砂漠の姫君   作:豊饒 ゆう

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どうしても年内に一話上げたかった為、無理くり投稿させて下さい。
なぜか当作品だけが書けないこの頃。鬱々としながらも頑張ってます。
中途半端になっていますが、次でバラティエ編は終わると思います。












七話 井の中の吠えし蛙は知る 3/

1.

 

 

────十年前。

 華やかな喧騒と仲間の言葉を背にした男は進む。

 道中、脇目に阿鼻叫喚や歓天喜地の群像劇を眺めて苦笑するのはお約束。男もまた其の場へ足繁く通っていた時期、彼らのように叫んで泣いて時には呵々大笑。仲間と皆で狂ったように遊んで過ごしていた。

 

 其処は偉大なる航路(グランドライン)前半の海(パラダイス)はサンディ(アイランド)

 王下七武海最強を謳われる怪物の支配都市にして政府公認完全中立地帯。海兵海賊凶悪犯。泥棒殺し屋なんであれ、役職立場に権威すら通じない無法領域の名を────レインベガス。『夢』と『希望』と『絶望』が同居する『夢の都市』と称される海賊の治める地だ────。

 

 男が偉大なる船を降り、自らの船を持って十年以上。夢の都市は男や男の仲間にとってある意味、海よりも危険極まる冒険を犯した場所であった。

 

「……借金返せてよかったよ、ほんと」

 

 男は顔が引き攣るのを自覚しながら思わず呟いた。

 未だ背後から届く喧騒に紛れ、霞と消えた言葉は心の底から湧く安堵。もしもの可能性を考慮した時、男はぞっとしなかった。

 男は知っていたのだ。

 綺羅びやかで絢爛な其の場所は、光と闇で二分された境界線上に築かれる楽園。光の届かぬ場所へ目を向ければ、其処にあるのは地獄でしかないと理解していた。

 その在り方を否定しない男はぼやく。

 

「海賊だ、おれも……今や英雄と呼ばれるおまえもな」

 

 感慨深く、或いは懐古熟考。黙々と歩んだ男は立ち止まる。

 先までの喧騒が幻聴よろしく終ぞ届かない其処は、関係者以外立ち入り禁止とされた従業員区画の最奥。オーナールームの入り口前だ。

 表の店とは打って変わった質素極まる二枚扉。粧飾すら施されない木製の扉は、男が押せば軽い感触と軋みを上げて呆気なく開いた。

 その先に覗くのは地下へと続く階段。ポッカリと空いた灯り一つ灯らない、地獄の入り口を思わせる細道だ。

 

「もう少しなんとかならないのか……」

 

 頬を撫ぜた空気に男は一息。

 勝手知ったるなんとやら、躊躇い見せずに降りて行く。

 奥底を覗けない通路は酷く冷えて乾燥しており、光のない道すがらは足音だけが厭に響き続けた。

 

「相も変わらず砂漠とは思えないな……まるで魚人島だ」

 

 陰鬱な石階段を下って数分。ようやく開放された男は道中が嘘のような別天地に迎えられ、ただただ深く感嘆を零していた。

 

 四方上下を硝子で覆われる、水中へ造られた硝子の箱部屋。書斎を思わせる部屋の外ではサンディ島の固有種、部屋の主のお気に入りとされる巨大生物────バナナワニが悠然と泳いでいる。

 それを遠目に男は心構えていた。

 方々から突き刺さる海獣たちの『意を隠した獲物を狙う視線』に身を引き締め、静かに生け簀へ築かれた部屋の主を見遣る。

 

「またすごい格好だな……」

 

 部屋の中央に置かれた硝子テーブルを挟んで向かい合う大型ソファー。男が立つ背後の扉からもっとも遠い上座に、目的である部屋の主は寝そべっていた。

 無警戒で裸も同然なシースルーのベビードールを派手に着崩し、局部のみが隠れたあられもない格好の少女。普段はセットされている濡羽色の黒髪は無造作に垂れ下がり、表情からは見るからにやる気が窺い知れない。

