まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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はい,またお会いしました。
めぐり番外編3話目。事実上これで終わったようなもんなんですけどね。
番外編名物(?)茶番屋台が入りきれなかったんですよー。
これだけでうっかり1万字超えちゃったもので……。
なので,次回4話目に突入します。
本当に駄作者がすみません……。


バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(3)

「ここでいいですかね?」

 

 比企谷くんと私は,稲毛海浜公園にあるいなげの浜海水浴場の検見川寄りの砂浜に立っていた。

 ここは去年から白い砂浜に変わったんだよね。

 ヒールのある靴では砂に埋まって歩けないからと靴を脱いで裸足になる。

 革靴を履いていた比企谷くんも裸足。

 足の裏で砂がキュッとして少し気持ちいい。

 まだ日も暮れたばかりで辺りには何組かのカップルがいるけど、タキシードにドレス姿で裸足の男女なんて私たちだけだね。

 

「ねえ比企谷くん」

「はい?」

「……どうして迎えに来てくれたの?」

「いや、まあ……」

 やっぱり少し照れ臭そうに頭をかく比企谷くん。

 

「俺、めぐり先輩にちゃんと謝らなきゃって思って……」

 

 えっ?

 

「文化祭も、体育祭も、いつも先輩には不真面目で最低だって言われて……俺、いつも効率が一番いいからなんて言い訳してたけど、周りの人の気持ちなんかひとつも考えてなかった、いえ、考えようとしてなかったんです」

 

 そうじゃないよ……。

 

「いつかお詫びしようと思ってたんですけど、この前のバレンタインイベントも機会が無かったし今日も最後まで言えなかったから……だから、すみませんでした!」

 言い終わった比企谷くんは深々と頭を下げる。

 

 違う、違うよ、比企谷くん……そうじゃないんだよ……。

 いつの間にか私は彼を正面から抱きついていた。

 

「め、めぐり先輩?」

「ごめん、ごめんね、比企谷くん。悪いのは私、私なの。君はいつもみんなのために懸命に頑張ってくれたのに、ちっとも不真面目なんてことなかったのに、最低なんてことはひとつもなかったのに、私の言葉で君を傷つけた……だから謝らなければならないのは私だよ、だから……だから……」

 私,きっとその時,泣きそうな顔をしていたんだろうと思う。

「めぐり先輩……踊りませんか?」

「えっ?」

「さっき、めぐり先輩と最後のダンスを踊れなかったんで……」

 やっぱり君は……。

「私が……ラストダンスを踊れなくて寂しそうにしてたのを見て?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて、俺がめぐり先輩と踊りたいと思って、いや、それもちょっとキモイかな……」

 あたふたする比企谷くん、可愛いなあ。

 彼は、一旦目を瞑り手を自分の胸に置いて呼吸を整え、目を開くや否や私の瞳を見つめながら言った。

 

「先輩、俺と踊ってもらえますか?」

 そうして差し出された彼の右手をとり、

「ええ、喜んで」

 と私は答えた。

 


 

 彼は,自分のスマホを操作してポンと砂浜に放り投げた。

 

 そこから聞こえてきたのはムーディーな曲。

 私たちは再び手を取り身体を合わせながらゆっくりと踊りだす。

 とうに日は落ちて満天の星空の下,比企谷くんと私のラストダンスが始まった。

 まだ3月だから海からの風は少し冷たいはずなのに,彼の熱で今は心が体が暖かい。

 比企谷くんは慣れた感じで私をリードしてくれている。

 さっきみんなと踊っていたから?

 それとも,もっと前からなのかな?

 周りの人が見ているかもしれないけど気にはならない,比企谷くんと私,二人だけの時間,二人だけの空間。

 そして,比企谷くんの胸と私の胸が重なったとき,私は気づいた。

 

 私,ブラしてない!?

 

 いろいろ展開が速すぎて忘れていたけれど,たしか肩が出ているピスチェドレス着ているのにブラの肩ひもがないことに疑問を持っていたのよね?

 私の胸に比企谷くんの胸の感触がダイレクトで伝わる。

 細く見えるけど意外としっかりしているんだなぁなんてことはどうでもいいの!

 昼間,さんざん目にしたしねっ!

 べっ,別に男の人の裸なんてわいせつでもなんでもないし!

