異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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しのびよる惨劇の前に

 その村は山間にある。

 

 街道からは外れ、部会者が立ち入ることは殆どないが、豊かな自然と水の恵みに支えられた場所だった。彼らは都市へは納税のために年に数度訪れるため、外来とのかかわりがまるでないというわけではない。

 

 その日は霧の濃い朝だった。

 

 村の兵、いや自警団とでもいった方がいい男の集団はとある小屋に集まり、額を寄せ合っている。それぞれは真剣な面持ちで、ひそひそと何かにおびえるように話をしている。

 

 

 

「この前、街に報告をした魔物のせいではないか?」

 

「ジャックが山の中に調べに行ったまま戻らん」

 

「殺されんじゃないのか?」

 

「滅多なことを言うな」

 

「だが、それならなぜ戻らん」

 

 

 

 声は小さいが、彼らの目は血走り、あまりの自体に冷静さを失っているかようだった。

 

 そもそもこの小屋でそこまで声を潜める必要性などない。彼らが「何か」を過剰に恐れていることは明らかだった。

 

 

 

「とにかく」

 

 

 

 集団の中で最も年配の男が床をはげしくたたく。彼は狼狽する村人を見回して、全員が自分を見たことを確認した。おそらく集団の長であろう。この人物が人をまとめることに苦悩したことが、彼の皺の深さに現れている。

 

 

 

「うろたえるな。街へは使いを出している。魔物の調査をしてくれるということも快諾された」

 

 

 

 一座にほっとした声が漏れる。「快諾」という言葉はわざと男は使った。年輩の男はゆったりとした動きで腕を組み。鋭い眼光を湛えた瞳で一人一人の顔を見る。

 

 

 

「とにかくうろたえるな。魔物がおろうとおるまいと、手配通り村の周囲を固めるのじゃ。絶対に独りにならず、何かあれば助けを求めよ」

 

 

 

 年輩の男はすでに指示を出している。彼は「何か言いたいものはあるか?」とわざと高圧的に言い、この集団の中で弱気が蔓延することを防いだ。狼狽えや混乱はたやすく伝播するのだ。

 

 その小屋での相談はそれで終わった。彼らは濃霧の中自宅や、持ち場にもどっていく。

 

 年配の男も外に出て息を大きく吸う。冷たい朝の空気が肺を満たす、目を凝らしてもわずか先までしか見通せないこの霧の中を歩いていく。

 

 内心では焦りもある。だが、その表情にも仕草にもださない。いや、出すことは許されないのだろう。

 

 

 

「あとは街からの魔導士様がやってこられるまで……なんとかまとめておかねばな」

 

 

 

 怪鳥グリフォン。それがこの村で恐れられている魔物の名前だった。

 

 数日前に山で採集をしていた村人が「見た」というが、それ以外の者は誰も見ていない。しかし、それから数人の集団で山に入ったものたちが帰らなかった。

 

 グリフォンとは四肢の体に巨大な鳥の頭をした化け物である。それは本当にいるかどうかは別としても何らかの脅威が近くにいることは間違いないだろう。

 

 年配の男はそう思いながら、歩いている。足元に死体があった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 一瞬何が起こったかわからない。足元にできた血だまり。ずたずたに引き裂かれた体が、道端に転がっている。その服装には見覚えがあったが、誰かはわからない。なぜなら頭がないからだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 男は顔をあげる。まだ、夢でも見ているかのように呆けていた。あと、10秒もあれば彼は正気に戻り、持ち前の胆力で持ち直したかもしれない。

 

 霧の中に大きな影が映る。黒い鳥のようなその影は、彼の見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 秋山は独房でパンをかじる。まずい、うまい以前に味のないパンは、しかも固い。だが彼は黙してそれを腹に詰め込んでいた。空腹で動けないほど馬鹿らしいことはない。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

