上中下の下です。
これで完結……するはずだったのになあ……
駄作者がほんっとすみません(ドゲザ
大騒ぎしながらとりあえずトリュフチョコの生地を作り終えたけーちゃんとさー……川崎は,冷蔵庫で生地を冷ましている間,1階の幼児室に遊びにいっている。
ふぅー。
カシュっと音を立ててマッカンのプルトップを開け一息をつく。
「ねぇ」
ん? ねぇさん事件です,じゃなかったお呼びですよー。
「ちょっとあんた,何無視してるの?」
あんたさんも呼ばれてますよー。
「いいかげんにしてくんない?」
「何の用だよ,相模」
せっかくのブレイクタイムなのであまり振り向きたくはなかったのだが,仕方なく相模の呼びかけに応えた。
「分かってんじゃん」
「お前の声も顔も忘れることなんてできねえよ」
「なっ! あんた何言ってんの? ちょっとキモいんだけど」
顔を赤くして怒る相模。そんなにキモいキモいって言うんなら話しかけなければいいと思います。
「今度さ,うち,雪ノ下さんの地球防衛軍に入ることになったから。これからあんたとは敵同士ってことだから」
陽乃さんから地球防衛軍結成の話は聞いていたのだが,相模の参加は正直言って意外だった。俺を憎んでいるからという動機には別に驚きはないが,あれだけミーハーで見栄っ張りなヤツが雪ノ下の下に付くということを自ら選んだことが信じられなかった。
「わざわざそれを言いにきたのか?」
すると相模は後ろ手に持った小さな包みを俺の前に差し出し,
「これ,うちからの宣戦布告のチョコ。心配しなくても変なものとか入れてないから。そこまで小さい人間じゃ無いから」
いや,十分小さい人間だと思います。そもそも宣戦布告のチョコって何だよ!
「ねぇ,なんか言うことないの?」
「んー,受けて立つ?」
「ちょっと! 女の子から手作りチョコ貰ったんだから他になんか言うことあるでしょ‼︎」
おおい! お前が宣戦布告って言ったから受けて立つって言ったんじゃん‼︎
「あ,ありがとう?」
「なんでさっきから疑問形なのよ……とにかく昨日うちが頑張って作ったんだから心して味わいなさいよ!」
捨てゼリフを残して立ち去る相模。一体なんだったんだろう?
アイツに一番ピッタリのセリフは「チクショー! 覚えてやがれっ‼︎」だよな?
そこへスマホに連絡が入った。
「はちえもーん! もうすぐ我の順番でその次がお主の番なんだけど……」
「おい,材木座! 俺のスピーチが始まる二人くらい前までには連絡くれって言ったよな?」
「それが,我も登壇することになって,スピーチの内容を考えておったら,知らぬ間にタイムリープして我の順番になっておったのだ……」
「おい,お前,一人で10分くらい時間を稼げ。分かったな?」
「そんなご無体な……」
「できなかったらもう二度とお前のラノベ読んでやらないからな」
「オニー!悪魔!八幡!」
「八幡は悪口じゃないだろうが! じゃあ切るぞ」
「あ,はち……」ブツッ,ツー,ツー
「ヒッキー! 冷蔵庫で冷やす前に味見してくれる?」
「由比ヶ浜,すまん! 少し用事ができてな。お前のチョコは後で完成品を食べたいから,ちょっと待っててくれ」
「ほんと? じゃあ,約束だよ?」
「ああ……」
俺は死の瞬間を少し先延ばしにしながら,再び自転車を置いている場所へと急いだ。
ここで行かなければ,仮に由比ヶ浜のチョコを生き残れたとしても,やはり陽乃さんから死の宣告を受けるは必定。
死の瞬間を1分1秒でも伸ばすには,とにかく稲毛海浜公園野外音楽堂へ向かうしかないのだ。
我が愛車,デュラハン号を足も千切れんばかりのスピードで漕ぎ続け,息せき切らせて野外音楽堂近くまでやってきた。
途中,白バイが追っかけてきていたのを全速力で振り切ったのだが,ヘルメットにタオル姿で顔も分からないから多分大丈夫だろう。いや,そもそも追っかけられる原因がこの姿だな……。
自転車を置き,歩いて野外音楽堂へ入っていくと,舞台の上では材木座が熱の入った演説を繰り広げていた。
「この悲しみも怒りも忘れてはならない! 我々は今,この怒りを結集し,リア充どもに叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。 この勝利こそ,非モテ民全てへの最大の慰めとなる。県民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!県民よ! 我らボッチ民こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。 優良種である我らこそ人類を救い得るのである。ジーク・ボッチ!」
ワアアアァ!と,満場の喝采が材木座に贈られる。
満足げにステージから下りてくる材木座。
あっ,けつまずいて顔から地面に突っ込んだ。
「それでは,最後の登壇者〜!」
レオタード姿でステージの上に登場した原滝に,会場のヘルメット男たちのボルテージも最高潮!
……って,バレンタインイベントとここへくることだけ考えていて,スピーチの内容を何も考えてないんだけど!?
