異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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グリフォンの脅威

 敷かれたゴザの上に秋山は腰を下ろす。

 城門の前は広場になっている。有事の際などには軍隊を移動させやすいためだろうか、と軍人らしく秋山は考察した。それはただの癖と言っていい、特に意味があるわけではない。

 開けた視界は襲撃の対応がしやすい。先ほどの騒動を見ていた野次馬が遠巻きに見ているが、近寄ろうとするものはほとんどいない。

 黒ずくめの者たちの襲撃を撃退した後、傭兵団とともに待機している。背中と腕の傷に関してはずきずきと痛むが、声や態度には出さない。

 

「アキヤマさん」

 

 彼の後ろにマイが座る。彼女の声は背中越しに聴いているからその表情はわからない。

 

「それじゃあ、傷を見せてください」

 

 なんとも泣きそうな声でそういう。秋山は自分の傷を見てそうなったことを思えば、申し訳ない気持ちもあり。それでいて彼女の本質が分かった気がする。

 着ているシャツを脱ぐと、秋山の鍛えられた体とその背中に刻まれた赤い刀傷が露になる。どろりとシャツについた血が下に落ちる。その彼の体には今回のことは関係のない傷がいくつかある。腹部には一度抉れたのだろうか、大きな銃創がある。

 

「う」

 

 何かを抑えたマイ声。振り向かずに秋山思う。マイに悲しんでもらう気はない。

 

「おなかがすきましたね」

「……?……はい?」

「いや、いい運動をしたからお腹が減ったなと」

「………………何を言っているんですか?」

 

 失敗したかな? と秋山は苦笑した。普段は軽口などは殆ど叩く暇はないからうまくないのかもしれないと内心で少し反省する。マイは両手を彼の背中に当たるか、当たらないかの位置にかざして数節の呪文を唱える。

 

「フィ リーア」

 

 暖かな感触が背中を包む。あたりを優しい翠色の光に照らされる。

 痛みが引いていく。これは治癒の魔法なのだろうと秋山は心地よさの中で感じる。

 

(外科的な技術はなくてもこのような魔法がある……いいな)

 

 心底羨ましく思う。もしも、この力が自らの国にもあれば大勢を助けることができたのだろう。しかし、それを声に出すわけでもない。

 

「わ、私はですね」

 

 マイが背中越しに話しかけてる。

 

「パンを焼くのには、その、自信があるんですよ」

 

 もう一度秋山は苦笑する。自分の言った戯言に彼女は合わせてくれているのだろう。秋山は「そうですか」と返す。優しい光の中で二人はどうでもいい会話をしている。

 

「きょ、今日は無理ですけど、今度焼いてあげますよ」

 

 今お腹が減っているというのに、今度という。どうやらマイもこのような会話は不得手らしい。だが、秋山は、

 

「そうですか。それは楽しみにしておきます」

 

 と言った。それからお互いに無言ではあっても特に居心地の悪さを秋山は感じなかった。だからこそ、その無言の内に落ち着いた冷徹に考えてしまう。

 

(襲撃してきた彼らは何者だったのか、きっと俺にはそれはわからないだろう。だが、本気ではなかったな)

 

 襲撃者本人達はおそらく全力で秋山たちを抹殺に来た。だが、わずか3名である。路地裏まで誘い込みつつ少人数での襲撃は片手落ちである。秋山は自分なら側道すべてに待ち伏せをさせて逃がさずに殺す計画を立てると思う。

 

「マイさん。あの襲撃者達は、何者なんでしょうね」

「え? あ、ど、どうなんでしょうね。……正直見当もつきません」

 

 見当もつかないとまでしか答えられないのだろうか、それとも本当にわからないのだろうか。秋山は自然に浮かんだ疑念と疑いの心を恥じつつも吟味する。あの魔王との会話が「本当であれば」マイは全てを自分に伝えてはいないということになる。そもそもあの3人が秋山を殺しに来たのか、マイを殺しに来たのかわからない。

 

「終わりました!」

 

 すっと背中が軽くなった気がする。秋山は首を動かして肩を回す。

 

「すごいな、本当に治ったんですか?」

「次は腕です。早く出してください!」

 

 なぜか治療をした本人であるマイが喜んでいる。秋山が振り返ると、そこにはうれしそうな顔をした無邪気そのものな少女がいた。秋山は彼女を疑う自分に少し嫌気がさす。

 

「いやだなぁ」

「え? な、何でですか?」

「あ、いや、今のは独り言ですよ。マイさん」

 

