まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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突然ですがセカンドシーズン最終回です。
長かった……
一応エピローグは1話で完結できました。
あと,「あの子」が帰ってきます!
ついに物語が動く!←最終回だってぇの!!

最終回もまた修羅場。
このシーズンはこればっかだなあ……

ラストは本作の最期にふさわしいお定まりのアレです。
また後ほど,お会いしましょう。



まちがいつづける修学旅行。⑨ ~下総動乱編~(完結編)

 原滝の修学旅行から1ヶ月が過ぎた。

 

 原滝とディスティニーに行った翌日,由比ヶ浜から,自分たちもディスティニーランドにいたのに全然会わなかった,いったいどこにいたのかと詰問された。やっぱりいたのか。まあ,園内は広いし休日で人も多いから会わなかったんだろうと言っておいた。

 雪ノ下からは,なぜパンさんのバンブーファイトに来なかったのか,この背教者!と罵倒された。

 解せぬ。俺はいつパンさん教に入信したのだろう。こっそり家に福音書とか届いてたっけ?

 

 この間に生徒会選挙があり、紆余曲折あって一色いろはという一年生が生徒会長になった。

 そしてなぜか奉仕部に入り浸り今に至る。

 クリスマスイベントの手伝いを奉仕部として行っているが,雪ノ下に由比ヶ浜,三浦や姫菜の手も借りて極めて順調である。

 当初,海浜総合高校の生徒会長がなにやら訳の分からないビジネス用語を駆使して会議が進まないと一色に泣きつかれたが,三浦と雪ノ下を連れて行ったことで雰囲気は一変。

 それまで,停滞していた会議は雪ノ下の弁舌(毒舌?)と三浦の一睨みで海浜側は何も言うことができなくなり,以降は余裕を持ったスケジュールで進んでいる。もちろん,恐怖政治により相手方を従わせているだけではなく,一色のあざとい上目遣いや由比ヶ浜の気遣いとおっぱいの力で極めて友好的な協力関係が保たれている。

 夏休み以来の再会を果たした鶴見留美は,姫菜の演出する演劇のヒロインとして皆から一目を置かれつつあり,独りぼっちという状況ではなくなった。ただ,彼女の俺を見る目が以前とは異なっていること,そして,ふと漏らしたはやはちという単語に若干の不安を覚えている。

 

 そんなこんなで,三浦と姫菜……部室では海老名さんが奉仕部にいるのは俺たちが修学旅行から帰ってきて以来続いていて,もう奉仕部の一員とみなしてもいいくらいだと思うのだが(雪ノ下曰く「にゅうぶとどけ」を出していないから部員ではないらしい),時々みんなの前で「姫菜」と呼びそうになって慌てることもしばしば。

 一度寝ぼけて三浦を「おかあさん」と呼んだ時は烈火のごとく怒られたがな。

 最近ではバイトのない日の川崎がそこに加わって三浦と睨み合いをしたり、さらには陽乃さんが顔を出した日などはもうカオスとしか言いようがない状態に陥ってしまっている。

 家でも小町の襲来に気の休まらない日が続き、俺が癒されるのは、朝や休み時間に戸塚と話ができる瞬間くらいのものだ。

 


 

「八幡、おはよう!」

「毎朝味噌汁を作ってくれ」

「もう、八幡。僕,男だよ?」

 ううぅ、戸塚だけはずっと変わらないでいておくれ。

「そういえば、今日転入生が来るって噂だよ。朝、日直の人が職員室の平塚先生のところですごく可愛い女の子を見たって言ってたからウチのクラスかなあ」

 ウチの担任が今体調を崩して休んでいるため、うちのクラスのホームルームは平塚先生が行っているのだ。

「戸塚、俺はお前さえいれば良い。転入生なんてどうでもいい」

「もう、八幡たらぁ」

 ぷんぷんという擬音語が聞こえてくるかのごとく頬を膨らませて怒る戸塚,しんけん可愛い。とつかわいい。

 しかし、美少女の転入生……まさかな……

「べー、美少女の転入生、やっぱあがるっしょー!」

「でもなんでこんな終業式も近いのに転入してくるんだろ。新学期からにすればいいのにな」

「それな」

 戸部はようやく大分の大学病院を退院し、総武高校へ戻ってきた。だが戸部よ……お前、海老名さんが好きなんじゃなかったのか?