ひょっとして,俺,ピンチじゃね?
「ザ・キング・オブ・ボッチ! 電柱組所属,132パウンド〜,はっちま〜〜〜ん‼︎」
キング・オブ・ボッチって何!? ボクシングのコールかよ! それに俺のウエイト適当だろ‼︎
……って,一人でツッコんでみたところで状況は変わらず,音楽堂全員の大きな拍手で登壇を促された。
ステージの脇に立っているハルノ魔導王もワクワクした目で俺の登場を待っている。
ええい,ままよ!
意を決してマイクの前に立ち,すぅーっと大きく深呼吸をする。
「せ……」
喋り出そうとしたところで,キーンとスピーカーから大きなハウリング音が鳴る。
場内にどよめきと笑いが起こる。
少し心が折れそうだ。
相模のやつ,こんな思いをしてたのか。
だが,ここで焦ったら相模の二の舞だ。俺はあの時のあいつの顔を思い浮かべながら,さっきよりも大きな深呼吸をし,ゆっくりと話し始めた。
「青春は嘘であり,悪である……」
「あはははは! やっぱり比企谷くんサイコーだね!! 特に最後のリア充爆発しろ! のくだりで会場に集まった男子が一丸となって大盛り上がりだったもんね!!
「はあ,大元帥に気に入ってもらえて何よりです」
ぶっちゃけ,平塚先生に出した作文,そのままなんだけどな。これが大うけするとは,いよいよ時代のほうが俺に追い付いてきたってとこかな?フヒッ。
「八幡,大丈夫か? なんか,顔がすごく気持ち悪いことになってるぞ」
「原滝,ヘルメットとタオルで隠してるから俺の顔,ほぼ見えてないだろうが」
「何を言ってるんだ。眼を見ればお前のことなんかすべてお見通しだ」
ちょっといい感じに言ってるけど,気持ち悪い顔って言ったんだからね? いくら俺でも,気になる女の子にそんなこと言われると地味に傷つくんだぞ。
「そんな,気になる女の子だなんて……」
「おい,顔を赤らめるな。そして,なんで俺の考えてることが分かるんだよ!」
「だって,一行前に書いてあった」
「だから,モノローグを読むなっての!」
「はっちまんくーん! さっきの演説よかったよー!満場の男子が身も心もひとつに……愚腐腐腐」
君はほんと,マンチェスター・シティのデ・ブライネのようにどの角度からでもゴールを狙ってくるね。てか,心はまだしも身は一つになってないからね!?
「それで,デモ行進なんだけど,公園内を進んで駐車場の手前から海浜公園通りから総武高校を過ぎて角を左折,海浜松風通りを右折して直進,京葉線の駅の南口で解散だから」
姫菜が一歩近づいて,俺にだけ聞こえる声で言った。
「こっちは,私とザザくんでごまかしておくから,早くコミュニティセンターへ行ってあげて」
「ひっ,姫菜……」
「待ってる人がいるんでしょ? ほら,早く」
「いいのか?」
「その代り,ちゃんと駅に来て。最後はわたしのところに戻って来て」
少し不安げでそして真剣ななまなざしに,いつものように軽口で返すこともままならず,俺にできることは正面から向き合うことだけだった。
「分かった,約束する。必ず駅に向かうから」
俺は顔のタオルを下にずらし姫菜の両肩に手を置いた。姫菜も黙って目を瞑った。そして二人の距離が縮まり……
コツン。
ヘルメットとヘルメットがぶつかった。
姫菜と俺はお互いㇷ゚ッと噴き出した。
ゴン!
「あいっつー!」
頭にすさまじい衝撃を受けて俺はその場にしゃがみ込む。
何が起こったのか分からないまま上を向くと,手に角材,いわゆるゲバ棒を持った原滝が俺を睨むように見下ろしていた。
「おい! お前,何を……」
「お前な,さっき人のことを気になるとか言っといて,その女の前で他の女とキスしようとかどんだけクズなんだよ!」
~~~~~何も言い返せねえ。
だが,原滝は頭を押さえてうずくまる俺に手を差し伸べ,
「何やってんだよ。時間がないんだろ? 早く行け!」
「……悪いな」
俺は原滝の手を取って立ち上がり,姫菜と原滝の肩をポンと叩いてその場から走り去った。
愛車・デュラハン号を駆って再び海浜松風通りをコミュニティセンター目がけて疾走する。
息も絶え絶えに3階の調理実習室まで階段を駆け上がると,川崎が幼児室からけーちゃんとともに戻ってきていた。
「比企谷,いったいどこへ……って,あんたどうしたんだい!?」
膝に手をついて肩で息をする俺を,優しい川崎も心配してくれているらしい。
「なんでヘルメット?」
違ったー! そういえばヘルメット被ったまんま来ちゃってた。心配してくれてるとか勘違いを……うわ……恥ずかしい……バカじゃない!?俺……。
「それにそんなに辛そうに……とりあえず水飲みな」
やっぱり心配してくれてました。「ほんと,川崎はいい女だな」
ガシャーン!
