まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

29 / 59
あれれー?
おっかしいぞー
上中下で完結してないぞー
ま,アレは「バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!」というお話を上中下に分けただけで,3話で完結するとは一言も……。
そんなわけで,バレンタイン編完結です。
ほんっとすいません。



バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ‼︎(完)

 デモ隊は海浜松風通りを進行し,先頭の方はもう駅のロータリーに到達しているようだった。

 人の波に紛れるように合流し,材木座の声がするあたりを目指す。

 材木座が拡声器で「バレンタインデー粉砕!」と叫ぶと,周りの参加者が声を合わせて「ふんさーい!」と叫ぶ。

 その材木座から拡声器を受け取り,俺もハンドマイクで辺りに存在をアピールすべく,大音量で叫んだ。

「青春をー,楽しむー,おろか者どもー,砕け散れーーー!」

「砕け散れー!」「砕け散れー!!」

 シュプレヒコールの波が通り過ぎる。程なくして,ほぼ最後尾に位置していた俺たちも京葉線の駅前に到着したのだった。

 

 駅前で集会はできないので,到着後流れ解散となる。

 解散地点まで来ると,陽乃さんと原滝と姫菜が千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」をそれぞれ一個ずつ配っていた。

 ここに来て陽乃さんも姫菜も顔をさらして一人ひとりに笑顔でお菓子を手渡ししている。

 まあ,ここは交番もあってさらに県警の機動隊もついてるし,滞留して写真会というわけにもいかないからもう大丈夫ということなのだろう。

「比企谷くん,お疲れさまー」

「陽乃さんもお疲れ様です。最後,お菓子配ってるんですね」

「そうだよー。ただリア充に嫉妬するだけじゃなくて,チョコレート会社の思惑を粉砕して地元のお菓子をアピールするイベントでもあったんだよ」

「それに陽乃さんや原滝,姫菜のような美女,美少女からお菓子がもらえるんですから,モテない参加者は天にも昇る気持ちでしょうね」

「おっ,モテる男は余裕の発言だねー。周りの参加者に実態を知られたら殺されちゃうよ」

 周りには聞こえないように耳元でささやく陽乃さん。俺も陽乃さんに近づき,小さな声で言葉を返す。

「勘弁してください。俺がモテるなんて,たぶん夢かうつつか幻の類ですよ」

 すると陽乃さんが訝しげに俺に言った。

「んん? なんか比企谷くんからチョコレートのような甘い匂いがするぞ」

 その鋭さに一瞬ドキッとしたが,努めて冷静さを装うようにする。

「ああ,さっき疲れたので材木座が持ってたチョコをちょこっと貰ったから,たぶんその匂いじゃないですかね」

「ふうん……」

 顎に手をあてて考え込まないで! チョコをちょこっとのところツッコんで!(悲痛)

「原滝もお疲れさん。そのレオタードじゃ寒くなかったか?」

 このまま陽乃さんの相手をするのは危険と戦術的撤退を決め込み,原滝の方へと向かった。

「これでも山の育ちだからな,九州とはいえ冬は冷え込むし,寒さには結構強いんだ」

 なるほど,と原滝の格好をマジマジと見てみる。

「八幡,なに人の身体をジロジロ見てんだよ?」

「いや,やっぱお前なかなかいいプロポーションしてるなと……」

 ゴンッ!!

「いっつー! だからゲバ棒はやめろっつーの!」

「お前,また別府の混浴を思い出してたんだろ? 冷静になってみると,あれはあたしも恥ずかしいんだ。忘れろ! 忘れられないんなら,このバールで忘れさせてやる」

 おいやめろ! それ本気で死ぬ奴だからな? こんな強化プラスチックのヘルメットじゃひとたまりもないぞ!! てか,なんでバールなんか持ち歩いてるんだよ!? 交番の目の前なんだから,お巡りさん仕事してくださーい!

「わっ,忘れた! ちゃんと忘れました! だからヤメロ!!」

「ほんとか……?」

 原滝は俺の目を見て,その後,頭の先からつま先までゆっくりと視線を動かし,股間のあたりで目を止めて,ぽっ,と顔を赤くした。

 おい! お前こそ忘れろよ!!

