キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/6誤字修正。
 フラットラインさま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


11 撃墜王の座に-満たされぬ栄光

 帝国領ノルデンに到着した私は、前線基地でファメルーン帰りの戦友達と固い握手を交わし、知己以外の戦友達とも友誼を結びつつ、彼らの今日までの祖国への献身に限りない感謝の念を表した。

 戦友愛に厚い皆は口々に私の到着を喜んでくれただけでなく、エルマーが、自分達にとっての守護天使だと褒め讃えた。

 帝国軍魔導師が敵機と魔導師を撃墜する中、自分達パイロットは敵魔導師から下し易い存在として、集中的に墜とされていた。

 ノルデンでもオストランドでも、航空機の性能に劣るパイロット達は魔導師を前に辛酸を舐め続けていたから、そんな中にあって新型航空機(フォルカーD.Ⅻ)の登場は正しく天の助けだったという。

 

「この機体のおかげで、ようやく一矢報いることが叶いました。勿論、勇敢毅然なる航空魔導師に、我々の背を守って頂いたからでもありますが」

 

 そう朗らかにパイロットの一人が笑うが、私は心穏やかでは居られなかった。ファメルーンの生き残りたる一六名の内、今も尚無事であるのは、僅か七名となっていたからだ。

 だが、私が来た以上、もうこの地で一機たりとて墜とさせる気はなかった。

 

「これからは私と飛べ。我々帝国空軍がスコアではなく、恐るべき敵であると協商連合に教えてやろう」

 

 今日という日まで、我々を侮り続けた敵に思い知らせなくてはならない。帝国空軍は籠の小鳥などではない。お前達を殺し尽くせる荒鷲にして、偉大な芸術家の後継なのだということを。

 

 

     ◇

 

 

 帝国領ノルデンは、帝国北方に位置する半島と小さな島々からなる土地であるが、この地は予てよりレガドニア協商連合との領土問題の対立が激しく、係争地として絶えず尊い帝国軍人の血が、しかし一大戦争に勃発しないギリギリの量で流されてきた。

 私はその空を、魔導師をつけることもなく四機編隊で──厳密には魔導師に代わって三機編隊に私が随伴しているだけで、四機編隊(シュバルム)はこの時点でのスタンダードな編成ではなかった──飛んでいた。眼下に広がるのは見た目こそ美しい大地だが、その土は両軍の兵士の血がたっぷりと染み込んだ忌まわしい土地でもある。

 

 そして今、私はこの土地に、新たな養分を撒くのだろうなと嫌な事を考えてしまったが、元より私は軍人であるし、軍人以外の生き方など考えたこともない。

 何より、我々がこの地で戦わねば、父祖が命をかけて手にした土地が奪われ、流れ続けた尊い血の全てが無駄になってしまう。

 敵に対し、殺人を犯すなどという考えは持つべきではない。我々は生まれた土地、仰ぐべき国旗や奉じる対象こそ違えど、祖国の為、血を流す覚悟を持って軍服を着た時点で──実情はどうあろうと──互いにその覚悟を固めたのだと見做すべきなのだ。

 

 ましてや私は帝国貴族として、たとえ相手が自分達より強かろうと、最期の瞬間まで剣を執る覚悟で臨んでいる。それは、プロシャにおける古き善き従士の忠誠(ゲフォルクストロイエ)的価値観であり、たとえどれだけ時代が下ろうとも、貴族が貴族であり、祖国に事変あるならば絶えることなく駆けつける貴顕に根付く、犯し難い観念だった。

 だが、たとえ私が市井の人間であったとしても、仕官した軍人として祖国と皇帝(カイザー)に忠誠を捧げると軍旗に宣誓した以上は、そこに一切の怯懦も迷いも許されない。

 祖国の、愛する者の、隣人や家族、戦友の為。身を捧げると誓った全ての為に戦う事こそ軍人の本懐なのだから。

 

