まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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ハイ、またお会いしましたね!

番外編第3弾。
サードシーズン本編終了後ですが,雪乃の誕生日に合わせて公開しました。
……2日ほど遅れて。

本編ではあまりヒロイン扱いされませんので,せっかくの誕生日ですからヒロイン回やってみました,ということです。

そして,もはや恒例となってしまいました,番外編の締めはあの人です。
てか,茶番がだんだん長くなる……

ほんとごめん。

次はもっと短くするから←次もやるのかよ!

屋台のイメージはこちらから。
ニコ動さん→ https://www.nicovideo.jp/watch/sm20370415


クリスマスは踊る 番外編 YUKINO☆のバースデー〜ダンシング・ムーンライト

 1月3日は私の誕生日。昼間は私が一人暮らしをするマンションに由比ヶ浜さん……結衣がお祝いに来てくれた。

 

 葉山く……さんもお祝いに来たいと言っていたけどお断りした。

 どうせ彼……彼女とは夜に行われる家の誕生パーティーで顔を合わせるのだし……

 

 私の誕生日を祝う人など誰もいない私の誕生パーティー。県議会議員で雪ノ下建設の社長でもある父と,その父が呼んだ政界や経済界のお偉いさんといった来場者にとっては,新年の賀詞交換会くらいの意味合いしか持たない退屈極まりない私の誕生会。

 葉山く……さんだって,親に連れてこられるから仕方なく参加しているにすぎないはずよ。それに,いつもねえさんの玩具として引きずり回されていたから,私とお話しすることなんてほとんどなかったわね。

 一度母に,私を知らない,私も知らない人たちのお祝いなんかいらないと言ったのだけれど,いつも家の行事には出ないという私のわがままを聞いてあげているのだから,年に一度くらいはこちらの言うことも聞きなさいと言われて押し黙るしかなかった……

 

 ならば,せめて昼間だけでも友達とお祝いをさせてとお願いして開いた,本当の友達との二人きりの誕生会。

 結衣がケーキを焼いてきてくれると言ったのだけれど,それは丁重にお断りさせていただいたわ。今思えば,結衣のケーキを食べて,夜の誕生会なんか出られなくなればよかったと少し後悔したりもするのだけれど。

 とにかく夜のパーティーの何百倍も楽しい時間を過ごしたの。

 でも,それでも二人とも何か物足りなさを感じていたわ。

 これまで結衣がお泊まりに来てくれたりして二人で過ごす時間には慣れていたはずなのに,二人にとって一番そこにいて欲しい人がいなかったから,だから少し,ええほんの少し,微粒子レベルで淋しさが存在していたのね。

 

 比企谷くん……

 

 このお正月,ねえさんが彼を大分に連れて行ってしまったから初詣にも一緒に行けなかった……

 修学旅行の時に彼と行った思い出の宇佐神宮で撮られた初詣の写真がねえさんから送られてきた時には,少し,ええほんの少し,微粒子レベルで殺意が存在していたわね。本当にほんの少しよ?

 宇佐神宮といえば,修学旅行の3日目の朝,由布院を出る同じ汽車に海老名さんが乗り合わせていたのは,偶然ではないと思っていたけれど単に戸部くんを避けるためとその時は考えていたわ。

 今にして思えば,海老名さんは比企谷くんと一緒にいたいと思っていたのね。だって,あの時にはもう比企谷くんに告白して,そのキ,キスも済ませていたのだし。

 もちろん私だって博多のホテルで比企谷くんと偶然とはいえ,く,く,口づけを交わしたのだし,あのまま平塚先生の邪魔が入らなければもっと……

 

 私ったら何を考えているのかしら……

 


 

 とにかく,もしかしたら比企谷くんが来てくれるかもと思い,ケーキを3つに切り分け,お料理の皿も紅茶を入れるカップも3つ用意したの。いつ彼の来訪を告げるインターホンが鳴ってもいいように。

 ねえさんから出張日程を聞かされていたから,まだ彼が帰ってこないことは分かっていたのだけれど。

 帰りは別府国際観光港からフェリー「さんふらわあ」に乗って翌朝大阪南港に到着,その足で新世界に向かい通天閣に上ってから新幹線で帰京するだなんて,比企谷くんを帰さないためのねえさんの作為,いえ悪意を感じるわ。

 修学旅行で博多ポートタワーと別府タワーに行ったのなら,内藤多仲博士のタワー六兄弟の次男坊,通天閣にも上らなきゃなんてもっともらしい理由で比企谷くんを丸めこんで。

 

 比企谷くんは今頃海の上なのね……

 

 あんな悪の組織はしんけんぶっ潰して,一刻も早く比企谷くんを取り戻さなければならないわね。

 まさか相模さんが千葉県立地球防衛軍に参加したいと言ってくるなんて思ってもみなかったから,それには本当に驚かされた。

 比企谷くんを取り戻したいという思いを同じくすることが分かったから防衛軍の一員になってもらったのだけれど,やはりその……比企谷くんへの……その……思いも同じなのかしら?