 

 駅前からデモ隊はほとんどいなくなり,我々電柱組メンバーも解散することになった。

「今日はみんな疲れただろうから,打ち上げはまた日を改めることにして今日は解散しよう。都築を待たせてるからみんな送っていくよ?」

「あ,俺,自転車を置いてあるんで大丈夫です」

「わたしも自転車なので……」

「となると,バラダギちゃんと私だけかー。じゃあバラダギちゃん乗って乗って」

 陽乃さんは,乗り込んだリムジンの後部座席の窓を開けて,

「比企谷くんと海老名ちゃんも気を付けて帰ってね」

と言って手を振りながら帰って行った。

 

「姫菜も疲れただろ? 自転車はコミュニティセンターに置いてあるから取ってきたら送ってくよ」

「八幡くん」

 なにやら姫菜さんがこめかみに青筋を立ててプルプル震えながら笑顔をされていらっしゃる。

「正座」

「はっ?」

 ちょっと,この子,何言っちゃってんの?

「聞こえなかった? 正座」

「いや,ここ歩道の上だし」

「は・ち・ま・ん・せ・い・ざ」

「はいっ!」

 怖い。笑顔が怖い。

「なんで正座させられてるか分かるかな?」

「いや……正直,何の事だかさっぱり……」

「わたし,コミュニティセンターに行ってとは言ったけど,サキサキとキスしていいとは言ってないよね?」

 は?

「折本さんと口移しとかしていいなんてこれっぼっちも言ってないよね?」

「どうしてそれを,いや,その……それにはアレがアレな事情が……」

「隠そうとしてたの?」

 少し悲しげな顔で俺に問いかける。

「そんなことは……ん……隠すつもりはなかったけど,でも,まあ,言わなかっただろうな……」

 姫菜は,はぁ,と短く息を吐く。

「わたしね,嬉しいの。八幡くんが皆んなに好かれて。ほら,文化祭の後とか,まだ本当に君を知る前だったけど,いろんな噂されてて,ちょっと嫌だった。君は知らなかったと思うけど,結構見てたんだよ,わたし。主な理由ははやはちだけどね」

 ふ,ふーん。理由が理由だけにあまり素直には喜べないけど,そうだったのね。たしかに修学旅行でいきなりなんてことはないよね。

「その時は好きとまではいかなかったけど,もっとお話ししてみたいな,とは思ってたんだ。でもね,君は文化祭で学校一の嫌われ者になって,周りの目とか優美子のこととか考えたら話しかけられなくて,視線の先の君は辛そうで,少し心が痛かった。だから,今みたいに君の周りに君のことが好きな人がいっぱいいて,ちょっと嬉しい。君が何事もないような顔で辛いことに堪えてる姿を見なくて済むことが嬉しいの」

 姫菜は正座する俺の上から優しい顔で俺に語りかける。だが,彼女のそんな顔はそこまでだった。

「でもね,辛いの。苦しいの。みんなが君に好意を寄せることが。わたし,君の彼女でもなんでもないし,それに対して何か言える立場じゃない。分かってる。でもね,ダメなの……君が誰かから思いを寄せられるたびに,わたしはいつか君に見向きもされなくなる,君に見捨てられる,そんな思いがだんだん強くなる……怖いの……わたし怖いの……」

 正座する俺の前に立つ姫菜の両手はギュッと握られ,その瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 俺はいったい何をやっているのだろう? 俺のせいでまた姫菜に悲しい思いをさせてしまっている。この先もこんな思いをさせるのだとしたら,今,この関係を終わらせるべきなんじゃないか? 簡単な話だ。こいつに嫌われるようにふるまうだけでいいんだ。罵倒して,離れて,関係を閉ざす。今までだってやってきたことだ。簡単なことなんだ。一時的に泣かせることになっても,これ以上俺がこいつを泣かせることがないようそうすべきなんだ。そうすれば,いつか誰かがこいつを笑顔にしてくれる。だから……。

