サードシーズンも5話目を迎え,いよいよ佳境。
突如イベントを中止すると言い出した玉縄会長たち海浜総合高校。八幡たちは彼らを翻意させ,無事クリスマスイベントを開催することができるのか?
危うし,クリスマスイベント!
彼らの逆転の一発は?
八幡たちの活躍に乞うご期待!
と言うわけで,クリスマスらしくお目出度く参りたいと思います。
そして,お待たせいたしました!
ようやく皆様お馴染みのあの男が登場します!!
かっぽれを踊る海浜勢と番傘の上で一升枡を回す玉縄を前に,さすがの雪ノ下も頭を抱えてどこから突っ込んでいいのか悩んでいるようだ。
とりあえずは玉縄だ。奴と話をしなければ何も始まらないのだが,あの傘を無理やり止めようとすれば上で回る枡がどこに飛んでいくやも知らず,当たりどころが悪ければ最悪死人が出るかもしれん。
とにかく声をかけようにも,傘の上しか見ていない玉縄を前に飛び込んでいく間合いすら見つけることができない。
「比企谷君,いつものように何か小ずるいことでも考えてなんとかしなさい」
「おい雪ノ下,小ずるいとか言うな」
一つだけ方法を思いついてはいるのだが,俺の理性がそれを拒む。
「せんぱい……」
一色,泣きそうな目で俺を見るな。
「比企谷先輩……」
そうか。書記の藤沢にとっても一年生で生徒会役員になって初めての大仕事なんだよな。
俺は,はぁ,と一つため息をつき,かっぽれのリズムが鳴り響く部屋の中へ足を踏み入れようとした。
「八幡くん……あの修学旅行で無理なお願いをした私がこんなこと言うのもおかしいと思うけど,自分が傷つくような方法じゃないよね?」
寸前,姫菜が心配そうに俺に尋ねる。
「ああ,大丈夫だ。お前らを悲しませるようなことはしない」
嘘だ。これをやれば確実に俺は傷つくだろう。だが,今,俺がやらなければ……
「信じてる……」
姫菜の声が,視線が,俺の胸に突き刺さり,ズキンとした痛みを感じさせる。それでも俺は……
全てを振り切るように玉縄のいる部屋の真ん中へ飛び込んで行き,両手を大きく何度も打ち叩いた。
「あめでとうございまーす!」
「いつもより余計に回しておりまーす」
「一升枡を回しまして,これを見た人,一生ますますごはってーん!!」
俺が大声で叫ぶと,玉縄は傘を大きく跳ね上げ枡を高く飛ばし,一瞬のうちに傘を畳み落ちてきた枡をキャッチする。
「ありがとうございまーす!」
玉縄も大声で答える。
はいっ!っと玉縄と二人で手を広げて観客にアピールする。
いつの間にかかっぽれのリズムは止み,部屋の入り口では総武勢があんぐりと口を開けて立ち尽くしている。
「ぷっ,ひ……ひきがや……超ウケる!ひぃ~~~可笑しい~~~」
部屋の端で見ていた折本が腹がよじれるくらいウケてくれて,俺は辛うじて救われた。
「あーっはっはっはっ! さすがは比企谷くん! 私が見込んだ男だけはあるね」
大元帥も気に入っていただいたようで何よりです。
「ま,まさかのたまはちコラボ!お前の枡にオレの傘をぶち込んで……タマに縄ではち,マンを責める……キマシタワー!!」
「姫菜,自重しろし」
久しぶりに竜巻地獄もビックリの鼻血を噴出した姫菜の面倒をみる三浦。姫菜自体はあの修学旅行以前も今も変わらないのだろう。俺だってそうだ。たぶん何も変わっていない。それでも,今までなら玉縄ら海浜勢を罵倒してヘイトを集め,それを一色か本牧あたりに咎めさせて海浜にこちらの話を聞いてもらうというような方法を採っていたかもしれない。もちろん葉山隼人(♂)のように勘のいい人間がいないと成り立たないということもあるのだが、それよりも今回それをしなかったのは俺自身が変わった,のではなくて姫菜や原滝,雪ノ下に由比ヶ浜,陽乃さん,川崎,三浦(嫌々ながら葉山も含め)俺を取り巻く環境が変わった結果,それぞれの引力で今までとは同じ位置に立っていられなくなったということなのだろう。これまでぼっちだったから誰の影響も受けずずっと同じところに立っていられたが今はもうそうではない。
