ホバリング)を維持できたのは『彼』の技量によるものではなく、このまま墜落すれば命はないぞと本能が告げていたからだ。

 残された灼眼で焦土と化した地上を見下ろせば、なるほど確かに中央の辺りに『それ』はいた。

 頭から袋を被り、所々を草と土で汚した、矮躯の冒険者。

 なるほどその位置は死角であり、不意打ちするには適した地点である。

 けれど、それは有り得ないのだ。

 だって、その冒険者は、先程火炎流をもって焼き払ったのだから。

 

 『ゥゥゥッ……』

 

 確かに、直撃したはずだった。

 冒険者が飛び込んだ位置は念入りに焼き払ったのだから、生きているはずはない。

 しかし現実として冒険者は焼死しておらず、竜の瞳は奪われている。

 彼は優先順位を改めた。

 消失した神の追跡をひとまず保留とし、眼下の『脅威』を更に念入りに排除することを決定する。

 そして、

 

 『オオオオオオオオッッッ!!!』

 

 雄叫びと共に、冒険者の頭上より滑空攻撃を仕掛けた。

 

 (……よし)

 

 その姿を認めて、フリューガーは目論見が達成されたことを悟った。

 使()()()()()()()()ナイフを鞘に納め、魔術の連続行使によって生じた頭痛に顔をしかめる。

 予め三本用意していた『占星術師のナイフ』は、既にその残数を一つまで減らしていた。

 火炎流の回避に一本、竜の眼球を射抜くためにもう一本。開戦早々にも関わらず惜しみもなく振る舞われたそれらは、字面以上の成果をフリューにもたらしている。

 

 (これで、連続で火炎流を放たれる懸念は消えた……)

 

 フリューが危惧していた最悪の展開は『ひたすら火炎流を連打される』こと。

 こちらの攻撃が届かない上空から、回避に『占星術師のナイフ』一本を必要とする火炎流を淡々と放たれ続けたなら、フリューはそう遠くない未来焼死体と成り果てていただろう。

 だが、ワイヴァーンの次なる一手は『滑空攻撃』。

 謎の手段で火炎流を凌いだ獲物に対し、火炎流は有効打になり得ないと『誤認』した怪物が、近接戦闘を仕掛けてくる。

 偉大なる怪物と小さな冒険者の『駆け引き』は、冒険者に軍配が上がった。

 

 『オオオオオオオオ───!!!』

 

 火炎流を封じてなお鬼門は続く。

 ワイヴァーンは翼竜なれば、その真骨頂は一対の大翼による飛翔から繰り出される突撃である。

 まともに食らえば即死するのは火炎流と同じ。異なるのは防御不可能か可能かという一点のみ。

 その防御(パリィ)でさえ、体力の消耗と共に困難になっていく。

 故に、狙うのは翼。

 一刻も早く飛翔能力を削り、地上戦に持ち込まなければ、フリューに勝機はない。

 

 浅く息を吐き出し、武器を構える。

 握るのは無銘の湾刀。どこかの誰かが作ったらしい業物。

 精神を研ぎ澄ませ、【一意専心(スキル)】の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の竜を前に、一歩も引くことなく相対する冒険者の背中を、彼女は見ていた。

 

 その金色の瞳に滲むような()()を浮かばせて、じっと。

 

 破砕された己の武器を抜くこともなく、ただ、眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その『ズレ』が生じたのは、ある一幕からだった。

 

 

 『うわぁああああああああああああああ!?』

 

 第7階層の奥より響く複数の悲鳴。轟く叫喚。

 それに応じるようにアイズは駆け出し、すぐさま6階層へと続く連絡路前へとたどり着いた。

 

 『《キラーアント》の大群! 仕留め損なった冒険者が【怪物進呈(パス・パレード)】でもしたか!』

 

 アイズの付き添いとして同行していたガレス・ランドロックが事のあらましを察する最中───アイズは冷静に状況分析を行う。

 『正史』のように一も二もなく突撃し、最強の【復讐姫(スキル)】をもって蹂躙を働かなかったのは、モンスターの駆逐よりも優先したい事柄があったからだった。

 

 『増援、また来ます! 右の通路、数は……9体っ!』

 『だああッくっそ、演奏する暇もないぞこん畜生! 坊っちゃんは後退、左の方に行って!』

 『はいっ!』

 

 正面の連絡路を塞ぐ軍勢に加え、左右の通路からも次々と雪崩(なだ)れ込んでくるキラーアントを迎え撃つ、異なる徽章(エンブレム)をつけた複数の一党(パーティ)

 その中でも特に目立つ、只人(ヒューマン)の男性がいた。

 どこか吟遊詩人(バード)を思わせる布鎧を纏い、紅炎(プロミネンス)の輝きを放つ波状剣(フランベルジュ)を振り回すその男性の動きは他の冒険者と隔絶しており、上級冒険者であることは明らかである。

 しかし、アイズの関心を攫ったのは、その男性ではなく───彼の陰に潜むような立ち回りで怪物を殺していく、小さな剣士だった。

 

 『フリューくん、フォロー頼む!』

 『はい』

 

 頭目らしき波状剣(フランベルジュ)の男性の指示を受け、正面のキラーアントを屠っていた剣士が急場へと直行する。

 敵影が減少しつつある左側と違い、今も怒濤の勢いでモンスターが押し寄せている右側の戦場。9体もの追加が入ることに『多すぎるだろッ!?』と悲鳴を上げる冒険者達を通り過ぎ、更に前へ。

 迫り来るキラーアントの群れに、真っ向から立ち向かう。

 