 だけど……嫌だ……。

 こいつを,姫菜を笑顔にするのは俺でいたい……ほかの誰かじゃ駄目だ。俺じゃなきゃ嫌なんだ。

 俺は,二代目博多淡海のごとく地面に正座した形のまま一気の跳躍で姫菜の前に立ち,両手で腕ごと強く抱きしめる。

「姫菜! 俺はお前のことが……」

「駄目……だめだよ,八幡くん……」

「姫菜……」

「それは君の勘違いだよ……わたしなんて,君に好きになってもらえる資格なんかない……わたしが抜け駆けして君に一番に告白した,結衣の気持ちを知っていたのに……」

「由比ヶ浜は関係ないだろう? そう,姫菜は一番に告白してくれた。勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれた,それだけで人を好きになるのに十分じゃないか? それに勘違い? 俺の気持ちを勝手に推し測って諦めてんじゃねえ! そりゃ,たくさんの人が俺に好意を寄せてくれるのは,正直言って嬉しい。だからと言って,俺がお前を見向きもしなくなる? 馬鹿にすんじゃねえぞ!」

「ふふふ……」

 姫菜が泣きながら少し笑う。

「おかしい……勘違いだなんて,いつもなら八幡くんのセリフなのにね。その人にわたしが説教されちゃった」

「……そう,だな。ははは」

 本当にその通りだ。今までの俺を思い出し,苦笑するしかなかった。

「ねえ……八幡くん」

「なんだ?」

「みんなと縁を切ってわたしだけを選ぶなんて言わないでほしいの」

 俺は,姫菜の言ってることが理解できなかった。こいつは,俺が他の女の子と一緒にいることで不安に思ったのだろう? なら……。

「俺はお前だけいればそれで……」

 だが,姫菜は静かに首を横に振る。

「君がそんなことしたら,わたしがきっと後悔する。君にそうさせてしまったことを」

「そんなことは……」

「あるよ。わたし,やっぱりあの城あとでのことは心に引っかかってるんだ。もちろん,今,こうしていられるのだから後悔はないよ。そうしてよかったとも思ってる。でもね,結衣や雪ノ下さん,サキサキに申し訳ないなって気持ちもやっぱりあるんだよ。よかったって思う自分が嫌い……今,ここでこうして泣いて,それで君の心を手に入れるって,やっぱりずるいよね? 君の優しさにつけこんで,もしそうなったら,わたしはもう,どうやっても自分のことを好きになれない気がする。だから今はやめて。わがままかもしれないけれど,今はダメ。君がみんなの好意を受け止めて,そのうえで最後にわたしのことを選んでくれるなら本当にうれしい。それまで,いくらでも待つよ。それでもし,君がほかの誰かを好きになったとしても,心の片隅にでもわたしのことを置いてくれるって約束してくれるなら,わたしは堪えられる。我慢できる。だからお願い。今は……言わないで……」

 俺の胸に顔をうずめ,姫菜は話し続ける。

「ねえ,こういうこと言うの,ずるいのは分かってる。でも,たしかな気持ちが,その証が欲しいんだ……これから,君を好きでい続けられるように……堪えられるように……」

 姫菜の声がかすかに震える。

「これから……家に来てくれないかな? 今夜,お父さん……いないんだ……」

 俺はゴクリと息を飲む。

「姫菜,それって……」

 俺の目を見ないまま,姫菜はただ,コクリと頷く。

 姫菜の決意を受けとめた俺は,下を向く姫菜のあごを左手で持ち上げ,右手でヘルメットのあごひもを解く。

 そのままヘルメットを外し,じっと姫菜の目を見つめる。

 姫菜はそっと目を瞑り,少し顔を上に向けた。

 そしてゆっくりと唇を重ね……。

 

 ガン!!!

 

「がはっ!」

 ヘルメット越しに脳天を貫く衝撃が走る。

「ぐあぁぁぁ!」

 あまりの痛みに膝をついて地面に崩れ落ち,思わず叫びだしてしまった。

 いったい何が起こったと……。

 

「比企谷! お前,ウチの店の真ん前でで何をイチャコラやってるんだ」

 よく考えたら,ここはたくさんの人が通りかかる京葉線の駅前。そして,俺のバイト先のファミレスの目と鼻の先でした。

 てへっ☆

 じゃねえ。

「店長……」

「杏子さん……」

 見上げると,釘バットを持った店長が仁王立ちしてました。

「店長,いったいどこから?」

「ん? お前が正座させられたところからだ」

 ほぼ全部やないかい!

