異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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闘争の形

 秋山は刹那に目を閉じる。思考は一瞬で終わる。目を開けた時、彼の目には強い光があった。

 魔王との邂逅で得たあらゆる情報は今は思考の外に追いやる。彼は困惑しているマイの手を握る。ずいと顔を近づけて聞く。

 

「マイさん」

「え? な、なにが起こって」

「マイさん!!」

「は、はい!」

 

 意識を自分に向かせる。マイの手をぎゅっと握って、息がかかるくらいの近くで声をかける。時間が惜しい。

 

「いいですか? 今から逃げます。この場は私に、いや俺に任せてください」

 

 マイは一瞬呆然とした顔をして、それからこくりこくりと何度も頷く。

秋山は彼女の手を握ったまま目線を動かす。外には近づく「敵」。人数は3人。先頭の1人は剣を握っている、後ろにいる小柄な者は湾曲した短い双剣を持っている。後方で弓を構えている者もいる。

 細かく、そして迅速に頭に情報を書き入れる。御者の気配がしない。逃げたか、もしくは「敵」だったのだろう。

 

「……」

 

 秋山の思考は進む。この場から逃げるにはどうするのか。武器は刀のみ。彼の脳内にマイを戦闘させる思考は元から存在しない。

 息を吐く。

 彼はマイを見る。ただ彼女は秋山の横顔を見ていたのだろう、秋山に見られた瞬間に驚いたように目を見開く。秋山はその彼女に短く、そして的確に声を出す。

 

「俺が外に出て敵を引きつけます。その間にマイさん」

 

 耳元でささやく。マイはただ頷くしかできない。秋山は「わかりましたか?」と言って、一度マイの返事を聞いて、彼女の手を放す。

 馬車のドアを蹴飛ばして開ける。秋山は飛び出した瞬間に身をかがめて、奔りだす。一瞬遅れて矢が彼の傍をかすめる。びぃんと馬車に突き立った。

 秋山は刀を手に走る。

 剣を持つのは黒づくめの「男」。彼は数歩先で足を止める。

 

「ダ ヴァス」

 

 何かを口走る。その瞬間彼は右手を虚空に掲げ、その周りに赤い紋章が浮かび上がる。幾何学上のそれは美しく、紅く拡がる。

 秋山はその危機を感じる。何が起こっているかはわからない。だが、彼は手に持った刀を男に投げつけた。

 

「!!」

 

 男が身をよける。抜き身の刀は避けるかはじくしかない。だが、その一瞬に距離を詰めた秋山は彼を蹴り飛ばす。

 

「ぐ」

 

 くぐもった声漏らしながら。彼は手を伸ばす。紋章がさらに広がり、焔となって秋山に襲い掛かった。体はひるんでも、心はそのぎらついた目のようにひるまない。

 

「!!」

 

 刹那。秋山は、焔の中に飛び込む。男との距離は近い。彼の手から打ち出された焔は秋山の服をわずかに焦がす。男は驚愕した顔で、剣をふるう。彼も冷静だった。

 

 秋山は腰の鞘を抜いていた。

 

 剣が届く前に、その喉元に鞘で突きを打ち込む。男は何か悲鳴をあげながら後方に飛ぶ。喉への一撃はそう簡単に回復はしない。

 

 だからこそ、次である。

 

 双剣の「少女」がとびかかってきた。秋山は腰を落として躱す。そしてすぐに走り出す。後方には弓を持った者もいるのだ。秋山の眼は側面を狙う、弓使いもとらえている。

 

 

「はぁ!」

 

 双剣の少女が叫ぶ。瞬間体から青い光がほとばしる。秋山の視界から少女が消えた。だんっと何かを蹴った音だけが耳に届く。

 

 秋山は迷わない。視界から消えたなら、視界の外に彼女はいる。彼は前に躱す。わずかな差で彼が元居た場所に斬撃が飛ぶ。わずかでも迷っていれば首が飛んでいただろう、だが、驚異的な身体能力だった。

 

 秋山は壁を背に走る。矢が壁に突き刺さる。一瞬でも止まるわけにはいかない。だが、双剣の少女が目の前にいた。腰を落とし、剣を構えている。秋山は一瞬、死を想う。

 

「ダ ヴぁす!!」

「!!」

 

 とっさに叫んだ言葉に少女は驚いて避ける。単なるはったりである。どういう構造かはわからないが、焔を生み出せる魔術をこれで発動できるのだろう。

 

 姿勢を崩した少女の足元を蹴る。グラついた胸元を掴んで投げ飛ばす。手加減している余裕はない。柔術での投げ、単なる技術である。

 

「アキヤマさん!」

 

 声が視界の向こうで聞こえる。マイの声。

 

 秋山は先ほど投げた刀に向かって走る。弓を構えた者が直線にいる。ここで向き合わなければマイを狙うかもしれない。弓使いの目が光る。引き絞られた短弓から矢が発射される。

 

「ぐっ」

 

 腰をひねってよける。足元を狙われた。太ももをかすめる。

 動きを止めて仕留めようというのだろう。だが、この弓使いは驚異的な腕というわけではない。もしも、そうであるならば今頃秋山は死んでいるだろう。

 

 秋山は刀を拾う。走りながらである。

 弓使いは矢をつがえる。その一瞬に秋山は全力で踏み込んだ。

 

 一閃。

 

 弓が2つになって地に落ちる。ぽたぽたと腕から血を流して弓使いは悲鳴を上げた。

 

 殺気。

 

 秋山は地面に映った双剣の少女の影を見る。上空からの攻撃。

 

