まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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セカンドシーズン4話目。
タイトル通り混乱中。
なんでこんなに長くなってるんだろう……
そして相も変わらず修羅場が続く……
再度念押しいたしますが,架空の店舗です。
ワグ○リアでもありません!
また,サイゼリヤのどの店舗にも高級ワインがあるわけでもないのでご注意ください。
そして重ねて注意しますが,首トンは大変危険です!絶対に真似しないでください!!
駄作者がほんっとすみません。


まちがいつづける修学旅行。④ ~下総混乱編~

「ほら,海老名。ボーっとしてないで新しいお客さんだよ」

 この均衡を破ったのは川崎の一言だった。ようやく再起動した海老名さんが店の入り口へ向かっていった,のだが……

「ひゃっはろー!」

 

 なんか聞き覚えのある声が……たぶん空耳だ,空耳に違いない。空耳であってくれ……

「海老名ちゃんだっけ?さっき部室で比企谷くんとぐっちょんぐっちょんしてすぐにいなくなったと思ったらこんなところで働いてたんだね。あ,おねえちゃん,雪乃ちゃんと待ち合わせでえす」

 やめれーーー!その,ぐっちょんぐっちょんって流行ってるの?八幡のMPもHPもとっくにゼロよ!

 俺の心からの祈りもむなしく,雪ノ下姉こと恐怖の大魔王・雪ノ下陽乃の登場である。

「雪乃ちゃーん!やっぱりこっちだったねー。念のためイオンの店で張ってたけど、ここが学校に一番近いもんね。14号の方の店に行った三浦ちゃんももうすぐ合流するよ」

「ね,ねえさん,ななな何を言っているのかしら?わたしは,由比ヶ浜さんと勉強をしに来て偶然比企谷君と居合わせただけなのだけれど?張ってるとかなんとか,妄言はやめてもらえるかしら」

 雪ノ下が慌てた様子で陽乃さんに反論しているが,今さら取り繕ったところで,とっくに全部ばれてるんだけどな。

「まーまー,あ,海老名ちゃん,ワインリスト持ってきてくれる?」

 サイゼリヤには,グランドメニューに書いてあるワインメニューとは別に,少しお高いワイン(とは言え,高いもので7,500円くらいだけど)のリストが存在するのだ。しかし,なんで陽乃さんがそんなものの存在を知っているのだろう?

「これでもねー西千葉でキャンパスライフを送る花の女子大生なんだから友だちとサイゼリヤぐらいは行くよ?比企谷くんともよくチェーンのドーナツ屋さんで密会してるしねー」

「雪ノ下さん,人聞きの悪いこと言わないでください。たまたま遭遇するだけですからね,たまたま」

「ふふふ,たまたまって思ってるのは君だけかも知れないよ?」

 怖えよ! なんか俺の知らないところで陰謀が渦巻いてたりするの?

「って,なんでこのテーブルに座ってるんですか。雪ノ下と待ち合わせをしていたのならあっちの席へ行ってください」

「えー,雪乃ちゃんは由比ヶ浜ちゃんと勉強しに来たんだから邪魔しちゃいけないよー」

「それじゃ,デート中の男女の邪魔をするのはいいんですかね?」

「あれ?比企谷くん,デートなの?デートであることを認めるの?」

「いや,デートという形をとった依頼といいますか,なんと言うか……」

 陽乃さんの問いに,デートと答えればこの場を切り抜けることができるのだろうが,雪ノ下,由比ヶ浜,海老名に川崎の刺すような視線にその一言が言えない。背中に嫌な汗が流れる。てか,海老名,川崎,仕事しろ。

 

「……バローロをお持ちしました。グラスは一つでよろしかったですか?」

 あ,仕事してたのね。川崎,すまん。

 川崎が赤ワインのボトルとグラス,そして開けたコルクを置いていく……一体いつの間に頼んだんだろう?

「ありがとう。後で静ちゃんも来ると思うから,グラスもう一個持ってきてくれるかな?」

「かしこまりました」

 ええーーー平塚先生来るの?そんでもって飲むの?これ早く帰らないと死ぬよね?死ぬやつだよね?