川崎の手からグラスが滑り落ち,床に水と破片が散らばった。本人は信じられないものをみたりきいたりしたというように目を大きく見開いたまま固まっている。
「お,おい,大丈夫か?」
「ひゃい!」
俺が手を差し伸べた瞬間,素っ頓狂な声を上げて飛びのこうとした川崎だったが,濡れた床に足を滑らせてしまい,ガラスの欠片が散らばる床へ倒れそうになった。
「川崎っ!」
俺は叫ぶが早いか川崎の手を引き,もう一方の手を背中に回して身体を支え,辛うじてこいつが倒れこむのを回避することができた。
「い,い,い,い……」
「よかった……お前が無事で……」
「ひ,ひ,ひ,ひ……あ,あぅ…………」
耳元で俺が安堵の声をささやいた途端,突如川崎が気を失い,その身体が崩れ落ちそうになる。
「おい,川崎!」
いくら女子とはいえ,ぐったりと力の抜けた相手を腕の力だけで支えるのには無理があるため,さらに川崎の体を引き寄せ,ぴったりと身体を合わせ俺にもたれかからせることで辛うじて床に倒れるのを防いだ。
「さーちゃんどうしたの?」
けーちゃんが心配そうに俺たちを見つめている。ここで俺が慌ててしまえばけーちゃんをさらに不安にさせてしまう。それは何としてでも避けねばならない。
「うーんとね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブだからぴったりくっついてるんだよー」
「えー,さーちゃんだけラブラブずるい!」
「あとでけーちゃんもラブラブしてあげるからね」
「ほんと?」
「ほんと」
「やくそくする?」
「ああ,約束する」
「わーい! はーちゃんとラブラブだー♪」
何か致命的な間違いを犯してしまったような気がするのだが,とりあえずけーちゃんが喜んでくれたようでよかった。
「あ,あ,あなたは,い,い,いったい何をしているのかしら」
うん,大体分かってたよ。もうテンプレートだよ。
「あのね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブしてるんだよ。あとでけーかもラブラブしてもらうの」
「こ,こんな小さい子まで毒牙に……」
ちょっと待て! さすがにそれは人聞きが悪すぎるだろ!!
「誤解だ,誤解。まずは俺の話を聞いてくれ」
「問答無用よ。その悪の組織のヘルメットが何よりの証拠。大方,川崎さんを人質にとって,何かを要求するのね,極左暴力主義谷くん」
「いくらなんでも語呂悪すぎ! 何だよ,極左暴力主義谷くんって。それに暴力行為はしてないからね?」
「じゃあ,極左冒険主義谷くんね」
「いやいや,語呂の悪さ変わってないから! だいたいよくそんな言葉知ってたな。さすがはユキペディアさん」
「その胡乱な通り名はやめてもらえるかしら。酷く不愉快だわ」
「お前は,面々の蜂を払うということわざを知らんのか!」
「とにかく,川崎さんを失神させて幼女を手なずけ,ここに立てこもって法外な要求をいるつもりね。いったい何を要求しようというの? まさかこの私の……川崎さんと京華さんとの人質交換で私を手に入れて,そのまま衆人環視の前で私に辱めを与えようと言うのね。でも,この私の体は好きにできても、心まで自由にできるとは思わないことね。凌辱谷くん!」
お前はいったいどこのパーティーのくっころせいだーだよ! それにしてもどんだけ罵倒してもちゃんと『くん』だけはちゃんと付けてくれるのな。変に律儀な奴だな。
「違うんだ。そこは山より青く、海よりも高々とした理由があんだよ、ゆきのたん」
「ゆ,ゆきのたん///」
雪ノ下が頬に手をあてて恥らっている。ここはチャンス……。
「騙されちゃだめだ! 雪乃ちゃん」
「あなたは……」
「お前は……」
「葉山く……さん!」
「それ,まだ続くのか……とにかくこれは罠だ! 相手は悪の組織の幹部なんだ。川崎さんが解放されないまま君まで籠絡されてしまったら,千葉県立地球防衛軍はどうなるんだ!」
「そ,そうよね。危うく悪の口車に引っかかるところだったわ。ありがとう,葉山く……さん」
「そろそろ,それやめにしてもらえないかな……」
「葉山! お前はどういうつもりか分からないが,いくら姿が美少女でも口調が男のままだから,『く……さん』って言われるんじゃないのか?」
「ガーン!」
いや,口で言うな,ガーンって。
「なるほど……それは一理あるな……でも今まで17年間ずっと男として生きてきたんだ。急に体が女の子になったからって,心まで女になれるわけじゃない」
「いや,お前,セカンドシーズンで俺に恋してるとか言ってたよね? 心が男のままなら,リアルはやはちなわけ?」
「うっ,そっ,それは……」
「お前,俺にキスしたけど,男同士のつもりでキスしたわけ?」
「いや,俺はそういうつもりでは……」
「そんでもって,男の心のまま女の身体になったとしたら,最初はやっぱ,風呂上りに自分の身体を姿見に映して,おっぱいとか触ったりしちゃったわけ?」
「ううう……」
やったな,こいつ……。
「比企谷がどかヘルで美人を失神させた上に人質とって幼女たぶらかして美少女に凌辱を要求してさらに別の美少女にはドSかますとか超ウケる」
「ウケねーよ! お前の中で俺はどんだけ鬼畜設定なんだよ!」
「衆目の中,美少女生徒会長の胸を触ったり」
「ごめんなさい,俺です。鬼畜谷です。すみません」
「比企谷,ちょっと変わったよね。昔とか超つまんないとか思ってたもん」
いやこの状況でそれ言われても……。
「けど,人がつまんないのって,結構見る側が悪いのかもね」
ということは,今,俺が鬼畜に見えるのも見る側が悪いってことですね。
「……でさ,今の比企谷なら付き合ってもいいかな? なんて思うんだよね///」
は? 何言ってんのこの子。
「人が見ている玄関前で,いきなりおっぱいとか揉まれたらさあ,彼氏があんなんだったら耐えられないでしょー。普通に興奮とかしちゃうし」
ここにも変態いました~~~~!