 『アイズ、お主は右へ行け。儂は正面を叩く!』

 『……うん』

 

 ガレスの指示に従い、怪物を駆逐するべく、アイズは疾走した。

 

 

 

 

 『ガレス……』

 『む、どうしたアイズ』

 

 迷宮からの帰り道、アイズはガレスに質問を投げ掛けていた。

 やれ特注品(オーダーメイド)が欲しい10階層に行きたいなどという要求こそ活発だが、純粋な疑問を呈するのは珍しく、ガレスは目を丸くしてしまう。

 少女が語ったのは、先の戦場で共に戦った、名も知らない剣士の不思議だった。

 

 『わたしより、遅いのに……わたしより、たくさん倒してた』

 『そういう立ち回りをしとったからの、あの剣士は』

 『立ち回り?』

 『おうとも』

 

 こてん、と可愛らしく首を傾けるアイズを見て、歴戦の戦士であるガレスは鮫のように笑った。

 アイズの側で見事な立ち振る舞いを披露した戦士の姿は、彼の目にも留まっていたのだ。

 

 『湾刀の技量も大したものじゃが、目を見張るのは立ち回りよ。敵意(ヘイト)管理の概念と、モンスターの行動を知り尽くした者の動き方をあやつはしておった。聞くがなアイズ、先の戦い、やけに戦いやすくなかったかの?』

 『……』

 

 その言葉を聞いて、アイズは思い出してみる。

 【復讐姫(スキル)】によって冷静さを欠いており、あの場では気づけなかったが……戦いやすかった、ような気がする。

 いいや、確かに戦いやすかった。

 背後からの強襲も横槍も発生せず、常に一対一の戦場を与えられ、モンスターの方から寄ってくるので大きく移動する必要もなかった。

 それを、自らもキラーアントを間断なく屠りながら行うのが、どれだけ困難なことなのか、アイズにはよくわからない。

 

 『……立ち回り』

 『うむ。立ち回りじゃ』

 

 けれど、凄いことなのだろうとは思った。

 『体格が伴えば一級の壁役(ウォール)にもなれるじゃろうな』と呵々大笑するガレスの顔を見れば、容易に察せられた。

 

 

 

 

 

 

 次の『ズレ』は、酒場の一幕。

 

 

 『───それじゃあ、フィン達の活躍を(ねぎら)って、乾杯!』

 

 悪戯の神の音頭に合わせて、神の眷属が杯を掲げる。

 都市最大派閥として闇派閥(イヴィルス)の対応に骨を折る団員達を労うべく───という名目で───開かれた宴会の席に、アイズの姿はあった。

 探索帰りということもあって、こんなことをしてる暇はない戦わなきゃ症候群の勢いもそう強くはなく、しかし宴を楽しむ気分にもなれないので、派閥団長(フィン)の側で搾りたての果汁(ジュース)を黙って飲む。

 ドワーフの店主と絡んで常には見せない表情を浮かべる首脳陣、わいわいと騒ぐ同派閥の先達、楽しげにジョッキを傾ける他の客。そんな温かな光景に胸の痛むような懐かしさを感じていたとき───彼等はやって来たのだ。

 

 『アイズちゃーん! たまには団長達じゃなくて俺達とも話そうぜ!』

 『いけー、ケビン!』

 『……!?』

 

 ロキ・ファミリアの下位団員達だ。酒精によって朱の差した笑顔を振りかざし、普段交流する機会に恵まれないアイズへと突貫を仕掛けたのだ。

 都市最強派閥の名に違わぬ連携で瞬く間にアイズを取り囲んだ彼等は、ぎょっとするアイズに言葉を投げ掛ける。

 

 『アイズたん、じゃなくてアイズちゃん! お姉さん達の美味しい魔法の飲み物、飲んでみない?』

 『この不思議な飲み物を飲むと強くなれるんだぜ!』

 

 そのような言葉と共に差し出された『飲み物』は、魔法の飲み物ではなく、ただの果実酒だった。まあ気は強くなるだろう。もしかしたら【耐久】も若干上がるかもしれない。誤差の範囲内だろうが。

 飲んだくれによる、理論もへったくれもない酒の勢いに任せた『説得』。まともな人物相手なら通用するはずはないが、しかし。

 ───強くなれる?

 アイズの琴線を震わせる言葉(ワード)に加え、元々世間知らずだったことも合わさり、なんと成功してしまった。金色の瞳を爛々と光らせ、グラスを受けとってしまう。にんまりと笑う団員達。

 一連の流れにフィンが苦笑し、ガレスが面白そうに髭を撫でたところで、二人はある違和感を抱いた。緑髪エルフ(リヴェリア)はどこへ行った?

 

 『……あっ』

 

 アイズが果実酒に口をつける寸前。

 少女の身体は、硬直した。

 さあ今から飲みますよとグラスを傾ける姿勢のまま彫像と化すアイズに、他の団員達が怪訝な顔をしていると───

 

 『お前達』

 

 彼等の背後。

 アイズの視線の先に、鬼神が顕現していた。

 

 『年端もいかない子供に、故意に酒精を与えようとは……そうとう()()されたいようだな』

 『『『───スイマセンデシタ』』』

 

 一糸乱れぬ動きで床に這いつくばる下位団員達。

 平伏する彼等に、リヴェリアは不機嫌な顔のまま言葉を連ねる。

 

 『宴会で羽目を外すのは勝手だが、最低限のマナーは守れ。全く……』

 

