キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/12誤字修正。
 水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


29 ターニャの記録4-軍大学と大隊編成

 一九二三年、一二月から入校した軍大学校での生活は、私、ターニャ・デグレチャフにとって、正しく我が世の春とでも称すべき時間だった。

 優秀なる我が部下、セレブリャコーフ伍長も実戦経験に裏打ちされた優秀さ故に、シュワルコフ中尉が将校課程に推薦して下さり、後顧の憂いなく軍学校で勉学に勤しむ事を許された私は、日に温かな三食の食事と清潔かつ快適な寝床。そして湯まで使えるという学校生活を、とことん満喫していたのだった。

 

“この上、学費が無償どころか国費で給与まで出るのだから堪らんな”

 

 戦時下故に、在学期間を一年に圧縮されたのが本当に惜しい。聞けば、何処ぞの空の魔王が、空軍総司令部の要請で在学期間を短縮されながらも一定の成果を挙げてしまったが為に、より実践的かつ実務的な内容を積極的に取り組めば、一年でも高級将校を育成出来ると上は考えたらしい。

 我が未来の夫は、本当に余計な真似をしてくれたものである。いや、決して当人の責任でないという事は理解しているし、在学期間の短縮は未来の夫にとっても不服だったらしいので、一切の非はないのであるが。

 

 しかし、在学期間が半減するといっても、悪い事ばかりではないだろうと私は考え直していた。軍大学校卒業後は、間違いなく高級将校としての出世街道が開かれる。

 これを機に私は、自らの人的資本価値を強くアピールし、将来は後方勤務を務めつつ、優雅に事務机で珈琲を嗜むのだと心に決めていた。

 加え、在学中の私は人との繋がりにも大変恵まれた。図書室の資料庫で、中央参謀本部戦務参謀次長を勤めるフォン・ゼートゥーア准将に対して拝謁の栄に浴したばかりか、戦局談義まで行うことが出来たのだから。

 ……尤も。この時の私は少しばかり、というより、明らかに失言に近い発言をしてしまった。

 いや、案そのものは自分としても良いと思うのだが、敢えて自分がその厄介な役回りを演じたいかと問われれば、断じて否だろう。

 私がフォン・ゼートゥーア准将に提案したのは、敵の出血を目的として継戦能力を喪失させるというもので、これまで絶対数の不足から、地上支援に回さざるを得なかった魔導師を攻撃に転じさせると言うものだ。

 航空魔導師はその機動性を活かし、戦場攪乱と突破浸透襲撃によって、敵兵力を損耗させ続ける。自軍の損耗を抑えての勝利という点で見れば、消耗抑制ドクトリンというのが、最も適切な回答だろう。

 そして、フォン・ゼートゥーア准将は私の提案に耳を傾けられた上で、最後にこうお尋ねになった。

 

「規模はどの程度欲しいか?」

 

 私はバカ正直に答えた。兵站の負荷を考慮した最小戦力単位として、大隊が適切だと。

 こうして愚かな私は、優雅な後方勤務とは真逆の道を自ら舗装し、中央参謀本部虎の子の魔導大隊を率いる羽目になることが確約されたのであった。

 口は災いの元とは、よくぞ言ったものである。

 

 

     ◇

 

 

 残酷な未来を知る由もない私は、その後も足繁く図書室に通いつめては知識を蓄え、論文執筆に注力していたのであるが、ここに来て問題が発生した。

 なんと、フォン・キッテル参謀大佐と中央参謀本部の参謀連が、資料庫の奥で熱心に作戦構想を語り合っておられるではないか。これには私のみならず、軍大学の学徒らも大慌てで息を潜め、陰に隠れて視界から外れつつも聞き耳を立てていた。

 確かに防諜面において、軍大学の図書室というのは間違いなく最高の場所ではある。中央参謀本部や空軍総司令部に赴くよりも手早く、地図を広げて協議するにもやりやすい場所ではあるのだろう。

