異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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残酷な描写があります


守るべきもの 中

 秋山達が「街」にたどり着いた同じ朝のことだった。

 

 とある貴族の領地、その領主の城のことである。雨の上がった空は青く澄んでいた。その日に光に照らされたその城は白い城壁が美しく輝いてる。

 

 その城の周りには堀がぐるりと囲み、そのさらに外側には市街が広がっている。家々は整った街の大通りに整然と並んでいる。この領主はあたりでは「名君」としての誉れ高かった。

 

 

 

「ふぁぁ」

 

 

 

 そんな中で男は大きなあくびをしながら体を伸ばした。背は高く、肌は浅黒い。くすんだ赤色の髪をしていた。黒い服を着て、そこから伸びる手足には男らしく筋肉をまとっている。

 

 彼はのんびりと歩いていた。いい天気だと思いながら街の真ん中を歩いている。顔に刻まれた文様の上をぽりぽりと指でかきながら、もう一度大きなあくびをした。

 

 男は話し合いに来ていた。「名君」に会いに来ていたのだ。

 

 街中では朝早くなのに子供たちが遊びまわっている。男は彼らに手を振ると、子供たちは旅人だと思って彼に笑顔で手を振り返してきたので男は笑顔で殺した。

 

 男はのろのろ歩く。

 

 城は大きく近づくほどにその大きくなる威容に男は感嘆する。そんなとき男を呼び止める声がする彼は振り返ると、そこには包丁を構えた少女が何か喚ている。黒髪の美しい少女だった。彼を睨みつけるその眼には殺気がこもっている。

 

 

 

 男ははて、と首を傾げた。特段睨まれるようなことはしていない。少女は弟がどうのと叫んでいるが、男には何のことかわからない。彼は右手に魔力を集めて、少女の周りに放つ。彼の手がぐっと握られると魔力が少女を中心に収束してくしゃりと彼女はつぶれた。

 

 

 

「まったく、なんだというのだ」

 

 

 

 ぷりぷりと怒りながら男はまた歩き出す。言いがかりをつけられて彼は訳が分からない。通りかかりに数人殺して彼ははあとため息をついた。よくよく考えたが朝飯を食べていないのである。

 

 商店らしきものを一つ潰して物色してみたがどうやら雑貨屋だったらしい。年老いた主人が生きていたのでがれきの中から引き出して聞いてみる。その頭をつかみながら。

 

 

 

「あー、少し聞きたいのだ。飯が食べたいのだが、店はどこだ?」

 

「……」

 

 

 

 頭から血をながらして主人らしき者が答えないので男は仕方なく首を捩じり切り捨てた。

 

 

 

「ふんぅ」

 

 

 

 とりあえずいくつかの家々を破壊したら、パン屋があった。男はそこにあったパンをもぐもぐと食べながらまた歩き出す。

 

 

 

「なかなかいいパンを作るではないか!」

 

 

 

 大いに右手に持ったパン屋にいた男の首をほめる。彼は惜しみない賞賛をいくらか言ってから捨てた。そうしていると大勢が彼を囲んだ。彼らは何故か武器を手にして何かを喚ている。

 

 男はパンをかじりながら「まてまて話し合おう、なにか勘違いしておりはせんか? 儂はなにもしておらぬ」と言った。よくよく見れば彼らは兵隊のようだった。男は何もしていないのに武器を向けられて怒りそうになったが耐えた。重要なのは忍耐だった。

 

 男は右手を天にかざし魔力を集める。周囲に集まる黒い魔力の奔流。それが彼と兵士たちを包む。男が右手をぐっと握ると魔力が凝縮して、兵士たちはつぶれて死んだ。

 

 男は一人たたずんでいた。穏便にことを納めることができてほっとしていた。彼は死体を踏まないように気を付けて歩いた。礼節は人間にとって大切らしい。話し合いをするために来たのだからそれくらいは必要なのだ。

 

 

 

 城にも兵隊らしき者たちがいたで穏便に殺して入った。

 

 

 

「おい、領主はどこだ。いや、どこ、です、じゃ? いや、ですか? ううむ、難かしいなぁ」

 

 

 

 メイド姿の女性がいたので男はできるだけ笑顔で優しく聞いた。慣れない言葉遣いに彼は自分のことながら苦笑してしまう。メイドの女性は張り付けたような笑顔で壁を背に震えていた。

 

 

 

「あ、あちらです」

 

 

 

 通じたらしい。男はうれしくなった。

 

 

 

「おおぉ。かたじけない!」

 

 

 

 殺してお礼を言った。その頭を潰してなでなでしてあげたのだが少し彼の手に血が付いた。

 