 両手を合わせて彼は言う。地下なのでわからないが、飯がでたということは朝なのかもしれない。彼は立ち上がり体を軽く動かしたり、腕立てをしたりする。彼自身の朝の日課である。

 

 魔物の調査に向かうマイを待っているのであるが、彼女はまだ来ていない。

 

 

 

「さあて、と。今日は何があるだろうか」

 

 

 

 昨日は海に落ちて、川で猫のような耳の少女に助けられ、全然ことばのわからない世界にきて独房にいれられた。秋山はもう苦笑するほかないほど妙な状況だった。今日は魔物の調査に向かうらしい。

 

 正直言えば任務にもどるべきという焦燥もある。だが、帰り方も分からない以上焦っても仕方がない。

 

 

 

「そういえば武器を支給してくれるのだったな……。武器……もしかして槍だろうか? 戦国時代じゃないのだけどな……いや、そんなものかな……刀とかないのかな」

 

 

 

 槍を構えている自分を想像するだけで可笑しい。本心では扱ったことがないので御免蒙りたい。右腕を見れば昨日の腕輪とそこにはめられた宝石が鈍い光を放っている。

 

 結局言葉がわかるのはあのマイという女性だけである。彼はこの世界の語学を習う必要性を感じるが、参考書があるわけでもない。

 

 そんなことを思っていると、足音をたてて兵士の一人がこの地下の牢屋に降りてきた。彼は何かを喚きたてて秋山に言っているがやはり何を言っているのかはわからない。ただ、秋山は体を起こしてじっとその兵士を見る。

 

 

 

「釈放ですかね?」

 

 

 

 問いかけてみるが兵士に通じるはずもない。

 

牢屋を出た。1人の兵士に連れられてである。秋山はこきこきと首を鳴らしたり手のひらを閉じたり開いたりしてなまった体の調子を確認する。彼は手錠などは特にされなかった。マイの「調査」に同行するという話なのだからある意味当然であろう。

 

 

 

 薄暗い地下を出ると、当然だが建物の中。先導する兵士と同じような格好をしたものがたむろしている。捕まったときに見たが作りは木造らしい、それなりの広さはあるようなので「兵営だろうな」と秋山は短く思った。兵士たちは秋山を睨んだりしてきたが、秋山はふっとむしろ笑顔を向けてやる。

 

 

 

 外に出る。

 

 太陽の光に秋山は目を細めた。彼が「兵営」と思った建物の周りは土壁で囲まれていた。簡易的な防衛施設だろう。そもそもこの街は城壁に囲まれているのだから、その中にある兵営にはそこまで厳重なものは必要ないのだろう。

 

 

 

 兵士は彼を手で急ぐように示す。秋山は黙って従う。

 

 朝から道には人が多い、秋山を見つけて指さしてくるものもいた。昨日の騒動を見ていたのかもしれない。

 

 人が流れるように通り過ぎていく。知る者はいない。

 

 秋山はその中に一人の少女を見つけようとしたが、見つからなかった。あの笑顔の素敵な猫耳の少女の顔を見られば、彼女が無事だったと安心できると思ったのだ。

 

 そのうち石畳の道に入る。左右に連なる建物もどことなくしっかりとした造りに見えた。街の中心に向かっているらしい。道行く人々の身なりもどことなく整っている。

 

 

 

「銀座の方に歩いているとおもったらいいのかな?」

 

 

 

 兵士にわからないだろう冗談を言ってみる。兵士は後ろを振り向いて「ぎん?」と言ってから、何を言っているのだと怪訝な顔をしている。秋山は苦笑する。

 

 石造りの建物と建物の間に青い空が伸びている。そこを一羽の鳥が横切る。道を歩きながら彼は空を見ていた。船の上でもよくこうしていた気がする。

 

 

 

 道を曲がる、すると遠くに尖塔が見える。黒いそれは西洋の教会のようだった。どうやらそこに向かっているらしい。マイもそこにいるのだろう。秋山は思った。

 

