王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第10話 決断

火神は視聴覚室での用事も済み、そしてその後も、色んな運動部に勧誘を受けていたのも断り終えて……、何故か廊下で悶えていた。

 

「(烏野だぞ! あの烏野高校に来たんだぞ!! 中学生の時は翔陽くらいしかいなかったし、最後に影山とか、それに清水先輩とかに ちょこっとあっただけだった! でもほら、今あの烏野にいるんだぞっっ! いわば本番なんだぞっっ!? ここからすべてが始まるんだぞ!!)」

 

 

実は、日向に負けずと劣らない程、火神も興奮していた。それもかなり興奮していた。

手に持ってる紙の束、自分の物や頼まれた物等があるが、凄く落ちそうになっててもお構いなく。今にも、走り回ったり、大声を上げそうな勢いで。

 

 

 

 

そんな火神の中では今、遠い記憶を呼び起こしていた。

 

 

その記憶は直ぐに頭の中の 大切な記憶の棚の中から引き出される。

もう何度読んだか判らないハイキュー‼と言う名の漫画。そして アニメだって何度も何度も見ている。心に残るシーンは多すぎて語りきれない。当たり前だが、今この世界にハイキュー‼と言う漫画は存在しないから、もう脳内にのみインプットされている。いつでも頭の中で映像化できる。

 

あの作品からバレーに対する憧れが生まれ、バレーを始めた。

小学、中学、そして――高校では 春高まで行った。

負けはあったけれど、最後には全国制覇を成し遂げた。

 

 

 

 

 

 

1つの作品から、全国まで羽ばたく事が出来た。その切っ掛けがハイキュー‼だ。

 

 

 

 

ハイキュー‼以外にもバレーボールで好きなのは勿論他にも沢山ある。

Vリーグの選手の中にもたくさんもいたし、実際に会いに行けた事もある。対談した事もある。憧れの選手に会えた事。握手までしてもらったこと。

それも夢が叶ったと言っていい。

 

でも、今まさに体験しているのは、申し訳ないが それらを遥かに超える程のモノだった。

普通に考えたらあり得ない。………作者に会うのなら兎も角。

 

 

 

 

興奮しきってる火神は、ある意味、日向と種類は違えども、根幹は全然変わらないのかもしれない。

 

小さな巨人に憧れ、バレーの道へと踏み込んだ少年。

そのハイキュー‼と呼ばれる世界に魅入られ、バレーの道へと踏み込んだ少年。

 

世界線こそ違うが これはもう似たようなものだ。

 

 

 

 

ただ、日向と違う点はここから。

日向は一目散に烏野のバレー部へといったが、火神は尻込みしてしまっているという所。

 

 

「烏野のバレーを見てみたい……、傍で応援したい。生観戦したい……、でも、バレーも好き。大好き……。見てたら絶対やりたくなる。……それが烏野なら当然。でも、だが、しかし……ッッ」

 

 

うがぁ、と頭を振る火神。

傍から見たら、奇行を行ってる何処か危ない男に見えなくもない。事情を知らない者ならひいたり、遠巻きで 生暖かい視線を送ったり、をされててもおかしくない。

 

「……ちょっと」

 

そんな中で 今あげた対応以外。火神に直接声を掛ける者がいた。

 

「うぅぅぅぅ……、ど、どうするか。俺もバレー……。うぐぅ……」

「いい?」

「結構自信は、ある……。、負けない。頑張れる。でも、しかし……」

「…………」

 

何度か声を掛けてみたが、どうやら全く気付いてもらえないので、来訪者は 火神の肩を数度叩いた。

 

「っっ!?」

 

思わず、ひあっ!と声を出しそうになって飛びあがる様に振り向く火神。何とか奇声だけは防げた様子。

 

 

 

その先には――これまた見知った相手がいた。

 

 

 

「火神、誠也君。でいい?」

「あ、あれ……? えと……清水、先輩?? 何で俺?」

 

 

ばったり出会ったのは、悩みの種でもあった烏野のメンバーの1人。所謂レギュラーと呼ぶに相応しい人物だった。

 

