小説版バンドリのヤンデレの様なそうでないような話集 作:現実逃避中
《これから有咲ちゃん達とお出かけしてきます。お土産楽しみにしていてね》
日曜日の朝、そんなメールが香澄から届いた。
あなたはそのメールを確認するとスマホをおいて、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
最近、あなたと香澄は一緒にいないことが多い。無論、今でも登下校は一緒に行っているし、遊びに行くことが無いわけでもないのだが……
『友達が出来たよ』
香澄からそう紹介されたのが昔に思える。
香澄が友達として
なんでも空気の様に気配を消している香澄を師匠と呼び始めたのが最初の関わりらしい……なんのこっちゃ? と首をかしげるあなたに香澄が苦笑していたのを覚えている。
その牛込りみから炊飯器の持ち込みを大目に見てもらうという交換条件で市ヶ谷有咲という少女を学校へ連れてくる手伝いを香澄が頼まれ……コミュ障気味の香澄一人にそんなことが出来るわけもなくあなたも手伝い……なんとか学校へ連れていくこと成功し、香澄と有咲は親交を深めていった。
それから3人で屋上で弁当を食べているときに近くでアコースティックギターを弾いていた花園たえに出会い、一緒に弁当に誘ってから香澄の友人になった。彼女があのひと夏の子だと知った時、あなたは非常に驚いた。……あの時の子は男の子だと思っていた。向こうもあなたの手を握ってぶんぶんと音がしそうなほど上下に振って喜んでいた。……男の子だと思っていたと告げると苦笑されてしまったが。
そのあと、かねてより香澄が机で文通していた少女と出会うことが出来たらしい。その少女は……なんと、あなたが以前一緒にバンドを組んでいたパン屋のライオンドラマー・山吹沙綾であった。沙綾がバンドを抜けてしまったことであなたもバンドを抜けてしまったが、こんなところで再開するとは思わなかった。お互いに気まずかったが、香澄が間に入ってくれたこともあり、今では普通に話をすることが出来るようになった。
香澄は高校に入ってしばらくしてから随分と変わった様に思う。……いや、あれこそが本来、香澄が持っていたものだったのだろう。それを香澄は取り戻すことが出来たのである。
あなたはそのことを喜んだ。本当に喜んだのだが……同時にそんな香澄に対して後ろめたい気持ちを抱いていた。
香澄を皆に取られてしまったかのように思う。香澄に置いていかれてしまったかのように思う。香澄が手の届かない向こう側へ行ってしまった様に思う。香澄がいなくなってしまったら……自分には一体何が残るのだろうか。
『ごめんね、有咲ちゃん達と用事があるんだ』
あなたに軽く謝罪した香澄は身体を翻して有咲たちと手を繋いで街中へ歩いていった。
待ってくれ! とあなたは手を伸ばして香澄に大きめの声をかけたがその声は香澄に届かない。
ならば近寄ろうと足を踏み出そうとするが、その身体は鉛の如く重く、身体を動かすことが出来ない。一歩も踏み出せない。
あなたが何とか身体を動かそうともがいている最中にも、香澄たちはどんどんあなたから離れていく、段々と姿も見えなくなってきた。視界も黒く染まっていく。
やめてくれ、いかないでくれ、傍にいてくれ……………………………………………………
ハッ、とそこであなたは目を覚ました。
鈍い体を起こして時間を見るともう17時に近い時刻だった。どうやら仰向けにベッドに倒れ込んでから、今までずっと寝てしまったらしい。
ふと、あなたは自分の目もとを濡らしているものに気が付いた。……涙だ。
……情けない、とあなたは自分のこと思う。香澄が昔の様に輝くことを願っていたはずなのに、今は自分の事しか考えられなかった。
香澄に会いたい、香澄と話がしたい今考えられるのはそれだけ。
香澄、とあなたは虚空に向かってただ呟いた。
「なあに?」
――――――――――――心臓が飛び跳ねるかと思った。
驚いた顔で部屋の入り口を見れば、艶やかな茶色の髪を猫耳の様にまとめた少女……香澄がそこに立っていた。彼女は……正確に言うならば戸山家の人間はあなたの両親から何かあったときの為と言われて合鍵を渡されている。だから香澄が部屋に入ってくるのは不思議ではないのだが……今日は有咲たちと一緒に買い物に行ったのではないかという疑問が湧いた。
最も、香澄に会えたという思いが大きくてあなたの中で湧いた疑問はあっさりと奥に押しとどめられてしまったが。
「泣いて、どうしたの?」
香澄があなたに近づいてくる。あなたの鼻腔を香澄の女の子らしい柔らかな匂いがくすぐる。
慣れているはずのその匂いに、ドギマギする。弱いところを見られたあなたは、香澄から目を背けて、なんでもないと答えた。
「なんでもなく、ないよね? ……あなたの傍にいたいの、私じゃ頼りにならないかな?」
そんなことない、とあなたは香澄に答えた。
“あなたのそばにいたい”ただ、その言葉だけであなたは天にも昇る様な気持ちだった。しかし、同時に自分の後ろめたい部分もムクムクと盛り上がってくる。
香澄が傍にいたいと言ってくれるのは嬉しい、だがそれは香澄を縛っているだけじゃないのか? いや香澄が望んだことだ。自分が望んでいることだろう?