 気を引き締めた私は、頬をぴしゃりと叩き、目敏くこちらを見つけた敵魔導師を確認した。向こうは我々の新型機を既に知っており、警戒したが、こちらに魔導師がいないと見るや、目に見えて動きに余裕が現れている。

 私は部下に経験を積ませる為、後ろで何時でも駆けつけられるようにして、見守る事にした。

 三機編隊は敵魔導小隊の内、一名を撃墜出来たが、そこが限界だったようである。こちらには魔導師が付いていないのだから上々だろう。

 そんな事を思いながら部下をカバーしつつ、残りを平らげる事にした。

 

 

     ◇

 

 

 ノルデンでの私の日々は、ファメルーンで過ごした時と同じだった。つまりは起床して朝食を摂って出撃し、帰還してすぐに昼食を流し込んで出撃し、再度帰還して夕食を摂った後は夜間偵察等の任に出て帰還し、戦闘詳報を纏めて就寝するといった流れである。

 勿論毎日がこの通りには行かず、乗機の中で食事を摂って日中何度も出撃する事もあれば、遠距離を偵察する為に、一度の出撃で終わってしまう日もあった。

 戦友達は私を気遣って可能な限り出撃を譲ってくれたが、時には整備が間に合わなかったり、少ない機体を複数人で使っていたので、自分の番が来ない日もあった。

 

 前線基地の司令は、私が戦死すれば士気に関わる為、出来れば地上勤務か、短時間の偵察や哨戒にのみ勤めて欲しかったようだが、既に私は航空機乗りというより戦闘機乗りとして出来てしまっていた為、完全武装していない機には乗りたくなかった。

 何より、この新型機はエルマーが作ってくれたものである。私はこの機体に乗っていると、幼い日にエルマーが、私と共に戦場を駆けたいと言ってくれたあの頃の約束通り、共に空で戦えているような気がしたから、このフォルカーと離れたくなかったのだ。

 

「大尉殿は、お休みになられないのですか?」

 

 ある日、新しく派遣された空軍下士官がそんな事を聞いてきたので、私は笑って答えた。

 

「私は地上で横臥するより、空を飛んでいる方が心地良いのだよ」

 

 この言葉に嘘はなかったが、それ以上に戦友が大事だったというのが本音だった。私が飛び、戦い続ければその分敵は我々に恐怖し、戦友達は命を拾い、負担軽減に寄与する事が出来ると信じていたからである。

 だからノルデンでの私は、休暇を与えられても飛んだ。パイロットが一人も飛べない日は、魔導師と一緒になって同じ速度で飛び、接敵の度に彼らと戦果を競い合ったものである。

 

「気を付けろ、あの空軍大尉は俺たちのスコアを横取りする気だぞ」

 

 勿論そんな事はしないし、それが航空魔導師達のジョークだと私は知っている。私は既にして幾多もの魔導師と戦闘機を墜としていたし、友軍を助ければ撃墜スコアは勝手についてくる。

 別段撃墜数そのものに拘りのなかった私は、ノルデン以降、共同スコアを自身の撃墜数には登録せず、全て魔導師やパイロットに譲る事にしていた。

 これは、信心深い母上が私に奪う者でなく、分け与えられる者になりなさいといつも言っていたからというのもある。

 そして、困っている者が居れば、その方達の力になっておやりなさいと姉上から教えられても来た。

 私はこの教えを忠実に守り、戦友の窮地とあらば、いつなんどきもこれに駆けつけ、敵を追い立て追い散らし、二度と歯向かう事が出来ないよう、徹底的に墜としてやろうという気構えで任に就いていたものである。

 尤も、我が帝国軍の魔導師は精強であるし、エレニウム八四式は敵を圧倒出来ている性能なのだからそんな事態は早々なかったが、運悪く魔導小隊が敵魔導大隊*1と遭遇し、交戦せざるを得ない状況に出くわした事があった。

 私と僚機が応援要請に間に合ったのは、エルマーの新型機のおかげだった。私達空軍は魔導小隊を救援すべく、追加の増援が来るまで粘ろうとしたのだが、私はここで、生涯一度として墜とすまいとした僚機を、パーペン伍長という一人の戦友を失ってしまったのである。