 

 そうじゃなくて! 比企谷くんの感触が私に伝わるってことは,私のむ,む,胸の感触も比企谷くんに伝わってるってことよね?

 比企谷くん,意識してくれてるのかな?

 いつもはるさんとか由比ヶ浜さんとかと一緒にいるみたいだから,ちょっと自信ないな……。

 

 チラッと比企谷くんの顔を覗き見ると,意識してわざと視線を逸らしているようにも見えた。

 暗くて顔の色までは分からないけど,きっと赤い顔してるよね? 

 そう思ったら,ちょっと悪戯心が出てきちゃったんだゾ♪

 えいっ!っとさらに胸を押し付けてみる。

 今,比企谷くんの身体がビクンと震えた。

 反応が可愛い♡

 それでも無理に身体を離したりしないでちゃんとダンスをリードしてくれている。

 

 もうすぐこの時間も終わっちゃうのかあ……いつまでもこの時間が続けばいいのに。

 そんな私の望みをよそに曲は終わりを迎える。

 片手を握ったまま恭しく礼をする。

 彼の温もりが無くなることに,少し寂しさを感じているのかもしれない。

 


 

「あーあ,本当に高校生活,終わっちゃうんだなあ」

 比企谷くんと私は,タキシードとドレスという格好で砂浜に並んで膝を立てて座っていた。

 

「めぐり先輩なら,もう大抵のことはやりつくしたんじゃないですか?」

 そんなことを言いながら彼はいつもの缶コーヒーをカシュッと開ける。

「そんなことはないよー。私だってやり残したこといっぱいあるよー」

 私は彼の買ってくれたホットココアに口をつける。

 もう時間が経ってしまってお互いに冷めてしまっているけどね。

「やっぱりその甘いコーヒー飲んでるんだ」

「まあ……今さら何飲んだらいいかよく分からなくて……もう習慣みたいなもんで」

 少し口を付けた缶を指でつまみながら軽く振ってみる比企谷くん。

「少し,もらっていい?」

「ああ,飲んでみたいなら帰りに買いますよ」

「んー,なんかすごく甘そうだから,一缶は飲めない気がするんだよねー」

「そんなことはないでしょう? そのココアだってずいぶん甘いと思いますけど」

「じゃあ,飲み比べする?」

「それはちょっと、だって……」

「ひょっとして比企谷くん、間接キスとか気にしてる?」

「そりゃ気にしますよ。めぐり先輩だって俺なんかと嫌でしょう?」

 ふふっ,照れる比企谷くんも可愛いなあ。

 

「それじゃ,間接キスが気にならなくなるおまじないをしてあげるね♪」

 言うが早いか比企谷くんの顔に右手を添えて,最初は軽く,次に強く自分の唇を彼の唇に押し付ける。

 

「ん……ふっ」

 唇が離れ,あっけにとられていた彼に言った。

「んー,甘いキスって言うけど本当に甘いね」

「いや,なんで……」

 何が起こったのか理解できていないという顔で彼が問いかける。

「これでもう間接キスくらいじゃ気にならないでしょう?」

「それはそうですけど,でもそうじゃなくて……」

「いいのいいの。じゃあ,これ少しもらうね♪」

 そう言って,彼の手から缶コーヒーを奪い取り,代わりに私のココアを手渡す。

「んーやっぱり甘ーい」

 一口含んだそれは、さっきのキスと同じ、とても甘い味がした。

「比企谷くんも私のココア飲んでいいよー」

「はあ……」

 ちょっとだけココア缶とにらめっこした比企谷くんは、ムムムっと唸りながら意を決したように缶に口を付ける。

「……甘い」

「フフッ、同じだね」

「いや、違いますよ。全然違う」

「えー、そうかな?」

 

「じゃあ、もう一回試してみるね」

 彼の前に右手を差し出してココアの缶を受け取り……それをそのまま砂浜に落とし、両手を広げて比企谷くんに抱き着き再び口づけを交わす。

 

「んっ」

 私のココアと彼のコーヒーが白い砂浜に染みをつくる。

 夜の帳と波の音だけが私たちを包んでいた……。

 


 

 二人の唇が離れた後、

 

「めぐり先輩も大胆ですね。周りはカップルだらけなのに……」

 

