まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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誰も待ってないけどお待たせしました!

……もうホワイトデーも目前だというのに,今頃バレンタインデーですよ。
しかも,短編で終わらせる予定だったのに,続くんですよ。

上下2回で終わればホワイトデーには終わるんですけどねー。
オチが見えないので無理だな……(涙)

これだけ遅れていて見切り発車。
書けば書くほどクオリティが下がる。
そして今回,防衛軍要素は一切ありません。
改良人間も怪人も出ません。

駄作者がほんとごめん。


バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!
バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(上)


「ちょっと比企谷くん,この前クリスマスイベントをやったコミュニティセンターで,何かバレンタインデーに向けたお菓子作り教室のイベントをやるそうじゃない?」

 

 雪ノ下建設の本社ビルの一室にある電柱組本部に呼び出された俺は,大元帥改めハルノ魔導王こと陽乃さんから少し怒り気味に詰問されていた。

「らしいですね。葉山が女になったんで,てっきりやらないものだと思ってたんですが」

「そんなことはどうでもいいのよ。大事なのは,わたしが呼ばれてないってことよ」

「いや,総武高校生徒会の主催ですよ? そもそもなんで呼ばれると思ってたんですか」

「だって文化祭でもクリスマスイベントでも大活躍したわたしだよ? 呼ばれて当然でしょ?」

「文化祭は地域の有志枠で正式に参加してましたけど,クリスマスの方は完全に押しかけだったじゃないですか。今回は完全にクローズドないベントですから魔導王陛下の出番はありません」

「めぐりも呼ばれてるって言ってたのに?」

「あ,めぐり先輩来るんですね。でも,めぐり先輩はまだ総武高生ですから」

「ぶー。じゃあじゃあ,比企谷くんが招待してくれてもよかったんじゃないの?」

 ちょっと膨れた顔の陽乃さん。チクショウ,可愛いな,おい。

「今回のイベントは生徒会と女子主導なんで,当日以外は野郎の出番もないんですよ。あまり大人数が入る場所でもないですし,参加者も生徒会が決めてます」

「で,比企谷くんは,いっぱいチョコ貰うんだ?」

「バレンタインデー当日じゃないですから,チョコを貰うというより単なる試食ですよ,試食。由比ヶ浜のは毒見かもしれませんが,て言うか毒かもしれませんが,恐らく毒ですが」

 死なないよね? 俺。

「陽乃さんがどうしても行きたいと言うなら一色に頼んでみますけど?」

「呼ばれてもいないのに自分から行きたいなんて,ちょっとみっともないじゃない? 雪乃ちゃんの勝ち誇った顔が目に浮かぶわよ」

 めんどくせえな,この姉妹。

「あのさあ,わたし,バレンタインデーって大っ嫌いなのよねー。なんでわたしがつまんない男どもにお菓子業界の策略に乗せられてチョコとかあげなきゃいけないわけ?」

 あ,なんか変なスイッチ入った。

「だいたいなんで一方的に女が男にチョコを渡さなければならないの?」

「いや,最近は友チョコとか逆チョコとかもありますし必ずしも一方的というわけでは……」

「それで、『陽乃,義理チョコでいいからさあ,俺にもチョコくれよ』とかいいやがんのよ」

 俺の話,まったく聞いちゃいねえな,この人。 

「はあ〜〜〜〜〜!? 義理チョコでもいいから-? 一体何様のつもり! あの似非イケメン野郎ども!!」

「いや,どんな方々か分かりませんけれども」

「そもそもわたしの方からチョコをあげる義理すらないっていうのに,義理チョコでいいぃぃぃ!?,ふざけんなあぁぁぁぁ!!!」

 最近の陽乃さんは,俺の前だと一切取り繕うことなく,怒り,喜び,哀しみなどの素の感情を出してくることが多い。

「父さんも父さんよ。一条とか十文字の次期当主にはちゃんとチョコを贈っておきなさいとか言うの。それはわたしの義理じゃなんて父さんや会社の義理でしょ? 一条のプリンス(笑)は雪乃ちゃんにご執心みたいだからいいけどさあ,ナンバーズなんて宝くじだけで十分! それでもし変な勘違いなんかされたらどうするつもりなのよ,まったく!」