 彼らは北方・西方両面からの敵軍の侵攻経路やら防御拠点への適切な運用やら、攻撃時期などを熱心に、それはもう熱心に語って学徒達を萎縮させた。

 一言でも漏らそうものなら、即刻銃殺されるような機密事項を扱っているのだから当然である。勿論、軍大学の学徒にそのような愚か者が居る筈もないという前提があるのだろうし、たとえ漏らされても、彼らのそれは決定事項というより事前調整に伴って互いの案を持ち寄っているに過ぎないから、幾らでも修正が利くのは分かっているのだが。

 

“頼むから、他所でやってくれまいか”

 

 私だけでなく、学徒の皆もそう思った筈だ。いや、中にはこれが後方の最前線というものかと、熱心に発想や知恵を吸収しようと思っていた者も居たかもしれないが、私にしてみれば他人の意見に感化される前に、自己の中に支柱を立てておくのが先だろうと思う。自ら発想の翼を広げられる者こそが、組織にとっては新しい風を呼ぶ金鵄たり得るのだから。

 

 

     ◇

 

 

 私は予定を変えた。図書室に足を運ぶなら、お偉方も教会においでになることの多い、安息日を狙って入室したのだ。夫婦揃って同じ思考に行き着いてしまう辺り、この頃から近しい何かがあったのかも……いや、全くないな。この頃の私と夫との共通点など、帝国軍人というぐらいだろう。

 お互い、後になれば自分の気持ちに鈍感だったと共通点を自覚したものだが、この頃はまだ、そんな感情はなかったのだし、何より私は前線を楽しむような危険な感性は持ち合わせていない。

 

 ともあれ、私は図書室の静寂を心から喜び、目当ての本を探し、発見した。しかし、手が届かない。やはり今年一一になろうという小娘には、成人である事を前提にした図書室の構造は辛いものがある。私は軍大学校の図書室の備品に、脚立を加える事を心から所望する。

 将来私ぐらいの年頃の将校が、再び軍大学校に入校する日が来るやもしれないではないか。その日の為に、軍大学は少年少女の為の設備を一日でも早く導入し、私に使用させるべきだと考える次第である。まぁ、本書の紙文を割いている年になってさえ、私の軍大学校最年少入校・卒業記録は破られていないのだが。

 

 しかし、不快にも必死につま先立ちになり、懸命に手を伸ばす私を嘲笑うかのように、或いは子供扱いするように背後から目当ての本を取って行く某か。

 

“私とて、一将校にして軍大学校の学徒なのだぞ!”

 

 と。苛立ちを押し殺しつつも振り返れば、一八〇程の長身に一分の隙もなく近衛槍騎兵(ガルデ・ウラーネン)常勤服(ウランカ)を纏い、首元には目に眩しい二つの最高戦功章をぶら下げた将校……。

 誰あろう、ライン戦線から送還されたと聞いて、真っ先に連合軍(アライド・フォース)がシャンパンを開けたという今をときめくラインの魔王、フォン・キッテル参謀大佐であった。

 階級差のみならず、前線にあって銀翼()()の受勲歴たる将兵でさえ、神の如く崇め奉られる事を加味すれば、その威光が如何程のものであるか読者諸君にも想像は容易い事と思うし、油断もあったとはいえ、その姿を見た瞬間に私が受けた衝撃も察して頂けると思う。

 

 唯でさえ帝国軍人の目を物理的に潰さんばかりの威光と圧力だというのに、ライン戦線の功で左肋に新しく留められた、黄金柏葉剣付白金騎士突撃章が迫力を倍増させている。これ程までの若さと入営年数でありながら、武功で手に入る勲章の殆どを得たのは、私を除けば後にも先にもこの男ぐらいのものだろう。

 

「失礼を致しました! 大佐殿!」

 

 電光石火で怒りの種火を消火し、直立不動で踵を鳴らして最敬礼。軍人として刷り込まれた保身術は、この日も絶好調である。未来の夫にはバレていたようだが。

 

「いや、非を詫びるべきは、私の方こそだ。士官を子供のように扱ってしまったのだ。謝罪を、受け入れてくれるだろうか?」

 

