サードシーズン4話目。
雪ノ下姉妹の論争から今日のお話は始まります。
二人の間に吹くすきま風。
二人は再び今まで通りの仲良し姉妹に戻れるのでしょうか?
それでは,お楽しみください。
セカンドシーズンを見ていただければ分かりますが,陽乃さんはゆきのんが大好きです。好きだからこそ,自立してほしいと試練を与えているのです。
たぶんね。
「雪乃ちゃんはさ,持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える,とか,飢えた人に魚を与えるのではなくて魚の獲り方を教える,自立を促すなんて言うじゃない?」
陽乃さんは三浦の電柱組入りに動揺する雪ノ下に対し,さらに挑発するように話を続ける。
「そうよ。それが間違っているとでも言うの?」
「もちろんそれも大切なこと。でもね,わたしたちが先頭に立って最前線で戦って後に続く人たちを導かなければ世の中を変えることなんてできないよ。魚の獲り方を教えるんじゃなくて,まずはわたしたちが魚を獲って,そこに魚がいること,魚の獲り方が間違っていないことを知らしめてみんなが魚を獲りたいと思うように導かなきゃいけないんだ。魚を欲する人に魚を与えるか獲り方を教えるかじゃなくて,魚を欲していない人にも魚を獲りたくなるようにしなきゃいけないんだよ」
「それじゃ,その人たちはねえさんに動かされるままじゃないの」
「そうだよ。だって,みんなバラバラの方を向いてたって物事を変える力にはならない。わたしの向く方を皆が向くことによって世の中を変えることができるんだよ」
「そんなの……その人たちの自由を奪って自分の目的のために使役するなんて許されるはずがないわ」
「何を言ってるの。彼らは自己の意思を実現するために,自らの意思に従ってわたしと目的を同じにして一緒に進んでいくの。自らの意思を実現できないところに自由なんて存在しないよ」
これはアレだ。二人の考える自由の概念が異なっているのだから,この話はどこまでいっても平行線だろう。しかし……
「陽乃さん,もうそのくらいでいいでしょう? 雪ノ下も今はクリスマスイベントのことを先にしてくれないか。ルミルミやけーちゃんも今日までこのイベントを成功させようと一生懸命頑張ってきたんだ。今さら中止になんかさせたくない。頼む」
「そ,そうね。これは奉仕部への依頼でもあるのだから,部外者の,ええ,部外者のねえさんに惑わされて取り乱すなんてはしたないことだったわ。ごめんなさい」
「ねえ,雪乃ちゃん,今,部外者を2回も言ったのはなぜなのかな?かな?」
「陽乃さん!」
「ごめーん,比企谷くん。今はそれどころじゃないよね……おねえちゃん反省……」
しおらしく見せてはいるけれども,本当に反省しているかどうかは実に怪しい。だいたい俺がツッコみたかったのは,ひぐらしネタは前にもやってそろそろ飽きられるからよしなさいということだったのだが……まあそれよりも第一に考えなければならないのは,海浜の玉縄会長にイベント中止を翻意させることなんだ。
「なあに,おねえちゃんがちょっとおど……説得すればすぐに聞いてもらえるから」
今この人,脅すって言いかけたよね? そりゃあ悪の組織の大元帥閣下でいらっしゃいますから,当然そのくらいのことはなされるんでしょうけれども。
「みんな今日まで頑張ってきたんだから,なんとしてもクリスマスイベント開催するよ、おー!」
めぐり先輩のように握ったこぶしを突き上げて気勢を上げる陽乃さんだが,ぽわぽわした癒し要素は全くない。それに……
「ねえさんはこれまで何もしてないじゃない。さもずっと頑張ってきたたような振る舞い,厚かましいことこの上ないのだけれど」
そう,それ。今日までクリスマスの飾りや演劇の準備,そして玉縄の相手やらで苦労をさせられてきた立場からすれば当然そう思うよね。
「もう、雪乃ちゃんは硬いなー。それじゃあ,おねえちゃんがこのイベントのために裏でどんな暗躍をしてたか聞かせてあげようか?」
裏で暗躍って,怖い。ただただ怖い。
雪ノ下が頭を抱えている。俺も頭痛に加えて背筋も寒い。頭が痛くて背中に寒気を感じるとなればこれはもう風邪だよね? こじらせないように帰って寝てもいいかな?とも思ったが,ルミルミとけーちゃんの哀しむ顔が頭に浮かび,そんな真似はできないと思い直す。
け,けっしてこのまま帰ったら後でもっと酷い目に合うから諦めたとかじゃないよ? ホントダヨ?
