RTA的にはようやく序盤が終わった感じですね。
あかんしぬぅ(絶望)。
romusann様、so-tak様、KJA様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
鳥瑠様、kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
名もなき一読者様、封印されしアザラシ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
さあ、往かれよ。
霞む意識を無理矢理に束ねて、叫ぶ。
そうして、少女は飛んだ。
流れ星のようだった。
いいや、あれは正しく勝利を告げる綺羅星なのだろう。
その軌跡に迷いはなく、その輝きは限りなく。
夜の帳さえ斬り裂いて、地平の果てすら飛び越える。
いつか私の瞳から見えなくなっても、際限なく限界なくどこまでも、あの子は駆けていくのだろう。
私は勝利を確信する。
あの少女は仕損じることなく、漆黒の翼竜を粉砕するだろう。
そして。
それは同時に、私の『悲願』が打ち砕かれることでもある。
「───、ぁ」
目を逸らしてはいけない、と思った。
私が求めていたモノ。
悪逆非道を為してでも得たいと思っていたモノ。
それが、目の前にあって。
それを、目の前で手放す。
8年もの間、ひたすらに積み重ねてきたこの想いを、私は今から裏切るのだ。
「は───、ぁ───」
後悔はある。
不安もある。
今までの私は泣き
けれど。
「───〝
彗星が漆黒を打ち砕く。
命を弾き飛ばすかのような、見事な一撃だった。
目映き雷光がダンジョンを埋め尽くし、ワイヴァーンを消滅させる。
瞬間、この小さな胸に飛来した感情は、諦念か、それとも悔恨か。
きっとその両方ともで、ずっと守りたかった、とても大事にしていたモノが、失われるのを感じた。
「どうか、私を恨んでほしい」
ありったけの想いを込めて、告げる。
これから、私は今まで以上の過酷を味わうだろう。
ずっと目を逸らしていたものを、直視してしまった。
その代償は重く、今だって、叫び出したいくらいに胸が震えてしまっている。
それでも。
「ああ……なんて綺麗」
今だけは。
あの
☆☆☆
自分が
我ながら酷使したものだと思っていた身体は、案の定酷い事になっていたらしい。重ねすぎた疲弊は身体機能を衰弱させ、治療院に担ぎ込まれた時は呼吸すらままならない惨状だったとか。
無事に意識が戻ってからも受難は終わらず、むしろより悪化した。
具体的には、自分がどれだけ的確にアスクレピオス様の地雷を踏んだのかを自覚させられた。
夜間に無断で外出して、死にかけて、他所の医者の手にかかったのだ。
……あまり思い出したくはない。患者と医者の関係である限り、自分はこの先ずっとあの医神には逆らえないだろう。そう思わざるを得ない出来事があった。それだけの話だった。
何もさせてもらえない時間、というのは、思っていたよりも多くの物事を自分に与えてくれた。
自分の『性』のこと。
自分のこれからのこと。
あの子とどう向き合うのか、ということ。
考える時間はたくさんあった。迷宮通いの日々を続けていたなら、風化させ、なあなあにしてしまっていたかもしれない事柄を、自分はしっかりと受け止めることができた。
今更ながら、アスクレピオス様の軟禁命令は、自分の精神も慮っていらっしゃったのだと思う。あの夜に起こった多くの出来事を見据え、整理するのに十分な時間を、あの方は用意してくださったのだ。
そうして、自分は。
ある『答え』を、アポロン様に告げた。
あとは、そう。ロキ・ファミリアとの付き合いについて。
自分が寝ている間、オラリオは一時大変な騒ぎになっていたらしい。『上層にワイヴァーンが出現した』ことで下級冒険者達がこぞってギルドに詰め寄り、上位派閥への
アイズ・ヴァレンシュタイン、所要期間一年でのLv.2昇格。
僅か8歳の幼女が成した偉業に、迷宮都市は大いに沸いたらしい。特に神々の喜びようは凄まじく、街の至るところであの見目麗しい方々が踊っていたのだとか。
暗黒期という酷すぎる情勢下において、あの少女がやってのけた偉業は、さながら暗雲の隙間から差し込む陽光のようだったのだろう、と思う。
で。
『おめでとうフリュー、【ランクアップ】だ!』
『……ぇ……それは、ええと』
『発展アビリティにも恵まれたぞっ、【狩人】もある! やったなフリュー!』
『……それは、まずいのでは』
『えっ?』
にこにこしたままのアポロン様と、顔から色を失くす自分。
流石に見かねたらしいアスクレピオス様が諸々の物事を説明なさった頃には、アポロン様は真顔で頭を抱えていた。
所要期間半年での【ランクアップ】である。
現在
なるほど大幅更新だ、素晴らしい!
