ワンナイト聖杯戦争 第一夜 反射剣「オートクレール」 作:どっこちゃん
スワンプマンとは、哲学における一種の思考実験である。
ある男が沼で雷に討たれる。
男は死んでしまったが、泥と雷と男の遺伝子とが作用し、その男とまったく同じ組成・格好・記憶まで持った男が別に生み出されてしまった。
その男は元の男と何かなら何まで同じ、全く同一の存在である。死んでしまった男の代わりに生活送ったとしても、誰も気づきもしないだろう。
では、この男を元の男と同一の存在だと考えてもいいものだろうか?
という問いかけが、がこの思考実験の全容である。
本来は何を持って人間の同一性を証明するのかという、いわば言葉遊びに近いものである。
しかし、今二人の目の前で繰り広げられているのは、決して思考実験などではない。
その思考実験をバカ正直に再現した概念現象である。
「なんで襲ってくるのよ!? やっぱりドッぺルゲンガ―なんじゃないの!?」
ギアとジリーは取って返さねばならなかった。
泥の中から立ち上がった、彼らと同じ顔をした、しかも複数名の男女が一斉に彼らに牙を剥いてきたからだ!
「どっちでも同じだ! あれが何であれ、俺たちを前に進ませるつもりはないらしい」
ギアは抜刀と共に結界を張る。
しかし、相手も同じように抜刀しその結界を切り裂いてしまう。
――記憶まで同じなのだ。
戦いようがない。しかもこちらは二人なのに関わらず、向こうは十人近い人数で襲ってくるのだ。
「あーっもう! なんで襲ってくるのよ!? あんた、私なんでしょ!?」
足を止め、ジリーが声を上げる。
「なに言ってんのよ!? あんたこそ! 儀式を潰す気なの!?」
「そうよ!」
「やっちゃっておひいさま!」
帰ってくるのはそんな声ばかりだ。
「おい! お前がオレなら、なんで邪魔をする!?」
ギアも声を上げるが、
「ふざけるな! 姉さんを殺させると思うか?」
「失せろ! ニセモノめ!!」
スワンプマンたちは口々に叫ぶ
どうにも話が通じない――認識だけが正しくコピーされていないようだ。
「どうやら、シンプルなコピーじゃなくて、手が加えられてるみたいね」
当然と言えば当然だが……それはそれとして腹ただしい限りだった。
「どうするの!?」
再び後退しながら、ジリーが問う。
「これが本当に「スワンプマン」の宝具なら、能力も装備も完全にコピーされてるはずだ」
戦力が違いすぎる上に、自分が相手では
ギアは歯ぎしりする。もう、すぐそこに姉さんがいるというのに……。
「こぴ~、ねぇ」
そこで、ジリーは首を傾げた。
「それが、完全なコピーって、どうして言えるのよ?」
「どうしても何も、アレは同一存在を生み出す概念の宝具で」
「よくわからないけど、分かってることは一つ。魔術は魔法じゃないってことよ!」
ビシリ! と、ジリーはそんな事を言いだした。
「そして魔術である以上、限界はあるハズよ。その思考なんたらは知らないけど、アレはそこまでランクの高い神秘だとは思えない」
いぶかるギアの眼を、ジリーはひときわ大きな目で見つめ返した。強いと確信のこもる視線だった。
「ってことは、コピーできる神秘にも限りがあると考えるのが普通だわ。私やあなたを完全にコピーできても、サーヴァントや宝具の完全なコピーなんてありえない。そしておひいさまの完全なコピーなんてのもあり得ないわ」
言って、ジリーは足を止めた。
「おい、ジリー!」
ギアは声を上げるが、ジリーはそのまま追ってくるスワンプマンたちに向き直る。
「そうよね、おひいさま!!」
頭の上のおひいさまは、ジリーの呼びかけに答えるように哄笑を張りあげると、石造りの通路を埋め尽くしてしまうほどの炎を吐いた。
「止めろ! そんなことをしても……」
案の定、ジリーのスワンプマンたちは帽子でその炎を舐めとり始めた。
文字通りの火喰い帽子だ。この帽子は火を喰い、呑み込み。そして倍増して吐き出す機能を持つ。
ギアの言葉もむなしく、ジリーのスワンプマンたちが一斉に火を吐き返してくる。
さらに、ギアのスワンプマンたちも電光の刃を一斉に抜刀し、その火炎に拍車をかけてくる。
「いいから、見てなさい!」
ジリーは、おひいさまでその炎を受け止め、余さず呑み込んだ。
そしてさらに倍加した炎を吐き出す。
堂々巡りだ。スワンプマンたちも同じようにその炎を吸いこむ。
そして再び炎が倍増されて吐き出される。
「――止めろ! 無茶だ!」
「無茶じゃないわ!! 私はね、ダテで火喰い帽子なんて呼ばれてるわけじゃないのよ!!」
ジリーは極大化した炎をさらに吐き出す。
繰り返すうちに、周囲の石壁が溶け始めている。尋常ではない火力だ。
このままでは、いつかジリーの方が熱量に耐えきれなくなるのではないか!?
