TSロリが逝くダンまちゲーRTA   作:原子番号16

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 やらせたいことをやらせてたら二ヶ月経ってました。
 難産でした。
 もう二度と。もう二度と、こういう感じのタイマンはさせません。
 かなり長いので、しおり機能などもお使いになりながら、ゆっくりご覧ください。


 米粉パン様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 ニャコライ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


最終決戦(クライマックスフェイズ)()け、彗星のように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 『ぼくたちといっしょに、ここを出よう』

 

 

 それは過去の諦念。

 既に過ぎ去った冒険の末路。

 

 

 『パパとママの待つ、家に帰ろう』

 

 

 分不相応な願いを叶えようとして呆気なく死んだ、愚かで、哀れな、ありふれた結末。

 

 

 『わたしたちなら、きっとできるわ!』

 

 

 無理だ。

 それは絶対に不可能な試みだったのだと、あの時の私も、今の私も確信している。

 古の森人の領域から、無力無知無謀な子供だけで逃げ出そうだなんて。そんなの、万に一つだって成功の目はない。博打好きな神々だって賽の目を投げ捨てるだろう。

 あまりにも尊い決意、遍く神々に称賛されるだろう挑戦、全ての精霊から祝福されるに違いなかったその冒険は……その実、どんな幸運、どんな加護を得ようとも、達成不可能な旅路だった。

 

 だから私は手を取れなかった。

 だから私はそこにいなかった。

 たとえ悲惨な末路から逃れられなくとも、立ち上がる勇気を持てなかったから。

 彼等の進む道に、希望なんてないと思っていたから。

 私は、立ち上がれなかった。

 彼等の手をはね除けて、目を背けた。

 

 

 ああ、それでも───。

 

 

 「わたしは……英雄になりたい」

 

 

 その後ろ姿は、もはや顔も思い出せない彼等によく似ていて。

 

 

 「ぁ───」

 

 

 胸が震えた。

 その輝きは、あの日の◾️◾️(◾️◾️◾️)によく似ていて───

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───オオオオオオオオッッ!!!?』

 

 漆黒のワイヴァーンが叫喚する。

 人語に翻訳したなら、ありえない、信じられない、といった意味になるのだろう。

 その声色は勝鬨には程遠く、その隻眼にはありったけの焦燥とが押し込められている。

 翼竜の眼下。

 金の髪を波打たせ、手に轟剣、背に魔剣を携える、眼光鋭き少女から、ワイヴァーンは目を離せなかった。

 その華奢な身体から氾濫する魔力も脅威極まりないが、何より───その剣士は消し飛ばしたのだ。

 竜の炎(ドラゴン・ブレス)を。ありとあらゆる魔物の頂点、英雄の好敵手たる、最も偉大な怪物の必殺を!

 

 『ゥゥッ───!?』

 

 己の最高の攻撃を消し飛ばしてみせた少女に対し、ワイヴァーンはひとつの感情を抱いた。〝勇士〟との戦いでは味わうことのなかったそれは『恐怖』だ。天変地異を前にした人類が抱くような、()()()()()()()()()()へ向けるような恐怖だった。

 しかし彼はその恐怖よりも、己が恐怖したという事実にこそ打ちのめされた。生後間もなく、竜種としての『位』自体も低いワイヴァーンだが、それでも竜種である。生誕より備えられた竜としての本能が、怖気立つ己を糾弾し、同時に精神的高揚をもたらす。

 ああそうだとも、殺すのだ。いくら法外な力を与えられようとも所詮は人間、所詮は小娘。ただ粉砕するだけの獲物───。

 

 『───ィィイイイイイイアアアアアアアァァッッッ!!!』

 

 ワイヴァーンの肉体が隆起する。

 全身運動によって振るわれるのは尻尾だ。己の周囲一体を範囲内(レンジ)とする攻防一体の一撃(ドラゴンテール)。小人族の胴より遥かに太い、堅牢な鱗を纏う竜尾が薙ぎ払われる。

 竜の炎に次ぐ竜種の代名詞は、彼が強化種であること、高揚した精神状態も相まって、直撃すれば第二級冒険者ですらその臓腑をぶちまけさせる程に威力を増大させていた。

 それを見て、アイズは。

 

 「()()()()()

 

 死力を振り絞って立ち上がろうとしていたフリューに、そっと語りかけた。

 

 「動いちゃ、だめだよ」

 

 途端、黄金の風が踊る。

 アイズとフリューを包み込むように舞っていた風が、柔く、優しく、有無を言わせない力強さで、フリューをその場に座らせたのだ。

 

 「あなたはもう、限界。底の底まで戦い抜いて、本当に凄いと思う。……だから、動かないで。あとは、わたしがやる」

 「っ───!?」

 

 どの口が言っているんだっ、とフリューは叫びたかった。

 アイズの身体に刻まれた傷は深い。

 いくら想像を絶する魔力で武装したとしても、竜と戦えるだけの【耐久】は残されていないはずなのだ。いいや、その『剣』を行使した時点で壊れていなければおかしい。万全の状態ならいざ知らず、最悪のコンディションで耐えられる代物とは思えない。

 だからフリューは立ち上がって戦わなければならないのに、アイズはそれを邪魔するのだ。

 

 「よ、けっ」

 

 何より、そう、何より。

 もはや回避不可能な位置まで迫った竜尾から、少女(アイズ)を守らなければならないのに───!