「で,比企谷はあたしにはどういうことしてくれんの?」
「だから何もしねえっての」
「くうぅぅ~。放置プレイとか,ウケるぅ~」
ダメだこいつは。早く何とかしないと……。
「で,せんぱいは何を要求するんですか? ま,まさか,胸だけじゃ飽き足らず,わたしの……」
だー!こいつもダメだー!!
いつの間にか,雪ノ下,折本,一色に囲まれている。由比ヶ浜と三浦はどうしただろうと見回すと,由比ヶ浜がチョコ作りに悪戦苦闘し,なぜか三浦があれやこれやと世話を焼いているらしい。とうとう雪ノ下もさじを投げ,オカン体質の三浦だけがほっとけなくて面倒みているのか……。
遠目で見ても三浦の疲れっぷりがよく分かる。疲れが癒えるよう後で美味しいチョコでも買ってあげよう。当面チョコなんか見たくないという可能性もあるがな。
「よし,お前らがそこまで言うなら今から要求をする! いいな?」
三人がゴクリと息を呑む。
「まずは散らばったガラスの除去,そして濡れた床を拭け!!」
「こっ,これはまずは床をきれいにして,寝転がれるようにしてから床の上で私たちを凌辱しようというのね。さすが鬼畜凌辱谷くんだわ」
やめろ,名前がますます酷くなってんじゃねえか!
「ガラスの上のプレイも捨てがたいものがあると思うんだけどなー,ウケるし」
まったくウケねーわ!!
「分かりました。戸部先輩,あっちから箒とちり取りとモップ持ってきてチャッチャと片付けてくさいー」
「えー,いろはす,なんで俺っち?」
「戸部先輩,いや,戸部。あのガラスの上で正座したいですか?」
「いろはすさん,こええーっての。やる, やるから正座は勘弁してほしいっしょ……」
戸部ェ~~~~(涙)
戸部の孤軍奮闘により,すぐに床はキレイになった。サンキュな,戸部!
ようやく静かに川崎を床に寝かせることができる。
「ま,まずは川崎さんからなのね。意識のない川崎さんを妹が見ている前で凌辱とか,鬼畜を通り過ぎて悪魔の所業ね,鬼畜凌辱悪魔谷くん」
また長くなったよ! どんだけ進化するんだよ,俺の名前。
「そんなことするわけねーだろ。人質は解放だ。俺は投降する。誰か川崎の面倒を見てやってくれ」
両手を上げて無抵抗の意を示す。
「比企谷~,ほんとに何もしないの?」
「こんな人前でそんなことするか! 俺はいたってノーマルなんだよ」
「ふうん,人前じゃなくて,ノーマルならいいんだ」
「いや,それは……」
「じゃあ今度よろしくね~。ウケるし」
「だからウケねえっての」
「あ,そうそう,チョコ,比企谷の分も作ってあるからさ。後で食べに来てね~」
折本はそんなセリフを残し,手をフリフリしながら海浜勢が陣取る調理台の方へ戻っていった。
「雪ノ下さん,こんなとこにいた。あーし一人じゃ結衣の面倒見きれないし,あーしのチョコが作れないからちょっと来て」
「み,三浦さん!? 私はこの鬼畜凌辱悪魔ひとでなし谷君に用事が……」
そんな長ったらしい名前を残しながら,雪ノ下も三浦に連れられて退場する。
「せんぱい,やっぱり最後にせんぱいのそばにいるのはいろはちゃんだけですよ」
「あざとい,やり直し」
「もう,あざとくないですぅ~」
いや,もうその言い方がもうあざといだろ! まあ,昼間のように真剣に迫られても困るんだが……。
「う,うーん……」
その時,川崎がようやく目を覚ましたようだ。
「あたし……床に……?なんで?」
「さーちゃんはね,さっきまではーちゃんとラブラブしてたんだよ」
「え? あたしと比企谷が床でラブラブ……?」
おーい,けーちゃん! たしかにラブラブは俺がごまかすために言った言葉だけど,今ここでそれを言ったら決定的に勘違いされるだろー!!
