小説版バンドリのヤンデレの様なそうでないような話集 作:現実逃避中
『────やくそく、だよ! いつか、きっと……』
とある夕暮れの公園。そこには二人の子どもがいた。
一人はショートカットの綺麗な黒髪に動きやすい服装をした野生児を思わせる子で涙を流していた。
もう一人はさしたる特徴のない普通の少年、強いて言うならその瞳は穏やかであるということぐらいか。
綺麗な髪の子が穏やかな瞳のもう一人の子に、涙ぐみながら小指を差し出した。それを受けた穏やかな瞳の子どもは黙ってうなずくと、自身の小指を差し出した。
『ゆびきり、約束だからね!裏切ったら、許さないからね!』
小指が絡み合い、二人は手を緩やかに上下に動かして約束をした。
数秒、そのまま名残を惜しむように二人の小指は絡み合ったままだったが、どちらともなくそっと小指ほどきあった。
さよならはお互いに言わなかった、普通の少年は区切りを付けるかのようにギターを持つ子に背を向けて、ゆっくりと歩み去っていった。
その少年の背が見えなくなるまで、綺麗な髪の子は手を振りながらずっとずっと見つめていた。その背を自身の目に焼き付けるかのように、一瞬たりとも目を離さなかった。
むくり、とあなたはベッドから起き上がった。懐かしい夢を見た、といまだシャキッとしない頭でぼんやりと考えた。
小学3年生の夏休み、両親が仕事で忙しいということで神楽坂にある親戚の家に預けられた時のこと。探検と称して歩き回り見つけた公園でたまたまであった同い年の子。人懐っこいその子のおかげもあり、すぐに打ち解けることのできたあなたは両親の仕事が落ち着いて実家に戻るその時まで一緒にずっと遊んでいた。
その子が神と呼ぶおっさんと一緒にその子が満足するまでギターを弾いたり(神のおっさんは笑いながら「下手くそ」と言ってくるばかりだったが)、一緒に樹に登ったり、二人でキャッチボールをしたり……とにかくその時の夏休みはその子と一緒に遊びまくった。
しかし、楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもの。始めに神のおっさんが「西へ行く」とかなんとかカッコつけてどこかへ行った。次は両親の仕事が落ち着いた自分の番だった。その子に別れを告げ、泣きじゃくるその子をなだめながらあなたとその子は約束しあった。
『自分もギター上手くなるから! 今度会った時に最高のギターを聴かせてよ! 必ず出会うから! やくそく、だよ! いつか、きっと……』
あなたと神のおっさんがギターを弾いているとき、その子は必ずキラキラした瞳であなた達の事を見ていた。時にはギターを弾く真似をしていたこともあった。
神のおっさんがいなくなる時、あなたはその場に居合わすことが出来なかったが、その子が大事そうに神のおっさんからもらったものを抱えていたのを、泣いていたのを覚えている。
あなたからその子にあげられる物は無かったけど、だからこそその子との約束をした。いつか、きっと……再開したその子に最高のギターを聴かせてあげられるように。
でも……とそこまで考えたあなたは自分の部屋の押入れの方を見た。
押入れの中にはあなたのギターがある。最高の相棒だったギターがある。
あなたはギターを弾くのをある時から辞めてしまった。
幼馴染である香澄が歌を歌わなくなった時にあなたも香澄の前でギターを弾くことが無くなった。
それでもギターを辞められず、香澄の目を避けてギターを弾き続けた。たまたまあなたのギターに目に留まったという人にバンドに誘われて、参加して、運命共同体の様に同じ夢を見て、それで……
思い出に耽っていたあなたはその先の事をあなた自身に考えさせないかのように首を振った。
とにかく、あなたはギターを弾かなくなってしまった。それはつまり昔の約束を破ってしまったということである。そのことが晴れやかな朝に反するかのようにあなたに暗く重くのしかかってきた。
香澄からバンドの新メンバーを紹介するといわれていたあなたはいつもの集合場所である有咲の蔵へ向かった。