 かああ。

 

 そう言う彼の言葉に、急に顔が火照っていくのを感じた。

 よく考えたら周りだってカップルなんだから他のカップルのことなんか気にしてなかったんだろうけど、その時は気づかなかったんだよね……。

「ひっ、比企谷くん、行こっか」

 赤くなった顔を隠すように少し俯き加減で右手を差し出す。

 先に立ち上がった比企谷くんがその手を取って立ち上がらせようとしてくれたのだけれど、一瞬砂に足を取られてしまう。

 

「ひゃっ!」

 軽く悲鳴を上げ,前に転ぶ私を比企谷くんが抱きとめて,その勢いのまま二人とも砂浜に倒れこんだ。

 

「ごっ,ごめんね! 頭を打ったりとかしてない?」

 私は慌てて砂浜に手をついて彼から離れようとしたけれど,彼はそれを押しとどめるように背中に回した腕に力を入れ,私を強く抱きしめた。

「めっ、めぐり先輩!」

 切羽詰まった声で私の名前を呼ぶと,砂の上で体勢を入れ替え,今度は彼が上になり私の身体の上に覆いかぶさる。

 

 どどど,どうしちゃったの!?

 

 さっき,周りに人がいるって話だったのにこの状況。もちろん嫌じゃないけど,やっぱり恥ずかしい。

 でもそっかー。私はここで比企谷くんに初めてを……。

 比企谷くんも初めてなら,一緒に卒業式を迎えるんだね。

 

「比企谷くん……いいよ……でも,優しくしてね……」

 私はそっと目を瞑った……。

 

「ちっ、違います,そういうんじゃないですから!!」

「え?」

 

 キョトンとする私をよそに、そっぽを向く比企谷くんが続けた。

 

「めぐり先輩、服!服!」

 頭の上に巨大なクエスチョンマークを浮かべながら自分の姿を見ると、ドレスの胸の部分が落ちて、の……私のおっぱいが丸見えになってた。

 

「にゃ、にゃぁああああーーー!」

 えっ、なんで⁉︎

 そりゃ、さっき覚悟はしたけど、心の準備ってものが……。

 

「比企谷くん、もう少しムードが欲しいな……」

「そうじゃないです! さっきめぐり先輩が転んで支えようとした時に、タキシードの袖が背中のファスナーに引っかかって……」

「そうなの? でもそれじゃ比企谷くんが私の上に覆い被さっている理由にならないよ? それとも、初めは偶然だったけど私の胸を見て、つい欲望に負けて襲っちゃったっていうこと?」

「負けてない!負けてません! それにすぐに抱きついたんで,俺、見てないです。でもこうしないと、周りの人に先輩の,その,胸を見られちゃいますから」

 比企谷くん、私のために……でも、

「見てないの?」

「はい」

「ほんとに?」

「本当,です,よ?」

  露骨に目を背ける比企谷くん。

 

「そっか……やっぱりはるさんとか由比ヶ浜さんとか三浦さんは立派だから……私の胸なんか見るに値しないよね……」

 少し悲しげにポツリと呟いた。

「そっ、そんなことありません! めぐり先輩のも形も良くてすっごく綺麗でした!」

「……のも?」

「あ、いや、その……」

「他の人『のも』見たんだ……」

「あの、それはー」

「そして私の胸も見たんだ……」

「……」

 

「見・た・ん・だ・ね?」

 