 続けて腕の治療も終えるとそこに黒い鎧を着た剣士がやってきた、ヘクターである。彼はマイに対して何か話をしている。何かの報告らしいが言葉はやはり秋山にはわからない。ただ、深刻そうな顔でヘクターもマイも話し込んでいる。

ただ、ヘクターが最後ににやついて何かを言うと、マイが

 

「ちがいます! 私はそんなつもりじゃないです」

 

と顔を赤くしてむきになって反論している。ヘクターはにやにやと秋山を見ている。何を言っているのかはだいたい察しが付くが、あえて冷静に聞いた。

 

「どうしたんですか?」

「むっ」

 

 むーと秋山を見てからマイはこほんと咳払いして、ひどく落ち着きはらった表情で向き合った。秋山が笑ってしまいそうになるほど作った態度である。

 

「今の治療中に傭兵の何人かに教会へ手紙を持たせて走らせました……正直訳の分からない襲撃を受けてこのグリフォンの調査を行うべきかと……結果は調査を続行です。これから、その申し訳ありませんが出発せざるを得ません」

「そうですか」

 

 組織の事情というものがあるのだろう。自らの所属する組織を元にそう考えた秋山は理不尽を多分に含んだ命令も素直に聞いた。ただ、あまりに判断が早いということも同時に引っかかる。

 目を閉じて考えるが、今ある情報だけでは憶測しかすることはできない。

 

(そもそもが、マイさんが偶然俺をグリフォンなどという魔物の調査に同行させようとするのもおかしさはある。ある種の手際の良さを感じる)

 

 目を開けると目の前に金髪の少女がいた。

 

「……」

 

 黙って驚く秋山。一言でも声をあげればいいのだが、これも癖だろう。

 

 金髪の少女は耳が長い。先ほど追ってくる「双剣」から弓を使って助けてくれたのは彼女だったと秋山は思い出した。緑のローブで身を隠して、手袋をつけた手を顎にやりまじまじと秋山を見ている。

 

 ローブの隙間から白い太ももが見える、短いショートパンツをはいているのだろう。秋山はそれで目を背ける。女性の肌など見るものではない。

 

「わーすわーす」

 

 金髪の少女は何か言う。

 

「わーす」

「……マイさん。なんと言われているのでしょうか?」

 

 言われてマイはぎょっとした顔で目を泳がせる。金髪の少女は手を口元にあてて「ぷぷ」と笑っている。彼女は立ち上がって「わーす」と言って走り去っていく。何だったのかわからないが秋山はからかわれたのだろうと思った。

 

「あの、あれは……その。ばーかばーかって言っているんですよ……言葉が分からないことをいいことに」

「ああ、そういう」

 

 冷静に受け流す秋山。異国語で馬鹿にされることはよくある。

 

「それにしてもあんな女の子が傭兵ですか。まだ子供なのに」

「まだ子供……? 小柄ですが私より上の彼女は19歳ですよ。……まあ、数百年を生きるエルフからすれば子供ですけど」

 

 秋山は今のわずかな言葉にいろいろと混乱した。聞きなれない単語がいくつかあることもそうだが、あの少女は19歳でマイはそれよりも年下だという。それこそ子供ではないか。

 

「……マイさん。失礼ながらいくつですか?」

「私ですか。去年魔法学校の学位を得たので16ですね。あ、もうすぐ17です」

「じゅう、ろく」

 

 めまいがする。こんな年端も行かぬ少女を疑っている自分にである。背中を切り裂かれたことやこの世界に来たことよりも秋山は無駄に大きな衝撃を受けていた。彼の精神構造は理不尽は受け流せるが、弱い者とされるものに対してはひどく繊細である。

 

「ま、まあ、我が国でも江戸時代では15歳で元服を迎えていましたし」

「ゲンプクって何ですか?」

 

 秋山はじっとマイを見る。この少女は「子供っぽさ」があると思っていたが、そうではなく「大人っぽさ」のある子どもなのだと認識した。そう考えると危険なことをさせているこの世界の大人と彼女の境遇に怒りとともに守るべきという義務感が沸き上がるのを感じた。

 

「マイさん。あなたのことは俺が守りますよ」

「え?」

 

 突然の申し出にマイは混乱して顔を赤くした。意味が分からない。

 

 

 城塞都市を出ると来るときに見た麦畑が広がっている。

 

 秋山は馬にマイを載せて自らは徒歩でその手綱を引く。その後ろにヘクターを中心とした傭兵団が続いていく。彼らは20名にも満たない数のしかいないが、それぞれバラバラの武器を手にしている。正式な軍隊のように隊列を組んでいるというよりは同じ方向に歩いているという風情である。

