ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役03

異世界‶トータス〟へ転移した浩二の天職は‶医療師〟。

後方支援の天職だった浩二は戦闘訓練、座学、その合間に回復薬の調合を繰り返しては休憩時間を利用してトータスに存在する薬毒について調べては研究し、更には動物や魔物の死体を使って解剖、実験を行う日々。

トータスに転移してから約一週間。浩二はある決断をした。

「よし」

机に置かれているのは調合したあらゆる回復アイテム。それ以外にも魔法陣を記した紙も用意している。

明かな入念の準備。いざという時の備えをしている浩二がこれから行おうとすることは下手をすれば死ぬ可能性もゼロではない実験。

だけどこの世界で生き抜く為にも、そして雫を護る為にも決して避けては通れない。

これから浩二がやろうとしていること。そして浩二が手に入れようとしているものはなんなのか。

 

それは‶魔力操作〟。

 

それはこの物語の主人公である南雲ハジメが魔物の肉を食べて手に入れた技能。魔法陣も詠唱も必要とせずに魔法を発動させることができるこの技能はこれから先の戦闘には必要不可欠だ。

本来魔物しかない特性だが、魔物の肉を食べたハジメ以外にも例外が二人いる。

それは‶ユエ〟と‶シア〟。

生まれつき魔力操作の技能を持つその二人は当然ハジメのように魔物の肉を食べてはいない。そこで浩二は閃いた。

――もしかして肉体に何かしらの弊害があるのかもしれない。

そして二人は生まれつきその弊害がなく、魔力操作の技能を持っているとしたら浩二の技能‶改造〟で魔力操作の技能を獲得できる可能性はある。

しかし、これから行う行為は完全なる人体改造。恐怖がないと言えば嘘になる。

それでも浩二にやらないという選択はない。これぐらい乗り越えなければ、これから先の戦闘では脇役どころか確実に足を引っ張ってしまう。

一度大きく息を吸って浩二は自己改造を取り始める。

「‶改造〟」

刹那、自身の灰色の魔力が全身に循環する。

すると全身の体内がまるで目で見ているかのようによくわかり、どこをどうすればいいのか手に取るようにわかる。

まるで執刀医と患者を同時に味わっているかのように自身の身体を改造していく。

血管、リンパ系、筋肉組織、神経。全身の何もかもが望んだ形に向けて変わっていくことを実感すること数十分。

浩二は自身のステータスプレートを確認する。

 

 

平野浩二 17歳 レベル:5

天職:医療師

筋力:70

体力:85

耐性:50

敏捷:60

魔力:120

魔耐:90

技能:医学[+診察]・調合[+薬毒鑑定][+高速調合][+効果上昇]・侵入・改造[+解剖][+最適化][+自己改造]・投擲・魔力操作[+魔力循環]・回復魔法・光属性適正・闇属性適正・高速魔力回復・言語理解

 

 

「よっしゃ!」

念願に‶魔力操作〟の技能の獲得に思わずガッツポーズ。

それどこかいくつかの技能に派生技能も獲得したという浩二にとって喜ばしい結果となったのだが…………。

「‶魔力循環〟ってなんだ……………?」

文字通り魔力を循環させる派生技能ならいったいそれが何の役に立つんだ? と首を傾げるも。

「まぁ、その辺はおいおい調べていくか………」

今は念願の‶魔力操作〟を獲得できただけでよしとする。これで詠唱も魔法陣も必要とせずに無詠唱で魔法を発動させることができる。

「さて、今日はもう遅いし、明日の訓練に備えて寝るか」

今日の分の調合も終えて、念願の技能も手に入れられて一息ついた浩二は大きな欠伸をしながら明日に備えて休もうとする。

「浩二。まだ起きてるかしら?」

「雫?」

その時、深夜の時間にも関わらず雫が部屋の扉をノックしてきて浩二は扉を開ける。

「どうした? こんな時間に?」

普段から自己管理ができている雫が深夜の時間に部屋に訪れてくるのは珍しいことだ。

「ごめんなさい。少し体調が悪くて…………薬とかないかしら?」

薄暗くてよく見えなかったが、部屋に訪れてきた雫の顔色がよろしくない。それに気付いた浩二はすぐに雫を部屋の中に入れた。

「診察するからちょっとそこに座れ」

「え? 別にそこまでしなくても……………」

大袈裟な、と言わんばかりの顔で遠慮がちに言う雫だが浩二は問答無用で椅子に座らせる。

「とにかく診るから座ってろ」

有無を言わせない迫力に満ちた顔で告げられた雫は「は、はい………」と思わず敬語で返事をした。

そうして浩二は元の世界から持ってきていた簡易の診察道具で診察しながら。

「俺達は突然にこの世界に召喚されたんだ。常識も何もかもが違うこの世界に召喚されて、慣れない戦闘訓練や覚えなければならないことを覚えていけば嫌でもストレスが溜まる。それがいずれ身体にも影響を及ぼすんだ。そうなってからじゃ遅い」

