砂漠の姫君   作:由峰

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活動報告をご覧の方々ごめんなさい。遅れました。
そしてもう一つごめんなさい。三話は分割します。
なので今回は短く、所謂伏線()回。
最後に後書きへ挿絵を載せました。見てやって下さい。


三話 何時か交わされた王の話 1/2※

 打ち立てられた断頭台は鈍光放つ鋼鉄製。

 頂きへの階段は見上げる程に高く、何よりも冷たい。

 此の日、此の時、此の瞬間。

 たったひとりの男がために築かれた其れは、未来永劫に語り継がれる伝説と化すであろう。後の世で、誰もが揃って口にするのだ。「此処で彼が死んだのだ」「此処で伝説が終わったのだ」「此処から時代は始まったのだ」と誰もが揃って異口同音。飽きることなく、引けることなく、引っ切り無しで────。

 

「チッ厭になる。反吐が出そう」

 

 断頭台がその向かい。

 斬首を望める高所にて、黒衣のクロは舌打ち一つ嘯いた。

 漆黒のヴェールに顔を隠し、寒風が吹き荒ぶなかに在って装いは肩を剥く純黒のワンピース。愛用のコートは着けていない。街行く皆が着込む季節、クロはいつも通りに肌色過剰の服装と素足で立っていた。それこそが常戦意識の現れ、もっともクロにとって殺りやすい服装なのだ。

 

「なら来なければよかったじゃない。冬の海はMr.ゼロに酷なのよ?」

 

 クロの誰に云ったでもない呟き。空風に吹かれて消えるはずの言葉はしかし、クロの横で読書へ勤しむ女に拾われた。褐色肌を襤褸に包み、クロが立つ外壁の縁に腰掛ける白髪の女は続ける。

 

「それにあの娘たちまで連れて来て、ドロフィーが泣いていたわよ? 「子どもを十一人も! 船長はアタシをベビーシッターにするつもりかいッ!?」って」

 

 今は船番と云う名の子守で忙殺されているであろう仲間を思い、トドメとばかりに溜息を溢す女。それを横目に睨むクロは、いけしゃあしゃあと己を棚上げした女へ向けて云い退ける。

 

「そのなかには貴女の子どももいるのだけれど?」

「ロビンは良い子だから平気よ」

「おかしいわね……私の定義だと良い子は能力を使って脱走なんてしないわ。この間は勝手に戦場へ出てきたし……それに知っていて? あの娘、私の部屋へ不法侵入しては貴重な書物を読み漁っているのだけれど……誰の影響かしら? ねえオルビア?」

 

 沈黙。

 女──オルビアは己の不利を悟るや否や読書へと戻った。オルビアとしても娘のわんぱく具合には手を焼いており、その点を突かれれば何も云い返せないのだ。しばしクロはオルビアを見つめ、視線を感じているオルビアは動かない。

 

「……まあいいわ。ちょうど時間になったみたいだしね」

 

 膠着した状況を崩したクロは視線をオルビアから再び階下へと向ける。

 其処ではクロの云った通り、主役がゆっくりと舞台への階段を上っていた。両手を拘束され、足枷を引きずり、鎖に繋がれた男。男の前後には刑執行官が立ち、断頭台の周囲では海兵らが厳戒態勢を敷く。それは階段を行く男の脱走よりも、外部からの襲撃を警戒するものであった。

 

「……無様な姿ね」

 

 男は普通に上がれば一分もかからない階段を五分かけて上った。

 それが演出か、或いは拘束ゆえの不便か、果ては────。

 

「────限界かしら」

 

 頂上へ立った男は膝立ちに拘束され、其の場で鎖が解かれた。

 しばし俯いていた男はゆっくりと顔を上げ、そうして笑う。笑ってみせた。これから死に逝く者が、数分もすれば首を落とす人間が、海の上で見せていた心底楽し気な笑顔で眼下を見渡す。衆人の多くが──否。今日此の日、東の海(イーストブルー)はローグタウンへと訪れた全員が息を呑んだ。たったひとりの罪人が笑みに、一瞬で意識を引き込まれてしまった。

 断頭台の頂上から男は望んだ。

 数え切れない見知らぬ他人がいた。数多くの同業らがいた。溢れる程の海賊目指す未熟な若者たちがいた。苦楽を共に大冒険を果たした仲間がいた。そして────。

 

「ちゃんと来てるな。よしよし」

 

 断頭台から人海を挟む対岸。街一番の高さであろう屋上に男は望む姿を然と捉えた。

 

 

 

 

 英雄の襲撃から二年。

 彼の日の戦いを切掛に王下七武海へ加入したクロは、当時とは打って変わりガープの襲撃に諸手を挙げて感謝していた。何せクロが立てた当初の予定を年単位で進めてくれたのだ。

 初めこそ生きていた事実に舌を打ち、海軍本部を襲撃しようと動いたクロだがしかし。その戦いから一週間後に使者が来るや一転。満面の笑みを携えて、拳代わりにフルーツ持ってガープとクザンの病室を訪れていた。

 

「クハハハッ縁は異なもの味なもの。また会えたなァ……傷は大丈夫かァ?」

 

 見舞われたふたりは終ぞ笑顔を見せることなく、クロが帰って行く姿を見送ったという。

 王下七武海となったクロはその後、偉大なる航路前半(パラダイス)がアラバスタへと赴き国と交渉。結果としてバロックデゼルト海賊団はアラバスタを拠点とし、襲ってきた海賊や犯罪者を取り締まる海軍さながらの仕事ぶりをみせた。その功績は一部民衆から海軍よりも信頼を得て、徐々に規模は拡大。一年と経たずに信用を得たクロは国より街を一つ貰い発展させてゆく。