 

 私は常々、自分の身が危険になるような真似は極力するな。命の賭け時だけは間違えるなと部下に言い聞かせてきたが、この事態は敵が強かったからでも、パーペン伍長が無謀な行動に出たからでもない。パーペン伍長は幾度となく魔導師に命を救われており、恩返しがしたいと常々言っていた。

 そして今まさに、弾薬尽きた状態では敵にその身をぶつける事でしか、窮地にあった魔導師を救えないとパーペン伍長は考えたのだろう。

 魔導障壁を展開した敵を圧殺し、自機をぐちゃぐちゃに潰したパーペン伍長は、乱戦に縺れ込んだ私の視界の端で火を噴いて、急転直下していった。

 無残なパーペン伍長の最期を目の当たりにした私は血の気が失せ、次の瞬間には僚機を守りきれなかった自分を殺してやりたくなった。

 

“っ……!”

 

 奥歯を噛み締め、血走らんばかりに墜落したパーペン伍長と共に逝った敵を睨めつけたが、それを私は無意味と悟って、口端を噛み切って意識を切り替えた。

 仇を討つにも相手はいない。そもそもパーペン伍長は、敵を殺すのでなく仲間を救いたかったのだ。なら、残された私と僚機がすべき事は、今なお懸命に戦い続ける魔導小隊を、一人でも多く帰還させてやる事だ。

 但し、残る二機の僚機も守りながらでなくてはならない。出来るか? いいや、やるのだ。私とこの機体なら必ず出来る筈だ。

 私は周囲に目を光らせ続け、墜とせる者、戦友に近付く者を片端から墜としてやった。半分以上片付いてから、ようやく魔導師の増援が来てくれた。

 とはいえ、彼らとて全力で飛んでいたのだ。もし私達が旧型機に乗って飛んでいたら、今頃魔導小隊は誰一人として残っておらず、敵大隊は意気揚々とこの場を去ってしまっていた事だろう。

 私は増援の到着に安堵して、操縦桿を握り直した。これでようやく、攻守が交代出来るからだ。

 

 

     ◇

 

 

 魔導小隊救援の後、私は生き残った魔導小隊の最先任から、銀翼突撃章の推薦を受けた。あのマルクル中佐が、友軍の窮地に駆けつけた功で、死後追贈された栄誉ある章と同じものをである。

 しかし、最先任たる曹長には申し訳ないが、私はこれを固辞するつもりであった。あの時、真の意味で自己犠牲を惜しまず、帝国軍人として壮烈なる戦死を遂げたパーペン伍長こそ、銀翼突撃章の栄誉を受けるに相応しいと信じて疑わなかったからだ。

 だが、軍曹はパーペン伍長も含め、私と僚機に搭乗したパイロット全員を推薦するので、どうか受けて欲しいという。全員の推薦が通る事はないだろうが、パーペン伍長に関しては間違いなく死後追贈を約束出来ると保証してくれたので、それならばと私は了承した。

 ただ、銀翼突撃章は飽くまで部隊でなく個人に送られるものであるから、私は推薦など通るまいと考えていただけに「貴官にも推薦が通ったので、直ちに本国へ帰還するように」と前線基地司令官から直々に言い渡された際には、思わず耳を疑った。

 我が身を挺してまでも、戦友を救わんとしたパーペン伍長の自己犠牲と比ぶれば、身に一切の傷を負わず、僚機を守る事も出来ずにいた私に、その勲章を授かる資格があるとは到底思えなかったからだ。

 

「おそれながら、小官には挺身が足りないかと」

「分隊規模となった航空魔導師と、四機の戦闘機で敵魔導大隊と交戦し、増援来援まで勇戦。演算宝珠の記録映像から確認する限りでも、半数以上の敵魔導師を単騎で撃墜した英雄的戦果で足りなければ、銀翼突撃章はライフルとヘルメットの代理授与(死後追贈の意)しか許されんぞ」

 