 それは、『正史』とは異なる対応だった。

 本来ならばフィンとガレスに妨害されて阻止できなかったアイズの飲酒を、このリヴェリアは防いだのだ。

 

 『昨今は神も酒で身を崩し、治療院の世話にかかっているという。このような時勢故、飲酒そのものを禁止しようとは思わないが……十にも満たない子供に飲ませるのはいただけん』

 

 それは彼女が知己の治療師から聞いた話だった。

 ()()()()()が過剰な飲酒と過労によって治療院にかかったという、それだけの話なのだが、酒飲みの主神を抱えるリヴェリアには他人事とは思えず、結果としてやや神経質になっていたのだ。

 そもそも特に何もなかった『正史』でも未成年の飲酒行為を止めようとはしていたので、ちょっとでも背中を押されればこうなる、というだけの話だった。

 

 『これは没収させてもらう』

 『は、はい……』

 『くそっ、酔いどれアイズちゃんを拝めると思ったのに……!』

 

 鬼神の去った後。

 アイズは項垂れる下位団員達に囲まれて神妙な顔をしていた。リヴェリアは酒を没収しただけで下位団員をアイズからひっぺがそうとはしなかったのだ。どうやら先程下位団員の一人が発言した内容にリヴェリアも賛同しているらしかった。

 アイズはどうすればいいかわからなかった。モンスターを始末する方法は学んできたが、同僚とお喋りする方法はさっぱりである。何を話せばいいかわからない。

 もういっそ逃げ出してしまおうか。そこまで考えたアイズに、待ったをかける人物がいた。

 

 『……まぁ別に。酒がなくてもお話は出来るからな、なんの問題もないだろたぶん。というわけでお話しようアイズたん、じゃなくてアイズちゃん』

 

 先程真っ先に話しかけてきた男性、ケビンである。

 彼に続くように、他の項垂れていた下位団員も顔を上げる。

 

 『……すみません、その。……何を、話せば』

 『知ってた』

 『ふふふ我等の調査ぢからを侮ってもらっては困るぞアイズたん。君が迷宮探索にしか興味のない戦闘大好きガールということはこの場の全員が知っている……』

 『そんなアイズちゃんと楽しくお話するための策は用意済みよ!』

 

 口々に言い募る下位団員達は、一通り発言した上で、一人の男を見る。

 同僚からの合図を受けた男、ケビンは、ニヤリと笑ってこう言った。

 

 『ここには槍使いと双剣使いと湾刀使いと盾使いと、エトセトラエトセトラな上級冒険者が揃っている訳だが……どいつの話から聞きたい?』

 

 都市最強派閥(ロキ・ファミリア)における『下位団員』───Lv.2以上の先達に囲まれるアイズは、その瞳を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───そして、決定的な『ズレ』が起こる。

 

 

 『アイズ、これは誰しもが通る道だ。深刻に受け止めるな』

 『【アビリティ】は極めるにつれ、成長速度も落ちていく。決して君の伸び代がなくなったわけじゃない』

 『そうやなぁ。【ステイタス】っちゅうもんはそういうもんや』

 

 リヴェリアが、フィンが、ロキが口にする言葉を、アイズは黙って聞いていた。

 【ステイタス】の諸数値が限界間近となり、成長速度の衰え始めた時期。

 リヴェリア達と言葉を交わし、執務室から出たアイズは、感情のままに渡された更新用紙を握り締める。

 幼い相貌に浮かぶのは身を焦がすような不安だ。衰えた成長速度に、明かされない【ランクアップ】の手段に、自分はもう前に進めないのではないかと恐怖してしまう。

 張り詰めた表情でダンジョンに向かおうとするアイズは、本拠地(ホーム)の門をくぐろうとした時、見覚えのある顔を見かけた。

 

  『あら、一人でダンジョンに行くの? あんまり無茶しちゃ駄目よ、アイズちゃん』

 

 以前、宴会で知り合った女性。

 本日の門番を務める彼女の腰には、薄く歪曲する長剣が備わっていた。

 

 『……だったら、武器を変えてみない? アイズちゃんってば短剣一筋だから、この機会に別のも触ってみましょうよ。それに、不慣れなことをすると【ステイタス】も上がりやすいわ』

 

 湾刀使いの女性は真摯にアイズの不安に付き合った。

 少女の言葉足らずな説明をしっかりと聞き、策を提示し、門番の代わりを見繕い、暇そうな同僚を片っ端から連行して、【ファミリア】の予備武器部屋へとアイズを連れていったのだ。

 買ったのはいいが使う機会に恵まれなかった代物や、引退した先達の武具が所狭しと押し込められた一室。

 女剣士が手に取った武具をアイズが軽く振るい、その武具を専門とする団員が筋の善し悪しを判断する。

 やれこれはいい、やれこれはよくない、やれお前の性癖を押し付けるな、などと喧騒が広がり、かつての宴会の席で自分の武器を宣伝(ダイマをかま)した者達が集い、遂には派閥団長まで加わった美少女戦士の武器選びは、巡りめぐって初心にかえってきたところで落ち着いた。

 

 『……これがいいです』

 

 アイズが手に取ったのは───湾刀だった。

 槌や槍よりも剣の形をしている武器の方が馴染みやすく、その中でも軽いものに惹かれた。

 そして、かつて僅かな時間『共闘』した剣士の姿が脳裏を駆け回り、この武器を選ばせたのだ。

 

 『う、うーん。使ってる私が言うのもなんだけど、これって結構扱いにくいのよね。斬るのにコツがいるし、受け流すのも難しいし、あとはそう、とっても脆いの。初心者さんにはちょっとおすすめ出来ないかなぁ?』

