まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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ハイ、またお会いしましたね!

いやいや,中編ってどういうことですか!?
昨日,なんとか3月中に終わりそうとか言っときながらこの体たらく。

完全にフラグでしたねぇ……。

駄作者がほんっとすみませんm(_ _)m


バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(中編)

 まあ……いろんなアクシデントはありましたが,とりあえずせんぱいを連れ出すことに成功して,今は京葉線の電車に並んで座ってます。

 ここに来るまでに朝早かったアピールをして,電車に乗ったらせんぱいにもたれかかって寝たふりです。

 そして,今日の目的地はららぽーとTOKYO-BAYではなくて,実は葛西臨海水族園なのです。せんぱいは優しいから,わたしが寝ていれば強くは起こさないでしょう。そして,葛西臨海公園駅の手前で目を覚まして,仕方ないから水族園に行きましょうと誘う完璧な流れ。

 最初から水族館デートしましょうって言っても,アレヤコレヤ言って家を出ようとしないでしょうからね。

 もう完全勝利間違いなしです!

 そうと決まればもっと寄っかかってもいいかな?

 ん……やっぱりせんぱいの匂い,なんか安心しますね…………。

 


 

「おい,一色,起きろ」

「んん……あれ,ホントに寝ちゃった? もう葛西臨海公園ですか?」

「何言ってるんだ。ここは終点,東京駅だ」

「えっ!?」

 辺りをキョロキョロ見まわすと,たしかに東京という駅名表示版がある。

「せんぱい! なんで葛西臨海公園で起こしてくれないんですか!」

「いや,目的地は南船橋だったろうが……どうする? 戻るか?」

 このまま戻っては,今度は葛西臨海公園駅で降りてはくれませんね。

 ここから水族館に向かうとすると,品川かサンシャイン。

 サンシャインならプラネタリウムもありますねー。東京駅からなら地下鉄で行けばすぐです。

 あらゆるシミュレーションをしていたのが功を奏しました。

 目指すは池袋です!

「せんぱい,池袋に行きましょう!」

「え……池袋は……」

「せんぱいには責任取ってもらうんですから拒否権はありませーん」

「くっ」

 やったね,いろはちゃん大勝利!

 ただ,京葉線のホームから地下鉄に乗り換えるのムチャクチャ時間かかるんですよねー。同じ東京駅とは思えないレベルです。

 総武快速線からならそれほどでもないんですけどー。

 でも,どさくさに紛れてせんぱいに手を繋いでもらってます。

 最初は,えっていう感じでしたけど,こんなところではぐれたら怖いです……って,少し怯えた表情をしたらイチコロですよ。

 恋人つなぎでないのがちょっと不満ですが,まあよしとしましょう。

 だったら,長い乗り換えの道のりもバッチこいです!

 逆に動く歩道が速すぎると感じたほど。

 そうして,地下鉄丸の内線の東京駅にたどり着きました。

 せんぱいはまだ池袋行きに戸惑いがあるようですが,ここまで来て往生際が悪いです。

 押してもダメなら諦めろが信条のせんぱいらしからぬ態度ですねー。

 地下鉄に乗ると並んで座れる席がありませんでした。

 せんぱいは押し込むようにひと席空いた場所にわたしを座らせて自分は当たり前のようにわたしの前に立っている。

 もう! そんなところも大好きです!

 丸の内線は,地下鉄なのに途中2回ほど地上に顔を出しながら池袋に着きました。

 まあ,東西線も途中からほとんど高架線を走っていて,そのせいでちょっと風が吹くと遅れたり止まったりしますから,そんなもんですかねー。

 下調べもここまで。

 ここからサンシャインシティまでの道のりは未知のままです。

 道のりが未知,みちのりがみち……ブフッ。

 ……こほん。

 池袋はますます人が多そうだから,ということで再び手を繋いで歩いてもらいます。

 こんなところで一人になんかされた日にはたまったもんじゃありません。だってここは埼玉県民のエリア。こんなところに千葉県民の美少女が一人で歩いているということが埼玉県民に知れたら,もう二度と千葉の地を踏むことはできません。

