砂漠の姫君   作:由峰

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執筆中小説を漁っていたら出てきたので取り敢えず投稿しておこうかと思います。
このお話は彼らとの接点、というよりも彼らにクロへ対する因縁を持たせるためだけに書いたものです。
物語上、彼らを出してから過去を振り返る形でも良かったのですが……まあ、書いてお蔵入りしていた(忘れていた)ので折角ならばどうぞ読んでやって下さい。












海賊王時代 幕章
幕話 何時か起こった過去の話


 降りしきる雨は悲しみで、轟く雷は嘆きであろう。

 ロジャーが死したその瞬間、堰を切ったように嵐はやって来た。

 衆人は急ぎ家へと戻り、残った者らは大半が海賊志望か現役たちだ。彼ら或いは彼女らは、興奮覚めやらぬ様子で燥ぎ徒党を組んで哮っていた。

 

────俺はワンピースを探しに行く

────世界一の海賊になってやる

────次の海賊王は自分だ

────誰か私と海へ行こう

 

 広場で繰り広げられる雑談は差異こそあれど皆同じだ。

 誰も彼もが夢語り、望みを抱いて口にする。

 海へ、偉大なる航路(グランドライン)へ、宝の島へいざ行こう──と、男も女も悪人も聖人も揃いも揃って豪語していた。

 

「クハハハッ……ああ、行け行け。行って新世界を目指せ」

 

 それらを背景音楽としてクロは歩く。

 黒いポンチョを肩から掛け、裸足でぺちぺちと石畳を踏み締める。

 向かう先など決めていない。ロジャーの死を見届け、風の吹くまま気の向くままに歩き出したのだ。

 オルビアは呆れ、ひとり船へと戻って行った。

 何だかんだで子離れできないオルビアは、何かと理由をつけてはロビンの元へ向かう。今はきっと船にいないロビンを血相変えて探している──見聞色で街一帯を把握していたクロは、そんなことを思いながら嵐の街を闊歩した。

 

「それで貴方たちは誰かしら」

 

 大通りから小脇へ踏み込み更に進んだ裏通り。

 立ち止まったクロは振り返らずに背後の者らへ誰何した。

 建物の屋上から飛び降り、大通りを歩き始めてすぐに始まった追跡行為。クロからすれば拙いながらも、気配を極力消して行われた動きは本物であった。

 クロは見聞色で監視し、結果として間違いなく覇気の存在を知らない者の行動ではあったがしかし。その中のひとりは確実に能力者であった。

 何せ空を飛んだのだから。

 

(あの動きは月歩じゃなくて能力に頼ったものね)

 

 浮き上がる際に腕を振るっていた追跡者の行動。

 それをつぶさに観察し、有用性を見出したクロはとりあえずの興味本位で接触を図ってみた。

 世界各地を人材確保と称して飛び回るクロは、度々出先でこうした発掘を行なうのが好きなのだ。趣味と云っても良い。

 勿論、必要な事柄であるからこその行動だ。

 

「フッフッフッ……さすがだなミス・クロコダイル」

 

 返答は背後でなく上から降ってきた。

 クロが見上げれば其処にはひとり、桃色際立つ男が宙へ浮く。

 背後では路地の入り口を塞ぐ形で四人が武装して立つ気配。完全に挟撃された状況でいて、クロは特にどうすることなく宙の男へ言葉を投げた。

 

「私を知っているのね……馬鹿か蛮勇か、貴方はどちらかしら? ……いえ、そもそもどちら様?」

 

 まるで動じないクロに背後の四人が僅かな動揺をみせた。

 見聞色でそれを正確に把握したクロは、失格の烙印を四人へ押す。

 宙へ浮く男はクロの名を云った。即ちクロを知っていながらこの程度で動揺したのだ。

 そんな輩をクロは求めていない。

 つまりこの場で見るべきはひとりとなった。

 

「フフフフフ……あまり強がるなよ。知ってんだぜ? 雨の日にお前は戦えない」

 

 ああ、なんだ……──クロは思わず落胆した。

 男は偉大なる航路外の雑魚とは違い、偉大なる航路に転がる程度の雑魚であったと肩落とす。

 男の言葉は半分正解で、半分は不正解なのだ。

 悪魔の実の能力者は元より水に弱い。その中でいて砂たるクロは水気との相性が最悪だ。嵐ともなれば暴風雨により、砂の特性など無力と化す。そうなれば自然系(ロギア)でありながら非実体化を使えなくなるクロ。

