異世界に、不死を想う   作:ほりぃー

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絶望の空

 狂人、としか言いようのない者たちがじりじりと近づいてくる。その目は赤く光、口々に「グリフォン」と繰り返し呟ている。彼らの手には鍬や鋤、それでなければ包丁や棒といった武器と言うには粗末なものが握られている。

 

 ただ、それらを握りしめる手は強い力が込められている。

 

 秋山は困惑するマイを片手で制しながら、後ろに下がろうとする。彼の後ろでは怒号と悲鳴が響いている。傭兵の一部はすでに戦闘に入っているのだろうか、秋山は迫りくる村人達から目を離さずに考える。

 

「グリフォンめぇ、俺の、俺の、俺の村には、て、をてをださ、ださ、ださせない」

 

 男がいた。若い男だった。そういいながら恐ろしい形相で秋山たちを睨みつけている。口から涎をたらし、手に持った鋤を振りかぶった。

 

 秋山は構えたまま、声をかける。

 

「待て。私たちは君たちに敵意はない。武器を下ろせ」

「ぅうぅうぅぅううううぅう!」

 

 飛び込んでくる。

 

「ひぃ」

 

 秋山の後ろにいるマイは悲鳴を上げた。ただただ純粋に恐怖からにじみ出た叫びだった。彼女はこの訳の分からない状況に完全に怯えきった表情をしている。その前にいる秋山は刀に手をかける。

 

 突撃してくる男は鋤を振りかぶって全力振り下ろそうとする、その前に秋山は飛び込んだ。素早く抜いた刀を構え、肩で体当たりし腹に突き刺す。よけるわけにはいかなかった。秋山の真後ろにはマイがいる。

 

「え?」

 

 マイは別の意味で驚愕した声を出した。彼女の視界の中で赤い色が噴き出す。

 秋山は手元の刀を横にひねる。ぐちゅりとした感覚のあと、刀を引き抜き。男の胸ぐらを掴んで村人たちに投げ飛ばす。突っ込んできた男は「ぐりふぉん……」とだけいって、人形のように倒れていった。

 

 秋山周作は軍人である。

 

 彼はいくつかの戦場を超え、白兵戦をせざるを得ない場面も幾度かあった。それを彼はこの場で端的に示した。彼は血濡れの右手に、左手にその鞘を構える。

 

「聞け!!」

 

 あたりを震わせる声を発する。

 

「攻めかかるなら容赦はしない! 言葉はわからずとも俺の叫ぶ意味は分かるだろう!!」

 

 村人たちが一瞬だけ躊躇したようだったが、彼らはまた叫びだす。

 

「グリフォン!!」

「グリフォン!!」

「グリフォン!!」

 

 一斉に飛び込んでくる。秋山は刀を斬るではなく叩くように使う。刀と鞘を振り回し、動き回る。何かが斬れる音がすれば刀に当たったのだろう。何かが折れる音があれば鞘で骨を折る。

 

 ヘクター達もその戦闘に加わる。ヘクターは剣を握り、先頭を進む。村人たちをただただ、手当たり次第に打倒す。殺すかどうかは「選んでいられない」。

 

 所詮村人と傭兵たちである。戦闘というよりは蹂躙なのかもしれない。

 

「あ、あ、あ、あ」

 

 呆けているマイの真後ろから矢が数本飛ぶ。それらは幾人かの村人に当たる。マイが反射的に振り向くと、弓を片手に彼女に駆け寄ってきた金髪のエルフがいる。彼女はマイに自分の身を守るように、短く言う。

 

 言いつつ、金髪の少女エールの目には驚愕が浮かぶ。彼女の矢を受けた村人たちが立ち上がったのである。肩に、体に矢が刺さったままだった。

 エールはその手に短弓を構える。そして背にした矢筒から矢を取ろうとして、落とした。

 

 手が震えている。エールは自分を奮い立たせるように下唇を噛んで、もう一本矢を取り直す。その間に、

 

