小説版バンドリのヤンデレの様なそうでないような話集 作:現実逃避中
どうしたの? と学校からの帰り道にあなたは自身の幼馴染に声をかけた。
ちょっと変わった髪型をしている、あなたの幼馴染──戸山香澄──はいつも暗い表情をさらに暗くさせてあなたの裾を掴んで俯いていた。
「……笑われたの」
何に? と聞き返すと「……スタ子」と一言呟いて香澄は俯いた。
スタ子? と首をかしげるあなたに対し、泣きそうな声で香澄はぽつり、ぽつりと呟いた。
──授業中にぼうっとしているところを先生に指名されてしまったこと
──慌てて教科書を読んだら別のところを読んでしまったこと
──その時に「恋はスタンプカード」と言ってしまったため、スタ子と笑われたこと
呟いていたらその時のことを思い出してしまったためか、香澄の瞳からは涙がポロリと零れ落ちていた。あなたは慌てて香澄に自分のハンカチを渡した。
香澄はハンカチを受け取るとそっと自分の涙を拭った。その顔に少しだけ笑みが戻ったことにあなたは安堵した。
「……ありがとう、優しいね。やっぱり、私にはあなただけいればもう何もいらないよ……えへへ……」
小さく微笑みながら香澄は言った、裾を握る手に少し力が入っていた。その瞳は暗い輝きを放っていた。
あなたはそんな香澄を肯定も否定も出来なかった。ただ、香澄に気づかれないように心の中で溜息をついた。
あなたの幼馴染の戸山香澄は昔は活発な女の子だった。
家族合同で星見の丘にキャンプに行ったとき、満天の星空を一緒に見上げていた。香澄は優しい星の光を全身に浴び、輝く満天の星空を見て星に負けないように目を輝かせ、その場で何度も何度もくるくる回り、とびっきりの笑顔ででたらめな星の歌を輝かんとばかりに歌っていた。彼女はその事について「星の鼓動が聞こえたんだよ!」と興奮で眼を輝かせながら語ってくれた。あなたがわからない“何か”を彼女は感じ取ったらしい。
あなたはそんな香澄に目を奪われた。満天の星空で一人の少女が歌を歌い、踊るように回っているその光景は、まるで香澄が星空と一つになったかのような幻想的な絵画を見ているかのようだった。脳に深く焼き付けられたその光景はあなたの中でとても大切なものだった。同時に、あなたは星の鼓動がわからなかったことが寂しさも紐付けられてしまった。
小学四年生、その学年だけいつも同じクラスだった香澄とあなたは別のクラスになった。あなたも香澄も残念だったが、家も近くていつでも会えるし遊べるのでその時はそこまで気にしていなかった。
その夏休み、あなたは香澄と毎日のように一緒に河原で歌っていた。童謡に唱歌、人気アイドルの歌やアニソン、自作の山の歌、星の歌、川の歌、ある日はハンバーグの偉大さをたたえて、ある日はお互いの家族について、ある日は近所の犬について……「いつも頭の上に星空が広がっている」あの時の香澄は笑うようにそう言っていた。そんな香澄に近づきたくてあなたは香澄といつも一緒だった。
ある時、香澄のクラスの男子達が河原にやってきた。香澄は驚いた様子だったが、男子達は歌に喜んでいた。あなたはちょっとだけ邪魔されたかのような気分になったが、歌を聞いて喜んでくれるのはいいことだ、と香澄と同じように元気よく歌い続けた。
夏休みが明ける頃、あなたは虫垂炎で体調を崩し病院行ったり来たりで忙しかった。そのせいで……香澄が大変になっていることに気が付かなかった。今でもその時の自分を殴ってやりたい気持ちになる。もっともそんなことをしても香澄は悲しむだけだろうが。
香澄は夏休み明けから、男子達──―夏休みに河原で歌を聞いていた連中──―に歌のことをからかわれていたらしい、真似して歌われたり、ミュージカルみたいにされたり、あなたが虫垂炎で香澄のそばを離れていたことを、フラれたーとかも言われていたらしい。