 『やっぱり大剣だろ。ソロならともかく、隊伍組んでいいんなら初心者向け極まってるし……何より、美少女がゴッツイ剣担いでると俺が嬉しい』

 『ふんっ、黙れ筋肉主義者(マチスモ)。麗しい乙女に相応しいのは長弓であると何度言えばわかるのだ』

 『いや弓ってくそムズいじゃん。というか武器ってどれもこれも難しいし、使わないでよくない? やっぱり女なら拳が一番でしょ? 一緒にモンスターを殴り倒そうよ、アイズちゃん!』

 『『『申し訳ないがアマゾネス理論はNG』』』

 『なんでェー!!!?』

 

 セルフ漫才を披露する団員達に目を丸くするアイズに、苦笑するフィンが口を開く。

 

 『……やっぱり槍、使ってみない?』

 『え、と』

 『冗談だよ。アイズが自分で選んだんだ。僕らはそれを応援するだけさ。しばらくの間、カガリと一党(パーティ)を組んで、教えてもらうといい』

 『えっアイズちゃんとダンジョンしていいんですか? やったー! 頑張って教えるわね、アイズちゃん!』

 

 こうして───アイズは《剣の祝杯(ソード・エール)》をしばし封印し。

 先達の残した湾刀を、握ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (───あつい)

 

 ぼんやりとした思考の中で、一人思う。

 辛うじて火の海と化していない、広間(ルーム)の隅に寝かされている彼女だが、燃え盛る炎の熱は伝わってきている。まるで悪魔の釜に入れられたかのよう。

 

 (───……あつい)

 

 ならば。

 背中から生じる凄まじい熱は、まさしく竜の炎を直に受け止めているのだろうと、アイズは思った。

 

 (───怪物は、殺す)

 

 それは両親を奪還するための『道標』であり、過去に打ち立てた『誓い』である。凄絶な過去によって歪められたアイズの根幹である。

 故にアイズは怪物を殺す。それは考えるまでもなく当たり前のことで、アイズがアイズである限り、決して曲げられない代物だ。

 けれど、しかし、それでも、

 

 (───怪物は、殺さなきゃいけない、のに。……痛い。苦しい。暑い。……()()

 

 アイズは己を支えていたものが砕けかけていることを自覚する。

 痛いのは怪我をしているからで、苦しいのはいつものことで、暑いのは気温が上がっているだけ。けれど、最後の感情だけは、抱いてはならなかった。

 アイズがアイズであるならば、今すぐに立ち上がって憎き竜を殺さなければならないのに、怖い。

 そんな感情はとうに捨てたはずなのに、怖い。

 【復讐姫】(竜に負けないための力)を背負うアイズが()()()()()()()()()()()()()()───怖いのだ。

 

 (───負けた。負けた。負けた。『竜』に敗北した。絶対に負けちゃいけないのに、二度と負けないと誓ったのに、わたしは)

 

 スレイヤー系の【スキル】保有者には、共通する事柄がある。

 特定の種族と相対した際、絶大な恩恵を発揮する彼等は、総じて『その種族を相手取ることに特別な感情を持つ』傾向があるのだ。

 その種族の怪物には二度と負けないという強烈な自信、自負。あるいは二度と負けたくないという恐怖(トラウマ)。そういった経験値(エクセリア)を基盤として汲み上げられる【スキル】系統であるからして、それは必然である。

 そしてアイズの場合は、後者だった。

 

 (───負けた)

 

 竜には二度と負けないなんて自信も自負もあるはずがない。歴史上最強と称されるスレイヤー系スキル【復讐姫(アヴェンジャー)】の根幹にあるのは竜種に対する底無しの()()だ。少女から全てを奪い去った漆黒の終焉にアイズは恐怖して恐怖して恐怖して、それでも打ち勝たなければならなかったから、その【復讐姫(スキル)】は発現した。

 もう二度と負けないように、二度と大切なものを奪われないようにという『願い』。

 ───それを根幹とするスキルを所有するアイズが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (───怖い……怖いよ……)

 

 人形の仮面はとうに剥ぎ取られ、アイズは弱い少女のままに恐怖に震える。再来した心的外傷(トラウマ)に怖気が止まらない。

 ゆっくりと時間をかけて静養すれば立ち直れる程度の精神異常(デバフ)によって、アイズは戦闘不能と化した。

 

 

 『───オオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 一際大きく、竜が叫んだ。

 アイズにはそれが何か理解できた。

 それは、勝鬨だった。

 漆黒の翼竜、強化種のワイヴァーンは、冒険者に打ち勝ったのだ。

 『彼』は満身創痍だった。

 傷の数だけを見れば、大したことはないのだろう。だが断ち切られたほんの数ヶ所には、いずれも一歩間違えれば致命となっただろう深い傷が残されている。

 瞳を奪われ、翼を千切れる寸前まで痛め付けられ、今も首元から大量の血液を溢す翼竜。

 その眼前に、冒険者はいた。

 

 「はっ……ぁっ……」

 

 こちらもまた、満身創痍だった。

 複数の致命傷一歩手前の傷を負う竜とは違い、冒険者には致命の傷はない。服の所々を焦がし、頭から被るずだ袋がぼろぼろとなっている程度である。そして、それらは地を転げるように行われた回避運動の結果であって、やはり竜の手で刻まれた傷はない。

 それでも、冒険者は敗北した。

 単純な体力差によって、無傷でありながら、湾刀を振るう冒険者は膝をついた。

 全ての攻撃を弾き、避け、何度も致命の一撃を叩き込んでなお、偉大なる怪物を屠るには足りなかったのだ。

 