 この人にかかったら我が国を代表する名家も形無しだな。

「はあはあ……,もし,わたしが,告白,するんなら……」

「水飲んでください,水」

 陽乃さんがゴクゴクと喉を鳴らしながら俺が手渡したペットボトルの水をラッパ飲みする。

「ふぅ……,それで,もしわたしが告白するなら」

 あ,この話続けるんですね。

「チョコレートをあげるなんてまどろっこしいことしないで,わたしをあげるわ,わたし自身を」

 そして,ジロリと俺を睨み,

「もっとも,生きてきてこれまでしたことのない覚悟までしてわたし自身をあげようとしたのに,受け取らなかった不届き者もいるけど?」

「そ,それは本当に不届き者ですね~~~」

「本当にね♪」

 にこっという擬音が聞こえてきそうなくらい満面の笑みを浮かべる陽乃さん。

 こ,怖い。さっきのお怒りモードよりもこの笑顔の方が数十倍怖い。

「ほ,ほら,あの時はみんなと一緒でしたし,そういう雰囲気でもなかったですから……」

「そうなの? わたし,別に比企谷くんを独占したいなんてことは言わないよ。家のこともあるし,比企谷くんと結婚したいなんて望みは持ってないんだ。ただわたしの思いを受け入れてほしいだけなの。ねえ,二人きりならわたしの気持ち,受け入れてくれるの? 今……この部屋……私たちだけだよ?」

 陽乃さんがうっとりとした目で俺を見つめている。しまった! 大変まずい! 実にまずい! うかつな口を撃ち抜きたい!

「いやその……魔導王陛下……あの,ちよっと,上着脱がないで! ブラウスのボタン外すのやめて!!」

「陽乃……はるのって……呼んで?}

「は,は,は,陽乃さん,駄目です,会社の中でそんなこと……」

「わたしは……ここで全部脱いでもいいんだよ? わたしの持つ全てをあげるなんてことは言えない。雪ノ下陽乃であるわたしにはできない。でも,わたし自身,ただの陽乃なら,今ここで全部あげられるから……」

 椅子から立ち上がり,俺の前に立つ陽乃さん。着ていたブラウスをパサリと後ろに落とし,更にはタイトスカートのスプリングホックに手をかけ,外そうとしている。

「駄目です! こんなの……駄目です……」

 陽乃さんを正面から抱き留めて,その手を止めさせる。

「わたしじゃ……だめなのかな……ごめんね,わたし……わたし……」

 強く,固く抱きしめていて彼女の顔を見えない。が,震える声は,今までに見たことのない彼女の,生の感情を表していた。

 温泉で裸で抱きついてきた時とも違う,彼女の本当の覚悟を前に,それでも俺は……

「ごめんなさい……陽乃さんが悪いんじゃありません。気持ちはすごく嬉しいんです。俺が……俺がその気持ちを受けとめることができないだけです。俺が悪いんです。だから,こんなのやめてください……」

 二人きりの部屋に,彼女のすすり泣く声だけが響く。

 