そしてある日、香澄のクラスで学級裁判が行われた。あなたがそのことに気が付いたのはすべてが終わってからだ。香澄が保健室に運ばれたと耳に挟んだあなたは、慌てて保健室へ行った。そこには涙を流してなく香澄がいた。その時のことをあなたはあまり覚えてはいない。ただ、あの太陽の様に明るく、星の様に輝いている香澄があんな風に泣いているのを見るのはあなたにとってはとてつもない衝撃だった。
あなたは抱き着いて涙を流してあなたの服を濡らす香澄を、ただただ黙って撫で続けることしか出来なかった。あなたの頭は衝撃と怒りと悲しみでごちゃごちゃしていた。一瞬、香澄のクラスメイトを殴りに行こうかとも考えたが、それを否定するかのように香澄は強くあなたを抱きしめた。そんな香澄をあなたは抱き返し、静かに涙を流した。
「……何も言わないでくれるんだね、ありがとう」
香澄はそうつぶやいて泣きながら笑った。その眼が濁っていることにあなたは気が付かなかった。
それからというものの、香澄はあなたにべったりになってしまった。登校する時も、休み時間の時も、帰宅の際も、休日もいつもあなたの裾を掴んで影に隠れるかのようにしていた。最初はそんな状態を香澄のクラスメイトの男子にからかわれていたのだが……ある日こちらを見た時に悲鳴を上げて逃げ去ることがあり、それ以降からかうことも無くかった。
常に一緒にいるのも流石にまずいと思ったあなたは、高校は別の所へ進学しようと香澄に話を持ち掛けた。その時の香澄の表情はあなたの想像を越えており、
「……わ、私のこといらなくなっちゃったの?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい!悪いことしてしまったのなら謝るから捨てないで!」
「お、お願いします。あなたのそばにいさせて……」
そんなありさまだった。
結局、香澄になき落とされたあなたは登下校は一緒にすることを約束し、香澄は花咲川高校へ、あなたは花咲川高校近くの高校へ進学することになったのだ。その時、香澄は何故か嗤っていたが……あなたはその香澄の表情を無視した。
香澄といつも一緒なので同じクラスメイトに、「彼女」とからかわれているが、悪いことにそう言われることに悪く感じなかった。
「……そう言えば、ね。あなたは気が付かなかったみたいだけど、通学路に星のシールが貼ってあるの」
何それ? とあなたが聞き返すと香澄は脇にあった側溝のブロックを指さした。あなたがそちらの方を見るとそこには確かにきらきらしたマスキングテープに銀色のマーカーで『☆→』と描いてあった。
行かないの? とあなたは香澄に尋ねたが、香澄は笑って首を振った。
「……あなたがいれば、私はそれで……」
それに、と香澄はあの時の様に嗤った。
「……あなただって行ってほしくないでしょ?」
あなたはその言葉に首を縦にも横にも振ることが出来なかった。
香澄に以前の様に輝いてほしいという思いは確かにあなたにあった。あの時の輝いていた香澄になって欲しい、絵画の様な幻想的な光景をまた見たい、とあなたは思っている。しかし同時に、香澄があなたを残して絵画の向こうへ行ってしまった様に感じてしまうのだ。だから、よくないことに、今現在の関係で満足してしまっているあなたがいた。
あなたは何も言わず、香澄の手を取った。そして、矢印の方向へ行かないようにと足早に歩きだした。香澄は驚いたように目を丸くしたが、頬を染めてあなたに
あの学級裁判の時、男の子たちは私を揶揄った。女の子たちは私をかばった。先生は中立で審判をしていた。男の子も、女の子も、先生も傍にはいてくれずに学級裁判をしていた。別のクラスの彼だけが……終わった後、ただ傍にいてくれた。何も言わずにただ傍にいてくれることが嬉しかった。同時に、学級裁判にいなかったことに少しだけ恨んじゃった。
私自身にも彼に対する感情がわからないことがある、特別な人だとは思っているけど……