 こんな人通りの多いところで正座させられるは泣かれるは抱き合うはキスしそうになるは店長にみられるは釘バットで殴られるは……殺してくれ~~~~! 頼むから殺してくれ~~~~!!

「ん? 比企谷,なんか死にたそうな顔してるな? ヘルメット外したら一発だぞ」

 おい! FRPのヘルメットなんだから,外さなくても下手したら死ぬるわ!!

「比企谷,海老名,お前らこれからバイトだ。早く着替えろ」

「っつー,いや,俺たち今日はシフト入ってないはず……」

「お前らがへんなデモとかして駅前で解散するから,歩き疲れた参加者が殺到して店がてんやわんやなんだ。 ヘルプで呼んだ舎弟は,外で修羅場ってるカップルがいると仕事をサボって見に来たからちょっと締めたら再起不能になって人手が足らん」

 コラッ! 半分くらいお前の責任じゃないかっ!この鬼! 悪魔! 年増!!

「おい,お前,今何か不愉快なこと考えてなかったか?」

「い,いえ,滅相もありません」

 どうやら店に来た客から,駅前でお菓子を配っているという話を聞いて出てきたところで俺たちが修羅場っていた,ということらしい。それで,周りの野次馬を睨みつけて蹴散らしてくれていたようだ。

 そりゃ,こんな目つきの悪い女が釘バット持って立ってたら見ないようにしてコソコソいなくなるよね。で,あまりにも盛り上がりすぎということで,止めに入ったと。ちょっと手段がアレで,今もまだ頭が痛むが,ちょっとは感謝しないといけないな。

「店長,これ,さっき姫菜が配ってた千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」でございます。どうぞお納めを……」

「うむ,苦しゅうない」

 まるで時代劇の悪代官のごとく賂を受け取った店長だが,両手で高く頭の上に持ち上げて,わーいと喜ぶさまはちょっとかわいい。

「とにかく海老名の店の店長とエリアマネージャーにも話は通してある。お前らの責任だからちゃんと働けよ」

 やっぱりかわいくない。

「八幡くん,泣く子と杏子さんには勝てないよ。いこ?」

 姫菜の手を借りてようやく立ち上がる。

「ああ……やるか」

「ちなみに,お菓子のお礼でわたしの下着を見せてやるから,後で店長室に来い」

「だっ,ダメです,杏子さん! そんな乱れたことは許されません」

「お前ら,公衆の面前でキスするのは乱れた行為じゃないのか?」

「ぐっ……」

 思わず押し黙る姫菜。ただ,お菓子2個で下着見せるとか,アンタの下着姿ずいぶんやっすいな!

「まあ,冗談だ。とにかく店内は人で溢れかえってるからな。頼んだぞ」

 アンタ,表情あんま変わんないから冗談言ってるように見えないんだよ!

 

「仕事終わったら……遅くなるから,家まで送ってね……」

 俺の耳元でこっそり囁く姫菜,黙って頷く俺。

 今夜,お父さんいないって言ってたよな……まあ,こいつが気にするだろうから,その……変なことをするつもりはないけれど,ちょっとばかし家に行くことを期待している俺だった。

 


 

「おまちどうさまでした。ワインリストです……」

 俺は,ワインリストを渡すとともに,テーブルの上に転がる数本のワインのボトルを回収する。

「くっそー! 一色のヤツ,なんで私を呼ばないんだ!! 私だってバレンタインデーにチョコを渡したい相手だっているんだぞ!」

「いや,明日入試だから普通に忙しはずですよね?だから誘わなかったんだと思いますよ」

 そう,何を隠そうって言うか,隠しようもないのだが,ここでワインボトルを何本も空けて大騒ぎしているのは我らが顧問,平塚先生である。

「そんな気遣いはいらん! そりゃあ私は若手だからな,仕事は多いさ。だけど,声くらいかけてくれたっていいじゃないか! 仕事の合間にちょっとくらい顔を出すことだってできたし……おい,聞いてるのか? 比企谷!」