「あたし……こんなところで,比企谷にはじめてを?」
川崎! そのくだりセカンドシーズンで原滝がやってるからな? 二番煎じはウケないぞ。
「で,次はけーかがはーちゃんにラブラブしてもらうの♪」
「けーちゃんがラブラブ……?」
やあ,これは新鮮な展開……じゃなくて,やめてー! 俺が社会的に死ぬ! その前に川崎の手で本当に死ぬ!!
「ひーきーがーやーーー!!!」
川崎が鬼神モードで再起動する。
「まて,誤解だ,川崎,いったん落着け」
「あたしのカラダだけじゃ飽き足らずけーちゃんにまで手をだそうなんて!」
「違う! 俺は,けーちゃんに何もしようとはしていない!!」
「はーちゃん……あとでけーかとラブラブするって,うそだったの……」
「け,けーちゃん……嘘じゃない,嘘じゃないけど……」
「やっぱりアンタ……」
うわー! なにこの姉妹による修羅場!! 俺が生き残る道がどこにも見えねえ……。
「あ,あの……」
絶体絶命のピンチに救いの手を差し伸べてくれたのは,生徒会書記の藤沢だった。
「比企谷先輩は,その……気を失った川崎先輩が倒れないようにずっと支えてて,それで,妹さんが不安にならないようにラブラブしてるって言って,その後,ガラスとか水が散らばった床を片付けさせて,優しく床に寝かせただけです。その他のことは一切していません」
「比企谷,本当?」
「だから,最初から誤解だって言ってるだろ。藤沢のいうとおりだ」
「そうか……それは迷惑かけちまったね,すまない。アンタ,藤沢さんだっけ? ありがとね。アンタが言ってくれなかったら,比企谷を殺してアタシも死ぬとこだったよ」
川崎,怖えよ!
「藤沢,ほんと助かったわ。ありがとうな」
「いえ,比企谷先輩にはクリスマスイベントの時に助けてもらいましたから……少しでも恩を返せてよかったです」
「むー,わたしが最後,華麗にせんぱいを助けようと思ってたのに~」
あざとい計算が裏目に出たな,一色。
「それに書記ちゃんにまでフラグを立てるとか……書記ちゃんには副会長がいたんじゃないんですか?」
「それが,本牧先輩はあのクリスマスイベント以来,私と目を合わせてくれなくなって……それに別にお付き合いしているとかいうわけでもありませんし……」
まあ,自分がかっぽれやら金毘羅船船を踊り狂っているところを女子に見られたんじゃ目も合わせたくないわなあ……本牧……強く生きろ。
「むきー! すべてあの正月野郎のせいですね! でもわたしはせんぱいにおっぱいをモミモミされたんですからね。書記ちゃんには負けません!」
せんぱいにおっぱいってちょっとおもしろいよね? おもしろくないか……。
「わ,私だって,比企谷先輩が望むならおっぱいモミモミくらい……」
「あの……ここ,小さい子もいるから,おっぱいモミモミとかやめてくんない?」
「ひっ!? すっ,すみません。比企谷先輩///」
「さーちゃんもおっぱいモミモミされたいの?」
「け,けーちゃん!?」
「けーちゃん,さーちゃんはね,ラブラブの方が好きなんだよ。けーちゃんもラブラブするんだったね。ほうら」
少ししゃがんでけーちゃんと胸を合わせ,グッとその小さな身体ごと持ち上げる。
ついでにそのまま自分体ごとクルクルっと回転させると,キャッキャっと声を上げて喜んでくれたようだ。
「はーちゃん,ラブラブ楽しい〜♪」
いつもより余計に回してるからな。玉縄,羨ましそうにこっち見んな!