馬鹿正直に発表したら地獄になると、政治的な物事に疎い自分でも理解できた。
『これが明るみになれば……なんだ、取りあえず、ロキの所から睨まれるな。うちの子がきゃーきゃー言われとったのに泥ぶっかけてきよって何してくれてんねんみたいなノリで……』
『他の娯楽好きの神々からも狙われるだろう。半年ってことは正真正銘の
『フレイヤに見初められれば確実にアウト、そうでなくとも徒党を組まれれば危うい。我が派閥ってそんなに武力ましましな訳ではないからな、C評価の中でも下位だと思う』
『隠すか』
『いや、念には念を入れて〝保留〟にする。【ランクアップ】可能の状態でしばらく放置し、落ち着いた頃に昇格させよう。具体的には次回の
『都市内の有力神への賄賂、情報の隠蔽か。……患者の身の安全のためだ、僕もいくらか出そう』
『すまない、助かる』
『お前のためじゃないからな』
『わかっているとも』
つまり、今【ランクアップ】してそれがバレると非常に不味い、なので三ヶ月後に開催される神会まで昇格は保留とし、出来る限り情報を隠蔽しつつ、バレたとしても大事にならないよう根回しする、ということだった。
拒否する理由はなかった。
あの子……アイズの名声に泥を塗るなんて、あってはならないことだし、それでアポロン様が助かるのなら、そうするべきだと思った。
これ以上成長の見込めない【ステイタス】的に考えれば、今すぐ【ランクアップ】してしまうのが一番なのだろうが、自分の目的は金稼ぎであって、強くなりたいという訳ではない。それに、三ヶ月早くLv.2になったとしても、自分の
唯一の懸念は、【ランクアップ】の時期が遅れることによる収入の低下───『中層』進出が遅れることだったが、順当に調整することを約束してくださった。
自分のランクアップは三ヶ月後。
それまでは、今まで通り『上層』をメインに探索することとなるだろう。
そんなふうに考えていた時期が、自分にもありました。
……敗因は、自分の認識違いにあった。
具体的には、自分がアイズに向けていた感情と、アイズが自分に向けていた感情の齟齬だ。
自分がアイズ・ヴァレンシュタインという少女に抱いている感情は……
アイズは、その……フリューガー・グッドフェローという
複数の外的要因によってひん曲げられていたモノに、無理矢理に力を加えた結果、不恰好だがまっすぐになってしまった、というか。
定められた『悲劇』を唐突にぶち壊して、さも当然のように『喜劇』の幕を上げたのだ。
冷静になって、その事実を再認して、愕然とした。
8年間積み上げ続けた感情が、生き方が、切願が。あの夜の一戦、たった二度顔を合わせただけの、名前も知らない女の子に吹っ飛ばされたのだ。何があの輝きを目にしていたいだ、現実逃避してるだけじゃないか。自分の想いはこんなに小さなモノだったのかと思うと、酷く胸が苦しくなった。
何より、救われてしまった手前勝手に死ぬ訳にはいかないな、なんて思ってしまっていたのが、もう、致命的だった。
救ったっていうなら、タケミカヅチ様とかツクヨミ様とかはどうだっていうんだ。自分はあの敬愛すべき方々からの親愛を捨ててでも死にたいと思っていたはずなのに、ぽっと出の女の子に救われたら、もう死ねないなー、なんて。
───それじゃあ、タケミカヅチ様達に救われたのを軽んじてるみたいじゃないか!
