全国1億数千万の正月ファンの皆様,お待たせいたしました!
皆様お馴染みのあの男と八幡たち総武高校の面々との全面対決!
熱い男たちの戦いに女たちの想いは……
いよいよサードシーズンクライマックス!
愛の力は正月に勝てるのか?
ご期待ください!!
……何のことかさっぱり分からん。
サードシーズン6話目ですが,実質,この話が本シリーズの完結編みたいなものです。
なぜなら本シリーズはこの男を出すためにあったのですから。
とはいえこのあと番外編もありますので,あと3~4話お付き合いください。
「私は正月仮面! このうえなくお正月を愛する男!」
「脱走した改良人間とはお前のことだったのか!」
どうやらこの正月仮面と名乗る変態男は原滝の知り合いらしい。
「私は正月が1年に3日しかないことがこの上なく悲しい。過去に一年365日をすべて正月にしようとしたのだが,日本人の心のふるさと,お盆にあえなく敗れてしまった。だが,バテレンの祭りであるクリスマスなどに負ける道理はない。まずはこの千葉を手始めに日本中のクリスマスを正月に変えてやるのだ」
「そんなことは許さないぞ! このクリスマスイベントには俺たちの汗と涙,そして地域の人々や子供たちの夢と希望が詰まってるんだ! お正月になんかさせない!!」
「副会長……」
生徒会副会長の本牧が前に出て大見得を切り,書記の藤沢がうっとりとした目でそれを見つめている。
「この会計の稲村,義によって副会長に助太刀いたす!」
「おおー,二人とも頑張ってください! あんな変態やっつけちゃえ!」
おい,一色。応援するのはいいが俺の陰に隠れて言うのはやめろ。
「仕方ないな。とりあえず藤沢も危ないから俺の後ろに隠れてろ」
「え,あ……はい……」
俺の言うことに大人しく従い,一色とともに後ろに隠れる藤沢。
そうこうしているうちに生徒会役員の二人がジリジリと正月仮面ににじり寄る。
「稲村,僕は右から行くから,お前は左から頼む。一気に抑え込むぞ」
「よし,分かった」
「お,おい!不用意に近寄るな!」
原滝が焦った声で叫ぶ。だが二人は止まらない。
「いくぞ!」
「初もうでビーム!!」
ちゅいーん!
「うわっー!」
しゅぼむ!
本牧と稲村は,正月仮面の出したビームを真正面から浴びてしまった!
「金毘羅ふねふね追い手に帆かけてシュラシュシュシュ♪」
どんちゃんどんちゃん♪
よく分からんリズムとともに踊り狂う本牧と稲村。
とうとう総武高校からも尊い犠牲者が……
本牧と稲村は正月になった……
「せ,せんぱい,わたし正月は好きですが,正月になるのは嫌です……」
さすがにいつものあざとさは影も形もなく,本気で怯えているようだ。
「比企谷先輩,ど,どうしましょう……」
藤沢の声も震えている。そりゃこんな変態を前にしたら怖いよな。俺でもチビる。
「原滝! お前,こいつを知ってるんだろ? 何か弱点とか無いのか?」
「そうだな……こいつはインド人に弱いぞ」
いや,インド人いないよね,ここに。だいたいなんでインド人なんだよ。
「インド人には日本の正月光線は通用しないんだ」
じゃあ,イギリス人でもいいよな? 由比ヶ浜に金髪のヅラを被らせて「カレンデース!!」とでも名乗らせておけば大丈夫か?
「いや,それは父親が日本人だからダメだろ」
だから,原滝,モノローグにツッコミを入れるのはやめろ!
「あとは口車だな。さっきあいつが言ったように,以前,地球防衛軍のやつらの口車で正月がお盆に敗北し,無力化されたからな」
「地球防衛軍!? そんな奴らがいるのならここには来てくれないのか?」
「あいつらは県立だから大分県以外には出動しない」
「チクショウメ!」
(※ちなみに,実際にはCIAの要請により変態の都,ロサンゼルスに派遣された実績があります。作者註)
「さあ,次は誰が正月を祝ってくれるのかな?」
「そこまでよ,悪党!」
雪ノ下が一歩前に進み,正月仮面と対峙する。
「下がりなさい、悪党。こんなひどい事して、私は許さない」
「バ,バカ!お前,こんなところに出てくるな!」
「これだけの被害者が出てるのよ? この男を放置すれば,学校だってずっと正月休みのままになってしまうわ」
え,そうなの? 学校行かなくていいって,ひょっとしてサイコーじゃね?
