キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/5誤字修正。
 ドン吉さま、水上 風月さま、あかさたぬさま、ご報告ありがとうございます!



19 シャルロブルク軍大学校-学び舎での一年

 父上との和解が成った事で後顧の憂いを無くした私は、実に晴れやかなる面持ちでシャルロブルク軍大学校の門を潜ったが、決して学生気分で居て良い場所ではない。

 それどころか、並々ならぬ熱意でもって出願届けを提出して合格を勝ち取った者。或いは軍功推薦で入校した為に、原隊の期待に応えねばと奮起する将校ら以上に、私は気を引き締めねばならぬ身分にあった。

 

 というのも、私の軍学校入校は、現在の帝国空軍に欠けている戦術・戦略思想を早急に確固たる物とすること。その為に前線武官としてでなく、高級将校としての視野と知識を培って来いと、フォン・エップ少将が直々に軍功推薦枠に署名して下さったのだ。

 加え、私の推薦人として連名で署名して頂いた御仁の中には、宮中で歓談した小モルトーケ参謀総長の名まであった事には仰天したものである。

 小モルトーケ参謀総長から、これほどまで目をかけて頂いた事を光栄に思いつつも、仮に不甲斐ない結果など示そうものなら、生きて顔向けは出来ぬとさえ考えていた程には、当時の私は思いつめていた。

 

 

     ◇

 

 

 本来、軍大学の受講期間は二年であるが、私は特例として一年の短縮──正確には圧縮だが──を事前に通達されていた。

 これは当時の空軍の内部事情によるもので、先に語った通り空軍に戦術・戦略的思想が欠けている事が原因だった。

 辛辣な言い方をしてしまえば、発足から二年が経過しようという現在の段階に至ってさえ、空軍は『軍』として正しく機能していないばかりか、陸軍航空隊の頃から、全くという程進歩していなかったのだ。

 軍が求められる役割とは何か? 当然誰もが、防衛・侵略を問わず戦争に勝利する事。或いはその力を内外に誇示する事で、抑止力としての機能を示す事だと語るだろう。

 だが、後者は兎も角として、前者に関しての帝国空軍は、実にお粗末な有様としか言いようがなかった。

(とはいえこれは帝国に限ったものではなく、他国の空軍も似たようなものだったが)

 

 戦闘機は魔導師に勝利し得るという図式が証明されたことで、他国では大規模な航空機増産が決定され、航空学校や第三の軍たる空軍さえ設立したが、どの列強国においても、航空機の役割を偵察と敵航空兵力の掃討と割り切っていた。

 彼らは最も重要な、『確保した制空権をどのように運用するか』という点を丸きり無視するか、他の軍種に丸投げ*1していたのである。

 

 戦闘機が戦果を上げるまで、制空権を確保するのも運用するのも、航空魔導師の仕事だった。

 魔導師は爆裂術式と貫通術式を用い、敵砲兵や機関銃座を沈黙させる『空の砲兵』として、或いは一方的に敵将校や通信・伝令・斥候兵を駆逐する『空の狙撃手』として『局地的な状況打破』や増援到着までの『遅滞戦術』を担って来たが、逆に言えば、我々より年季の長い航空魔導師でさえ、戦術的には兎も角、戦略的運用を想定されて来なかった。

 無論これは航空魔導師の怠慢などではなく、彼らの動員数の限界とコストから来る必然的な問題だったし、だからこそ魔導師は各軍の一兵科に収まっていたと言える。

 

 こう書いては私が航空魔導師を悪し様に語っているようだが、彼らの戦闘力が本物だという事は疑っていないし、当然否定するつもりもない。魔導師は時として砲兵と同じく戦場の女神となり、或いは膠着した戦線を突破する破城槌の役割を担ってくれた。

