ワンナイト聖杯戦争 第一夜 反射剣「オートクレール」 作:どっこちゃん
ランサーの持つ槍は、さらに枝葉を茂らせるようにして、セイバーに襲い掛かった。
槍は
それが、視界を埋め尽くすかのように襲い掛かる。
セイバーは後退しなかった。下がれば、この槍の波状攻撃に退路をふさがれ、追い詰められる。
活路は、前。
セイバーは自ら前進して、ここで初めて自ら剣を振りかぶり、襲い来る
見事な一撃だ。彼が決して防御が上手いだけの剣士ではないのがわかる。
しかし、斬り進んだその先には、ランサーの姿が無い。
後退したのでもない。右にも左にも姿は見えない。
「こちらだ!」
以外! それは頭上から来た。
ランサーは枝分かれする槍をハシゴのように使用し、セイバーのはるか頭上へと駆け上っていたのだ。
そして槍の雨が降る。
一つ一つがバーナーの如く焦熱する必殺の槍が、文字通り
その数はゆうに100を超えている。
逃げ場などあろうはずもない。そして一本でも受け損ねれば致命傷となるだろう。
「
そこに、厳かなるささやきが響いた。
まるで祈るかのような、清純なる涼風のような。
セイバーは振り下ろしたままの剣を天に向けて突き上げた。
それだけだ。
にもかかわらず、100を超える槍の雨はまるでセイバーを避けるかのように、なにものをも害することなく、ただ足場に突き立った。
林立する槍の中で、セイバーは涼やかに剣を執り直す。
「――聞きしに勝る、とはこのとだな」
ランサーの他意のない声に、セイバーは微笑んだ。
セイバーは何をしたのか? 無論、手にした宝具で槍の雨を弾いだのだ。
最初に飛来した槍を弾き、続く槍へぶつけ、これをさらに弾く。さらにその槍を後続の槍へとぶつけ――そして全ての槍の軌道をそらしたのだ。
ただ剣の一振りで、それをやってのけたのだ。驚くべきは、わずかにでも手元が狂えば死んでいるはずのその絶技を、まるでビリヤードでもたしなむかのように執り行ったことであろう。
次の瞬間、ランサーは新たに取り出した槍を投げ放った。
依然として涼やかに立つセイバーは、ほとんどノーモーションでこれを弾き返した。
槍はそのままランサーへ向けて跳ね返っていく。
ランサーはこれを掴み取った。
しかし掴み取り損ねたのか、その手からわずかに血が流れた。
ランサーが投げ放った時よりも威力が増しているのだ。
「相手の攻撃へ自らの力を上乗せして、跳ね返す。――いわば反射剣」
「いかにも」
流麗なる装飾を施された聖剣を誇示するように掲げ、セイバーは、高らかに告げる。
「これぞ我が宝具『
かかげられる白亜の剣は、ただ夜の風にあおられて鈴鳴りのような音色を響かせるのみであった。
なんと美しい剣なのだろうか。
その刃は、まるでそれが武器であることを忘れさせてしまうかのような、ある種の清涼さをたたえている。
「なるほど、たいした剣だ」
「さよう。――古えの王よ。わが剣の輝名、手向けと受け取るがいい」
「ほざけ。青二才め」
牙を剥くような笑みを見せるランサーに、セイバーも目を細める。
ランサーのマスター、ギアはその光景に見入っていた。
最初に彼の魔術が弾かれたのも、あの剣の力だったのだ。
セイバーは最初のギアの攻撃を反射した。
おそらくランサーが同時に放ったはずの攻撃も同じように、そして互い違いに反射されていたのだろう。
ギアが無傷だったのは、ランサーがギアへ向かった自らの攻撃を防いだからだ。
でなければ、この戦闘はあの一合で終わっていたことだろう。
いまさらながらに背筋が凍る思いだった。
そして何よりも彼を愕然とさせるのは、セイバーへ向けたはずの渾身の一撃が、ランサー自身を傷つけてしまったということだ。
自らのサーヴァントへ刃を向けたに等しい。
なんて間抜けだ。先手を取ったつもりが――――否。
今それを反省しているひまはない。
ギアは迷いを振り払うように、サーヴァント達の攻防から視線を外した。
セイバーの防御は、ほぼ完ぺきと言っていい。
まず対人レベルの攻撃ではあの鉄壁の防御を崩すことは難しいだろう。
ランサーがセイバーを打ち崩すのは難しいと言わざるを得ない。
単純な力関係ではなく相性の問題だ。
ならば、ランサーがセイバーを押さえている間に、自分がこのセイバーのマスターを排除する。
それが、考えうる内で最善の策である。
ギアは、真っ直ぐにセイバーのマスター、ジリーを見すえる。
ジリーもギアを見てはいるが、そのたたずまいを見れば戦闘の素人なのがよくわかる。
セイバーから引きはがしてしまえば、物の数ではない。
「ねぇ、セイバー」
「うむ。気を付けろマスター。こちらの心配は無用だ」
ジリーがセイバーに声をかけた瞬間に、ギアは加速した。
まるで地面を滑るように。山猫のごとく身を低くして。
――が、
「それよりも、なんだけど」
あろことか、あの女はそのまま
――正気か?
