まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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はい,またお会いしましたねっ!

中編ですよ。
ということは,あと1回で終わらせなきゃいけないんですが……
ということで,ちょっと多めに投稿してみました。

ペース配分がなってないな……

駄作者がほんっとすみません。


バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(中)

 そうして迎えた2月11日。建国記念の日,祝日。

 どうせなら大雪が降るとか台風が来るとかしてイベントが中止にならないかと思ったが,抜けるような青空,まるで俺の顔のように真っ青な青空。

 どちらのイベントも午後からだけど,お菓子作り教室の方は材料や道具の搬入を午前中に行うため,まずはその手伝いにコミュニティセンターに向かう。

 学校は翌日の入試のために立ち入り禁止になっているので,生徒会役員共や奉仕部のメンバーで材料や道具を少しずつ家に持ち帰り,当日の午前中に持ち寄る段取りになっていた。

 俺は,我が愛車,デュラハン号のカゴと荷台に荷物を載せて,コミュニティセンターに駆け付けた。

 荷台に括り付けたロープをほどき,荷物を建物の中へ持っていこうとしていたら,戸部が自転車の前と後ろにアホみたいに大きな荷物を括り付け,エッチラオッチラとペダルを踏みながらやってきた。

 おい,戸部。それ,荷物で前が見えてないんじゃないか?

「いろはす~~~! 荷物持って来たべ! これ,どうするん?」

 戸部が建物の中へ大声で叫ぶと,中からひょっこりと一色が出てきた。

「戸部先輩,お疲れさまです。それじゃ,ちゃっちゃと中へ運んでください」

「いろはす,これ一人で一回じゃ運べないべ?」

 これだけの荷物を一人で自転車で持ってきただけでも大変だっただろうからな。さすがに戸部が不憫に思えた。

「俺,荷物そんなに多くないから少し手伝おうか?」

「おっ,ヒキタニくんナイス! サンキュー!!」

「あ,せんぱいは中ですぐにしてもらいたい仕事があるので無理でーす。戸部先輩,一人で運んでください」

「え……」

 鬼畜はすの一言に流石の戸部も意気消沈である。そもそも姫菜からのチョコを期待してここに来たんだろうが,姫菜は陽乃さんのイベントの方にかかりきりでこちらには来ない。イベントが始まりそのことを知った戸部がさらに落ち込むのは火を見るよりも明らかなのだから,今くらいもう少し優しくしてもいいのではないだろうか?どうもこのいろはすはドライ炭酸のようだ。

「一回で運べないなら何回にも分けて運べばいいんですよー」

「なるほど! さっすが生徒会長いろはす! 冴えてるぅーっ‼︎」

 戸部ェ〜〜〜(涙)

 