 

 その中にあの金髪のエルフもいる。名前をエールというと秋山はマイに聞いた。

 

 エルフという種族は森の奥に住んでおり、あまり他の種族とかかわりを持たないという耳が長く総じて聡明で、人間に比べて長い時間を生きるという。そんな高貴な種族に生まれたエールは今両手を頭の上で組んで、おおきなあくびをしている。

 

 マイは馬上で地図と睨んでいる。

 

 そよ風が拭いている。黄金の麦畑がさぁと音を立てる。その中を彼らはいく。

 先頭を行くのは異世界人である秋山という奇妙な状況になっている。彼は破けたシャツを脱いで傭兵団から貸してもらった肌着とその上に革の鎧を着ていた。鎧と言っても簡易的なものである。思ったよりは軽い。

 その腰には刀を佩いている。結局あの襲撃者達との戦闘を経ても刃こぼれ一つしなかった。

 

 一本道が続く。街道なのだろう。道行く人達の中には最初に合った猫耳の少女のように動物の耳のある者たち、馬車、武装をしている者たちと様々にいた。

 その中で秋山は流れるときが緩やかな、そんな錯覚に陥りそうになった。遠くを見れば山々の稜線が伸び、白い雲がゆっくりと流れていく。

 

 そんな中で彼の背中をバンと叩く者がいる。

 

「!」

 

 見ればエールがいた。おそらく暇なのだろう。彼女は手に何かパンのようなものを持っている。細くて堅そうだった。彼女はそれを自分で噛んで、もぐもぐと食べる。

 

 それから秋山にずいと渡した。食べかけである。おそらく毒見をして見せたのだろうが、秋山は年頃の彼女にはしたない真似をしないようにと言いたかったが、言葉がわからない。結局善意からだろうと受け取って食べた。

 

「まっ!」

 

 マイが妙な声をあげた。秋山はそれよりもパンの味気無さに驚く。エールは腰からもう一つ同じパンを出して、さらに竹筒のようなものも出した。それを傾けるととろりとはちみつがでてきて、彼女は美味しそうに、見せつけるように食べる。

 

 秋山は苦笑する。これがやりたかったのだろう。

 

 そんな緩やかな道程。麦畑を超えると小川の流れる小さな橋を渡り、森の中に入る。そこにもちゃんと道路がある。年貢やその他の貢納のために整備された道であるが、秋山にはそんなことはわからない。

 

 黄色に色づいた落ち葉がひらひらと舞う。秋山の足元でくしゃくしゃと音が鳴る。エールもその後ろでわざとらしく音を鳴らしながら歩いている。彼女は何が楽しいのか秋山の真後ろについてはなれない。たまに話しかけてくるが、何を言っているのかさっぱりわからない。

 

 マイに通訳を頼もうにも、なぜか少し不機嫌そうであるから秋山はやめておいた。

 

 鳥が鳴いている。まるでホトトギスに似ているその声に不意に秋山は故郷を想ってしまうが、首を振った。

 

「マイさん。あとどれくらいでその調査場所にはつきそうなのですか」

「ああ、えっとそうですね」

 

 彼女は地図を見ている。案内役でもつければいいのだろうが魔物の調査という危険任務に参加させなかったのだろうか、秋山は思う。

 

「この道をまっすぐでつくはずです。山間の村ですが」

 

 そう言ってからさらに歩いても一向につかない。マイは馬上で「あれ?あれ?」と地図をみている。後ろの傭兵団はそれぞれ談笑してついてくるからあまり気にしてないようではある。傭兵をしているからには行軍自体には慣れているのかもしれない。

 

 ただ、秋山の後ろの少女、エールだけは明らかに不機嫌そうである。秋山は彼女に何か話しかけてやろうとしたが、やはりどうしようもない。やはり言葉を習得しなければかなり不便である。

 

「マイさん」

「はい……」

 

 元気のない声はだんだんと自信を失っているのだろう。

 

「私に言葉を教えてくれませんか? 簡単なことからでいいんです」

「言葉を教えてくれですか?」

 

 馬上のマイとの会話をエールが聞いていた。彼女は秋山の背中をぱんとたたいて、指で自分をさしている。暇つぶしをみつけた、と言う顔でうれしそうである。彼女はぱたぱたと前に走って行き。石を拾う。

「グイ」

 

 という、おそらくは石のことを「グイ」と言うのだろう。秋山がマイに目で問うと、彼女もこくりと頷いた。

 