「あの,教え子の働いているファミレスでくだを巻くのはやめてください。他のお客様の迷惑にもなりますので……」

「おまちどうさまでした。熟成ミラノサラミです」

「海老名! お前ら,こんなとこでもイチャイチャしてんのか,コンチクショウ!」

「いえ,さすがに仕事場でイチャイチャなんかしません」

 いやいや,姫菜さん,あなたセカンドシーズンで倉庫の中でパンツ脱いでましたけど?……とは,口が裂けても言えないよなあ。

「と言うことは,ここじゃないところでイチャイチャする気だな,コノヤロー!」

「先生,ほんとやめましょう。明日入試なんですから,こんなとこで一人で飲んでないで早く帰った方がいいですって」

「こんなところとは随分な言い方だな,比企谷」

「て,店長……」

「お客様,ウチの舎弟……じゃなかった従業員に何か落ち度がございましたら奥の方で話を伺いますが」

「比企谷! お前,こんな年増女にまで手を出してるのか!」

 今,店長の方からピキッて音がしたよ! なんか,額に青筋たてて震えてるんですけど……。

「おい,お前,年増女に年増女呼ばわりされたくないんだが」

「ぬ゛!?」

「あ゛!?」

 アカン,これは混ぜるな危険や,俺の本能がそう告げている。この二人が争ったら店が崩壊して周りに大変な犠牲が出る可能性が高い。いざと言うときには,姫菜の手を引いてアイツだけでも無事に逃す算段を考えないと……。

 

「平塚せんせいも店長さんも喧嘩してはダメなのですよ」

 竜虎相搏つまさに修羅場に突如現れた鶴見留美よりも少し下かと思われる小学生くらいの女の子。

「お嬢ちゃん,こんなところに来ては危ないですよ。早くお母さんのところに戻りなさい」

「んもう,わたしは平塚せんせいに会いに来たのですよ」

「えっ,平塚先生に? 先生,この子は先生の親戚の子ですか? それとも,ま,まさか先生の隠し……」

「抹殺のラストブリット!!」

 い,いきなりラストブリッド!?

 俺は目を瞑り身を固くして次に来る衝撃に耐えようとした。

 走馬灯のように修学旅行や部室でのこと,別府での混浴や今日のキスのことが頭の中を駆け巡る。

 なんかエロいことばっかだな……。

 ……が,一向に痛みが襲ってこないので,そーっと目を開けてみると,先ほどの小学生がその場に倒れていた。

「あわわわ……つ,月詠先生……」

 平塚先生がこの上もなく慌てている。

 って,月詠……せんせい~~~~!?

 この小学生みたいなのが!?

 こども店長とかそういうやつだろうか?

「比企谷,とりあえずこのお客さんを抱えてソファー席に寝かせろ! お前の身代わりでこの暴力女のパンチを食らったんだ」

 暴力女はアンタもだろ!と喉元まで出かかったが釘バットが怖いので黙っておくことにした。

 俺は,月詠先生?と呼ばれた女の子の小さな体を抱え,そっとソファーに横たえる。

「あなたが比企谷ちゃんなのですねー,平塚先生からお話は聞いてますよ」

 息も絶え絶えに俺に話しかける女の子。こんな小さな体で抹殺のラストブリッドを受けてしまったとしたらそうとう痛むだろうに……。

「大丈夫ですか? すみません,俺なんかの代わりに……」

「俺なんか,じゃありませんよ」

「え?」

「比企谷ちゃんは,俺『なんか』じゃありません。どんな人だって,きっと誰かの大切な人,なのです。だから自分で自分のことを『なんか』って言うことは,その大切に思ってくれている人のことも傷つけることになるのですよ」

 昔の俺なら,俺のことを大切に思う人なんているはずがない,と反論していただろうが,今なら分かる。俺が知らなくても俺のことを思ってくれる人がいた,いや,俺が心を閉ざして知ろうとしなかっただけで,それでも俺のせいで傷つく人がいたのだということに。

「月詠先生……本当に申し訳ありません……」

 平塚先生が完全に酔いも醒め,青い顔で項垂れている。

「平塚せんせい……生徒さんに手を出すなんてことは,酔っていようといまいと絶対にいけないことなのです」

「しかし,言って聞かない奴は,拳で語るしか……」

 いや,どこの熱血少年マンガだよ!