 

 「大丈夫」

 

 旋風のように振るわれる竜尾が、少女の華奢な身体を打ち砕く間際。

 アイズは、静かに長剣を抜いた。

 

 

 

 「唸れ───〝雷霆の剣(ジュピター・レプリカ)〟」

 

 

 

 瞬間。

 豪雷。

 

 

 

 『アアアアアアアアアアアアァァアァアァァァッッ!!!?』

 

 

 堅牢なる竜鱗を纏う尻尾を文字通り()()()()()()ワイヴァーンが、悲鳴を挙げる。

 極太の稲妻によって、天空神の雷霆によって、竜の粗相が裁かれる。

 アイズのやったことは至極単純だった。

 雷霆のごとき剣を上段に構え、振り下ろす。

 そのたった一動作で、アイズはワイヴァーンに部位破壊の激痛を与えた。

 

 「ふッッ!!」

 

 アイズの姿が消える。

 それは天を貫く雷霆のごとき突貫であり、黄金の風を受け止めて、果てのない海原を往く帆船がごとく、揺るぎない歩みでもあった。

 精霊の風と精霊の雷。大精霊二柱の二重加護(デュアル・ブレス)による神速。

 技術の欠片もない愚直な疾駆でありながら、誰にも視認を許さない。

 激痛に呻くワイヴァーンの(ふところ)にあっさりと潜り込み、精霊の武具を解き放つ。

 (すく)い上げるように軌跡を描く〝雷霆の剣〟が、翼竜を袈裟に打ち据えた。

 

 

 瞬間。

 世界から闇が祓われ、全ての音が消失した。

 

 

 『───ギャアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?』

 「っ───!?」

 

 振るわれる至高の極剣。

 精霊の御子の手に渡ることで、その祝福は雷神の鉄槌にまで到達した。

 フリューの視界を黄金の輝きが埋め尽くすのと同時、鼓膜に直接雷霆を叩き込まれたかのような爆音が鳴り響き───鈍器で殴り付けられたボールのように、ワイヴァーンの巨躯が()()()()()()()()()()

 ぐるんぐるんと乱回転しながら急上昇し、勢いよく天井に叩きつけられる。四方の壁より堅固なはずの天井を派手に陥没させ、壁面に幾多もの(ひび)を走らせるその様は、『加護』と【復讐姫(スキル)】の圧倒的暴力の程をこの上なく表していた。

 たった一撃。

 フリューとの交戦による疲弊もあるが、それでも、一撃。

 ただそれだけでワイヴァーンを戦闘不能に陥れた少女に、フリューは絶句し、震えてしまう。

 

 「これで、終わりっ」

 

 アイズはどっしりと腰を落とし、力を込めるように剣を構えた。

 狙うのは滅殺。空中に弾き飛ばしたワイヴァーンが落下してきた所に、全力の一撃をお見舞いする。

 アイズの決意に答えるように、黄金の風が舞い踊り、雷霆が轟き(すさ)んだ。あたかも蓄力(チャージ)されるかのように、黄金の刀身がその光輝を増していく。

 まともに受けたなら第二級冒険者さえ打ち砕く一撃をもって、アイズはこの戦いに幕を下ろす。

 

 「竜が……」

 

 その、つもりだった。

 

 「竜が、溶ける───」

 

 呆然と呟かれた言葉。

 それを証明するように、竜が咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『彼』は、死に体だった。

 雷霆に焼かれ、風に殴り付けられて、ボロボロだった。

 もはや反撃の余地はなく、ただ撃ち落とされるのみ。

 『神の使徒』としての責務を果たせなかった無念を抱え、彼は自らの死が待ち受ける地上へと落下する。

 

 ───自らの死。

 

 薄れゆく意識の中で、彼は思う。

 

 ───あれが、私の死?

 ───全てを打ち砕く、あの極光が?

 

 死を目前にして、あらゆるものが欠落していく。

 神を殺さなければならないという『神の使徒』としての使命。

 人間を殺さなければならないという『怪物』としての存在意義。

 ワイヴァーンという個体に備えられた多くの機能。

 手から零れ落ちていくような慈悲はなく、容器に入れられた水が床にぶちまけられるかのような、怒濤の破滅。

 

 ───討たれるのか。

 

 己を構成する多くのものが零れ落ちて、そして、最後に残ったのは。

 

 

 

 

 

 ───『やっと、終われる』。

 

 

 

 

 

 一時間にも満たない死闘。

 己の全てを攻略し尽くした、あまりにも矮小で恐ろしいほど強かった『敵』が、己の敗北を認めた光景。

 剣を手放して、その命を彼へと譲り渡した瞬間だった。

 

 ───()()()()()()

 

 失われた瞳に、炎が灯る。

 全身の傷が灼熱を宿す。

 絶対に嫌だった。

 この嫌悪と比べれば己の死など些事である。

 だって当然だ、それは至極真っ当で、確実に正しいことなのだから。

 

 ───お前に殺されてなどやるものか。

 

 己の活力の源たる魔石を、()()()

 おそらくはもう数分も生きられまいがどうでもよろしい。ほんの一瞬、たった一撃に万全以上を出せればいい。

 賦活される心身、個体としての限界を超越する限界突破(オーバーキャスト)。代償は数分後の消滅。つまりはノーリスクである。

 彼が思うのはただひとつ。己を殺そうと睨む剣士に一瞥をくれ───あっさりと目を背ける。

 両の瞳に映すのは、彼の仇敵。彼の勇士。彼が討ち取った、小さな冒険者。

 怪物の本能はもはや消え失せたが故に、その殺意はどこまでも純粋だった。

 