 手には刀。秋山は裂帛の気合を込めて後方に斬撃を繰り出す。がきんと双剣と刀がぶつかる。火花が散る。少女は後方に飛び。秋山も腕に強烈なしびれを覚えつつ、下がる。

 

 刀は鞘に納め秋山はマイのもとに走る。マイはあの栗色の馬の傍にいた。秋山はその馬に飛び乗ると、マイを引っ張り上げる。痛かったのかもしれない、マイは「きゃ」と言う。

栗色の馬はすでに馬車からは離されている。

 

『マイさん。俺が敵を引きつけます。その間に前の馬の留め具を外してください』

 

 栗色の馬がひひんと叫ぶ。もう一頭もいるが、もはやかまっている暇はない。

 秋山は馬上でマイを抱きかかえると手綱を引いて、駆けだす。

 

 街中を疾駆する。前にはマイのうなじがある。

 

「に、逃げられたんですか?」

「わかりません」

 

 街中を騎乗で疾駆する。住民は一様に驚いた顔をして脇に逃げる。

 

 石造りの家が並んでいる。

 

 その屋根伝いを双剣の少女が並走してくる。馬と同じ速度で彼女は奔っている。秋山のいまだ腕にはしびれがある。馬上で抜刀しての戦いは流石にしたことがない。

 

 手綱を握りしめる。秋山は腿を締め、馬を操る。石畳みを蹄が鳴らす。

 双剣の少女の周りに青い光がほとばしる。彼女の速度は上がり、家の屋根ではなく、壁を走り始める。

 

「化け物か……」

 

 流石に秋山は漏らす。双剣は壁を伝い、秋山に切りかかる。彼はマイの体に覆いかぶさり、かばう。背中に焼けるような痛み。秋山はうめき声すら漏らさずに歯を食いしばる。

 

「あ、あきやまさん」

「大丈夫です」

 

 血まみれの背中はマイからは見えない。それはよかったと秋山は思う。

双剣は一度地面に降りて、ゆらりと走り去ろうとする秋山たちを見る。黒いローブから半分だけ見えた赤い瞳。

 

 青い光が彼女を包む。右足に力を入れて、疾走する。彼女の蹴りだした石畳にはその足跡がそのまま残っている。すさまじい力で蹴りだしたのだ。

 

 街の間を馬が走る。そのすぐ後ろを少女が追う。

 

 秋山の血が飛ぶ。道行く人の悲鳴、喧噪の間を駆け抜ける。秋山はこの瞬間にも最善を希求する。その前には泣きそうな顔をしているマイがいる。彼女は、唇を噛んで怖さを抑え込むと、叫んだ。

 

「……アキヤマさん! あの、あの出口を目指してください!」

 

 城壁の一角を指さす。そこに街の出口があるのだろう。そうすることに何の意味があるかはわからない。だが、秋山はそちらに向かって馬を走らせる。

 

 猛然と双剣の少女が追う。手には血の付いた湾曲した双剣を握って。マイは振り向く。

 冷然とした顔の少女と目が合う。マイは恐怖を覚えたが、だが短く数節の言葉を発した後に叫んだ。

 

「ラ バゥス」

 

 青い美しい文様がマイの左手を包む。彼女はその手を双剣に向ける。

 双剣は片方の短剣を投げる。

 

「え?」

 

 マイに剣が迫る。その剣を秋山が―

 

「だぁあ!」

 

 手で撃ち落とす。腕から血が飛ぶ。

 マイはその瞬間に追ってくる少女を睨みつけて手を開く。冷気が氷のつららを生み出し、打ち出される。少女は体をよけたが、次の瞬間には自らの足元が凍っていることに気が付く。

 

「!」

 

 時間を稼げた。マイは息を吐く。だが、足元の氷砕いて、少女は追ってくる。マイはその間に右手を掲げて数節唱える。そして叫んだ。

 

「ダ ヴァス!」

 

 右手に赤い文様が広がり、彼女は手を空に掲げる。文様は焔となり空に打ち出された。空に上がった焔は一度炸裂して、消えた。秋山と彼女を載せた馬は荒い息のまま走る。入るときに見えた市場を疾駆する。

 

「どいてくれ!!」

 

 人ごみが両側に分かれる。騒動を聞いていたのか、市場の者たちは逃げつつも野次馬のようになっている。だが、追跡者である少女は容赦なく追ってくる。

 腕から血が流れる。秋山はそんなことにかまってはいられない。街の出口が見える。そこに何十人か集団がいる。

 

 その中から離れて道の真ん中にざっと、佇む短い金髪の女性。小柄だが耳の長い奇妙な女性だった。顔に文様を刻み、弓を持つ。

 

 背にした矢筒から矢を抜きつがえる。ゆっくりとかまえている。

 

 マイは叫ぶ

 

「た、助けてください!」

 

 金髪は何か言う。にかっとわらって。矢を打ち出す。

 

 その矢は一直線に秋山たちの側面を抜けて、双剣の少女に向かう。彼女は手に持った剣で撃ち落とす。真っ二つになった矢が地面に落ちる。

金髪はあれ、と言う顔で首をひねる。その後ろから剣を肩に担いで出てきた男は、ヘクターだった。秋山は馬を止める。

 

 ヘクターの後ろには屈強な男たちが並んでいる。彼は、双剣に向けて何かを叫んでいる。秋山には言葉の意味が分からないがおそらくは退くように要求しているのだろう。

 

 双剣はしばらく黙っていたが、踵を返し疾風のように走り去った。秋山はただ黙ってその後ろ姿を見ている。

 

 

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