ワンナイト聖杯戦争 第一夜 反射剣「オートクレール」   作:どっこちゃん

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幽鬼の騎兵隊(ムオーデル)……ッ」

 

 助け出した姉を抱き、ギアは喉を引きつらせた。

 

 ムオーデルとはオーストラリアに伝わる幽鬼の軍団とその行進のことである。

 

 別の地域ではオーディンやアーサー王が率いるワイルドハントとの類似が指摘されている。

 

 無論、なぜそんなものが向かってくるのかについては解りようもない。

 

 ただ、オルトロスが儀式をの続行を諦め、全てを破棄するための手を打ったのだということだけは理解できた。

 

 ヤツめ! あの鬼火の群れを持って、この廃ビルごと儀式の痕跡を全て抹消するつもりなのだ。

 

 避けるか? 逃げるか?

 

 そんな暇はない。もう、すぐにでも鬼火の群れを引き突連れるあの火車はここに殺到するだろう。

 

「おひいさまの下に入って!」

 

 ジリーが、半ばぶつかるようにしてギアに覆いかぶさる。

 

 その頭上で、おひいさまが歯を食いしばりながら、ぐむむむ、と巨大化していく。

 

 このまま三者を包み込み、あの鬼火を耐えきるつもりだろうか?

 

 しかし、いくらおひいさまでも、あそこまで膨れ上がった鬼火の大軍勢を受け止めきれるものであろうか!?

 

 だがそれしか手がない。

 

 ジリーはそれに賭けた。

 

「――いや、だいじょうぶだ」

 

 だがそこで、ジリーの下でギアが言った。

 

「ランサーが間に合った!」

 

 次の瞬間、彼らの視界は諸共にまばゆいまでの炎に埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 廃ビルそのものが炎に包まれた。

 

 しかしそれは鬼火の群れによる炎などではない。もっと輝かしい、灼熱色(しゃくねついろ)の炎によってである。

 

 ビルの周囲にはそれを囲うようにして火柱の群れが出現していたのだ。

 

来たれ灼熱の追憶、我が終焉の地よ(テルモピュライズ・スリーハンドレット)!!!」 

 

 ついに明かされる宝具、その300の槍の真名を、ランサーは高々と謳う。

 

 キツネにつままれたように唖然とした表情を見せるのはバーサーカー、ボニーとクライドだ。

 

 今の今まで引き連れていたはずの鬼火の群れか掻き消え、彼らの駆る盗難車(フォード)に虚空の道を拓いていた炎も消えてしまった。

 

 角笛はうんともすんとも言わなくなった。

 

 もとより理性的な思考力を奪われている二人だが、この状況でなおも狂乱し続けられるだけの胆力は持ち合わせていなかった。

 

 彼らは唖然とした表情のまま、地上へと落下した。

 

 

 

 

 

 奇異だったのは、バーサーカー達の突撃(ムオーデル)が防がれたのではなく、()()()()()()ことであろう。

 

 それこそが、ランサーの持つ宝具「来たれ灼熱の追憶、我が終焉の地よ(テルモピュライズ・スリーハンドレット)」の真価である。

 

 灼熱色の炎によって再現されたのは「灼熱の門」。

 

 「灼熱の門」とはかのテルモピュライの地で、スパルタ軍が布陣した場所を意味する。

 

 テルモピュライには峻厳な山と海とに囲まれた街道が有り、その、ごく狭い範囲に布陣することで、スパルタ軍は20万とまで言われるペルシア軍と互角以上に戦うことが出来たのである。

 

 この故事により「大軍の機能を殺す宝具」すなわち「対軍以上の規模を持つ、あらゆる宝具の無効化」と言う概念に昇華されたのがこの宝具なのだ。

 

 対軍(対城)宝具を主装・あるいは切り札とするサーヴァントに対しては強力無比なカウンターとして機能する。

 

 

 

 

 

 

 落下したフォードは見事にひしゃげてしまい、ボニーとクライドはそこから這い出してくる。

 

 そして途方に暮れるようにして虚空を見上げ、それを見つけた。

 

 朝焼けを前にした漆黒の空の下。

 

 ひときわ輝く人影を。

 

 見上げる先には、血染めのマントを翻した益荒男(ますらお)の姿があった!

 

 灼熱色の甲冑具足を身に着け、その兜には王の証として馬毛の兜飾り(クレスト)がたなびく。

 

 そして腕には、にはひときわ灼熱に煌めく大槍が!

 

 そしてラムダの紋が記された丸盾が輝く!

 

 そう、この男こそスパルタ王、レオニダス!

 

 先王クレオメネスの子、スパルタ王レオニダス1世である!!

 

 これまでは正体の秘匿のために、この誰の眼にも明らかな偉装を纏うことができなかったのだ。

 

 だが、この宝具の開帳にあたって、もはやこの真名を隠す意味はない。

 

 今こそ見るがいい! この王の勇士を! その威容を! スパルタの流儀を!!

 

 

 

 

 

 バーサーカーの前に舞い降りたランサー・レオニダスは、自らの槍と盾を構える。

 

 まるで、かつて部下たちと共にファランクスの隊列を組むかのごとく!