自分は悶絶した。
当たり前のように持っていた、持っていると思っていた、心優しきお歴々への信仰心が、突然薄っぺらいモノに思えてしまったのだ。お前の敬愛は、何処の誰とも知らない金髪娘に対する感情に劣るモノでしかなかったのだと、自分自身に糾弾されるようだった。
仮に、本当に仮に、自分がアイズに抱いた感情が恋慕の類いだったなら、こんな事にはならなかったのだろう。畏敬とか、崇拝とか、敬愛とか……そういった、神々へ向けていた感情を、年下の女の子に抱いてしまったせいで、すごい辛いことになったのだ。いや、生き死にの観点からすればとんでもない【幸運】なんだろうけど……。
要するに。自分は、元から社の神々へ向けていた信仰心の強度を疑ってしまう程度に、アイズ・ヴァレンシュタインという少女を敬愛している。
アイズは『希望』で『英雄』で『信仰の対象』で、つまりは『神々のようなモノ』で『星』でもあって、だから向ける感情は信仰心というか……通常人に向けないような感情を抱いてしまっていた。
だから、その。
アイズにとっての自分は、『果てしない悲願を叶えるための道中で、たまたま手を差し伸べた人物』……英雄譚でいう、序盤にちょっとだけ登場するようなキャラクターで。
英雄の覚醒にたまたま立ち会って、とても【幸運】な事に救ってもらえた、
その、結果。
『フリューガーって子が
『知らん』
『アポロンとこの子やろ?』
『いやぁまあ確かにフリューガーという名の眷属はいるが……』
『会わせてくれんとなぁ、うちも困るんよなぁ。だってその子絶対【ランクアップ】出来るやろ? しかもなんや、ギルドの記録と合わせると……半年で、Lv.2ってことになるやん。すごいなぁ、ぶっちぎりでレコードやで』
『『……』』
『まー、うちらもアイズたんの件ではしゃいでたのもあるけど……これ、ふつーに発表されると、うちらとしても、
『『…………』』
『くっそ可愛い言うとったからなぁアイズたんなー。フレイヤの奴も気に入りそうやなー。超絶技量激カワ幼女剣士、神連中も欲しがるやろなぁー、なんならうちも欲しいしなぁー』
『いや待てロキ、それはだな』
『知らんっ』
『ずだ袋被った小っさい剣士が【悲恋の奏者】と一緒にいるのを見たって
『『………………』』
『何より、犬猿の仲な自分
『(
『(いや私もそれなりに戦える神だし弓兵だし私が感知出来ないなら居ないもんだと)』
『ちなみに斥候しとったのはうちの団長や』
『『…………………………』』
そんなことがあって。
真っ白になったアポロン様をよしよしして差し上げて。
それから、ええと。
『遠征』に向かわれた方々が大事なく帰還されて、お互いの無事を祝ったり、自分が直前に参加できなくなったことを謝罪したりして。
それで。
……何があったんだっけ。
ああ、そうだ。
何か、とんでもなく衝撃的な事があったんだ。
それで自分は気絶して、つまりここは夢の中で、何があったのかを思い出すために今までの経緯を言い連ねていて……。
確かなのは、今日はあの夜の一週間後、つまりアスクレピオス様を頑張って説得して
アイズ・ヴァレンシュタインと、二人きりでお出かけしているということだ。
☆☆☆
沈んでいた意識が、緩やかに浮上していく。
微睡みから醒めるようなこの感覚は、嫌いだった。意識がある限り苦しみ続ける自分にとって、『起床』とは苦痛の始まりに等しく、『就寝』は悪夢の吹き荒れる雪原となる。つまり意識があろうとなかろうと辛いのだが、沈んでいく眠りと浮上していく目覚めでは、後者の方が憂鬱度が高かった。
ただ、なんだろう。
いつもは憂鬱なこの時間が、どうしてか、名残惜しかった。
……恐ろしい。自分はいつから、お布団から逃れられない怠け者になってしまったのだろう。社の子供達がそうするのなら可愛げがあるのだろうが、自分はもう14歳……らしい、のに。とても情けない。そして恥ずかしい。
何より、ここまで考えられる程思考が戻ってきているのに、未だに起きようとしていないのが、訳がわからなかった。
はたして、自分はそんなに怠惰な小人族だったか……?