 魔導師が他の兵科と比して、圧倒的少数の規模にありながら中隊や大隊を名乗るのは、それに見合う戦力を彼らが有している事の証左である。

 しかし、戦いにおいて数ほど恐るべき脅威もなく、数なくして戦略目標を達成し得るかと問われれば、誰もが眉間に皺を寄せる事だろう。

 だからこそ航空魔導師は、その圧倒的火力と機動性でもって地上支援に注力する事で、自らの存在意義を確立させてきた。自分達に何が出来て、何が出来ないのかを、彼らは正しく理解していたのだ。

 

 対して、これまでの空軍の役割はどうか? 陸軍航空隊としての時点では、対魔導師としての実験的側面から必要とされた。

 ノルデンやオストランドでは、敵航空戦力の迎撃ないし邀撃という任に就いた。しかし、それは飽くまで戦闘に勝利したものであって、戦術的・戦略的な目標を達成する為に動けたかと問われれば、間違いなく否である。

 

 おそらくだが、仮にノルデンやオストランドでの戦いのように、ただ徒に航空機を増産し、敵味方の魔導師と入り乱れての戦闘をこれからも続けるようであれば、列強諸国は航空戦力を保持しつつも空軍を解体し、陸海の航空隊に収まるよう指示を出した事だろう。

 

 だが、二度目のファメルーンでの戦いが、全てを大きく変えた。私やゾフォルトの戦果では勿論ない。ゾフォルトの地上攻撃は確かに素晴らしいものだったが、あれは航空魔導師の地上支援と同等の域を出るものではなかった。

 爆撃機という、あの地獄絵図という字句通りの光景を大地に作り上げた兵器こそ、世界を一変させるに足るものだった。

 

 私はこの時、既に確信を得ていた。最早、航空機と魔導師が戦う時代は過ぎたと*2

 

 エルマーは世界に、爆撃機の完成形を見せた。ならば各国は拙いながらも、その技術に追いつくべく全力を挙げるだろう。あれだけの破壊を、あれだけの掃討力を示した兵器は、列強国にとって見れば、ゾフォルトより遥かに価値ある代物だ。

 魔導師の手の届かぬ安全圏から一方的に地上軍を蹂躙し、殲滅する神の怒りの如き破壊力。どれだけ敵が大規模な陸軍戦力を有そうとも、それを地上から消し去る事が出来る夢の兵器だと、列強は信じて疑うまい。

 

 戦争は変わる。間違いなく歴史の針は大きく動く。遠くない内、我々空軍と魔導師は住むべき場所を分ける事になる。

 戦闘機は魔導師と戦うのではなく、爆撃機と共に高高度を維持しつつ、敵戦闘機から爆撃機を守る事が主任務となる。

 爆撃機は魔導師にさえ不可能な大規模破壊でもって敵の鉄道を、基地を、前線の軍を、或いは航続距離を伸ばし、戦艦や駆逐艦さえ爆撃するかもしれない。少なくとも、軍港ぐらいなら襲えるだろう。

 それに気付いた時、私は陸軍国の人間として目眩が起きると共に、かねてからの懸念であった『戦争の長期化に伴う国力の疲弊』を、空軍が解決し得るのではないかと考えた。

 戦争は軍人にとっては勲章と進級を稼ぐ絶好の機会かもしれないが、私自身は国が潰れるようになってまで栄光を掴みたいとは微塵も思わない。

 戦争は飽くまでも外交の一手段であって、決してそれを目的にしてはならないのだから。

 

 

     ◇

 

 

 私は軍学校で勉学に励む傍ら、二つの論文を執筆する事とした。

 一つ目は制空権の確保を勝利の最重要課題とし、爆撃機によって鉄道網をはじめとする兵站・人員輸送路、連絡線を寸断ないし徹底破壊する事で敵軍に大規模麻痺を生じさせつつ、これを陸軍らと共同で叩く無制限爆撃―─無制限と記したが、爆撃対象に民間施設や病院は含んでいない。軍事作戦の達成にこれらは関わりない上、国際社会の非難は免れないからだ──を提唱した『戦略爆撃』。