 ここはなんとしてでもせんぱいに守ってもらわないと……。

 せんぱいにもわたしの緊張感が伝わったのでしょうか,いつのまにか恋人つなぎになっているのに気付いていないようです。

 もし分かっててこれをやってるとしたら,せんぱいこそあざといですよねー。

 とりあえずサンシャイン60通り?を目指して,グリーン大通りという大きな通りを歩きます。

 分からない場所でも,目的地を入れるとナビゲートしてくれる,スマホ様々ですね。

 意気揚々と歩いていると,せんぱいが急に立ち止まりました。

 

「平塚先生……」

 えっ,平塚先生!? なんで?

「比企谷と……一色……君たちはどうしてこんなところに……」

「俺たちは,まあ,生徒会の買い出して……それより先生,謹慎になったと伺いましたが……」

「いや,それはだな,入試の日,ほんの少し,ごくわずかな時間遅れてしまってだな。た,体調不良だったんだ,仕方がなかったんだ。ただ,副校長に酒臭いとかあらぬ疑惑をかけられて,それはもう全くの冤罪なのだが,疑惑を晴らす手段が無く,結果として謹慎ということになってしまった。この私があれしきの酒で二日酔いになんかなるわけがないじゃないか,なあ?」

「せんせえ……」

 せんぱいが泣きそうになってる。ここはわたしがなんとかしないとですねー。

「平塚先生は何をしこんなところへいらっしゃったのですかー?」

「うむ。この東池袋には元々つけ麺の生みの親,ラーメンの神様と呼ばれる山岸一雄師の東池袋大勝軒があってな,その流れを汲む東池袋大勝軒本店もこの通りにあるのだが,まずは元の店の場所に聖地巡礼というわけさ。それよりも君たち,生徒会の買い出しと言ったが,わざわざ東京の池袋まで」

「先生,そんなことより謹慎中にこんなところをフラフラしてていいんですか?」

「うぐっ」

「副校長先生に知られたら今度は謹慎では済まないんじゃないですかぁ?」

「グハッ」

「だいたい女一人でわざわざ千葉からつけ麺の聖地巡礼ってなんですか。そんなことだから嫁の貰い手がな」

「一色やめろ! 平塚先生が息をしていない」

 チーン! 平塚静,死亡。

「ささ,この隙に行きましょう,せんぱい」

「いや,でも……」

「大丈夫です。平塚先生は強く生きていきますよ,ひとりで」

 なんか平塚先生から魂が抜け出してたような気がしましたが,そんなことは知ったこっちゃないです。せんぱいの背中を押してこの場を離脱しましょう。

 


 

 サンシャイン60通りへ入り,次の目標は東急ハンズ。別に生徒会の買い出しという名目もありますが,サンシャインシティへの入り口が東急ハンズの横にあるのです。まさに一石二鳥,やったねいろはちゃん大勝利です!

 ちなみに,サンシャイン通りというのはサンシャイン60通りとは別の通りなので要注意です。

 サンシャイン60通りの方がサンリオのギフトゲートがあったり賑やかなんで,そちらを選びましたけど,サンシャイン通りを選んでいれば,尊い犠牲を出さずに済んだかと思うと少し心が痛みますね。少し。

 総武快速線から直通の品川や総武緩行線が走っている秋葉原・新宿・中野と違って池袋は乗り換えないと来られないところですから,よっぽどのラーメンキチ◯イでなければ知り合いになんか会うはずがありません。なので,

「えいっ!」

 思い切ってせんぱいの腕に抱きついちゃいます。

「お,おい,一色」

「大丈夫ですよ,せんぱい。心配しなくても知ってる人に見られたりなんか……」

 

「姫菜……」

 へっ!?