「グリフォォン!」

 

 ナタを手にした男が迫る。エールは震える手に力を込めて弓を引く。歯を食いしばり、襲い掛かってくるあらゆる心の中の感情を押し殺す。

男が倒れる。血が飛び散る。

 

「マイさん、エール! 大丈夫かっ?」

 

 そこには血刀を手に秋山がいた。エールは構えた弓をおろし、はぁと息を吐く。荒い息を整えて、殺さなくてよかったことに心から安堵する。そうしてから、その卑怯さを呪った。

 足元に転がる男はナタを手にしたまま動かない。秋山はマイに近寄り、言う。

 

「マイさん。ここから下がります」

「……ぃ」

 

 秋山の顔は血に濡れている。マイはただ、純粋にそれに恐怖にゆがんだ表情で迎えた。秋山は一瞬驚いて、わずかに目を閉じる。

 

(当然の反応だ)

 

 目を開いた時、秋山はマイにゆっくりと伝える。その手を、彼女に触れることはしない。その「穢れた手」の拳を秋山は握りしめた。

 

「マイさん。今なら逃げられます」

 

 戦闘訓練を受けていないだろう、そして粗末な武装の村人達との闘いは短時間に決着がついた。ヘクター達も下がろうとしている。村を出て森まで抜けるべきなのだ。秋山はただ事実だけを伝える。

 

「ここで下がる必要があります。空の化け物がどう動くかわかない」

「…………」

 

 マイは目を開いて秋山を見ている。聞いているかどうかはわからない。ただ、その頬をエールがたたいた。ぱぁんと音が響く。

 

「いたっ」

 

 エールはマイに何か叫んでいる。言葉はわからないが、その言葉がわからないエールの方が秋山の意図を理解したのかもしれない。マイはただ無言でエールの言葉に頷いている。

 その時、山々に響く咆哮がとどろいた。天に浮かぶグリフォンが羽ばたくと一陣の風に巻き起こる。

 グリフォンは鷲のような顔に獅子のような体をしている。地面に降りたつとその巨体ゆえかあたりが揺れる。

 

「グリフォン」「グリフォン」

 

 生き残った村人たちが口々に叫ぶ。グリフォンはそのクチバシを開いて、体に向ける。

 炎は噴き出す。轟という音とともにグリフォン口から放った火はあたりを焼き尽くす。村人たちは体を焼かれ、転げまわりながら、

 

「グリフォン!…」

 

 と叫びつづけている。その声が途切れた時はその人間が終わったということだ。

 

 グリフォンが叫ぶ。炎に囲まれているまま羽ばたけば、延焼が広がっていく。空に火花が散り、圧倒的巨体を震わせる。天の日はすでに落ち、闇夜を焦がす炎が立ち上る。

 傭兵団はひるんだ。ヘクターは剣を納めて何かを叫ぶ。すると彼らは散開して別々に逃げていく。素早い行動だっだ。

 

 ただ、その中にうずくまっている数人がいる。ヘクターはやれやれと黒髪を掻くと彼らにかけよって無理やり起こすと歩けないものには両肩を貸しながら下がっていく。

 

 グリフォンの眼には彼の行動が映る。感動しているのではない。単に間抜けな獲物として映っているのだ。この化け物は地面に爪を立てると低い姿勢をとる。

 

「まずい」

 

 秋山は悟った。その一部始終を馬鹿げた冷静さで見ていた彼はグリフォンが炎をはくと直感した。その瞬間には奔りだしている。マイのことはエールに任せるしかない。炎の野を奔る。

 

 秋山は叫ぶ。

 

「こっちだ化け物!!」

 

 グリフォンの目が動く、秋山はその側面を走り抜ける。手には刀が一つ、鞘はどこにいったかわからない。グリフォンは炎を吐く。秋山の近くを焼き。彼は転がってよける。

 

(まるで陸軍のようなことをしているな。……あのグリフォンという魔物に村人を操っていたのか……? いや、今はいい)