「このカシワも美味いな。八幡は食べないのか?」

 若鶏のグリルに手を付けている原滝。器用にナイフで切り分けてフォークに刺し,

「ほれ」

 と俺の目の前に差し出した。

 それを俺はパクッと……もうこうなったらヤケだ。

「おやおや、お二人さんお熱いねーこのこの」

 と陽乃さんが正面から俺のほっぺたを指で突っついている。やめい。

 

「ねえさんは一体そこで何をしているのかしら」

「えー,ゆきのちゃんはガハマちゃんとお勉強をしに来たんでしょうから関係ないでしょう?それとも勉強ってのは嘘なのかなー?」

 後ろの席から,ぐきぎ,とか聞こえてはいけないような声が聞こえた。雪ノ下の声で。

「結衣,教科書を出して」

「え!? ゆきのん,本当に勉強するの?」

「当り前じゃない。勉強をしに来たのだから」

「でもそれは……」

「わたし,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。仮に虚言を吐いたとしても,それを真実にしてしまえばそれは虚言ではなくなるわ」

「ええーーー」

 哀れ由比ヶ浜。陽乃さんにまんまと乗せられた雪ノ下の巻き添えになったな。まあ,あいつの成績を考えればここで勉強をしておいた方が本人のためか。

 


 

「ヒキオ,ドリア一口もらうし」

 いつの間にかあーしさんがスプーンを持って向かいの席に座っている。なんなんだよいったい。

「八幡,なんか騒がしくなってきたな」

「そうだな,そろそろ帰るか?」

 これじゃさすがにデートは続行不可能だろう。これじゃ,部室の修羅場が場所を変えただけになってしまう。

「いや,さっきから料理を食べられてるし,追加注文したいかなって」

 おーい!気づけば陽乃さんはミラノサラミをアテにワインを飲んでるし,三浦もドリアと若鶏とセットのパンチェッタに手を伸ばしている。

「あんたら,何食ってんだよ!」

「いいよいいよ。おねえさんが全部払ってあげるから好きなだけ注文しなさい」

 それなら俺は,リブステーキを特製デミソースで……ってちがーーーう!

「ところで静ちゃんは三浦ちゃんと同じ店にいたんじゃないの?」

「ああ,先生,待ってる間にワイン飲み始めたら止まんなくなって……」

 陽乃さんと三浦が顔を見合わせて黙り込んでいる。

 このお通夜のような空気にいたたまれなくなり,席を立ってドリンクコーナーに向かうことにした。

「原滝,お代わりどうする?」

「ありがとう。それじゃ,ウーロン茶をお願い」

「ヒキオ,あーしは野菜と果実」

「おねえちゃんはチェイサー代わりに炭酸水をもらおうかな」

 あ,みんな頼むんですね。パシリは辛いね。

「ヒッキーひとりじゃ大変だよね?手伝おうか?」

 由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。以前の俺なら、彼女の優しさに勘違いしないよう、その優しさは本物であるがゆえに嘘だと断じていたであろう。

 だが、今の俺は知ってしまったのだ。彼女の気持ちが、その優しさが、嘘でも勘違いでもないことを。そして、今の俺はその気持ちにあらゆる意味で応えることができないのも知っている。

「ほら、ヒッキー行こう」

 そんな考えを遮るように,由比ヶ浜が俺の手をひっぱり,二人でドリンクバーのコーナーに向かう。

 


 

「ねえ,ヒッキーってハッキーのこと好きなの?」

 はあ!?

「なんでそんなことになるんだよ」

「えー,だって,いつものヒッキーならアレがアレでアレだからとかいってデートなんかしないじゃない」

 うっ,全く否定できない。普段の俺なら間違いなくそう言ってたな。

「九州にいるときに依頼を受けたんだよ。まあ,アレだ,仕事みたいなもんだ」

「いつもは働きたくないでござるって言ってるのに?それに,あたしの,ハニトーの約束だって……あたしのほうが……先だったのに……」

 由比ヶ浜の声がだんだん小さく,少し涙声が混ざっていく。

「すまん,由比ヶ浜。忘れてたわけじゃないんだ。ただ,その……俺から言い出すのが照れくさくてな……お前,待たないでこっちから行くって言ってただろ?その言葉に甘えていたのかも知れん。不安にさせたのなら……謝る」

 由比ヶ浜が俯いていた顔を上げた。目元には,やはりわずかに涙が浮かんでいた。

 ああ,もう!こういうのは俺のキャラじゃないんだがなあ…… 

「ハニトーの約束は必ず守る。だから……」

 そう言って由比ヶ浜の背中に手を回し、彼女の体をグッと引き寄せる。

 由比ヶ浜は少し驚いた表情を見せたあと、目を瞑り俺に身体を委ねる。

「分かった。信じてるから……」

「ああ……」

 