 

 

「無礼な奴め。気をつけよ」

 

 

 

 「体」を城の窓から放り込む。ガラスが割れてきらきらと光る。中庭の花を踏みながら男はいく。あたりに散乱した人間だった者たちに彼は一瞥もくれない。彼は花を見て想い、言う。

 

 

 

「花なんぞ食べれまいに。無駄なことを」

 

 

 

 桃色の花びらが風に乗って飛ぶ。その風には血の匂いが染みついている。

 

 城の中に入って前をふさごうとする邪魔なものがいたので魔力で潰して床に敷いた。あとは適当に殺したり、殺さなかったりしながら領主を探している。

 

 

 

「おーい。儂と話し合いをしよう―おーい」

 

 

 

 のんびりとした声が城の中に響く。彼はドアを片っ端から開けてみて中に人がいたら、勝手に開けたことを詫びてから殺してまたどこかにいく。そうしていると大きなドアがあった。彼はそれを丁寧に蹴破り中に入る。

 

 大きな広間だった。

 

そこに一人の男が鎮座している。白い法衣をまとった男で、その眼光は鋭い。彼の周りには数人の鎧に身を包んだ騎士がいた。彼こそがこの領地の君主なのであろう。

 

君主は言った。

 

 

 

「話し合いとはなんだ」

 

 

 

 声に重みがある。それを聞いた「あの男」はにこやかに中に入ってくる。

 

 

 

「おお、貴様がここの君主か。探したぞ、話し合いとはほかでもない。儂は無用な争いは嫌なので自殺してくれ。な! たのむ!」

 

「…………いかれているのか貴様」

 

「何を言う。これこそ平和ではないか。自ら命を絶てば無駄なことはあるまい。うむ」

 

 

 

 何もおかしいことはないと男は頷く。騎士の一人が彼を罵倒したが、その瞬間に彼は魔力で圧し潰して殺した。その返り血を鎮座したまま君主は浴びたが、眉1つ動かさない。

 

 

 

「一つ聞く」

 

「おお。何でも聞け」

 

「俺が死ねば。どうなるのだ」

 

「死んだらどうなるか? 死ぬんじゃ……ないか? なぞなぞか?」

 

「……領民は助けてくれるのか」

 

「無論だ!」

 

 

 

 君主は立ち上がる。騎士たちは止めようとするが彼は言う。

 

 

 

「あれは、何かわからないが……魔性の者だ。お前たちは生きよ。おい、この話し合いとやら、成立だ。俺は自殺する……ゆえに俺以外のすべてを助けてくれ」

 

「おお! 平和的解決だ! 儂はうれしいぞ」

 

 

 

 男はうんうんと得意げに頷いた。

 

 その姿を侮蔑したように見る君主の法衣の中から短剣を抜き。首筋に突き立てた。赤い血が噴き出し。それでもその眼光の光はぎらぎらと輝き、男を睨み据えたまま絶命した。

 

 周りの騎士たちは泣き崩れるもの、呆然とするもの。様々であった。反面男はなんで彼らが泣いているのかわからない。男はよくわからないことは放っておいた。

 

 

 

「それじゃあ鏖みなごろすかぁ」

 

 

 

 あくびをしながら彼はいう。話し合いで平和的に解決できたことに満足した彼は、残った者たちはとりあえず殺すことにした。

 

騎士たちは何を言っているんだと彼を振り向く。

 

男の周りには邪悪な魔力がほとばしる。彼の体を包んでいく。

 

その体が膨れ上がり、黒い体毛が生えていく。瞳は赤く光る。どんどん膨れ上がる魔力に比例して巨大化する。広間の天井をばりばりと破り。朝日の光の中この「魔王」は立った。

 

巨大な黒い牛のようなそれは、その街を蹂躙するのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 業火がすべてを焼いていく。

 

 平和を謳歌していたその街も城も天高く燃える無慈悲の炎が灰燼にかえていく。その中 でそれを楽しそうに見る男が一人いた。くすんだ赤い毛の男である。子供のように彼は楽し気に炎を見つめている。

 

 燃やしたいから燃やした。ただそれだけであった。彼はあの君主との約束を微塵も破った意識はない。生きたいものは好きに生きればいいのである。殺すからといっても逃げることはできるのだから、死ぬ方が悪い

 

 

 

「随分とひどいことをしたものねぇ」

 

 

 

 非難しているような言葉にのんびりとした声。矛盾をはらむんだそれは妖艶な響きがあった。男が振りむくとそこには桃色の髪をした女性がいた、彼女は男と同じように顔に文様がある。魔王アスモデウス。不死の魔王だった。