なんせ相手は5人もいるのだ。
――しかし、
「んじゃ、いっくわよぉ~!!」
通算5回目になる炎の応酬で、均衡は崩れた。
呆気にとられるギアの目の前で、スワンプマンたちはまばゆいまでの火炎波を受け止めきれず後退していく。
そのまま、スワンプマンたちの身体にヒビが入り始める。
熱波で身体が泥に戻り始めているのだ。
「ゴメン! ダメ押しお願い!」
「――任せろ!」
ジリーの声を受けて、ギアは抜刀に入る。
純粋に衝撃を飛ばすだけの抜刀。――しかし、それで十分だった。
熱に煽られ、動きの鈍くなっていたスワンプマンたちは、その攻撃で脆くも崩れ去った。
そして、風がふいた。
迷宮内の湿った空気は炎に煽られて行き場を失くし、ゴウゴウと音を立てて出口へと殺到していった。
「大丈夫か?」
「はーあぶなかった~。ギリだわ。ギリ」
などと言って、ジリーはその場に座り込んだ。
その頭の上で、極大の火炎を残さず喰らったおひいさまは、ご満悦といった様子でげらげらと笑っている。
なるほど、コイツは簡単に複製できるような魔導器ではないようだ。
ギアがねぎらうようにポンポンと叩いてやると、おひいさまは喜び勇んで長いベロで舐め返しきた。
――やるんじゃなかった。
しかし、結果として彼女の言ったことは正しかったのだろうが、それでも一歩読み違えれば死んでいた。
魔術師とは思えないほどの破天荒だ。
――いや、魔術師らしくないのは今更か。
「何人の頭の上でゴソゴソしてるのよ。早く行くわよ。お姉さん助けるんでしょ」
「ああ」
そしてギアは姉を祭壇からおろした。
意識はないが、確かに生きている。二年。いや、もっと長い時間だったようにも思える。しかし、ようやく会えた。
万感の思いを込めて、その肩を抱き、その手を握りしめる。
「悪いけど、早く戻った方がいいわ」
「……わかってる」
これでとりあえずは生贄にされる心配はない。
後はセイバーとランサーがあのオルトロスを倒していてくれればいいのだが……。
すると次の瞬間、まるで電源でも落としたかのように石造りの迷宮は消え失せ、周囲は本来の廃ビルへと戻ってしまった。
おそらくは、核である姉の魔術回路を中心として術式が組まれていたのだろう。
迷宮を戻る必要が無かったのは助かった。
――――と、思ったのもつかの間、ヒビ割れた窓の向こうに、異様な光景が映し出されていた。
夜空に、無数の鬼火が列を成している。
「なに、あれ!?」
「
ギアは喉を引きつらせる。
鬼火の群れは光の尾を引きながら、このビルへと突っ込んでくるのだ!