「あの……お客さま?」

 掛けられた声に二人とも寄せ合った身体をパッと離した。

「店内での過度なイチャコラは他のお客様の手前、ご遠慮願いたいのですが……」

「いや、海老名さん、これは、その……」

 何か言い訳をしようとするが、しどろもどろになって言葉が出てこない。

 海老名さんがふぅとため息をついて、

「やっぱ目の前でこういうの見るとキツイね。わたし、部室で酷いことしちゃったね」

「ううん。あたしだって今、ヒッキーの優しさにつけ込むようなことになると思ったけど、気持ちは止められないもん。好きになったら仕方ないよ」

 こんな素敵な女の子たちがこんなに思ってくれているのに、俺は二人にかける言葉を全く見つけられないでいた。しょうがないだろ。今まで生きてきて、こんな瞬間が来るなんて全く思いもしなかったんだから。

 ボッチ舐めんな、とは、もう言えんよなあ。

「それより早くドリンク持っていかないとみんな待ってるんじゃないかな?」

「あ」

 二人していつまでも帰ってこないとなると、あとで何を言われるか分かったもんじゃない。慌ててドリンクをトレイに乗せ、由比ヶ浜と二人で元の席に戻ったのだが……

 


 

「八幡,遅い!遅いなー,あと遅い!」

 待ちくたびれた原滝が顔を真っ赤にして怒っていらっしゃる。

 対照的に陽乃さんの顔は少し青ざめているように感じた。

「どうせまた,その乳のでかいねーちゃんと乳繰り合ってたんだろ?」

「しょしょしょ,しょんなことは,にゃあ?」

 失礼,噛みながら由比ヶ浜に同意を求める。

「……う,うん」

 少し頬を赤らめてうつむき加減で答える由比ヶ浜。それじゃ否定になってないっての! カミカミの俺が言えた義理じゃないけどな。

「にゃあ……ねこ?」

 雪ノ下、猫はいない。

「どう見てもお前らなんかあったんじゃねーか! このデカイ乳をアレヤコレヤしてたんじゃないのか?」

 そう言って由比ヶ浜の胸を正面から揉みしだく原滝。

「や、やん」

 そんな声出すな! うっかり前屈みになっちゃうだろ!

「ほれ。八幡も揉め」

「バ、バカ! できるわけないだろ!」

「どーして?」

「どーしてもこーしてもないだろうが」

「あたしの胸は触ったのに?」

「うぐっ」

「部室であたしのおっぱいはモミモミしたのに?」

「揉んでねえーーー! 胸に手を当てただけだ!」

「ヒッキー、ハッキーのはおっぱいは揉むのにあたしのは揉めないんだ……」

 由比ヶ浜さん!ややこしくなるんで今はやめてください!

「そういうことを言うなら,揉め」

 何その超理論。などと考える間も与えず,原滝が俺の手を掴み,自らの胸に持っていった。

「ほれ」

「ほれ,じゃねぇ!」

 ぎゅむ。

「あん。はち……もっと優しく……」

 原滝が顔を赤らめながら切なげな声を……って,ツッコミの際にうっかり力が入り,結論だけ言えば,形だけ見れば原滝の胸を鷲づかみにしてしまっていたあ!

 こ,これでは部室の修羅場の再現必至である。なんなら社会的に抹殺乃至稲毛海岸の沖にコンクリート漬けで沈められるまである。なにせここには土建屋さんの御令嬢が二人もいらっしゃる。俺を沈めるコンクリート材料の調達には事欠かないだろう。

「申し訳ございませんでしたあぁーーー」

 すかさずその場で土下座敢行。これだけ綺麗な土下座はなかなかお目にかかれるもんじゃないぜ。ふっ,決まったな。

 だが,床に付けた頭の先に何やら気配を感じる。そっと頭をあげてみると,陽乃さんがさらに綺麗な土下座姿を見せていた。

 


 

「比企谷くん,本当にごめんなさい。私のせいなの」

 土下座では誰にも負けないと自負していた俺の自信は,陽乃さんの見事な土下座姿にガラガラと音を立てて崩れ去った。

「陽乃さん,やめてください。なんであなたが土下座してるんですか」

「あのね,比企谷くんがなかなか戻ってこない間に飲み物がなくなっちゃって,原滝ちゃんが喉が渇いてそうだったからワインを飲ませちゃったの。そうしたらあんなになっちゃって……」