 

 二つ目は現在も航空魔導師とゾフォルトが行っている地上支援を効率化するもので、航空機の速度優位を活かし、前線のみならず敵地後方まで飛行し、敵軍前線と援軍とを遮断。

 戦闘機による制空権維持を努めつつ、急降下爆撃で進撃路を開き、更には有線通信網にも可能な限り打撃を加えていく事で、陸軍の進撃速度を大幅に向上させる事を目的とした『電撃作戦』だ。

 

 これらの論文に対する評価は、敵施設の破壊や陸軍との連携は、現在魔導師にのみ配備されている無線を使用した空域管制が、空軍にも行き渡るのを待つ必要があるが、一定の戦果は十分に見込めるものと判断するというものだった。

 

 これに加え、論文に目を通した上層部は私に対し、敵都市への攻撃を強く推奨してきた。彼らにしてみれば、敵都市を攻撃すれば、敵国民は恐怖から厭戦感情が沸き立つだけでなく、敵国家の継戦能力を奪うことが可能な一石二鳥の案だというのであるが、先ほど上に記したように、私は軍事作戦に関わりない施設を破壊する事だけは拒んだ。

 この件に関しては、私は上層部の考えが誤りである事を、立場の差があろうと具申せねばならないと考えていたので、断固として譲らなかった。

 

 まずもって、仮に自分達が都市爆撃を受けた立場であったならば、厭戦気分など起きようがない。殴られれば殴り返す。右の頬を打たれて、左の頬を差し出せるような聖人ばかりであるならば、世が争いで満ちている筈もないのだ。

 憎悪には憎悪を。奪われたものは自ら剣を執り、取り戻すのが人間だ。私は上層部に、自分達の親兄弟や幼子が瓦礫の山に埋まったとすれば、どのような想いを抱くかと答えを求めた。当然、答えは聞くまでもない。

 

 次に、都市部を破壊されたとして、復興費用に財源を回すのは戦争が終わってからであり、むしろ財源を確保すべく、何としてでも勝利を手にしようと躍起になる筈だと示した。

 その場合、万が一にも負けるような事があれば、どれだけの賠償金が課せられるかを想像して頂きたいとも付け加えた。

 私の考えを敗北主義的ではないかと否定する者も出たが、そうした手合いには精神論でなく、現実を直視した上であらゆる物事を想定して頂きたいと一蹴した。

 

 上からの心象は少々悪くなったものの、私は軍人としての判断と己の良心に従って発言した以上、何一つとして悔いはなかった。

 そして、今後このような意見が出ないよう、如何に都市攻撃が結果に対して、リスクとデメリットが多いものであるかを『爆撃機運用論』の中に盛り込んだが、こちらの評価はそっけないもので、当時多くの者が「当たり前の内容で中身が薄い」と私を笑った。

 だが、可笑しくて笑いたいのは私の方だった。言われれば当たり前だと笑い飛ばせる事と真逆の主張が、つい最近まで熱心に唱えられていたのだから。

 

 

     ◇

 

 

 少々、空軍事情が長くなり過ぎてしまったので、私にとって初めてのキャンパスライフに話を移したい。

 私の軍大学での生活は、こうした論文作成を除けば他の者と変わらぬ講義内容──但し、軍大学が私に用意する課題は凄まじく多かった──であった。

 課目の主体は戦術、戦史、戦略、参謀要務、兵要地学といった前線・後方を問わず広く役立つものばかりで、私のお気に入りは兵棋演習の中でも特に大規模な、月一に三日二晩通して行われる司令部実設演習だった。

 これは学生が軍司令官や参謀以下、第一線隊長までの役を務め、各司令室を設けて電話を架設し、大講堂に広げられた巨大な地図を戦場として、担当教官が兵棋を用いて両軍の戦闘審判を行うというものだ。

 