 

 ───あの〝好敵手〟を殺すのは、私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───ウウゥッ』

 

 

 その()()()()を。

 アイズは、確かに聞いた。

 瞬間。

 竜の巨躯が、()()()

 

 「───」

 

 アイズの脳裏にまず浮かんだのは、魔石を砕かれたモンスターの末路だった。核である魔石を失ったモンスターは、その肉体を灰へと転じて眠る。

 だが、これは。

 これは───違う。

 漆黒の竜鱗が。

 漆黒の大翼が。

 漆黒の竜尾が。

 破損し、使い物にならなくなったそれら全てが、灰ではなく、液体となって溶けていく。

 そして、竜より生じた液体は、あまりの高温に耐えかねて水蒸気と化し、瞬く間にワイヴァーンの姿を白霧の奥へと覆い隠すのだ。

 一瞬で発生する濃霧。これまで攻撃一辺倒だったワイヴァーンのまさかの搦め手に対し、二人の冒険者は異なる結果を得た。

 アイズには、濃霧の向こう側で何が起こっているのか、ワイヴァーンが何を狙っているのか判断出来なかった。最悪なコンディションに加え、己の全霊を〝雷霆の剣〟に叩き込んでいるのもあるが、純粋に彼女の技量不足が祟った。アイズは生粋の戦士であり、斥候・野伏・盗賊が得手とする観察技能は専門外だった。故にアイズは何が起ころうとも最速で斬撃を撃ち放つべく、より一層の集中を己に課した。

 そして、フリューは。

 

 「ブレス! 受けきれないっ、逃げて!」

 

 占星術師としての観察力と、魔力を観測する妖精眼をもって、ワイヴァーンの狙いのほとんどを看破した。

 

 『──────ァ!!!!』

 

 ぽっ、と。水蒸気の奥に、ろうそくのような光が灯った瞬間。

 その竜の炎は───否、竜の大光線(ドラゴン・レイ)は放たれた。

 文字通りの大光線(ビーム)。それは本来のワイヴァーン強化種が撃てるはずの(には実装されてい)ない攻撃。開戦直後に広間を焼き払った『火炎流』と同じく大規模攻撃に分類されていながら、本来必要とする『溜め』は一切不要、その上威力は火炎流を優に飛び越える。

 己を構成する魔力さえ攻撃に転化させることで為しえた無挙動超火力(ノーモーションオーバーフロー)───『彼』の生涯最後の一撃。

 天より来たりて地へ突き刺さる柱と化した灼熱が、金の少女を焼き殺すべく殺到する。

 

 「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 フリューが逃げろと叫んだ攻撃を目の当たりにしたアイズの選択は、『迎撃』だった。

 〝雷霆の剣〟のチャージは継続したまま、精霊の風を盾のように展開し、真っ正面から防ぎにかかる。

 衝突する真紅と黄金。自壊を許容した渾身の火炎と大精霊の神秘による純粋な力比べ。その余波によってアイズの周囲一帯は致命的に破壊され、あたかも天井に生じたそれを繰り返すように陥没し、いつ地面が抜けてもおかしくないというレベルまで崩壊する。

 ───その焦燥は、少女の頬より流れ落ちる水滴として現れた。

 

 「……駄目だっ、それでは耐えられない! 早く離脱しなさいっ!」

 「絶対に、嫌……!」

 「なんでっ」

 「()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 言い切った。

 髪の先端を発火させ、玉の肌を徐々に炭化させる満身創痍の少女が叫ぶ。

 全身を跡形もなく焼き尽くされる無惨な末路を目前にしても、揺らぐことのないアイズの瞳に、フリューは呼吸の仕方を忘れた。

 アイズも気づいたのだ。

 この大光線はアイズを殺すために放たれているのではない。ただ一度退かせるだけの攻撃。離脱したその一瞬の隙をついて、フリューを殺すための布石なのだと。

 だから、絶対に退かない、と。

 黄金の瞳が、そう告げていた。

 だからこそ、フリューは真剣に言葉を選び、説得を試みる。

 

 「……それで、いいんだよ。私は、死んでいいんだ」

 「よくない! わたしは、あなたに死んでほしくないっ!」

 「アレの狙いは私だ。……どうやら、是が非でも私を殺したいらしい。私を殺せばアレも死ぬ。君がそんなに苦しむ必要はないんだ」

 「それより先にわたしがあいつを殺す!!」

 「……何より、私は、死にたいんだ」

 

 アイズの瞳が揺らいだ。

 名も知らない少女を無用の苦しみから救うため、という大義名分を得たせいか、フリューの口は驚くほど軽かった。

 綺羅星のような少女の決意を暗い雲で覆い隠すために、フリューは己の真意を語る。

 

 「ずっと死にたいと願ってた。けれど死ぬ訳にはいかなくて、だから生きなきゃいけなくて……。誰にも強制されてはいない。不死の呪いをかけられてもいないし、祖国を救う大義を背負っている訳でもない。ただ、私は私が死ぬことを許せなかった。私が許せなかっただけなんだ。

 ……けれど、君を救うために死ぬのなら、私は私を許せるんだ」

 「───っ」

 「どうか……私の【運命】を、受け入れさせてほしい」

 