 それは実質的に戦闘能力を体術限定にまで落とされてしまうに等しいがそれだけであった。戦えなくなることはない。何なら砂が扱い辛くなるだけで、やろうと思えば威力減だがスナスナの能力は顕在するまであった。

 

────お前は水があれば倒せる

 

 そう云って今までも数多くの愚者が、穿き違えた理屈を携えてクロに挑み死んでいった。

 そもそもクロの持つ逸話の中に「湖を干上がらせた」というものが伝わっている。それなりに有名な話であり、だというのになぜ水があればクロに勝てるという答えが出てくるのか本人からして不思議でならなかった。

 

「聞き飽きたセリフに────」

「ガァアッ!?」

『ドフィッ!?』

 

 刹那であった。

 地に足つけたクロの姿は掻き消え、代わりに男が石畳を陥没させてめり込む。轟く衝撃は大地ならずに建物を揺らし、遠く何処からか「落雷」という単語が飛び交い合う。

 難しいことは何も起きていない。

 剃と月歩で高速移動の後、クロは男を殴り叩き落としただけだ。

 修練次第で誰にでも行える単調な技法。

 それを極めた結果がクロの織り成す絶技であった。

 

「────見飽きた光景」

「ぶふぇぇッー!?」

「トレーボぐぁああああ!?」

 

 出入り口を固めた四人の内、ふたりが小さな拳一つで地へ沈む。

 戦場では一瞬の隙が命取り────相手が化け物ならば尚更だ。

 それは戦う者であれば誰もが知って然るべき真理。例え自分たちの頭が潰されようと立ち止まることは許されない。仮に止まれば待つのは『死』だけなのだ。

 

「貴様ァァァァ! 何処だァアア!?」

「トレーボル、ディアマンテ!? クソッ! ドフィ! ドフィ立ってくれ!」

 

 肉弾限定戦闘に於いてクロの姿を捉えるのは非常に困難だ。移動と攻撃が速く、状況判断も早く、何より正確無比で相手の動きを先読みするクロは常に死角へ潜る。

 相手が格下であれ何であれ、身に染み付いた戦法は反射の領域だ。

 気配を殺し、息を殺し、殺気をも内に仕舞い込む。暗殺者顔負けの隠密法は新世界に住まう傑物すら恐れる代物であった。

 何せ足音一つ立てないのだから。

 

「クハハハハハハハッ、ハハハハハ……あー、あなた声高過ぎない? 笑い死ぬかと思ったわよ。笑いが武器なのかしら?」

「黙れぇぇ!」

「落ち着けピーカ!」

 

 声はすれども姿は見えず。

 戦い慣れているらしい残りのふたりは背中合わせに仲間を庇った。

 

「ッ────クハハハハ、クハハハ、やめて! お腹が痛いわ!」

 

 少女らしからぬ嬌声は四方八方から響き渡り続ける。

 右で嬌笑が聴こえれば、左からは嘲笑が届く。上から誂いの言葉が降り注いだかと思えば、背後からは同情と憐憫の慰めを告げた。彼らの屈辱は果たしてどれ程であろう。

 

「クハー………はぁ、はぁ、ああ……そういえば死を感じたのは久しぶりね……すごいわ! 私に死を思わせるなんて、あなた持ってるわよ────」

 

 声が止む。

 静まり返った路地裏には荒いふたり分の呼吸音。打ち付けられる雨音が厭に響いて聞こえた。

 

「────道化の才能」

 

 幕引きを告げる言の葉は耳元で囁かれ、ふたりの意識はそこで途絶えた。

 後にはひとりクロが立ち尽くす。

 剃による高速移動でポンチョから剥き出したはずの身体は、水気を見せずにそもそも濡れてすらいなかった。喪服のワンピースやヴェールも同様だ。

 雨ごときではクロを、砂漠を満たすことは出来やしない。

 

「さて、あなたたち?」

 

 一息。

 特に疲れた様子もなく戦闘を終えたクロは振り返る。

 視線の先は路地裏の曲がり角。クロの立ち位置的には死角の其処へ、声を掛ければ出てくる子どもたちは皆笑顔だ。

 

「クロお姉ちゃん!」

 

 元気一杯弾ける笑顔で駆け寄り、クロへ抱きつくのは女子組の六歳でリーダー格。

 

「ロビン、オルビアがお怒りよ?」

「うぇ!?」

 