 前もって白状すると、私はこの演習が全く得意ではなかった。幼少の頃から兵棋演習そのものには慣れ親しんできたし、上級学校や士官学校でも幾度となく上級生方を負かしてきたが、そんな経験はまるで役に立たなかった。

 地図という世界を直接遥か高みから睥睨し、自軍を己が意のまま自在に操る。

 実際には指揮単位ごとの兵棋(コマ)があり、それぞれの役割に応じた担当者が着くが、命令通りに兵棋が即応して──賽子の目によっては失敗もあるが──部隊の隅々まで命令が行き渡り、担当者同士で相互に状況把握が出来る点からして、現実と比べれば遥かに優しい仕組みである事は間違いない。

(それでも現実に近づけるべく、索敵範囲外の敵軍は確認出来ないなどの措置も取られてはいたが)

 

 私が従来行っていた兵棋演習とは、要するに『作戦の目的を定め』、『戦場の地理的状況・条件を確認』し、『彼我の戦力を正しく推察』した上で『敵の行動を予想』し、これを覆すという『戦いを始めるまでの準備』をどれだけ完璧に整えるかが、勝敗の分かれ目だった。

 

 だからこそ、私の将としての鍍金はこの演習で容易く剥がされ、醜くくすみ切った地金を晒した。私がこれまで兵棋演習で勝ってきたのは、私が千差万別の状況下に対応できる、臨機応変かつ柔軟な優れた将だからではなく、事前に何十通りものパターンを用意し、即座に対応して叩けるだけの準備を整えてきていたからに過ぎなかったのだと、思い知らされたのである。

 参謀役では、まだ従来の手段が通用した。作戦の構築は演習開始時から一定の時間的猶予を設けられていたから、計画を軍司令官に作戦指導として通達し、作戦が前線でも機能しているか、伝令を密にして調整すれば良い。

 しかし、軍司令官と第一線隊長の役は散々だった。私は自らの軍の勝利に固執する余りに戦線全体を俯瞰できず、千変万化する各司令部の状況に、合わせようとしても付いて行けなかったのだ。

 軍司令官では勝利と前進に浮かれて、戦線に不要な突起部を作っては敵軍に包囲された。

 逆に第一線隊長の役では、この失敗への恐れから、上からの指示と参謀役の作戦案に固執してしまい、情況に則した動きを取る事が出来なかったという体たらくには、当然皆から散々に笑われたものである。

 

「キッテル大尉は、もう少し柔軟になるべきだな」

「頭も装甲のように固いから、魔導師に突っ込んで行けたと見える」

 

 私には将にも前線指揮官にも不可欠な融通性というものが、この日まで欠けていた事を自覚すると共に、小モルトーケ参謀総長に目をかけられながら、このような結果に至ってしまったという不甲斐なさに歯噛みした。

 

「……返す言葉もないな」

 

 軍学校でも私は大変有名であった上、フュア・メリットと黄金柏剣ダイヤモンド付白金十字はいずれも常着義務が課せられていた──白金十字以上の戦功章は狙撃・暗殺の恐れがある最前線以外では佩用しなければならない規定だった──から、非常に悪目立ちしたものである。

 しかし、こうした苦手なものこそ、軍人として徹底的に挑戦したくなるし、負けず嫌いな私であるから、口では穏やかでも心には一気に火が点いた。

 私の講義は一年分の圧縮のせいで、上級生に混じっての司令部実設演習や通常の兵棋演習も頻繁にやっていたから、彼らの上手いところ、自分と比べて効率的なところを徹底的に取り込んだ。

(但し、猿真似だけは絶対に避けた。自分はゲームに勝ちたいのではなく、将来戦争に勝つ為に勉強しているからだ)

 

 夜間の私は軍大学から出される課題の合間、民間や陸軍航空魔導師の航空図(チャート)を取り寄せては、それを空軍のものに直す作業をしていたが、そこに就寝時間を削って頭の中で戦争を始めた。