 

 

「あの鳥、なんて名前なのか、聞いてみようかな」

 

 

 

 穏やかな声で彼はつぶやいた。

 

 

 

 

 教会。秋山の目にはそう映るそこに彼は足を踏み入れる。ひときわ大きな黒い尖塔とその周囲に低い塔が並ぶ。石造りの屋敷があり、秋山はそれを見上げながら歩く。

 

 中庭は綺麗に整地されている。噴水があり、そこからあふれる透明な水が太陽の光にきらきらと輝いている。

 

 

 

 先導兵士はある場所で止まる。秋山が見上げればあの「黒い尖塔」のある建物だった。黒塗りの両開きの扉。兵士はそこを指でさし、いけと言っているようだった。秋山はドアを開けてそこに入っていく。

 

 

 

 重いドアを開けるとそこはまさに「教会」だった。中央に奥まで続く通り道があり、その左右に長椅子が規則正しく置かれている。正面には鏡のようなものをもった男性の像が置かれている。

 

 中には入るとすぐにドアが閉まる。そいう仕組みなのだろう。

 

 秋山が歩くたびに床がぎしぎしと音を立てる。静かなホールにその音が響く。どことなく寒い。

 

 

 

「誰もいないのか?」

 

 

 

 声が反響する。

 

 ステンドグラスの窓の並ぶ構内。彼は歩く。

 

 一番最前列の席に座っている者がいる。だらしなく椅子にもたれかかっている。黒い髪をしたその人影はゆらりと立ち上がる。顔に傷のある男だった。彼は秋山を眼光鋭くにらみつける。その腰には一振りの剣。

 

 彼は片手にも何か握っている。それを秋山に対して放り投げる。秋山は片手でそれを受け取ると、目を見開いて驚く。

 

 

 

 黒塗りの鞘に収まった一本の刀。

 

 

 

「かたな?……なんでこんなところに」

 

 

 

 シャっと何かを抜く音がする。秋山が見れば、あの男が抜いた剣を方に担ぎ睨みつけてきている。その後ろにステンドグラスの光で男の顔は影になっている。その眼光だけがぎらぎらと秋山を射すくめる。

 

 男は歩く。秋山に向かって。殺気を放ちながら。

 

 

 

「待て。とまれ」

 

 

 

 秋山は何が起こっているのかわからない。そう言った次の瞬間に彼の間合いに男が飛び込んできた。横なぎの一閃。秋山は後ろに飛んでかろうじてよける。男はさらに一歩踏み込んで上段から打ち下ろす。秋山はのけぞりつつもわずかな足さばきで避ける。

 

 

 

 その首を、男が掴んだ。ぎりりと握りつぶすつもりで力を籠める。

 

 

 

「がっ!」

 

 

 

 苦しむ秋山の顔面に男は剣を突こうとする。秋山は男の脇腹を蹴り飛ばし、離れる。掴まれた首を抑え、はあはあと荒い息でみれば男は緩やかに肩に剣を担いで構えをとっている。

 

 

 

(……戦いなれている)

 

 

 

 なぜこんなことになっているかはわからないが先ほどの攻撃。反応していなければ串刺しにされていた。片手に握った刀を腰にひきつけ、力を込めて抜く。

 

 銀色に光る刀身。その反りのある形、まさに「刀」だった。ただ刀身の根元に文字のような文様が入っている。

 

 

 

 男が飛ぶ。剣を振り下ろす。秋山は身をかわす。代わりに長椅子が音を立てて2つ割れる。

 

秋山が腰を下げ、横に刀を薙ぐ。男は剣でそれをはじく。互いの間に火花が散る。呼吸すらもできない一瞬の間に二人の男は視線を交わす。

 

秋山は刀身を下げて、ゆっくりと間合いを取る。ぴりぴりとした相手の無言の気魄を感じる。二人は同時に動く、一瞬後に剣と刀がぶつかり火花が散る。秋山はそのまま相手の懐に一足で飛び込む、一閃。