香澄に対する申し訳なさ、自分の不甲斐なさにあなたはベッドの上で膝を抱えて丸くなる。あれだけ願っていた香澄の顔を見ることが出来なかった。
そんなあなたを香澄を丸め込むようにして抱きしめた。
「大丈夫だよ」
なにが?
「私が一番傍にいてほしいのはあなただから。有咲ちゃんやりみちゃん達と一緒にいるときもずっとそれは変わらないから。ずっと、ずっとあの時から」
……でも
「あなたは私だけの星の鼓動。私はあなただけの星の鼓動。絶対に離れないから……」
「だから、あなたの思いを聴かせて」
……香澄に傍にいてほしい。
「うん」
……一緒にいてくれる?
「うん」
どんな時も、だよ?
「勿論だよ」
そこであなたはようやく顔を上げて香澄に向き合った。
香澄は静かに微笑んでいた。その頬は朱に染まっていたが、瞳は星の様にキラキラしていた。
ああ、とあなたは声を出した。香澄が愛おしい、傍にいてくれることがこんなにも嬉しいだなんて。
そこであなたはようやく自覚した。香澄から離れられないのは自分の方であると。香澄はそんな情けないあなたをとっくに受け入れてくれていたのだと。
香澄があなたに顔を近づけた、あなたからも香澄に顔を近づける。
そして唇と唇が軽く触れ合った。唇が軽く触れあっているだけなのに、あなたの全身は沸騰してしまいそうな程の熱を感じた。
数秒か数分か、2人はただただ唇で触れ合っていただけだったが、どちらともなく顔を離した。
香澄の顔は先ほどよりも真っ赤だった。あなたはそんな香澄に微笑みかけると香澄は俯いてしまった。
いつか星見の丘まで一緒に出掛けよう、あなたは香澄に提案した。あなたにとって何よりも香澄との思い出が深い場所だ。あの子どもの時から一度もあそこへはいっていない。いつか、あなたは香澄と再びあの場所へ行きたかった。
「勿論、いいよ。あなたとならどこまでも」
香澄はあなたの言葉に笑って答えた。
その時、私は頭の中でグツグツとマグマが煮えたぎっている様に感じた。
『彼』の事は何でも知っていると思っていた。思い込んでいた。
だから、『彼』は私から離れられないし、私は『彼』から離れられないと思っていた。
『うわ──! 久しぶりっす! 元気にしてたっすか!? ……え? あー……自分、よく男の子と間違えられていたから気にしないで欲しいっす! ところで昔した約束の事って覚えてるっすか? ……あはは、実は自分もあんまり覚えてなかったっす。でもまた会えて嬉しいっす!』
どうして、たえちゃんと知り合いなの? 昔した約束って何? 2人ともあんまり覚えていないみたいだけど……『彼』がそんな約束してたなんて知らない……
『え、あ……その……ひ、久しぶり、だね……あはは、私は元気だよ。その、君は今何して……うん、そうなんだ。……あの、さ……バンド……ううん、なんでもないよ』
どうして沙綾ちゃんと知り合いなの? バンドって何? なんでそんな雰囲気なの? そんな『彼』、私知らないよ……
私の頭の中でグツグツと煮えたぎっていたのは嫉妬だった。それを自覚すると同時に様々な事が私の中から湧き出てくる。
私の知らない『彼』の事を知っているたえちゃんに、沙綾ちゃんに対する嫉妬。
『彼』の事で私の知らないことがあったことへのショック。
もしかしたら『彼』が私以外の別の所へ行ってしまうんじゃないかという恐怖感。
瞬間、私の頭の中は凍り付いてしまった。あれほど煮えたぎっていた嫉妬は一瞬で『彼』がいなくなることへの恐怖感で埋め尽くされてしまった。
(嫌だ……嫌だ、嫌だ……! 『彼』がどこかへ行っちゃうなんて、そんなの嫌だ!)