 本を差し出しつつ、謝罪なさる参謀大佐。しかし、その柔らかな物腰以上に驚いたのは、フォン・キッテル参謀大佐から発せられたのが、図書室で参謀連を相手にしていた際の、事務的でありながら敢闘精神溢れる力強いトーンでなく、まるで宮廷人であるかのような、優美な声音であった事だ。

 

“歴史ある帝国貴族らしい典雅な発音。流石は生粋のプロシャ貴族様という訳だ”

 

 どちらが素であるのかと考えれば、間違いなくこちらだろう。私に充てた私信の内容からも、また、エルマー技術少将の兄君に対する評価からも、フォン・キッテル参謀大佐は戦場にさえ身を置かねば、人間としては文句なしの人格者である事を再確認出来たのは美味しい。

 弟御の言う通り、善意と良心に付け込み易い手合いらしいなと、内心邪悪な笑みを深めながら、快く参謀大佐の謝罪を受け入れた。

 

「ありがとう。中尉の勇名は、かねがね伺っていたが、息災で何よりだ」

 

 加え、フォン・キッテル参謀大佐の私に対する心象は最高。憲兵と一度たりとて諍いを起こさず、武功卓越にして一〇歳で軍大学校の門を潜った新星ともなれば、この評価も当然だろう。後はこの評価をより高みに押し上げ、上限値で固定出来れば言う事はない。

 

「小官は、一帝国軍人としての責務を果たしているに過ぎません。この身は、帝国に捧ぐものと誓いを立てておりますれば」

 

 軍人としては、これ以上ない模範解答。銀翼突撃章保持者が語る国家への忠誠心を疑うような奴がいれば、そいつは余程のひねくれ者に違いない。

 

「そうか……ならば、重ねて非礼を詫びねばならないな。覚えておいでだろうか? 私が、貴官に文を差し上げた事を」

 

“しまった!? 失敗した!”

 

 ここに来て痛恨のミス! 相手が常識人だというのであれば、戦争の痛ましさを全面的に訴えつつ、助けて欲しいとそれとなく伝えてしまえば、後方勤務の道が拓けたものを!

 いいや、まだ遅くはない! 幸いにして戦争なんぞ御免被るというのは私の偽らざる本音! 弟御のように嘘を見抜けても、本心までは見通せまい!

 

「はい。ですが、私は嬉しくもあったのです。大佐殿のように、戦場という狂気の中にあって尚、人として健常な精神と、温かな心をお持ちの方が居られた事が」

「ありがとう」

 

 やった! と、私は心中で勝鬨を上げた。見るがいい、この慈愛に満ち満ちたフォン・キッテル参謀大佐の表情を! 一一歳の少女の安危を、心から憂う事の出来る健常な精神を! 軍上層部もこれぐらい私に優しくするべきだ! 最前線でも地獄直行便のラインなんぞに放り込むなど、有り得んだろう常識的に!

 

「中尉、貴官に再会出来て良かったと思う。また、便りを送っても良いだろうか?」

 

 しかも、今後もコネクションを維持できる手段を自ら用意してくれるとは。本人は混じりけなしの善意なのだろうが、やり易くて口元がにやけてしまいそうだ。詐欺師に騙されないか心配だった程だぞ未来の夫よ。

 

「勿論です。それと、これをお返し致します」

 

 私は恭しくハンカチを取り出す。いつか繋がりを保つ為にと所持していた物だったが、今後は私信をやり取りする間柄になった以上、最早愛人か恋人かも分からぬ女から渡されたのだろうハンカチに用はない。

 

「いや、それは貴官に持っていてもらえると嬉しい。ツキを呼ぶのでね」

「……ご婦人から、譲り受けた物とお見受け致しましたが?」

 

 フォン・キッテル参謀大佐からしたら幸運のアイテムかもしれないが、私にとってはただのハンカチである。良いから受け取れ。

 他所の女からの貰い物など、渡されて嬉しいとでも思うのか? 惚気話は他所の男共とするか、宣伝局辺りにネタとして提供すれば良かろうが色男め。

 

「私の姉上から、幼い頃贈って頂いたものでね。私にとっては、お守りだった。これまで私が傷を負わず済んだのは、きっとそれのお陰なのだろう。中尉にも、文字通りの『幸運』を運んでくれることと思う」

