ワンナイト聖杯戦争 第一夜 反射剣「オートクレール」 作:どっこちゃん
「……ここを進むしかないわけね?」
ジリーとギア、二人が屋上の穴から降り立ったビルの内部には、まるで石造りのダンジョンのような景観が広がっていた。
空間ごと置き換わっていると考えるべきだろう。思いのほか手の込んだ魔術工房だ。
「そうだ」
ギアが応えると、ジリーはため息をつく。
意気込んで来たはいいが、はっきり言ってノープランだ。このまま進んでいいものだろうか?
「まるで迷路ね。迷わないようにしないと」
「違う。『迷宮』だ」
「……ああ、一本道だってこと?」
一旦は首をひねったジリーだが、すぐに言葉の意味に思い至った。ギアもうなづく。
混同されやすいが、迷路と迷宮は明確に別のものだと区別されている。
迷路には複数の道が有り、それらが重なり合って行き止まりや間違った道が存在するが、迷宮にはそれが無い。
迷宮は複雑に曲がりくねった道を進むことになるものの、間違った道と言うものは存在せず、真っ直ぐに進めば必ずその中心に行きつく様に設計されているものである。
迷宮である以上、迷う事は無い。
必ずその深奥へ至るのだ。
迷宮がその名でよばれるのは、必ず行きつく迷宮の深奥へ、幾重もの旋回を経て至ることになるが故である。
そしてその深奥には、魔なるものが存在し、来訪者を待ち受けるのだ。
「まるでクレタ島のラビュリントスね。奥にはミノタウロスでもいるのかしら?」
一本道だと知って、ジリーは歩き出しながら言う。
止まっている暇は確かにない。しかし、
「待て! 勝手に進むな!」
「大丈夫よ。罠があったとしてもおひいさまが――」
ギアの言葉に振り返ろうとしたジリーへ、その時雷光が飛来した。
薄暗い石造りの空間を閃光で染め上げるような一撃だった。
わりと余裕だろうと高をくくっていたジリーも、これにはさすがに目を剥いた。
次の瞬間、ジリーはおひいさまごと吹き飛ばされ、ギアに受け止められた。
「大丈夫か」
「……」
唖然とした表情のまま大の字に横たわったジリーは、さらに唖然とした表情のまま身を起こし、唖然とした表情のまま機械仕掛けのようにギアを見上た。
「――――なによ今の!? ありえない! だって、まるで!」
「ああ、宝具だ。宝具の一撃だ」
あわあわと言葉を紡ごうとするジリーへ、ギアは頷く。
「知ってたの!?」
ギアはため息をついた。
「……なんでオレがバカ正直にマスターをやってたんだと思う? オルトロスを攻略するのに、どうしてもサーヴァントの協力が必要だったからだ」
「じゃあ……」
「どうやってるのかは知らないが、ヤツは
「そんなのって有り!? だってあのオルトロスってヤツ、そこまでの魔術師じゃないわよ!?」
「ヤツじゃない。正確には
「?」
「オルトロスってのは組織の名前なんだ。アンタの言うとおり、個人ではさほど後からもない連中だ。ただし、連中、どいつもこいつもネジの外れちまってるヤツらの集まりらしい」
事実、この英霊召喚の儀式があちこちで繰り返されて居るのはその組織が暗躍しているからなのである。
「じゃあ、あれね。アイツが持ってた魔導書みたいなもの……」
ギアを後ろから狙い撃ちにした複数の刃。それも宝具だったのだ。
「十中八九、過去の儀式で手に居れた英霊召喚の
「その副産物の
どうやって進む気でいたのよ!? と
「どんな宝具があるのかは事前に調べてある。全部とはいかないが、なにがあるのかを知っていれば対処も出来るはずだ。アンタの帽子は大丈夫か!?」
「あんたじゃなくてジリーよ。こっちは帽子じゃなくておひいさま。――まぁ、だいじょぶよ。この程度でぶっ壊れるおひいさまじゃないわ」
言葉とは裏腹に、おひいさまは煙を吐いてぐったりしている。死んだカエルみたいだ。
ギアは本当に大丈夫かといぶかる。
「……本来ならランサーに前衛を任せて進む気でいた。正直その帽子と……『火喰い帽子のジリー』を当てにしてたんだが……」
すると、その言葉にジリーは笑顔を浮かべた。
「どんと来いよ! いいわよねおひいさま!!」
「…………」
一方のおひいさまは、この上なく嫌そうに煙を吐いたが、すぐに歯を食いしばって意気込みを伝えてきた。――
「いけるわ!」
「……そうか」
どういうシステムなのかがギアには判じきれないが、とにかく行けるというなら任せるしかない。
「で、さっきのはなんなの?」
「見ての通り、
「じゃあ、おひいさまを囮にして」
ジリーの頭の上でおひいさまは驚愕したようなリアクションをしている。
「いや、別の使い魔をつかう。……あんまり粗雑に扱ってやるな」
「おひいさまなら、だいじょぶよ!」
ジリーの眼に迷いはない。
こころなしか、おひいさまは扱いの悪さにげんなりしているようにも見える。
それからも、二人はギアの情報を頼りに迷宮を突き進んだ。
残された時間は多くない。朝になれば聖杯の欠片は結実し、ギアの姉の命は確実に失われてしまう。
時としておひいさまを盾に強行突破をし、時にはおひいさまの口で襲い来る凶刃を噛み砕き、さらには猛毒の瘴気を呑み込んでもらって進んだ。
そうして二人は迷宮の深奥に至った。
その最奥の祭壇には一人の女が、アンドロメダの乙女のように鎖で繋がれていた。
「姉さん!」
ギアが声を上げた。
反応はない。意識を失っているようだ。
「急ぐわよ! 日が昇ってきちゃうわ」
バシャリ、とジリーが泥を蹴って駆け出そうとする。
「――待て!」
それを、ギアが押し留めた。
「なに!? もう宝具はないんでしょ?」
「――なんでこんな場所に泥沼がある?」
気づいてみれば、先ほどから足元は妙にぬかるんでいた。
薄暗い石造りの床だ。
水たまりぐらいあっても納得は出来る。
しかし、足先が沈んでいくほどの泥がたまっているのは、おかしい。
「――しまった!!」
ギアが声を上げるが、すでに遅かった。
バチバチと、彼らの周囲で青い、鬼火のような火花が散り始める。
「なによコレ!?」
「これだ。この泥そのものが、敵の用意した最後の宝具だったんだ!」
火花がスパークし終えると、今度は足元の泥沼が、ゴボゴボと泡立ち始めた。
そして、そこから幾人もの人型が姿を現す。
「なにこれ!? マッド・ゴーレム!?」
「ちがう!」
その人型はみな見知った姿かたちをしていた。
「ド、ドッぺルゲンガー!?」
「スワンプマンだ!!」
ギアが叫ぶ。
「