「せんぱい,ほんとにヤバいです……わたしの生徒会長としての初めての大きな仕事なのに,こんなのって……」
一色はいつものあざとさをカケラも感じさせることなく,まるで捨てられた仔犬のように,今にも泣きだしそうな顔で俺に呟いた。
「大丈夫だ,一色。お前の初仕事を台無しになんかさせない」
つい小町を慰める時のように一色の亜麻色の髪を頭ポンポンしてしまう。
「ヒ,ヒッキー,まじキモい」
「通報ね」
いつもの方々からのいつもの反応ありがとうございます。当然一色からも……
「せんぱい……」
お,おい,うっとりとした目で俺を見るな! いつもの高速お断り芸はどこいった? そんで俺の上着の端をちょこんとつままないで! あざとさが無い一色なんてただただかわいいだけだろ! それにしても周りの視線が超痛い。原滝と姫菜はジト目でにらんでるし陽乃さんは何やら含みのあるニヨニヨとした笑顔を浮かべている。
とにかく今は本牧に話しかけてこの雰囲気を変えよう。そうしよう。
「で,イベント中止の理由は何だ?」
「それが何を言っているか全くわからないんだ。海浜の連中,全員が全てをほっぽりだしてドンチャン騒ぎを始めてるしな」
「は?」
玉縄が何を言ってるのか分からないのはもはやデフォだが,全員がドンチャン騒ぎだと!?︎ 本牧が告げた事実に,玉縄たちへの怒りがふつふつと湧き上がるのを抑えることができない。これまでのみんなの思いや努力を踏みにじりどんちゃん騒ぎとか,あいつらいったい何をやってるんだよ!
こんなことならさっき三浦を止めずにそのまま行かせればよかった。そしたら少なくとも変なフラグが立つこともなかったよな……
「ふざけてるわね。そんな非道が許されていいはずがないわ」
「ゆきのんの言うとおりだよ。みんなで抗議に行こう! こんなの絶対だめだよ!!」
この場にいる全員の思いが一つになり海浜勢に抗議に行くことになった。
元々それぞれの学校が自らの企画をやるという二部構成になっていたし,最悪,総武だけでイベントを開催することはできる。海浜のプログラムはバンドとクラシックの演奏だったか,バンドのほうは,雪ノ下に陽乃さん,平塚先生に由比ヶ浜がこのイベントに関係しているのだから,あとはめぐり先輩だけ呼べば文化祭の時の即席バンドの完成だ。そのめぐり先輩も一色を心配して当日は見に来てくれることになっているから,予定の方は大丈夫。事前に曲の打ち合わせしておけばOKだ。
クラシックは,今からフルオーケストラを用意するのは難しいだろうが,陽乃さんのヴァイオリンと雪ノ下のチェロで美人姉妹の二重奏ならば観客も大喜びじゃないだろうか?
ついでに姉妹で童謡を歌うなんてのもいいな。えと,何だっけ……阿佐ヶ谷姉妹?
陶芸教室は……材木座に頭に手ぬぐい被らせて,作務衣姿でロクロ回してればなんとか見た目だけは取り繕えるよな?
明日一日,地獄の特訓だな。たぶん雪ノ下あたりが指導することになるだろうから,1日で10キロくらい痩せるかもしれん……
あれ? もう海浜いなくても何も問題ないんじゃね?
……と言えるような雰囲気じゃないよなあ。とにかく会計の稲村,書記の藤沢も合流し,全員で海浜勢が作業場としている会議室に乗り込んでいったのだが……
「せんぱい……これはいったい何ですか?」
一色が唖然とした表情で海浜勢を見つめている。
他のメンバーも開いた口がふさがらないという顔だ。
「かっぽれ かっぽれ 甘茶でかっぽれ ♪」
ちゃんちきちゃん♪
そこでは,玉縄を除く海浜勢が総出でかっぽれを踊っていた。
その輪の中で玉縄が番傘の上に四角くて大きな枡を乗せ,くるくると回している。
回すのはロクロだけじゃないとか,何気に器用だな,玉縄。
なにこれ。