「落ち着かれましたか?」

「うん,ごめんね。迷惑かけちゃって」

 身なりをきちんと整え直し,エグゼクティブチェアに深く腰掛ける陽乃さん。

「いえ,全然迷惑なんて思ってないですから」

 これは本当だ。彼女がぶつけてきたもの全てを受け入れてあげることはできなかったけれど,その気持ちだけははっきり嬉しかったからだ。

「やっぱり比企谷くんは優しいね。その優しさが時に残酷だったりもするけど」

「……」

「あのさ,たぶんお化粧がくずれてちょっとひどい顔になってると思うの。お願いだから少しだけ後ろ向いててくれない?」

「それなら席を外しましょうか?」

「ううん,後ろを向いててくれるだけでいい。今,独りにされたらまた泣いちゃいそうだから,ね,ここにいて?」

 そう言われて,すぐさま回れ右をした俺は,入り口のドアを眺めながらしばらくその場にぼーっと立っていた。背後から,キャー,何この顔,ひどーい,比企谷くんみたいとか声が聞こえてきたけれど無視無視。なんか一部,俺の悪口が混ざっていたような気がしたけれど聞こえない聞こえなーい。

「もういいよ」

 そう言われて陽乃さんの座る方へ振り返ると,

「んっ」

 いつの間にか目の前に立っていた陽乃さんに優しく抱きつかれ,その柔らかい唇を押し付けられた。

「これはわたしの気持ち。今すぐ君が受け入れる必要はないから」

 呆然と何も返せず立ち尽くす俺をよそに,彼女は三たび自分の席に戻り,気合を入れなおすように両の手で自分の頬を2回,パチンパチンと叩いた。

「よっし! じゃあお仕事の話しよっか」

 いつもの陽乃さんだ。俺は少しだけ安堵する。 

「でね,わたしをこんな気持ちにさせたバレンタインデーに報復をしなければならないと思うの」

 あれ? 仕事の話は?

「お菓子作り教室は2月11日だったよね?」

「そうですが……」

「その日,電柱組主催でイベントやるから」

「は!?」

「聞こえなかった? 電柱組でイ・ベ・ン・ト。仕事よ,仕事」

「いやでも,祝日ですし……」

「仕方ないじゃない。休日出勤手当は弾むわよ」

「あの,俺,生徒会のイベントを手伝う約束が……」

「比企谷くん,仕事舐めてるの? そんなお遊びと仕事,どっちが大事だと思う?」

 いや,これもうブラック企業の社長の言い草でしょ?

「比企谷くん……そんなにあっちのチョコレートがいいの? わたしを,手伝っては……くれないの?」

 くうぅぅぅ! 消え入りそうな陽乃さんの悲しげな声に,これ以上断り続けることができなかった。

 俺の頭の中に,さっきの泣いていた陽乃さんの声と顔が戻ってきていた。

 「分かりました,仕事,仕事ですよね。やります! やらせていただきます!!」

「ありがとう!大好きだよ,比企谷くん!!」

 一転,満面の笑みを浮かべた彼女の顔に,これでよかったんだと自分自身を納得させる。

 まあ,俺もリア充どものイベントであるバレンタインデーなんてどっか行っちまえ! と,去年まではずっと思ってたし,今年は小町も受験直前だから小町チョコ略してコマチョコも貰えそうにないしな。

 それに今年のコマチョコはなんかイケナイものが入ってそうで,今年が受験で本当に良かったと思う。

 最近は,流石に受験勉強も佳境に入ったせいか俺の部屋に夜這いに来ることもなくなっていたので,そのまま大人しくなってくれれば大いに助かるのだが。時々,夜中に聞こえる荒い息遣いとおにいちゃーーーん! という声は……まあ幻聴だろうな,うん,幻聴だ。小町は受験勉強してるんだからな。

 それにバレンタインデー当日はお料理教室のまだ先。その日手伝わなかったからと言って,チョコが貰えないこともないだろう。いや,別にチョコが欲しいわけじゃないよ? そりゃ甘いものは嫌いではないから,くれるというなら喜んでもらうけど,別に女の子から貰えるから喜ぶとかそういうもんじゃないしぃ?