 そんなやりとりがあった後,3階の料理実習室に自宅から持ってきた荷物を置き,一色のところへ顔を出す。

「で,俺にさせたい仕事って何? 今の間ならなんでもやるぞ?」

「おや? せんぱいがやる気なんて珍しいですね。今日はヤリでも降るんじゃないですかねー?」

 ヤリが降ってくれたらどれだけうれしかったことか……

「んー,せんぱいには何をやってもらいましょうか」

 おい! 俺に仕事を頼みたいから戸部にあの荷物一人で運ばせたんじゃないのかよ。

「それじゃ,これ,貼るの手伝ってください。入り口に貼るので一緒にお願いします」

 そう言って一色が取り出したのは,急造のB2サイズのポスターだ。まあ,ポスターといっても色とりどりの極太ペンでごりごり手書きされただけのものだ。

「このくらい,別に一人で貼るぞ」

「一人じゃポスターがまっすぐに貼られているか分からないじゃないですかー。やっぱりこういうのイベントの顔なんですから,ちゃんとしたいかなーって」

 まあ確かに,このくらい大きいポスターだと,貼った後で左右のどっちかが上がってたり下がってたりするんだよな。

 そして,セロハンテープとポスターを持って一色と二人で玄関前に移動する。

「戸部先輩,ガンバです!」

「おーう!」

 何往復めかわからないが,戸部が両手一杯の荷物を持って館内に入っていく。すまないな,俺,楽な仕事で。

「せんぱい,わたしポスター持ってますんで,後ろからまっすぐになってるか見てもらえますか?」

 一色がポスターの中ほど少し上の部分を持ち,大方のあたりをつけて入り口横のガラス部分に押し付けている。

「ところで,一色,ここにポスター貼って大丈夫なのか?」

「せんぱい,いまさら何を言ってるんですか。少しくらいなら大丈夫ですよ。それより腕が疲れるんで早く見てください」

「おお……」

 ちょっと怪しい感じもするが,仕方なく少し離れてポスターの位置を見る。

「んー」

「しぇんぱい……まだですかー」

「ちょっと右が下がり気味だな。きもち上げて……それだと上がりすぎだ,少し下げて……そうそう,そんな感じ」

 ちょうどいい位置になったところで一色のところへ近づいていく。

「しぇんぱい……すみませんが,上の角にテープを張ってください。わたし。このまま支えてますんで……」

 一色が立っている後ろから3センチほどにカットしたセロハンテープを右と左の角に貼っていく。

「せんぱい,貼れたら下の角は私が貼るので,そのまま,上のテープを貼ったところを両手の指で押さえておいてください」

「分かった」

 俺から渡されたテープで横と下の角の左右を留めていく一色。俺がそのまま貼ってもよかったんじゃね?とも思ったが,少し高い位置にポスターを掲げたため一色も手が疲れたんだろう。正直,一色の後ろから手を目いっぱい伸ばしてポスターを押さえているので,俺もちょっときつい感じだ。

「一色,どうだ? 貼れたか?」

 俺の問いに答える代わりに,一色は両手を伸ばして俺の手を掴み,

「せんぱい,これってあすなろ抱きってい……ひゃい!?」

 今,起こったことをそのまま話すと,一色が俺の伸ばした手を自分の前に持ってきたのだが,上から下へ持ってきたため,あすなろ抱きの体勢を通り越して俺の手が一色のつつましやかな胸の位置にある。つまりは,俺が後ろから一色のおっぱいを掴んでいるように見えるわけだ。しかし,実際に「見える」ではなくて掴んでするのだが。

「しぇ……しぇんぱい……」

 後ろからなのでその表情をうかがい知ることはできないが,一色は切なげな声で俺のことを呼んだ。

 すぐに手を離そうと思ったのに,一色が俺の手の上から自分の手を重ね,離れないようにしていた。

「お,おい,一色……」

 

「あ,あ,あなたたちは,い,い,いったい何をしているのかしら」

 あ,これはアレだ。いつものやつだ。だいたいこういう場面になると二人が現れて,罵声を浴びせられる展開だ。もうテンプレ過ぎて慣れっこになるまであるな。

「比企谷くん……」

「ヒッキー……」

 雪ノ下,由比ヶ浜,頼むからそんな悲しそうな顔しないで,いつものとおり通報ね,とかキモいとかって罵ってくれ! いや,罵られたいとかそういう性癖じゃないけれども。

「川崎さんに飽き足らず一色さんまで毒牙に……」

 それじゃまるで俺が連続暴行魔みたいじゃないか!

「せんぱい,わたしにこんなことしといて,川崎先輩を毒牙にってどういう意味ですか?」

「いや,これはお前が……」

「でも海老名さんに続いて一色さんの胸を揉んでいたということは,比企谷くんは大きいのがいいというわけではないのよね。それなら私の胸だって十分触ってもらえる可能性があるということね。そう考えると,これは必ずしも悪いことではないのかしら? 比企谷くんがこれ以上の犯罪を重ねないためにも,かねてからの予定通り部長権限で胸のマッサージを,そしてその後,私の部屋で……」

 雪ノ下が何やらブツブツ独り言を言い始めたぞ。おーい,帰ってこーい!