朝から約束を破ってしまったことを思い出してしまったせいか、その足取りは重かった。しかし、その時のギターの技術が香澄のサポートに役に立つのだから人生どう転ぶかわから無いものである。
ぼんやりしながら蔵につくと、いつもの香澄、有咲、りみの他に見慣れない少女がいた。
手足がすらりと伸びたきれいな女の子だった。艶やかな黒い髪が蔵の照明に照らされて輝く。
「来たわね、零点ボーイ。うちらの新メンバーを紹介するわよ」
「主殿! 師匠やベンケー殿の様なちんちくりんとは違うから心してみよ。ただし、心は奪われないように」
「は? あんたのようなすっとこどっこいとは違う、でしょ?」
「あ、あの……紹介するね。リードギターの花園たえちゃんだよ。たえちゃんこっちは──―」
「あー、どうも、よろしくっす。……で、この人何の役に立つんすか?賑やかし?いらないんすけど」
ぴしり、と花園たえの一言で空気が凍った。
やいのやいの言い争っていたりみと有咲も、あなたにいつものように微笑みかけていた香澄も凍り付いたの様に動きを止めた後、目を見開いてたえの方を見た。
あなたを見るたえの瞳には怒りの炎が宿っていた、あなたのことを明確に敵とみている。その事実にあなたは困惑した。
香澄たち3人の視線があなたを見る。その視線の意味に気が付いたあなたは首を軽く振って否定する。
花園たえの様な
取りあえずの空気を打開するべく、あなたはたえに話しかけることにする。
「……ま、いいっす。かすみんセンパイたちが役に立つって言うんならそれで」
あなたがたえに何か尋ねるよりも早く、たえはあなたから視線をそらし話題を打ち切った。
どうするか困ったあなたは、香澄、有咲、りみの3人を見る。香澄はオロオロし、有咲は溜息をつき、りみは何故か頬を染めて目を反らした。
「……はぁ、かすみん! 取りあえず、練習するわよ。零点ボーイはかすみんのサポートに入って」
蔵の中では無敵の有咲が仕切る。
たえの事は考えずに取りあえず香澄のサポートに専念しよう……と考えていたあなただったが、時折飛んでくるたえの怒りの視線があなたに香澄のサポートだけに専念させない。あなたが香澄を的確にサポートすればするほど、瞳の中の怒りの炎は増しているようだった。
どうしたものか、とあなたは途方に暮れた。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
花園たえの頭の中はその言葉だけで埋め尽くされていた。
小学3年生の夏休みに出会った少年。ギターを弾いている姿が眩しかった少年。いつも一緒に遊んでくれた少年。約束をした少年……約束を破った少年。
どうやらあの時の少年が
再会したときに驚かしてやろうと思って密かに髪を伸ばしていた。再会してギターを弾く彼の姿を想像して身悶えしていた。自分のギターを静かに聴く彼の様子を想像して頬を真っ赤に染めていた。
ひと夏のまるで運命の様な出会い。野生児と言われていても女の子だった自分はドキドキしていた。ギターを弾く姿がカッコ良かった、自分の話を静かに聴いてくれる事が嬉しかった。嫌な顔一つせずに遊びに付き合ってくれるのに感謝をしていた。花園たえにとって彼は初恋の相手だった。
再開の時は唐突に訪れた。彼の所属していたバンドが神楽坂にあるライブハウスで合同ライブを行う時に、たまたまそのライブハウスに他のバンド目当てで行ったたえがそこで彼を目にしたのである。
バンドをしている彼の姿を見た時は驚愕した。そしてそのバンドの実力に驚かされた。彼の所属しているバンドは他のバンドを圧倒していた。自分との約束を守ってくれていることが嬉しくて嬉しくて興奮してしまったたえはその日の夜は寝付けずにいた。
彼のバンドがそこそこ大きなコンクールに参加すると決まった日、そのことを自分の様に喜んだことを覚えている。当然、たえは応援に行くことにした。そこで自分の事を告げて驚かせて、昔の約束を守ろうと考えていた。
(どういう反応するっす……? 「美少女になったって」褒められちゃったり……? いやいやそんな、美少女なんて言われても困るっす~~~!えへへ……)