いや、しょせんはこんなものか。
魔術師などとはいっても、いざ殺し合いの場となると、常人と変わらぬ判断しかできないケースは多い。
この女もそれか。
ギアは納得して、さらに加速した。大きく旋回してジリーの背後をとる。
この速度はセイバーとて予想外だったことだろう。
狙いは無防備な背中だ。
できれば殺したくはなかった。
自分は魔術師どもとは違う。だが、目的のためには
「私のことも、『ジリー』でいいのよ? 今夜限りの付き合いだからって他人行儀なのはアレよね」
なんとも場違いな言葉が出た。
構わずギアは抜刀する。
「マスター、よそ見をするな!」
――が、その瞬間、そのギアの身体を、爆炎が迎え撃った。
夜を染め上げてしまうほどの、とめどない炎だった。
逃げ場などありはしない。
「こっちのことはいいのよ。
そう言って、魔術師ジリー・ツァツァトゥラは床に転がったギアを見た。いや、
「――あんたさ、私のこと舐めすぎじゃない? 私のこと調べたんでしょ?」
なら、わかるわよね?
ジリーは燃えがらの臭いが漂う虚空へ向けて、そう続ける。
凄まじい勢いで炎を吐き出し、今も白煙を吐いているのは、ジリーがかぶっている、彼女には大きすぎる三角帽だ。
「私の背後は、おひいさまが見張ってるのよ」
その三角帽には、巨大な口がついていた。
とんがり帽子の円錐状の部分が、中ほどからばっくりと折れ曲がり、そこから白い歯列が、赤いべろがのぞいている。
「――そうだったな。『火喰帽子のジリー』
「ええ。私、このおひいさまに気に入られてるのよ。だから私が家督を継いだの。何代もおひいさまに認められるだけの魔術師は出なかったんだから」
それだけ自分はすごいのだ、と言わんばかりにジリーは薄い胸を張った。
ギアは苦々しく顔を歪めることしかできない。
「で、私も調べてるわ。あんたのこと。「グリース」だったわね。あなたの通称?」
それは侮蔑も込めた忌み名だ。
ギアは口には出さずに起き上がり、滑るようにして距離を取った。
巨大な火柱に包まれたにもかかわらず、彼は無傷であった。
秘密は、あらかじめ彼の身体とあらゆる礼装にしみこませた油。つまり特性の
それが高熱から彼の身体を守り、またこのような高速移動を可能ともしている。
「こう言ったらなんだけど。私ってあんたよりも
やれやれ、とでもいうように、ジリーは細い肩をすくめて見せた。
「だいたい、そんなどこにでもある様な魔術で私とおひいさまに勝てると、本気で思ってるの? 呆れたわ」
シュー。
ジリーがようようと一人で喋っていると、ギアは構わずに銃のようなものをジリーに向けてくる。
「わぷ!? ――なにコレ!? なにしてるの!?」
「魔術の格なんてどうでもいい。使えるものを使うだけだ。――言っておくが今度のグリスは可燃性だぞ?」
それは魔術的な装備でも何でもなく、ただエアーでグリスを噴出させるだけの代物だ。つまりただのスプレーガンだ。
しかし、先制を許してしまったジリーはもはや火を噴くことは出来ない。そんなことをすれば周囲の空間ごと燃えてしまう。
「――こ、こここ、こんなもの! 魔術師同士の、正当な果し合いに! 子供のいたずらみたいな真似しないでよ!!」
「そうか?
言ってギアは抜刀。足元のコンクリートに火花が散る。
そして、その火花はジリーの足元へ向けて一直線に走った。
まるで、そこに導火線でもあるかのように。
「だ・か・ら! 真面目にやれって言ってるのよ! ――おひいさま!」
すると、ジリーの頭の上で口を開けていた帽子から真っ赤な舌がべろりとこぼれ出した。
真っ赤で、異様に長い舌だった。舌と呼ぶより、ベロと呼んだ方が似合いの異形だった。
それが、地を這ってくる火種を舐めとってしまった。
「もっとよ! このベタベタしたのも全部!」
ジリーが言うや、帽子は長い舌を振り回し始め、さらにはジリー本人の顔も身体も舐め回していく。
瞬く間に、グリスまみれだった彼女の身体は綺麗に舐めあげられてしまった。
「……気色悪いな」
「う、うるさい!」