「そうなれば私たちは永遠に総武高校2年生のまま……平塚先生の年齢になっても高校の制服を着続けなければならないのよ?」
ちょっと平塚先生が高校の制服姿でディスティニーランドを闊歩する姿を想像してしまった……うん,知り合いに見つかったら死ねるってやつだな。あるいは,いかがわしい企画物のビデオなら思い当たる節が……
「平塚先生はちょっとアレだが,お前なら案外その年になったとしても似合うんじゃないか?」
「ちょ,ちょっと比企谷君!? こんな時にいったい何を言い出すのかしら」
雪ノ下の顔がゆでダコのように真っ赤になった。やべえ,烈火のごとく怒っていらっしゃる。
ちなみに,烈火と言えば神戸の植垣製菓という会社が作っている「烈火わさび」というおかきがアホほど辛い。涙なくしては食べられないほどだ。辛い物が苦手な人や小さなお子様は決して口にするんじゃないぞ。
「雪ノ下,こいつの相手は俺がする。お前は一色と藤沢を連れて逃げろ」
「なっ! またあなただけが犠牲になると言うの? それで自分だけ助かるなんてできるわけないじゃない!」
「雪ノ下……俺は,お前がかっぽれを踊る姿なんか見たくない。それに,このままじゃこいつらまで正月になっちまう。今,これを頼めるのはお前しかいないんだ」
「そんな言い方……ずるいわ」
「頼む,雪ノ下」
はぁ,とため息をつきながら小さく頷く雪ノ下。
「なあに,こう見えて俺は運がいいらしいぞ」
「ふふ,あなたにそんな要素は欠片も見られないのだけれど。いいわ,これが解決したら結婚しましょう」
「ヤメロ!それ,完全に死亡フラグだからっ!! まあ,結婚はできないがちゃんとカタはつけてやる。小町と戸塚がいないところでくたばるわけにはいかないからな」
「小町さん言うところのごみいちゃんの本領発揮というところかしら? それとも,クズマン,カスマン,ゲスマン,ヒキニートと呼んだ方がいい?」
「ごみいちゃんでお願いします……」
「私の一世一代のプロポーズを断ったのだから,絶対無事に帰って来なさい」
「ああ」
雪ノ下にサムズアップで応える俺。
「書記ちゃん,わたしたち,なんか空気じゃない?」
「でも,比企谷先輩,私たちのために……かっこいいです……」
「書記ちゃん!?」
「おい,正月,俺が相手だ。どっからでもかかってこい」
ずいっと正月の前に立ちふさがり,その隙に雪ノ下に一色と藤沢の手を引かせてこの場から離脱させる。
「ほほう,自ら名乗り出るとはなかなかよい心がけである。どうせ逃げたところで遅かれ早かれ全員正月を迎えてもらうのにな。おっ,殊勝な奴がもう一人いるようだぞ?」
振り返ると,雪ノ下と入れ替わるように姫菜が俺の方に向かってきていた。
「姫菜っ! お前どうして……」
せっかく雪ノ下たちを逃がしたのにこれじゃ……
「さっきの雪ノ下さんとのやり取りを見てたら,このままじゃメインヒロインの座が危ういと思ってねー」
「なんだよそれ。俺の覚悟はどうしてくれちゃうのん?」
笑顔で軽口を叩く姫菜に力が抜けて,張り詰めた緊張感がどっか行っちゃったよ。
「まあまあ。それにさ,わたしなら雪ノ下さんのように正統派ヒロインじゃないから,かっぽれ踊ってもいけると思うんだよねー。ヨゴレもOKだよ? どうせならユー,ダンシング・トゥギャザーしようぜ!」
ウチの学校にもいたよ,大柴系。
てか,緊張感どっか行っちゃったなんて言ってはみたものの,そもそも周りでは玉縄ら海浜勢と本牧,稲村が踊り狂ってて緊張感のカケラも無いんだよなぁ。おいこら,そこ! クリスマス用のシャンメリーで酒盛りを始めるんじゃない!