それから私は『彼』が私の友達と……特に『彼』の知り合いであるたえちゃんや沙綾ちゃんと極力一緒にならないように動き回った。
3人でいることはあるが、『彼』が私以外の女の子と2人でいることは殆ど無かった……と思う。
でも、今度はそんなことをしたら『彼』に嫌われてしまうんじゃ……という別の恐怖が湧いて出ていた。ぐるぐると色々な恐怖が私の中で渦巻いていた。
…………あの時までは。
それは、たまたま皆で出かけてから自宅に帰って来た時の事。
『彼』が私の家にいた。
どうやらお母さんが『彼』を夕食に誘ったらしい。そのこと自体は珍しくもない、お母さんがよく『彼』に世話を焼くから。しかし、私の家には来慣れているはずの彼の態度が妙に落ち着きが無いというか、そわそわしてるというか……不思議に思って内心で首をかしげていたら、『彼』が私に声をかけて来た。
お帰り、その……最近皆と出かけることが多いね、楽しい、のかな? と
『彼』の揺れる瞳と少し震えるような声で私は理解した。
私が『彼』を皆に取られてしまうんじゃないかと心配してたように、『彼』もまた私が皆に取られてしまうんじゃないかと心配していた。
穏やかに微笑んで「楽しかった」と答える私だったが、内心は暗く嗤っていた。
(何だ、やっぱり……『彼』も私から離れられないんだ……えへへ)
それから、私は『彼』の恐怖心を煽るかのように皆と遊びに行った。あるいは一人の時でも遊びに言ったかのように振舞うこともあった。
《行ってきます》と《帰って来たよ》をちゃんと連絡すると、飛びつくように彼から返信があった。それは《行ってらっしゃい》や《お帰り》の様なごくありふれたものであったが、その早さに私は『彼』の恐怖心を感じることが出来た。
買ったお土産を渡すときの『彼』の瞳から読み取れる嬉しさと安堵感は忘れられない。私を失うことに対する『彼』の恐怖感は嬉しかった。
その日も本当は一人だったのだが、買ったものを渡すために家にある『彼』の家の合鍵を使って『彼』に会いに行った。
『彼』の家に行ったのは12時くらい。ちょっと早すぎるかな……嘘ってばれないかなと心配しながらだった。
『彼』はベッドで仰向けに寝ていた。私が連絡をした後、すぐに眠ってしまったらしい。起こすのも忍びなかったので、『彼』の寝顔をずっと見ていた。
寝顔を見ているだけでも幸せだったが、さらに幸せなことが起きた。
香澄……いかないでくれ、と『彼』が涙を眦に溜めながら寝言を呟いた。
心臓が嬉しさで飛び跳ねて出ていってしまいそうだった。
その後、起きた『彼』を包み込んであげる様に接した。顔は中々見せられなかった、嗤っているだろうから。
傷ついている『彼』を見ると、罪悪感も込み上げてくるが、それ以上に自身の心情を素直に吐露してくれる『彼』に幸福感を感じていた。
『彼』の告白には素直に応じた。断る理由なんてどこにもなかったから。
そのまま勢いで……つい、キ、キスまでしちゃった……えへへへへ……
ようやく……ようやく私は私だけの星の鼓動をちゃんと手に入れることが出来た。幸せでいっぱいだった、こんなに幸せだと思うのは初めてかもしれない!
大丈夫だよ、あなただけの星の鼓動もちゃんと傍にいるから……あなたは私だけのもの! 私はあなただけのものだから!
数年後、星見の丘に2人の男女がいた。
2人はしっかりと手を繋ぎながら笑い合って満天の星空を見上げていた。
やがて、女の方がのびやかで透き通る声で歌を歌い始めた。それはありふれた、「きらきら星」だった。
それを男は世界中でどんな曲よりも大切であるかの様に目を細めて静かに聴いていた。
その男女の左手の薬指には、お揃いの指輪が静かに輝いていた。
まるで、お互いがお互いだけのものであるかを証明するかのように────────―
続編は難産になりそう……読んでいただける方は気長にお待ちください