砂漠の姫君   作:由峰

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私はギャグテイストもドシリアスな蹂躙も大好きです。


大海賊時代
五話 井の中の吠えし蛙は知る 1/


 海上レストラン「バラティエ」には一つの噂があった。

 曰く──王侯貴族は当然のこと、海軍や政府関係者であっても立ち入れないVIP席があるという。其処はオーナーに認められた一握りの、或いはたったひとりの海賊がための席だと伝え広まっていた。

 それを耳にした常連客たちは云う。

 

「金なら払う。私をVIP席へ案内しろ」

 

 アタッシュケースに大金を詰め、どうだと誇らし気に宣う常連客たち。対して店側はいつも同じ返答を放つ。「そんな席はない」「ただの噂だ」と否定するばかりだ。そこで納得する者は、存外に噂だと分かっていながら試す者たちであった。

 皆がそうであれば、店側としても大層に楽であったろう。

 されど中には本気で「自分が客として認められていない」という思いに駆られ、力尽くでVIP席を求める愚か者たちがいた。そんな者らを同じく力尽くで追い返すバラティエのコックたちは、いつの頃からか東の海(イーストブルー)最強の戦闘調理師(バトルコック)と呼ばれ畏れられる存在へ至ってしまう。

 

「どォしてくれんだバカタレ」

「知らないわよ老いぼれ」

 

 時は大海賊時代。

 ロジャーの死後──二十二年の月日が後に物語は始まる。

 

 

 

 

 鼻腔をくすぐる香り高い珈琲は「挽きたてです」と耳にしていた。

 読書へ耽るクロはそれを至高だと思う。なればお供としてテーブルを飾る色とりどりな菓子や、最高品質の材料だけで作られたケーキの数々は至宝だ。背景音楽に添えられた優雅なクラシックは芸術的財宝で、深く腰掛けたソファーは特一級の出来栄であり極上品。窓から差し込む陽光は宝石のように美しく、手にはようやく見つけた幻の書物が一冊。

 其処には、クロにとって至福の全てが存在していた。

 クロが本から顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かいのソファーには旧友であるオルビアの姿がある。彼女が紅茶を楽しみつつ、愛娘のロビンとふたりで考古学談義に花を咲かせる姿は幸せそうだ。

 そこから視線を横へとずらせば、クロの義妹たちが喋々喃々ティータイムを謳歌していた。

 

「これが私専用「バレンタインスペシャル」よビビ! キャハハ」

「えぇ……ミキータそのパフェを全部食べるの?」

「ホロホロホロ! お前それ何人前だ? 太るぞ」

「平気よ! 私、ペローナと違って軽いもの。1kgよ!」

「はァ? 能力使ってだろーが! それなら私は1kgねえよ!?」

「ペローナは幽体だもんね……というかふたりはそれでいいの?」

「せっかくのアフタヌーン・ティーにイヤな会話ね。あ、茶柱」

「マリアンヌ……アンタ何でレストランに煎餅持ち込んでんのさ」

「違うわアルビダ。マリアンヌの煎餅はサンジ君が焼いたやつよ」

「そりゃホントかいザラ?」

「ええ。マリアンヌがお願いしたらすぐに出てきたわよ」

「へぇ~……アタシもなんか頼んでみようかねえ」

「サンジ君、私たちが来てる時は専属で何でもやってくれるわよ」

「契約しないで働く玩具よね。いっそ玩具にしてあげようかしら」

「うふふふ、シュガー? そういうこと云わないの」

「お姉ちゃんが隠れて色々と使ってるの知ってるわよ?」

「モネ、アンタは何頼んでんだい?」

「抹茶ミルクかき氷よ。彼のが一番美味しいのは何でかしら……」

玩具(かれ)が云ってたわ。葉っぱからすり潰してるって」

「…………シュガー、アンタせめて名前で呼んでやりなよ」

 

 三人寄れば姦しく、八人寄れば何ともはや賑やかしい。声を潜め、クロを気付かっているのは理解できた。それでもなお騒がしく思えるのは、若者ゆえのチカラであろうと息吐くクロは読書へ戻る。