 まるで何度も読み返した本を仕方なく、やることがそれしかないからといった風に読んでいた。

 

(不機嫌か? タイミングを誤ったかもしれんな)

 

 男は思う。

 視線の先の幼子がごとき部屋の主は、無類にして比類無き活字中毒者である。文字であればゴシップに塗れた三流記事ですら嬉々として読み、稀書を買い付けるためならば億単位の金すら惜しまない人間だ。

 そんな読書狂が本を手に退屈するなど余程の事態であろう。

 男は考えていた。

 果たして出直すべきか否か、吟味せずにはいられないのだ。

 

「この本はダメね」

 

 男が動かなくなって十数秒、不意に鈴の音が転がり響く。

 それは静かでいて、しかし思考に潜った男の意識を引き上げるには十二分の女声。伏せた瞼を男が開き見れば、少女は先と変わらぬ体勢のままに言葉を紡いだ。

 

「すべてがダメ。『空想』と『願望』で組み立てた『虚構』をあたかも真実として書き綴るなんて……『空島はお伽噺である』────? クハッ これならいっそ、こども達の思い描いた夢想作文を読んでいた方がよっぽど為になるわよ」

 

 男は言外に同意を求められた気がして、未だに顔を上げない少女の言葉を繋いだ。

 

「おまえの所のこども達は賢いからな……将来は小説家になる奴がいても不思議じゃない」

 

 少女は笑った。

 クスリと楽し気に、先の悪態が嘘のように微笑んだ。

 それは自分預かりのこどもが褒められたゆえ、或いは「いつか自分の本を書きたい」と語った未来の作家を思い出したからなのかは分からない。

 ただ、空気は先より弛緩した。

 それは確かだ。

 

「立場を弁えない阿呆の来訪……先触れもなしに来るものだから、部下たちが右往左往と鬱陶しくてね」

 

 ゆっくりと少女は起き上がる。

 乱れたベビードールをぞんざいに整え、手櫛で髪を掻き上げる姿は妙に艶めかしい。

 

「ふぁっ……んー、それで」

 

 ぐっと伸びを一つ、ようやく互いが顔を見合わせ言葉を交わす。

 

「本当は嫌味を百ほど連ねてから、海軍に突き出そうかとも思っていたのだけれど……やめておくわ」

「…………いや、すまない。突然の来訪を詫びよう」

 

 一筋の汗が男の頬を這って落ちゆく。

 読書家ゆえに博識で、頭の回転も早く弁が立つ人種。知識人の口撃など碌な結末にならないことは請け合いであろう。

 偶然とは云え危機を脱した男はそっと息吐いた。

 それを見て少女は静かに溜飲を下げたらしい。

 

「クハハ……いいわ。それで?」

 

 少女の問い。

 視線は外套に覆われる男の左腕へ向け、何かを見透かすように笑って云った。或いはすでに知ってるのかもしれない。

 男は苦笑を一つ。

 右手で左肩を撫でつけ、ばつ悪そうに返した。

 

「ああ、何……いや、少し話がな……座っても?」

「……ええ、いいわよ」

 

 男の返答に逡巡していた少女は頷く。

 次いで、ソファーの端に置いた硝子のベルを手に取った。

 繊細な模様の浮き出す芸術的付加価値の伺える代物だ。

 

「こちらに」

 

 澄んだ硝子の調が鳴り響いた直後。ソファーへ寄り添うようにひとりの男が立っていた。

 縁無しの丸眼鏡。一寸の乱れもなく整えられ、後ろへ撫で付け流される黒い髪。身体の線は非常に細く、ネコ科の黒豹を思わせる神経質そうな燕尾服の優男。彼は優雅に一礼した姿勢のまま、呼び出した少女の言葉を待っていた。

 

「お客様よ」

 