 貴様は皮肉を言っているのか? それとも自分の偉業を他人の口から言わせて悦に浸る嫌な趣味でもあるのかと睨まれた。そんなつもりではなかった私は司令官に深く謝罪し、勲章授与式典列席の為に本国に一時帰還する事にした。

 

 

     ◇

 

 

 一九二〇年、五月二日。

 叙勲委員会主催の元、軍戦死者へ顕彰式──パーペン伍長を初めとする、勲章の死後追贈──と併せ、私を筆頭とした各軍種の軍功労者への勲章授与式典が、プロシャ州首相官邸の大ホールにて執り行われた。

 帝国軍統帥*2から銀翼突撃章を授与された私は、これまで前線勤務であったが為に、帝国軍統帥から直接授与される規定であった手つかずの勲章を、本勲章授与式典でそのまま拝受する運びとなった。

 

 私は四月時点で魔導師三六名、戦闘機一七機、偵察機二機を撃墜し、パイロットとしては史上初──航空魔導師も含めれば五人目──の撃墜王(エース・オブ・ザ・エース)となっていたが、先の敵魔導大隊との交戦で二二名の魔導師を撃墜した事で、航空魔導師だけでも撃墜王たる資格を有する事となった。

 統帥は私の首に帝国軍の高位戦功章たる黄金柏剣付白金十字をかけられ、大規模攻勢において先鋒を務め、確たる功績を上げた個人に与えられる柏葉突撃章の中でも、高位に位置する柏葉剣付白金騎士突撃章が、銀翼突撃章共々左肋に留まった。

 統帥は私の肩に手を置くと、敬慕を表すように微笑まれる。

 

「大尉こそ帝国軍人の誉れにして、帝国貴族の献身を体現する軍人である。お父君も、大尉を誇りに思われるであろう」

 

 父上……その話題を耳にしたとき、私の心にはあらゆる賛辞も、周囲からの拍手も届かなくなっていた。やり場のない憤りと羞恥が、自責となって私の胸を満たしてしまった。

 確かに私は名誉を、栄光を手にした。しかしそれは父上を悲しませ、多くに迷惑をかけて得てしまったものなのだ。

 

 私は自分の人生をやり直したいと思わないし、空を飛べない人生も考えられない。

 ただ、仲違いしてしまったあの日以来、一度もお会いしていない父上の事だけは、どうしても気がかりだった。この式典には、父上も参列している筈だ。私は父上を見つけて、あの日の事を謝罪したかった。自らの夢で、父上の心を深く傷つけてしまった事を詫びたかった。

 けれど、父上は参列していなかった。高熱故に参列出来ないという事で、前日に電報が届いたらしい。

 あの厳格な父上が仮病を使うなどとは誰も考えないであろうし、ましてや嫡子の晴れ舞台に顔を出せないのは、さぞ無念だろうと皆お嘆きになられていたが、私はそれが嘘だと思った。

 

 父上はやはり、貴族として許されぬ振る舞いをした私をお嘆きになっているのだ。或いは私の事でお悩みになり、本当に病まれてしまわれたのかもしれないが、いずれにせよ、私は未だ父上にお許しを得られるような立場ではないのだとはっきり自覚してしまった。

 

“前線に戻ろう”

 

 私の帰る我が家は、帝国空軍にしかない。私に残されているのは空に生き、空に死ぬ道だけなのだ。

 

 

*1
 魔導大隊は三個中隊(三六名)からなる。

*2
 帝国軍はカイザーを頂点たる大元帥としているが、これは名誉階級であり、実質的な三軍の統帥は最高統帥府より選任された武官──慣例として元帥府の中から──が就任する。




補足説明

※帝国軍の統帥について。
 WW1での軍政・軍令機構における統帥は大(陸軍)参謀本部が統帥部となり、参謀総長が就任するのですが、幼女戦記での最高統帥会議は軍高官と文官での合議的なものになっていましたので、統帥府を別に設け、参謀総長でなく元帥府から抜擢された元帥を統帥とさせて頂きました。


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