(いや、違う。これは……)
自分を繋ぎ止めているのは、『熱』だ。
小さな身体を包み込むような『熱』。柔らかくて、暖かくて、どうしようもなく安心してしまう。いっそ暴力的なナニかに、自分は為す術なく敗北しているのだった。
ひどく情けない。そして抗い難い。負けてしまうのが当然で、これに勝ててしまう方がおかしいように感じてしまう。
嗚呼、この逃れられない
「……お母さん……?」
「……うん、お母さん、だよ」
ぴょこん、と。
夜の空と共に視界に入ってくる金の髪。
比喩抜きで、心臓が止まった。
「───あ゛ッ」
瞬間、脳裏に
具体的にはアイズに『話をしたい』と言われてあれよあれよと
「なんっ、これっ、どうしっ……!?」
「フリューが、倒れて。ここは、近くのベンチだよ」
「は? っいや、それは、わかった、わかったから、もう起きる……!」
「駄目だよ」
とんでもない羞恥───アイズを母親と間違えるなんて! ───に駆られるように身を起こそうとして、失敗する。頭を持ち上げられず、何か柔らかくて温かいモノに押し付けられる。
これ、アイズに膝枕されてる……!? いや、それよりこの感覚には覚えがあるぞ……!
慌てて妖精の瞳に魔力を通せば、光輝く風が自分の身体を覆うように展開されているのがわかる。思い出すのはあの夜、戦闘不能と判断したアイズにそうされたように、自分は拘束されていた。
「や、やめなさいっ、人前で、こんな、恥ずかしいっ」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ!?」
小声で叫ぶという器用なことをやりながら、周囲に目を走らせる。
夜の中央広場である。
常日頃より、迷宮帰りの冒険者で賑わう場所である。
当然今だってたくさんの冒険者がいる。
そんな所で【超大型新人】のアイズ・ヴァレンシュタインがどこの誰とも知らないちびっ子を膝枕していたら、さて、どうなるだろう?
『おい、見ろよあれ』
『げっ、【人形姫】……』
『【剣姫】のがいいだろ、もう正式に決まってんだし』
『あれが【ロキ・ファミリア】の
『【剣姫】は何やってんだ? 迷宮帰りって訳でもなさそうだが』
『銀髪の幼女に膝枕してる』
『マ?』
『マ?』
『マ?』
『ほう金銀
『あいつも【ロキ・ファミリア】か?』
『年若い銀髪の女冒険者。聞いたことはないな』
『あ、目が合った』
『かわいい』
『かわいい』
『かわいい』
『ひえっなんか怖えぞあの銀髪ロリ作りもんみてえだ』
『いやかわいいなおい』
『いつからあそこに座ってるの?』
『少し前から居たぞ。【剣姫】が銀髪のことをずっと膝枕して撫でてた』
『【悲報】剣姫、百合』
『朗報の間違いだろぉ?』
……頭がくらくらする。
『かわいい幼女』と言われて凍える心が、『アイズに可愛がられている幼女』という言葉でひん曲がって、訳がわからなくなる。
このままでは遠くない未来、自分は頭がおかしくなってしまうだろう。
「アイズ」
「うん」
「どのくらいの時間、ここに座って、撫でてた?」
「一時間くらい?」
楽しかったよ、とアイズが微笑みながら言う。
それだけで、自分は何もかもを許してしまえた。
無言で伸びてきた手を黙って受け入れれば、金の瞳は細まり、周囲からの熱視線が温度を増し、ひどい羞恥に鼓動が早まる。頬に触れる風が、自分がどれほど赤面しているかを伝えてくれる。
しばらくの間撫でられ続けて、もはや諦めの境地に至りかけていた頃、アイズは唐突に表情を変えた。
「ごめんね」
「え……?」
「がんばって、我慢して、待ったけど……もっと待たなきゃいけなかった。フリュー、まだちゃんと治ってない、よね。また無理させちゃった……」
申し訳なさそうに瞳を伏せるアイズ。
言っている意味はよくわからないが、彼女がそんな顔をしているのは嫌だった。
「いや、身体は快調だよ。無理なんてしてない」