 もし男だった頃の葉山から貰ったって,チョコはチョコ,罪を憎んでチョコを憎まず,それを食べすぎたとしても鼻血を出すのは俺じゃなくて姫菜だったりしたんだろうからなっ。

 戸塚のホモチョコ……じゃなくて友チョコなら,そりゃもう大歓迎だ。熱海駅前でマイクロバスを停めて,旗を持ってお迎え上がる温泉旅館の番頭さんくらいに大歓迎だ。

 俺も戸塚にあげるチョコを用意しなきゃな。あれ? それを手作りしたくてお料理教室さんかする予定だったっけ? 仕方ないから,戸塚にはゴンチャロフかモロゾフのチョコレートをあげようかな? あ,でも千葉にはゴンチャロフは高島屋柏店か流山おおたかの森のタカシマヤフードメゾンにしかないんだよな。ちなみに,日本でバレンタインデーにチョコを贈る習慣を初めたのは神戸のモロゾフと言われているぞ。

「比企谷くん,聞いてる?」

「はっ! はい,聞いてます! バレンタインにはゴンチャロフのチョコですよね」

「そんなこと一言も言ってないよ! もう!」

 プンプンという音が聞こえてきそうな顔をした陽乃さん,ちょっと可愛い。略してはるかわいい……今ひとつだな……。

「だいたい何でゴンチャロフなのよ。もっと,ル・ショコラ・アラン・デュカスとかいろいろあるでしょうに……詳細は後でメッセージで送るから,ちゃんと11日は予定空けといてねっ」

「承知しました。バラダギ大佐とか,ひ……海老名少佐への連絡は?」

「それもわたしから送るわ。イベントの場所の手配とか宣伝とかは関東方面守護者の海老名ちゃんに頼むから」

「分かりました。あとは……」

「今日はもういいわ。もっと一緒にいたいって気持ちはあるけど,また雪ノ下陽乃でいられなくなるから」

 少し寂しげな笑顔から発せられたその言葉に,応えるでなく,聞こえないふりをするでもなく,ただ無言で一礼し俺は部屋を出た。

 ドアを閉め,ふぅと大きく息を吐くと,まるで全身の力が抜けたかのように背中からドアにもたれかかった。

 もし彼女が,全てを捨て,ただの陽乃だけになったわたしをあげると言ったなら,俺はどうしていただろうか……。

 それでも,彼女は「雪ノ下陽乃」であることを選んだ。そけは彼女の,雪ノ下陽乃という生き方。彼女にはそれしか選ぶことができなかった。俺もそれを捨てろとは言えなかった。だから今,俺たちの間には,このドアがある。

 ドアの向こうから,微かに陽乃さんの嗚咽が漏れていた。

 

 翌日,奉仕部の部室に向かうと,雪ノ下,由比ヶ浜,一色のいつものメンバーに加え,もはやレギュラー化しつつある三浦とバラダギ,そして川崎がいた。

 いつもはさらに姫菜もいるのだが,どうやら今日は,陽乃さんが言っていた電柱組の仕事のために出勤しているらしい。べ,別に寂しくなんかないんだからねっ!

 今日の緊急ミッションは,雪ノ下と一色に,11日は急遽バイトが入ったからお菓子作り教室には参加できないと伝えることだ。

一言口にするだけの簡単なおしごとなのだが,その一言がなかなか言えない。

 さっきから二人は当日のレシピ等について話していて,どうにも切り出すタイミングが見つけられない。クリスマスイベントの準備の時も俺たちに手作りお菓子を作ってきて,お菓子作りが得意という一色と,お料理全般なんでもござれの雪ノ下が喧々轟々と議論するテーマは,由比ヶ浜でも一人でできるお菓子作り,である。しかし,テーマがテーマだけにそう易々と結論を得ることはできないようだ。