 

“あー……、そういう事か”

 

 つまりは、これは家族からの贈り物で、私も家族同然に大切だから持ってくれということだろう。ただ、フォン・キッテル参謀大佐が撃墜されなかったのは絶対にハンカチのお陰ではないという事だけは確信を持って言える。

 この男は、たとえ三〇回ぐらい撃墜されても何食わぬ顔で戻って来れるだろう。

 ……この時はそう思っていたものだが、いざ直面した際には、私は耐えられなかった。私は夫の墜落など、もう二度と知りたいとさえ思わないし、死んでしまうかもしれないなどとは、想像さえしたくない。あんな苦しい思いは、一度きりで十分だ。

 

「勿論、迷惑ならば構わない。私は、少々おせっかいが過ぎる質でね。気を悪くしないで欲しいのだが」

 

 本当におせっかいが過ぎる。というか、少女には少々重いぞこれ。相手が私じゃなかったら勘違いしそうだ。勿論、有り難く利用させて貰うがな。これで一層、フォン・キッテル参謀大佐は私に深い情を抱いてくれることだろう。

 

「では、職務があるので失礼するよ。中尉の前途に『幸運』があらん事を祈る」

 

 うむ。実に予期せぬ幸運であった。今後も私の為に陰ながら尽くしてくれよ大佐殿。小モルトーケ参謀総長閣下と懇意にしていると小耳に挟んだぞ、是非私の名前を出してくれ。

 

 

     ◇

 

 

 その後も私の学校生活は順風満帆。在学生一〇〇名中、上位一二名に送られる一二騎士の一翼に末席ながら加わり、一代限りの貴族として認められる勲爵士(リッター)の称号を授かる事が出来た。つまり私は、参謀将校としての切符を得るに十分な資格を有したという訳だ。

 ただ、夫が楽勝だったという参謀旅行に関しては、一一の私にはとても、そう、とても筆舌に尽くせない程過酷なものだった。将来の帝国を背負う俊英達の、更には軍功推薦者でさえ極限状況下の耐久訓練に目を回し、思考を鈍らせていたのだから、その辛苦は推して知るべしだ。

 あれで身体が鈍るとのたまえる未来の夫は、本当に人間か疑わしいものである。いや、そこを批判してしまうと、小モルトーケ参謀総長にまで飛び火してしまうので、これ以上の発言は差し控えよう。

 

 兎にも角にも無事軍大学校を卒業し、ターニャ・デグレチャフ改め、ターニャ・リッター・フォン・デグレチャフとなった私は中央参謀本部の晩餐室に招かれ、フォン・ゼートゥーア准将ならび人事局のコードル大佐と共に優雅な会食と相成った訳であるが、はっきり言って、ここの食事は不味い。

 元々中央参謀本部の晩餐室は豪華絢爛という有様で、海軍がそれを経費の無駄と批判。陸は陸で大人気なくも、ホテルで戦争に行くな、戦艦の無駄な設備を削減しろと言い出して大喧嘩。

 以来、後方であっても前線の気構えを忘れない為と、アルビオン料理もかくやと言わんばかりの食事を提供しだしたが、実際のところそれは建前で、事実は晩餐室の調度品に予算をつぎ込み過ぎた為、食材費の一部を延々償却費として計上しているというのだから笑えない。

 こんな事を書いて問題では? と思われるかもしれないが、読者諸君は安心して欲しい。今では綺麗さっぱり晩餐室の支払いを完了し、それを機に上から下まで、この話題で皆持ち切りになった。つまりは既に終わった事なのだ。

 夫に対しての本音を散々にぶちまけている手前今更ではあるが、私は戦後早々に退役した身であるし、何より私に関しては何を書いても良いと、夫と出版社から言質を取っているので、遠慮なく書かせて頂く。失敬、これも今更だったな。

 

 

     ◇

 

 

 話が不味い食事と陸軍のよもやま話では、何時まで経っても無駄に紙文を割くばかりなので話を進めよう。

 私がここに呼ばれた理由は、軍大学校卒業後の私の配属先に関してであり、可能な限り配慮するとはフォン・ゼートゥーア准将の言だが、そんなものは建前に過ぎない。私に勧めてきた配属希望書は、要するに私に受け取れという事であって、即ち選択肢など無きに等しいのだ。