 司令官として果たすべきは、目先の勝利ではなく戦争の勝利であり、戦略ないし戦術目標の達成だ。敵を効率よく殲滅し、かつ自軍の目標を達成するには、各司令部との相互連携が不可欠であり、各々の司令部が『何を目的としているか』を正しく理解せねばならない。

 優れたる将は正しく作戦の意図を把握するというが、司令部実設演習では自分達の上位者たる中央参謀本部や統帥府が存在しない以上、それぞれの参謀がバラバラの作戦を立てている状態だ。

 私は司令官として、任された前線での勝利の計画を参謀から渡されても、それをそのまま使用すれば良い訳ではない。各司令官がどの位置でどう戦い、どのタイミングで勝利するかを見極めた上で勝利し、次に他戦線との連携に努める必要があった。

 

 そして自分が最前線の指揮官であったならば、命令を逸脱しない範囲で、可能な限り臨機応変に立ち回る事を己に課さなくてはならない。

 私は毎日グツグツと頭を煮えさせながら、兎に角今の自分に欠如している作戦の即応能力の向上に努めた。

 

 

     ◇

 

 

 これだけ聞くと、何故私がこの演習を好きになったのかと思うだろうが、通常の兵棋演習の後には講評があるように、この演習が終了した後には、教官が互いの良し悪しをしっかりと示してくれるのだ。

 学徒らは三日二晩かけて行う司令部実設演習で精根尽き果てるが、それでも講評だけは何としてでも頭に叩き込まねばならない。

 何しろこの大演習には、軍大学の生徒や教官だけでなく、経理学校や医大学校などの教官と学生も参加し、学校幹事が統裁するという非常に大掛かりなものだったからだ。

 

 医大学生と教官らは負傷者数から割り出して、果たして作戦継続が可能であったかどうかを正しく見極め、経理学校は砲弾や弾薬、食料といった消耗品の損耗や補給が、国家の負担に耐え得るか真剣に協議した。

 熱心に講義を受ければ、同じ間違いをしなくて済む。それにこれは実戦でなく演習だから──勿論、実戦のつもりで臨むべきだが──限りなく現実に近い想定であろうとも、人死が出る事は決してない。

 次に活かして挑戦出来て、自分が前に進める事を実感出来るというのは、たとえ苦手でも得難い経験には違いないのだ。

 

 私は入校から三ヶ月で何とか人並みには動けるようになり、半年で恙無くこなし、卒業間際には、始めの頃が嘘のようだと皆を驚かせる事に成功した。

 

“よし! 私は出来る! 前線狂いの阿呆ではないぞ!”

 

 内心そう高らかと声を上げていた私だが、全体の成績を見れば、中の上といったところだ。出来るようにはなっても、それは初めと比べての事。学ぶべき事、学びたい事は未だ多く、それを思う度に私は「あと一年あれば」と悔やんだ。

 戦場を睥睨し、一目見ただけでそこにある真理と本質を掴む、電光石火の閃き。全軍を意のままに操り勝利したナポレオーネの如き『鋭い一瞥(クー・ドゥイユ)』も。

 大モルトーケ元帥が如き作戦能力と明快なる判断能力も、ここで学び続ければ至れるのではないかと自惚れてしまいそうなほど、シャルロブルク軍大学校には抗い難い学び舎としての魅力があったが、軍の指示は絶対だ。

 幾ら軍大学が英知を授けてくれる知恵の泉で有ろうと、その図書室が寮の資料室を、質・量共に遥かに凌ぐ読書家の楽園であっても、こればかりはどうにもならない。

 幸いにして、軍学校卒業生や高級将校は図書室への入室を許されるので、私は本国勤務時の休暇や仕事終わりに、通える限りにおいて通い続け、本に囲まれた幸福な日々を噛み締めると共に、不足している知識を補いつつ、知見を深める事とした。

 人とは学べるときに学ばねばならない。ましてや、高級将校として多くの命を預かる身である以上、生涯を通じて学び続ける事は、義務とさえ言って良いだろう。

 