 

 

 

「……ひどい? 何がだ?」

 

 

 

 男は彼女を知っているようだった。

 

 

 

「歴史ある街よ? 燃やしてもったいないんじゃないのかしら」

 

 

 

 アスモデウスは彼の横に立っていう。

 

 

 

「燃やした方が美しい。ただそこにあるだけでは退屈ではないか」

 

 

 

 男は男で美意識があるらしかった。彼は近くにあった石を手にもって握りつぶす。ぱらぱらと崩れた石が手から零れ落ちる。彼の顔がてらてらと火に照らされている。

 

 

 

「暴虐の魔王ヴァイス……あなたにもそういうところがあるのね」

 

 

 

 アスモデウスが言う。ヴァイスと呼ばれた男はアスモデウスの右腕掴んで握りつぶす。ぶちぶちと音がして血が飛び散った。

 

 

 

「痛いじゃない。ひどいわぁ」

 

 

 

 言いながら「なんともない右腕」を彼女はさすった。ヴァイスは立ち上がる。彼女の腕を潰したのは気まぐれか、試したのかはわからない。

 

 

 

「不死の魔王とはよく言ったものだな」

「あら、痛いのよ。これでも」

 

 ニコニコしながら言うアスモデウス。ヴァイスは聞く。

 

「まあ、蘇らせてもらったことには感謝する。それで、どこで暇を潰せばいい? お前のような女なら褒美に抱いてやってもよいぞ」

 

「あらあら。ほんと自分勝手な奴ね。でもまあ、楽しそうなことを一つ知っているわ。ここから少し離れたところに「てつのまおう」ちゃんという女の子がいるの。その子とその近くにいる男の子を殺してくれないかしら」

 

「……その鉄の魔王とやらは、面はいいのか?」

 

「かわいいわよ」

 

「そうか、まあ、じゃあ抱くかな。魔王などと名乗ったのを思い上がりだとわからせやろう」

 

 ヴァイスは立ち上がる。アスモデウスは少し慌てていう。

 

「あ、待って待って。貴方がそのまま行けばきっと通り道がひどいことになるわ。私が送ってあげる」

 

「そんなひどいことはせん」

 

 ヴァイスは心外というように憮然として言った。だがアスモデウスはぱんと両手を合わせた。その瞬間、空が陰った。いや大きな何かに太陽の光が遮られたのだった。

 

 それは美しく青い龍だった。煌くその翼を広げ地上を見下ろしている。

 

「ほう。なかなかよい乗り物だな」

 

 ヴァイスは機嫌をなおして笑った。

 

 

 城門の前には人がどんどん集まってきていた。秋山達を護衛している傭兵とはまた別に武装している集団や荷馬車を連れた商人。または素朴な格好をした者たちもいる。彼等を見ながら秋山は近くにあった手ごろな岩に腰かけていた。

 腰かけた時に疲れを感じたが、秋山はふうと息を吐いただけでそれ以上何も言わなかった。

 10日、いや朝が明けたからにはあと9日だろう。宣言された魔王襲撃に対する備えを彼は頭の中で何度も考えている。整理していると言い換えた方が正確かもしれない。

 彼の横でフードを被って座っているのはその鉄の魔王であるファルブラウだった。彼女は片足を抱くように座ってついて城門の前の人だかりを見ていた。彼女の白い足。サンダルをはいているために見える桃色の爪。

 城門が開く時間になるまでの時間はゆっくりと過ぎていく。エールをはじめとした傭兵団達は道の端で寝転んでいる者もいる。その中で金髪のエルフの少女エールはマイと何か話をしている。

 秋山が横を向く。そこには無表情のファルブラウの横顔。黒髪が艶やかに光っている。そんな彼女だがグリフォンを倒したときの凄まじい力を考えれば襲撃してくるであろう魔王も同程度以上と「想定」とするべきと秋山は無言で思う。

 いうなれば防衛についての用意はファルブラウを防ぐ程度の準備が必要なのである。

 

「おい」

 

ファルブラウは言った。

 

「なんだか失礼なことを考えていないか、おまえ?」

「いや、別に……なあ。この城壁を攻略することはできるか?」

「はあ? どんな意図の質問か知らんが、私には造作もないことだ。ただ、あそこを見てみるがいい」

 

 ファウブラウが指さした城壁の一点には円形の紋章が刻まれている。

 

「あれは魔法の一種だな。加護を授けるものとでもいえばいいか、簡単にいえば頑丈するものだから、そうだな。中に入って全員串刺しにした方が早いだろうな。なんなら今からやってみせようか?」

 