 心を裂くように言葉を紡ぎ、フリューは口を閉じる。

 彼/彼女の意思に関係なく溢れ落ちる涙に気づくことはない。

 フリューは綺羅星のような少女(アイズ)を安心させるために、精一杯の力を振り絞って、笑った。

 これでいいのだと、示すために。

 

 「……うあああああっ……!」

 

 その全てをアイズは無視した。

 限界以上の風を招来し、強引に大光線を打ち負かしにかかる。

 軋む心身、崩壊していく意識を気力のみで束ねるアイズと、自らの命を定めることで限界以上を容認させたワイヴァーン。勝利の天秤がどちらに傾くのか、フリューにはわかってしまった。

 罅だらけの笑顔は既に消えて、重度の疲労の浮かぶかんばせが絶望に染まる。

 視界がぐにゃりと歪む。

 見せつけられるのだ。少女(アイズ)の死ぬ姿を、立ち上がれない自分は、眺めることしか出来なくて。そうして、絶望し切った自分を、ワイヴァーンが殺すのだ。

 ───ああ、なんて醜い最期。

 

 「あああぁぁ……!?」

 

 フリューは傷ついていく少女(アイズ)の光景に耐えられず、顔を背けて、瞳を閉じた。

 今すぐこの世界から消えて失くなりたい気分だった。

 肉の一欠片も残さず、誰の記憶からも抹消されて、自分の痕跡全てを道連れにして消失したくなった。

 

 ───耐えられない。

 

 いいや、それは常々思っていたことだ。フリューは自分がこの身体に成り果てた時からまっさらに失くなってしまいたかった。年月を経るごとに消えていく男だった自分(フリューガー)と空白に注ぎ込まれる女としての自分(フリューガー)、その全てに耐えられなかった。

 

 ───知らない顔の自分を直視できない。

 ───柔らかい四肢に吐き気を催す。

 ───声を聞く度に、鼓膜を破ろうとしてしまう。

 

 だから消えてしまいたかった。死にたかった。自分の手で自分を殺す前に、抹消されたかったのだ。

 そんなフリューの命を繋ぎ止めたのは負い目だ。おぞましい暗闇の中で生を求め、儚く散った尊い光。自分が見捨てた子供達が生を望んでいたから死ねなかった。

 

 ───それも、私の独り善がりだ。

 ───あの勇敢な子供達のために死ねないなんて嘘だ。

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ───()()()()()()()()()を彼等に押し付けている、弱くて、みみっちくて、意思の弱い、最低最悪の小人族なのだ。

 

 その結果がこれだ。

 フリューは少女(アイズ)を道連れにして死ぬ。考えうる限り最悪な末路を辿る。罪のない子の命を奪い、恩神の顔に泥を塗りたくって果てる。

 いつまでも立ち上がれないまま、誰の手も取れないまま、終わる。

 

 「選択の時です、我が王」

 

 鈴の音のような声で、悪戯の妖精が囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、我が王。妖精王の御子息殿、幸運で不幸な探索者の愛娘様。今こそ選択の時です。あなたは選択しなければなりません。あなたは、自ら選んだ道の果てに、自らの運命を見出ださなければならないのです」

 

 ()()()()()()()()

 正確には、おそらく農村なのだろう、という感想である。

 都市と言うにはみすぼらしく、廃墟と呼ぶには活気がありすぎる、自然に溢れた土地。

 どこからか鳥の囀りが聞こえてきたかと思えば、実り豊かな収穫を祈る農民の歌が耳朶を震わせる。

 頬を撫でる風は柔く優しく、戦禍から程遠いことがありありと伝わってきた。

 

 「ここが何処かわからない。見当もつかない。───ええ、その感情はとても正しく、とても悲しいことでございます」

 

 悪戯の妖精は大袈裟に落胆してみせた。

 その仕草に対し、貴方は殺意を覚えるかもしれないし、どうでもいいことだと無視するかもしれない。

 

 

 【ここはどこだ

 

 【あの子の所に戻らなくては

 

 →【……私より先に死なないでほしい

 

 

 「……ええ、そのために僕は唄い、踊るんです」

 

 貴方の懇願に、パックはほんの僅かに相貌を崩した。

 それは遥か昔日に道を違えた友人に向けるような、淡く、寂寥の滲む笑みだった。

 そして、次の瞬間には道化のように大仰な仕草で貴方の注意を引くのだ。

 

 「ここは───農村です。適度にのどかで、程よい喧騒に満ちた、穏やかな日常の具現です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 貴方は途方もない衝撃に襲われる。

 心臓が凍りついたかのようだった。

 貴方の全ての生命活動が停止して、次の瞬間にはその言葉の意味を探るべく全力で駆動する。

 目の前の妖精の言葉が正しければ、つまり、ここは。

 この、穏やかで、たおやかな、ありふれた農村は───

 

 「ここは、あなたの生まれ故郷なのよ、フリュー」

 

 貴方の真後ろから、女性の声が聞こえた。

 ひどく特徴のない声だった。

 歌うようでもなければ平坦でもなく、特別高くも低くもなく、無機質なようで意思の籠ったものでもあった。

 まるで顔のない人形に語りかけられているかのよう。

 けれど、貴方はその言葉を無条件で()()()()感じるのだ。【女体恐怖症】の貴方が。

 肉体より更に奥、言うなれば魂に刻まれたとでも表現するべき、原初の記憶がうち震える。

 