「でも……」
「それに、そんなことはきみもよくわかってるだろう。一昨日再会した時、挨拶もなしに衣服を奪って、全身を眺めた挙げ句、お腹に頬を押し付けてきたこと、忘れてないぞ」
「あれは、わたしは悪くないよ。いきなりセップクしたフリューが悪い」
「お陰でアスクレピオス様からの心証は最悪だ。きみと会うための説得に、どれだけ苦労したか」
そう口にして、おどけるように肩を
拘束は解いてくれない。
「取りあえず、起きたいのだが」
「いきなり倒れる人を放っておくのは、よくない」
「……すまない、どうやら倒れたらしいが、その記憶がない。よければ、倒れる直前に何があったのかを教えてほしい」
実のところ体調は完全に回復してはいないが、それでも唐突に倒れる程ではない。空腹も覚えていない。しかし、アイズによれば、自分はいきなり倒れたらしい。
はっきり言って心当たりは皆無だ。
なら、原因はアイズにある……と思う、けれど。
そういった意図で発言すると、アイズは困ったように眉を曲げて、「直前……直前……」と呟いたかと思うと、何かピンときたような顔で、それを口にした。
「『お姉ちゃんって呼んでいいですか』って言ったら、倒れた」
「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────あぁ、なるほど」
道理で記憶がないはずだ。
そんな爆弾を放り込まれたらそうなるだろう。
なにせ、それを言われるのは二回目らしいのに、心がぐしゃりと潰されるようなのだから。
アイズ・ヴァレンシュタインにそう言われるのが、これほど辛いとは、思わなかった。
「……フリュー?」
心配そうに自分の名前を呼ぶアイズから焦点を外して、金の髪の向こう側を覗き見る。
雲ひとつない夜空。物静かに佇む星の海は、あの日の光のようで。
ちっぽけな自分に、なけなしの勇気を授けてくれる。
「お姉ちゃんは、止めてほしい」
努めて冷静に口にする。
身体を起こす。
アイズの風は既に解かれていた。
ありがたい。ちゃんとした話をするには、先程の体勢は不適切だろう。
立ち上がり、五歩前に出て、振り返り、アイズを見る。
年頃の少女らしい衣服を纏いながらも、佩剣している冒険者は、その金色の瞳を見開いて、自分を見上げている。
自分にとってその冒険者は英雄だが、冒険者にとっての自分は、さて、何者なのだろう。
「まずは祝辞を。ランクアップおめでとう、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。きみと同じ戦場を潜り抜けられたことを誇りに思う」
「ぁ……うん、ありがとう。それで……」
「
はっきりと告げる。
妥協も欺瞞も許さない。
フリューガー・グッドフェローはアイズ・ヴァレンシュタインに救われ、英雄だと思っている。
その事実を、自分に焼きつける。
その上で、自分は確かめなければならない。
「きみは希望だ。きみは星だ。きみは私の悲願を叩き壊し、未来を
「───」
「きみは英雄になりたいと言っただろう」
忘れるはずもない。
あの夜、再起を果たしたアイズが告げた誓いは、その響きすら自分の裡に残っている。
だから、言わなければならない。
「英雄となるのに何が必要なのかはわからないけれど、きみには『力』と『信念』があるように思える。加えて環境も舞台も整っているのだから、順当に努力を重ねていけば、きっとなれる。そうして、多くの人を救い、途方もない数の希望になるのだろう。私にとってのきみのように。
だから……そうだな。我ながら嫌な言い方になるが、『既に救った者』に無駄な時間を使う必要はない。きみの英雄譚における私の出番は終わっている……と、私は思っている」
それが自分の結論だ。
小人族のフリューガーはアイズ・ヴァレンシュタインに救われて、これから先も無理くり生きていくだろう。
それだけの話だと、自分は思っていた。