 そして二人がため息をつくたびに由比ヶ浜が酷い!とかあんまりだ!とか合いの手を入れている。

 見ている分にはなかなか微笑ましい風景(当事者にとっては半ば修羅場)ではあるだが,それだけに付け入る隙がない。はて,どうしたものかと考えあぐねていると,

「ヒキオ,あんた,あんなに甘いコーヒーばっか飲んでるからにはやっぱり甘いものとか好きなん?」

と,三浦に話しかけられた。

「まあそうだな。甘いものは嫌いじゃない」

 そう返すと三浦は,金髪の髪を右手の指先でくるくる弄りながら,

「そ,そう。なら,あーしも頑張るから,楽しみにしてろし」

 だー! もじもじと恥じらう三浦もちょっと可愛いいな! 略してゆみかわいい……これもイマイチだ……。

 あれ? でも,電柱組のイベントがあるってことは、メンバーの一員となった三浦も当日仕事なのでは? まあ,今それをいうのは野暮ってもんだよな。第一,俺自身が一色や雪ノ下にそれを伝えきれていないのだから。

「ねえ,ちょっと」

 青みがかった長い髪の,川……川……あ,さっきちゃんと川崎って言ってたわ。

「なんか気に障るからぶっていい?」

「いいわきゃねーだろ! で,何の用だ? 川島」

「よし! やっぱ死にたいみたいだね」

「ジョ,ジョークだ。はちまんジョーク! ほんと何の用?」

「ん……ちょっとここだと……外,いい?」

 何? 表へ出ろ,だと? やっぱボディとか殴られんの? こんなことなら,全米ナンバーワンのフィットネストレーナーであるトニー・リトルが開発した腹筋トレーニング機器,アブアイソレーターでちゃんと腹筋を鍛えておくんだった……。

 二人で席を立ち,部室の外へ出て行こうとしたところを三浦に呼び止められた。

「ちょ,ふたりでどこ行くし?」

「アタシが比企谷とどこに行こうがアンタに関係ないよね?」

「はぁ?」

「あ゛?」

 喧嘩をやめてー! 二人を止めてー! 私のために争わないでー!!

 ……うん,キモイな。

「三浦,川崎とはちょっと話をしに行くだけだ。大方バイトのシフトとかそういう内輪のことだから他の奴らには聞かせられないんだろうよ」

「ん……ヒキオがそう言うなら……」

 よかった,三浦が大人しく引いてくれて。再び部屋を出ようとしたら,

「あー! 沙希!! ヒッキーとどこへ行くの!?」

 ズコー!!

 

 そんなこんなでようやく川崎と廊下に出る。

「で,なんだよ?」

「ん……」

 川崎が目線で示した先を見ると部室の扉が少し開いており,5つの顔が上下に並んでいた。

 君たち何気に仲がいいな,とも思うけれど,雪ノ下まで何バカなことやってんだよ!

「ゆ,由比ヶ浜さん……あ,あなたの脂肪の塊が上に乗っていて重いのだけれど……」

 思わず涙しそうに……雪ノ下……強く生きろ……。

 

「走るよ」

「え?」

 言うが早いか,川崎は俺の手を引いて走り出した。

「ヒッキー逃げた!」

「ちょっ! 由比ヶ浜さん!?」

 身体を前に乗り出した由比ヶ浜に圧し掛かられた雪ノ下が前のめりに倒れ,全員が総崩れになった。

 後ろから,ヒキオ~,ヒッキ~,比企谷くん~,せんぱい~,八幡~,相棒~などという声が聞こえて来るが,決して振り返ってはいけない。ここは三十六計,一心不乱に逃げ続けるのみである。

 

「ぜい,ぜい……」

 川崎に手を引かれてながら学校中を逃げ回り,ようやく追手を巻いてたどり着いた先は,彼女との邂逅の場である屋上だった。本来なら立ち入り禁止になっているここにはあいつらも来るこはないだろう。

 俺は肩で息をしながら手を膝について辛うじて立っているような状態。一方の川崎はフェンスにもたれ掛かる形で膝を立てながら座り込み,天を仰いでいた。

「はぁ,はぁ……結局,何の,用事だったんだよ……」

「んんっ,あのさ,はぁ,あっ,はぁ」

 なんか荒い息遣いがちょっとエロいんですけど!?

