異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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ただ、当たり前のように

 

 教会の広場には馬車があった。いわゆる箱馬車というものだ。天蓋があり、両側に窓がついている。入り口は片側にしかない。

 4輪の馬車を体格のいい2頭の馬が繋がれている。2頭とも栗色のよい毛並みであった。秋山は海軍兵学校時代に乗馬を習得している。海軍にはいってから殆ど乗ることはないが、秋山は栗色の眼の綺麗な馬に近づいて撫でてやる。

 

「大きいな。こちらでも馬は同じなのか」

 

 整った毛並みは手触りがいい。よく手入れをされているようだった。秋山は手を放した。

 彼は腰に吊った刀を掴んで。振り向く。なんとなく慣れない。黒塗りの鞘に収まったそれは、腰に巻いたベルトに固定されている。このベルトはマイにもらったものだった。

 

 マイもやってくる。後ろには教会で秋山に切りかかってきた男ヘクターがいた。傭兵の隊長らしいが、秋山の実力を確かめるために切りかかってきたという、自分を殺すつもりだったと秋山は思うが、同時にあまり憎しみだとかの負の感情がわかない自分に苦笑した。

 

「まあ、いろいろとあったからか」

 

 青い空を見る。数秒目を閉じる。こうするだけでいつも思い出してしまうのだった。彼の国は大きな戦争の最中にある。剣や槍の闘争ではあまりないのかもしれないが、近代兵器の中での戦場は目を閉じて開けた刹那の時間に目の前に「部下だったもの」が転がっていることは幾度かあった。

 秋山が目を開ける。

 可愛らしい顔が目の前にある。マイが目の前で不思議そうな顔をしている。

 

「何をしているんですか」

「い、いえ……、別に。……ありがとうございます」

「は? なんでお礼を言うんですか??」

 

 わからないという風に首をひねるマイ。秋山も自分の口からそんな言葉が出てきたことに驚いているが、別段不思議ではない。ただ、彼女が声をかけてくれただけで「あの光景」を思い出さなかったことを感謝したのだろう。秋山は苦笑する。

 

 自分のことなのにどことなく客観的である。

 

 ヘクターは後ろで肩をすくめている。何を想像しているかはわからないが、話しても言葉はわからない。秋山は一瞥して薄く笑いかける。ヘクターも同じような表情をした。互いに冷たさを伴った笑みではあった。

 

「それじゃあ、秋山さんは馬車に乗ってくださいね。私と同行してもらいます。ヘクターは傭兵団を連れて街の入り口で待機しておいてください」

 

 ヘクターはそれを聞くと手をあげてどこかに行ってしまった。秋山とマイの腕輪がほのかに光っている。マイは普通に秋山と異なる言語を話しているのだろうが、彼には母国語のように聞こえる。

 

 秋山が馬車に乗り込むと向かい合わせに座れるようになっていた。そこにはすでに先客が一人いる。

 

 桃色の髪をした女性だった。赤い文様をほほに刻み、黒いドレスのようなものをまとっている。整った顔立ちで両手を組んでいる。どことなく冷たさを感じさせる表情だったが、秋山をみると、

 

「あ、こんにちは、座りなよ」

 

 気さくに話しかけてきた。秋山が何かを言う前に彼女は腕に付けたリングを指さしてにまーと笑う。秋山は軽く頭を下げて乗り込んだ。続いてマイも乗るが、先に乗っていた女性には特に反応しなかった。

 

「君が、そうなのか」

 

 なにがそうなのか秋山にはわからないが、女性は言った。手を顎につけて値踏みするように秋山を見る。彼はどう反応すればいいのかわからない、マイはそんな秋山を不思議そうに見ている。

 

「どうしたんですか? アキヤマさん」

「え? いえ。女性とご一緒と言うのは少し緊張しますね」

「……そ、そーですか……」

 

 少し赤くなってマイは横を向く。その様子を隣にいる女性はニマニマ見ている。

 

「かわいいね。この子」

 

 秋山は答えず愛想笑いをする。容姿について云々するのは良いことではない。

 

 馬車が動く。秋山の後ろで人の乗る気配がした、おそらく御者だろう。ぱちんと鞭の音がして馬車の車輪がからからと音をたてて動き出す。

 

 窓の外にはゆっくりと景色が流れていく。教会の尖塔は連れてこられた時はあまり感じなかったが、黒い見事な造りで天に伸びるその姿は美しい。

 

 秋山は外を見ながら街並みを見ている。大勢の人が行きかう。歩く目線と馬車からの目線は少し違う。そんな彼の姿を桃色の髪の女性はじっとみている。

 