 一言で全てを理解したのであろう。

 燕尾服の優男は音もなく姿を消す。

 

「あれは? あんなヤツいなかったろう」

 

 一連の流れに少女と対面するソファーへ腰掛けつつ男は尋ねた。

 男は屈指の海賊、何なら一流の大海賊だ。艱難辛苦はもちろん激戦激闘を繰り広げ、数多の死線を潜り踏破した猛者のひとりでもあった。敵無しとは云わないまでも、名すら知られぬ執事に出し抜かれては堪らないのだ。

 

「執事よ」

 

 対して少女から返る端的で実に見たままの回答。男は堪らず「そうじゃない」と首を振って否定する。

 無論、そんなことは少女も承知の上であろう。

 

「失礼致しました。私はクロ様にお仕えさせて頂いております、クラハドールと申します。以後お見知り置き下さい────赤髪のシャンクス殿」

「ッ────!?」

 

 一瞬だ。

 男の────シャンクスの背後に執事は泰然と立っていた。

 知らず中腰で腰へ刺した剣の柄に手を伸ばすシャンクス。彼は視界の隅で楽しそうにコロコロと笑う少女────クロを見てようやっと気付く。

 

「自己紹介は本人同士がしないと……ねえ? 赤髪」

 

 これら一連の流れはすべてクロによる意趣返しだ。突然の来訪に対するささやかな腹いせ。そう考えれば色々な説明がつくとシャンクスは思考を回す。

 

「……いい性格だ」

「あら、ありがとう。よく云われるのよ? クハハ」

 

 先にクロは云っていた。「部下たちが右往左往と鬱陶しくてね」と、然と口にしている。にもかかわらず、彼がこの場へ着くまで一切の混乱は疎か見張りのひとりもいなかった。

 本来ならば有り得ない。

 いくらクロ本人が強くとも、通路に見張りのひとりは立てる。

 事実。以前シャンクスが訪れた際には然と見張りが立っていたのだからさもありなん。

 つまる所。シャンクスの来訪に伴い、クロは最初からすべてをクラハドールに一任したのであろう。

 

「…………執事にしちゃあ、随分と気配を殺すのが上手い」

「私の戦闘執事(バトラー)だもの」

「恐れ入りますシャンクス殿。それとお嬢様、私はただの執事であって戦闘執事には御座いません」

 

 執事の優男クラハドール曰く。

 彼はシャンクスが街へ踏み込んだ瞬間から、ずっとクロに呼ばれるまでシャンクスの背後にいたらしい。蓋を開けてみればそれだけの話であった。

 

「つけるような真似をしてしまい申し訳ありません」

「クハハ、油断大敵よ」

「…………していたつもりはないんだがな」

 

 クラハドールは掌底で眼鏡を押上げる独特の動きを披露しつつ、クロとシャンクスの前にグラスを並べてゆく。所作は洗練されており、一国の王に仕える者とも差異はないであろう。

 むしろ音を一切立てずに極限まで気配を消したクラハドールの方が、一枚も二枚も上手であるとシャンクスには思えてならなかった。

 

「ここは本当に人材が豊富だな……」

「そう? 白ひげ一家ほどじゃないわ」

「…………どうだかな」

 

 質は白ひげが上を行き、総合力ないし組織力では確実にバロックデゼルト海賊団が上回っている。少なくともシャンクスはそのように睨んでいた。

 

「まあいいわ。それじゃあ話して頂戴? その落とし物をした経緯とか、誰にくれてやったのか、とか色々とね?」

 

 出されたグラスを片手にクロは云う。

 視線をシャンクスの左腕があった場所へ釘付け、心底おもしろい物を見つけた風に愉しげだ。

 

「そのためにはまず、ひとりの少年の話を聞いてくれ」

「少年? それは東の海(イーストブルー)のお話かしら」

「ああ、これは小さな村で起きた……伝説の始まりかも知れない物語の序章なんだ」

 

 グラスを取り、口を濡らして語り始めたシャンクス。

 彼はどこか懐かしそうに、そして楽しそうに物語を紡いでいった。

 

 

2.