「ヒッキーはどうして姫菜やいろはちゃんのようなちっぱいばっかり……あっ,でも優美子のも触ってたしおっきいのが嫌いってわけじゃないよね? あたしだって,か,感度?だって負けないし触りごこちなら一番って自信もあるし,ヒッキーが望むなら,いつでもヒッキーだけのビッチになって,おっぱいだけじゃなくてもっと……」

 由比ヶ浜~~~,頼むからお前まで遠いところへ行かないでくれ~~~!!

「はぅ,せんぱい……わたし,もう……」

 んん!? 一色の様子が……って,しまった!!!! 俺,一色の胸,触ったまんまじゃん!!!!!

 俺の手の上に重ねられた一色の手を跳ねのけるように強引に手を離し,すぐさま土下座の体制に入ろうとするが,その前に振り向いた一色の腕が首に巻きつけられ,サボンの香りとともにふんわりと俺を包み込む。

 

「ここはたくさん人がいるからキスはお預けです。ごめんなさい」

などと,いつになくゆっくりと,ハッキリと聞こえるお断り芸を見せた後,

「でも,わたしをこんな気持ちにした責任……取ってくださいね……」

と,俺の耳元で柔らかくささやいた。

 いや,たくさん人がいるなら抱きつくのもだめじゃないでしょうかと思いながら,さっきまで俺がやっていたことを考えると何も返すこともできず,雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらず呪文のような何かをブツブツと唱え続けていた。

 

「せんぱい,お昼ごはんどうしますか? 今日は調理イベントなので,後で毒見役……味見役の戸部やせんぱいがお腹いっぱいになったら困るなーって思って,軽いものしか用意してないんですけど」

 俺と一色は,小分けにされた割れチョコミックスほかの材料を料理実習室の各テーブルに撒き,ちょうど終わったところで一色が俺に聞いた。ちなみに,戸部は手伝いの人全員分の飲み物を買いに行かされている。

 しかし君、しれっと言い直したけどハッキリ毒見役って言ってるからね? そして,サラッと戸部って呼び捨てにしてるよね? バカみたいにウェイウェイやってるけど一応君の先輩だからね? 一応。

「ちょっと用事があってな。始まる頃には戻ってくるから」

「そうですか……じゃ,じゃあ,サンドイッチ,作ってきたんで,持っていって食べてください」

 一色が小さな包みに入ったそれを,両手を前に出して俺に差し出す。

「えっ? いいの?」

「モチのロンです! 雪ノ下先輩のようにうまくできてるかどうか分かりませんけど……」

 俺はそれを右手でひょいとつまみ上げ,

「サンキューな。ちょうど忙しくてお昼を食べられるかどうか分からなかったから正直助かる」

「それはよかったです。わたしも朝早く起きて作った甲斐がありましたー」

 そうか,一色,今日のためにがんばってたんだな。

「でも,せんぱいがバイトを二つ掛け持ちしてその上奉仕部の活動までなんて,なんか以前のせんぱいからは考えられないですよねー」

 ふふっと笑いながら,一色がそんな感想を漏らした。

「それに加えて生徒会の手伝いも入ってるからね? まあ,働きたくないのは今でも変わらんが,最近はどれもそれなりに楽しんでるからなぁ」

「生徒会のお手伝いも楽しんでもらえてますか? 生徒会のお手伝いは奉仕部の活動の一環だと思ってましたけど,せんぱいの中では別ものと思ってもらってるって理解でいいですか? 仮にもし,奉仕部が無くなったとしても,本当に仮に,ですよ? それでも,生徒会を……わたしを,手伝ってくれますか?」

 上目使いにそう尋ねる一色。いつものあざといしぐさはなく,ただ不安な眼をして俺の答えを待っている。

「まあ……その,なんだ,生徒会長にしちまった責任とかも,あるからな……奉仕部じゃなくても,俺が最後まで面倒見てやる」

「せんぱい……言質……とりました……もう……ひっこめられませんよ……」

 彼女の目は潤み,少しずつ俺との間を詰めてくる。

「今なら……ふたりきりです……」

 一色は,まだ記憶に新しいサボンの香りがふわりと漂う距離まで身体を寄せ,そっと目を瞑り上を向いて……。

「いろはす~~~! 飲み物買ってきたべ。いろはすはグランティーレモンティーでいいよな? ヒキタニくんはさー,マックスなかったからクラウンコーヒーのカフェオレで。甘いのがいいっしょ? おいしさダントツキャラメル&ミルクも甘いけどどっちがいいー? 他にもミラクルボディVとかうれしいはちみつレモンとかあるから早い者勝ちだべ。あ,つぶつぶナタデココ入り白桃&黄桃は結衣が飲みそうだから取っといてー。あと,ジャングルマンは俺っち飲むからさー」

 おおい,戸部! マックスコーヒーが無いからってなんでほとんどサンガリアなんだよっ! そして最後だけチェリオなのも謎だよ!