 其処はバラティエの二階。世間でVIP席と実しやかに囁かれている、オーナーゼフがクロへの恩返しに造った特等席ならぬ特等空間であった。

 専用の扉を利用しなければ上がることすらできない隠し部屋。

 クロは其処へ、年に数回の頻度で義弟妹を率いて滞在していた。目的は義弟妹への労いが半分、もう半分は人材確保(スカウト)の仕事だ。

 バラティエを拠点として数日、長い時はひと月程であろう。

 其処からクロたちは東西南北の海へと散り、各々で賞金首や賞金稼ぎらを見極めてゆくのだ。そこでお眼鏡に適えば声を掛け、気に入らなければ個々人で対処していく。

 基準は特に存在しない。現にミキータやペローナ、マリアンヌなどは赤子の段階でクロに拾われているのだ。それを知っている面々は自身の直感という名の趣味趣向で、色々と持ち帰っては部下にするのが常であった。その結果、色物部隊が複数存在しクロを悩ませるのはご愛嬌だ。

 

「あ────っ!?」

「うるせえぞミキータ!? いきなり立つんじゃねえ!」

「あ!? ちょっとペローナ! カップ投げないでよ!?」

 

 不意に、騒がしくも穏やかな部屋にミキータの叫びが木霊した。全員の視線を一身に受けるミキータの手には一冊の雑誌。そこで皆がいつものことだと視線を逸らした数秒後。クロの頭に柔い感触が載り、首元に細く白い腕が絡みついた。

 

「おっねえっ様~?」

 

 非常に甘い猫撫で声のミキータは、遠慮無用と読書中のクロへ抱きつく。そうしてクロが読む本の上に自身の雑誌を重ね、とある見出しを指差し告げた。

 

「私これ欲しいな~? 帰りにローグタウンへ行きましょ?」

 

 それは暗に買ってくれというお強請りと航路の変更要請だ。クロたちの帰宅ルートは凪の海(カームベルト)を行く強行であり、道中に街は一切存在しない。もとより帰れば世界中の店が出揃うアラバスタを家にするバロックデゼルト海賊団である。わざわざ進路を変更してまでローグタウンへ行く必要性はなかったがしかし。

 その点はミキータの指し示す一文が理由を教えていた。

 

「「東の海限定フルーツデザイン! 個数に限りあり!」ねぇ」

「ね! ね! お姉さまいいでしょ!? 行きましょ~」

「あいっかわらずセンスねーなァミキータ……」

「ハァ~!? ペローナに云われたくないんだけど!」

 

 示された一文をどうでもよさそうに読み上げたクロは、自身の頭に豊かな胸を載せたまま親友と云い合うミキータに云う。

 

「良いけど……行かなくても取り寄せできるわよ?」

 

 アラバスタで裏表問わず総合企業を統括するクロにかかれば、何処の何であろうと正規品ならば直ぐに持って来ることは可能だ。無論、非正規品であろうと手間はかかるが可能である。

 それをミキータは良しとしなかった。

 曰く──限定品は直接手に入れるからこそ限定の価値があり、楽して手にしたそれは限定ではなくなるらしい。ミキータは云う。それでは意味がないのだと、熱くうるさく熱弁した。その間クロを抱き人形よろしく抱える姿は、バロックデゼルト海賊団の日常である。

 

「はいはい、分かったから。ドロフィーが戻り次第に行くから下ろして頂戴。私はお人形じゃないのよ?」

 

 もはや呆れ果てたクロは投げやりに了承。すると我関せずに成り行きを見ていた全員が、一斉に動き出した。皆が手元へ取り出したのは観光雑誌や商標カタログといった代物であり、意味する所は一つである。

 

「…………あなたたち、たまには自分で買いなさいよ」

 

 給料という名のお小遣いを制限無しで貰える一同は、しかしてクロに買って貰うことを何よりも楽しみにしているらしい。

 

 

 

 

 ローグタウンでのお強請り品を皆が決めてしばらく。

 バラティエが乙女の園は心地良い静寂に包まれていた。

 騒がしかったミキータやペローナはゴシップ雑誌に夢中となり、ビビや他の面々もそれぞれに好きな本を手に読書へ耽る。クロの影響なのかバロックデゼルト海賊団の幹部人──ビビは友人枠であり謂わば国賓である──には読書家が多く、その結果として静寂に包まれることが多々あった。

 その時間をこよなく愛するクロは、今この瞬間を邪魔する者が現れれば一切の躊躇なく殺すであろう。それが身内ならば見逃すであろうがしかし、もしも敵対勢力やそれに準ずる存在であったならば────。

 

────プルプルプルップルプルプルッ

 

 そうして卓上のでんでん虫は鳴き出した。

 死んだような瞳が潤んでいるのは、クロの放つ殺気のせいか否かは分からない。心做しか鳴き声が泣き声に聞こえなくもなく、事実としてクロを除いた面々は哀れみの視線をでんでん虫へ向けていた。

 

────プルプルプるっぷるぷるぷるぅ……

 