けれどアイズはここにいる。
なら、それ以上があるのだろう。
「けれどきみは、私に会いに来たな」
「……うん」
「それは、何故だ?」
つまりはそういうことだった。
アイズが自分を求める理由がわからないのだ。
再会した時は
……ああ、この時点でもうおかしい。
『確実に自分と会う』、ただそれだけのために、Lv.5フィン・ディムナの時間を使わせた【ロキ・ファミリア】の意図がわからない。
自分にそのような価値がある訳がないのに。
自分の役割は既に終わっているというのに。
「私は、きみの何だ……?」
「───
「そうか、ともだち……友達?」
こてん、と首を傾けてみる。
もしや、度重なる羞恥と英雄の眼前にいるという緊張から頭がおかしくなってしまったのかしら。
隠すことなく困惑を表に出す自分を他所に、アイズは畳み掛けるように言葉を連ねる。
「憧れの人、すごい人、綺麗な人、強い人、小さいのにとっても速い人、一緒に戦ってほしい人、『
「え、え、うあっ、んううう?」
「わたしは、あなたに、笑ってほしい」
「えっと……笑えばいいのか? じゃあ、はい」
目尻を下げて、口角を上げてみる。
「違う」
「むう、手厳しいな」
「……歩きながら、話そう?」
ガチャリと短剣を鳴らして、アイズは立ち上がった。
「フィンも、フリューに【ロキ・ファミリア】に来てほしいって言ってたの」
かつん、かつん、等間隔で響く足音の合間を縫うように、アイズは言った。
バベル内部の、どこかの通路だった。
魔石を燃料にして動く昇降機を乗り継ぎ、そこから階段を用いて更に上層へと向かっている。
何故か、アイズは頑なに目的地を教えてくれないが……
(バベル上層は力ある神々の住まう領域と聞く。どこぞの神様に会いに行くつもりなのか……?)
「フィンに、英雄って何って聞いてみたんだ」
「っ、ああ。それで?」
「難しい話だね、って笑ってた。英雄にも色んな人がいて、どうしてなったか、何をしてなったか人それぞれだから、結論は出せないって」
「それは、そうだろうな。竜殺しの英雄がいれば、救国の英雄だっている。死病の治療法を確立した医者なんかも英雄と言えるだろう」
それこそ、かの【
なんて思ってしまう自分は、異端の小人族なのだろう。なにせタケミカヅチ様の社にはヒューマンと神様しか居なかったのだ。小人族が他の種族からどのような目で見られているのか、その偏見を打ち砕いた【勇者】の偉業がどれほどのモノなのか、自分にはその実感がない。
病室で顔を合わせた時には、極めて腕の立つ槍使いという情報しか得られなかった。
「だから、英雄の定義は、人によって変わる。フィンはそう言ってた」
「そうだな」
「……わたしは」
前を歩いていたアイズが立ち止まった。
その瞳には複雑な感情が浮かんでいる。
「わたしは、何をしてでも取り返さないといけない人がいて、だから、英雄になんてなれないし、なろうとも思ってなかった。わたしは、『誰か』のために戦えるような人じゃないから。そんなのは、英雄じゃないって、思ってたから」
「……」
「……でも、それでもいいんだって、あの時教えてもらったんだ」
ぎゅ、と胸に手を当てて、アイズは感慨深そうに囁いた。
「わたしは、わたしが救いたいと思った人を救う英雄になる」
それは、聞くものが聞けば『なんて自分勝手な』とでも言いそうな誓いだった。
無辜の民草を無償で守護するような、人々の望む英雄像とは明確に異なっている。
精霊の風を従え、英雄の剣を携えた、気質と才能からこの上なく愛された少女が目指すのは『わがままな英雄』。
竜に膝をつかせ、巨人を砕き、地平線まで広がる万敵を討ち滅ぼすに至るだろう冒険者は───自分が助けたいやつしか助けないぞ、と言い切ったのだ。
「だから、わたしはフリューを救いたいの」
「……先程も言ったが、私は既に救われて───」
「
