ワンナイト聖杯戦争 第一夜 反射剣「オートクレール」 作:どっこちゃん
ジリーはその魔術師を無言で見上げる。
白塗りの顔、真っ黒に染め上げられた唇。
目はランランと輝き、魔術師というよりは死神か何かのように見える。
「やーやー。お初にお目にかかります。ジルゴールド・ツァツァトゥラさま。それとも、親密にジリーとお呼びすればよろしいかな」
ベックと名乗った魔術師は虚空から降りたち、柔和な笑顔を浮かべた。
しかし、ジリーは表情をピクリとも動かさず、じっとこの男を見据えている。
「……なんと呼んでも構わぬと? まー、いいでしょう。それよりも、あなたに朗報を持ってまいりました」
しかしジリーは答えない。
「えー、どうか手を止めて聞いていただきたいのですが……どうか……どうか」
「セイバー」
ジリーがようやく言い、ようやくサーヴァント達も戦闘を中断した。セイバーはもとより、血まみれのランサーも距離をとってこの乱入者を見据える。
「……感謝いたします」
オルトロスは丁寧に、しかしこのうえなくイヤミったらしく礼をのべた。
「さ、て。――それでは本題に入らさせていただきます。勝者はあなたですジリー様。お喜びを申し上げます」
「どう言うことよ?」
ジリーはひくい声で問い返す。視線は床に転がったままのギアへ向けられる。
「正当な戦いだったはずよ? なぜ、あなたはこの決闘に割り込むような真似を?」
「ノンノン。な~にをおっしゃいます。そこな腐れネズミと? 正当な決闘? ありえないありえない」
オルトロスは老婆のような笑いを漏らした。
ジリーが顔を引きつらせるのも構わず、身体をよじるようにして笑い続ける。
「そこな小僧はクズです。ゴミです。魔術師でも何でもありません。気にかけるようなものですらございませぬ」
「……じゃあ、あなたが私の相手をするってこと?」
「いえいえ」
オルトロスはとんでもない、とでもいうように、大げさにリアクションした。
「勝利は早くもあなたのものです。
わたくしはただの数合わせにすぎません。あまりに欠員が多かったもので、し、か、た、な、く~。
と、いかにも芝居がかった様子で続ける。芝居にしてもへたくそに過ぎるが。
「……その子の姉がどうとかって聞いたけど?」
ジリーがそういうと、その背後でランサーが渋面を作った。激励のつもりが余計なことまで口走っていたのに今気づいたらしい。
「はい。えーまー、はいそうです。使いました。で、す、が。それがなんだというのです? 我ら魔導を歩む者にとって、重要なのは結果です。――血の浅い半端者を
「――そうね」
少し考えてから、ジリーは納得したように頷いた。
「この私、ジルゴールド・V・ツァツァトゥラは古都キエフに端を発する正当なる魔術師。今宵初めて相まみえる半端者へ同情して、またとないチャンスを棒に振ることなどあり得ないわ。それは私に受け継がれた先祖代々の遺産へ対する侮辱でもある」
それを聞いたオルトロスは、手を叩いて喜びをあらわにする。
「然り。然り。まったくもってその通りでございます。ささ、お手伝いいたしますゆえ、そこなランサーを疾く」
「――でも、」
とジリーは続けた。
「セイバーはいやよね? そういうの。だってあなたは正統派の騎士なんだし」
急に水を向けられたセイバーは、いや、ランサーさえもがきょとんと眼を剥いてジリーを見る。
「うむ。――うむ。いかにも。騎士として許しがたい邪悪だ。加担するわけにはいかぬな」
するとセイバーも、いかにも、といった調子で背筋を伸ばし、言葉を返す。
「ああ、なんてことかしら! 聞いてのとおりよ! サーヴァントとの協力関係が破綻しては大変だわ! よって、その申し出は拒否させていただきます」
ジリーはオルトロスへ一礼したようだったが、頭の上のおひいさまが大きすぎて何をしているのかは見えなかったことだろう。
オルトロスはあんぐりを口を開けてしばし呆然とたたずんだ。
「バ、バババカな! なんのために令呪があると……」
「あんたこそバカ言わないで! 一画しかない令呪をそんなことに使えるはずないわ! 大体、そういうことは先に言いなさいよ! それならもっと違うサーヴァントを選んだわ!」
怒りなのか、呆れなのか、言葉につまるオルトロスを余所に、ジリーは声を張る。
「よって、この事態は主催者型の落ち度であると指摘させていただく! 我が祖霊達とおひいさまは許してくれるわ。だって私にとってはセイバーと協力して
「――詭弁を!! この異端者め!」