 それからエールは葉っぱや弓、服、ローブ、馬と見えるすべてにたたっと走ってはその名詞を叫ぶ。単語の羅列だが秋山にはありがたいことだった。彼は元々いくつかの異国語を話すことができる。頭の中で整理することには慣れていた。

 イチョウのような、そんな落ち葉の上をエールは楽しそうに走りまわる。ヘクターはたまに彼女に声をかけるが、彼女自身は意に介していなという様子だった。

 

 そうこうしているうちに木々の間を抜け村山の中にいくつかの民家が見えてきた。

 簡易的な柵で囲まれている。その小さな集落には遠くから見ると人影がちらほらと見える。すでに日は傾きつつあった。夕暮れの闇がだんだんと深くなってきている。

 

「あーつきましたね」

 

 マイはほっと安堵のため息をもらした。傭兵団もそれぞれが喜んでいるようだ。

 村への道を行くと秋山はふと、気になるものを見つけた。それは「なに」というものではない。いうなればシミのようなものだろうか。地面に赤い、シミのようなものがうっすらとある。

 彼は膝をついて調べてみるが血の跡のように見えた。

 

「これは、グリフォンと言う化け物にやられたのか……?」

 

 少なくとも死体があるわけでもない。遠くに見れば村人らしき人影が特に警戒した様子もなく働いているようだった。秋山は立ち上がり、歩き出す。

 

 村の入り口は不自然に壊れていた。アーチ状の入り口があったのだろうが崩れている。マイたちとそこをくぐると村人たちが遠巻きにこちらを見ていた。

 マイは馬を降りて彼らに言う。

 

「私はファロム公国所属の魔導士マイ・トランスヴァ―ルです。依頼を受け魔物も調査に参りました。責任者にお会いしたいのですが、けほ。案内いただけませんか」

 

 大声を出してせき込むマイ。秋山はらしいな、と勝手に納得する。

 村人たちはそれぞれひそひそと話し合い。何人かがどこかに走り去っていく。

 

(何か妙だな、もともと魔物の調査を依頼したのはこの村なんだろうが……それにしても)

 

 秋山は直感に近い疑義を感じる。随分と態度がよそよそしい。

 

 そんな彼の疑問をよそに暫くすると年配の男が杖を片手にやってきた、彼は数日前に村人を集めて魔物の調査依頼をしたものである。

周りには数名の男たちがいる。彼らはマイの前で頭をさげて、口上を述べている。

 マイはひどく驚いている。

 

「え? 魔物の、調査とはなんのことと言うのはど、どういうことですか?」

 

 困惑しているのは年配のおそらく村長も同じだった。お互いに話がかみ合っていない様子だった。

 日が、沈んでいく。村人たちが集まってくる。秋山の後ろにヘクターがやってきた、彼は秋山の肩を掴んだ。何かを異様なものを感じているのだろう。エールも自らのローブについたフードを被り、弓を掴んでいる。

 マイは村長に困惑したままに言う。

 

「だ、だってグリフォンが出たから、調査をと依頼をしたはずではいですか」

「グリフォン?」

 

 村長が言う。

 

「グリフォン」

 

 周りが声をあわせる。

 

「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」「グリフォン」

 

 マイがあとじさる、周りすべての村人が同じ言葉をただ呟き続けている。この異様な光景にマイは秋山の元まで下がってきた。

 

「な、なんなの」

 

 秋山が彼女を後ろに下げる。ヘクターがその背中を守るように動く。

 その時、大きな羽ばたきの音が響く。その音に秋山は空を見る。

 夕日を背に巨大な怪鳥。いや、鷲の頭と獅子の体をした化け物が彼らを見下ろしている。

 

「グリフォン……」

 

 刀を掴む。秋山の動きに合わせて、グリフォンが吠える。空気が揺れ、山々を震わせるほどの咆哮。ぴりぴりとした殺気が秋山の体をなでる。

 

「ぐぎゃ」

 

 後ろで悲鳴がする。見れば村人が傭兵の一人を「刺している」。すぐに周りの仲間がその村人を打倒した。見れば周りの村人たちの手には粗末な武器、包丁や鍬などが握られている。あるものは木の棒を握っている。

 ただ目だけは異様に赤い。じりじりと近づいてくる。口々に「グリフォン」と言いながら。

 

 「魔王」の顔が秋山の脳裏に浮かぶ。

 グリフォンがもう一度吠えた。その瞬間村人たちが一斉にとびかかってくる。

 





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