「未成年飲酒ってマズいじゃないですか。店にも迷惑がかかりますよ?」

「そうなの。だから本当にごめんなさい」

「あの……お客様」

 土下座する俺たちの上から少し低い声が聞こえてきた。

「他のお客様のご迷惑になりますので土下座はご遠慮ください」

 フロアスタッフの川崎が騒ぎを聞きつけ注意しにきたようだ。

「川崎……迷惑かけてすまん!」

 俺は川崎に向かい,床に額をこすりつけるようにひれ伏した。

「だから土下座やめろって言ってんだろ!いいかげんぶつよ!」

「イエス,マム!」 

 跳ねるように立ち上がり,ビシッと敬礼をかます。およそ店員とは思えない物言いだが,どう考えても全面的にこちらが悪い。

「……ばっかじゃないの」

 おおう。その冷たい言葉,ゾクゾクくるぜ。

「はちまん。この女もおっぱいおっきかねー」

 原滝が川崎の背中に抱き着き,後ろから川崎の胸を掴もうとする。

 おい,それはヤバいぞ!川崎は空手の使い手だ。そんなことすりゃ骨折どころじゃ済まないぞ!

「ひゃい!?」

 なんか可愛い声が聞こえたような……

「ほれほれ。これは揉みごたえんあるおっぱいばい」

「や……やめて……ああっ,んっ」

 川崎は力が入らない様子で抵抗できないみたいだ。さすがにこれは止めなきゃいけないだろうと川崎の前に立って,

「原滝,さすがにそれは行き過ぎ……」

「比企谷!見るな!うっ,お願い……見ないで……」

 川崎の言葉に思わず後ろを向いてしまう。しかしこのままでは川崎が……

「雪ノ下ーーー!頼む!」

 はあ,という雪ノ下の溜息が聞こえたと同時に原滝が静かになり,そしてドサリと何ものかが床へ崩れ落ちる音がした。

 振り返れば雪ノ下は手刀を構えたままだ。おそらく得意の首トンで一瞬のうちに原滝を沈黙させたのであろう。

「サンキュな雪ノ下」

 雪ノ下は俺の礼を気にかけることもなく、長い髪をファサッとなびかせながら、振り向いて自分の席に戻っていった。

 


 

 倒れた原滝も気になるが、川崎もまた両手で胸を押さえながらその場にしゃがみこんでいた。

「ううう……ぐすっ」

 こんな時,どうやって声をかけたらいいか全く思いつかねえ。小町なら抱きしめて頭を撫でてやるところだが,これまでボッチ歴=年齢だった俺にすすり泣く同級生の相手なんてムリゲーすぎんだろ……

「ひ,比企谷!?」

「へ!?」

 川崎の驚く声に思わず素っ頓狂な声をあげちまったい。そして,冷静になって今の状況を確認してみた。

1.俺の身体:しゃがみこんで川崎と同じ高さ。

2.俺の左手:川崎の背中に回し、彼女の体をぐっと引き寄せている。

3.俺の右手:青みがかった髪の上に置かれ、彼女の頭を撫でまわしている。

結論:はい,アウト〜〜〜!

すぐにでも体を離し、そのまま土下座の体制に入ろうと思ったが、川崎が目を瞑り、うっとりとした顔で俺に体を預けてしまっていて、このまま体を離したのでは俺という支えが無くなった川崎の体が前につんのめり、悪くすれば頭を打って大怪我の可能性もあるため、仕方なくそのまま頭を撫で続けていた。本当に仕方なくだよ?

 


 

「川崎」

気づけばすぐそばに女店長が立っており、川崎の名を呼んでいる。

「腹減った」

絶対そう言うと思っていたよ。プレないよな,この人。

川崎は店長の呼びかけに慌てて立ち上がった。少し名残惜しいとか思ってない。思ったりしていない。大事なことだから2回言った。

「て、店長、すみません」

「どうした川崎。こいつに泣かされたのなら帰り道,舎弟に闇討ちさせるぞ」

怖えよ!なんだよ闇討ちって。それ本人の前で言ったら闇討ちになってないからね!?

「いえ、店長、別にこちらのお客様は関係なくて……その……」

「とは言え、このままでは私のパフェ作りに影響……じゃなくて他のお客様に迷惑がかかる」

今この人、自分のパフェ作りに影響が出るって言ったよ!この店大丈夫?