 そんな美少女転入生にテンションアゲアゲになってるようじゃその恋は叶わんぞ……って、俺が言うと嫌味だな……

 大岡もようなく謹慎が解けて復学している。戸部と違い美少女転入生の話題に盛り上がらないあたり,相当処分が堪えたのだろうか。

「でも,もうすぐ冬休みだろ?もし遠くから来てこっちになじんでいないようならいろいろ案内してあげる体でデートに誘えるんじゃないか?」

 ……前言撤回。やっぱり大岡は大岡だ。

「それな」

 大和も……いつも通りだ。

 それにしても,ひと月の間葉山がいなくてもこのグループで会話が弾んでいるあたり,チェーンメール事件を経て,こいつらもちゃんと友達になったんだな。

 おそらくはこいつらの誰かが犯人だったのだろうが,こういう結論を得られたのならそんなことはどうでもいいことなんだろう。 

 


 

「よーし、ホームルームを始めるぞー」

 平塚先生が入ってきて、友人(笑)の席の近くに陣取っていた生徒どもが自席にもどっていく。

「入ってきなさい」

 平塚先生が廊下にいた生徒に声をかけて中に入るように促した。

 結論から言えば、入ってきたのはたしかに前評判通りの美少女ではあったが,原滝ではなかった。

 ざ、残念とか思ってないんだからねっ。

 ただ、初めて会うはずなのに、この美少女にはどこか見覚えがある……

 

「自己紹介……がいるかね?」

「はい」

 その美少女が話し出した。

 

「葉山はやこです。葉山隼人が訳あって女になりました。改めて皆さん、これからもよろしくお願いします」

 

 は、葉山〜〜〜?!

 

「えー、葉山は一月前、不慮の事故で生命の危機に陥ったが、たまたま千葉大学に学会のためいらっしゃった大分は狭間医科大の猪上博士と、今津留高校物理科主任の真船先生のお力で一命を取り止め、今日から再びみんなのクラスメイトとして戻ってくることになった。変わらず仲良くしてやってくれ」

 衝撃の事実にクラスの半分以上が椅子から転がりおちていた。

「は、隼人ぉ〜」

 三浦もあまりの出来事にひっくり返ってパンツ丸見えでしたごちそうさまでした。

 

「ヒキタニくん」

 葉山が自分の席への道すがら,俺の横に来て声をかけた。

「放課後、奉仕部に行く。そこで話があるから待っててくれるかい?」

「お前に言われなくても強制的に部活だ。勝手に休むとウチの部長様に何言われるかわからんからな」

「ははは,分かった。じゃあな」

 そう言って、葉山(♀)は一月ぶりの自席に戻っていった。

 

 放課後,教科書などを鞄に収めていると,葉山が再び俺の席にやってきた。

「ちょっとサッカー部に顔を出してから奉仕部へ行くよ。この姿だと選手としてはもう続けられないからさ」

 寂しそうに葉山は言った。ずっと続けてきたサッカーをこんなことで諦めなければならないんだ。その心中やいかばかりか。

「ああ,待ってるわ」

「ありがとう」

 葉山が眩しいくらいの笑顔を俺に見せ、そして去っていった。

「隼人くん大丈夫かな?」

 由比ヶ浜もそんな葉山の背中を不安げに見送る。

「さあな。俺はあいつは嫌いだが、ああなった原因に少しでも俺が関係しているとするなら,俺にできることはなんでもしてやろうと思う」

 憐みなのかもしれない。罪悪感なのかもしれない。それは俺が忌み嫌っていた欺瞞であるのかもしれない。それでも俺は……

「そっか。じゃあ、ヒッキー、部活行こ?」

 そう言って少し嬉しそうな顔をした由比ヶ浜が俺の手を握り引っ張っていこうとする。

「お、おい」

 ウッカリ勘違いしちゃうだろ、という言葉を出しかけて、そのまま飲み込んだ。

 そういや勘違いなんかじゃなかったな。

 結局,由比ヶ浜に手を引かれるまま特別棟の部室へと向かうことになった。

 


 