「……」

 いっ,一色さんが超怖い顔で戸部を睨んでいる。そこはちゃんとあざとさ仕事しようよ。

「一色,じゃあまたあとでな。サンドイッチサンキュー!」

 俺は,戸部が作ってくれた好機に乗じ,カフェオレを掴むとすぐさまこの場から離脱することにした。

「あ,せんぱい……」

「ヒキタニくん,ちぃーす!」

「戸部先輩……」

「ん? いろはす,どうしたん? 怖い顔して」

「正座」

「ひっ」

 戸部,俺が戻るまで無事でいてくれよ……本当はどうでもいいけど。

 階段を使って1階まで下りて玄関まで出てみると,雪ノ下と由比ヶ浜の独り言がまだ続いていた……

 

 そこから自転車を飛ばし,一路,稲毛海浜公園を目指す。

 目的地の少し手前に自転車を止め,一色からもらったサンドイッチを食べた。これを持ったまま姫菜や陽乃さんの前にいくのがためらわれたからだ。

 サンドイッチはハムとたまご,ツナに野菜とオーソドックスなものだったが,とても美味しかった。そのままの感想を伝えた時の一色の笑顔を想像し,ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになった。

 

 目的地の野外音楽堂に着いてみると,辺りは異様な雰囲気に包まれていた。

「比企谷くん,おっそーい」

 良かった,いつもの陽乃さんだ……って,なんなんですかね,これ!?

「八幡くんやっと来たー。はい,これ」

 と,姫菜から渡されたのは,電柱組と書かれた白い工事用のヘルメット,いわゆるどかヘルに雪ノ下建設のタオル。

「これを被って,両耳のところから下がってるループにタオルを通して覆面にしてね♪」

 姫菜はすでにその格好で,いつもの赤ブチのメガネをしていなければ姫菜と分からなかったかもしれない。

 陽乃さんは,ヘルメットこそ被っているが覆面はせず,黒いサングラスで目を隠している。

 そのヘルメット,雪ノ下建設と安全第一って書いてあるけど大丈夫なの?

 そしてこの野外音楽堂を埋め尽くすほどの男どものほとんどがそのヘルメット姿にマスクやタオルの覆面姿でいるのだ。

「陽乃さん,これはいったい……」

「言ったでしょ? バレンタインデーを粉砕するって。バレンタインデーに怨嗟の感情を持つ男たちを集めた名付けて『バレンタインデー粉砕!全国統一行動千葉集会』だよ!」

 確かに野外音楽堂のステージにはそんな横断幕が掲げてあった。

「全国統一行動って,他でやってるところないですよね?」

「んー,渋谷でデモ行進やってるって聞いたけど?」

「それにしても,どうやってこれだけの人を集めたんですか」

 そう,それが疑問だ。この野外音楽堂のキャパは椅子席500,芝生席1000といったところだが,明らかにもっと多くの人間がひしめき合っていた。

「んー,実動員2000人くらい? 主催者発表でおよそ3000人ってことにする予定だけど。なんだっけ,下っぱ1013号?君がSNSとかいろんなことを駆使してこれだけ集めてくれたんだよねー。世の中にはこんなにモテない男の子がいるんだって感心するよ」

 材木座ーーーー! お前,何やってんだよ!!