「平塚先生は,今,ちゃんと言葉を尽くしましたか? やってませんよね。まずは言葉を尽くして,それで分かってもらえないなら,もっと言葉を尽くすのです。それでも分かってもらえなかったら,もっともっと言葉を尽くさないといけないのです。それでダメだったとしても,生徒さんに暴力を奮うのは絶対にダメなのです……」

「それでも,私たち教師が責任を果たすためには,時には心を鬼にして生徒に愛の鞭をふるう必要が……」

「比企谷ちゃん,ちょっと手を貸してください」

 俺が手を貸すと,月詠先生はソファーの上に立ち,

 

 バシン!

 

「あっ!」

と,驚く一同をよそに平塚先生の横っ面を引っ叩いた。

「月詠先生,何を……」

 平塚先生が目を見開き,信じられないと言った表情で月詠先生を見つめている。だが,

 

 バシン!

 

月詠先生はさらに追い打ちをかけるように全身を振って,反対側の頬も打った。

 

 そして,バシン,バシンと左右の頬を叩く。

「月詠先生,やめてください!」

 平塚先生も思わず両腕で顔をガードして,月詠先生の平手打ちを避ける。

「月詠先生,何でこんなことを……」

 ソファー席の上に立つ小さな先生は,泣いていた。

「平塚せんせい,痛いですか……」

「はい……痛いです……だから止めてください……」

「なんで痛いのに人を殴るんですか?」

「それは……」

「わたし,平塚せんせいを叩くとき,自分自身もすごく痛い思いをしました。泣いているのはそのせいなのです。平塚せんせいは比企谷くんを殴るときに痛みを感じてましたか?」

「……」

「どんな口で愛情を説いたところで,暴力は暴力なのですよ。生徒さんに決して暴力を奮うことがあってはいけないのです……いけないのです……」

 月詠先生は,はらはらと涙を流す。

「黄泉川せんせいは,過去に『警備員』として子供に武器を向けて死なせてしまったことがあって,それ以来,どんな能力者であっても,決して子供には武器を向けないと誓ったそうです。自分の命が危うくなっても,です。それだけの覚悟で子供たちと対しているんです。平塚せんせいもここで誓ってください。二度と子供たちに手を上げ……ないと……」

 言葉の最後は,肩を震わせしゃくりあげるようになって,もうよく聞こえなかった

「それは……」

 平塚先生は最後の一言を躊躇している。

 横を見ると,店長が抑えることもせず涙を流していた。

 鬼の目にも涙とかこのことかっ!

「おい,お前! 今,この人の話をきいてまだ分からんのかっ! どうしても分からないというのなら,この釘バットで分からせて……」

 あんたが一番分かってねー! 今の話の流れでどうしてそうなる?

「あたしは身内を守るためなら身体でも命でもなんでも張るんだよ! 比企谷,お前はもうあたしの身内だからな,この女がまだお前を殴るというならあたしは躊躇なくこのバットをふるう」

「店長……」

 俺,今,少しだけこの店に入ってよかったと思った。

「お前に何かあったら,あたしのパフェ生活に差し障りが出るしな」

「てんちょお……」

 やっぱりこの店に入ったことを少し後悔しよう。

「杏子さん,照れてるんだよ」

 姫菜の指摘にちょっとだけ照れる店長。ちょっとかわいい,てんちょかわいい……語呂悪すぎだな……。

「で,どうなんだ?」

 平塚先生は,ふっと笑い,両手を高く上げ,

「お手上げだ,負けた負けた。月詠先生には負けました。そして,店長のアンタ,アンタにも負けた。比企谷の周りにはいい大人もいるんだな」

 まあ,普段はすごく子供っぽいですけれどね,ということは,今日の振る舞いに免じて言わないでおくことにした。

 

