小説版バンドリのヤンデレの様なそうでないような話集 作:現実逃避中
「あは、あはは……あははははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」
あなたに馬乗りしている少女がけたけたと笑っていた。無邪気に、楽しそうに、残酷に、壊れたように。
不自然、最初から不自然だった。何かあったのか? と考えてはいた。あなたの幼馴染……戸山香澄が必死になって説得したおかげかと片付けてしまっていた。勝手に肩の荷が下りた気分になっていた。そんな事あるはずもないのに。
あの雨の日、ドラムを辞めた沙綾を追い詰めてしまってからどうすればいいのかわからなかった。だから、彼女の言いなりになって何でもした、殴られるのさえ受け入れた。しかし、それは彼女の救いにはならなかった。その上「香澄たちから手を引け」というのだけは受け入れることが出来なかった。だから……情けないことのこの上ないが、あなたの幼馴染でかつての輝きを取り戻しつつあった香澄に一縷の望みをかけていた。自分は出来なかったが彼女ならば、きっと……と。しかし、そのあなたの勝手な思いはあなたの勝手な思いに過ぎなかった。
けたけたと嗤う少女────山吹沙綾は少し前にPoppin’Partyに加入することになった。それを聞いたとき、あなたは心の底から喜んだ。彼女を救ってくれたのだと、幼馴染に感謝もした。彼女が再びドラムを叩く姿に涙ぐんでしまった。良かった、と、おめでとう、とも心の中で彼女に祝辞を述べた。しかし、やはりそれはあなたの勝手な思い込みに過ぎなかったようだ。
「話したいことがある」そう言ってあなたは沙綾の部屋に呼ばれた。練習をしている沙綾の表情もそう言ったときの沙綾の表情もあなたの知る以前の沙綾だったので、何だろうと、昔の様に話が出来るのかなと少しワクワクしながら沙綾の部屋に呼ばれた。
そして……以前と同じように突き飛ばされてから馬乗りを許してしまった。
彼女が救われたなど思い違いも甚だしい。彼女の笑みは、表情は、以前よりも壊れたものとなっていた。更に、以前は振り上げられていた拳は振り上げられることは無かったが、代わりに死神の手の如くあなたの首を絞めていた。
呼吸が上手くできない、言葉を発せられない……彼女の表情を見ていると、笑い声を聴いていると、抵抗しようという気も失せる。
ああ、と遠くなっていく意識の中であなたは思った。結局自分は、間違いしかしていなかったのだと。
「あは、あはは……あははははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」
(ああ、なんでこんなことしてるんだっけ?)
ぼんやりと心のどこかでそんなことを考えていた。
自分の笑い声がどこか他人の声の様に聞こえる。
“彼”の首を絞めていた、暖かい感触がどこか生ぬるい。首を絞められて苦しそうに呻く“彼”の顔がどこか可愛い。
あ、このままじゃ“彼”死んじゃうな……私のナカの冷たい部分がそう冷静に私に告げている。
止めないと! 私はそう思った。けど私の意思に反して身体が勝手に笑い、“彼”をどうにかしようと首を絞め続けている。
止まれ止まれ止まれ……! しかし、念じる思いは身体に届かないばかりが、次第に腕の力が強くなっていく。
どうしたいんだろう……? どうすればいいんだろう……わからない……そこまで思って何となくわかった、私自身も分からないんだ。
香澄ちゃん達がお店まで遊びに来てくれた日、バンドに誘ってくれた日、とても嬉しかったのを覚えている。お店の手伝いを……お父さんの手伝いをしなければならなかったから、断ったあの時、残念そうな表情をする香澄ちゃん達を見ていると、申し訳が無かった/愉しかった。
香澄ちゃんがこちらを気にかけてくれる度、嬉しかった/苛々した。
香澄ちゃんが私を置いていくと言った時、撃ち抜かれた気がした/踏みにじってやりたかった。
香澄ちゃんが蔵へやってきた私に笑顔を見た時、星の輝きを見た気がした/泥を見下ろした気分になった。
何でそんな事を思うのだろう? 自分でもわからなかった。けど、ようやくわかった気がする。
これは“嫉妬”だ。一度は折れたはずなのに、それでも再起した戸山香澄に。違う……もっと正しくいうのならば“彼”がずっとそばに寄り添っていてそれでも再起した戸山香澄に私は嫉妬していたのだ。
そして……“彼”への思いもぐちゃぐちゃになって分からなくなった。
香澄ちゃんを支えていた事を嬉しく思う反面、どうして私の時はああなってしまったのかと憎々しげに思う。
優し気に香澄ちゃんや皆を見る“彼”の表情が好き、だけどどうして私以外もあんな目で見るのか。
“彼”を含めた皆と一緒に過ごすのが楽しい、でも怖い……
怖い?