「そう言えば原滝はどこに?」

「あそこ」

 陽乃さんが指さした先には,九州の時に見たレオタードにマント姿の原滝がヘルメット集団に囲まれて写真を撮られていた。

「バラダギちゃんには,一応,幹部の制服で来てもらったんだけど,可愛いし,非モテ男子に大人気みたいだねえ」

 原滝は,むさくるしい男どもの奏でる無限のシャッター音に戸惑いを隠せない様子だった。

「むほん。顔こっち向けてー,後ろ髪をちょっと持ち上げるしぐさで,男を誘うような表情で」

 材木座ーーーー! ほんっと,お前,何やってんだよ!!

「わたしは,ちょっとそういうの苦手だから,顔を隠させてもらってるんだ」

 姫菜は,原滝に対して申し訳なさそうにそういった。

「こんなに男の人が集まっていても,なんか捗らないよねー」

 やっぱりいつも通りの姫菜さんでした。

「ところで,八幡くん」

 ちょっとヘルメットの奥の目が鋭く光ったように見えたけど……

「一色さんの胸のさわり心地はどうだった?」

「ひっ! な,何のことでせう」

「サンドイッチ,美味しかったのかな?」

「いや,それは,その,なんのことだかさっぱり」

 胸の件は玄関先だったから誰かが見ていた可能性もあるが,俺がサンドイッチを貰ったことは戸部しか知らないはず。出てくるときにうっかり,サンドイッチサンキューなんて言っちゃったからな。しかし,姫菜が戸部と連絡を取っているとも思えないし,ブラフか? いやでも,「お弁当」ならまだしもサンドイッチと言い当てているところから見ると,当てずっぽうであるとも思えない。

「どうなの?」

「え,いや……美味しかったです……」

 それを聞いた姫菜の目が一瞬にして悲しげなものになる。

「そう……」

 その時,彼女が手に持っていたものを体の後ろに隠したのが見えた。

 チクショウ,彼女も俺のためにお弁当を作ってきてくれていたのか。しかも,こんなところで食べるのだとすれば,おそらくはおにぎりかサンドイッチ,彼女の表情を見れば,それはサンドイッチだったのだろう。このイベントの準備で朝から動いていたはずだから,一色以上に早起きをして作ってくれたに違いないのに。

 俺は,姫菜の正面からその後ろに隠した包みを両手で掴むようにして,

「すまなかった。でも,俺,これも欲しい」

「は,はちまんくん……」

 傍から見ると俺が姫菜を抱きしめるような形になっていて,

「周りの……目が……」

 このイベントの趣旨を考えれば,周り中非モテ男子で溢れているのだから,そんな中こんなことをすれば殺意に満ちた視線にさらされるのは自明のことであった。

「姫菜……すまん,俺の横っ面を本気で張ってくれ」

 俺は周りの喧騒に紛れて,こっそりと耳打ちをする。

「え!? でも……」

「頼む。このままじゃ,俺は生きてここを出られない……」

 少し考えていた姫菜だが,小さく「分かった」と言い,

「何すんの! この変態!!」

と思いっきり体重の乗ったビンタを俺の左頬にぶちかました。

 ひょっとして世界を狙えるんじゃね?というほどの想像を超える衝撃に,俺は右側に吹っ飛びバッタリと倒れ伏した。いや,マジで。

 それを見ていた周りからは,

「よくやった!」

「ナイス,チャレンジ!!」

「それでこそわが相棒!」

と,盛大な拍手とともに賞賛を浴びたのだった。

 しんけん痛い……たぶん半分くらいは本気が混ざってたな……。

「俺,ちょっと目立っちゃってここに居づらいですから,群衆に紛れてきますね」

「あっはっはっ! お腹抱えて笑っちゃったよ。ナイス茶番!!」

 茶番言うなよ,はるのん。

「あ,そうそう。比企谷くん,13時半開始で,フォークソングの歌唱と何人かにスピーチをしてもらって,そのあと稲毛海岸駅までデモ行進の予定なんだけど,スピーチのトリは比企谷くんにやってもらうから。本当はもっと前にやってもらおうかと思ってたけど,さっきの見て気が変ったわ。お願いね♡」