ちょっと目が回りそうになったところで回転を止め,ゆっくりとけーちゃんを下におろす。
屈んでけーちゃんの足を床に着けたところでけーちゃんが俺の頬に両手を当てて,その可愛い唇を俺の唇に……。
チュッ。
「!?」
えへへっとはにかむけーちゃん,混乱する俺。
状況を整理してみると,まったく幼女は最高だぜ!,このままけーちゃんルート開放か? と思う以前に俺の生命が閉ざされようとしているようだ。
「アンタ……けーちゃんに何てことを……あたしはアンタに何をされようと構わないけど,けーちゃんに手を出すなら死んでもらうしかないね。ゴメンね,こんな終わり方で」
菩薩のように優しい顔をした川崎。しかし,同じ包丁を握る姿も,鬼神モードの時より心の底から恐怖を覚えた。そもそも俺が手を出したわけじゃない!と言いたかったのだが,今更そんな話を聞いてもらえるような状況ではないようだ。
「さーちゃん,さーちゃん」
けーちゃんに呼びかけられた川崎は,構えていた包丁を後ろに隠し,やわらかな表情のまましゃがみこみ,けーちゃんと同じ目線になって言った。
「なあに,けーちゃん」
ここから逃げるには今しかない,これが最後のチャンスだと頭では分かっているものの,足がすくんで一歩も動くことができない。
すると,けーちゃんが俺にしたように川崎のの頬に両手を当てて,チュッと唇を押し当てた。
「なっ!?」
かわさきはこんらんした
「さーちゃん,はーちゃんとけんかしたらメッ! さーちゃんにもはーちゃんのチューを分けわけしてあげるからなかよしさんして」
チューを分けわけって,しんけん可愛い。けいかわいい。しかしそれって……
「間接キス……」
川崎がペタリと床に座り込み,自分の唇に指を当てて呟いた。
だが,幼女の追及はこれで終わったわけではなかった。
「さーちゃん,なかよしさんできる?」
「あ……ああ……ちゃんとはーちゃんとなかよしさんできるよ」
「はーちゃんは?」
「もちろん,俺もさーちゃんとなかよしさんするよ」
「じゃあ,はーちゃんとさーちゃん,なかなおりのチューして」
「へ!?」
「は!?」
二人して間抜けな声を上げてしまったが,正直,意味が分からない。
「けーちゃん,俺とさーちゃんはもうなかよしさんだから,仲直りのチューはしなくても大丈夫だよ」
「だめだもん。パパ言ってたもん」
「けーちゃん,とうさん,何て言ってたの?」
「あのね,けーかが夜におめめをさましたの。おしっこしたかったからママのところに行ったら,パパとママがけんかしてたの。だからけーかが,けんかはだめーってお部屋に入ったら,パパとママがはだかでチューしてて,パパがもうなかなおりしたからだいじょうぶって言ったの。パパは,おとこの人とおんなの人がなかなおりする時はチューするんだよって言ったの。だから,さーちゃんとはーちゃんもチューしないとだめなの。だめなの……」
けーちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。しかし……。
「おい,川崎。それって……」
「言うな,比企谷……とうさんもまったく……」
まあ,川崎家,両親仲睦まじくて良かったじゃないか。川崎に新しい弟か妹ができる日も近そうだ。
「けーちゃん,けーちゃんパパが言ったことはちょっと違うかな?」
「パパ,けーかにうそのこと言ったの? けーかのパパはうそつきなの?」
ヤバい。けーちゃんの目に涙が溜まってきた。
「あんた,何,妹を泣かせてんだい!」
「いや,でもなあ……」
「ゴチャゴチャ言うんじゃないよ!!」
言うが早いか,川崎が俺のあごをくいっと持ち上げ,自分の唇を俺の唇に押し当てた。
まあやだ男らしい,じゃないよ!
「か,川崎!?」
「仕方ないだろ,京華が泣きそうなんだから。ほーら,けーちゃん,はーちゃんとさーちゃんはなかよしでしょ?」
「うん! はーちゃんとさーちゃんなかよし!!」
溢れんばかりの笑顔で応えるけーちゃん。この笑顔を見られたのなら,これで良かったのかな?
「せんぱい,いったい何やってるんですか……」
「比企谷先輩……それはちょっと沙和子的にポイント低いです……」
あ,そういや君たちここにいましたね。てか,また新たなポイント制度が……。
「いや,これは訳あってだな……て言うか,一部始終見てたんならおおよその事情は分かるだろ? ほら,川崎も何か言って……」
「エヘ,エヘヘ,比企谷とキス……」
おーい!かわさきさーん,おーい! 戻ってこーい‼︎
「はーちゃんとさーちゃんはなかよしさんなんだよ。だからチューするんだよ」
「じゃ,じゃあ,せんぱいとわたしも仲良しさんですからチューしましょう」
「か,会長! 抜け駆けはズルイです! それなら私も比企谷先輩と……」
「書紀ちゃんはせんぱいとそれほど仲がいいわけじゃないじゃないですかー」
「わ,私だって比企谷先輩と仲良くしたいです! 会長はさっきおっぱいモミモミされたんですから,今回は遠慮してください」
だから,おっぱいモミモミやめろー! 藤沢も意外と暴走するタイプなのな。俺と仲良くという前にまず君たちが仲良くしなさい!