 フードの下でギラリと目を光らせ、悪意を含んだ笑みを見せる。次に秋山が何を言うかで本当にやりかねないような顔をファルブラウは見せた。秋山は軽く返した。

 

「お前は9日後を楽しみにしているのだろう? お預けしておけ」

 

 むっとファルブラウは顔をしかめる。「言葉選び」が子供に対するようなものだったからだろう。秋山からすれば彼女を抑止できるのは自分の命のみである。逆に遠慮することはないと思っていた。

 

 時折秋山は城壁の上を見る。そこにはぴくぴくと動く猫の耳をした少女アーエがいた。その栗色の髪と大きな瞳が下を覗いていた。顔の半分は隠れているから、秋山をみているかと表情はわからない。何をしているかはもっとわからなかった。

 

 そうしていると城門が開く音がした、群衆からは歓声が上がる。ゆっくりと開かれた城門とその内側に広がっている街並みが見える。城門の入り口は暗い、その先には光が満ちているようにすら見えた。

 群衆ががやがやと城門をくぐっていく。

 その時秋山の背中を叩く者がいた、みればエールがにっと歯を見せて笑っている。彼女はやはり何かを話しかけてくるのだが、秋山には全く分からないから苦笑いするしかない。しかしおそらく「行こう」と言っているのだろう。

 

「わかった」

 

 そう答えるとエールも「ワカッタ?」とオウムのように繰り返す。この旅の道中何度も話しからけれたが言葉でのやり取りはもちろんできなかった。

 

 傭兵団には教会まで送ってもらった。だからだろう街中は特に問題なく歩くことができた。秋山は流石に「双剣の少女」などが出てきたらたまらないとは思っていたが、代わりに「猫耳」が付いてきていた。

 後ろを見るといつも「猫耳」が見えている。ある時が物陰に、ある時は荷馬車の間から。かといって何をしてくるわけでもない。秋山はアーエのそんな動きにほほえましさを感じて笑った。

 教会についた。

秋山からすれば聖堂においてヘクターと剣を交えた場所である。その広場に彼らとマイ、秋山、ファルブラウはいた。

 

「それでは、これで依頼は完了です。報酬はギルドを通して支払いますから」

 

 教会の広場でマイが傭兵団に行った。彼等は安堵したように声をあげる。それからあっけないほどに淡白に彼らは教会から出ていった。エールだけは秋山のところに来て何かを耳打ちしてきたが意味が分からなかった。それでもエールはニコニコして手を振ってどこかに行く。

 

「けっ」

 

 聞こえていたのだろうファルブラウは舌を出してそういった。

 

「秋山さん」

 

 そこにマイがやってきた。疲れたような、それでも笑顔で彼女は言う。

 

「とりあえずお疲れ様です」

「ええ、マイさんもお疲れ様でした」

 

「教会にいれば安全ですよ。はあ……ほんとなんか、いろいろなことがあった気がします。それにおなかもすきましたね」

「そうですね」

 

 マイはどことなくふらふらしていた。声もどことなく暗い。傭兵団を解散させて気が抜けたのだろう。秋山は彼女に「ギルド」とは何か聞こうとしたが、やめることにした。代わりにこう言った。

 

「マイさん今日はもう休んだ方がいい。顔色が悪いですよ」

「……そ、そんなことないですよ、あ」

 

 マイは少しよろめいた。その体を秋山が抱きかかえるように支える。

 

「大丈夫ですか?」

「…………」

 

 目をみ開いて、ほんのり顔を赤くしてマイは「へ、へい」と妙な返事をした。秋山は彼女を心配した。

 

「大丈夫ですか? 部屋まで連れて行きましょうか?」

「え、え? そ、そんな、そんなのはいいです

 

「しかし、あしもとがふらついてては……」

 

 マイは「だって、だって、お、お姫様だっこなんて」などと小さな声でいったが秋山に聞こえなかったらしく。

 

「おんぶしますよ?」

「………………………」

 

 ほっぺたをマイは膨らませた。

 

 

 教会の中にはいくつかの部屋がある。聖堂とはまた別の建物だが、石造りの壮麗なものである。

 そこの3階にあるマイの部屋は簡素だった。机と本棚とベッドしかない。そのベッドに彼女は寝ていた。その顔は赤みが差している。熱があるのかもしれない。その横で秋山は椅子に座っている。

 マイはその綺麗な目に彼の姿を映す。

 

「…………」

 

 優し気な顔で見てくれているこの青年はわずかな時間一緒にいただけである。ただ、なんとなくそばにいると安心するような気がマイにはしていた。彼女はふとんを掴んで少し引き上げる。顔の半分を隠した。

 