「むう。なんでせんぱいは結衣先輩と仲良く手を繋いで歩いてきたんですか?」

 頬っぺたを膨らまして不満顔の一色が言う。

「あざとい。やり直し」

「むきー,何なんですか?全然あざとくなんかないですよーだ」

 リアルにむきーとかいう人間初めて見たわ。

「まあまあ,いろはちゃん。それで今日はサッカー部に行かないの?」

 興奮気味の一色を由比ヶ浜が宥めるようにとりなした。

「あ,サッカー部のマネージャー,昼休みに辞めてきました」

「お前,葉山が女になったんでもうサッカー部には用がないから速攻で辞めてきたってか?」

「せんぱいは私のことを何だと思ってるんですかー」

「あざとい後輩」

「ちょっと,先輩の中の私,ひどくないですかー?まあいいです。クリスマスイベントとか生徒会の方が忙しくてサッカー部との両立は難しいかなーというのと,葉山先輩からマネージャーになりたいって話聞いたんですけど,今のままだと人手が足りてるんで,だったら私が辞めたら枠が空くかなあって思って」

 葉山に枠を空けるためにマネージャーを辞めたという話に少し驚いたが,ゆるふわ系の見た目と違って,本来この子はこういう気を遣える優しい女の子なんだな。

「あああ,隼人ぉー」

 葉山の名前を聞いて,改めてショックを受けた三浦が泣き崩れている。

 今度は椅子からひっくり返ることもなくパンツも見えなかったが。

「ヒキオぉ,あーしを慰めろし」

 いやいや,想い人が突然性別を変えてしまったなんて,どうやって慰めたらいいんだよ。

「ヒキオ……お願い……」

 ぐぅ,涙目で弱々しく懇願する三浦。普段の女王様っぷりと違うこのギャップは相当の破壊力だ。

 仕方ないので,小さい子をあやすように正面から抱きしめて背中をポンポンしてやる。

「大丈夫だ,三浦。世の中にはいい男なんて掃いて捨てるほどいるからな。お前は可愛いんだから,いつかきっと葉山よりもっといい男が現れる。だいたいお前に涙は似合わん。だから,泣くな,な?」

「うん……ぐすっ」

 なにこれ。これ本当に三浦優美子なの?もはや誰コレ?って感じなんだが。

 その様子を見た由比ヶ浜がうーと唸り,雪ノ下がにゃあと鳴き,姫菜はなにやら海老名的にポイントが低いとかのたまっている。どこで使えるか分からないポイント制度の乱立は由々しき事態だ。

 


 

 ようやく三浦が落ち着いた時に扉がガラガラと開いた。

「平塚先生,あれほどノックを,と……」

 雪ノ下が言いかけたところで,入ってきたのが平塚先生でないことに気付いたようだ。

「あの……どなたかしら?」

 ああ,雪ノ下はまだ会ってなかったんだな。

「ごめんね。ノックをしたつもりだったんだけど,誰の返事もなかったから……」

「ゆきのん,紹介するね。こちら葉山はやこさん」

「え……あなたが,葉山君?」

 雪ノ下もショックだろう。男の幼馴染がいきなり女になってしまったのだから。

「そして私が狭間医大教授の猪上」

「私が今津留高校物理科主任の真船。発明おじさんとでも呼んでくれ」

 おっさん二人が葉山と一緒に部屋に入ってきてなにやら胸を張っている。どうやらこの二人が葉山を改造,いや命を救った人たちらしい。

「ふむ」

 白衣姿の発明おじさんこと真船教諭が俺を見て、

「久しぶりだねえ。君の目は忘れようにも思い出せないよ」

 忘れとるやないかい!

「実に興味深い目をしておるのう。真船、お前が改造したのか?」

 真船教諭が首を横に振る。

「信じがたいことですが、これは天然なのです」

「なんとこれが天然とは……ぜひサンプルとして1つくらい摘出させてもらいたいものだ」

「おいやめろ」

 こいつら,絶対マッドサイエンティストだ。真船教諭に関しては,電柱組で俺を改造しようとした時から知っていたが。

 ひょっとしたら葉山も必要もないの女にさせられたのではなかろうか……

 

「隼人……」

 

 再び目に涙をためる三浦。俺はいったん身体を離し,葉山と正対させた。

 身体を離す時,一瞬三浦が,あっ,と言ったが聞こえないふりをした。

「優美子……」

「あんたらが隼人を……」

 三浦の顔が猪上博士と発明おじさんに向き,少し怒気を含んだ声で言った。

「救急に担ぎ込まれた時にはかなり危険な状態でね,とくに完全に潰されていたから,彼は彼女として生きる道しか残されていなかったのだ」

 猪上博士が三浦に説明する。

 で,完全に潰されたって何が?ナニが?