 せんぱいの視線の先をたどると海老名先輩が超絶イケメンさんと腕を組んで歩いてます。しかし……。

「姫菜!」

 せんぱいはわたしの腕を振り解き,海老名先輩とイケメンさんのところへ駆け寄ります。

「あっ,せんぱーい,待ってくださーい!」

 もう! せんぱい,今日はいろはちゃんとデートなんですから,そんなのスルーしてくださいよ……。

 でもまあ,これは修羅場ですよね? お得意の。カップルのパートナーがそれぞれ別の人と腕組んで歩いてるんですから。

「姫菜……」

 腕を組む二人の後ろから呼びかけるせんぱい。

 振り向いた海老名先輩は,まるで心を持たないクローン人間のように冷ややかな目でせんぱいを見つめます。

「姫菜……ですか? とエビナは問い返します。ああ,お姉さまのことですか」

「は?」

「このエビナの検体番号は10032号ですよ,とエビナは懇切丁寧にあなたに説明します」

「姫菜っ! ……そうだよな,こんな男,愛想尽かされても仕方ないよな……すまなかった,邪魔して……」

「あ,あなたの言語中枢に異常はありませんか,とエビナは不安要素を述べてみます……」

 なんかこのまませんぱいが海老名先輩のことを諦めてくれれば,せんぱいはわたしのこと……。

「海老名先輩」

「エビナは……」

「あ,そういうのいいんで。海老名先輩はそちらのイケメン彼女と同伴出勤ですかあ?」

「えっ,彼女?」

「せんぱい気づかなかったんですか? 同性ならすぐ分かりますよ? 男装喫茶の方ですよね?」

「マジ?」

「ふぅ,二人の邪魔をしないように気づかないフリしてたんだけどなー。八幡くんは声かけてくるし,一色さんはネタばらししちゃうし」

「姫菜……」

「ここは乙女ロードがあってわたしのテリトリーだから,ふたりでデートするにしても他でやってくれないかなー。こうやって詳らかにされたら,どっちを選ぶの?なんて,修羅場やるしかなくなっちゃうじゃない?」

「姫菜……それはもちろん」

 せんぱいの袖口を掴み,その次に続くせんぱいのことばを遮るように海老名先輩に告げる。

「海老名先輩……海老名先輩とせんぱいとのことは知ってます。せんぱいの気持ちも分かってるつもりです。でも……でも,今日は嫌です。今日のせんぱいはわたしの,です。今日は……わたしが……」

 あれ? なんで涙が?

 今じゃないですよねー。だって涙を流すならせんぱいと二人きりの時の方が効果的じゃないですかー。でも,なんでですかね,涙が止まらない……。

「はぁ,わたしは初めから邪魔するつもりなんてなかったからさ。彼女でもないし,止める権利もないからね。だから,ちゃんと楽しんできて」

 そして,海老名先輩はわたしの耳元で,わたしだけに聞こえる声で言いました。

「ただ,ひとつだけ約束してね。八幡くんを困らせたり悲しませるようなことはしないで。楽しんでくれたらそれでいい。それだけ,お願い」

 だからわたしも海老名先輩だけに返事します。

「分かりました。ありがとうございます」

「お前ら,何話してるの?」

「八幡くん,女同士の話に口を突っ込むなんて野暮だよ。それに八幡くんは突っ込むより突っ込まれるほうでしょ? やっぱりはちはやじゃなくてはやはちこそ至高。現世で実現はできなくなったけど,想像の世界ならいくらでも,愚腐腐腐……」

「やっぱり池袋の磁場とか地脈がそうさせるのかな……昔に戻った感じだ……」

「何を言ってるんですか,せんぱい。何かが変わったからと言ってその人の全てが変わるわけじゃありません。海老名先輩が先輩を好きになったからと言って腐女子であることをやめたわけでもないし,わたしがあざとくなくなるわけでもありません。それを全部受け止めてもらわなきゃ困ります」

「……そう,だな。そう思ってたつもりだったが,姫菜,すまん。一色もありがとう」

 せんぱいは,ずいぶん変わりましたね。気づいてますか? それでも,たぶん,せんぱいの優しさは,昔も今も変わらないんだと思います。

「じゃあ一色,行くか」

「はい!」

 ……思い返してみたら,わたし,じぶんのことあざといとか言っちゃってましたね。あざとくないです,これが素なんですぅ!