「おっ,おいっ,ちゃんと息を整えてからでいいからゆっくり話せ」

「んっ,はぁーっ,ふぅーっ」

 川崎はその場で大きく深呼吸をした。由比ヶ浜ならここで,ひっひっふーとかラマーズ法しちゃったりするんだろうけどな。

「今度のお菓子作りのイベント」

「は?」

「アンタも参加するんでしょう?」

「あ,いや,俺は……」

「アタシ,参加しようと思うんだ」

 俺はあまり群れるのを好まない一匹狼タイプの川崎が,こんなイベントに自らの意思で参加を表明するということにちょっと意外な感じを覚えた。

「お前なら料理も得意だし,別に参加しなくても大丈夫だろ?」

「いや,けーちゃん……妹の京華がさ」

「別にけーちゃんでいいだろ? 俺も知ってるしな」

「ん,けーちゃんがはーちゃんとチョコレート作りするのすごく楽しみにしててさ」

 そこ,はーちゃんはダメだろ,はーちゃんは! なあ,さーちゃん。

「だから,ひょっとしたら美味しくなくて不格好なものになるかもしれないけど,けーかのチョコ,ちゃんと食べてあげて欲しいんだ」

 そんなのけーちゃんのためならお安い御用! と,言いたいところだが,あいにく当日は仕事。けーちゃんには悪いが,お菓子作り教室には……

「……見た?」

「へっ!? な,なんのことでせう……」

 額から変な汗がダラダラと流れてきた。おっかしいなー,走った汗はそろそろ引いてるはずなのに。

「黒のレース……見たんでしょ?」

「そそそ,そんな手には引っかからないぞ。だいたい今日のお前は紫の……あっ!」

「やっぱりね……」

 コンクリ床の上に座っていたスカートのお尻の部分をパンパンとはたきながら立ち上がる川崎。

「あんたがスカートの中を覗いていたこと,雪ノ下や由比ヶ浜,ついでに平塚先生に言ったらどうなるかな……」

「おおお,脅しか?」

 特に平塚先生は命に関わるんだけど。

「海老名がさ,アイツ,バイトでイベントに来れないって言ってたから,ひょっとしたらアンタも来ないんじゃないかと思って,前もって手を打とうと思ったんだ」

「俺を嵌めようと?」

「けーちゃんが楽しみにしてるのは本当。あんな嬉しそうにしているところ見ちゃったら,あんたがいないのを知って悲しむけーちゃんの顔なんて想像すらしたくないんだ。アタシ自身は嫌われても何を言われてもいいから,コミュニティセンターに来て! いや来てください。このとおりっ!」

 そう言って深々と頭を下げる川崎。こいつのシスコンぶりも相当なものだが,妹を悲しませたくないという気持ちは痛いほど分かる。

「アタシのことは好きにしてもいいから……ね?」

 そう言って,素早く短いスカートのホックを外しファスナーを下すと,川崎の短いスカートはコンクリートの屋上のスラブ面にストンと落ち,すらりと伸びた足とともに紫色の下着が露になった。

 川崎,お前もかーーーっ!

 この2月の寒空に下着姿でいたら風邪をひきかねないし,そもそもこんなところを誰かに見られたら俺もこいつも終わってしまう。俺はすぐに震える川崎を正面から抱き留め,

「分かった! 分かったからもうやめろ!」

「じゃあ……」

「ああ,ちゃんとイベントには参加する,参加するからちゃんと服を着てくれ。こんなところで風邪をひいてお前がイベントに参加できなくなったら,それこそけーちゃんが悲しむだろう?」