「おひいさま!」
ジリーは一方的に会話を切り上げた。
おひいさまが再びベロを伸ばし、床に転がるギアを巻き取ってしまった。
「なにをする!?」
「心配しないで! 治療するだけよ。じゃないとセイバーに怒られるじゃないの!」
ランサーに怒鳴り返しつつ、ジリーは治療を始める。――はたから見ると、ギアが全身を舐め回されているようにしか見えないのだが。
「うむ。その通りだ。急ぐのだぞマスター。騎士として見過ごせぬ故な」
「わかってるわ!」
「――キサマ、こんな戯れ言で我らを侮辱するつもりか!?」
苦笑をこらえるようにしてジリーとやり取りをするセイバーへ、ランサーは牙を剥き、出現させた新たな槍を、足で蹴りつける。
セイバーはそれを悠然と打ち返す、ランサーは跳ね返ってきた槍を口で咥え取った。
両腕はもはや用をなさぬまでに負傷しているのだ。
しかし、槍を咥えたランサーに気負いはない。その気迫はいささかも揺らがない。
まるで、手足が使えぬことなど日常のことであるかのように。
ランサーはまだまだやる気なのだ。しかしそれを見たセイバーは改めて
「本来なら、私も取り合わなかったかもな。現実はそう甘くはない。しかし、あの迷いの無さには一本取られた。私は良いマスターを得たと思う。貴公はどうだ?」
「……」
ランサーは槍を噛みしめるようにして押し黙った。
そもそも信頼していないなら、彼ほど誇り高い英霊が自らに並び立つのを許すはずもないのだ。
「私は、この得難い出会いに報いたい。なにより、まっとうに決着をつけるためにも、一度休戦したいと思うのだが?」
「休戦だと!?」
「ああ。見たまえ。――これでは決闘どころではない」
見れば
そろって黒衣の、無個性な集団だった。四方の壁面をよじ登るようにして屋上へ入り込んでくるのだ。
「チッ! チッ! チッ!! 面倒をかけさせやが――かけさせてくれますね。この上は強硬手段を取らせていただきますが、よろしいか?」
「なにこいつら?」
「……オルトロスの奴隷どもだ……」
おひいさまに舐められながら、ギアが言う。
「どういうことよ? 気持ち悪いわ……魔術師なの?」
そう。それは人間としての、そして魔術師としての個性をそぎ落とされた集団だった。
「ヤツの……上等手段だ。魔術回路を持つ一般人や、血の浅い魔術師をさらって、洗脳し、私兵にする。それがヤツのやり方だ」
つまり、とギアは続ける。
「ヤツの狙いは、聖杯の欠片以上に、
勝ちを譲るなど、そもそもありえないことなのだ。
まず間違いなく、オルトロスはこの儀式に集まってきた魔術師を捕らえ己の奴隷に変えることまで計算に入れていたに違いない。
ギアが先だって有力な魔術師を闇討ちしなければならなかった理由だ。
でなければオルトロスにみすみす戦力を与えることになってしまっていたことだろう。
「――先に言いなさいよそういうの!? さっきの戦闘自体がムダじゃないの!?」
しかし、ギアは力なく笑う。
「事情を説明して、それではいそうですかと、力を貸す奴がどこにいる?」
「ここにいるわよ。利害関係が一致するなら、だけど」
「セイバーの機嫌を損ねないため、じゃないのか?」
「そ、そうよ。まずはそのためよ!」
うすうす感じてはいたが、どうもこの女はさっきの詭弁ですべてをごまかせると思っているらしい。
バカなヤツが居たものだ。しかもよりによって魔術師の中に。――だが、利用できるバカがいるなら、放っておくのもバカらしい。
ギアはここで初めて皮肉気な顔で笑った。
「じゃあ、その利害関係は、改めて一致したってことでいいんだな?」
「そう言うことね。この状況じゃ仕方ないわ。――セイバー!」
「ランサー!」
「「令呪を持って命ずる!!」」
両者は、一斉に令呪を使用した。
「これより、われらは協力関係を結ぶ!」
「それに賛同せよ!」
両者の一画限りの令呪が弾け、魔力の奔流となってサーヴァントたちへ注ぎ込まれた。
「だ、そうだが?」
「……邪魔を排除するまで、だ。そこを違えるなよセイバー」
言って、ランサーは咥えていた槍をセイバーの頭上めがけて投げ上げる。
するとその槍が瞬く間に枝分かれし、数十もの槍となって落ちてくる。
セイバーが苦笑交じりにそれを弾き飛ばした。
四方へ向けて弾かれた槍は、瞬く間に黒衣の一団を串刺しにしてしまった。
オルトロスが何事かの金切声をあげると、黒衣の雑兵がさらに増員される。
それを尻目に、ギアは抜刀し、床面の一角をくり抜く。
「姉さんはこの下だ」