「すみません。いろいろお騒がせしまして。これはほんのつまらないものですが」

俺はカバンから、なごみの米屋のぴーなっつ最中を取り出し女店長に差し出す。

女店長は無表情でそれを受け取ると、

「なかなか見どころのあるやつじゃないか。今度バイトの面接やるから時間のあるときに顔を出せ。ごゆっくり」

 ふぅ,ひとまず危機は回避したな。え?なんでぴーなっつ最中を持ってたかって?千葉県民なら誰でも常備してるだろ?

「比企谷……あんた凄いね」

「 いや、単純に腹減って食い物が嬉しかっただけだろ?だいたい俺は働きたくないからな。バイトの面接なんか絶対来ないぞ」

「来ないと、舎弟の人たちが呼びに行くかもしれないよ。ちょっと手荒に」

 何だよ,ちょっと手荒にって!ここサイゼだよね?大丈夫なの?サ○ゼとか伏せ字使わなきゃダメな奴なの?

「ごめん,比企谷,冗談だから。さっき泣かされたお返し。店長が言ってたのも冗談だと思う……たぶん」

「いや,俺が泣かしたんじゃないだろ?小学校の頃のトラウマを思い出すからやめて。何?この後学級会で糾弾されちゃうの?」

 そもそもやったの原滝だし。それとサイゼの名誉のためにそこは冗談と言い切ろうよ,ね!?

「比企谷くんは分かってないなー。川崎ちゃんはさ,比企谷くんに見られたくない恥ずかしい姿をガン見されたから泣いちゃったんだよ」

「誤解を招く言い方はやめてください。ガン見なんてしてないですから」

 せいぜいチラ見くらいのもんだ。本当だよ?川崎の息が上がって紅潮した顔なんて見てないよ?

「だいたい雪ノ下さんが原滝に酒を飲ませたのが全ての元凶ですからね!」

 ついつい強めに言ってから,しまった,と思った。この後どんな仕打ちが待っているかと戦々恐々としていたんだが……

「それ言われると困っちゃうんだよね……うちの父親,県議会議員なのに,その娘が未成年飲酒に加担してたなんてとんだスキャンダルだよ……」

 いつになく弱気な陽乃さん,なんか調子狂うな。

「まあアレです。店や川崎,そして海老名さんにも迷惑がかかりますから,言いふらしたりしませんよ」

「本当に?」

 今にも消え入りそうな声で陽乃さんは俺に問いかける。

「だいたい俺が話をする相手なんていないじゃないですかー?」

「比企谷くん」

「はい?」

「今のこの状況で本気でそれを言ってる?」

「いや……その……」

 少し涙目の陽乃さんに、いつもの軽口で返すこともできず、つい口ごもってしまう。

 これまでの状況を鑑みれば,どうみてもボッチだなんて言えない。

「分かりました。それじゃ雪ノ下さん、俺はあなたのために、このことは誰にも口外しません。それでいいでしょう?」

「ホントに?」

「ホントです」

「信じていいの?」

 今日の陽乃さんの上目遣いは,これまでの計算されたそれとは全く違っていた。

「はい。小町と戸塚に誓って」

「ふふふ、ブレないなー、比企谷くんは」

 陽乃さん声が聞こえたと思ったら,ふいに視界が塞がれた。

 頭の後ろには陽乃さんの手,顔は何やら柔らかいものに押し付けられ,前が全く見えない。

 そしてなんかすげえいい匂い。だめだー。頭がクラクラしてきた。もうどうにかなりそうだー

「ひ,比企谷くん。いったい何をしているのかしら?こんな公衆の面前で強制わいせつに及ぶなんて。すぐに通報しないといけないようね」

「ヒッキー,マジキモい」

 なんか俺を罵倒する声がかすかに聞こえる。が,自分の身に何が起きているのかも分からず……

 すまん,嘘だ。俺は今,陽乃さんの胸に顔をうずめている。

 決して俺の意思ではない,大事なことなのでもう一度言うが俺の意思で陽乃さんの豊かな胸に顔をうずめているのではない。だが,はっきり言ってここは天国だ。鼻孔をくすぐる官能的なこの匂い,そして顔に伝わる柔らかさ。自らの意思ではどうにも離れられない。

 


 

「あ,ヒキタニくんの妹さんがサキサキの弟さんと腕を組んで入ってきた」

「何,小町が大志と!? くそっ,あの毒虫,一族郎党もろともぶっ殺してやる!」

 殺気立った目で店内をぐるりと見回してみるもののそれらしき人影はない。

「ゴメン。人違いだったみたい」

 ペロッと舌を出す海老名さん。ちょっと可愛いと思っちまったじゃないかコノヤロウ。

 かつて魔王様と呼ばれた(俺が呼んでいただけだが)陽乃さんは,俺の顔が離れたことで少し寂しそうな顔をしている。やめてー,勘違いちゃうから!