 誰がどう見繕ってもでんでん虫は泣いていたが、しかして誰も何も云わずにクロを見遣る。クロはしばし目を閉じて深呼吸一つ。彼女は成長していた。少なくとも、極端な八つ当たりや短気は起こさなくなったのだ。

 

────……がちゃっ

 

 で、あれば。後は最悪の瞬間に掛けてきた人物次第であろう。

 皆が「誰だろうか?」と興味を抱く中で、響き渡った第一声は全員を絶望させるに十二分であった。

 

《ワシじゃ!》

『─────(このタイミングでガープッ!?)』

 

 オルビアが、ロビンが、隣の席の全員が急ぎクロから遠ざかる。この後の展開なぞ見聞色の未来視を使うまでもなく分かるであろう。今は味方でも突き詰めれば敵対者同士、その上で水と油よりも相性の悪いふたりが仲良しこよしな訳がない──はずであった。

 

「あらお疲れ様。調子はどう?」

『────!?』

《うむ! 絶好調じゃわい!》

「それはなによりね」

『────!!?』

 

 クロは穏やかに、それこそ義妹や義弟を労うような雰囲気で応対した。これにはオルビアを筆頭に誰もが困惑し、互いに見合うも全員が首を横へと振り合う。

 そんな義妹たちを尻目に、クロは微笑みながら受話器を握る。

 

《おう! で、報告なんじゃが》

「ええ」

《お前さんの云っとったモンは全部見つけたわい》

 

 与太話じゃなかったと付け足した受話器の向こうの言葉に、クロの口唇は綺麗な三日月を描き出す。その間も受話器の向こうからは次々と情報が齎され、クロは時折り相槌を入れつつ耳を傾けた。

 

《それでじゃな。まず場所は三箇所じゃ。それぞれ────》

「────それは今度で良いわよ」

 

 話の途中でクロは云う。

 聞くべき場所は此処ではないと、相応しい場所で話し合おうと声穏やかに告げた。

 

《ぬっそうじゃな》

「それで、全部ってことはもちろん石や予定表も?」

 

 クロの真意を、言葉の裏を読み取ったガープは質問に一言で返してゆく。

 肯定だ。

 そこからクロの投げる全てに肯定を返し続けるガープは、受話器の向こうで戦慄していた。ガープが肯定しかしないということは、裏を返せばクロの予測が全て正しいことを示すのだ。受話器を持つガープですら機密情報室へと赴き、ようやっとの思いで手に入れた情報。その中には、どうやっても部外者では知り得ないであろう情報もあった。

 それらをまるで見てきたようにスラスラと「予想だ」「予測だ」と云いながらも皆中させるクロの頭脳は、果たして何を見通しているのかガープには一切分からない。

 

「そう。ご苦労さま」

 

 それから十分程で会話は終りを迎えた。

 内容を理解できたのはクロとガープのふたりだけだ。クロとともにいた面々は終始、その目を白黒させつつ沈黙するのみであったがしかし。最後の最後で一番重要な真相は明かされた。

 

《おう! じゃあ────》

「待ちなさい。そろそろ山猿(オリジナル)本部(そっち)に戻るみたいなの。迎えを出すから一旦戻って頂戴。あれは鼻が利きすぎるわ」

『(ん? オリジナル?)』

《ウェイ!? じょ~ダンじゃなァいわよ───う!?》

『(お前かベンサムぅ────!!?)』

 

 クロの義弟がひとりベンサム。

 その素顔を知るのは幼少から共に育った義兄弟姉妹たちのみであり、近年では素顔を誰にも晒さず生きる潜入のスペシャリストだ。しかして特徴的な地の口調から正体を見破られること多数。仕事でこそ失敗はないものの、クロが常に不安を覚える人員のひとりであった。

 

「…………ガープ?」

《ハッ!? んっん! うむ! 心得た!》

 

 クロからの受話器越しにも伝わる圧力で取り繕ったベンサムは、相当に焦っているのであろう。受話器の向こうからはドッタンガッタンと派手な音が鳴り響く。

 

「……不安だわ」

『(あ、お姉さま本気で不安がってる)』

《大丈夫じゃよ~ぅ?》

「混ざっているわよ」

《大丈夫よーう!》

『そっちじゃない!』

「オイ、テメェガープ巫山戯るなよ?」

 

 思わず剥がれたクロの鍍金(りせい)は、されどベンサムをガープと呼ぶに留める辺りが年季の違いであろう。義妹たちも終には突っ込んでしまったが、名前を呼び違うようなヘマはしなかった。すれば後が怖いのだから然もありなん。クロの英才教育は一部を除き然と義弟妹に行き届いていた。