傍にいてくれたことに感謝をしているし、いてくれなかった事を恨んでいる。だから、私は彼の傍を離れたくない/離したくない。彼だってきっとそう思ってる。別の高校に進学しようと話に来た彼の表情はとても傷ついていたから……そのことを嬉しく思うし、申し訳なく思うし、当然だと思う。
それに、保健室で抱き着いたときに感じたことがあるんだ──────
あの後、逃げるように帰って来たが、あなたは香澄に誘われて香澄の部屋へ一緒に向かった。
おばさんが、「いつも香澄のことをありがとうね」と声をかけてくれる。その言葉にあなたは、どうも……とだけしか答えられなかった。失礼に思われただろうか、そんなことをあなたは脳の上辺だけで考えた。
香澄の部屋はおおよそ年頃の女の子とは思えない地味な部屋だった。ピンクだのカラフルだのは無い。言うならばグレーの部屋だった。
タンスにキャンプの時の写真が飾られていた。懐かしく、美しいと思うはずのその写真をあなたは直視できなかった。
「……実はね、と、友達が出来たんだ」
その言葉に驚いたあなたは香澄の方を見た。笑顔で話す香澄を見て、胸の中で寂寥感が少しうずいたが、同時に香澄に友達が出来たことを喜んだ。
香澄の友達などいついらいだろう? あの学級裁判の後、お互いに友達を減らしてしまった。その香澄が高校で友達を作ったというのだ。自分の判断は間違いではなかった、そう思いながらもモヤモヤする自分に少々苛立つ。
どんな子? あってみたいな、とあなたが言うと。香澄はビシッ! と効果音が出るくらいに笑顔を固まらせて、あー、うー……と唸りだした。おや? とあなたは首をかしげた。
「わ、わからないの……」
なにが? 友達の予定?
「ど、どんな子かわからないの?」
??? とあなたはさらに首をかしげた。イマジナリーフレンドか何かだろうか?
「え、えっとね……机でやり取りしてるだけだから……どんな子かわからないの……」
聞けば、香澄の机に文字を書いてやり取りしているとの事だった。どうやら相手は定時制の生徒のようだ。いつからやりとりしてるの? と尋ねると「にゅ、入学式から……」という返事。顔もわからない相手のことを友達という香澄をあなたは心配し……同時にその程度の付き合いであることに安心してしまった。
あなたは自身の思いを弾き飛ばすように首を振った。キャンプの写真を見てしまっただろうか、一番気になってることを香澄に尋ねた。
星の鼓動はどうするの?
香澄はその質問に顔を俯かせるわけでもなく、嗤うわけでもなく、頬を染めた。
「……あるよ、私だけの星の鼓動」
香澄はそう言うとあなたにしだれかかってきた。え? え? とあなたは困惑した。あなたの身体が彼女の柔らかさを感じ、あなたの鼻は彼女の匂いを感じた。心臓がドクドクと音を立て始めた。
「……ほら、いまもドキドキしてる」
香澄はあなたの心臓の音に耳を澄ませていた。あなたはその言葉を聞いて、何も言えずにただ抱きしめた。
あなたにはその心臓の音は星の鼓動には聞こえなかった。また、彼女だけが星の鼓動を感じている……抱きしめているはずの彼女がとても遠くの存在に感じた。
自分なんかのことをそう言ってくれるのは本当に嬉しい。しかし……置いていかれてしまった気がして寂しくも感じる。
「……あなたもわかるよ」
え? とあなたは香澄に返した。
香澄はあなたから離れると、あなたの手を取ってその手を自分の胸へと導いた。
あなたは顔の熱が急に熱くなるのを感じた。香澄を見るとその頬をさっきまでの比ではないぐらいに赤くさせていた。
あなたはあなたの手を通して香澄の心臓がドクドクドキドキしているのを感じた……ああ、そっか、あなたは何となく理解した気になった。
「……ね? あなただけの星の鼓動だよ」
顔を真っ赤にさせて微笑む香澄の顔は、奇しくもあなたが見たかった様な顔をしていた。
星の鼓動
私だけの星の鼓動
どうか消えないで、そのためならなんだってするから
あなたも私に星の鼓動を感じて……
小説版の香澄がバンドリの中で一番好き