「ひとつ出たホイのよさホイのホイ♪」
チャカポコチャカポコ♪
「あははは……でもまあ,二人の愛の力があれば正月なんかには負けないよ!」
臆面もなくよくそういうことを言うね,君は。
「それにね,全く勝算が無いわけじゃないんだ。わたしたちだからこそ勝てるかも知れない」
「そうなのか?」
「だーいじょうぶ! まーかせて!」
と,言いながら中指を突き立てるポーズを取る姫菜。
こら! そんなはしたないポーズは不許可であ~る。
とは言え,何の根拠もない,とにかくすごい自信に少しだけ安心したりもする。
「そろそろ茶番は終わりか? じゃあお熱い二人にワクワクドキドキの初詣をプレゼントしてやろう」
正月仮面がビームの構えに入る。
俺の右側に立った姫菜の左手と俺の右手を硬く握りあって,目を瞑り歯を食いしばって正月仮面のビームに備える。
「あけましておめでとうございまーす! 初もうでビーム!!」
ちゅいーん!
「ぐっ!」
しゅぼむ!
「八幡!」
「比企谷くん!」
「ヒッキー! 姫菜!」
「ヒキオ! 姫菜!」
「せんぱい!」
「比企谷先輩!」
「ひきがや!」
「ははははは!これでお前たちも正月の虜に……」
「……何ともない」
「……ほら,言ったとおりでしょ?」
「な,なぜだ! どうして私の初もうでビームが効かないんだ‼︎」
正月が信じられないものを見たという顔で驚愕に打ち震えている。
「愚腐腐腐。これがわたしたちの愛の力だよ」
「ギリッ!」
「……今,ゆきのんから何か聞こえちゃいけないような音が聞こえたんだけど」
「……由比ヶ浜さん……結衣,それは気のせいじゃないかしら?」
「でも『ギリッ』って」
「気のせいよ」
「姫菜,説明してくれるか?」
「そ,そうだ! お前ら,インド人でもないのになぜビームが効かないんだ!」
「それはね……八幡くんは正月だからって浮かれて初詣に出かけたり正月らしいことをする?」
「……いや,一緒に出かける友達もいないし家族もいつのまにか俺を置いていなくなってたりするからな,家でダラダラしてゲームしたりラノベ読んだり,いつもの日曜日と変わらん。それよりも,正月と日曜日が重なると正月番組でプリキュアの放送が中止になったりして,どちらかといえば憎むまである」
「わたしも同人誌即売会の後で魂が抜けたようになってるから正月らしい正月は迎えられないんだよね。だから,わたしたちに無理矢理正月を迎えさせたところで何も変わらないんだよ」
ボッチと腐女子の組み合わせ最強だな!
「くっ,お前らは本当に日本人なのか? それでは,これはどうだ! 年賀状カッター‼︎」
「出す相手も,くれる友達もいない‼︎」
「グハッ!」
俺の繰り出す自虐が正月仮面にクリティカルヒットした。ただ,なぜか俺にも相当なダメージが加わっているのは気のせいだろうか?
「やらせはせんぞ! 貴様らごときボッチと腐女子に,正月の栄光をやらせはせん! この俺がいる限り、やらせはせんぞーっ!」
いや,それも壮大な死亡フラグだろ。
「八幡くん!滅びの言葉だよ!」
え? 言うの?
「せっかく手を握ってるしね」
ついで感ハンパないな!
握られたままの二人の手を前に突き出し,
「せーの」
「バルス‼︎」
シーン……
沈黙。当然のことながら何も起こるはずがない。
すると姫菜が俺の手を引きながら身構える正月の前までツカツカと歩いて行き,
「えい♡」
とばかり,空いた右手の中指と人差し指を正月仮面の目に突き立てる。
「ぐおおおお!目がっ!目がぁぁぁぁ‼︎」
目を押さえて床を転げ回る正月仮面。
「やったね,八幡くん!やっぱり愛の力だね」
いえ,普通にサミングという反則技だと思います。
「うう,ゼイゼイ……お前らに技が効かないからといってまだ正月が敗れたわけではないぞ」
不屈の精神で正月仮面は再び立ち上がる。しかし,
「一年全部が正月になったら冬コミも夏コミも無くなっちゃうんだよ? そしたら,こういう本も出せないし読めなくなっちゃうんだよ?」
姫菜がどこから取り出したのかわからないが一冊の薄い本を正月に渡す。
「ぬ? 何だこれは?」
パラパラと本のページをめくる正月だが,だんだんページをめくる速度が遅くなり,とうとうじっくりと魅入るように真剣に読み出し,
「キ,キマシタワー!!!」
と叫び声とともに鼻血を吹き上げ,後ろにぶっ倒れた!