「……そう,だね」

 川崎が落ち着いたところで,俺は後ろを向き,

「ほら,今のうちに早くスカートを履け」

「ふふふ,別に見ててもいいのに」

「馬鹿言ってないで早くしてくれ」

「もう履いたよ。こっち向いて大丈夫だから」

 俺は恐る恐る振り向いてみると,全裸……なんてことはなくちゃんとスカートを履きなおした川崎がそこに立っていた。

「じゃあそろそろ部室にもど……」

 と,言いきにないうちに今度は川崎に正面から抱きしめられる。

「か,かわしゃきしゃん!?」

「さっきアンタに抱きしめられて嬉しかったからさ,今度はアタシが抱きしめる番だよ」

 そんな心底嬉しそうな声で言われましても……。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~! ヒッキー! 沙希! 何をしてるし!!」

「ヒキオっ! コロス!!」

「そんな簡単に殺すだけでは生ぬるいわ。まずは指と爪の間に焼けた火箸を……」

 雪ノ下,表現がリアルすぎて怖えよ!

 屋上の入り口付近から物騒な声が聞こえたが,どうしても顔をそちらの方へ向けることができない。

 今度こそ死んだな……。

「アンタたち何言ってるんだい。アタシと比企谷は話をしていただけだけど?」

「川崎っ! どこをどう見たらそれが話し合いに見えるんだしっ!!」

「そ,そうだよ! その……ヒッキーと抱き……」

「いや,アタシたちがここで話をしてたら,急に比企谷が貧血で倒れそうになったからアタシが倒れないように抱き留めたんだよ。比企谷がこんなことになったのは,話すら満足にさせてくれない連中から逃げなきゃいけなかったためだろ? だとしたら,その原因を作ったあんたらが悪いっ!」

 ピシっ!っと雪ノ下たちを指さす川崎。

「か,川崎さん,私たちはその……」

「邪魔しようとか思ってなくて……」

「あーしもヒキオを傷つけようとか気持ちはなかったし……」

 川崎からの思わぬ反撃に,三人はしどろもどろになりながら答えていた。

「比企谷,そろそろ一人で立てるようになったんなら下へ戻ろうか」

「……お,おお」

 普段ならいくらでも軽口が出てくる俺だが,いざというときにはやっぱり女の方が強いな……

 川崎の肩に手を置いて,ヨロヨロと歩きながら建物内への入り口を目指す。

「ヒッキー……ごめんね。あたしたちのせいで……大丈夫?」

「ああ,もう大丈夫だ……」

 俺は由比ヶ浜の問いかけに,少し伏し目がちに答えた。

 本気で俺のことを心配をする彼女の眼をまっすぐ見ることができなかったんだ……。

 

 そして,結果,見事にダブルブッキングである。

 トリプルブッキングなら,芸能事務所「レイ・プリンセス」に頼んで,我が校の文化祭のライブにもぜひシークレット出演してもらいたいところだがな。

 こんなのどうやったって解けない二次方程式。無理やり答えを出したところで,片方がプラスでももう一方はマイナス。

 頭の中に浮かぶは陽乃さんの泣き顔とけーちゃんのしょんぼりとした顔。

 どちらも見たくはない。 

 いっそのこと思いっきり人ごみの中にでも飛び込んで,インフルエンザにでも罹ってしまおうかとも思ったが,イベントの翌日から前期の高校入試なので,もしも小町が感染してそれが原因で受験に失敗するようなことがあれば,まさに万死に値する。

 そもそも今の小町なら,受験なんか行かないで俺の看病をする,全裸で,とか言い出しかねない。

 まだ風邪すらひいていないというのに背筋がゾッと寒くなった。

 こんな時こそ,国語学年三位の頭脳をいかんなく活用し,何か小狡いことでも考えてこの場を切り抜けないと……。

 おいっ,小狡いなんて言うなよ。

 誰も言ってない。

 キモイな……俺。

 

 そう言えば,陽乃さんからは,まだ何のイベントをどこでやるか全く聞かされてなかった。姫菜に後で聞いておくか……。

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