 だとしたら,比企谷くんを取り戻した後は彼女もライバルに?

 まあそれは無いわね。仮に彼女の思いが単なる贖罪では無いにしても,ここまでこのシリーズでフラグが立つシーンどころか出番すらなかったのだから私や結衣と互角に戦えるとは思えないわ。やはり最大のライバルは結衣よ。

 比企谷くんが決してそうだとは思わないのだけれど,やはり男の人を魅了するあの脂肪の塊は脅威だわ。

 私も毎日,むさしの牛乳を飲んでいるのだけれど,なかなか目に見える効果は現れないの……

 比企谷くんが毎日胸のマッサージをしてくれればあるいは……

 きゃっ!私としたことがなんてはしたないことを……

 そういえば,ファーストシーズン,セカンドシーズンで海老名さんは比企谷くんに,その,胸を触らせたのよね?

 ……何か効果があったか今度聞いてみようかしら?

 効果があるのなら,部長権限で胸のマッサージを命じましょう。

 そうよ,比企谷くんは奉仕部を辞めたわけではないのだから,部活の時は部長の言うことは絶対なのよ。これは,単なるマッサージなのだから不純異性交遊には当たらないわ。ええ,そうよ。学校内で不純異性交遊なんてあってはならないことよ。

 でも,もし比企谷くんが劣情を催すようなことになったら,実に遺憾ではあるけれど,そう,誠に遺憾ではあるけれど,部員が他所で性犯罪を犯したりしないように,わ,私のマンションで,その,彼の劣情を鎮めるのも部長の責任としてやぶさかではないわ。ええ,これは治安維持のために仕方のないことよ……

 


 

「雪乃ちゃん……雪乃ちゃん……」

 

 気づけば誕生会の立食パーティーでグラスを持ったまま考え事をしていたのね。

「何かしら?葉山く……さん」

「まだそれ続くんだね……一条家の次期当主が雪乃ちゃんにダンスを申し込みたいと言っているのだけれど,さっきから話しかけづらい雰囲気だったから……」

「そう……ごめんなさいね。ちょっと気分がすぐれないの。外の風に当たってくるから葉山く……さん,代わりに踊っておいてもらえるかしら」

「雪乃ちゃん,それもうわざとだよね? とにかく分かった。代わりに踊ってくるよ」

「それと……」

「何だい?」

「次から女性を誘うなら自分の口でちゃんと誘いなさいと伝えてもらえる? 私に限れば『次』なんて無いのだけれど」

「……そうだね,伝えておくよ」

 そう言って,遠くから私たちの様子を窺う一条さんに笑顔で一礼してその場からお暇した。

 


 

 庭に出てみると,1月の風は冷たかった。

 なにか上に羽織ってくるんだったわ。

 部屋の中を見ると一条さんが葉山くさんとダンスを踊っている。

 

 自分の誕生日なのに本当に疲れる。

 ねえさんはしょっちゅうこんな思いをさせられているのね。

 そのことに関してだけは,ねえさんのことを本気で尊敬するわ。私には無理よ。

 さっきの一条さんに向けた笑顔,ねえさんのようにちゃんと笑えてたかしら?

 比企谷くんに見られたら,まだまだと言われそう。初対面でねえさんの笑顔の正体を見抜いた比企谷くんなら。

 寒い。でもあの部屋には戻りたくないわ。

 その時,後ろからふわりとストールが掛けられた。

 


 

「この寒い夜にこんなところで何してるんだ? 雪ノ下」

 それは今,一番聴きたかった人の声。

「比企谷……くん……どうして?」

 思わず涙が溢れそうになる。

「陽乃さんがな……雪ノ下には1日ずらした嘘の日程を知らせてたんだ。そもそもこのパーティーに出席する予定だったんだが,関ヶ原の積雪で新幹線が遅れて今になっちまった」

 タキシード姿で頭を掻く比企谷くん。

 室内を見ると,今度はねえさんが一条さんと踊っている。やはりあれを見せられると私の笑顔なんて全然及ばないと思い知らされる。

 あっ,こっちに向かってウインクをした。本当に腹立たしいねえさんだわ。

 

 ……ありがとう。

 

「どうする?寒いだろ。中に戻るか?」

「比企谷くん……ちょうど最後の曲みたい。このまま……ここで私と踊っていただけないかしら?」

「ダンスなんてしたことがないんだが……中学の時のキャンプのフォークダンスも一人だったしな。だが,まあ,誕生日だし言うことを聞かなきゃならないか」

 初めから喜んで,と言えばいいのに,本当に捻くれているわね。それに本当は男性の方から誘わなければいけないのよ?