そんなことを考えていたら,遠くのほうからシュプレヒコールが聞こえてきた。そろそろデモ隊が近づいてきているようだ。いつまでもこんなことやってる場合じゃないな。
「一色,藤沢,生徒会でこのお菓子作りイベントやってるんだったら,まずは立派にこのイベントを成功させることがお前たちにとって大事だろ? 俺は試食くらいしかできないけど,お前らもチョコ作ったんなら早く持ってきな」
「はい! わたし,クリスマスイベントの準備の時にもせんぱいに食べてもらってるし,お菓子作りには自信がありますから書記ちゃんには負けませんよ!」
「私だって比企谷先輩に美味しく食べてもらえるよう頑張ったんですから会長にだって負けません!」
「いや,お前らちゃんと仲良くしろよ。でないと……」
下に目を移すとけーちゃんがジーっと二人の顔を見ている。
「このままだと,お前ら二人でキスするハメになるぞ」
二人の耳元でそっとそんなことを囁くと,
「や,やだなー。わたしたち元々仲良しですからねー」
「そ,そうです。会長と私,仲良しですからー」
ぎこちない笑顔で肩を組み,おほほほほーと言いながら二人してこの場を去っていった。
「はーちやん,はーちゃん。これけーかが作ったの」
と言って,袋に入ったチョコレートを俺に差し出した。
「おお,サンキュ。よくできてんじゃん。なかなかやるな,けーちゃん」
頭を優しくなでてあげると目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「比企谷……それ,あ,あたしが作ったのも混ざっちゃってるかもしんないけど」
「なんだ,さーちゃんも頭なでなでして欲しいのか?」
「ばっ,ばっかじゃないの?」
川崎が真っ赤な顔をしているの見たら,前の俺なら激怒してんのかとか思っちゃったんだろうなあ……。
「チョコありがとな。あとでゆっくり食べさせてもらうわ」
「今日はすまなかったね。いろいろと迷惑かけちゃって」
「ま,別に迷惑ってほどのことでもないしな」
けーちゃんをなでる反対の手で自分の頭をポリポリと掻いてみる。
「じゃあ,けーちゃん,そろそろ帰ろっか。晩ごはんの買い物もあるしね」
「はーい。じゃあ,はーちゃん,またね」
「おう。気をつけてな」
「はーちゃん,またさーちゃんと仲良ししてねー」
「ゴホッゴホッ」
発した本人はいたって無邪気だが,それを聞いた俺はさっきの口づけを思い出し,思わず咳きこんでしまった。
「か,帰るよ,けーちゃん!」
再び元阪神のブリーデンのように真っ赤な顔をした川崎もたぶん俺と同じことを考えているのだろう。
俺に向かって手をフリフリするけーちゃんの反対の手を引いて,慌てて階段を下って行った。
いよいよデモ隊の声も大きくなってきて時間的余裕がなくなってきた。
「せんぱい,わたしのガトーショコラ,食べてみてくださいよ~」
「比企谷先輩,私の作ったタルト オ ショコラ,味見してください」
一色と藤沢がそれぞれに手作りのお菓子を皿に乗せて俺に差し出してきた。
「見た目は二人ともよくできてるじゃないか」
「見た目だけじゃありません。中身も絶品ですよ,わたしみたいに♡」
きゃびるんとウインクをしてポーズをとる一色。
手にした皿には粉砂糖もしっかり振り,ホイップクリームにブルーベリーまで添えてある。
うん,たしかに一色と同じくあざとい。
小さなフォークで先端の部分を切り取り口に運んでみる。
「……これは,旨いな」
「でしょう? これ,小麦粉を使わないでメレンゲをしっかり立てて作るんです。手間はかかってますけど,その分,いろはちゃんの愛情たっぷりです♪」
まあ,あざといだけじゃなく,見えないところでがんばってたりするところが本当に一色みたいだな。
「でも,これ相当いい材料を使ってるんじゃないか?」
「はい! せんぱいのために生徒会の予算と海浜さんの予算もふんだんにブチ込んで,原料のチョコに卵,お砂糖に生クリーム,バターにいたるまで厳選した材料で作ってみましたー」
おーい! この生徒会長大丈夫なのか? こういうちゃっかりしてるとこも一色らしいといえば一色らしいが……。
「か,会長,ずるいです……そんな材料までいいものを使うなんて……」
藤沢の声が消え入りそうになり,一度は元気よく差し出されたお皿も少しずつ後ろへ下がっていく。
その皿からひょいと藤沢の作ったタルトを摘み上げる。
「なかなかよくできてるじゃないか,藤沢」
「そんな……会長のに比べたら私のなんて……」
「そうか? 俺は可愛いと思うがな」
「ふぇ!?」
なんか変な声を出したかと思うと藤沢の顔がみるみる赤くなった。
藤沢のタルトはタルト生地の中にアーモンドのキャラメリゼが入り,コーヒーのガナッシュにちょっとラムの香りがする大人な味だ。
「藤沢,俺は好きだぞ」
「す,好き……あわわわ」
藤沢の様子がなんかおかしいがいったいどうしたんだ?
「むむむむ……書記ちゃん,行きますよ。仕事です,仕事!」
ずるずると一色に引きづられていく藤沢。
「比企谷先輩,私も好きですよー」
そりゃそうだよな。藤沢が自分で手作りしたんだもんな。これが藤沢の好みの味かぁ。
マッカンと一緒に食べたらグンバツに合うと思うな。
そろそろこの場を出て行こうと思ったら,目の前に由比ヶ浜が立ちはだかった。
四天王の最後はこいつか……。
それまでの三天王が誰と誰と誰かは全く分からんが。
「ヒッキー,やっとできたから,食べてくれる?」
恥ずかしそうにもじもじしながら何やら黒茶けた物体を乗せた皿を前に突き出す由比ヶ浜。
見た目は,アレだ,なにやらぐにゃぐにゃしたものにチョコレートをぶっかけたような?