 

 巌の如く揺るがぬ構えだ。

 

 ボニーは、そしてクライドは戦いた。

 

 彼らにもブローにング機関銃など、彼らの〝伝説〟を彩る武器が与えられていたが、それが何かの役に立つとは思えなかった。

 

 とても戦おうなどとはおもえなかった。――――本来なら。

 

 そこで彼らは目ざとくも気づく。

 

 その王の輝くような威容が、血に塗れていることを。

 

 王の両腕はもはや槍を、そして重い青銅の盾を支えることなど出来ぬほどに負傷しているのだ。

 

 それを観止めたバーサーカー達は窮地に在りながらも驚喜的な笑みを浮かべた。

 

 ――相手(コイツ)は手負い。

 

 ――勝てるかしら?

 

 ――どうでもいい。逃げれれば。

 

 ――殺しましょう。

 

 ――愛してるゼ。

 

 言葉ではなく、もはや切っても切ることの出来ぬ二人だけの共感性でもって通じあった二人は、それぞれ銃を手に動いた。

 

 追い詰められた獣のような動きではない、むしろ、獲物を前にしたハンターのように滑らかな動き、滑らかな連携であった。

 

 やれる。殺せる。逃げれる。永遠に。

 

 二人は言葉にならないコンタクトを繰り返し、血を滴らせたまま構える王へ近づく。

 

 ――――が。

 

「むん!!」

 

 気合一閃。レオニダスは前に踏み出した。一歩だけの進軍である。

 

 しかし、それで勝負は決まってしまった。

 

 みなぎる肉体からは揺らめくような湯気が沸き起こり、眼光は指すように敵を見据え、そして傷口からは血しぶきが噴き出した。

 

 その血が、自らの血染めのマントをさらに赤く、赤く染め上げていくのだ。

 

 その理解しがたい光景に、バーサーカー達は自分たちの行いが見当はずれだったことに気付いてしまった。

 

 本来、そんな事に囚われるボニーとクライドではない。

 

 見当など知るものか。常識など、良識など知ったことか。

 

 明日のことでさえ、知ったことじゃあない。

 

 そんな生き方で名を馳せた()()()()たちにさえ、それを悟らせる、圧倒的な存在感。あるいは生き方。あるいは――流儀である。

 

 人である以外、何の共通項も持ち合わせぬ者同士の闘争は、つまるところ流儀と流儀のぶつかり合いと言ってもいい。

 

 ボニーとクライドの流儀は時代に受け入れられた。

 

 そしてならず者ながらに愛された。

 

 だからこそ、別の場所であってのそのように生きる。

 

 自分らの流儀を全うする。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、そこへぶつけられるのは、まるで別種の流儀だ。異次元の生き様だ。

 

 ボニーとクライドは逃げ出した。

 

 勝負にならない。闘争にならない。戦争などもっての外だ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。彼らが目にしているのは、古代ギリシャ最強の戦闘集団、スパルタの魂にして、スパルタの流儀そのものなのだ。

 

 そしてその流儀は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 強さこそが価値。ゆえに強さを何よりも信奉し、何よりも追及する。

 

 それは逃げる、捨てる、逸れるを一切許さぬ、巌のごとき流儀。

 

「……戦士に在らず、か」

 

 言葉通りである。最初から勝負などならない。

 

 ボニーの背中を、投げ放たれた大槍が貫いた。

 

 倒れ伏したボニーに駆け寄ろうとしたクライドの首を、片刃の曲刀(マカイラ)が切り落とした。

 

「冥府に帰るが良い、只人(ただびと)よ」

 

 首を失ったクライドの身体はそれでも数歩進んで前のめりに倒れ、ボニーの上に覆いかぶさった。

 

 そして、諸共に消滅していった。

 

 

 

 

「大丈夫か、ランサー!」

 

 廃ビルから出てきたギアを観止め、ランサーも膝を突いた。

 

「大事ない。やり遂げたのだな、ギア」

 

「……ああ、確かに生きてる。アンタのおかげだ」

 

 姉を抱いたままランサーへの駆け寄ったギアの後ろで、ジリーが問う。

 

「セイバーは?」

 

「こちらだ、ジリー」

 

「あらまぁ」

 

 声は背後から。

 

 ランサーと同様にその五体も傷ついては居る。

 

 しかし、足取りは確かなものだった。あれだけの乱戦を潜りに抜けて、セイバーにはまだ余裕があった。

 

「とりあえずは片付いたと言っていいだろう」

 

 その手につまみ上げられているのは、あのオルトロス・ベックブリーカーであった。

 

 すでに息は無く、セイバーの剣で一刀のもとに斬り捨てられたのだというのが、うかがい知れた。

 

「さすがね」

 

「当人は逃げ切れるつもりでいたらしいがね?」

 

 ジリーが満足そうに笑顔をつくると、セイバーの皮肉気に笑って見せた。

 

 そして、膝を突いたままのランサーに歩みった。

 

「さて、どうするねスパルタ王。決着は如何様に?」

 