その事に気が付いたある時、背中に氷柱を入れられたかのように背筋が凍り付いた。
怖くて怖くてどうしようもなかった。
“彼”が……取られてしまうんじゃないかという恐怖。
中学校の時に知り合ってから短いけど長い間一緒に過ごしていた。でも香澄ちゃんはそれ以上に長い付き合いがある。
皆と一緒にいるときの“彼”は楽しそう。私は手を上げることしか最近はしてない……
だれがどうみても明らかだろう、楽しい時を一緒に過ごす幼馴染たちとその仲間、自分の癇癪から暴力を振るう元バンドメンバー……
“彼”にとってもどちらといる方がいいのか、考えずとも分かってしまう。
(そんなの……嫌!)
嫌だ、“彼”を失いたくない。“彼”と一緒にいたい。“彼”を自分の者だけにしたい。
ふつふつと、身体の奥底から独占心がマグマの様に湧き上がってくる。
大体“彼”も“彼”だ。一緒にいたのにこっちの思いをわかってくれない……ああ、イライラする。自分でない自分が心の中にいる。
“彼”を自分だけのものにしてしまえ
そう囁く私がいる。抑えないといけないのに、これ以上“彼”に迷惑を掛けられないのに。
“彼”を取られてもいいの?
もう一人の私が囁くその言葉に何も言い返せない。
香澄ちゃん達と仲良くしている“彼”を見ているだけで、私は薄れていき、私でない私が殺意と愉悦の笑みを浮かべ大きくなってきていた。
貴女が何もしないなら私が“彼”をもらうね
けたけたと壊れた笑い声と共に私はもう一人の私に抑えられていく。そこで見ていろ愚か者、ともうひとりの私が私を侮蔑する。
……そして今、完全に私を乗っ取った私でない私は“彼”を自分の物に……自分だけのものにするべく、“彼”の首を絞めている。やめてという私の言葉は“私”に届かない。どうすれば……焦りだけが募ってしまう。
それでも私は何もできない、何をしていいのかわからない……
「あははははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」
沙綾の嗤い声と“彼”の苦しそうに呻く声が沙綾の部屋に満ちる。
“彼”の手は首を絞める沙綾の手に添えてあるもののあまり力は入っていない様であった。きっと“彼”は諦めてしまったのだろう。眼は段々と虚ろになり、自身の終焉を受け入れようとしているかの様だ。
沙綾が更に力を入れるべく、態勢を変えた。その時、沙綾は何かに気が付き、嗤い声を止めて首を絞める手の力を緩めた。
がはっ! と“彼”は呻いた。今まで足りなかった酸素を取り入れるかのように苦し気に呼吸を繰り返す。
急にどうしたのだろう? と自身の首を絞められたことを気にせず心配そうに沙綾を見た。“彼”に馬乗りをしている沙綾は愉快そうな蔑むような、そんな表情で“彼”を見下ろしていた。
「ふ、ふふふっ……最低っ!」
愉しそうに侮蔑の言葉を沙綾は吐き捨てる。
“彼”は何のことやらわからないというように首をかしげた。
その様子を見た沙綾は可笑しそうにクスクスと嗤う。
「ここ、滾ってるよ……?」
!! と“彼”の表情が驚愕と羞恥に染まる。
沙綾は妖しく嗜虐的な笑みを浮かべながら“彼”の身体のある一部を触っていた。
死にそうになった時の反応だから仕方ない……とは口が裂けても“彼”は言えなかった。
「あははははっ!! 女の子の首絞められて何考えてたのかなー?」
ニヤニヤと嬲るように沙綾は笑う。そんな沙綾に“彼”は何も言えなかった。ただ目をギュッとつぶるだけである。
反応しない“彼”につまらなそうに唇をわざとらしく尖らす沙綾だったが、何かを思いついたようでパッと表情を切り替えた。
「そうだ! ねえねえ私の言う事なんでも聞いてくれるんでしょ?」
(駄目、そんなこと止めて! お願い、止まって!)