「アキヤマっていうの。君」

「はい、秋山周作と言います」

「へー、そう。これからどこに行くかこの子に聴いた?」

 

 女性はマイを親指で指す。マイは困惑したような顔をしている。

 

「ええ、とある村にグリフォンとかいう化け物を探しにいくとか」

「探しに! そりゃあいいわ。あの魔物はなかなか手ごわいと思うけど、まあ、この世界の肩慣らしにはいいかもしれないわね、あーそうだ、死んでも安心していいわよ」

「…………?」

 

 からからと馬車は進む。マイは「え? え?」と呟いて秋山を見ている。女性は腕を組んで足も組む。スカートのスリットから太ももが見える。秋山は「はしたないですよ」と一言言うと、マイが「え??」と反応する。マイに言ったのではない。

 

 女性は言う。

 

「さて、君は別の世界から召還されたということは知っている?」

「……別の世界?」

「そ、ここではないどこか。あ、どこかっていってもあなたのいた世界のことよ。たしかー、日本だっけ?」

「……ええ」

「君、探るような顔をすると口数も少なくなるね。それとも元からかな? いいよ。私で避ければいくらでも話をしてあげるわ。あなたがこの世界に召喚された目的はただひとつ『魔王アスモデウス・ヴェルス』を打倒させるため」

 

 言っていることはわかる。ただ意味が分からない。率直に秋山は思う。自分は「魔王とやらを斃すために召喚」されたらしい。言葉の上では理解できる。

 

「魔王アスモデウスとは何者なのですか?」

「えええ?」

 

 マイが驚く。

 

「な、なんで魔王の名前を知っているんですか」

 

 女性が続える。

 

「そりゃあ今私が言ったからよね―、周作君。この子ほんと可愛いわ。でもねー。この子は

いくつか隠し事をしているわ」

 

 下町を馬車が通る。子供が追いかけてきてころぶ、そんなのどかな光景が窓の外にある。その中に女性はゆっくりと微笑む。マイの真横で何を言っているのだろうか秋山は思う、いや警戒する。

 

「何者か?っていわれるとなんだろうね。魔王というのは人間側の呼称だからね、あるとき何かのきっかけで特殊な力なんかに目覚めてしまった人間がそう呼ばれていることがおおいわね」

「……特殊な力。目覚めて……。ではその魔王というのは人間なのですか」

「まあ、もとはね。……でもね哀れな奴よ。不死の力に目覚めてしまって死ねないだけの」

「不死の力?」

 

 その言葉にマイが立ち上がった。その顔は驚愕に染まっている。馬車は路地裏に入っていく。

 

「なんなんですか!? さっきから!! 誰と話をしているんですか?? ま、魔王の力をなんで知っているんですか?? ま、魔術師でも一部しか知らないはずなのに!!」

 

 秋山はその言葉で理解する。このにまぁと笑っている女性は、化生の者だと。刀を掴み、居合のできる姿勢をゆっくりと、焦らずにとる。そこで気が付いた。

 

「まあ、この狭い空間で刀なんて振り回したら、このかわいい子もケガしちゃうわね」

 

 女性は立ち上がる。秋山を見下ろして、言う。彼女の唇がゆっくりと動く。

 

「私の名前はアスモデウス・ヴェルス」

 

 女性の口元が嬉し気にゆがむ。赤い、赤い口が開く。

 

「秋山周作君、これからあなたの前に何度か遊びに来るかもしれないけど、仲良くしましょう? 互いに殺しあう関係性なんだから」

 

 心底楽しそうな顔で彼女は言った。秋山は「この場は見逃していただけるのですか?」という。アスモデウスは張り付けた笑顔のまま、

 

「もちろんよ。というか、私はここにいて、ここにはいないわ。殺す方法もない。でも、覚えておきなさい周作君。いや、知っているかしら、人間の欲望や願望は一つではないということをね……」

 

 その瞬間一筋の矢が車内に飛び込んできた。窓ガラスを割り、秋山の前をかすめて飛んでいく。マイは「わ、わぁあ!」としりもちをついた。秋山は身をかがめる。彼が見上げるとそこにはすでに桃色の髪の女性はいない。

 

 ただ、窓の向こうには黒ずくめの者が数名こちらに向かってきている。手には剣を握っていた。秋山は息を吐く。突然の敵襲の時彼はこのジンクスを自らに作っている。息を吐く、それだけで心を整える。

 マイは混乱して何が起こったかわからない顔をしている。無理もないだろう。

 

「マイさん。誰かはわかりませんが敵です」

 

 刀を抜く。秋山は自分の冷静さが、滑稽にすら思えた。

 

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