 かくして、私は後ろ髪を引かれる思いで卒業を……と言いたいところだが、軍大学に身を置いた以上、ここの名物たる参謀旅行を語らずにおくのは問題であるので、最後に記すとしよう。

 

 

     ◇

 

 

 観光名所として国外からも名高いマインネーン……の付近に聳える峻厳かつ万年雪の残る過酷な山岳地帯の、更に険しい山岳旅団の訓練区域を、ある時は軍馬と共に不眠不休で巧みに駆け抜け、ある時は五〇キロ以上の機関銃を他の学徒と担いで一昼夜歩き通し、ある時は壕を掘って眠る丑三つ時を、怒声と共に蹴り起こされては朝日を拝むまで走り抜く。

 当然ながら、機関銃や装備を置いて行く事は許されない。

 

 そうして心身共に疲労困憊となった学徒らに、教官殿は優雅なる怒声を響かせて、やれ、あの地点に敵が防御火点を構築したとしたら、だの。

 撤退中の我々に対し、敵魔導小隊が攻撃を仕掛けて来た場合どうすべきか、といった状況を一方的に与えて進めていくのだが、私に限って言えばこれは楽勝だった。

 フランソワ大陸軍(グランダルメ)のルーシー遠征すら生温いと言わしめる、近衛槍騎兵(ガルデ・ウラーネン)第一連隊の訓練に死に物狂いで食らいつき、それからも日々肉体を酷使し続けてきた私である。だから、当時の参謀旅行を経験した時だけは、自分の在学期間が半減している事を喜んだ。

 

「こんな所に二年もいては、体が鈍って仕方ない」

 

 参謀旅行とやらは女性士官の増加に伴って、相当お優しくなられているのではないかと本気で心配したほどだ。しかし、皆はそんな事を平然と漏らした私に対し、まるで化物を見るような目を向けた。

 私は彼らの視線を受けて、後方勤務に身を置ける立場になれるからと言って、甘えるなと活を入れてやりたくなったが、教官の一人が「貴様がおかしいのだ」と皆を代表するように機先を制するので、言葉を呑み込まざるを得なかった。

 しかし、不満げな表情をしている私を見て「いや、実は過去にも大尉と同じような方はいたのだ」と、最年長たる年嵩の教官が口を開かれた。

 

「小モルトーケ参謀総長閣下はな、参謀旅行でポケットに本を詰め込み、馬上で読み耽られていたそうだ」

 

 流石は小モルトーケ参謀総長! 私には到底及びもつかぬ事を平然となされる!

 かの参謀総長に於かれては、この程度の試練は取るに足らぬという事なのだろう。

 私を含む学徒は小モルトーケ参謀総長への尊敬の念を益々強くしながら、参謀旅行を無事終えたのだった。

 

 

*1
 とはいえ空軍指導部も全く仕事をしなかったという訳でなく、偵察機による敵司令部発見や地上軍の行軍ルートの確保。魔導師による拠点制圧の補助など、帝国軍の勝利には寄与していた。

 しかし、これらは皮肉な言い方をすれば『陸軍の腰巾着』も同然であり、空軍独自の戦争を遂行していたとは言い難いものであった。

*2
 念の為言うが、これは魔導師を不要だと言っている訳ではない。




補足説明

※原作デグ様の第二〇三魔導大隊の編成時期を考えると、一二月入校は明らかにおかしいのですが、本作品ではどうしてもここぐらいにしか入れられなかったので、強引に入学させてしまいました。
 そして辻褄合わせにデグ様も一二月入校にしてしまったので、原作の時系列から微妙にずれてしまいました。ご不快に思われた読者様がおられましたら、お詫び申し上げます。

※ただし、大戦の開始やルーシーの降雪など、原作の重要イベント発生の時系列をずらしたりはしてません。そこは調整しておりますのでご安堵ください。

フランソワ大陸軍(グランダルメ)のルーシー遠征の元ネタは、ナポ公のロシア遠征。
 行くも地獄帰るも地獄。おまけに兵士は強引に引っ張られて連れてかれたというクソクソ&クソな遠征。

