第3話です。
いよいよ例の怪人の登場です!
この人が出ないので最終話に行けなかったのです。
しかし、このご時世にのんびり花見の話なんて書いていいのかとずいぶん悩みました。
悩みに悩んだ挙句そろそろいいかな?とそろーっと出したわけです。
なので、そろーっとご覧いただけると幸いです。
「始まるんだよ、千葉最大の侵略がな……」
ギャグキャラとは思えないほどいつになく真剣な原瀧の表情に、ただならぬ事態が起こりつつあることを感じさせた。
「いったい何が起きるというんだ……」
「臭い! 何だここは!! どうして花見の場所取りをしているサラリーマンが誰一人おらんのだ!!」
大声とともに目の前に現れたのは、烏帽子を被りふんどし姿に寿と書かれた剣道の胴、そして垂。眼鏡に髭、そしてすね毛丸出しの、ハッキリ言って変態であった。
「原瀧、あれは何だ」
「あれは……」
べべーーーん!
「皆まで言う必要はない! わたしは下戸の味方、心から桜を愛し花見を愛する者、そして鉄の肝臓を持つ男、グリコーゲンXだっ!!」
「グっ、グリコーゲンXだと!?」
俺は正月仮面に続く変態の登場に戦慄した。クリスマスの時は姫菜の機転により、辛うじて正月野郎を撃退することができたものの、毎回そう上手くいくとは限らない。
第一、今、この場には姫菜がいない。
「原瀧、アイツのことは知っていたのか?」
「ああ……大分県に行った優美子から情報が来ていた。奴は桜前線と共に鹿児島に上陸し、大分県に襲来。そして……」
「貴方がグリコーゲンXね。貴方の情報は大分県警から千葉県警、そして県議である父を通じて私たちの元へ入っていたのよ。今日私たちがここにいるのも偶然だとは思わないことね」
雪ノ下もグリコーゲンXの出現を知っていたのか。
「千葉県警の精鋭部隊の皆さん、よろしくお願いします!」
雪ノ下の掛け声一閃、制帽にTシャツ短パン姿のマッチョな男たちが一気に飛び出した……え? これが千葉県警が誇る精鋭部隊なの?
「わははは、かかったな、グリコーゲンX! おとなしくお縄につけ!」
ちょっと見た目はアレだが、確かにこれだけがタイのいい、まるでアメコミに出てきそうな男たちが一斉にかかれば、さしもの変態男もひとたまりもないであろう。
「どう思う? 原瀧」
「みんな死ぬだろ」
「は?」
ビックリして思わず原瀧の顔を見る。いくら何でも物騒すぎるだろ! ダークファンタジーとかじゃなくて所詮笑かしのお話しなんだからね。人死にとかありえねえだろ。
「い、いや、そういう心構えも必要だということだ、うん」
まったく、どこぞの漆黒のアダマンタイト級冒険者なんだか……。
「満開バスターーー!!!!!」
ボムッ!
「ぐわっ!?」
出し抜けに発せられた声に異変を感じ、思わず振り向いてみると、県警の精鋭部隊は瞬く間に満開の桜と成り果てていた。
何を言っているのかよく分からないだろ? 俺だって全く分からないんだ。ただ一つ明らかなのは、県警の精鋭部隊の全身が桜の花で覆われ怪奇さくら男となり果てて、うん、ちょっとキモイ。
そんな感慨に耽ってる場合じゃないぞ。
「原瀧、アレはなんだ!」
「満開バスター、ビームが当たったところに所構わず桜の花が咲くという、あ奴……グリコーゲンXの必殺技だ」
「満開……バスター……」
「それも優美子から……ヤツは大分県警の特殊部隊を一瞬にして撃退、続いて優美子もヤツの犠牲に……」
「三浦が⁉︎ 三浦、三浦は大丈夫なのか? 」
「ああ、今、大分の狭間医大に入院している。かなりのダメージを受けたが命に別状はない」
原瀧の言葉にとりあえずはほっと胸を撫で下ろす。だが、狭間医大と言えば葉山を女にしたあマッドサイエンティストのひとり、猪上博士が在籍しているところじゃないか。獄炎の女王に本物の火炎放射器が実装されないかマジ心配になってきた……。
「安心しろ八幡。今、猪上博士は大学を不在にしているからその心配はない」
だから地の文を読むなっての!