 アイズはその戦いの全てを見ていた。

 見ていた上で、立ち上がることなく、地に伏せていた。

 その理由は極大の恐怖に抗う術を持たなかったのと、もうひとつ。

 

 (───ああ。わたし、期待してたんだ)

 

 もしかしたら、と。

 母親のような森人(リヴェリア)に酷い言葉を叩きつけて、無謀な探索を決行して、小竜の強化種というイレギュラーと遭遇して。

 既に一匹のインファント・ドラゴンを倒しきっていた湾刀が、限界を迎えて砕け散った瞬間を狙われ、火球を当てられて。

 竜に負けた瞬間に───その人は、現れたから。

 

 「わたしの……えいゆう……」

 

 アイズは諦め切れなかったのだ。

 自分の前に現れることはないのだと悟り、自ら剣を執った今でも、どうしても。

 『わたしだけの英雄』と出会える奇跡を、どうしても捨てられなかった。

 だから手を貸さなかった。

 もしかしたらそうなのかもしれない、と。根拠のない望みを投げ掛けて、名前も知らない湾刀使いと共に戦おうとしなかった。

 

 「……ごめん、なさい」

 

 アイズはどうしようもなく惨めな気分になった。

 自分が勝手に期待したせいで、自分を守るために戦ってくれた人は死ぬのだと思うと、胸がひび割れそうだった。

 何より、何も為せないまま死んでいく己が、許せなくて、悲しくて、(むな)しかった。

 

 竜が前進する。

 冒険者には欠片ほどの力も残されていなかった。

 英雄のごとく戦った戦士に対し、偉大なる怪物は引導を渡すように厳かに歩み寄った。それはモンスターである『彼』には備わっているはずのない感情によるものだった。

 生ける彫像と化した戦士。眠りを与えようとする竜。

 アイズにはどうすることも出来なかった。

 身体は指一本動かなくって、仮に動いたとしても距離が遠すぎる。

 完全に、詰んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「───《踊れ踊れ平原吹く風、かの者の声を、私の耳へ》」

 

 その詰み(おわり)を覆すべく、悪戯の妖精は魔力を振るう。

 

 悪戯を専門とする彼が行使するのは風の魔術。

 遠くの声を誰かの耳へ届ける程度のささやかな魔力。

 そして、使用限界に達したずだ袋を剥いで差し上げる。

 

 これでいいだろう、と妖精は確信する。

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 アイズはそれを見て、それを聞いた。

 

 英雄のごとく戦った剣士の顔が晒される。

 一秒後の死を避けられない人間の顔が晒される。

 アイズはその時初めて剣士が自分と同年代の少女であることを知り、

 

 

 「……()()()()()()()

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、アイズの中で何かが壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振るう、父親の後ろ姿。

 金の瞳はそれを見ていた。

 木漏れ日の差し込む場所で、母親の隣に座って。

 鍛練の様子を、父親はあまり見せたがらなかった。

 けれど彼は剣を抜いた途端に専心し、相貌を凛々しい戦士のそれへと変貌させるのだ。

 父親の剣を見るのは好きだった。

 その剣は何かを傷つけるものだけれど、同時に仲間を、母親を守るためのものでもあったからだ。

 

 アイズにとっての父親は、母親を守る剣士であり、『英雄』そのものだった。

 

 『アイズ』

 

 名前を呼んで、彼は鞘に納めた剣を差し出した。

 その相貌は凛々しくも穏やかで、

 

 『アイズ』

 

 背後から、母親の声がかかる。

 その声は、子供への愛情に満ちていた。

 暖かな陽光の下、両親の愛情に包まれて、目の前には、憧れてやまない『英雄』の剣がある。

 けれど。

 

 「……違う」

 

 アイズは、それを手に取らなかった。

 

 「わたしには、振るえない……」

 

 表情を失くす父親の姿に僅かな諦観を覚えながら、少女は言葉を連ねる。

 

 「……わたしには、救えない」

 

 アイズはここが現実でないことを悟っていた。

 おそらくは、人が死の淵に見る走馬灯のようなものなのだと思っていた。

 だから、少女は願った。

 

 「……わたしには、来なくていいから。わたしは出会えないって、わかってるから」

 

 ()()()()()()()()()()少女の姿を想い、願う。

 

 「どうか、あの人のところへ行ってあげて。あの人を救ってあげてっ、英雄さま(おとうさん)……!」

 

 あの瞬間。

 英雄だと思っていた剣士の顔と言葉を聞いた瞬間、アイズはわかってしまった。

 あの人は英雄ではないと。

 アイズと同じように、全てを奪われたのだと。

 『英雄』に出会えなかった、ただの少女なのだと。

 それはアイズにとって絶望に等しかった。

 彼女はアイズと同じだったのだ。

 全てを奪われて、けれど『英雄』は現れなかったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と、悟ってしまった。

 

 原因が違うだけなのだ。

 それが世界三大依頼の標的にして人類の絶対敵対者の手によるものか、古の森人の手によるものか、あるいはまた別の手によるものか。

 どんな経緯であれ全てを奪われた事実は変わらなくて、そんな境遇の少女は世界にはありふれていて、『英雄』の数は決まっていて、救われない少女の方が多いのだと、そう感じてしまった。

 