 

 

 仰げば広がる晴天に怒気を隠さずクロは舌打った。

 遠い海鳥の囀りが余計に苛立ちへ拍車を掛けてゆく。

 溜め息一つ。彼女は徐ろに視線を下げた。

 見下ろし眺めた先に広がる其処は廃墟。天井や壁を形成していた木材が山となり、特別に拵えた本棚と家具の数々はゴミ山を形作っている。

 辛うじて書斎の面影を残していた一部は今、吹き込んだ一陣の潮風によって崩れ落ちた。少しなりとも無事であったことを喜んだ、()()の眼前で()()()()と化してしまう。

 それがとどめ、撃鉄は落とされた────。

 

「…………ッ、ッ~~~、ッ──────!」

 

 二度目の舌打ちは舌打ちに非ず。否、成らず。

 知恵者をして言葉にならない憤怒の感情。小さな口から発露する魂の叫び。声帯を通しているのかも怪しい咆哮。或いは絶叫、もしくは断末魔の叫びすら超えた超声。一四〇センチにも満たない小柄な体躯から想像を絶する衝撃────否、声撃は撃ち放たれた。

 

 刹那────。

 

 大気が爆ぜ飛ぶ。

 声撃による振動は伝播拡散。船を軋ませ、海を波立て、雲を押し退け、世界を揺らして広がり続けた。

 それは戦い慣れたクロの妹たちをして、耳を塞ぐ他に抗えない無差別広範囲攻撃。例え当人は爆発した怒りの発散をしているに過ぎずとも、チカラを有する強者(クロコダイル)の振る舞いは等しく弱者にとって立派な猛威であった。

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」

 

 声撃は尚も音階を上げてゆき、終には超音波の領域へと至る。

 硝子を砕き、山となった廃材を粉砕。空の鳥をも気絶させた音撃は、抗う術なき人間の意識を容赦なく奪い去っていった。

 

「──────、ハァ、ハァ、ハァ…………」

 

 時間にして数十秒。

 局所的怪奇現象を引き起こした元凶の息は酷く荒れていた。華奢で剥き出しの肩を上下させ、両膝へ手を付き項垂れる姿は疲労困憊。直立すら困難を極めた状態は、クロにとって久方ぶりの()()()であった。

 

「スゥゥゥ────…………、フゥゥゥ────…………ッ」

 

 一呼吸。

 深く吸い込んだ空気を体内で循環、一息で吐き出し呼吸を強制的に抑える術。武術に用いられる独特の呼吸法を実践すれば、先までの無様が霞と消え失せ覇気に満ちた覇王は再臨していた。

 顔へ微笑を湛える彼女の立ち絵はまさしく姫君だ。反して黄金色に輝く爬虫綱の双眸は、妖光が爛々灯り獲物を捉えて離さない。

 

モンキー・D・ルフィ────…………」

 

 一字一句を明確に口から零したクロは嗤う。

 殺すと定めて奪うに決めた()()へ従い、口端の歪んだ美しい凶貌で()みを深める。獰猛に、凶悪に、狂気的に弧を描く薄い唇。薄桃色の口唇から剥き出した真白い歯は、自然と見た者へ深紅を幻視連想させてゆく。赤よりも深い、色濃く鮮烈な血の色を────。

 

「う、ぁ……お、お姉……さ、ま」

 

 怒髪衝天鬼哭啾啾、短慮軽率一筆抹殺。

 今まさに激情へ駆られて動きださんとしたクロは直前。踏み出す際で耳へ届いた女声に向けて、僅かな理性の全てを割いて動く。視線を海の麦わら帽子から横へと薙ぎ向け、開く瞳孔に映し出すのは死屍累々と倒れ伏す妹たちであった。

 