そんな俺の心の中に構いなく原瀧は辺りをキョロキョロと見渡し、大声で叫びだした。
「ちるそにあー! ちるそにあー、いるのだろうー?」
原瀧が大呼んだのは電柱組の前主領で陽乃さんの手によって今や支部に格下げされた大分電柱組のトップ、木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.の名だった。
「ふっふっふ、よく分かったな、バラダギ君」
そんなセリフとともに扇子で口元を隠したチルソニア将軍が桜の大木の陰から姿を現した。
「優美子が救急車で運ばれる直前、最後の力を振り絞って連絡してきたからな。文左衛門、謀反、と」
三浦がそんなことを……。
「お前! なんで三浦を傷つけた‼︎」
「仕方ないだろ。あの女、いろいろとうるさいからさー」
「うるさい? そんな些細なことで三浦は半殺しの目にあったっていうのか!」
「些細なこと、ね。はっはっは」
だが、次の瞬間、チルソニアの目がジロリと俺を睨む。
「おい小僧、舐めてんじゃねえぞ!」
奴の放った底冷えのするような低い声は、一瞬にして俺の背筋を凍りつかせた。
「電柱組は先祖代々続く木曽屋の家業だ。それが何だ、あの女は!わしに向かってあーしろこーしろとエラソーに。しかも下っぱや改良人間どもも揃いも揃ってあの女に尻尾を振りやがって!!」
「だから三浦を?」
「そうだ。やさぐれて夜の城址公園の桜の下で酒を飲んでいたら、たまたま出会ったぐりこさんと意気投合してな、あの女は下戸に酒を強要する悪いヤツだと教えてあげたらたちまち成敗してくれたよ。ついでに県警の犬と防衛軍とやらも殲滅してもらい、桜前線とともに上京したのだ!」
なん、だと……?
「テメェ、ふざけんな! 三浦はワガママで高圧的な態度を取ることはあっても、飲めない奴に無理やり酒を飲ませるようなゲスじゃねえ。ああ見えても面倒見のいい、優しいヤツなんだよ!」
自分でも冷静さを欠いているのは分かっている。全く俺らしくないことも。だが、三浦がそんなことをする人間じゃないことを俺は知っている。アイツが偽りの罪で断罪され酷い目に遭わされていい道理はどこにもない!
「ふん、全てはあの陽乃とかいう女が悪いんだ。アイツはいつのまにか木曽屋も電柱組もわしから奪い去った。何もかもアイツのせいだ!」
この野郎は自分の不始末で木曽屋が雪ノ下建設に買収され電柱組の首領の座を奪われたというのに、自分のことは棚に上げ陽乃さんを逆恨みした挙句三浦を襲わせたと?
「だからな、このぐりこの旦那の力で東京もんを全員ぶっ倒し、電柱組をわしの手に取り戻すべくこの地にやって来たのだ!」
お前もアレか、千葉と東京の区別がつかないやつか!
俺の怒りもいよいよ頂点に達しようとしているところへ原瀧が俺の肩をポンッと叩いた。
「八幡、落ち着け。少しクールダウンしろ。怒りに任せてもロクなことにならんぞ」
「これが落ち着いていられるか! 千葉を、千葉を馬鹿にされたんだぞ! ついでに三浦も傷つけられて!!」
「おい、そっちがついでかっ!」
「冗談だ」
「まあ冗談が言えるようなら大丈夫か」
本当は、はらわたも煮えくり返るような思いは続いていたが、原瀧が一呼吸入れてくれたことで頭の方はほんの少しだけ冷静さを取り戻していた。
「結衣……私たちとしては三浦さんは敵なのだから、その敵がやられたというのは、あの人は私たちの味方ということになるのかしら?」
「ゆきのん、ダメだよ! 優美子は今は敵かもしれないけど、わたしの友達だし同じ総武高校の生徒なんだよ!」
「そ、そうよね。あなた、ちるそにあとか言ったかしら? わたしたちの友だち……ではなくて知り合い?とにかく当校の生徒の三浦さんを傷つけたその罪、この千葉県立地球防衛軍の雪ノ下雪乃が許さないわ!」
「雪ノ下ぁ? お前、あの陽乃の関係者か?」
雪ノ下という名前を聞いたチルソニアの気が雪ノ下たち防衛軍の方へ向く。
「実に不本意ではあるのだけれど、誠に遺憾ではあるのだけれど、雪ノ下陽乃は私の姉よ」
「ほほう、じゃあ姉の代わりにまずお前から贄となってもらおうかな」
雪ノ下雪乃はどこまでも真っ直ぐな女の子だ。悪の存在に対して正面から立ち向かうことしか考えられないのだろう(さっきあいつらを味方かと思いかけたことは目を瞑っておこう)。
だが、今、この状況でそれは悪手だ。雪ノ下に由比ヶ浜、それに女になった葉山が到底立ち向かえる相手ではない。ここは、俺が雪ノ下たちを罵倒しつつ、さらにチルソニアを挑発して相手の関心をこちらに向けるしか……。