 故に、彼女は願うのだ。

 わたしは救われないのだろう。救われない誰かのように救われないのだろう。わたしだけの『英雄』なんて居ないのだろう。そんなことはもうわかっている。

 だから、せめて、あの人には。

 見ず知らずの自分のために命を賭して戦ってくれた、運命に苛まれてなお清廉だった、まだ『英雄』と出会えるかもしれない少女には。

 救われない少女が二人いるのだから、片方くらいには救いが与えられるべきだろうと、『英雄』に願うのだ。

 

 『……アイズ』

 「お願い……お願い、します。わたしは、いいから。わたしはもう、諦めたから。だから、せめて───!」

 

 金の瞳から滂沱の涙を流して、アイズは懇願した。

 たとえ目の前の『英雄』が、自分が死の淵で幻視した、形のない『英雄』だったとしても。

 そう願うことこそが、あの少女への謝罪になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……アイズの、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 アイズはそれを幻聴だと信じて疑わなかった。

 この光景は自分(アイズ)が死ぬ寸前に見た幻覚の類いなのだから、自分(アイズ)の知らない言葉を話す母親が存在するはずがないと思ったのだ。

 けれど背後を振り返ってみれば、そこにはアイズが見たことのない表情(かお)をした母親がいた。

 

 「おかあ、さん……?」

 「おばかには、ぺちんってしちゃう、よ」

 「っ~~~!?」

 

 アイズは額を押さえてうずくまった。───でこぴんされたのだ!

 今度こそ、アイズは混乱した。天真爛漫の化身だった母親からでこぴんを喰らわせられるなんて、緑髪エルフ(リヴェリア)安酒(エール)を一気飲みするような事態で、つまりは天変地異に等しかった。

 訳がわからなかった。

 父親も、母親も、自分(アイズ)の見たことのない顔をしていた。

 あるいはそれは、子供が生まれたことで引っ込んだやんちゃさの発露であり、これこそが本来の2人の顔なのだろうか───?

 

 「アイズ」

 「───」

 

 父親の声に、荒ぶっていた精神が整えられる。

 子供の前では決して見せることのなかった顔をする父親は、かつてあらゆる戦場を制した『英雄』としての言葉を語る。

 

 「僕は、あの子の英雄にはなれないよ」

 

 ───アイズが相貌を罅割らせようとした、寸前。

 父親は、剣のような眼差しで、アイズを射抜いたのだ。

 

 「あの子の英雄は、もう決まっている」

 「ぇ……?」

 「……聞いて、アイズ」

 

 今度は、母親。

 英雄に寄り添い、運命の糸を巻く使命を帯びた『大精霊』が、母親の顔を一時(いっとき)胸の奥に仕舞い込み、語る。

 

 

 「───()()()()()()()()()()()()()

 

 

 金の瞳が、見開かれる。

 

 「あの子を助けられるのは貴方しかいない。そして貴方には『資格』がある。根性も才能も運命も足りている。だったらなれないはずはない。貴方が英雄になるしかない」

 「わたし、が───?」

 

 考えたこともなかった。

 剣を執る前も、剣を執ってからも、一度も思うことはなかった。

 アイズにとっての英雄とは父親で、決して自分の前には現れない幻で、自分がそれになるなんて、思えるはずもなかったから。

 弱くて、小さくて、モンスターを憎むことしか出来ない自分が、誰かを救えるなんて思い上がることは出来なかったから。

 けれどアイズの両親は、その瞳にほんの少しの寂寥と無条件の信頼を浮かべて、語るのだ。

 

 「英雄になれるのは、今を生きる者だけなんだ。少なくとも僕には出来ない。だから、アイズ、もしも君があの子の救済を心から願うなら───」

 

 

 

 「今この瞬間に、英雄になりなさい」

 

 

 

 「──────ッッッ!!!」

 

 胸が震えた。

 瞳に熱が宿り、萎えた息に活力が満ちる。

 少女が憧れた『英雄』からの『激励』に、貴方なら為せるという全幅の信頼に、打ち震えるほどの感動を覚える。

 頭が真っ白になってしまうくらい驚いて、泣いてしまうくらい嬉しかった。

 だって、そんなことは言われたことがなかったから。望まれたことがなかったから。

 

 『貴方も素敵な相手に出会えるといいね』

 『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

 

 それは紛れもない愛情だったのだろう。

 心優しい両親は、愛しい娘が過酷を紡ぐことを善しとせず、英雄になることを望まず、ただ英雄と出会えることを願った。

 けれど、この子(アイズ)が望むのならば。

 救うべき相手を見つけてしまったのならば。

 救いたいと、そう思ってしまったのならば。

 ───『英雄』の先達として、力を授けよう。

 ───『精霊』の使命に()りて導きましょう。

 今この瞬間に限り、子を愛する(かお)を捨てる。

 

 「アイズ。君に剣を与えよう。君が救いたいと願ったものを救える剣を。けれど忘れないでほしい。その力はまだ手に余る。細心の注意を払い、抜くべき時にのみ抜き、振るうべき相手にのみ振るいなさい」

 「貴方に風を授けます、アイズ。私達の愛しい娘。私の風は貴方を包み、貴方の意のままに吹き荒れるでしょう。……でも、忘れないで。貴方はまだ、ちょっとだけ、弱いから。その『風』で何をするのか、よく考えて、使ってね」

 

 父親が剣を差し出し、母親が片手を持ち上げ、人差し指を立てて、音を紡ぐ。

 それは『英雄』の『証』だった。物語となり、人々の間で受け継がれ、永遠に語られるべき英傑が積み上げた『証』。人類史においていっとう輝く星であり、『英雄』にしか背負えない『力』だ。