 

《スワ……すまん! ちぃと気が抜けてしもうたわい!》

「はぁ……まあ良いわ。それじゃあ────」

 

 気をつけてね────そう続くはずの言葉はしかし、突如として襲いかかった砲撃により遮られた。

 

 

 

 

 

◇Ex

 

 

 

 

 

《はぁ……まあ良いわ。それじゃあドガァァァ────ガチャ》

「え? オイ? ちょっと? お姉さま? お姉さまァん!?」

「ん? ガープ中将どうかされましたか?」

「お姉さまがァァァ────!?」

「ガープ中将が壊れたァァ────!?」









・オルビア
 クロの友人的存在であり世話役
 昔海で助けられた
 その後、石碑を追うクロと世界を巡る
 世界の真実を知るひとり────?
 戦闘力はあまりないが、賢く戦場を生きる
 六式──無し
 覇気──見聞色
 

・ドロフィー(ミス・メリークリスマス)
 クロが拾ってきた子どもの大半を育てた母ちゃん
 スカウトされたひとり
 戦闘力は新世界でも通じるが本領は陸地
 モグモグの実の能力者
 六式──鉄塊、指銃──派生持ち
 覇気──武装色、見聞色


義妹一覧


・ロビン
 オルビアの娘
 母の後を追い考古学の道を行く
 クロ姉さん大好きっ子
 砂の学舎、スナスナ団リーダー
 ハナハナの実の能力者
 六式──免許皆伝、独自の派生在り
 覇気──武装色 見聞色

・ザラ(ミス・ダブルフィンガー)
 幼い頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉さん大好きっ子
 トゲトゲの実の能力者
 六式──免許皆伝、独自の派生在り
 覇気──武装色、見聞色

・ミキータ(ミス・バレンタイン)
 赤ん坊の頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロお姉さまにべったり
 ペローナとは親友
 キロキロの実の能力者
 六式──免許皆伝、独自の派生在り
 覇気──武装色、見聞色

・マリアンヌ(ミス・ゴールデンウィーク)
 赤ん坊の頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉大好きだけどクールに生きる
 特殊能力者
 画家として稼ぐ偉い子
 六式──剃、月歩
 覇気──見聞色

・ペローナ
 赤ん坊の頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉様大好きっ子
 ミキータとは親友
 ホロホロの実の能力者
 六式──指銃、嵐脚、剃、生命帰還
 覇気──武装色、見聞色

・モネ
 子供の頃シュガー共にクロに助けられる
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉さん大好きっ子だけどシュガーの方が好き
 ユキユキの実の能力者
 六式──免許皆伝、派生在り
 覇気──武装色、見聞色

・シュガー
 赤ん坊の頃モネ共にクロに助けられる
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉大好きモネも大好き
 非常に甘やかされて育った
 ホビホビの実の能力者
 六式──指銃、剃、月歩
 覇気──見聞色

・アルビダ
 子供の頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロ姉さん大好きっ子
 太りやすい体質とソバカスがコンプレックスだった
 クロに相談したところ悪魔の実を渡され困惑した経験がる
 スベスベの実の能力者
 六式──免許皆伝、独自の派生在り
 覇気──武装色、見聞色


義弟一覧


・ベンサム(Mr.2ボン・クレー)
 子供の頃クロに拾われた
 砂の学舎、スナスナ団所属
 とんでも拳法使いのオカマ
 新世界?散歩がてら行けるわよん
 クロお姉さま大好きよん
 ブルーノ、ダズとはマブダチ
 西へ東へ潜入ならお手の物
 マネマネの実の覚醒者(クロにより半強制覚醒)
 六式──免許皆伝、独自の派生在り
 覇気──覇王色、武装色、見聞色、流桜


関係者


・ビビ
 アラバスタのお姫様
 物心がついた頃にはクロが側にいた
 幼少時は本気でクロを姉だと認識
 違うと知ると義妹を宣言する
 周囲はクロを含めてそれを止めている
 砂の学舎、スナスナ団所属
 クロが大好きで自分の英雄と呼ぶ
 戦闘力は意外に高く、東の海でなら最強を名乗ってもいいかも知れない
 六式──指銃、鉄塊、剃、月歩、嵐脚
 覇気──無し









気合で書き上げました。
お見苦しい部分が残っているやも知れません。
見かけたら申し訳無いのですが、訂正をばよろしくです。
次の更新を……今週中に頑張りたい。

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