 

 ……ありがとう。

 

 そうして私たちは体を寄せ合ってその場でラストダンスを踊ったの。

 いつの間にか寒さなんて感じなくなっていた。

 見上げると比企谷くんの顔がそこにある。私がヒールのある靴を履いているから,もしまた偶然があるならば,うっかり触れてしまいそうな距離に彼の唇がある。

 もうすぐ曲が終わってしまう。少し背伸びをしたなら……

 それとも彼の首に回した手に少し力を入れて引き寄せたなら……

 


 

 そのまま最後の曲は終わった……

「そろそろ戻らないと……パーティーの主役が不在じゃ締められないだろ?」

「どうせ私を祝いに来た人たちじゃないから私なんかいなくても関係ないわ。あそこに戻っても寒いことには変わりないし。それよりももう少しこのままでいてもらえないかしら?」

 最後の曲が終わっても私たちは抱き合ったままでいた。ここで,こうしている方が,暖房の効いたあの部屋の中よりも暖かさを感じていられたから。

 

「比企谷くん……」

 

 そっと目を瞑り上を向く。

 

「雪ノ下……」

 

 彼の唇が重なるのを待つ刹那,

 

「陽乃さんが見てるから……」

 その言葉に振り向くと,ねえさんが窓際でニヤニヤしながらこちらをじっと見ていた。

 前言撤回よ! 私の感謝の気持ちを返して‼︎

 ねえさんに文句を言うために,比企谷くんの手を引いて室内にとって返そうとする。

「雪ノ下」

 比企谷くんが手を引っ張って私を止める。

「誕生日おめでとう。出張中でちゃんとしたものが用意できなかったけど……」

 比企谷くんがお土産袋に入ったプレゼントを渡してくれた。

「あ,ありがとう」

 彼が来てくれたことが一番のプレゼントだったから何もなくても良かったのだけれど……

「パーティーも終わりみたいだから俺はこれで帰るな。陽乃さんによろしく」

 

「あっ」

 

 彼の手が離れる。

 手の中にあった温もりが消えていく……

 

 彼は走り出そうとして一瞬逡巡し,私の前髪を上げておでこにキスをして走り去った。

 

 私はその場に立ち尽くし,彼の背中をただ黙って見送った。

 

 外の寒さに変わりはなかったけれど,おでこに残った暖かさはいつまでもそこにあった。

 

「雪……」

 


 

 彼からのプレゼントはざびえる堂本舗の『瑠異沙』というお菓子と別府三太郎のボールペン,そして別府のTシャツだった。

 

「で,雪乃ちゃんは比企谷くんから貰ったTシャツを着ているわけね」

「そうよ。彼から貰ったこれを着ていると彼と一つになれる感じがするの」

「そのシャツには『毎日が地獄です』って書いてあるけどね」

「シャツのデザインなんてどうでもいいことよ。彼からこれを貰えたという事実だけで,私は天国にいる気持ちになれるのだから」

 

 見てなさい,ねえさん。ねえさんの作った悪の秘密結社なんですぐに潰して,比企谷くんの心を取り戻してみせるから。

 

 私,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。

 

 Happy Birthday YUKINO!

 


 

「平塚先生,今日はとことん飲みましょう!」

「愛菜先生,立花先生どうしたじゃんよ?大晦日の時は止める側だったのに今日はえらく積極的じゃん」

「おじさん,関サバのお刺身ですぅ」

「あいよっ」

「ああ,立花先生,この正月に昔の教え子女子から結婚報告5件,新しい家族が増えました報告5件,実家からの孫の顔の催促1件が年賀状で届いてちょっと荒れてんだ。おーっとっと」