※ちなみに小モルトーケ参謀総長は、参謀旅行で当然のごとく落馬した模様。
 これは史実の小モルトケが参謀旅行とかでポケットに本詰めて馬上で読んでたエピソードが元です。勿論本物も落馬しました(割と頻繁に)


【コールサイン命名のお礼とアンケートについて】

 この度は主人公のコールサインに、多数のご応募を頂きまして、誠にありがとうございます。
 今話を持ちまして、アンケートに移りたいと思いますが、アンケートの文字数の関係上、募集したコールサインそのものを記載する事は出来ても、名づけ理由までは記載できなかったため、この場をお借りしてコールサインの名づけ理由と、作者の感想を添えさせていただきたいと思います。

【以下、コールサイン】※並びは五十音順です。

コールサイン:クロウ(crow カラス)
応募者様:まーろんさま
命名理由:元ネタはエスコン0から。ドイツ語だと Krähe。
     コールサインに鳥の名前を当てるのは一般的かなと思ったのと。
     後は連想ゲームですね。ターニャがフェアリー(妖精)の名前を持つ魔導師なら女の魔導師=魔女ってことで、それなら魔女の相棒にはカラス! という感じです。あと一文字 n を足せば “crown”=王冠になるのもなんかピッタリくるかなと。
作者感想:魔女の相棒という点も然ることながら、何より目から鱗だったのは、一文字足して王冠にするという、アイデアです。
     このネーミングセンスには脱帽するしかありませんでした。

     ◇

コールサイン:ケストレル
応募者様:Dixie to armsさま
命名理由:┈┈エンジン名ですね、元ネタ。
作者感想:Dixie to armsさま一押しのブラックバーンを押しのけて、これを選んだ理由はエスコンの「イエス・ケストレル」が頭から離れなくなってしまった……というのは半分冗談です(つまり半分は本当w)
     これを選ばせて頂いた理由は、ケストレルがチョウゲンボウなる隼の英語読みであること(決してすばやくないが、急降下して獲物に喰らいつくというさまが、21話で搭乗するゾフォルトに合っていたというのがあります)や、発音がしやすいことにありました。

     ◇

コールサイン:スカイ
応募者様:KTDBさま
命名理由:まんま。空の英雄である撃墜王ってんならありだと思う。
作者感想:シンプルイズベストの一言に尽きます。
     アメリカの第1歩兵師団の『ビッグ・レッド・ワン』もそうですけど、こういう飾らない格好良さというものに、凄くトキメキました。

     ◇

コールサイン:ディサイプル(弟子)
応募者様:かくれんぼさま
命名理由:巨匠イメール・マルクルへの敬意から。
     今後芸術を描くパイロットは増えていくだろうことを考えると個人特定も防げるかなと。
作者感想:亡き師にして、航空隊の立役者。 マルクル中佐に対して、これほどリスペクトを感じるコールサインはありません。

     ◇

コールサイン:ドギード(頑固者)
応募者様:yagoさま
命名理由:doggedは根気強い、頑固なという意味の言葉です。
     まとわりつく犬のしつこさから来た言葉ですね。
     個人的にはこういうのは皮肉や笑い話からついたものが、最終的にすごいかっこよく聞こえるのが好きです。
作者感想:無駄に頑固な上にしつこく、その癖帝国にとってはこれ以上ない忠犬な主人公には、ぴったりなコールサインだと思いましたw
    現実のコールサインもジョークや好物から来ていますし、作者的にもこうした名前は大好きだったので候補にさせて頂きました。

主人公のコールサインはどれが良いですか?(21話にて使用予定)

  • クロウ(crow カラス)
  • ケストレル
  • スカイ
  • ディサイプル(弟子)
  • ドギード(頑固者)

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