 

 男の剣が宙に飛び、協会の床に刺さる。男は低く唸り、下がった。

 

 

 

「終わりだ……退け」

 

 

 

 秋山も一歩下がり言った。言葉がわからなくとも何を言っているかはわかるだろう。気が付けば汗が噴き出ている。気を抜けばこの床に転がる死体だったかもしれない。

 

 男は軽く笑った。

 

 急に雰囲気の変わった表情で両手をあげる。まいったというところだろうか。秋山ははあと息を吐いて床に落ちていた鞘に刀を納めようとして驚く。刀身を見れば刃こぼれ一つない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 見れば刀に掘られた文様がうっすらと赤く光っている。だが、それはすぐに消えた。秋山はにらみつけるようにを見ていたが、その刀身に恐ろしい自らの表情が映って、苦笑した。

 

 

 

「また、魔法なんだろうか」

 

 

 

 刀を納めてそう思った。その時またドアが開く音がした。見れば重たいドアを頑張って開けようとしている少女がいる。マイだった。

 

 

 

「な、なんで協会で暴れているんですか? わ、私の管轄でものを壊したりされたら、わ、私のお給金が」

 

 

 

 出てくるなり情けないことを言うマイ。泣きそうな顔で真っ二つになった椅子や割れた床を見ている。「ううう、なんでぇ」と頭を抱えている。どうやら彼女がこの仕合を画策したわけではないようだった。

 

 マイはとことことこと秋山の前に立つと、むすっとした顔でジトっと見ている。

 

 

 

「あー。えーと、すみません」

 

「すみませんではありません。傭兵隊長となんで喧嘩しているんですか」

 

「傭兵隊長……? ああ、そうなんですね」

 

「そうなんですねって……はあ、あの人はヘクター」

 

 

 

 目であの男を見るマイ。名前をヘクターと言うらしい。彼は剣を納め椅子にだらしなく座っている。自分を見られているとわかると手を挙げて反応した。

 

 マイは彼にも抗議している。マイの言葉が秋山にはわかるが、ヘクターの言葉はわからない。彼女はむむむと顔を赤くしているようだった。

 

 

 

「あの男は貴方の力が見たかったそうです。まあ、合格だそうです、あーもー、そんなの表でやってくださいよ。こ、今月もきついのに」

 

 

 

 場合によっては殺すつもりだったみたいだが、と秋山は内心で思う。マイはそこまでとは思っていないだろう。彼女はこめかみに手をあてて、唸っている。ヘクターに弁償させられない事情でもあるのであろうか。

 

 

 

「アキヤマさん」

 

「あ、はい」

 

「早速ですが、もう少しで出発しますよ。ヘクターさん、あなたもいいですね!?」

 

 

 

 ヘクターに対しては語気が強い。彼は頭を掻きながら立ち上がり、協会から出ていった。マイはその後ろ姿を見ながらため息をはいている。彼女は秋山を振り返る。

 

 

 

「ああ、その武器。どうですか? 使えそうですか?」

 

「そうですね手になじみます……なんで刀があるんですか?」

 

「かたな……刀というんですね。それ」

 

「え?」

 

「神託通りにつくったそ……。いやえっと。私は渡すように言われただけですから」

 

「渡すように? 誰にですか?」

 

 

 

 マイは少し目をそらして。

 

 

 

「上司ですよ」

 

 

 

 と短く答えた。彼女にも隠し事はあるらしい。秋山はそれ以上追及することはない。いずれ聞けるときもあるかもしれない。いや、聞き出すにしろ今ではないだろう。

 

 マイは「ちょっと待っててください」と言うと、教会の中央を歩き、安置された鏡を持った男の像の前に行く。

 

 

 

 跪いて祈りを捧げるその姿は、ただ素朴に絵になると秋山は思った。


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