「優美子,お二人を責めないでくれ。俺の命はお二人のおかげで救われた。それに今は女になって良かったとすら思っているんだ」

 そう言うと葉山は俺に向き直り,

「ヒキタニくん」

 正面からじっと俺を見つめる。

「ああ,俺に用があるんだったな。何の用……んぐっ」

 とりあえず分かることだけ話すと,俺が葉山にキスをされている。

 な?なんのことだか分からないだろ?

 周りからは,悲鳴ともなんともつかない声が聞こえてきた。

 

 すぐさま唇を離し,葉山を問い詰める。

「お前,一体どういうつもりなんだ!?」

「俺は……君が嫌いだった。俺ができないことを,俺が認められない方法で解決していく君が。結衣はずっと君に恋していて,いつのまにか雪乃ちゃんも君の姿を追いかけ,俺には向けることのない暖かい目を君に向けるようになった。そんな君の姿を見るだけで,こう,胸の奥にもやもやっとしたものが溢れてきて,なんとも言い表すことのできない気持ちになった。だが,今回女に生まれ変わって初めてこの気持ちの正体に気付いた」

 葉山はそこで一呼吸おいて,さらに続けた。

「俺は,君に恋をしていたのだと」

 

 は?

 

「俺は結衣や雪乃ちゃんに嫉妬していたんだと。もうみんな仲良くはやめた! 俺は君だけの特別になりたいんだ。ヒキタニくん,俺と付き合ってください!」

 いやお前何言っちゃってんの?あまりに超展開すぎて,俺,ついていけてないんだけど!?

 姫菜なんて,こんなのは私の望むはやはちじゃないって絶望してるし。てか,まだはやはちは放棄してなかったのね……

 雪ノ下や由比ヶ浜,一色,三浦に川崎まで吉本新喜劇ばりにひっくり返って,白に縞,ピンクにライムグリーンに黒のレースまでより取り見取りだぜ!

 いやいや,そんな場合じゃない!

 葉山にじりじりとにじり寄られて壁際まで追い込まれてしまった。

 目の前にいるのは確かに美少女だ。だが,葉山だ。でも女だ。

 だったらいいのか?

 いやいやだめだ。

 姫菜の,原滝の,みんなの気持ちを考えればここで流されるわけには……

 だが壁ドンされて再び葉山の唇が迫ってくる。俺はいったいどうしたら……

 


 

「下っぱ1013号! あいつを止めろ!」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと,下っぱ面を着けた男が葉山を後ろから羽交い絞めにして俺から引き離した。

「助かった。てか,何やってんだよ,材木座」

「何を言っておるのかなー?我は,電柱組関東支部所属,下っぱ1013号……」

「いくらお面をかぶっても,その体型と指ぬきグローブで丸わかりだ材木座」

「はぽん」

「原滝,お前か?」

 開け放たれた扉に向かって声をかけると,そこから総武高校の制服を着た原滝がひょっこりと顔を出した。

「八幡,久しぶりっ」

 チクショウ,総武高校の制服も似合うじゃないか。

「今度,電柱組の関東支部を作ることになってな,そこの支部長として赴任したんだ。この高校には今日,転入した」

「で,そこのお面をかぶったデブは……」

「同じクラスで新しい支部の下っぱとして雇った。関東支部の下っぱの番号は,千葉だけに1000番台を付番することになっていて本来なら1001番なのだが,本人がどうしても13番がいいというのでな」