 「───おかあさん?」

 「その通り。ここはね、フリュー、お前の故郷だ」

 「───おとうさん」

 

 貴方は後ろを振り向きたい欲求に駆られた。

 同時に、振り返った瞬間に終わることも理解していた。

 ここが選択の時なのだ。

 悪戯の妖精の語る、貴方の分岐点。

 

 「あくまで記録に過ぎません。記憶には程遠く、記録ですら穴だらけ。元の貴方のご両親には到底及ぶべくもありません。

 ───けれど。私は、あなたが失った記憶の一部を、記録として保持しています。

 そのことを今の今まで黙していたことの処罰は、どうか私の話を聞き終えてからにしていただきたく願います。何故私がそのような記録を持っているのか、という経緯もまた。

 ともかく重要なのは、私はあなたの〝生まれ故郷〟を再現することができる、ということです」

 

 悪戯の妖精が、ニヤリと微笑んだ。

 

 

 「我が王───あなたが望むのなら、この仮初の楽園で、あなたを眠らせて差し上げられるのです」

 

 

 貴方には、長い時間を共に過ごしてきた友人が悪魔のように見えた。

 

 「それは、駄目だ。そんな。だって、私は」

 「子供達を見殺しにしたから? 神様に申し訳が立たないから? ───そういうのは抜きにしてしまいましょう。この瞬間だけは、この世の誰にだって、あなたの選択を歪めさせはしません。他ならないあなたは、どうしたいのですか」

 「でもっ、あの子が! あの子が死んでしまう……!」

 「どの道死ぬでしょう。だってあなたは立ち上がれないのだから。あなたは何も出来ずに、何も与えられずに、目の前で少女の焼け死ぬ姿を見て、誰にも見守られることなく、残酷な痛苦の末に死ぬのです。

 だったら……仮初でも、お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、一緒のベッドで抱き締められて眠りたくはありませんか?」

 

 ズグンッ、と胸の奥を貫かれたような錯覚を覚えるだろう。

 それが───そのような奇跡が本当に起こりえるのなら、貴方は戸惑わずにはいられない。

 最期まで苦しみ抜いて終わるのだと想い続けてきたのに、直前になって、そのような【幸せ】をぶら下げられるなんて。

 

 

 「我が司りしは〝悪戯〟。(これ)なるは虚構の大劇場。もしもあなたが望んでくれるのなら……我が霊格の全損を代償として、完全以上の大嘘をあなたに捧げます。

 あなたの終わりを、これ以上なく幸福なものにしてみせます。

 ですから、どうか。───選択を」

 

 

 

 

 

 「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────ぁ」

 

 

 それは、重大な決断だった。

 八年。

 貴方が貴方でなくなって、苦しみ続けた年月。

 息を吸うことが地獄と同義となっていた月日。

 その全ての精算が、目の前に提示されている。

 

 ずっとずっと苦しんで、苦しんで。

 全てを受け入れて新たな自分を歓迎するのも、もはや耐えられぬと自死するのも。そのどちらも選択できずに、足掻いて、もがいて、(あがな)って。 

 そんな、長く長い贖罪の旅の果てに待つのが、親の温もりなんて。

 

 なんて、幸福な末路だろう───。

 

 「フリュー」

 「フリュー」

 

 両親が語りかけてくる。

 この言葉に答えて、後ろを振り向くだけで、貴方は幸せになれる。

 壊れかけていた心がぽろぽろと崩れていく音がした。

 貴方は、自分を許してもいいのではないかと思った。

 貴方は頑張ったのだ。

 本当に、本当に頑張った。

 生きて、生きて、生きたのだ。

 だから、もう、いいような気がした。

 戒めるように巻かれた鎖が解けていく感覚を覚えた。

 精一杯頑張ったのだ。

 自分の出来ることは全部やりきった。

 決して最良の結果ではなかったとしても、罪もない少女をまた一人見殺しにしてしまったとしても。

 この【幸福】を前にすれば、全てがどうでもよく思えた。

 

 

 選択の時だ。

 

 

 【後ろを振り向く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうか、素直になってください」

 

 「この【幸福な終わり】を放棄するのならば」

 

 「ここで終わることを選択しないのであれば」

 

 「あなたは、あなたの選択(願い)を叫ばなければなりません!」

 

 「この瞬間だけは、神にだって、過去にだって、あなたの選択を歪めさせはいたしません!」

 

 「あなたの、心からの望みを(うた)ってください、我が王!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【───立ち上がりたい】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───その先に、無限の苦しみが待つとしても?」

 

 

 

 

 →【立ち上がりたい】

 

 

 

 

 「───凄絶な終わりを約束されようとも?」

 

 

 

 

 →【立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 「───あなたの顔は、永久に失われたままだとしても?」

 

 

 

 

 →【それでも───立ち上がりたい……っ】

 

 

 

 

 →【彼等のように───立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 →【彼等の手を取って、立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 「たとえ、そこに希望などないとしても……?」

 

 

 

 

 →【それが間違いだった】

 

 

 

 

 →【いつだって、どんな時だって、希望はあったんだ】

 

 

 

 

 →【()()()()()()

 

 

 

 

 →【彼等が立ち上がったのは、絶望の中に希望を見出だしたからではなく、明確な勝算があったからでもなかった】

 

 

 

 