 そして,振り返ると川崎沙希が阿修羅のような顔をして仁王立ちしていた……

 

「あんた,うちの大志が毒虫?一族郎党もろともぶっ殺してやるだって?あ゛?」

 

 いたよー!一族郎党ここにいたよ!

 

「いや,それはその,言葉の平野綾といいますか,ハレ晴レユカイといいますか、その……」

「言い訳しないで! 大志とけーちゃんと下の弟を守るためにアンタを殺してアタシも死ぬ!!」

「おいおい、過ぎたシスコン、ブラコンはやめろ!」

「どの口が言うんだい、この超ど級シスコン男!」

 釘バットを手ににじり寄る川崎,じりじりと壁際まで追い詰められた俺。いや,なんでファミレスに釘バットとかあるんだよ!なんてことはこの際どうでもいい。まさに絶体絶命。はっきりカタをつけるどころか俺が片づけられちゃうまである。

「愛してるぜ,川崎。だからその釘バットを下ろせ」

「ゴメンね、アンタ。この世では一緒になれなかったけど、あの世でアタシと一緒になってくれるかい?」

 ポロポロと涙をこぼしながら俺に問いかける川崎。目が本気だ。これはもうダメかもしれない。

「やめろ、川崎!」

 女店長が川崎の肩を掴んで止める。この時ばかりはこの店長が女神さまのように思えた。

「勝手にあたしの釘バットを持ち出すんじゃない」

 釘バット,お前のかーーーーー!

「だいたいお前が死んだらシフトに穴が空くし,これからあたしのパフェを誰が作るんだ!」

 うん、知ってた。この店長ブレないって。

「それにそいつはピーナッツ最中をあたしにくれた。殺すのはダメだ」

 今日ほどピーナッツ最中を持ち歩いてて良かったと思える日はなかった。やっぱり千葉のピーナッツは偉大だぜ。

「あとで店を出たら舎弟に半殺しにさせるから今日のところはそれで抑えてくれ」

 半殺しにされちゃうのかよ!女神かと思ったのにやっぱり悪魔だったか。

「おいお前、何か失礼なこと考えてなかったか?」

「いえいえ、今度は落花生さぶれなんかも持ってこようかなーなんて思いまして……」

「すまん川崎、半殺しも無しだ」

 命拾いしたよー。偉大だな、千葉の落花生!ありがとう、なごみの米屋!

「あのー、ヒキタニくん?」

「どうした?海老名さん」

「彼女、ずっと倒れたままなんだけど……」

 あ!原滝のこと、すっかり忘れてたよ……

「おい原滝、起きろ」

 揺すったりさすったりしてみたものの、気を失ったまま一向に起きる様子はない。

「雪ノ下、お前の首トンでこうなったんだから、背中をグイッとやって気付けをする技とかないのかよ」

「この男は何を言っているのかしら?そんな漫画みたいなことできるわけないじゃない」

 いや、その前に首トンも相当漫画じみてるけどな!

「ちなみに気を失わせる技は素人がやると気を失ったまま起きられなくなったり、最悪死んでしまうことがあるから、決して真似してはダメよ」

 いやいや、現在進行形で起き上がってこない人がここにいるんですけど!

「川崎、とりあえずこんなとこに寝かしたままにするのはマズい。休憩室へ運ばせろ」

「わ、分かりました店長。比企谷、手伝え」

 なんで俺が……とは言えんわな。フロアには男手は無さそうだし、そもそも原滝は俺の知り合いだしな。

「分かった。その休憩室とやらに案内してくれ」

川崎にそう告げて、原滝を横抱きにして抱える。意識を失ってグッタリしているから相当重く感じるな。

両足を踏ん張って、一気に持ち上げる!

「ヒ、ヒッキー!なんでお姫様抱っこしてるし!?」

「しょうがねえだろう。意識ねえし、男が俺だけなんだから」

「うー」

 由比ヶ浜がサブ……サブロー?のように唸ってるが、仕方ないものは仕方ない。

 原滝って意外と良い匂いすんなとか、なんか柔らかいとかいうのは置いといてとにかくこれは仕方がないことなのだ。

「川崎、頼む」

「あ、ああ、こっちだよ」

 原滝を抱えて休憩室へ向かった。意外と軽いな、こいつ。ちゃんと食べてんのか。


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