 コードル大佐は人事局の人間であり、私の軍大学卒業後に大尉進級をさせたのも大佐である。その横には中央参謀本部のフォン・ゼートゥーア准将が座っているのだから、中央参謀本部の駒となれというのは既定路線なのである。

 私はそれを理解しつつ、極力お二方がご満足頂けるよう忠誠心溢れる軍人らしく対応。これで晴れて、後方勤務の花形かと内心笑顔に花を咲かせつつも、次第に怪しくなる雲行き。

 

「貴官には新編の魔導大隊を任せる」

 

 やはり前線送りか、と私は内心ため息を漏らした。何、ライン戦線で地獄を見た以上、今更である。ただ、大尉が大隊指揮官を務めるというのはやはり無理があったようだ。

 私は大隊を編成する編成官の役を与えられ、この大隊編成の功を以て少佐に取り立てるから、その後に大隊指揮官として働くようにと仰せつかった。

 

 進級理由が、フォン・キッテル参謀大佐のそれより強引である。まかり間違っても、陸は空に文句を言える立場ではないだろうと私は突っ込みたくなった。流石に相手が相手なので、そんなことは絶対に出来ないが、人事考課上問題しかないではないか。

 とはいえ、フォン・ゼートゥーア准将は私に少佐と大隊長の席を約束してくれるというので、出世の道が拓けたと考えれば決して悪いものではない。

 編成に関しても全権が与えられ、大隊兵員も装備も可能な限りは充当。大隊規模も四八名からなる増強大隊ともなれば、上が私にかける期待の程も窺える。

 但し、北方・西方方面軍以外から人材を引き抜くことという制約もあったが、各方面軍とのパイプ確保も考慮すれば悪くない。おまけに指揮系統は中央参謀本部直轄で、駐屯地は既に終戦を迎えた南東方面。正しく至れり尽くせりであった。

 

 私は優雅なる会食を終えると共に礼を述べ、新たに宛てがわれる中央参謀本部編成課の事務室の下見に向かった。

 

 

     ◇

 

 中央参謀本部での会食から一週間後。新編部隊編成用事務室に設置されたデスクで、私はショックのあまり項垂れていた。

 余りに過酷な募集要項故に、志願者が規定人数を達しなかったからではない。むしろ、事務机に(うずたか)く積み上げられた願書こそが問題なのだ。

 

“何故こうなっだのだ!?”

 

 私は事務机を叩きたくなったが、願書が雪崩を起こしてしまうのでそれも出来ない。私のプランでは、出来る限り募集を長引かせ、安全な後方でのんびりと過ごすつもりであったのだ。

 具体的には、三ヶ月は時間を稼げると疑わなかったというのに、現実は真逆。僅か一週間にして、私の事務机には山脈が形成されていた。

 私は改めて、自分が配布した募集要項に間違いがなかったかと見直す。

 

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。全ては勝利の為に。求む魔導師、至難の戦場、僅かな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。生還の暁には名誉と賞賛を得る』

 

 うむ。一字一句間違いない地獄の片道切符。こんな職場を希望する奴は、間違いなく頭がおかしいと断言できる、生粋の戦争狂ぐらいである。

 私だったら絶対に行きたくない。死んでもお断りだと断言する。

 私はこの時の事を振り返り、夫にも同意を求めた。「こんな募集広告を読んで、願書を出すような人はいませんよね?」と。ところがだ。

 

「軍種こそ違うが、あの広告は胸に響いた。宣伝局広報部は、この文を見習うべきだな。これこそが兵士の、愛国者の心を震わせるものだと感じたよ。流石は私の妻だ、人の心の捉え方というものを、実によく理解している」

「そんな風に考えるのは、きっと貴方ぐらいよ?」

 

 私はこめかみに青筋を浮かべながら、努めて穏やかに、そして丁寧な口調で言ってやった。

 やはり人外に意見を求めたのは間違いだった。一体どうして私の夫は普段は優しい常識人だというのに、一度軍人になると頭がおかしくなってしまうのだろう? 或いは当時の軍人は、皆頭が可笑しかったのかもしれない。

 何処かに私と同じ常識人はいないのだろうか?