「これ」

 

そっと差し出されたのは、今日先生からもらったばかりの重要事項が記載されたプリント。親に渡さないといけないものなので。

そして、名乗った覚えは無いのに名前が把握されていた理由も判明。

 

渡されたプリントには付箋紙が張られているから。1年5組 火神誠也宛 と。

 

 

「あ、ああ…… 落としちゃってたんですね。すみません。どうもありがとうございます」

「ん」

 

清水からそれを受け取って、頭を下げる火神。

火神をじっと見ていた清水は、紙を渡した後。

 

「バレー部。入らないの?」

 

火神に直球に切り込んできた。

 

「あ、いや……その……」

「日向翔陽君と貴方は、一緒だと思ってたから意外。……彼、もう行ってるみたいだけど」

「……アイツは、基本猪突猛進なんで。前しか見てないんです。怖いもの知らずって感じで。あ、でも 実は そうでもなかったりするかな。――ああ、何か俺とは違うな、その辺が」

 

火神は、苦笑いしながら廊下の天井を見上げた。

見ていたい気持ち、でも 一緒にプレイもしていたい気持ち。

 

なぜ迷うのか。一緒にいけば、どちらも得られる。どちらの夢も叶う。でも、なぜ、迷うのか。

 

 

「わかりきってる事だったんだなぁ」

 

 

至極単純だ。

烏野と言うチームの全てが好きだったから。

誰1人、見てない者なんていなかった。

人気投票みたいなのがあったけれど、入れてない。全員を選択できなかったから。

 

 

自分が入る事で、チームが変わってしまったら? と考えたら、……少しだけ怖い。

 

 

中学の時は、足りない部分を補う形だったから、興奮したものの割りと普通にできた。

 

でも、今回は違う。

なら、後ろからみていた方が一番いい形なのでは、とも考えていたんだ。

 

 

でも、バレーの経験は活きている。影山相手に戦ってみても、あのトスは兎も角、他は引けを取らなかった自信もある。決して侮ってる訳ではないが、それでも通用すると思う。

 

今更、バレーを外から見てるだけなんて、出来るのか? とも考えてしまう。

 

 

 

 

「何に悩んでるのかは聞かない。……でも」

 

 

 

清水は、そんな火神を見て言った。

清水にとって火神は バレーでは無名の中学卒業生だけど、超大型の新人プレイヤーだと思ってる。

普通に考えたら、中学で結果こそ残せなかったが、あれだけ出来れば高校でもするだろう。

でも、それはあくまで他人の考え。

本人にしかない葛藤の様なのがあったっておかしくない。

他人の考えを言うなら、あれだけ出来るのに、どうして、もっと成績を残してる有名な中学にいかなかったのか? というのもある。でも、火神は雪ヶ丘にいた。

そして、今は悩んでる。

 

清水は強制をするつもりはなかった。

 

 

入部届を主将である澤村に渡しに行ったあの時【雪ヶ丘中の火神を見かけた】と伝えた時、澤村達はかなり興奮していた。間違いなくバレー部に入ってくれるだろう、と。だから、清水に頼んだのだ。多分、まだ届けれてないだけだと思うから、直ぐに迎えに……と。ないとは思うが万が一 他の部活に取られる、のは考えたくないようで。

 

田中が一緒に行く! とだだ捏ねてたが【自分の仕事しなさい】と清水に言われて大人しくなったのは別の話。

 

 

そして今、火神が入るかどうかで悩んでいるのを見ている。

 

―――澤村達がかなり期待しているので申し訳ないが、強制はしない。

 

 

でも、言いたかった。

 

 

 

「私には諦めきれるとは思えない。……あの試合を見てたからかな。そう思う」

 

 

そう、清水は言いたかった。あの日、あの試合を見て 負けたけれど 最後の最後まで諦めず、最高のプレイをしようとチームを鼓舞し続けていた。……負けてしまっていたけれど、本当に楽しそうにバレーをしている様にも見えたから。

 

 

「…………」

 

 

火神は、清水にそう言われて 立ち尽くす。

 

諦められない。何を? ……そう、バレーを。怖い? 何が怖い?? 相手に合わせなきゃバレーしちゃいけないのか? そもそも怖がってちゃいけないのか??