「我は剣豪将軍であるからな。室町幕府13代将軍足利義輝にちなんで13番は当然である」

 しかし材木座……

「材木座くん……頼むから俺の胸を掴むのはやめてもらえるかな?」

 後ろから羽交い絞めにするのはいいが,完全に雪ノ下よりも立派そうな葉山のおっぱいを後ろから揉みしだく形になっている。

「これはしたり!」

「財津君,あなた最低ね」

「中二,それはちょっと……」

「木材先輩,ドン引きです」

「ザイモク,痴漢は犯罪だし」

「いや,我,我は……」

 女性陣に追いつめられる材木座。

「ぶひっ,ぶひひーーーーー!」

 何やら訳のわからん雄叫びを上げながら遁走する材木座。何はともあれ女子のおっぱいが触れてよかったな。葉山のだけど。

 


 

「どうするんだ八幡。せっかく見つけた下っぱに逃げられたじゃないか」

 え,それって俺の責任なの?

「だから,責任取ってお前,電柱組に入れ」

「なんでだよ!電柱組ってのは悪の秘密結社だろうが」

 しかも俺が下っぱ面とか……似合いすぎる自信がある,うん。番号は80000号でお願いしようかな。

「関東支部は悪事は働かない。実は雪ノ下建設様と材木商木曽屋の合弁会社でな,雪ノ下建設様の裏の仕事を引き受けるのが主要業務だ」

 うわー,悪事のにおいがプンプンするのだが。

「キャッチフレーズは『笑顔の絶えないアットホームな職場です』な」

 う,うさんくせぇ〜〜〜

「今なら関東支部ナンバー3の中佐待遇を約束しよう。ちなみに関東支部のトップはハルノ大元帥だぞ」

 間違いなくブラック企業だ,コレ。絶対にダメなやつだ。一色ばりのお断り芸で断るしかないな。

「……あたしは八幡と一緒にいたい……ひと月前のあの夜のこと……あたしは今でも忘れてないぞ……」

「イエス,マイ・ロード!誠心誠意,働かせていただきます!バラダギ大佐に心からの忠誠を誓います!」

 我ながら見事な手のひら返しだが,仕方ないのだよ……男にはいろいろとあるんだ……

 あ、でも卒業はしてないよ。ホントダヨ。

 雪ノ下が部長である私の許可が,とか,一色がわたしに対する責任云々と言っているが,お前らハルノ大元帥に最後まで逆らうことなんてできないだろ?

 周囲の雑音をシャットアウトして一人考えふけっていると,今度は,姫菜が近寄ってきて俺の耳元で囁いた。

「ヒキタニくん,いや,八幡くん……わたしも君と一緒にいたいなあ……そのポケットの中のもののように……」

 ズボンのポケットをまさぐるとなにやら温かくて柔らかい布が入っている。

「今……履いてないんだよ?」

「ちょっ!?」

「ねっ?」

 可愛らしい笑顔でウインクする姫菜。やってることは悪魔そのものなんだがな。

 いったいいつの間にポケットに……こんなことがばれたら通報を待つまでもなくこの場で処刑だ。

「大佐!バラダギ大佐!この、ひな……海老名さんを一緒に電柱組で働かせてもらうことを条件にさせてもらっていいでしょうか!」

「えー」

「原滝さん、わたしは役に立つよー。とりあえずコレをお納めください」

 鞄から取り出した何やら薄い本を原滝に渡す姫菜。

 数ページパラパラと読んで、

「採用」

 とだけ言った。一筋の鼻血を流しながら。

「やったね、八幡くん!これで一緒にいられるよ!」

 俺の手を取り喜ぶ姫菜。

 一瞬俺の顔を見たと思ったら顔を赤くして俯いてしまった原滝の様子に,一体あの薄い本には何が書かれていたのか、実に,実に気になるのだが、目下の問題はそこではない。

 

「姫菜、はちまんくんってなんだし⁈」

「ヒキオもさっき,ひなって言ってたよね?」

「あと、原滝さんもその下っぱ谷君と何かあったのかしら?きちんと説明してもらうわよ」

「せんぱい、私も気になりますぅ」

「比企谷、さっき海老名があんたのポケットに何か入れてただろう?おとなしく出しな」

「ヒキタニくん、俺という女がありながら……くっ」

 葉山、やめろ!そして、みんな迫ってくるな。

 今ならさっきの材木座の気持ちがよく分かる。だとすれば俺の取りうる行動はただ一つ。

「逃げろ!」

 俺は姫菜と原滝の手を取るや、脱兎の如く部室を飛び出した。

「あー!ヒッキー逃げた!」

「ヒキオ、逃さないし!」

「せんぱーい!私も連れてってくださーい!」

「比企谷、あたしに愛してるって言ってくれたのに!」

「ちょっと待って!川崎さん、そのことについて詳しく聞かせてもらえないかしら」

「あ,いや、その……」

 