「く、クロ……ねえさ、ま」

「み、みず……おね、」

 

 彼女等は苦し気に悶え、肌は干からび水気を喪失。身体が徐々に痩けつつあるのは、未だクロの覚醒に依る能力が漏れ出す証拠だ。

 掠れた声で手を伸ばす姿は痛ましく、ともすれば恐ろしい光景であった。

 

「嗚呼、」

 

 クロは思わず呆れの吐息を零す。

 彼女たちに、ではない。

 成長しない自分自身へ向けたものだ。

 二度に渡る続け様の暴走、感情に呑まれて消えゆく理性。成長の兆しが窺えない自らの短気っぷりに、クロは終に頭を抱えて唸った。

 

「……くは、無様ね」

 

 よくよくクロが足元を覗き見れば、砂漠化ないし風化現象は緩やかでありながらも蕩蕩と進み続けて行く。既に床は侵され尽くして砂上も同然。見渡せば壁を伝い天井すらも侵食し始めていた理不尽な砂化(チカラ)は、バラティエ全体へと及んでいても不思議ない程であった。

 

「チカラは増しても御せなければただの害でしかない……これじゃあそのうち自滅してしまうわね」

 

 自嘲気味に呟くクロは一転、纏う殺意を霧散させた。

 瞳へ再び麦わら帽子を映したものの一瞬。瞑目しながら頭を振るって一息挟み、瞳を開ければ穏やかな表情とともに開口した。

 

「ごめんなさいね……すぐに治すわ」

 

 足取り軽く羽根の様に砂上を行き、倒れて手を伸ばすミキータへ寄るクロ。彼女は義妹に()()で触れるや否や、己のが絶対たるチカラを行使実行してみせた。

 

生潤の左手(ラ・ヴィータ・シニストラ)

 

 それはクロに許された与奪のチカラ。

 悪魔と呼ぶに相応しい、超常の域へと昇華された絶技が一。

 

 全てを奪い乾かす右手────死乾の右手(ラ・モルテ・デストラ)

 潤いを分け与える左手────生潤の左手。

 

 左右一対で生死を表した、砂漠を体現する能力の一つであった。

 ゆえに効果は激的で、変化は酷く著しい。

 

「ぅっ、づ……んぐ、あ」

 

 枯れ木も同然と成っていたミキータの身体が、逆再生された映像が如き勢いで元へと戻ってゆく。

 無論、彼女だけではない。

 クロの左掌が触れた者から順々に、朽ちた木乃伊の様相から一変。瑞々しく麗しい美貌を取り戻していった。

 それこそが生潤の左手────。

 自らの()()()()()()()()()()()()()()、与奪の与であった。

 

「死ぬかと思ったわ」

「悪かったわよ。ごめんなさい」

 

 義妹たちが生還を喜び合う中、クロへ言葉を突き刺すオルビア。

 クロの友人だけあって物怖じしない彼女は、海の向こうの麦わら帽子を静かに見詰めていた。

 

「船と海に麦わら帽子、懐かしい光景だわ…………行くの?」

「ええ」

「あの子、赤髪のお気に入りでしょ? 帽子と腕を懸ける程よ」

「関係ないわね」

「四皇と戦争になるかもしれないわ」

「案外、私があっさり負けるかもしれないわよ? クハハハッ」

 

 隣に立ち並んだクロへ連投されるオルビアの問答。言外に「殺すのか」を問うて来たと知りながらも、クロは態と嗤ってはぐらかしていた。

 

「Dの意志は……運命は彼に味方すると思う?」

 

 それを承知したがゆえの質問であろう。

 オルビアの双眸は海からクロへと向き直り、嘘偽りは許さんとばかりに睥睨していた。

 

「……クハッ! 私があれを殺し損ねたのなら、そうなのかもね?」

 

 一瞬の間。()()()()て答えに窮したクロはしかし、瞬きの間に知ったことかと嗤って告げた。

 