ではあいつらと一切の関わりを拒否したら元の位置に戻れるのか?相手から飛び込んできている以上,斥力を働かせたところでやはり元の場所にはいられない。何より,その考えをこの俺自身が否定している。以前の俺なら与えられるものも,貰えるものも,それはきっと偽物でいつか失ってしまうからと何も欲しなかっただろう。だが,今は違う。今,ここにあるものが本物なのか偽物なのか,本物にするか偽物にしてしまうかということ自体が俺にかかっているのだ。本物が欲しいなんて傲慢だ。まだ本物か偽物か分からないものを俺自身の力で,努力で本物にしなければならないのだ。
フランク三浦はフランク・ミュラーの偽物じゃなく,その歩みによって本物のフランク三浦として……
「比企谷くん。何か真剣な顔で小難しいことを考えているようだけど,染之助染太郎ポーズじゃ様にならないよ……プークスクス」
「あ,いや,ワタクシ,頭脳労働担当なんで……」
「OK!では次は土瓶を……」
「ちょ,ちょっと待て!」
玉縄が次の演目に入る前に慌てて止めに入る。
「ここからが新しい芸をオーディエンスにローンチするクライマックスシーンなんだが」
「いやいや,そうじゃなくてだな。我々やステークホルダーに何のコンセンサスもなくスキームをゼロベースにするというディシジョンを下したということについてアグリーしかねるということを……」
「せんぱい,はっきり言ってキモイです」
「……言うな,一色。俺が一番そう思ってる」
「この期に及んでクリスマスイベントを中止するだなんて一体どういうことかしら?あなたたちの準備が整わなくてできないというのならもうあなたたちには頼らないわ。私たち総武高校だけでイベントを行います。もうこの場から消えてもらっていいかしら」
いつになく雪ノ下が辛辣だ。藤沢は怯えているし一色の顔はこれ以上ないほどにひきつっている。俺が相手に寄り添ってできるだけ穏便に話を進めようとしているのに台無しじゃねえか。
「いや,君たちが何を言ってるか分からないのだが」
「お前にだけは言われたないわ!」
うっかり怒鳴っちゃったよ。まだ人間ができてないね。八幡反省。
「なぜにバテレンの祝い事などを我々がしなければならないのだね?」
「は?」
総武高生全員が頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
そもそもこのクリスマスイベントを持ちかけてきたのは海浜総合側で,イベントについてのコンセプトとグランドデザインに関するコンセンサスは共有できていたはずだ。今更何を言ってるんだ?こいつは。
「ジャパニーズならクリスマスじゃなくてニューイヤーをセレブレートすべきじゃないかな」
もはや意識高い系じゃなくてただのルー大柴である。
しかもニューイヤーなんてまだ先だろうが。たしかに欧米ではクリスマスカードに「Merry Christmas and Happy New year」と新年の挨拶も併せて書くが,それはあくまでもクリスマスカードに一緒に書くだけであって,クリスマスと正月がいっぺんにやってくるという意味ではない。
「君たちの学校もきょうは正月休みだったろう?小学校も中学校もみんな正月休みだぞ。だったらクリスマスはもう終わっているのだから,正月を祝うのは当然じゃないか。そのためにこうやって目出度い芸を練習してるんだ。さあ,みんな一緒に歌い騒ごうではないか!」
「富士の白雪ゃノーエ 富士の白雪ゃノーエ 富士のサイサイ♪」
ちゃんちきちゃん♪
また歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎがはじまった。正月休み?こいつら頭大丈夫か?
「そう言えばせんぱい,きょう学校で休みを告知する張り紙のところにしめ縄飾りも飾ってありました……」
「なんだと?」
「そうそう,ウチの高校もなんか日の丸とか掲揚しちゃってて何の祝日かと思ってたんだけどさ。千佳とミスドでだべってて,ちょっと遅れてきたらみんなこうなってて超ウケるよね」
「いやウケねえから」
「ま,まさか……」
原滝の顔が急激に真っ青になった。
「おい,なんか知ってるのか?」
「あけましておめでとうございます!!」
そこに現れたのは,頭の上に門松を乗せ,額に日の丸の扇,賀正と書かれた裃にイセエビのついたしめ縄飾りを股間に下げた,一言でいえば変態だった。