 それら全てをアイズはしっかと受け止めて、その重みに愕然としてしまう。あまりにも重くのしかかるそれに欠片ほどの恐怖を抱く。背負い切れるのだろうかという不安も。

 けれどアイズは背負ってみせた。英雄と精霊の血族という『素質(かなとこ)』と怪物への『憎悪(ほのお)』と英雄の信頼に応えたいという『願い(みず)』と名も知らないあの人を救いたいという『誓い(つち)』で、アイズ・ヴァレンシュタインという少女を決して折れることのない【英雄(つるぎ)】へと打ち変える。

 

 

 この瞬間。

 英雄と精霊の血を秘める少女の裡で、『可能性』が芽吹いた。

 

 

 気づけば、周囲は一変していた。

 木漏れ日の差し込む木陰は既に消え、火の粉散り舞う戦場と化している。

 アイズは、自分の背後に、『彼』と『彼女』がいることを感じ取った。彼等の戦いは既に終わり、結末を迎えようとしていることも。

 だから、アイズは目の前の二人に背を向けて、走り出さなければならない。

 

 「お父さん、お母さん」

 

 戦場へと向かう直前。肉親と交わす最後の言葉。

 父親と母親の眼差しを受けるアイズは、胸の奥につっかえたものを吐き出した。

 

 「───わたし、ちゃんと英雄になれるかな」

 

 それは当然の不安だった。

 一度は折れてしまった自分が、両親(あなた達)を奪った怪物どもへの憎悪に未だ折り合いをつけられていない自分が、迷ってばかりの弱い自分が、誰かの英雄になれるのだろうかと、不安に思った。

 こんなわたしが英雄になっていいのだろうかと、思ってしまうのだ。

 不安に震える愛しい娘に、二人の親は全幅の信頼を視線に乗せて、言った。

 

 「なれるとも。英雄になりたいと願うなら、きっと。……というより、こんなのは考え方の転換だ。初めからアイズは、()()()()()()()になろうとしてたんだから、そこに何人か付け足すだけでいいんだ」

 「私達を救いたいって、思ってくれるのは、嬉しいよ。……そんな貴方なら、道中で小さな子を救うくらい、へっちゃら。むしろ色んなことをして、いっぱい笑って、たくさんの人を助けてあげてほしいな。私達は、アイズに救われるまで、ちゃんと待ってられるから」

 

 「───ふふっ」

 

 アイズは、笑った。

 父親も、母親も笑っていた。

 だから少女は願った。

 どうか待っていてほしい、と。

 いつか貴方を救うその時まで、どうか───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 『オオオオオ……』

 

 竜が鳴く。

 一刻にも満たない死闘に幕を引くべく構えるのは竜の炎だ。

 軽く踏んづけてやるだけで死ぬ人間に、ワイヴァーンは己の炎を与えんとしていた。

 そこには『称賛』と『敬意』があった。己の全てを攻略し尽くし、何度も刃を突き立てた勇士への無自覚な感情があった。

 神を始末するためだけに産まれた『抹殺の使徒』は、勇士と死闘を演じるという〝物語〟を与えられたのだ。

 故に、その終わりは勇士に相応しいものでなければならない。『彼』は己が誇る最強の武器を選択する。眼に映るもの、その全てを燃やし尽くす竜の炎である。

 

 ことここに至り、冒険者は微動だにしようとしなかった。単純な、生物としての限界があった。冒険者は己の全てを懸けて戦い、全てを出し尽くした。その上で、冒険者は敗北するのだ。

 だから、終われると。

 これなら、終わっていいと。

 やっと、終われるのだと。

 冒険者は薄く微笑み、そして泣いた。

 

 

 『──────オオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 火炎が放たれる。

 真紅の濁流が迸る。

 冒険者は類いまれなる魔眼で一秒後の死を観た。

 がさり、と音を立ててずだ袋が地面に落ちる。

 結局のところ彼/彼女の人生は後悔と諦観にまみれたものだったが、それでも輝けるモノを与えられた歓びを抱いて死ねることを幸福に思った。

 最後に、名も知らない金の髪の少女に向けて、守れなくて申し訳ない、という謝罪を心中で呟いて、

 ───やっと、終われる。

 その終わりを、受け入れた。

 

 

 

 

 「───【母の風よ(テンペスト)】」

 

 

 

 

 フリューの妖精眼は、確かにその光景を観た。

 黄金のような魔力が風の形状(かたち)となりて己の周囲を包み、真紅の終焉を消し飛ばす、その瞬間を。

 

 目の前に、誰かがいた。

 膝をつくフリューはその少女の背中を見ていた。

 金の髪を黄金の風になびかせる少女。

 彼女は無手だった。

 なんの武器も持たず、竜と対峙していた。

 深い傷を刻まれながらも立ち上がった少女が、フリューの姿を後目に見る。

 少女は今までの自分とこれからの自分を想った。

 彼女はここで死ぬわけにはいかないと想った。

 父親と母親を救い、救いたいと願った人を救う。喧嘩してしまったリヴェリアにちゃんと謝る。他にもやりたいことがたくさんあった。大体、わたしはまだこの人の名前も知らないのだから、いっぱい話して、同じ卓で同じ食べ物を口にして、心行くままに剣を合わせて、いつか笑ってもらいたい。

 それを為すために必要なのは『力』だ。ありとあらゆるを斬り伏せる『力』。守りたいものを守るための『力』。

 そして少女の手の内には既にあまりにも重い想いが握られている。アイズの中に迷いはなかった。純粋とは程遠い、しかしてどこまでも鮮やかな極彩色の感情で鍛えられた(えいゆう)を掲げる。