そんな馬鹿な事を想像してベッドの上で身悶えしていると興奮してまた寝付け無くなってしまった。
しかし、当日の開演時間になっても彼のバンドは来なかった。待てども待てども一向に来る気配が無く、棄権扱いにされてしまった。
気合いを入れて精一杯のおしゃれをしたのに……とたえはその時はがっくりしていたが同時に嫌な予感もしていた。
その予感は的中し、それ以降彼のバンドを見ることはなくなってしまった。どうしたことだろうとたえは必死になって探した。中学生の身で出来ることは少なかったがそれでも頑張って探し回った。しかし、まるで幻だったかのように彼のバンドは消えてしまっていた。
そんなある日、街中でこれまた偶然に彼と出会った。
場所はゲームセンター、男友達と一緒にゲームで遊んでいた。偶然に驚きながらたえは耳を立てれるぐらいの距離を置いて様子を窺っていた。
その中の一人がギター型の音ゲーをやろうとしたときに、彼に進めていたが彼は首を振り信じられないことを言った。
────もう、自分はギターを弾かない
彼の言葉を聞いたたえの頭が真っ白になった。
そのあとの事は覚えておらず、気が付いたら家にいた。
(約束を破るっすか……? 自分との約束なんてどうでもいいって言うんっすか……!? …………裏切者!!)
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……………………………!
現在・花園たえの家
空気を悪くしたまま練習を終えたたえはさっさと自分の家に戻ってきていた。自室のベッドの飛び込むと右目に怒りの炎を宿し自室の壁の一角を睨み付けた。
たえの部屋の壁の一角には彼のバンド時代の写真が壁一面に貼ってあった。
(約束を破る裏切者は許さないっす……!)
香澄のサポートをする彼を見たたえは改めて強く思う。彼がギターを辞めてしまった理由をたえは実は少し知っていた。
かすみんセンパイ……いや、戸山香澄と「もう一人の女」のせい。
「もう一人の女」についてはゲームセンターで見かけて以来彼のバンドの事を更に探ったおかげで知ることが出来た。
しかし、まさかかすみんセンパイが彼と幼馴染だったとは思わなかったたえはかすみんセンパイから紹介したい人の話を聞いて驚いた。
彼はかすみんセンパイが一時期歌えない時に戸山香澄の前でギターを弾くことは無かったという。つまり、戸山香澄が彼のギターに最初に傷をつけたのだ、と話を聞いたときにたえは強く思った。
そしてもう一人、彼のギターに止めを刺したと言っていい女。あの女をどうにかしない限り彼がギターを再び弾くことは無いだろう。
だが、理由はあったとしても約束を破ったのは彼であり、その事実は揺るぎようがない。だから花園たえは彼に対して怒りの炎を燃やす。
「自分は約束を守るために頑張ってたのに裏切者め……! 自分の傍に置いて一生を懸けて償わせてやるっす……!! もう手を振って別れたりなんかしない、手に入れて、ぐちゃぐちゃにして、ずっとずっと手元に置いてやる……!!」
花園たえは気が付かない。彼を考えるたえの片方の目は激しく怒りに燃えているが、もう片方の目は彼への恋と憧れでいまだに輝いている事に。
たえの部屋の壁の一角に貼れている写真には2種類あった。半分は乱雑に扱われて写真に写る彼の顔に赤い×印が無数に書かれていたりピンが突き刺さっていたりしていたが、もう半分は丁寧にラミネート加工してあったり大事そうに額縁に飾られていたりしている。
彼を許さないという怒りと共に、ギターを弾かない彼の事を好ましく思っている事を。
ギターを弾かないのを決めたのは彼であるがその理由は利己的なものでなく、彼のお人好しさから来るものでもあるという事をたえは知っているから。
ひと夏とはいえ彼のお人好しな性格は知っている。だから約束を破った彼の事は許せないが、変わらない彼のお人好しさを好ましく思ってもいる。……がたえは気が付かない。相反する感情がたえの中に渦巻き、無限に続く螺旋の様に二つの感情は大きくなっていく……
花園たえの初恋はまだ始まったばかりだった。
ヤンデレとは……?