「すっ、すみませーん! ここは土下座して最大限の謝意を表したいのですが、そうすると先輩の胸が……」

 私は私の上でアタフタする比企谷くんの背中に手を回してギュッと力を込める。

「……いいよ、比企谷くんが私のためにやってくれたことだし、ワザとじゃないんだもんね」

「はいっ! それはもう、大天使である小町と戸塚に誓って‼︎」

「んもう。そこで他の子の名前が出てくるのはめぐり的にポイント低いよ?」

「また新たなポイント制度が……」

「とはいえ、どうしよっか? 周りの人が誰もいなくなるまでこのままっていう訳にもいかないし。やっぱり、しちゃう?」

「だから、しません! 冗談も大概にしてください‼︎」

 うーん、私の決意が冗談にされちゃった……ちょっとだけ傷ついちゃうな……。

「とにかく少し離れてくれないとドレスを上げられないよー」

「どうしましょう……」

「んー、あっ、そうだ」

「何か閃きました?」 

 比企谷くんの問いかけには応えずに、私は下から比企谷くんのタキシードを脱がしにかかる。

「先輩、何を⁉︎」

「んー? 比企谷くんの上着を脱がしてるんだよ?」

「それは分かります! そうじゃなくてなんで、と」

「いやね,とりあえず比企谷くんのタキシードで隠せないかなと思って。比企谷くんが自分で脱いだら私が丸見えになっちゃうでしょ? それに比企谷くんにも見られちゃうし」

「見ませんよ。 その時はちゃんと目を瞑って……」

「……さっき嘘ついた」

 ジト目で私の顔の横にある比企谷くんの顔を睨むと,

「ほんとうにごめんなさいっ‼︎」

 ふふっ,全力で謝ってる。でもあんまり耳の横で声出されるとちょっとくすぐったいんだよね。

 

「じゃあ大人しくしててね」

 そう言って、私は再び彼の服を脱がし始める。

 

「あの……めぐり先輩?」

「何かな? 今、ちょっと今、大変なんだ」

「いや、タキシードを脱がすのに、シャツのボタンを外す必要は無いと思いますが……」

「チッ」

「先輩⁉︎」

 いけないいけない。つい舌打ちしちゃった。テヘ☆

「だってー,私だけ見られてるのってずるいよー」

「いやいや,ここで俺が上半身裸になったら,まったく言い訳できないですから」

「じゃあ,後でね」

「それは……」

 

「あ・と・で・ね♪」

 

「……はい」

 そんなに嫌なのかなあ……私,本当は比企谷くんに見られても全然平気なのに。

「じゃあ,袖を抜くから右手を少し浮かせてー,そうそう」

 覆いかぶさった彼の下からごそごそとやってるから,時々上半身を浮かせることになって私の胸を彼に押し付ける形になってる。今,右手を上げてるから左側に重心がかかって彼の顔がちょうど私の顔の右隣にある。

 

 はむ。

 

「ひゃあ!」

 彼の右耳をちょっとだけ甘噛みしたら可愛い声聞こえちゃった♪

 

 はむはむ。

 

「ちょっ、ちょっとやめて……」

 

 はむはむはむ。

 

「あぅっ、耳……弱いので……」

 

 はむはむはむはむ。

 

「いいかげんにしてくださいっ!」

「きゃっ!」

 比企谷くんが可愛い反応してくれたから、ついやりすぎちゃったよー

 今、彼は自分の両手で私の広げた手を押さえ、私の上から私を見下ろしている。

 見下ろして……???

 

「えっ!?」

「あっ!」

 比企谷くんが慌てて目を逸らしたけれど、今の私は比企谷くんに組みしだかれて露になった胸を隠すこともできない状態だ。いわゆる丸見え。周りから見たら比企谷くんが私を襲っているようにしか見えないよね。

 全裸写真も見られてるし,さっきもチラッと見られたと思うけど,こうあからさまだとやっぱり恥ずかしい。でも……。

 


 

「比企谷くん,痛いよ……」

「あ,はいっ,ごめんなさい!」

 彼が私の手の上に置かれた自分の手をずらした隙に,

「えいっ!」

 と勇気を出して彼の首の後ろに私の手を回し,さっと引き寄せる。

 手の支えを失いバランスを崩した彼の顔を私の胸へと導く。

 

「めめめめめぐりしぇんぷぁい!?」

「あんっ♪ 今動いたらくすぐったいよぉ。じっとしてー」

「でででも,しょのー」

「やっぱり比企谷くんは私みたいな胸が小さい子は嫌い……?」

「しょ,しょんなことはないです! 大好きでしゅ!!」

「嬉しい~!」

 彼を抱きしめる力を強くして,さらにギュッと押し付ける。

「うっぷ,しぇしぇしぇしぇんぱい,今日は,どっ,どうしたんでしゅかっ」

 彼の頭を抱く腕の力をを少し緩める。

「ぷはー,死ぬかと思った」

「ふふっ,そんな息ができなくなるほど大きくないよー」

 そう言って、私は上半身を起こして彼と向かい合う。

 