 →【彼等自身が希望なんだ。立ち上がる、その決意こそが希望だったんだ!】

 

 

 

 

 →【だから! 私は、立ち上がりたい!】

 

 

 

 

 →【あの日見上げた夜空のように! 遠く儚く尊い、その輝き(きぼう)と共に!】

 

 

 

 

 →【私が焦がれた輝きと共に、今度こそ!】

 

 

 

 

 

 

 

 →【私は……冒険(希望)したい(掴みたい)───!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおッッッ!!!』

 「ああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 真紅と黄金の衝突は、結末を迎えようとしていた。

 身体の大部分を失いつつあるワイヴァーンと、体力は元より精神すら尽きかけているアイズ。

 両者の天秤は明らかに怪物側に傾いていながら、それでもアイズは気力を振り絞る。

 救いたいと、願ったのだ。

 救えるのだと、信頼されたのだ。

 だから折れない。決して負けない。絶対に屈しない。

 アイズは己の全てを決して折れぬ剣へと打ち替えて、ワイヴァーンを打倒する。

 たとえ、その剣が折れることなく磨り減って、全てを砂塵に溶かすことになろうとも。

 

 ───そして。

 ───アイズが立ち続けたからこそ、彼女はその手を取れた。

 

 「その背中の剣、借りるね」

 「───ぇ」

 

 言葉と共に、アイズの背から直剣が抜き放たれる。

 真紅の刀身を誇るのは【炎の魔剣】。雷霆の剣と並ぶ、始源の英雄の武装が一振り。

 アイズがそれを背に装備したまま放置していたのは、単純に二刀流の心得がなかったのと、雷霆の剣の方が手に馴染んだからだ。抜き放つ暇がなかったのも要因のひとつである。

 けれどアイズにとってそんなことはどうでもよかった。もっと重要なことがあって、それはあり得ないことで、アイズの頭が真っ白になってしまうほどに衝撃的だったのだ。

 

 「なんっ、で、立ち上がれて」

 「ちょっとズルをして、【耐久(たいりょく)】を増やした。だから立てる。動ける。動けるのだから、貴方の力になるんです」

 

 再び、絶句する。

 自分の『風』で押さえていたはずだ、とは思わない。既にアイズは疲労困憊であり、フリューをその場に居させる余力は失われていてもおかしくない。

 体力の話も納得はした。理解は出来ないが、回復薬を飲める程度には休息出来たか、あるいは何らかの【スキル】の力か。ともかく、フリューは動いて、【炎の魔剣】を手に取ったらしい。

 そこまではいい。

 けれど。

 けれど!

 その、先程までとは明確に異なる、同じ声音なのに決定的なところが違う、まるで別人のようなその言葉は、一体───

 

 「何より……私は、()()()()()()()

 「……!」

 「年下の子に任せきりなんて、したくない」

 

 【半端者(カイネウス・ヴェール)】。

 それが、フリューのインチキの正体だった。

 常に【耐久】に補正を与え、《水上》であれば全てのアビリティに極めて高い補正を為すレアスキル───その最後に記された一文。()()()()()()()()()。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、フリューにとって文字通り死ぬより辛い条件があった。

 けれど、フリューは立ち上がりたくて。

 だから、この一時のみ、彼/彼女(フリュー)は女の子になったのだ。

 

 無論、自殺一歩手前の賭けである。

 なにせフリューは自分が女性であると実感する度に重度の精神的な苦痛を味わうのだから、少なくとも現在の精神状態で、自ら望んで女性になれば『終わる』のだ。

 だからこそ、パックは細心の注意を払って己が主人を女の子にし(メス堕ちさせ)た。

 《酩酊》や《幻惑》などの悪戯に関わる妖精術を片っ端から重ねまくって、フリュー自身が望んで女性として振る舞っていることを認識できない程にふにゃふにゃにしたのだ。

 その結果───【半端者(カイネウス・ヴェール)】はその倍率を跳ね上げ、【耐久】を水増しし、フリューを立ち上がらせたのである。

 

 「星のような貴方。……共に、冒険をさせてください」

 「───!」

 

 かあああっ、と胸が熱く燃えるようだった。

 口許に浮かぶのは笑みだ。怒濤の灼熱は今も絶えず、常に命を脅かされているというのに、磨耗しかけた心が、崩壊寸前の身体が、喜びに震える。

 立ち上がれないと決めつけていた人が、自分のために、立ち上がってくれたのだ。

 それがどれ程の苦痛を伴うことか───それを、今のアイズは知っていて、だからこそ感激してしまう。

 たった一人の小さな仲間が、この上なく頼もしい。

 

 『オオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 それと同時に、ワイヴァーンも叫喚する。

 その吠声に込められているのは勝鬨でも、恐怖でもなく、歓喜だった。唯一無二の〝好敵手〟の再起に、『彼』はアイズ以上の喜びを感じていた。

 際限なく威力の高まる大光線。刹那の感情は彗星のように竜の全てを焼き付くす。たとえ数秒後の消滅を免れられなくとも、『彼』はこの激情を己に与えてくれた全てに感謝していた。

 

 互いの殺意が交錯し───決戦する。

 

 

 「炎を消します。その隙を突いて、飛んでください」

 「───うんっ!」

 

 僅かに言葉を交わし、冒険者は各々の役割を全うする。

 出力を増した大光線を防ぎ切るべく、アイズが更なる風を招来するのと同時。フリューもまた、大光線を打ち破るべく準備を行っていた。

 月女神より与えられし占星術をもって、竜の炎を打倒する。

 