現にクラスメイトの何人かは既に体調を崩している者もいる為、浩二は密かに薬を処方している。

「それに雫は周囲に気を配り過ぎだ。その上、また夜遅くまで自主練していただろ? お前は色々と溜め込みやすいんだから少しは自分を大切にしろ」

「……………………むぅ」

同級生それも幼馴染からの説教に眉根を寄せるも事実だから反論できない雫であった。

「雫だって女の子なんだ。香織ほどは勘弁して欲しいけど少しは我儘を言ったらどうだ?」

「我儘って……………誰に言えばいいのよ?」

「あー、俺か香織だな。光輝は論外だし、龍太郎は脳筋だからな……………」

消去法として浩二か香織の二人に絞られる。

「香織なら喜んで抱き枕になってくれるんじゃねえか? それとも俺がなってあげようか?」

「結構よ」

天職‶剣士〟らしくばっさりと断る雫。

そんな冗談半分本気半分を言っている合間に診察は終わった。

「お疲れ様。疲労とストレスが溜まっているからよく食べ、よく寝れば治る。あと一応薬を渡しておくな。さっきちょうどいいのを調合したばかりだから、それを朝と夕方に一錠ずつ飲めばいいから」

手慣れた動きで薬を用意するその姿はもはや医者だ。

そんな浩二に雫は思わずクールビューティーの表情を崩して笑みを浮かべる。

「本当に変わらないわよね、貴方のそういうところ。少しでも怪我や病気をしたらすぐに病院に連れて行くんだもの」

「そりゃ子供の頃から怪我と病気の恐ろしさを教わっていたからな」

医者の息子として両親からそれはもう耳にタコができるほど聞かされた。

「それに馬鹿と脳筋がいつも喧嘩に飛び込むから手当てにも苦労にも慣れたものだ。あ、あと喧嘩を除いたら突撃娘にもか」

「ええ、そうね……………」

互いに持つ幼馴染に苦労して二人共大きなため息を吐く。「お互い苦労してますなぁ」「いえいえ、そちらの方こそ」と苦労人同士で会話が続くと。

「……………………ねぇ、浩二。さっき我儘を言ってもいいって言ってくれたわよね?」

「ああ、出来る範囲でならな」

「なら少しだけ私の愚痴に付き合ってくれないかしら?」

「いいぞ」

「……………………怖いの。戦うのが」

そこにいるのはいつもの凛々しいお姉様ではなく、凄腕美少女剣士でもなく、恐怖に身体を震わせる一人の女の子だった。

戦いたくない、死にたくない、戦場に行きたくない、家族に会いたい。そんな誰もが抱く恐怖と不安を雫は吐き出している。

そんな我儘も愚痴も言える状況ではないのは雫は重々承知している。だからいつも恐怖や不安を押し殺して、それを誤魔化す様に剣を振るっている。

浩二はそんな雫の言葉を一字一句全てに耳を傾けて話を聞いた。その上で浩二は雫に言う。

「俺が雫を護るよ」

分不相応の言葉を口にした。

「俺の天職は‶医療師〟。メルド団長が言うには後方支援としてこれ以上にない天職らしい。雫の隣に立つことはできないし、一緒に戦うことが出来ないけど、俺がいる限りは絶対に雫は死なせない。死なせてたまるか」

「浩二……………」

雫は浩二のその真剣な顔に驚きに包まれる。

今までに浩二がそんな表情をする時は必ず目の前で誰かが傷付いている時だけだ。

(あの時と同じ……………)

それはまだ中学の時、いつもの幼馴染メンバーで行動していた際に近くで交通事故が起きた。誰もが驚き、その現場を遠巻きで見ていた時、浩二だけは動いていた。

真剣な顔で、必死の表情で目の前の傷ついた人を救おうとしている彼のその行動はまさに命の尊さと重さを知っている医者の顔だった。

その後、浩二の的確な応急処置のおかげで一命を取り留めて浩二は人命救助の活躍で賞状を受け取った。

本人は「これでも医者の子ですから」と曖昧な笑みと共にそう答えたが、雫は今でもあの時の顔を覚えている。

そんな浩二の顔を見て雫はいつもの調子で言う。

「……………………もう、なに言っているのよ? むしろ貴方は護られる側でしょ? 道場で私に勝ったことあったかしら?」

「うぐ」

「それに後方支援の浩二が戦ってどうするのよ? 回復役はパーティーの生命線なのよ? 誰も死なせたくないのなら浩二は戦うべきではないわ」

「あぐ」

次々に言葉の刃が浩二に突き刺さる。脇役が分不相応なことを言ったからだ。

「でも浩二が後ろにいてくれたら私も安心して戦える。だから私の後ろは任せたわよ?」

「ああ、任された」

互いの背中を預けるわけではないけど、それでもいいと浩二は差し出された雫の手を取った。

 


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