 

 

     ◇

 

 

 受け入れがたい現実とはいえ、何時までも項垂れている訳には行かない。目の前に願書が山積している以上、私はこの中から厳選に厳選を重ね、相応しい者を大隊員とせねばならないのだ。

 しかし、これは一人で決済できる仕事量でない事もまた事実。私は即座に電話を回した。こういう時にこそ組織の力を借りるのだ。具体的には、副官を寄越して貰うのだ。

 

 かくして直ぐに、副官は到着した。ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉。かつてはライン戦線で私と二人一組(ツーマンセル)を組み、無事魔導士官を拝命した彼女は、上が気を利かせて私の副官に据えたのだ。

 セレブリャコーフ少尉は秘書役としても大変優秀で、書類を見てすぐに憲兵司令部から優秀な人員を借り受けてくれた。もう少しゆっくりしてくれて良いんだぞ?

 大変だろう座って珈琲でも飲みたまえよ、そして少しでも時計の針をゆっくり進めてくれという私の願いも虚しく、実に優秀な副官として活躍してくれた。出来過ぎる部下というのも考えものである。

 しかし、この程度では私は諦めない。志願者の数を利用して、出来る限り厳選するのだ。どうせいつかは編成が完了してしまい、最前線行きが確定ならば、せめて最優秀な人材を揃えて私の為に頑張って貰おう。

 これならば時間をかけても文句は言われない上、将来の私も大助かり間違いなしだ。

 

 

     ◇

 

 

 私の目論見は、別の意味で脆くも崩れた。光学術式で偽装を施して配置した大佐(立体映像)に面接官を勤めさせ、同じく同室に光学術式で隠れている私や、中央参謀本部の面々を発見できれば合格という、前線帰りの魔導師なら半数は確実にクリアで来る課題を、殆どの志望者はクリア出来なかったのである。

 確かに、エレニウム八四式の頃と比べれば、光学術式の精度は格段に上昇したし、変声による会話や録音さえ可能であるが、だとしても酷すぎる。中央参謀本部のお歴々やフォン・ゼートゥーア准将さえ「こいつらは鍛え直しだ」と零された程だ。

 私と中央参謀本部は、誠に遺憾ながら方針転換を余儀なくされた。合格者が足りないならば、芽のある人員を合格水準に達するまで鍛えるしかないだろう、と。

 

 私は最低限の素養ある人員を選抜し、彼らを徹底的にしごき上げた。七二名からなる訓練生から、第一段階で六〇名まで絞り、そこから規定人数の資格を勝ち取れる人格と能力を有する者を選抜。

 私をモルモットにしてくれやがったという貸しと、唯一の成功例として首の皮一枚繋がったという意味で二重の貸しがあったエレニウム工廠から、試作品たる九七式『突撃機動』演算宝珠の先行量産モデルを拝領。

 これを各員に使用させ、高度八〇〇〇という高地連隊さえ根を上げる高さでの空戦起動を行えるかどうかが分水嶺となったが、しかしよくぞまぁ、工廠が丸ごと吹き飛んでフォン・シューゲル主任技師や他の技師連中も無事だったものである。

 

 連中は悪魔に魂を売り渡して生き存えたのだと、私は今日も信じて疑わない。

 

 

     ◇

 

 

 こうして紆余曲折はあったにせよ、私は第二〇三遊撃航空魔導大隊の編成を完了。以降、私は中央大陸の無数の戦場で、彼らと共に東奔西走する事になるのだが、それを語るのは、また次の機会としよう。

 




 デグ様は主人公を利用する気満々のようです。うん、デグ様だもんね、仕方ないね。
 今話の後半に関しては原作通りなので、態々書かなくてもいいかなぁとは思ったのですが、ここと飛ばしちゃうと後々急に魔導大隊とかが出てきて訳が分からなくなりそうなので書かせて頂きました。

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