「私を……抱いて?」
(やだ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!! 違う、そうじゃないの!! そんなことして……彼を傷つけたくない!!)
沙綾の発言にさしもの“彼”も目を見開いた。
そんな事出来るはずもない、自分が傷つけられるのは我慢できる。しかし、どうして自分が沙綾を傷つけなければならないのか。
“彼”は全力で首を振った、そんな事出来るはずもないと沙綾に告げた。しかし、それを聞いた沙綾は愉快そうに笑みを浮かべながらも冷たい眼で“彼”を見下ろしていた。
「じゃあさ、バラしちゃうよ?」
ぴたり、と“彼”が静止した。
嫌な汗が流れ始めた、心臓が妙に早く脈動している。震える声で“彼”が沙綾に聞いた、何をばらすのか、と。
「もちらん、今までの事全部」
どこまでも愉快そうに沙綾は微笑む。いっそ見事なくらいに綺麗だった。しかし、どこか壊れてしまっているかのような笑みだった。
「バラすのは香澄ちゃん達だけじゃないよ……? ふふ、町内や学校内で私たちの事がしられちゃったら、ポピパはどうなるかな……?」
“彼”の血の気が一斉に引いた。顔面は蒼白になり、何かを否定して欲しいかのように口をパクパクと動かすが言葉は出てこなかった。あまりに滑稽なその姿に沙綾はカラカラと笑った。
もし今までの事がバレたら……? “彼”は最悪を想像する。自分が白い眼で見られるのはいい。しかし、たえは、りみは、有咲は、香澄は、そして沙綾はどうなってしまうのだろう。特に沙綾は今度こそ家庭が崩壊してもおかしくないのではないのだろうか。
それは沙綾が一番わかっているのではないか、それなのに……それすらどうでも欲なってしまっているのだろうか。
改めて“彼”は沙綾を観察した。カラカラと笑い続けている沙綾はやはりどこか壊れてしまっている様だ。しかし、沙綾の瞳は嗜虐的で冷たいだけだと“彼”が思っていたのに反して悲しみと不安が奥底で揺れ動いていた……のかもしれない。“彼”にはわからなかった。
「あはっ、あはははははははははははっっ!!」
(助けて……誰か助けてよ……どうすればいいの……)
わからなかったから……今まで通りにすることにした。それが間違っていると分かっていても。
“彼”は力を振り絞り沙綾を抱き寄せると唇を重ね合わせた。あまりにも“彼”らしからぬ強引な行動に不意を突かれた沙綾は驚きに目を見開かせながら“彼”と唇を重ね合わせる。
数秒、唇を重ね合わせていた2人だったが、やがてどちらともなく離れていった。沙綾は相変わらず笑みを浮かべていたが、先ほどまでの嗜虐的な愉悦の笑みとは違い、暖かで嬉しそうでそれでいてどこか寂しさを感じさせる複雑な笑みを浮かべていた。
数秒そうして見つめ合っていた2人だったが、やがて沙綾は“彼”から退くと、“彼”に手を伸ばした。助けを求めるかのように、地獄への道連れを作るかのように。
「来て……」
(ああ、最初からこうすればよかったのかな……?)