 そう言って、ランサーに剣を向けた。

 

「ちょっと!」

 

 ジリーが声を上げ、ギアも咄嗟に身構える。

 

 あたりには、一瞬だけ張り詰めたような空気が漂った。

 

「ク、クク……」

 

 が、それを破ったのは意外にもランサーのこらえるような笑いだった。

 

「すねるな。優男め」

 

 言われて、セイバーは気恥ずかしそうに剣を下げた。

 

「なに? どういうこと?」

 

 ジリーがきょろきょろと両者を見る。

 

「……セイバーは、ランサーが本気じゃなかったってことを言いたいんだろ」

 

 そしてようやく、英霊としての正装を身に纏っているランサーを見て納得した。

 

 なぜ手を抜いたのかと責めているのだ。

 

「意外にみみっちいのねセイバー! こういうのは時の運じゃないの!」

 

「……最初からその重装甲で来ていれば、私との戦いでむざむざ傷つくころもなかったろうに」

 

 未練がましいセイバーの言葉に、ランサーは苦笑する。

 

「だが、我が真名は筒抜けとなっていただろう。第三者(そこの下郎)にな――悪いが、負けられん戦いだった」

 

 ランサーはギアを見る。そして彼が大事そうに抱いている姉を見る。

 

「目的は達成した。続けたいならそれもいいが、どうも時が待ってはくれぬようだ」

 

 確かに時間は残されていない。すでに夜は明け、日が昇り始めている。

 

 この聖杯戦争のルールは夜明けまで。しかも術式そのものが崩壊した今、サーヴァント達をこの世に止めているのは、彼らの体内に残留する余剰魔力だけだ。

 

 戦闘など出来るはずもない

 

「ふむ。なんともキミらしくもない――わけでもないのかな? ランサー」

 

「ふっ、これもスパルタの流儀よ。愛のため戦うのがスパルタ流だ」

 

 セイバーは困ったように微笑む。

 

「徹頭徹尾、他者(だれか)のため。それがスパルタか……」

 

「然り、騎士道とやらとは、相容れぬか?」

 

「いや、今宵に限っては私も異存はない。非礼を詫びよう」

 

 そう言って笑みを交わした両サーヴァントの五体は、その時、すでに日の光を遮ることさえ出来ないほどに希薄になっていた。 

 

「短い間だったけど、ありがとうねセイバー」

 

 ジリーの言葉にセイバーは笑みを返し、恭しく礼をとった。騎士として万感を込めるかのように。

 

「ランサー……」

 

 同じように何かを言おうとしたギアを遮るように、ランサーは槍を手にした右手を突き上げた。

 

 もはや声は聞こえない。声は届かない。

 

 しかし、その巌のような顔は満足そうに笑っていた。

 

 そしてギアも、ぎこちなく、おそらくは最初で最後の笑みを向けて――彼らを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

 あの後、ジリーとギアの二人は速やかに戦場を離れ、身を隠した。

 

 ギアは魔術からは足を洗うと言い、ジリーに魔術刻印他の家財を引き取ってもらい、姉と二人静かな場所へ向かうということで決着した。

 

 二年間も儀式のための備品として扱われていた姉は心神喪失しており、精神が退行してしまっていたが、ギアはむしろその方がいいだろうと言った。

 

 これからは魔術とは関わらずに生きていくと。

 

「それでも、姉さんを助けられたのはあんたのおかげだ。オレにできることが有ったらいつでも呼んでくれ」

 

 別れ際に、ギアはそう言った。

 

「アンタじゃないでしょ。ジリーよ。心配しなくても私は大丈夫。おひいさまがいるからね」

 

 だから、あんたはゆっくりしなさいよ、とジリーは年上ぶるように胸を張る。

 

 一方、おひいさまは別れを惜しむようにギアを舐め回した。

 

 悪い奴じゃないのはわかったがこれだけは慣れなるものではない。

 

 それでも、ギアは険の無い顔で笑みを浮かべた。

 

 10代の年相応の少年の笑みを。

 

「じゃあなジリー」

 

「ええ、あなたも元気でねギア」

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

 一人になったジリーは自らの帰路に就く。

 

「これからどうすると思う? おひいさま?」

 

 ジリーはひとり、帽子のおひいさまに話しかけながら、古めかしいカバンから、あのオルトロスがもっていた本、つまり「宝具カタログ」を取り出す。

 

 ほとんどページは残っていないが、たしかに捨て置くには惜しい代物だ。

 

「聖杯は必ず降臨する。――今回の聖杯の欠片は手に入らなかったけど、あのオルトロスが組織で動いてるっていうなら、まだまだ儀式を行うはずよね?」

 

 そう、あの夜は予選に過ぎない。

 

 そして「本戦」に参加できるチャンスはまだ残っているはずなのだ。

 

 ジリーの思惑を知ったおひいさまはげらげらと笑った。

 

 まるで、それでこそ自分の主だとでも言わんばかりに。

 

「――やってやろうじゃない! こんどこそ、セイバーと一緒に聖杯を取ってやるわ!」

 

   

 

 

 

 了

 

 

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