その響きは、有無を言わせない重みを伴っていた。
空を駆ける綺羅星のような決意は英雄の発言を揺らがぬものとし、一切の反論を問答無用で押し潰す。
「『あの人』が言ってたの。〝誰かを救いたいのなら、まず、自分が笑わなくちゃ〟って」
「───」
「わたしには『誰か』を救う余裕なんてない。最速、最短で、わたしはアイツを殺して、お母さんを取り戻す。
「それは……」
「フリューはまだ『笑えない』でしょ?」
「……私は」
「だから、フリューには、笑ってもらう」
それっきり、アイズは一言も喋らず、黙々と歩みを進めた。
自分も同じように沈黙して、彼女の後を追う。
……いいや、たとえ話すことを許可されてたって、今の自分は何も話さなかっただろう。
アイズの『誓い』。
アイズの『英雄』。
感嘆せずにはいられない。
なんて尊く輝かしく、困難な道のりだろう。
助けたい人しか助けない? わがままな英雄? ───冗談にしても笑えない。
目の前の少女は、万人を救うつもりなのだ。
それが、夢物語や妄言虚言の類いでないことがわかっているからこそ、震えてしまう。
これが『英雄』。
これが『希望』。
もはや言葉も出ない。
アイズのためなら、自分はなんの躊躇もなく命を懸けられるだろう。
やがて、ひとつの扉が現れた。
「開けるよ」
アイズはそういって、自分の手を引き、そこへと連れ出した。
───そこには、天空があった。
一面の夜天。
星々の輝きで満たされた大海。
そこは、自分の知る内で最も空に近い場所だった。
「バベルの、頂上。星が好きだって聞いたから……それならここだって、みんなが」
アイズの言葉が、今だけは遠い。
彼女の声以外、なんの音も遮るものもない空間で、一面の夜空を独り占めにする。
まさしく、絶景だった。
「綺麗……」
自然と、涙が流れていた。
育ち故郷である社を飛び出し、海を渡り、アポロン様と出会い、怪物どもを殺して殺して殺して、冒険に臨んで。
取り巻く環境も、自分自身もひどく変化したけれど、あの日自分を救った夜空は何も変わっていなかった。
その事実を改めて噛み締めて、みっともなく泣いてしまう。
「ああ、自分は、自分はっ……」
「フリュー……」
「うああっ、ああああああっっっ……!」
金色の月に見守られながら、ただ泣いて、泣いて。
落ち着いた頃には、目元がすっかり腫れてしまっていた。
年下の女の子の胸にすがって泣きじゃくったという事実に、消えかけていた羞恥心が燃え上がる。
「フリュー」
アイズが言った。
伏せていた瞳を向ければ、そこには英雄が居た。
彼女は静かに近づいて、自分の手を包むように、柔らかな両手を添えた。
「……わたしは、フリューの過去を知らないし、どうすれば笑ってくれるのかも、わからないけど」
その言葉で思い至った。
自分の『好きなもの』───夜空を見せるために、わざわざバベルの頂上まで連れ出したのは……きっと、自分を笑わせるためだったのだ。
少なくない手間と時間をかけて、アイズは
「……それでも、フリューには泣いてほしくないし、笑ってほしい」
「アイズ……」
「笑顔の方は、どうすればいいかわからないけど……今、ここで、約束する。
わたしは二度とフリューを泣かせない。どんな悲しみが立ちはだかっても、あなたの隣で一緒に戦って、一緒に乗り越えて見せる。
あなたは、わたしを救ってくれた……わたしを
だから、フリュー───」
「わたしの、〝
「えっ、断る」
「─────────」
アイズの家族になる、つまり【ロキ・ファミリア】に入るのは絶対に無理だ。
だってあそこヤバすぎるもん。
「そもそも【ロキ・ファミリア】は最初に候補から外した派閥なんだ。女性比率がすごく高くて主神も女性、
「……フィンの言った通りになった……」
「───あっいやごめんアイズ、きみの家族に酷いことを言ってしまった、どうか許してほし……アイズ?」
アイズの顔が見えない。