 

バレーが好き。ハイキュー‼が、烏野が好き。

 

なら、恐れずに進めばいい。どちらかを諦めるのは嫌だ。どっちをとっても後悔が残るなら、両方をやってみよう。

 

 

それは 火神の気持ちが固まった瞬間だった。

 

 

まさか、清水に背を押されるとは思ってなかった。本当に何が起こるかわからない。……もう既に何が起きるかわからないのなら、尚更やってみるしかないだろう。

ここは、紙の上の世界じゃない。画面越しの世界じゃない。

 

自分自身の現実でもある世界なんだから。

 

 

 

そんな時、また 火神から一枚の紙がひらり、と落ちた。それは清水の前で止まる。

記入されていない入部届用紙だ。

 

 

 

「決めるのは火神。……じゃあ」

 

 

 

清水は、それを取って差し出すと……背を向けた。

火神は、勢いよく 手に持ってる紙の束を、廊下にある腰当たりの高さの棚の上に置き、胸ポケットに指していたシャープペンで、入部届に書き殴る。そして、背を向けてる清水に両手で差し出すようにする。

 

 

「すみません。もう俺決めました。……これ、良いですか?」

 

 

清水は振り返った。

差し出された入部届には、先ほど空白だった場所が綺麗に埋まっていた。

かなり慌てて書いてた筈なのに、整っている様に見える。

 

清水は チラリと視線を紙に向けた後、火神を見た。そして 小さく微笑んで言った。

 

 

 

「ようこそ。烏野排球部へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、火神は清水の持っていた2つの段ボールを半分持っていた。

最初は【マネの仕事だから】と断られたが、【いえ、新人なので手伝います】と言ってみたら、軽く笑って半分くれた。

 

正直、火神は意外だったりする。

だって知ってるから。何度も何度も持ちます、と言われて断ってる清水の姿を。

だから、一度言ってみて笑って終わるつもりだったのだが、まさかの了承に少し驚いた。

でも、顔に出なかったので 不審がられずに済んだ様だ。

 

 

「でも、清水先輩。俺が悩んでるってなんでわかったんですか?」

「………?」

 

少しの沈黙。やがて 清水が少し呆れ気味に答えてくれた。

 

「あれだけ廊下で、七転八倒、百面相してたら 誰でもわかると思うけど」

「……え?」

「ああ、あと口にも少し出てたし」

「……それマジっすか?」

「本当」

 

 

どうやら、恥ずかしい場面を見られてしまった様だ。それも、ハイキュー‼のアイドルと言っていい清水潔子先輩に。これはなかなか……いや、かなり恥ずかしい。

 

「ふふ。少し意外だった。火神はしっかりしてそうだったから。皆、中学の時 裏のキャプテンって言ってたし」

「……あ、あの、ここだけの話にしといてくれたらうれしいです」

「ん。了解。あ、黙ってる代わりに1つ教えてほしいんだけど」

「ふぅ……ありがとうございます。っとと はい。何でしょう?」

 

清水は、歩みを止めて 火神の方へと向いた。

 

 

火神は やっぱり綺麗な人だな、と改めて思う。基本的に皆可愛らしかったり、綺麗だったりだが、その中でも清水は綺麗部門? の様なのがあるとすれば頭一つ抜けてるイメージだった。1年5組にいるよく知る彼女は可愛らしいイメージだが。

 

 

 

「私と何処かで「互いがチームメイトだって自覚するまで、部活には一切参加させない!」っ……??」

 

 

 

何やら、大きな声と、扉を閉めるような大きな音が聞こえてきた。

 

声の方を向いてみると…… 見覚えのある後ろ姿が目に入る。

 

 

 

 

それを見た火神は、目を見開いた後に、くっくっくっ、と笑いを必死に堪えていた。

 

目を白黒させてる清水を他所に、火神は荷物を腹に当てて、どうにか堪え続けていたのだった。

 

 

 

 


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