 海老名先輩がイケメン女子と腕を組みながら手を振ってます。強いなあ,あの人……。

 わたしなら,あざとく泣いて引き留めるんだろうなあ……だからあざとくないですっ!

 


 

「せんぱい,もうお昼ですよ? 何か食べません?」

「そうだな……何か食べたいものがあるか?」

 いつの間にかデートという認識ができてしまい,生徒会の買い物などそっちのけ,東急ハンズをスルーしてサンシャインシティへ向かう動く歩道の上にいます。

 正直,ランチは水族園の中のレストランでまぐろカツスパゲティでいいですかねーなんて雑に思ってたので,何もプランがありません。

「せんぱいの食べたいものでいいですよー。ラーメンでもカレーでもせんぱいの行くところならどこへでもご一緒させていただきます。あ,でも,ニンニクマシマシのラーメンと餃子は勘弁してくださいね♪」

 やっぱり,あとで,キ,キスとかすることになったら気になりますし……。

「分かった」

 せんぱいはそう言うと,スマホをいじって何やら検索を始めたようです。

「んじゃ,何食べたいか分からんからブッフェでいいか」

「はいっ!」

 ふふふ,なんかせんぱいらしいですねー。でも,ハンバーガーで簡単に済ませようとかでない分,いろは的にはすこしポイント高いです。

 そうしてエレベーターに乗ったんですが,こ,このエレベーター速いです。なんか重力をぎゅーっと感じます。

 そして58階でエレベーターを降りたんですが……。

「せんぱい,ここ,ちょっと高くないですか?」

「そりゃ58階だからな。なんだ,一色は高所恐怖症だったか?」

「そうじやなくて! なんかランチブッフェ,税別3000円って書いてあるんですけど……わたしのお小遣いだとちょっと……」

「ああ,そっちか。まあ,ちょうどバイト代が入ったとこでな。意外といいお給料もらってるんだよ,電柱組」

「え!?」

「だから,おごってやるって言ってんだよ。デートなんだろ? 言わせんな恥ずかしい」

「しぇ,しぇんぷぁい……こんなのおごってもらったら,わたし,どうやってお返しすれば……はっ,まさか,わたしのからだでお返ししろとかそういうことですか? 本当はまだそこまで覚悟できてませんでしたけど,そこまで言われるなら覚悟を決めますのでよろじぐお願いじまず」

「おい,半分泣きそうになりながら何言ってんだよ。そこはちゃんと断れよ。いや,そもそも求めてないけど!」

 わたしのからだ,そんなに魅力ないでしょうか? ちょっと自信無くします……結衣先輩はともかく海老名先輩にはそれほど負けてないと思ってたんですけど,せんぱいの揉み比べの結果,わたしの方がアレだったんでしょうか……。雪ノ下先輩には絶対に負けてない自信があるんですけどねー。

 

「何かしら? 急にいろはかるたをぶっ叩いて取りたい気分なのだけれど」

「ゆきのん,どうしたの!?」

 

 なんだか夢のようです。

 お料理はおいしいし58階から見える外の景色もすごく良くて,これが夜だったら夜景はもっと奇麗なんだろうなあと思いました。

 コースのディナーとかでなくてもいいんです。先輩とふたり,またここで食事できたら……。

 


 