何でかって、アイズが顔を伏せてるのもそうだが、距離が近すぎる。
先程まで握られていた両手はいつの間にか自分の胴に回っていて───
「ひゃんっ!? あ、アイズっ、何を!?」
「なって」
「んひゅうっ!?」
「家族になって……!!!」
「いや、だからそれは無理なんだって───ふにゅんっ!!?」
「なるって言ってくれるまで、抱きつくっっ!!!」
「~~~~~~~~~~~~~っ!!!!?」
無窮の夜天の下、柔らかくて温かい至福の地獄を味わう。
ふわふわと浮かぶ金色の月に、苦笑いされてるような気がした。
☆☆☆
結局。
冒険者フリューガーはなんとかアポロン様の元にいられることとなった。
顔を真っ赤にしてぐずる英雄殿の姿に形容しがたい感情を抱きながらも、彼女の要求を一部呑む形となり、お互いに一安心、という感じだ。
アイズとの逢瀬の同日、【勇者】とオルフェ団長、ロキ様、アポロン様による密談が行われていたらしく、命からがら『クスシヘビの診療所』に帰還したら真っ白になった団長とアポロン様がぶっ倒れてたり医神が荒ぶっていたりと……まあ、端的に言って地獄があったのだが、それも過去のこと。今は元気なのでとても安心である。
そして。
「アイズ」
「……なに?」
「お姉さんはやめてくれ、と言ったが」
「うん。……そうだね、フリューは、男の子だったんだもん。お姉さんは、よくないね」
「……
過去のフリューガー、どうか恨んでほしい。
あの時、フリューガーは、生きると決めた。
たとえ
それでも───。
「
身体は女児だ。認めよう。はっきりと直視する。
男だったときの記憶はない。その通りだ。故郷も家族も一人称も、己の顔すらわからない。
それでも、『男』を握り締めようと決めた。
消えていくことから目を逸らすのではなく、かき集めて、繋ぎ止めて、しっかりと抱いて。
いつか、ちゃんと笑えるようになるその日まで───英雄の隣を、歩いていく。
☆☆☆
フリューガー・グッドフェロー
States Lv.2
力:I 0 耐久:I 0
器用:I 0 敏捷:I 0
魔力:I 0
幸運:I
魔法
【ディア・オーベイロン】
【】
スキル
【
・《耐久》に補正。
・水上歩行可能。
・《水上》条件時全アビリティ補正。
・性自認により変容
【
【
【
・完全走法。
・《直立》時、全アビリティ補正。
・如何なる状況下でも天空視認可能。
特記事項
ランクS【体質:幸運】
ランクH【背景:重度の実験体】
ランクC【資質:
ランクF【疾患:心的外傷(エルフ)】
ランクG【疾患:変貌への恐怖】
ランクF【背景:性転換】
ランクG【疾患:女体恐怖症】
ランクA【資質:侍】
NEW!!
ランクD【資質:英雄信奉者】
ランクA【祝福:揺るぎなき信仰(星)】
アイズ・ヴァレンシュタイン
States Lv.2
力:I 0 耐久:I 0
器用:I 0 敏捷:I 0
魔力:I 0
励起:I
魔法
【エアリエル】
スキル
【
【
・精霊にまつわる英霊への
☆☆☆
フリュー→アイズ
崇拝の対象。オッタルにとってのフレイヤ。
アイズ→フリュー
仲間にしたい!!!!!
笑顔にしたい!!!!!
じゃがまるくんあげる!!!
一緒に黒竜ぶっ殺そう!!!!!
=
フリュー「英雄になるんならもう構わんほうがいい。おれはもう十分貴方に救われたのだから……」
アイズ「仲間になって♡」
フリュー「はい……フリューきみの仲間になります……(即堕ち)」
アイズ「家族になって♡」
フリュー「申し訳ないがハイエルフはNG」
アイズ「なんで(抱擁)」
Q.なんでバベルの頂上?
A.フィン「口説くなら雰囲気も大事だよね?」
難産でした(n回目)。ただ此処を越えればしばらくは楽になるはず……!
数話ほど幕間を挟んでからLv.2→3編スタートです。
疑問点などありましたらどうぞご指摘ください。誤字報告ほんとうにありがたいです……!