「はっはっはー、ワシら空気だな。真船」

「うむ。とりあえずジョイフルにしんけんハンバーグでも食いに行くか、猪上」

 


 

「八幡!」

「八幡くん!」

「とにかく走れ!捕まったら死ぬ」

 俺たちは後ろを振り返ることなく駅に向かって必死に走った。

 

 駅の改札口の前で追手が来ていないことを確認してひとまず安堵する。

「ふぅ,とりあえず逃げられたようだな」

「それはどうかな?かな?」

 背筋に寒いものを感じて振り返ると,そこにハルノ大元帥閣下がお立ちになられていた。

「ゆ,雪ノ下さんっ」

「比企谷くんは両手に花ですかあ。私というものがありながら浮気は感心しませんなあ」

「浮気とかじゃないですから」

「それじゃ,本気?ますます感心しませんなあ」

 脇腹をぐりぐりするのやめれ~!

「わざわざここに現れたということは全てご存じなんでしょ?」

「ふふふ,さすがだね,ハチマン中佐。海老名ちゃんは少佐でいいかな?どう?大佐」

「ハッ,大元帥閣下の御心のままに!」

 直立不動の姿勢でビシッと敬礼をする原滝。

「で,比企谷君は二人のうちから決めることにしたの?」

 陽乃さんの目がマジだ。

「……いえ,俺がこの二人に好意を持っていることは確かですし,この二人が一番踏み込んでくれているのも事実です。でも,まだ俺には決められない……」

 陽乃さんのことだから,ここからさらに追撃が来ると覚悟していたのだが,

「そか。それならそれで仕方ないね」

 彼女は優しい目でそう言った。

「おっ,比企谷君は意外だという顔をしているね?」

「ええ,もっと問い詰められるんじゃないかと思ってたので」

「答えが出ない問いを重ねても仕方ないじゃない?今ここで無理矢理結論を出させても,後悔するだけだよ。関係しているみんながね。それに……」

 飛び切りの笑顔でウインクをしながら続けた。

「ここで結論が出なければ,おねえさんにもまだ可能性が残るでしょ?」

 ヤバい。この笑顔は反則だろ。いつもの取り繕った笑顔ではなく,悪戯っぽい表情でありながら心からの笑顔。

 やっぱりラスボスはこの人だったか。

「さあて,電柱組関東支部の幹部が揃ったところで,さっそく社員旅行にでも行こうか。もちろん経費で落とすよー」

「はい,はい,はい!ハルノ大元帥閣下!」

「はい,バラダギ大佐,発言を許します」

「とりあえずディスティニーランドへ行きたいです!この前はディスティニーシーだったので,エレクトロマスターパレードが見られませんでした!」

「他に意見がなければそれで決めるけどいい?」

「わたしは八幡君と一緒ならどこでもいいかなー」

 俺は,東京ドイツ村と言う言葉が喉まで出かかったが,原滝の意向を優先してただ首を縦に振った。

 しかし,ディスティニーはまあ東京のすぐ隣にあるからいいけど,ドイツ村は袖ヶ浦市にあって,どう考えても東京ではない。やっぱあれかな?埼玉の人とかが地方に行くと,「東京の方から来ました」というのと同じ原理で,ドイツからすれば,千葉も東京も誤差の範囲内ということなんだろうか。

「じゃあディスティニーランドにけってーい!そうと決まれば都築の車を待たせてるから乗って乗って!」

 駅のロータリーに都築さんが後部座席のドアを開けて立っていた。

 


 

 いつぞやに俺をはねたリムジンの後部座席の真ん中に俺,その両側に原滝と姫菜,そして陽乃さんが進行方向に背を向ける形で俺と向い合せのシートに座っている。

「都築,ディスティニーランドまでお願い。あと,ディスティニーホテルの部屋を押さえて。4人で泊まれるところね」

 は!? 何言っちゃってるの?