 ブッフェということでちょっと食べ過ぎてしまいましたけど,当初の目論見通りサンシャイン水族館へ向かいます。

 一旦エレベーターで下まで降り,ワールドインポートマートビル1階から,今度は水族館行きエレベーターに乗って屋上を目指します。

 エレベータを降りると,まずは滝がお出迎え。

 エントランスは南国リソートのような雰囲気を漂わせていて,いやがおうにも気分が高まります。

 館内に入ると,サンゴ礁の海が広がっていました。

 水槽の底からは,チンアナゴが顔を出していて,その……今朝のことをちょっと思い出しちゃいました……。

 ゾウギンザメっていうのもなんか胸ビレをひらひら動かして泳いでてなんかダンボを思い出しちゃいました。

 そのあとのサンシャインラグーンもキレイな魚がいっぱい泳いでます。

 巨大なエイの顔はちょっとアレでしたけどね。

 クラゲのトンネルはちょっと幻想的な感じ。

 せんぱいは,こうやってゆらゆらとなにもしないで漂っていてえなあとかロクでもないことを呟いてましたよ。生徒会の仕事があるんですからそんなわけにはいきません。

 2階に上がると水辺の旅,グリーンイグアナのところでも,こいつらじっとしてていいんだから羨ましいとかぬかしやがってましたね。せんぱい,こんなに見世物にされて平気でいられるんでしょうかね?

 カエルはノーサンキューですが,アザラシはちょっとかわいかったです。

 さらに上に上がると天空のオアシス「マリンガーデン」。

 ここではなんと言っても「天空のペンギン」。

 まるでペンギンがビル群の上空を飛んでるように見えるんです!

 見上げると頭の上でペンギンが羽ばたいているんですよ!

 草原のペンギンもよかったなあ。ちっちゃい子供を育てるペンギンの夫婦なんてのもいました。

 ペンギンは一度夫婦になれば,一生そのパートナーと一緒にいると言われているそうな。

 その時,せんぱいの方を見たんですけど,せんぱいも同時にわたしのこと見ててくれたらなあ……。

 せんぱいは楽しんでくれてるのかなあ……。

 ちょうどコツメカワウソのお散歩の時間に遭遇して,その愛らしい姿にキャアキャアはしゃいじゃいました。また,せんぱいに「あざとい」って言われるかな?と思ったんですけど,せんぱいはやさしい顔で見守ってくれてました。

 アシカのパフォーマンスは人でいっぱい。横の人に押されて仕方なく,あくまでも仕方なくせんぱいと密着しちゃいました。えへへ。

 ショップでは,せんぱいはお米ちゃんに持って帰るお土産を探すと言ってました。

 わたしはせんぱいにナイショで,ペアのストラップを買いました。

 あとで渡してどこかに付けてもらいましょう。今日という日の思い出に……。

 ケープペンギンが描かれたかわいい婚姻届もありました。

 一瞬買おうかな,と思いましたけど,平塚先生に見つかったら死んでしまいますね。せんぱいが。

 


 

「これからどうする?」

「そうですねー,ちょっと歩いて疲れたので,プラネタリウムでも行きませんか? 同じ屋上ですから移動しなくてもすみますし」

「そうだな。俺,寝ちゃうかもしれないけどな」

「そしたら,せんぱいの寝顔をずっと見てますよ?」

「星見ろよ……まあ,お前の寝顔は行きの電車で見たけどな」

「!」

 せんぱいの思わぬ逆襲に,顔が熱くなるのを感じます。

 わたし,へんな顔で寝てなかったでしょうか?

 寝たふりのつもりだったのに本気で寝ちゃったから,どんな顔してたかなんて全くわかりません。

 でもせんぱいに聞いたらやぶ蛇になりそうだし……。

「大丈夫だ。かわいい寝顔だったぞ」

 こっ,この人は……///

「もう! せんぱい,行きますよ!!」

 せんぱいの顔を見ずに,手を引っ張ってプラネタリウムへ向かいます。

 プラネタリウムでは,カップル用の雲シートとか芝シートとかのプレミアムシートがあって,せんぱいとふたりで寝転がって見られたらなあ,と思いましたけど,残念ながらそれぞれ5組と3組限定ということで,もう埋まっていました。残念。