「あのー,それでツッコミ要員として私が呼ばれたんですか?」

「鉄装先生,そんなことはないですぅ。新年だしみんなで楽しく飲みましょうと,あ,おじさん,とり天ですぅ」

「あいよっ」

「立花先生〜,教え子たちが幸せになろうとしてるんです。私たちがそれを祝うのはもはや義務です。血の涙を流しながら祝わなければならんのです!」

「平塚先生,それもう祝ってないですよね?どちらかと言うと呪ってますよね?」

「鉄装! 祝いと呪いの字がが似てるなんて,読者は分かっても,聞いてるだけじゃ分からないじゃんよ!」

「あのー,黄泉川先生が何を言ってるのかよく分からないんですが……」

「鉄装先生,細かいことが気になるのは飲みが足りない証拠ですぅ。はい,別府限定むぎ焼酎『毎日が地獄です』飲みましょう」

「いや,月詠先生,私はそんなに飲め……て言うか,別府限定なのに何でこの屋台にあるんですか」

「立花先生! 先生はまだいいです! 私,正月に実家に帰ったんですが,もはや両親が露骨に結婚とか子供とかの話題を避けるようになりまして……昔の教え子たちも他の先生には旦那の写真や子供の写真が付いた年賀状を寄こすのに私にだけコンビニで買ったイラスト付きの年賀状を送るようになり……皆の心遣いが痛い!」

 ダン!

「平塚先生,お酒がこぼれますから……」

「鉄装!」

「はいっ!」

「そう言うお前はどうなんじゃん?」

「は,はい?」

「結婚願望とかあるんじゃん?」

「そうですよ,鉄装先生もお年頃さんなんですから~,恋愛の一つや二つはしないといけないのです。命短し恋せよ乙女ですよ~。おじさん,どんこしいたけの串焼きですぅ。かぼす絞ってください〜」

「あいよっ」

「いや〜,学校とアンチスキルの仕事でいっぱいいっぱいですし……私はまだ若いですから,今すぐ結婚とかは……」

「え゛」

「あ゛」

「お゛」

「ひ,ひいい〜〜愛菜先生まで」

「鉄装,お前,地雷を超踏み抜いたじゃんよ」

「そ,そんな〜〜〜」

「私だって,努力してるんだ!今日だって婚活新年会に行ったのにどうだ?結果,誰ともアベックになれずに女6人屋台酒だ!比企谷だってラーメン初めに誘ったら女と温泉旅行だという。クッソー!あの野郎,混浴温泉であんなことやこんなことをしてるに違いない‼︎ チクショー,羨ましい‼︎ どうせ男なんかみんな若い女がいいんだろ?どうせ私は選ばれないんだ!おっちゃん,冷!」

「平塚先生,親の小言と冷酒は後で効くって言いますよぉ。おじさん,りゅうきゅうと『クンチョウ純米無濾過生原酒』,70度でお燗ですぅ」」

「あいよっ」

「平塚先生」

「ぬ゛」

「もう無理だって諦めたら そこで終わる。自分でも気付かない力がまだあるかもしれないのに」

「……」

「自分で自分の限界を決めちまったらダメじゃん、てこと」

「黄泉川先生……」

「と,言うことで今日はとことん飲むです! おじさん,だご汁と鮎のうるかと粕取焼酎『三隈』ストレートですぅ!」

「あいよっ!」

「よし! 立花先生! 愛菜先生! 私たちも明日からまた頑張りましょう! おっちゃん! 長期貯蔵樽熟成麦焼酎『麹屋伝兵衛』ストレートと味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシで!!」

「あいよっ‼︎」

(まずはその辺から直さないと結婚は難しいのでは……)

 

 美女たちの正月の夜はふけてゆく……

 

「誰が老けてゆくだ?ゴルァ‼︎」

 




これで本当にサードシーズン終了です。

作者は昔フェリーでよく関西と九州を往復しました。
別府からのさんふらわあもよく乗りましたが,当時は神戸港中突堤に寄港して大阪南港行きで作者は神戸港で下船して大阪南港には行ったことがありません。神戸から乗るときも東神戸港からの阪九フェリーだったりしましたから。何年か前には,本編でも登場したオーシャン東九フェリーで東京から徳島まで行ってきました。レストランとかの設備はないカジュアルフェリーでしたが,なかなか快適でしたよ。
九州まで乗ると,トータルで30時間以上かかるのでよほど時間に余裕がないと……
2021年度には横須賀~北九州間を20時間30分で結ぶ新航路開設も予定されているようです。楽しみですね。

今回,クリムゾン・プリンスは雪乃さんに振られてしまいました。ドンマイ。

ちなみに,今回のラストの茶番に出てきた食べ物は味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシを除き基本大分の名物です。ぜひ大分旅行で見かけたら口にしてみてください。
お口に合うかどうかについては全く保証の限りではありませんが……
あ,『麹屋伝兵衛』はちょっと大きな酒屋さんなら置いてあると思いますよ。

それでは,100万の想い出を胸に,涙のグラジュエーション・デイあたりでまたお会いしましょう。

グッド・ナイト・ベイビー!

サヨナラ,サヨナラ,サヨナラ!

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