 クロにとっては順風満帆のそんなある日。

 一通の手紙がクロの元へと届けられていた。

 

────満月の夜、新世界は一本桜へ来られたし

 

 ご丁寧に古代文字で書かれた手紙は、誰が気付く間もなくクロの部屋に置かれていた。

 

 

 

 

 一本の桜が根付く小島にクロはいた。

 新世界を漂う浮き小島は常に流れ、決まった場所へは存在しない。つまり辿り着くためには相応の労力を要し、その労力に対して得られるものは精々が幻想的光景だけだ。

 淡い月明かりに照らされ、薄すら桃色の幻光をみせる桜。珍しくはあっても対価に見合う物でなし、クロは早々に飽きて本の世界へと旅立つ。時刻は虫すら眠る丑三つ時。世界は静寂で満たされていた。

 

「おい! せっかくの絶景を前に読書なんかしてんじゃねぇ!」

 

 それを打ち破る者が現れたのは、クロが本を読み終える直前であった。わざとらしく足音を立て、存在を主張するよう歩く男はクロの前に立つ。

 

「邪魔よ。そこに立たれると影で文字が読めないわ」

 

 鬱陶しげに手をシッシと振るうクロ。虫を払うみたく行われる動作に、男は巨大な酒樽を地面へ下ろして抗議したがどこ吹く風。結局クロは読み終えるまでの三十分、来訪者──呼び出した当人──の姿すら視界へ映すことはなかった。

 

「たっくお前は相変わらず可愛げのねえ餓鬼だなァ!」

 

 文句を云いつつも律儀にクロの読了を待った男は、待ち時間で樽の半分を飲み尽くしていた。雅の漂う空間は、今や雅は霞と消え失せ酒気のみが漂う酒池と化す。その元凶たる男を呆れ眼で見遣ったクロは、延々と愚痴るだけの酔っぱらいに痺れを切らして切り込んだ。

 

「うるせえよロジャー。テメェはアレか? 私に酌でもしろってのかァ? アア? とっとと要件云わねえと島ごと沈めるぞクソジジイッ!」

「おぉ! 酌してくれんのか! じゃあほ──」

 

 酔いかわざとか、不機嫌を隠さないクロへ柄杓を渡そうとした男──ロジャーの腕が干乾びる。

 

────三日月形砂丘(バルハン)

 

 砂の一閃。

 クロの凶刃と化した右腕が、躊躇躊躇い一切なく振るわれた。回避もできずに直撃したロジャーは、己の枯れ木同然の腕を見て少し。無言で盃の中身を飲み干し、笑い転げた。

 

「ぶははははッ! 治った!」

「………………黒砂刀(デザート)

 

 徐に立ち上がったクロは右手へ黒刀を造り出し、転がるロジャー目掛けて突き放つ。額には青筋が浮かび上がり、顔からは表情が抜け落ちてゆく。

 

「うぉいッ!? それは刺さるだろ、おぉ!? 殺す気か!」

黒砂刀の飴細工(デザート・ウィップ)

「だから殺す気かッ!?」

 

 器用に地面を転がり避けるロジャーの動きで、終に沸騰したクロは本気の態勢へ突入。砂の黒刀を鞭さながらに扱い、一撃一撃で首を刈り取ろうと振るった。対してロジャーは武器もなく、かと云って覇気を使うでもなく応戦──という名の挑発を繰り返す。転がり、酒を飲み、飛び退き、酒を飲む。回避しつつも酒を呷るロジャーに、クロは殺意の段階を跳ね上げた。

 

侵食(グラウンド)────」

 

 それは大地に在ってクロが誇る必殺の一撃。時にはガレオン船すら朽ち果て沈める猛威を前に、さすがのロジャーも待ったをかけた。此処は一本桜で陸の小島。クロが本気でチカラを使えば文字通りに沈む。船は遠く泳ぐには距離もあり、今のロジャーに泳ぎ切る体力はなかった。

 

「待て待てッ! 悪かった! 大事な話があるから聞いてくれ!」

 

 頭を下げたロジャーの前で、しばし考えたクロは云う。

 

「内容次第でテメェは殺すぞ海賊王」

 

 真円描く月の夜。

 淡い桜の樹の下で、砂漠の幼女と海が王者の語らいは始まる。

 後の世に、もしもロジャーが生きていれば────。

 きっと、こう云ったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はあの日に殺しておくべきだった」














【挿絵表示】

クロちゃん描きました。
幼女ってどうやって描くんですか?
描いたことないから描き分け出来ないです。
(誰か描いてくれても良いんやで)


沢山の評価ありがとうございます。
正直、怖くて筆が進まなくなりました←
でも執筆意欲は湧きます。不思議。
感想、しっかりと読んでいます。励みになってますはい。
返信しないのは昔それで嫌な目をみたから怖いのでする。
どうしよう、せっかく書いてくれた人には返したほうが……でも変な受け取られ方したら……ああ、そんな感じで読むだけになっております。ごめんなさい。でもすごく嬉しいので、これからもお願いします。

次回の更新は明日出来れば、おそらく夜にします。
なければ活動報告で後日お知らせさせてもらいます。

今後ともよろしくおねがいします。

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