 でもせんぱいと隣に座れるなら,普通のシートでも全然問題ないです。

 ただ,隣り合ったシートの間の肘掛けは上に跳ね上げて,ふたりの間の障害は取り除いておきます。

「せんぱい,おやすみになるんならいつでもわたしにもたれかかっていいですよー」

「はい,あざといあざとい」

「んもう,あざとくないって言ってるじゃないですかー」

 リクライニングほ最大限に倒して,始まるのを待ちます。

 横をみるとせんぱいの顔がすぐそこに……。

 早く暗くならないかなあ……。

 上映が始まる。せんぱいと同じ星を眺める。この椅子,結構ゆったりしている。もっと小さい椅子でもっとせんぱいを近くに感じられたらいいのに。

 勇気を出してせんぱいの手を握り指を絡める。

 せんぱいの手が一瞬ビクッてしたけど,手を引くこともなくそのままでいてくれている。

 さっきまで歩く時も手をつないでいたけれど,暗闇の中で手探りしながら指を絡めるのは,また違う感じがする。

 歩いてるときは,迷子にならないようにとか理由もあるし歩くことに集中しているからそれほど気にならなかったけれど,今は全神経がこの手のひらと指先に集まっているんじゃないかと思えるくらい。

 はっきり言って星座のナレーションももう聞こえない。せんぱいの顔しか見えない。

 せんぱいは上を向いたまま。今,わたしの方を向いてくれたら,この距離をゼロに詰めることだってできるのに……。

 


 

「んー,なかなか面白かったなー」

 ドームを出た後,伸びをしながらせんぱいが言った。

 せんぱいは,わたはがずっとせんぱいのことを見つめていたのも気づいていないんですね。

「お前が手を握っていてくれたおかげで寝ずにすんだよ。サンキュな」

「あ,はい……」

「どうした? お前の方が眠くなったのか?」

「いえ……」

「そろそろ暗くなってきたし,遅くなると親御さんも心配するだろうから行くか」

「はい……」

 プラネタリウムに入るまではあんなに楽しかったのになあ……。

 もう終わりかあ……。

 でも帰りはせんぱいから自然と手を握ってくれた。

 今日はこれでいいのかな……。

 噴水広場を過ぎたあたりで,せんぱいの,手を握る力が少し強くなった。

「せんぱい?」

「もう少しだけ,遊んでいくか」

「え?」

 そのまませんぱいはわたしを連れてエレベーターへと乗り込む。

 着いた先は展望台。

「せっかくここまで来たんだから,やっぱり展望台へ登っておかないとなあ」

 ダメだ。また涙が出そう。せんぱいったらどこまであざといんですかー。

 展望台と言っても,ここは巨大な万華鏡のような光と鏡のトンネルがあったり,VR体験ができたりとただ外を眺めるだけじゃなくて,いろんなアトラクションのような楽しみ方ができるところでした。

 VRのウルトラ逆バンジー,マジヤバでした。

 直前にトイレに行ってなかったらまずいことになっていたかもしれません……。

「そろそろかな?」

「そうですね,十分遊びました。ありがとうございます」

 さっきまでの悲しい気持ちも吹っ飛ぶほど遊んでしまいました。

「ん……その前に」

 せんぱいに大きな窓の前に連れて行かれ,肩に手を回されました。

 ドキッとするわたしをよそにせんぱいは窓の外を指さします。

「ほら」

 促されるままに外を見ると,辺りはすっかり暗くなって,一面にきらきらとした宝石箱のような夜景が広がっていました。

 な,なんなんですか,これは!

 わたしの横にいるのは,どこのイケメンですか!!

 正直,葉山先輩ならこのくらいのことをしてもおかしくないなと思いますけど,せんぱいがこんなことをするなんて。

 葉山先輩と恐らく違うのは,せんぱいが照れくさそうにしているところ。

 それでも,無理してわたしのためにせいいっぱいあざとい演出をしてくれている。

 なぜか自然に,口に手を当てて涙を流していました……。

 たぶん,夜景が目に染みただけですよね……?

 

 


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