 「《我は太陽の信奉者》」

 

 詠唱。それは太陽へ捧げる祝詞。

 燃える平原、荒ぶ灼熱を攻略するための魔術。

 ああ、天上にて輝く太陽と比べれば、このような炎どうということはない。

 無論、太陽よりは生易しくとも矮小な小人族にどうにか出来る代物ではないのだが。

 それならそれで、どうにかしてしまうだけだ。

 

 「……ツクヨミ様は好まなさそうだけど」

 

 そう呟き、心の中でごめんなさいをしてから、フリューは半年前より所持している『解体用のナイフ』を手に取った。

 モンスターを屠るための武具ではない、最低限の攻撃力しか持たないそれで、()()()()()()()()()()

 

 「───ッ!?」

 「大、丈夫。信じてほしい。必要なことなんです」

 「……無茶、しないで!」

 「それは無理かなぁ……」

 

 天体と人体には照応の関係がある。

 星々を人体の各部と関連させることで、天体を利用した魔術の成功率を上げる、魔術師の初歩的な知識。

 火星ならば頭。

 水星ならば胸、腕。

 太陽ならば心臓。

 金星ならば喉。

 そして───月ならば、腹部。

 フリューのなだらかな平原に引かれた一本線より、どくどくと血液が溢れ出す。

 それは月への捧げ物にして───【半端者(スキル)】の発動条件を達成するための陣地でもあった。

 

 「たとえ数秒後に蒸発しているとしても、それまで、ここは《水上》だ……!」

 

 瞬間、フリューは己のステイタスが爆発的に上昇するのを実感した。

 【半端者】の《水上》条件が達成され、全アビリティに強力な補正が与えられる。

 もちろんそれは長くは続かない。大光線がもたらす灼熱は流れ出た血液すらも蒸気にしてしまう。そもそもこのまま出血を続けていれば、フリューは勝手に死ぬだろう。

 故に。

 フリューは、この瞬間を逃さない。

 【S:999(カンスト)】にまで達した素の能力値。

 月へと捧げられる魔術師の血潮。

 【半端者】の極大補正。

 過去最高に【魔力】の高まったこの一瞬に限り、いつか修得することとなる技術を前借りする。

 

 「───《そして、我は月の信奉者》」

 

 魔力同時起動(ダブル・マジック)

 片眼に太陽、片眼に月の魔力を発現させる。今のフリューの技量では届かないはずの技術。それによって、交わることのない太陽と月が手を取り合う。

 ひとつで足りないのなら二つ合わせればいいという、単純な発想。

 そして───荒ぶる炎を御する『太陽』と致命的な一撃をもたらす『月』に、同時に観測()られたのなら。

 

 「タケミカヅチ様。貴方の剣をお借りします」

 

 言葉と共に【一意専心(コンセントレイト)】を起動する。

 構えるのは【炎の魔剣】。英雄の武装。

 小さな身体を満たすのは波のような魔力。

 束ねるのはこの生涯において最高の集中。

 ならば、足りるはずだ。

 場は整った。

 相応しい武器もある。

 ───後は、為すのみ。

 

 「風を解いて!」

 「っ!」

 

 フリューの言葉に、アイズは間髪を容れずに答えた。

 今の今まで大光線より少女達を守護していた黄金の風が、その役目を放棄する。

 殺到する真紅の殺意。

 アイズの瞳を猛炎が埋め尽くす。

 瞬きの後の死が迫る。

 だというのに───アイズの心には、欠片ほどの恐怖もなかった。

 

 そして。

 フリューの瞳には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「─────〝布都御魂(ふつのみたま)〟」

 

 

 アイズは絶句した。

 ワイヴァーンは驚嘆した。

 フリューの手の内で、英雄の武装がひび割れ───柱のごとき大光線が、真っ二つに割れる。

 つまりは斬ったのだ。

 竜の炎を!

 全てを焼き尽くす、真紅の極光を!

 太陽と月の魔力、剣神の〝技〟で、斬ってみせたのだ!

 

 「さぁ、往かれよ! 彗星のように!!」

 「───はああああああああああッッッ!!」

 

 アイズは一条の光と化した。

 英雄に捧げられた絶技に答えるために。

 全力の風、全霊の雷をもって───()()()()

 

 『──────、ォオ』

 

 ワイヴァーンは確かに見た。

 天へと駆け上がる雷霆のごとき極光。

 断ち斬られた炎柱の間から舞い上がり、この空にまで到達した、一人の冒険者の姿を。

 

 

 「〝始源の英斬(ディア・アルゴノゥト)〟っ!!!」

 

 

 雷霆のごとき斬撃が、ワイヴァーンを打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぁ───」

 

 その斬撃を放った直後。

 アイズは、己に力を貸してくれていた英雄との繋がりが失くなったことを感じ取った。

 手の内から消えていく〝雷霆の剣〟。幾度となく命を救ってくれた黄金の輝きに、アイズは感謝を告げる。

 そうして。

 アイズは、落下した。

 

 「……あ」

 

 そういえば、飛んだ後のことは考えてなかったな、と。

 全力の一撃を放ってへろへろと化したアイズは、今更ながら窮地にいることを察した。

 当然、風を生み出す余力は残されていない。

 あらまあ、なんて母親(アリア)の言葉が聞こえたような気がした。

 