「雪ノ下さん,ホテルって……んぐっ」

 陽乃さんの両手が両頬に優しく添えられ。正面から口づけをされる。

 いいかげんいきなりのキスにも慣れ……ないよなあ。やはりドキッとするし,男の子だからこんな美人にキスされるのは嬉しくもある。葉山の時はちょっと複雑だったが。

 ただ,人前はちょっと……

 都築さんも一瞬,バックミラー越しにチラッと覗いてたし。

「雪ノ下さん,なんで……」

「雪ノ下さんじやなくて陽乃」

「いや,でも……」

「は・る・の」

「陽乃さん,なんでこんな……」

「え?私だって比企谷君のこと好きだよ?それこそずっと前から。さっきも言ったでしょ?で,バラダギちゃんを使って比企谷君を手に入れることにしましたー♪はい拍手ぅ〜♪ぱちぱち」

 何その謀略。会社を使って秘密結社まで立ち上げるとか公私混同も甚だしすぎ。

 そして原滝と姫菜,なにパチパチ手を叩いてんの。

「彼女もこっちに出てこられて比企谷君と一緒にいられるんだからWin-Winな関係だね。海老名ちゃんは想定外だったけど,そうじゃないと比企谷君を手に入れることができないなら仕方ないよね。三人でWin-Win-Winってなんか電気仕掛けのオモチャみたいでなんかいやらしい響き(笑)」

 よしなさい。雪ノ下家の御令嬢がなに下ネタぶっこんでんの。

「私はね,比企谷君を独占するつもりはないんだ。ただ,私のそばにいてくれるならそれでいいの」

「さっきホテルがなんとかって聞こえたんですけど……」

「ふふっ,旅行だから当然お泊りでしょ?明日はアンデルセン公園と東京ドイツ村がいいかな?でも,4人で同じ部屋に泊まったら,まちがいが起きて社員旅行ならぬ比企谷君の卒業旅行になっちゃうかもねー♪」

 それを聞いた原滝と姫菜も怪しい笑みを浮かべている。

「愚腐腐腐」

「八幡,今夜は寝られそうにないな」

 ディスティニーホテルで待ち受けるは天国か地獄か。

 俺たちの修学旅行がまちがいつづけることだけはまちがいないらしい。

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ヒッキー!これからは遠慮しないでこっちからガンガン行くよ!」

 

「ヒキタニ君。俺の愛を受け入れてくれるまで諦めないからな!」

 

「比企谷,俺たちの戦いはこれからだ!」

 

 (声を揃えて)「先生,それはちょっと……」

 

 打ち切りエンド

 




[簡単にあとがきという名のいいわけ]

本シリーズを閲覧いただきありがとうございました。
当初の目論見では,
①バラダギ様奉仕部へ
②サイゼで川崎と遭遇、ジョイフルとの比較
③ディスティニーランドへ
④葉山くん変身
と4話くらいで完結するはずだったのに……

部室にはるさん先輩は来る予定もなく、サイゼには川崎さんだけで海老名さんも登場せず、シーじゃなくてランドの方でエレクト○カルパレードの喧騒の中で口づけ,八幡に想いを寄せる葉山くんが自ら性転換して,こんなのはわたしの求めるはやはちじゃない!と海老名さんが言うことしか決まってなかったんですが……

どうしてこうなった?

なんか勝手にキャラが崩壊して暴走しだすという木山先生もビックリする事態の責任は一体どこに?

「え?私は悪くないわよ?そうよ,勝手に暴走するキャラクター達が悪いのよ!それよりもシーズンを完結させたんだからもっと私を敬って!う・や・ま・っ・て!とりあえず完結祝いの花鳥風月♪」

ウッ、今何かが憑依してたような……

とにかく、うまく行かないのは世間が悪い。

ほんっと,ウチの駄作者がすいまっせん!

弊作の御閲覧,心より感謝いたします。

サードシーズンアップまでほんの少しだけお時間をいただきますので,その間,一人のアクシズ教徒に戻って街でコツコツと洗剤を配ろうと思います。

飲めるの。

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