「マイさん。今日はゆっくりと休んでください」

「すみません……少し、疲れたんだと思います。明日は、パン……焼きますね」

「楽しみにしていますよ

「……秋山さん」

「はい」

 

 マイは体をゆっくりと起こす。乱れた髪が目元を隠したので手で分ける。彼女は彼をじっと見る。

 

「なんでもありません」

「……? そうですか」

 

 秋山は不思議な顔をした。ただ、すぐにいつもの温和な表情に戻って立ち上がる。

 

「あまり話をしてても仕方ないですからね。疲れには寝るのが一番ですよ。私はそろそろ部屋に戻りますね」

「……秋山さん、もしですね」

「はい」

「眠る間、そこにいてくださいって言ったら、困りますか?」

「いいえ」

 

 秋山は優し気に微笑んで答えた。その反応にはなんの迷いもなく、マイは少し残念に思った。それはわがままかもしれない。女性として少しは見てくれているのならば、わずかでも戸惑いがあっていいはずだった。

 だからマイはむーっとして、

 

「冗談ですよ!」

 

 まるで兄か父にじゃれついているような感じになってしまった。

 

 部屋を出る。長い廊下にはいつかのドアが並び。ガラスの窓から光が差し込んでいる

 

そこでファルブラウが壁に背を預けて立っていた。待っていたのだろうか。彼女は指で髪をくるくると弄んでいた。

 マイを部屋に連れてくる前に教会の者に秋山たちの部屋を用意してもらっていた。ファルブラウと秋山は別室ではあるが隣合わせになっている。

 

「やっと終わったか。」

 

 秋山に用があったのか彼女はやれやれといった風情で近づいてきた。

 

「何か用か?」

「いやなに」

 

 小ばかにしたような顔でファルブラウは言う。

 

「あと9日だな、と思っただけだ。ほら、窓の外を見ろ。いい景色だろう。ここは高台だからな街並みが見える」

 

 秋山は無言で外を見る。数日後に滅びそうなイメージはそこにはない。白い鳥が一羽空で遊んでいるのが見えた。ファルブラウは言う。

 

「あの小娘。言葉通りの小娘だな。だが、お前には縋る相手があれしかいないはずじゃないのか? 変な気を遣い、聞くことも聞かず巻き込むことを嫌がっている。あぁ。哂えるなぁと、思ってな」

 

 そんな嫌味を彼女は言いに来たのだろうか秋山は彼女を一瞥してから、また窓の外に目をやる。教会の敷地は鉄柵でおおわれているようだった。マイと同じようにローブを来た者たちが動いている。

 

 その鉄柵の傍で中を伺っているものがいる。金髪が遠目からも分かりやすいエールだった。

 

「何をしているんだ。あの子は」

 

「……」

 

 ファルブラウはふんと鼻を鳴らした。

 

 秋山は一度部屋で用意された上着に着替えた。さすがにボロボロになった服は脱いでシャツを着る。生地は多少ゴワゴワしているが見た目は簡素である。動き回るには不自由はない。それから中庭に出て、鉄柵の向こうに待っていたエルフの少女に向かっていく。

 みれば彼女は頭に花の飾りをして半透明のケープを羽織っている。

 丈の短い上着とズボン。足には紐が文様を形作るサンダル。白い肌が少し露出が多いと秋山は思ったが、はしたないと頭を振った。

 

 彼女は秋山を見ると手を振って、歯を見せて笑う。何かしら言っているのはおそらく挨拶だろう。

 

「どうしたんだ?」

 

 と聞いても秋山の言葉はわからないだろう。エールは手を鉄柵にかけてにやにやしている。その顔は何か隠し事をしているような、楽しみしているような顔だった。

 

「イッショ、ゴハン。イコーっ」

「?」

 

 秋山は息を、のんだ。

 その顔にエールは満足したようにくすくすと笑う。彼女はさらににやけた顔で言う。

 

「アキヤマ、オドロイタ?」

 

 日本語を話している。秋山は心底驚いていた。彼女はここ1日程度秋山とマイやファルブラウとの会話を聞いてり、無駄に話しかけて聞いたりしただけだったのだ。

(いや、無駄に?)

 秋山は思う。

(俺の反応を試していたのか……。そこで言葉を拾っていった……? いや、そんなことできるものか?)

 

 エールは妖し気に笑う。半透明のケープで顔の半分を隠してくすくすくすと笑う。

 

「ド~シタ?」

 

 べっと舌を出す。左目でウインクする。

 エルフとは聡明であるとマイは言った。秋山は、

 

「なるほどな」

 

 笑うしかなかった。

 

 

 

 

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