 「……っっっ!!!?」

 

 糸の切れた人形のように落ちていく。

 アイズは言葉にならない悲鳴を挙げて、涙目になってばたばたした。

 流石にこの終わり方はあんまりだ、と。

 『人形姫』もへったくれもない表情で。

 ひゅーん、と落ちていく。

 

 「ふぎゅっ」

 

 その結果。

 アイズは、フリューを下敷きにした。

 

 「あっあっえっ」

 「~~~~~……むぎゅう」

 「ちょっ……!?」

 

 フリューとしても、苦肉の策だったのだ。

 パックの《軟化》の術で受け止めようと思っていたのだが、彼は不在だった。

 著しく魔力を消耗した結果、姿すら保てなくなったのだ。フリューも「先に死なないでほしい」と口にする程度に感づいてはいたが、思っていた以上に無茶をしていたらしい。

 ともかくフリューはその身一つで空から落ちてくる同じくらいの体格の少女を受け止めなければならず、疲弊した身体で出来るはずもなく、自分をクッション代わりにするしかなかったのだ。

 唯一の救いは、落下点に先回りしようとしてこけた、という顛末からして、うつ伏せに突っ伏していたため、腹部からの出血がぎりぎり《水上》判定になり、なんとか気絶するだけで済んだことだった。

 

 「ど、どうしっ、どうすれば───」

 「───アイズっっ!」

 「! リヴェリアっ、リヴェリアっ!」

 「……アイズ、私は……私は、お前の母親にはなれない。だが、それでも───」

 「後で!!! 聞くから!!! 全部、謝るからっ! それよりも先に───この人を、助けて!!」

 「……。……すまない、頭に血が上っていた。お前の言う通りだ───走りながら治療する、抱えるぞ」

 「ひゃっ!」

 「しかし……まさかこんな時期に、娘()()を担いで走ることになろうとはな……!」

 

 訂正。

 王族妖精(ハイエルフ)の女性とかいう地雷中の地雷の小脇に抱えられた、という事実を知らずに済んだのは、この上ない幸運だった。

 

 

 

 

 

 




 本文の解説を行います。少し長くなります。



・ワイヴァーンぼこぼこ事件
 一平民のアルゴノゥト兄貴が握っても推定強化種のミノタウロスとばちばちにやりあえるんだから、アイズが握ったらこうなるだろうと考えました。
 むしろワンパンされなかったワイヴァーン偉い。頑張った。


・ワイヴァーン君がハッスルした理由
 ワイヴァーン→フリューの感情は、
 『世界でただ一人のみに完全攻略されたゲーム』が『プレイヤー』に向けるそれです。
 勝手に好敵手扱いして勝手にハッスルしました。
 走者は死ぬ。


・迫真フリュー劇場

 前回アイズが両親と会っていたのはパックの力添えの結果です。彼は〝劇場〟を展開し、アイズの裡に在り続ける両親に魔力を渡して話せるようにしました。彼が〝演出〟したシーンはひとつもありません。

 今回フリューのために展開した〝劇場〟は、パックが『両親の情報』を元に背景から小道具まで一から十まで演出して作り上げた大嘘でした。
 フリューが苦しむ姿を見続けた彼は、フリューに二択を突き付けたのです。
 【幸福なまま死ぬ】か、
 【女性であることを受け入れて立ち上がる】か。
 フリューは後者を選択しました。が、あくまでパックに感覚をいじくってもらった上でのメス堕ちになります。パックの術が解ければ、また女性であることに耐えられない状態に戻ります。
 それでも、大きな一歩であることは疑いようもありません。
 

・フリューの結論について

 彼等の冒険は必ず失敗する代物でした。
 なので、希望はないと判断し、手を取りませんでした。
 彼等は死んだらしいので、やっぱり希望はなかったのだと納得しました。

 その考えが、アイズの姿を見て変わりました。
 英雄───人々に希望を与える存在の背中が、在りし日の彼等と重なった瞬間、フリューは知ったのです。
 立ち上がり、冒険することを選んだ彼等こそが、希望そのものだったのだと。

 その輝きは、かつて見上げた夜空によく似ていて。
 その輝きに焦がれたからこそ、占星術師(星を知る人)になったのだと、フリューはやっと自覚しました。
 ツクヨミとの逢瀬は、決して届くことのない光に、手を伸ばすような試みだったのです。

 そして、フリューはある『願い』を抱きました。
 死にたい、という切望と比べれば年季もくそもない、生まれたばかりの願望。
 それでも、フリューはそちらを選びました。

 立ち上がりたい。
 今度こそ、その手を取りたい。
 ───冒険をしたい。

 そうして、フリューはアイズの〝希望(ほし)〟となりました(無自覚)。
 ちなみにフリューもアイズのことを英雄(きぼう)だと思っています。
 そんな感じです。


・占星術について

 『月』+『太陽などの属性系』で炎も氷も光も全部ぶった斬るのが前衛型占星術師の基本防御です。本来はこれを槍で行うはずでした。物理攻撃はパリィして♡


・遅刻エルフ

 やや苦しいですが、理由は用意しています。次話で描写いたします。



・蛇足

 ヒーローの窮地をメス堕ちして助けるTS主人公という構図をやりたいだけの小説でした(嘘)。


 誤字脱字、設定の矛盾などありましたら、ご教授願います。


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