「せ、先輩! 周りから見えちゃいますから‼︎」

「見たい人には見せとけばいいよ、どうせ私の裸なんてそんな価値もないし……」

「そんなことはないです! さっきも言ったけど、その……とても綺麗ですし、俺が嫌なんです。他の男どもに見られるのが」

 そう言って、比企谷くんはタキシードの上着をふわっと私に羽織らせてくれた。

 私は少しうつむき加減になりながら,交差させた両手でその前襟をギュッと掴み,しっかりと体に纏わせる。

 他の男に見せたくないって,もう俺の女ってこと? 別に嫌ってわけじゃないんだけど,やっぱりまだ心の準備が……。

 顔が火照って赤くなるのが自分でも分かる。ここが暗くてよかった。彼に見られたら恥ずかしいもんね?

 赤い顔より裸の方が恥ずかしいんじゃないかって?

 それもそうだけど,でも違うの!

 まあ,裸も十分来恥ずかしいんだけど……。

 

「あのね,比企谷くん……私ね,この三年間って本当に楽しかったんだ」

 私は,少しの間沈黙して思い出を噛みしめる。そして再び言葉をつなぐ。

 

「一年生の時,文化祭の実行委員になってね,その時の文化祭,はるさんが実行委員長で史上最高の盛り上がりを見せたって話は聞いてるよね? 私はそのはるさんの姿に,ああ,こうしてみんなで行事を盛り上げたりするのって素敵だなって思ったんだ。 だからその年の生徒会選挙で書記になったの」

 比企谷くんは黙って私の話を聞いている。

 

「そして2年の時,今度はみんなが私を生徒会長に推してくれたんだ。初めは私なんかでいいのかなって思ったけど,私の一年間の活動を見てそう言ってくれたことが素直に嬉しかったし,周りの人たちも私を支えてくれるって言うから最終的に決意したの。結局,他に立候補者もいなくて信任投票で当選したんだよ。もちろん最初の言葉通りみんな私のことを助けてくれた」

 ここで言葉が途切れる。

 比企谷くんの顔を見る。ちょっと言いづらいけど,でも言わなくちゃ。

「そして去年の文化祭……私,君のこと、最低なんて言っちゃったし,終わった後もなんか悪い噂が流れたりして君には辛い思いをさせちゃったけど、それでも私にとってはいい思い出だったんだ」

「まあ,俺がやったことが最低だったのは間違いありませんし……それでもめぐり先輩が楽しかったって思ったのなら,俺にとってもいい文化祭だったんですよ。知らんけど」

「……やっぱり君は優しいね」

「そんなこと……」

「あるよ。君は優しい。そして、私が高校生の3年間得られなかったこんな時間をくれた。男の人と自転車の二人乗りして,浜辺で踊って……キスして……胸を見られたのはちょっと恥ずかしかったけど,なんか,青春してるって感じがした。ふふっ,楽しいね」

「めぐり先輩ならいくらでもモテたんじゃ? 生徒会にも男の人がたくさんいたでしょうし。中学時代の俺だったらソッコーで恋して告白してフラれてましたよ」

「フラれちゃうんだ……というか私が振るんだ……」

「でもちょっと意外でした。先輩が望めばデートくらい簡単に……」

「そうだね。生徒会のみんなが優しくしてくれたのは確かだよ。いろんな人から告白のために呼び出されたしね。ちょっと自慢に聞こえちゃう?」

 少しはにかみながら彼の表情を伺う。

「それじゃ……」

「でもね,生徒会では私をそういう対象にしちゃいけないみたいな不文律があったみたいで、告白してくれた人は……」

 その時,私はそのうちの一人のことを思い出していた。

 


 

 そう,あれは生徒会のみんなと卒業式の後で講堂の片付けをしていた時に、胸に赤い花をつけた先輩から腕を引っ張られて体育館の裏に連れてこられたんだった。

 

「城廻……めぐりくん。 ずっと前から君のことが気になってた。俺とお付き合いしてくれないかな」

「えっと……初めまして、ですよね? 私、先輩のことよく知らないんですけど……」

「えっ,俺のことを知らない? サッカー部の……」

「ごめんなさい。あまりスポーツには詳しくなくて……」

「ごめんなさい,か……いや、すまなかったね」

「え? いや,あの……」

 