 弾ける笑顔が弾けて引き攣ったロビンに続き、続々と集まる子どもたちは皆クロの義弟妹。総勢十名の小さな海賊たちは、倒れ伏した男たちへ見向きもせずに言い募る。

 

「お姉ちゃん、ザラ海賊たおしたんだよ!」

 

 四歳にして海賊を刺し殺すのはトゲトゲの実の能力者であるザラ。

 

「アルちゃんも! アルちゃんも殺ったよ!」

 

 負けじと声を張って主張する三歳とは思えない巨体のアルビダ。

 

「ほら泣くなよぉペローナ、ミキータ……あ、僕も殺ったよ姉さん」

 

 血に濡れた脚のままで赤子ふたりをあやす八歳児ベンサム。

 ベンサムの腕の中と背中に収まるのは一歳児と〇才児のふたり。

 

「おれも……殺った」

 

 八歳にして寡黙を纏うドアドアの実の能力者ブルーノ。

 

「皆殺しだ」

 

 七歳にして異常な貫禄を見せるスパスパの実の能力者ダズ。

 

「あめきらいだ……かやくがもえない」

 

 鼻くそを食べるのは二歳児にしてボムボムの実の能力者ジェム。

 

「じぇ~~~~む~~~~は~~~~な~~~~く~~~~そ~~~~た~~~~べ~~~~る~~~~な~~~~」

 

 六歳にして長身巨漢なイシイシの実の能力者ベーブ。

 彼ら十人──赤子のミキータとペローナは別──は子どもだてらに海賊を名乗り、立派にバロックデゼルト海賊団の戦力として機能していた。

 

「はいはいよく殺ったわね。わかったから取り敢えず戻るわよ……ギャルディーノは何処へ行ったのかしら?」

 

 今や引率も手慣れたクロは足りないひとりを目敏く上げた。

 引き連れて来た面子は十一人。その最年長にしてドルドルの実能力者。十三歳という若さで金融業を営み、兄弟姉妹一の稼ぎ頭となったギャルディーノ。

 最近は長兄テゾーロとふたり仲良く荒稼ぐ金の亡者。彼の姿は影も形もなかった。無論、この島にだ。

 

「三兄は先に帰ったよ! なんか金策がーって」

 

 ロビンの言で納得したクロは溜め息一つ。

 船長のクロすら放置して金に走る姿は存外容易く目に浮かんだ。

 

「まったくあの子は……まあいいわ。それじゃあ帰りましょう」

 

 ロビンの手を取り歩き出すクロに子どもたちは続く。

 その光景は本来こそ親と子なれど、クロの姿も相まってさながら兄弟姉妹そのものであった。

 

 

「ロビン!」

 

 船着き場に戻れば響く怒声は母の物。

 オルビアはドロフィーとふたりで待っていた。

 その顔に笑顔という名の怒りを貼り付けてである。

 

「あ、ザラ出港準備しなくちゃ!」

「アルもいく」

 

 ひとりが抜ければ後は流れるように皆が続いた。

 誰もロビンを見ようとはしない。知っているのだ。巻き込まれたら帰り着くまで、延々とお説教が続く事実を厭と云う程に。

 

「クロお姉────」

 

 最後の頼みと横を見上げたロビンはようやっと気付く。合流してから二十分程の道中、ずっと握っていたはずの手が消えていた。

 

「さあ皆、出向よ!」

 

 クロは知っていた。

 庇えば巻き込まれ、重箱の隅をつつかれるのだ。

 いくら強くとも、子を思う母オルビアには勝てない。

 それがここ最近クロの学んだ真理である。

 

「お姉ちゃーん!?」

「錨を上げて帆を張りなさい!」

「Mr.ゼロに錨も帆もないよ!?」

「面舵いっぱいよ!」

「舵も付いてないよ!? 助けてお」

「ロビン! こっちへ来なさい!」

「お姉ちゃーん!」

「頑張りなさいなロビン」

「貴女も来なさいクロ!」

「なんでよ!?」

 

 これは激動の大海賊時代が始まる少し前。

 それは港で起きたささやかな一幕であった────。













最後にギャグへ寄ってしまいました……。
ミンゴたちは生きてます。辛うじて。
そして現代軸で再会してもクロは覚えていません。
それが一層ミンゴの怒りを煽りまくります。
原作で意識してるのはクロコダイルっぽいですが、当作品ではミンゴがバリバリ意識していく感じですね。
でもクロは再会一言目に「誰かしら?」からの「ごめんなさいね。まったく覚えていないわ」でチェックメイト。

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