「あの……俺に拒否権は?」

「あると思う?」

 デスヨネー。

「出番になったらマイクで呼び出すから,それまで会場内にいてね」

「分かりました……」

 そして,そこから離れようとした瞬間,すれ違いざま,姫菜がさっきの包みを無言で差し出した。

 俺も周囲に知られぬよう何食わぬ顔でそれを受け取り,目だけで礼の気持ちを伝えた。

 陽乃さんに,これ食べてくるんで一瞬会場を離れますと告げ,いったん野外音楽堂を出る。

 こんなところで女の子の作ったサンドイッチなんかパクついていたら,怨嗟の視線で胃に穴が開いてしまいそうだからな。

 姫菜のサンドイッチは,サーモンにエビのタルタル,チーズとスクランブルドエッグなどが挟まったホットサンド。これならプレスされている分,崩れにくくて立ったままでも食べやすく,この時のために考えてくれてたんだなあと感心した。味は文句なしに美味しかった。一色のとどっちが美味しかったかだって? そんなもの比較できるわけないだろう?

 サンドイッチ2人前を平らげた俺は,重たいお腹を抱えてつつ,再びコミュニティセンターに向かってわがデュラハン号を全力で漕ぎ続けた。いくら軽めのサンドイッチとはいえ2人前も食った後の全力疾走はちょっと吐きそう。

 

「あー,はーちゃんだー」

 俺が料理実習室に入っていったら,すぐにけーちゃんに見つかってしまった。

「はーちゃん,おそーい」

 恐らくは,川崎の手作りであろうエプロンをつけ,川崎と同じ青っぽい髪を三角巾で隠したけーちゃんは,少しお怒りじゃった。

「ごめんごめん。けーちゃんはもう作り始めてるの?」

「うん! けーか,今,さーちゃんとチョコレートをとかしてるとこ」

 川崎が湯せんのボールを支え,けーちゃんがシリコンのヘラでゆっくりとかき混ぜているところのようだ。

「雪ノ下にさっき作り方を教わってね。今,二人でやってるところなんだ」

「そうか,けーちゃんえらいな」

「はーちゃんも手伝って」

「なにをすればいいのかな?」

「えっとねー,けーかといっしょにぐるぐるするの」

「悪いね。本当は忙しかったんだろう?」

「なあに,けーちゃんと一緒にチョコ作りができるんだからな。何をおいてでも時間は作るさ」

「はーちゃん,おててが止まってる」

「ああ,ごめんごめん」

「はーちゃん,ごめんごめんばっかり」

「ごめんごめ……アレッ!?」

 声をあげて笑うけーちゃん。おててが止まってるよ。

「比企谷くーん,おひさしぶりー」

「あ,先輩,お久しぶりです」

「聞いたよー,玄関前での一色さんとのこと。やっぱり君は最低で不真面目だね♪」

 笑いながらそう言っためぐり先輩の言葉は,俺を非難しているようには聞こえなかった。

「あーあー,私がもっとこの学校にいられたら,比企谷勢力の一員になれたのかなー」

「何ですか,それ。初耳なんですけど」

「んー,一部で噂されてるよー。いつの間にか比企谷くんを中心に美少女の集団ができていて,しかも勢力拡大中だってね」

「いやー,別に俺が中心とかじゃなくて,便利に使われているだけですよ。特に一色とか陽乃さんとか」

「そうかなー,そう言えば,はるさんのこと名前で呼んでるんだね」

「まあ,なりゆきで……」

「じゃあ,私のことも名前で呼んでくれる?」

 めぐり先輩が何を言ってるのか分かりません。モノローグではめぐり先輩ってずっと言ってるけど,素でそんなこと言えるはずがないじゃない?