 その人、逃げるように走り去って、私一人ポツンとその場に残されたんだったな。

 後で聞いたところによると、その人はサッカー部のエースストライカーで爽やかイケメン,ウチの学校はそんなに強くなかったけど,その人だけはJリーグからスカウトが来るくらい有名人らしく,それこそ学校中の女子の憧れの的だったのになんでOKしなかったのって友達から散々言われたけど、私もその人も互いのことを知らないのにお付き合いなんて考えられなかったんだよね。

 でも,いつの間にか私が誰ともお付き合いする気がないからその先輩を振ったって噂が流れてて。

 今思えば、その先輩が自分のプライドが傷つかないようにそんな話を言いふらしたんだろうな。

 その噂が出て以来、私に告白してくる人は誰もいなくなったんだ。

 

「先輩……めぐり先輩……」

 比企谷くんが心配そうに私の顔を覗き込んでる。

「あっ,ごめん。ちょっと昔のことを思い出してたんだー」

 私は自問する。

 誰からも告白されなくなって残念だった?

 そんなことない。

 十分充実した高校生活を過ごすことができたって今なら言える。もちろん恋もしてみたかったけど,それは私が知らない,そして私を知らない人とお付き合いすることじゃなかったと思う。

 

「君がさっき私を迎えに来てくれたことがすごく嬉しかった。一緒にダンスを踊ってくれたことがすごく嬉しかった。高校生活の最後に、こんな素敵な思い出をくれたことが、すっごくすごく嬉しかった。もしかしたら君じゃなくても良かったのかもしれない。でも、私が寂しそうにしてるのを見てここまで連れてきてくれたのは君だった。他の人に比べたらほんの僅かかも知れないけど、私は君の優しさを知ってる。だから、心の底から、今ここにいるのが君で良かったと思ってる」

 だから、私は……。

 

「比企谷くん……最後にもう一つ、わがままを聞いて、欲しいな……」

 決して寒さだけじゃなく震える体を無理やり動かして彼の胸に飛び込んでいく。

 暖かい……。

 

「私、もっと、しっかりとした思い出が欲しいの……君とのこの時を、私の身体に刻み込んで……」

 この暖かさをもっと欲しくなったんだ。

 

「ね? 私と最後まで……」

 そこまで言いかけた時、比企谷くんは、私の肩に両手をつき,私の身体を引き離すようにして、

 

「駄目です」

 と、ハッキリした声で言った。

 

「先輩の気持ちはすごく嬉しいです。嬉しいけど……俺,好きな人がいるんで……」

 そうか。私、彼のことを知った気になって、彼の気持ちを全然考えてなかった。

 私は、曖昧な笑顔を浮かべながら、彼に言った。

 

「そ、そうだよね。ごめんね。ううん、気にしないで。本当に私のわがままだから。さっきも言ったように君じゃなくても良かったかも知れないって……」

 そこまで言いかけた時、今度は比企谷くんが私の身体をギュッと抱きしめた。

 

「な、んで?」

 さっき私を拒絶したのに,どうして?

 混乱する私の耳元に彼が囁く。

 

「だって、めぐり先輩,泣いているから」

 えっ、うそっ?

 彼に言われて初めて,涙が頬をツーっと伝うのを感じた。

 その時になってようやく私は気づいた。

 

 誰でもいいわけじゃない,彼で良かったんじゃないんだ。彼じゃなきゃ駄目だったんだ。

 

 今さら気づいても遅いのに。

 今さら気づいてもどうしようもないのに。

 そんなこと気づかなければ良かったのに……。

 それでも……彼の……この残酷な優しさに甘えられたら……。

 彼を苦しめてしまうかもしれないけど、それでも……。

 


 

 パコン!