 

 すぐに立ち上がりつつ、彼は手に持った刀を見る。そして、目の前で咆哮をあげるグリフォンを見る。炎に包まれながら、化け物に刀一本で対峙することに秋山は苦笑する。熱さで顔についた血が乾いている。

 

「手榴弾でもあればな」

 

 グリフォンが羽を広げる。そして口を開く。正面から見ればクチバシのその奥が赤く光っている。それは灼熱の色。秋山は荒い息を吐く。炎に囲まれて見えないが、あたりは誰もいない。

 

 傭兵団もマイもエールも逃げることができたのだろうか、そう思ったのだ。

 

 秋山は街で戦った男とのことを思い出す。あの時に受けた焔とは全く規模の違うグリフォンの攻撃になすすべを思い付かない。

 

「俺は、まだ生きて、戦わないといけない」

 

 それでも秋山は諦めを持てない。彼は祖国に帰り、戦うことを思う。

彼は一か八か突撃するために足に力を込める。

 

 グリフォンの口から炎のブレスが放たれようとする、その瞬間に叫び声が聞こえる。あたりに広がる炎の中から人影が飛び出してくる。

 

「おぉおお!!」

 

 グリフォンの側面に現れたのは黒髪の剣士。ヘクターだった。彼は手に持つ剣をグリフォンの足に刺す。赤い血が噴きだし、グリフォンが悲鳴を上げる。体のバランスを崩し、首を下げる。

 

 怒りを伴ったその瞳にヘクターが映る。ヘクターは挑発するように右手を上げてウインクする。挑発など化け物にわかるはずもないが炎を吐こうと口を開く。ヘクターは笑う。

 

 秋山はすでにグリフォンの首元に来ていた。彼は無心に踏み込む。

 

「おぉ!」

 

 上段から渾身の力を込めて首筋を斬る。血があふれると同時に炎が漏れる。グリフォンはのたうち回り、あふれ出る赤い血を自らの熱で蒸発させる。すさまじい声を発した後、秋山とヘクターの前にグリフォンは倒れた。どすんとその巨体から響く。

 

「……はあ、はあ」

 

 秋山はその場に片膝をつく。死んでいてもおかしくはなかった。中途半端な距離でグリフォンに対峙していたら炎で炭になっていただろう。近くにいたことが幸いしたのだ。彼はおそらく助けにもどってくれたヘクターに目をやる。

 

 ヘクターは頭を掻いている、いや髪型を整えている。彼も秋山の視線に気が付いてうっすらと笑う。その不敵な顔に秋山も笑ってしまった。

 

「言葉がわからなくても、あんたはいいやつだってことはわかるよ」

 

 秋山はヘクターに言う。ヘクターはグリフォンの足に刺さった剣を引き抜いて、それからグリフォンの首筋を数度斬りきざむ。態度は軽いが容赦はない。彼はそれから鞘に剣を納める。あたりは一面に炎が広がっている。

 

 村だった、と言った方がいいかもしれない。村人たちの死体も焼かれていく。畑も家屋も。秋山は立ち上がりそれらを見る。なんら感想は漏らさない。たとえ襲われたとしても「こうなった」ことの一端は自分にあるとこの男は考えていた。

 

 涙を流すことも悲しむことも彼はせず、二度と忘れないように見る。

 

 その彼の肩をヘクターが叩く。彼は親指で後ろをさす。逃げようというのだろう。どちらにせよここに長居はできないというのは秋山も思っていた。

 

 咆哮がとどろく。

 

 山々をとどろかせるこの叫びに秋山とヘクターは驚愕とともに空を見上げた。

村を焼く炎に照らされた暗い天。

 

 そこに翼をはためかせるグリフォン「達」が秋山を見下ろしている。その目には敵意があふれている。秋山たちの斃したグリフォンの復讐をしようというのだろうか。

 

 秋山は汗をぬぐう。最悪の中で最善を希求する程度、慣れてしまっていた。

 

 




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