「あー,はーちゃんうわきー,はーちゃんにはさーちゃんがいるからだめなんだよ」

「あわわ,けーちゃん,なんてこと言うの!」

 川崎がかなり慌ててけーちゃんを止めようとしている。

「へ? えーと,川崎さん,だよね? 体育祭の衣装を作ってくれた。川崎さんと比企谷くんはお付き合いしてるの?」

「さーちゃんとはーちゃんはけっこんするんだよ。いつもさーちゃんが言ってるもん」

「けけけ,けーちゃん!?」

 突如降ってわいたような身内からの暴露に川崎は茹で上がったタコのような真っ赤な顔で慌てていた。 

「あの,あの,比企谷! けーちゃんの言ってることはただの冗談だから,そう,冗談」

「むー。けーか,嘘言ってないもん!」

「いや,けーちゃん,それは違うくて……」

 本来なら,いつもクールな川崎があたふたしているさまを笑ってやりたいのだが,一方の当事者が俺であるだけに笑うどころか顔が火照って熱いまである。この部屋,暖房が効きすぎてるんじゃないかなあ?

 めぐり先輩は,ふうんといった体で川崎の顔を覗き込み,

「川崎さんも比企谷勢力なのかあ……今度,はるさんにお願いして私も入れてもらおうかなあ?」

 比企谷勢力に入るのって陽乃さんの許可がいるの? もうそれ,陽乃勢力じゃない?

「まあ,冗談はこのくらいにしておくけど……」

 そう言うと,めぐり先輩は俺の耳元で囁くような小声で言った。

「一部の暗部組織が比企谷勢力を危険視してるみたいだから,気をつけてね」

 あの……こっちの方が冗談ですよね? なんか変な争い事に巻き込まれたりしないですよね?俺の右手にできることなんて,せいぜい女の子の胸を揉むくらいのことなんですが……

「それと……」

 再び俺の正面に向き直り,少しだけ真顔になり,

「はるさんを……はるさんを支えてあげて。あの人は,なんでもできるすごい人。私が尊敬する先輩。だけど,とっても寂しがり屋でとっても弱い人だから……」

と言った。

 以前の俺なら,陽乃さんが弱い? いったい何を言ってるんですか? と聞き返したところだろう。でも,俺は知ってしまった,あの人の弱さを。見てしまった,あの人の涙を。聞いてしまった,あの人の泣く声を。扉越しに聞こえてきた嗚咽が未だに耳から離れない。だから……

「分かりました,約束します。俺があの人を支えます」

 そう言うと,めぐり先輩は,はじめこそ少し驚いたような表情を見せたが,すぐにこぼれんばかりの笑顔になり,

「うん! ありがとう,よろしくね。あーあ,やっぱり私,もう少しこの学校にいたかったなあ……あ,そうだ! 来年,比企谷くんが私と同じ大学に来たらいいんだよ♪」

「いやでも,先輩どこの大学でしたっけ?」

「私は指定校推薦で青山学院大だよ。比企谷くん,私立文系って言ってたよね? 頑張れば私と同じ指定校推薦もらえるかもよ?」

「はあ,善処します……」

「よっし,青山目指してガンバロー,おー!」

「お,おぉ……」

 元気よく右手を突き上げるめぐり先輩に気おされて,恐る恐る右手を上げる俺。いや,青山行くなんて全然決めてないけど。それに内申最悪だろうから,指定校推薦なんて絶対もらえないけど。

「あ,そうだ♪ 私が作ったチョコレート,味見してもらえるかな?」

「もちろ……んぐっ」

 俺が返事をしようとめぐり先輩の方を見た瞬間,少しほろ苦くて甘いものを口の中に押し込まれた。まあ,ご想像の通りチョコなのだが,問題は全く想定外の出来事だったため,めぐり先輩の指ごと口に含んでしまったことだった。