 

 ───未だ怪物への憎悪と向き合えない、弱っちい自分(アイズ)だけれど。

 ───貴方を救える人でありたいから。

 

 

 「《わたしは……英雄になりたい》」

 

 

 アイズにのみ許された起動鍵(スペル)を告げる。

 最初にして最後となる、()()()()()()()()()()()()()()()()が行使する【神秘】。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()特級の奇跡。下界におけるあらゆる魔術の内でも最上位に位置する【召喚儀式】。

 未だ未熟な少女の要請に応じ、過去の英雄が降臨する。

 

 

 かくして物語は一つの区切りを迎える。

 いずれ英雄として語られる少女の節目となる激戦。

 竜殺しの逸話の最後(ラスト)を飾るいさおし。

 漆黒の翼竜の眼前に、ただの少女の眼前に、それは舞い降りる。

 

 

 ───その手に握るのは【雷霆の剣】。

 ───さらに構えるのは【炎の魔剣】。

 ───華奢な痩身が纏うのは、傷つくことなどあり得ぬ鎧と、黄金の輝きを放つ【精霊の風】。

 

 古今東西あらゆる英雄を置き去りにして駆けつけたのは『始源の英雄』。故に纏うのは彼の装束であり、彼の力である。

 紫電を迸らせる剣を握り、風纏う最新の英雄(アイズ・ヴァレンシュタイン)は戦意を漲らせた。

 

 

 「───勝負……!」

 

 

 

 




 本文が中々に混沌としているので、最低限の説明をさせていただきます。

・フリューが火炎流を生き延びた手段
 占星術で極短期的な因果律への干渉を行い、『たまたま火炎流が当たらない場所』を作ってそこに飛び込みました。以前RTAパートで語っていた『攻撃を逸らすことによる回避』の応用になります。
 難易度としては、『自分がいるところがたまたま攻撃が当たらない』ようにするのと『たまたま攻撃が当たらない場所を作る』のは後者の方が楽です。
 また、この仕様上、判定にしくったら攻撃(今回の場合は火炎流)が直撃します。あかん死ぬゥ。


・ワイヴァーン君のお目目。
 職業:占星術師はナイフ投げも得意であり、走者の技量と《触媒》の判定補正を合わせて優勝しました。
 そこに火炎流を無傷で凌いだ姿を見せつけることで、火炎流ぶっぱはやばい、とワイヴァーン君に思わせる作戦です。
 視界を潰すのもアドなのですが、本命は火炎流潰しです。《触媒》なしの《導き》で火炎流を凌ぐのは若干乱数が絡むので……


・体調を崩したとある男神。
 度重なる文通によってタケミカヅチの信用を得ることに成功したアポロンが、フリューの過去を知った結果、深酒と団長業務代行の過労が祟って乙りました。
 それがガバに繋がっているので、要するにフリューの存在自体がガバを引き起こしている訳です。おタイム壊れちゃーう!


・スレイヤー系スキルの解釈。
 この作品における独自解釈になります。
 もしも【闘牛本能】持ちベル君がモブミノタウロスにぶちのめされたら相当曇りそうやなって思ったのが始まりでした。
 たぶんアイズはドラゴンに負けたらめっちゃ落ち込む(竜種への敗北にトラウマがある)と思うのですがどう思いますか? 自分はありそうだと思いました。その結果がこちらになります。
 スレイヤー系ってたぶん『もう二度と負けないからな!』っていう自信・自負系か『もう二度と負けたくないよぉ……』っていう恐怖・トラウマ系の二通りの習得方法があると思うんです。アイズは後者かなと考えました。


・この作品のアイズについて

 アイズママ「お前が英雄になるんだよ!!!」
 アイズ「ファッ!?」

 最初はこんなんだったのにいつの間にか肥大化長文化した結果がこちらになります。たまげたなぁ……
 
 『オリ主に救われるアイズ』は数多くの先駆者様方の手でいくらでも書かれていますので、
 じゃあ『アイズに救われるオリ主』を書こうと思いました。
 アイズファンの方々の反応が非常に怖いですが、私は満足しています。とても申し訳ない。
 でも大英雄と大精霊のご令嬢にそれっぽいお話(シナリオ)を渡したら勝手に英雄になりそう、なりそうじゃないですか? 私は思います。
 アイズパパとアイズママが『英雄に逢えるといいね』としか言っていないのは自分達が味わった過酷を娘が経験するのが嫌だったからじゃないかなって思ってます(オタク特有の高速詠唱)。

 そうして少女は英雄となり、力を手にしました。
 すなわち、『精霊に導かれて英雄になった者の武装・技能を借り受ける』能力です。
 英雄と精霊の二足のわらじを履くことに成功した、ただ一人の英雄に相応しい能力かなと思っています。
 初めてアイズの要請に答えたのは『始源の英雄』ことアルゴノゥト兄貴。与えられるのは雷霆の剣と炎の魔剣、そして〝英雄に相応しい鎧〟です。
 これに標準装備の【精霊の風】が合わさります。

 アイズ「風でバフして雷霆の剣でぶん殴ります」
 GM「やめて」
 アイズ「殴ります」
 GM「ボスワンパンされちゃうのぉ……」
 アイズ「わたしは 英 雄 に な る !」
 GM「アッ───!!!」



 ※燃費は悪いのであくまで決戦用です。リソース溜めて初手ぶっぱは冒険者の嗜みですので多少はね?



 この話に関しては自分でも完璧な表現が出来ているとは思えていないので、ご指摘ご鞭撻の程、切にお願い申し上げます。
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