「今,世の中を正月にしてしまったら,冬コミで売る予定のはやはちシリーズの完結編が日の目を見ずにお蔵入りになるんだけど,どうする?」
「ぎゃあああ! うおおおお!」
正月が断末魔の叫び声を上げる。
「すんまへんっ私がわるぅございましたっ‼︎」
その場でへへーっと土下座する正月仮面。
「確保〜〜〜〜〜!」
その隙を見逃すことなくハルノ大元帥の号令一閃,大元帥直轄雪ノ下家黒服部隊が突入,正月仮面はあっという間に制圧され,ぐるぐる巻きでわっしょいわっしょいと担ぎ上げられて今は軽トラの荷台だ。
「ちょっとー文左衛門?あんたんとこの脱走改良人間をこっちで確保したんだけど,あちこち正月になって大迷惑してるのよ! この落とし前どうつけてくれるわけ? え? 聞こえないんだけどー」
大元帥は大分にある電柱組本部のチルソニア将軍に激おこ電話中である。
「おい,なんで脱走なんかしたんだよ?」
原滝が拘束された正月を詰問している。
「ぬ? お前がいなくなってからバイトの下っ端は辞めるわ店の中は荒れ放題だわ,防衛軍は受験で相手してくれないわで居心地が超絶悪くなってな。人手不足で監視の目も行き届いていない隙をついて脱走し,新門司港からオーシャン東九フェリーで東京港フェリーターミナルへ着いたのだ」
コノヤロウ!俺なんかRO-RO船でしいたけと一緒に運ばれたってのにお前ずいぶん快適な船旅を満喫しやがって!!
恨みを込めてキッと正月野郎を睨むと向こうも俺の視線に気づいたようだが,ポッと顔を赤らめて目を逸らされた。
オイコラやめろ! さっきの薄い本にいったい何が書いてあったんだ? そういえば一瞬物騒な単語が聞こえていたような……
「どんな内容か知りたい?」
「いや,知りたいような知りたくないような,知ってはいけないような……。ところでなぜに姫菜さんはまだ手を握ったままなの?」
「ん~,今手を放すと,手の中のものがみんなに見えちゃうんだよね~」
そう言えば,握った手の中に何かの感触が……
「ほら,もしみんなにこれが見えちゃったら,わたしがノーパンだってばれちゃうしー」
やっぱりそれか~~~~~!
「だってこれは二人の愛の絆だから……」
いい感じに言ったってパンツはパンツですっ!
「ヒッキー! もう事件は解決したのにどうして姫菜と手をつないだままだし!?」
「いや,それはその……」
「結衣,これはね,さっきの怪光線を浴びたせいで手が離れなくなっちゃったんだよ。無理やり剥がしたりしたら手の皮が剥がれちゃうかもしれないから自然に離れるのを待ってるの」
「えええ!?」
「いや,私の初もうでビームにはそんな効果は……」
「……はやはち」ボソ
「わーはっはっはっ!見たかね,私のビームの威力を!!」
「ほらね♪」
由比ヶ浜に向けてニコッと笑顔を向ける姫菜。怖い,女怖い。はやはち怖い。
かくして正月仮面は『初荷』と派手に飾られたトラックで大分へ向けて返送され,クリスマスイベントは無事開催された。
せっかく企画したということで,元々の総武・海浜の企画に加え,雪ノ下たちのバンド,美人姉妹の弦楽二重奏,ついでに玉縄の太神楽までが演目に追加され,史上かつてない最高の盛り上がりを見せたのであった。
あ,これ初めての企画だったわ。
俺? もちろん玉縄と一緒に舞台に立ち,頭脳労働させられてきましたよ。玉縄もいつもより余分に傘と枡を廻していて,この企画が一番シナジー効果を生んでたな,うん。