「そうと決まれば飲み直しなのです。ワインをじやんじゃん持ってきてくださいー」

「いやいや,未成年のお客さんにはお酒をお出しできない決まりでして……」

「比企谷ちゃん,何を言うんですか。せんせいはせんせいなのですよぉ。平塚せんせいや店長さんよりも年上さんなのです」

「えっ! マジ!?」

 驚いて平塚先生の方を見ると,先生が縦に首を振り,

「マジだ。学園都市の七不思議のひとつとされているらしいがな」

 後ろの方から,合法ロリ,キタコレ~~~~!!! という叫び声が聞こえてきた。うるさいぞ,材木座。

 

「あの……月詠先生,お年はおいくつなんですか?」

「比企谷ちゃん,レディに年齢を聞くものではないのですよ。それと,生徒さんたちはみな『小萌せんせい』と呼んでくれてますから,比企谷ちゃんもそう呼んでください」

「……はあ,善処します」

「そうと決まれば比企谷,酒だ! あとつまみも適当に見繕って持ってきてくれ!」

 平塚先生,ここは居酒屋じゃありません。そんな注文の仕方はありません。

「比企谷ちゃん,燗酒とパインセオと竹の子のお刺身お願いしますぅー」

 ここは屋台ではないのでそんなものはありません。

「比企谷,あたしはパフェ」

 あんたブレないな! そして仕事しろ!!

 

「パインセオと竹の子のお刺身,お待たせしました。燗酒は今おつけしておりますので少々お待ちください」

 

 なんであるんだよ!

 


 疲れた……。

 とにかく疲れた……。

 休憩室で休んでいると,部屋の外で姫菜が家に電話をしているらしかった。そりゃそうだな。急にバイトが入ったから,連絡しないとお母さんも心配するよな。

 

「えー,八幡くん来るの遅くなるのー? もうウナギのとろろ丼とすっぽんと牡蠣鍋の用意できてるのにー。お母さんがっかり。でも明日は学校,入学試験でおやすみなんでしょ? 今夜は泊っていってもらいましょう♪ お父さんいないからちょうどベッド一つ空いてるし。え? お母さんがそんな変なことするわけないでしょう? ちょっと横で寝てもらうだけだから。ん,ダメ? もう,とにかくその話は帰ってきてからね。気を付けて帰ってきなさいよ。はい,それじゃあ」

 

 ぶるる。

 なぜか身震いが止まらない俺だった。

 

 それにしても,明日入試なのに先生はこんなに飲んで大丈夫なんだろうか?

 


 

「それでは副校長先生から連絡事項です」

 

「えー,平塚先生は2週間ほどお休みされることになりました。その間の国語の授業につきまして,それぞれのクラス担任の先生には学年主任から連絡がありますので,全校集会終了後,一旦職員室にお集まりください。以上です」

 

 どうやら2週間の謹慎処分となったらしい。

 ドンマイ。

 

 ちなみに,あの日の夜は……げふんげふん。

 




あれれー?
おっかしいぞー
最後,なんで小萌先生出てきてるんだー?
番外編の先生トークだけのはずなのに,本編に出てきちゃダメでしょ!

こんなはずじゃなかった……。
単にお定まりの平塚先生オチでファミレスに先生呼んだだけなのになー。

ラストも含め,行き当たりばったりでこんなことになってしまい,まことにあいすみません。

今回は本当に難産で,タイトルも決まらずようやく公開前日に決まって,オチも最後まで決まらず苦し紛れにこんな感じで,そもそもバレンタインどころかホワイトデーも過ぎてしまうありさまでして……。

正直,力尽きました……。
追い詰められて手管に走ってしまいまして……。
笑ってくれていいんだぜ。

あ,こんな結末ですがアンチヘイトじゃありませんので念のため。

駄作者でほんっとすみません。

たぶんこんなことになってしまったのも魔王軍の仕業だと思います。

『悪魔殺すべし』
『魔王しばくべし』

次こそはプロムだよね? ねっ?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。