「んっ……」

 俺の口に指が触れたのがよほど不快だったのかめぐり先輩は小さな声を漏らす。

「めぐり先輩!すっ,すみません‼︎」

「うふふ,どう? 美味しかった?」

「えっ、あっ,はい……」

 正直ドキドキしすぎてチョコの味がよく分からんのですが……

「それよりも,今,名前で呼んでくれたねっ」

「それは……その……」

 ドギマギする俺をよそに,めぐり先輩はココアパウダーのついた自分の指をじっと眺め,そしてその桜色の唇でそれを包んだ。

「!」

「じゃ,じゃあね。本番はもっと美味しいの作るから」

 少し頬を染めた先輩は,手をフリフリしながら立ち去っていく。

 残された俺と川崎は,椅子に座ったまま呆然とめぐり先輩を見送った。

「さーちゃんもはーちゃんもおててが止まってる!」

「あ,ああ……」

 けーちゃんの声にようやく再起動を果たす俺たち。

「川崎,鍋,鍋!」

 川崎が温めていた生クリームが沸騰し,小さなミルクパンから吹きこぼれそうになっていた。

「ああっ!」

 慌てて火を消す川崎。

「火傷とかしてないか?」

「うん……ごめん……」

「いや,こっちこそすまん……」

 下を向いて黙り込む二人に再びけーちゃんから声がかかる。

「もう!,さーちゃん!これ,入れるんでしょ!」

 けーちゃんが小さな両の手でさーちゃん……川崎に差し出したのは,黄色地にギザギザ模様のスチール缶,こっ,これは……マックスコーヒー缶,いわゆるマッカン‼︎

「あ,ああ,そうだったね。けーちゃん,ありがと」

「川崎……これは……」

「アンタがこれが好きだって話をしたら,けーちゃんがこれを入れるって」

「でも,いくら甘くてもコーヒーだしカフェイン入ってるから,けーちゃんが食べられなくなるんじゃないか?」

「いいの。これははーちゃんにあげるんだからはーちゃんの好きなものを入れるの」

「け,けーちゃん……」

 けーちゃんの優しさに思わず涙が溢れそうになる。もうけーちゃんみたいな妹が欲しかった……いやいや,世界一の妹は小町だけれど,だとしたら……

「けーちゃんは世界一の嫁,かな?」

「な,な,な,ア,アンタ……」

 なんかワナワナ肩を震わせているのだが? なんで?

「しょうがないなー,さーちゃんの代わりにけーかがはーちゃんとけっこんしてあげる」

 言うが早いか俺の右頬に軽く唇を触れるけーちゃん。

 えへへ,と可愛くはにかむけーちゃんの横には,鬼神と化した川崎沙希。

「アンタ……いろんな女に手を出してると思ったら,とうとう京華まで……」

「お,落ち着け! 俺は別に何も……」

「何をしらばっくれてるんだい! さっきけーちゃんは世界一の嫁だって言ってただろう?」

「え? 口に出てた?」

 コクンとうなづく川崎。

「さすがに京華を毒牙にかけるような真似は見過ごせないね……」

 川崎の右手には,いつのまにか洋包丁が握られている。

 おいおい,チョコ作りに包丁の出番なんてなかったよね!?

「待て待て! けーちゃんが世界一の嫁と言ったのは,けーちゃんの優しさにほだされたからだ。俺の嫁にしたいってわけじゃないからな‼︎」

 何とか言い逃れようとした俺だが,危機は別のところからやってきた。

「はーちゃんはけーかのこときらいなの?」

 目に涙を溜めて訴えるけーちゃん。誰だよ!いたいけな子にこんな顔させたやつ‼︎

 ……俺だよね。

「そんなことない! はーちゃんはけーちゃんのこと大好きだぞ」

「じゃあ,けーかをおよめさんにしてくれる?」

 ウッと言葉に詰まる俺。横を見ると川崎がすごい顔して睨んでるし。

「けーちゃん,はーちゃんはさーちゃんも好きだから今すぐ選べないな。けーちゃんが大人になったらもう一度言ってくれる?」

「なっ!」

「わかった! けーか,大人になったらもう一度はーちゃんにおよめさんにしてって言う」

「ありがとね。けーちゃん」

 恐る恐る横を見ると,川崎が赤い顔しながら口をパクパクさせていた。

「さーちゃん,おい,さーちゃん」

「ひひひ,比企谷,さーちゃん言うな!」

「その生クリーム入れるんだろ? チョコ混ぜてるから早くしよう」

「あ,ああ……」

「はーちゃんとさーちゃんのはじめてのきょうどうさぎょう?だね」

「けけけ,けーちゃん!?」

 小さい子ってこういうの,どこで覚えてくるんだろうか。

「さーちゃん,落ち着いて。こぼれるから。生クリームがこぼれるから」

「だから,さーちゃん言うな!」

 

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