何を言ってるのか分からないだろうが,見たまんまを言えばとにかくそんな感じだ。
渡されたフォークを持ったまま躊躇していると,
「やっぱり……見た目悪いし,食べたくないよね……ごめんね……頑張ったんだけどな……」
悲しげな目をしてうつむき加減に呟く由比ヶ浜。
その由比ヶ浜の手から皿を奪い,そのチョコらしき物体を皿から口の中にかきこみ,むしゃむしゃと食べた。
「ヒッキー!? そんな無理に食べなくても……」
「……うまい」
「え? え?」
「これ,美味いぞ,由比ヶ浜」
「ほんとに?」
「ほんとだ! よくやったな,由比ヶ浜!!」
思わず由比ヶ浜のウェーブのかかった茶髪をぐじぐじと撫でまわす。
「えへへ,ヒッキー,キモいよぉ」
そんな言葉とは裏腹に,満面の笑顔で目じりには少し涙まで浮かんでいる。
「これ,桃が入ってるのか?」
「そう! クリスマスイベントの準備の時に缶切りがなくて開けられなかった桃缶にチョコレートをコーティングしたの!」
「そうか,甘みと酸味のバランスが良くてほんと美味い。がんばったな,由比ヶ浜」
俺も少し目頭が熱くなってきた。
「ところで雪ノ下と三浦は?」
「んー,あっちで休んでるみたい」
由比ヶ浜の指差す方を見ると,三浦と雪ノ下が二人して床に座り込んでいるのが見えた。
「ゆ,雪ノ下さん……あーしら,頑張ったよね?」
「そ,そうね……持てる力のすべてを出し切ったのではないかしら……」
元々体力のない雪ノ下はともかく,三浦までもが息も絶え絶えに身体を寄せ合ってへたり込んでいたのだ。
お前らも相当頑張ったんだな。俺の涙腺はとうとう崩壊してしまった。
三浦が今日もピンクであったことなどはほんの些末なことであるよ。
俺は,疲れ切った二人にありがとう,命拾いをしたと礼を言うと,デモ隊に合流すべく調理実習室を出て階段を下りていく。
「ちょっ,ちょっとー待ってよー,ひきがやー」
踊り場で振り返ると,折本が走って俺に追いついてきた。
「はぁ,はぁ,さっき後で食べに来てねって言ったじゃん。黙って出ていくなんてウケないんだけど」
そういえば,さっき,そんなこと言ってたっけ。
「すまんすまん。あんまり時間がないんだが,すぐに部屋に戻ればいいか?」
「いいよ。ここに持ってきたから」
そう言って,手に持ったセロハンに包まれたチョコレートブラウニーを差し出した。
俺がそれを受け取ろうとすると,折本が手を引っ込める。
「おい,俺が勝手に出ていこうとしたから,何かの嫌がらせ?」
「ぷっ,嫌がらせとかウケる」
「いや,ウケねーから」
そう言うと,セロハンを解いてブラウニーを取り出した。
だいたいの流れは読めた。これは,あーんイベントですね。まあ,幸いにしてここは踊り場。他に見ている奴もいないし,無駄に抵抗して費やす時間も惜しい。
仕方なく目を瞑り,口を開けて待っていると,口の中に甘いものと,舌が進入!?
「んっ,ふっ,うんっ」
驚いて目を開けると,目の前には折本の顔。
「んんっ」
俺は慌てて絡み合う口を離した。
「お,おまっ,何を……」
「……あたしが作ったお菓子を口移しで食べさせてあげただけだけど?」
「だけって,いやいやいや,いくらなんでも,お前,な,な,なんでこんな……」
「ふふっ,焦った比企谷とかウケる」
「いや,これはさすがにウケねーだろ!」
「あたし,言ったじゃん。今の比企谷なら付き合ってもいいかなって」
「だからって……」
「まあ,あたしの気持ちを知ってもらえればいいかなーって。今の比企谷なら彼女の一人や二人いそうだし,さすがに付き合ってとは言えないよねー。中学の時のこともあるからさ……」
「折本……」
いつも明るい折本が少し翳りのある笑顔で言った言葉は,喉に刺さった小骨のように心に引っかかった。
「あれは……俺がお前のことをよく知りもせず,俺のことを知ってもらう努力も何もしないで勝手に告白して自爆しただけだ。お前のせいじゃない」
「そかー,中学時代のあたしって何見てたんだろうね……ブラウニー,まだ少し残ってるけど,もいっかい口移しする?」
「いや,時間ねーし,もう行くわ」
「残念,時間あったらしてくれたのか。ウケる」
「そういう……じゃあな」
振り向いて走り出そうとした瞬間,折本に手を引っ張られ,再びその唇が重ねられる。
「んっ」
甘いものを介さない一瞬の口づけの後,少し泣きそうな笑顔で彼女は言った。
「ごめんね」
俺はその言葉に何も答えず,ただ黙って階段を下りて駆け降りた……。