【そうだよ、最初からこうしてればよかったんだよ!】
“彼”は湖水の様に落ち着いた瞳で沙綾の手を取った。起き上がった“彼”は沙綾を優しく抱きとめると、彼女をベッドの上に大切な宝石を扱うかのようにゆっくりと丁寧に押し倒した。
あの夜の日以降、“彼”はポピパの蔵レンに顔を出さなくなった。
責任の取り方なんてわからないけど、と“彼”は言っていた。“彼”なりのけじめだったのだろう。
事情を知らないポピパの皆は心配していたが、それでも香澄ちゃんだけは「彼なら大丈夫だよ」と私に先に行っちゃう、と言った時と同じ表情をしながら皆に言っていた。
幼馴染で付き合いの長い香澄ちゃんだからこそ、“彼”が何をしていようとどこへ行こうと信じているのだろう。
……ああ、香澄ちゃんが羨ましい。どろり、とした感情が私の中に湧き出る。私はいつだって不安と後悔ばかりなのに、“彼”を傷つけてそれでも“彼”を求める浅ましいのに、香澄ちゃんはいつだって星の様に輝いている。
……部屋の中で一人でいるともう一人の私が頻繁に顔をのぞかせる。泥の様な女、悍ましい感情を伴う私。
「ふ、ふふふ……」
……ああ、私はなんて醜い女なんだろう。泥の様な私を見てそう思う。
それでも、“彼”は私を選んでくれた。傷つけて、踏みにじって、殺しかけて、脅したのに、それでも私を選んでくれた。そのことに優越感の笑いが込み上げてしまう。
星の輝きが何だ?泥の中に引きずり込んでしまえばいい。欲しいものはどんな手を使っても逃がさない。他人に渡すなんてありえない。“彼”を放っていた彼女たちが間抜けなだけ。
どろどろとした感情がお腹の中で渦巻く。ポピパの面々に“彼”が誰のものになったのか思い知らせてやりたいという思いが噴火しそうになる。
「く、くふふ……あはは……」
ああ、もうだめだ。携帯を取り出してあの日の夜の写真を皆に送ろうとした、築くことの出来た関係が崩壊しようとするその時
沙綾、来たよ。
とんとんという軽快なノックと共に“彼”が部屋の中ににいる私に声をかけた。
“彼”が来た! それだけで、先ほどまで私の中にあったどろどろした感情は一瞬で消え去った。まるで陽だまりの中にいるかのような暖かみが私の全身を包んでいた。
「今開けるから、ちょっと待っててね!」
携帯を放り出して部屋の鍵を開ける。そこにはやはり“彼”が優しげな表情をして立っていた。
たまらなくなった私は彼に飛びつく様に抱き着いた。ああ、暖かい。私の暗い部分を癒してくれる。
私の中に生まれたもう一人の私。どろどろして浅ましくて醜い私は消え去ることは無いのだろう。それでも、“彼”が傍にいるのなら私は大丈夫だ。
だから……私から離れないでね。ずっと私のそばにいてね。この暖かみがあればやがて泥も消えずとも乾いていくから。
“彼”の胸に頭を預ける。……ああ、私は幸せだ。
この時、お互いを確かめるかのように抱き合う彼らは知らなかった。
あの夜の日、身体を求めあったあの日、沙綾に新しい命が宿っていたことを。
数か月後、そのことで一波乱あるのだが……それはまた別のお話。
最初の案だと
沙綾が逆レ○○→姿を消す“彼”→妊娠発覚→壊れていく沙綾→“彼”が姿を現し結婚を申し込む
とかそんな感じだった。
ハーレム展開はどうしようかな……