「運命なんて不確かなモノは私の計画に一切不要。邪魔をするのなら神であれ何であれ────」

 

 言葉途中で壁の向こうへ踏み出すクロは後眼に、オルビアへ向けて然と聞こえるように宣言した。

 

────鏖殺(みなごろ)

 

 直後────。

 クロは風と成った。

 踏み出す一歩は宙を蹴りつけ海上をゆく。

 月歩と剃の合せ技を通常歩法と同義で行う彼女は、キロ単位を秒単位で移動する真正の怪物であった。

 

「運命? くだらない」

 

 風切り音を耳に嗤うクロの行き先は敵船上だ。

 バラティエから一足、秒と掛けずに彼女は其処へ舞い降り立つ。

 羊船首のキャラヴェル船、其の真新しい船の縁。白の手摺へ爪先立って白いキャミワンピースでカーテシー。頭を垂れた彼女の姿は気品に満ちて神々しく、しかしどこか作り物臭い違和感が漂う。

 

「うぉ! って、こども!? ルフィのアニキどうしやしょう!」

「ゾロのアニキどうしやすか!?」

「今その娘いきなり現れたわよ!? 次から次へと何なのよ!」

「ぎゃああああ!? 砲弾と噴雪と奇声の次はこどもだぁああ!」

 

 蛙鳴蝉噪無為無能。

 船の総勢六名が各々に言葉を発する中で、騒ぎの元凶たるクロは静かに船首を見つめ続けていた。

 

「ん? なんだ?」 

 

 其処へ立つ麦わら帽子を冠った少年は、年の頃を十代中半から後半程。身の運びは素人同然であり、風格も無ければ強者特有の気配もなかった。

 覇気を感じさせない様子も隠している風ではなく、純粋に知らないのであろうとクロは結論付ける。

 

「…………()()に戦いのいろはは教えてもらえなかったのかしら? ────モンキー・D・ルフィ

「え!? お前シャンクスの知り合いなのか!」

 

 喜色満面。

 焦がれているであろう筈の名前をクロが出せば、片手に帽子を押さえて船首より飛び降りた少年────ルフィ。彼は心の底から嬉し気にしており、仲間と思わしき者たちの静止を振り切ってクロへ駆け寄った。否、振り切ったのではなく「聞こえていない」が正しいのかもしれない。

 

「おいルフィ! バカ止まれッ!?」

「待ちなさいルフィッ!」

「ルフィ、そいつ変だぞぉぉ!?」

『危険だルフィの兄貴!?』

 

 目先の事に囚われたルフィ、彼以外は勘付いたのであろう。

 クロの不穏な空気と気配。何よりも睥睨している瞳に“人間が映っていない”ことを、生物として直感したに違いない。

 事実、それは間違っていなかった。

 クロにとっては有象無象。掃いて捨てる程に蔓延った一海賊に過ぎず、例え赤髪のお気に入りであろうとも彼女は一切介さない。ゆえに────。

 

「なあ! おれシャン────」

「────砂礫(スナイプ)

 

 刹那の時。

 指先をルフィへ向けたクロは躊躇なく撃ち放つ。

 それは礫。砂を圧縮して形作られた、彼女の指先よりも小さな砂塊。二センチにも満たない砂の弾丸は、コンマ一秒を掛けずしてルフィの額へ直撃する。

 

「──────」

 

 ルフィの声は上がらなかった。

 頭部を後方へと跳ね飛ばされ、冠った麦わら帽子が宙を舞う。

 彼は仲間の悲鳴に近い呼び掛けへも応えず、派手に転がり元いた船首付近で横たわる。

 

 船に終焉を告げる幕は落ちた────。














この後の展開がどうしても上手く表現できずに、書き直してを繰り返しております。
書き上がるまでどうか広い心でお待ち頂けると幸いです。

それでは皆様、来年もよろしくお願いいたします。

*ルフィ生きてます
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