 

 それは唐突に鳴ったピコピコハンマーの音。

 

「ちょっと! いつまでやってるの‼︎」

「はっ、はるさん⁉︎」

 そこに赤いピコピコハンマーを手にしたはるさんが立っていた。

 

「痛っつー。そんなんでも思いっきりぶっ叩かれたら痛いんですよ?」

「だっていつまでも終わらないんだもん。もうそろそろ帰らないとめぐりの親御さんだって心配するだろうし。」

 え? そんなに長い時間いたの!? いつの間にか時間が経つのを忘れてたよ。

 

「めぐりは……その慎ましやかな胸を早く隠しなさい」

「えっ? きゃっ!」

 慌てて両腕を交差させて胸を隠す。

 それにしても慎ましやかな胸って……そりゃはるさんは立派なものをお持ちでしょうけど……

「ちょっと……比企谷くんには堂々と見せるのに、私に見せるのは恥ずかしいってどういうこと? だいたい周りからも丸見えだったんだよ?」

「うっ、うう……」

 途中から2人の世界に入って全然気にしてなかったよー。急に恥ずかしくなってきちゃった。

「まあ、周りにいた男どもは雪ノ下家の戦闘メイドさんたちが退治したから安心していいけど」

「あの……陽乃さん、戦闘メイドって……あそこで聖印を象ったような大きな武器を振り回してるの戸塚じゃないですか?」

「あれはうちの戦闘メイドのベータさんよ」

「いや、戸塚じゃ……」

 

「ベータさんよ」

 

「……」

 はるさんの強い言葉にも比企谷くんは納得いかないという表情を浮かべている。

 

「あっちで暴れてるのは一色ですよね!」

「あれも戦闘メイドのイプシロンさんよ」

「どう見ても一色……」

 

「イ・プ・シ・ロ・ン・さ・ん」

 

「……」

 とうとうこれ以上の口ごたえは無駄だと悟ったみたい。

 

「ちょっと胸の無いめぐりにはビスチェドレスは合わなかったかもねー。ほら、早くちゃんとドレスを引き上げてそのちっぱいを隠しなさい!」

「さっきからずいぶん辛辣じゃ無いですか?」

「だってぇー、比企谷くんと二人きりでいい雰囲気になって、あんなことやこんなこと、ハッキリ言って羨ましいかったんだもん!」

 ちょっと膨れるはるさん可愛いけど……。

「じゃなくて、はるさん、あんなことやこんなことって、いつから見てたんです?」

「そうね。二人がダンスを始めたくらいからかな?」

「ほぼ全部じゃないですか!」

 それこそキスしたり彼の顔を私の胸に押し付けたりとか全部見られてたってことだよね……。

 

「まあ、私やバラダギちゃん、姫菜ちゃんに優美子ちゃんは比企谷くんに胸だけじゃなくて全部見られてるけどねー」

「ア、アンタ! 何を言い出して……」

「ちょっとはるさん⁉︎ それってどういうことですか?」

「はーい、みんな撤収撤収〜あっちにリムジン置いてるから比企谷くんとめぐりはそれで送っていくよー。戦闘メイドの皆さんもお疲れ様でした〜!」

「ちょっ、はるさ~ん‼︎」

 


 

 3人を乗せた黒塗りのリムジンは、はるさんからも比企谷くんからも何も聞きだせないまま私の家の前に滑り込んだ。

 

 白髪の運転手さんがドアを開けてくれて、私は車の外へと足を下ろす。

 運転手さんは、そのまま私の荷物を一足先に家の玄関まで運んでくれている。

 その間,車の窓越しに二人に挨拶をした。

 

「はるさん、今日はありがとうございました」

「めぐりにはお世話になったからね……東京に行ってもしっかりやんなよ」

 いつものはるさんのようだったけど,ほんの少しだけ声が震えていた。

 

「比企谷くんも……」

「俺も……めぐり先輩のために少しでも何かできたのなら……もし、俺に好きな人がいなかったら、ソッコーで告白して振ら……」

 車の窓越しに私の唇で彼の口を塞いで、その言葉を途中で遮った。

 

「そしたら、両思いで恋人同士だったのにね」

 泣きそうな笑顔で彼に答えた。

 

 荷物を置いて戻ってきた運転手さんが帽子を手に取って私に一礼し、運転席に乗り込んで車のエンジンをかける。

 車の窓が上がり比企谷くんとの間が隔てられた。

 

「さようならー、ありがとうー!」

 車の中の彼も何かを口にしていたけど、私の耳にその声は届かなかった……。

 静かに動き出した車に向かい、私は一生懸命に手を振った。

 

 さようなら、私の高校生活……さようなら、比企谷くん……さようなら、私の恋……。

 カーテンの引かれたリアウインドウに、彼の姿はもう見えなかった。

 

 あっ、比企谷くんにパンツ返してもらうの忘れてた……。

 

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