「おい、チルソニア」
しかして、先に動いたのは原瀧だった。
「なんだ、バラちゃん。わしの元へ戻ってくる気になったか? 今なら給料半額カットくらいで戻してやらんこともないぞ」
自らの状況を絶対的有利と見てとるや、露骨に足元を見てやがる。やることがいちいちセコイ。
「お前……ウンコ踏んでるぞ」
「は?」
原瀧の指摘にグッと目を凝らしてみると、チルソニアの靴の裏にさっき俺たちが撒いた牛糞が、それはもうベットリと付着していた。
「ぎゃああああ!」
「やーい、チルソニアのウンコ野郎~えんがちょえんがちょ♪」
原瀧、そういうのは止めてやれ。昔、小学校のころバリアさえ効かない比企谷菌感染者として隔離された思い出が俺の視界を歪ませるだろ。
「ききき、貴っ様~~~! こんなことをしてただで済むと思っているのか!!」
追い打ちをかけるかのように囃し立てる原瀧に、チルソニアはまさに怒髪天を衝く勢いで怒っている。
「いや、お前が勝手にウンコ踏んだだけだろ?」
「ぐりこの旦那! アイツらはウンコをバラまいて花見を台無しにしようとする大罪人です。みんなまとめてやっちゃってください!!」
チルソニアに促され、再びグリコーゲンXが口を開く。
「ぬう、お前たちは何ゆえに日本国憲法により日本国民に等しく与えられた花見の権利を阻害しようとしているのだ!」
「日本国憲法にはそんなことは書いていないのだけれど」
雪ノ下、それはその通りだが、多分そういうことじゃないぞ。
「たっ、大宝律令かな? 武家諸法度?」
ぐりこさん、ちょっと心弱い?
「ええい! そなことはどうでもよい。なぜお前たちは花見を妨害するのだ!!」
「私たちは花見を妨害なんかしていないわ。妨害しているのは―」
雪ノ下の白くてほっそりとした白魚のような指がすっと俺たちを指し示し……って、原瀧と下っぱどもはとっとと俺の傍からから離れ、え、俺?
自らを指さしながらキョロキョロする俺にぐりこさんの鋭い目が向く。
「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ひっ、ひぃぃぃぃぃ〜〜〜!!!
地の底から響き渡るような怒声に思わずちびっちゃうところだったじゃねえか!
「あーん、ちょっと漏らしちゃったぁ……もうお嫁に行けないよぉ……」
内股でその場に座り込んでシクシクと涙声の葉山……おい、カワイイなお前! お嫁に行けないって、なんか前より女子化しちゃってるんじゃないの!? このままはちはやルート行っちゃったらどうすんだよ!!
「やーい、やーい!腐った魚のような死んだ目をした男が女の子を泣かせたぞー!! 謝罪だ謝罪!あ、ソレ、しゃ〜ざ〜いっ、しゃ〜ざ〜いっ!!」
おい、チルソニア! 泣かせたのは俺じゃない! 小学校の学級会を思い出して俺が泣いちゃうぞ。
「お前、酷いやつだな」
こら、グリコ野郎! なに人のせいにしとるんじゃゴルァ! 泣かせたのはオンドレじゃろうがぁぁぁ!!!
「とりあえず悪は退治しておくか、まずはガソリンの補給じゃ!」
言うが早いか鷲掴みにした源蔵徳利の首に掛けた紐を引き寄せ、直に口をつけて酒をあおるグリコーゲンX。
「エネルギー充填完了っ‼︎」
「マズいぞ八幡。報告によるとヤツは飲めば飲むほど強くなるらしい」
ドランクモンキーかよっ! なんかちょっとかっこいいじゃねえかっ‼︎
しかし、平塚先生の衝撃のファーストブリットから抹殺のラストブリットまでを喰らっても耐えきれる防御力を備え、雪ノ下家のリムジンに跳ねられても足の骨折で済んだ俺なら、多少殴る蹴るされても耐えればいいだけだが、原瀧をそんな目に合わせるわけにはいかない。
原瀧だけじゃない。雪ノ下や由比ヶ浜、ついでに葉山までこの争いに巻き込まれて満開の桜にされてしまう可能性だってあるんだ。
俺が原瀧や雪ノ下に悪態をついて一人でグリコ野郎のヘイトを集めることができればあいつらを助けることができるか……。
いや、ダメだ!文化祭で逃げた相模を屋上で罵倒した時は、全てを飲み込んだ葉山が呼吸を合わせてくれたおかげでうまく事を運ぶことができたが、今回、葉山はしくしく泣きじゃくっているし、そもそも俺のやり方なんてあいつらにはすべてお見通しだ。その場で否定されてうまくいきっこない。
それに、そんな方法じゃ結局あいつらを、姫菜を悲しませてしまう。
ならどうしたらいい?
助けを求める?
誰に?
平塚先生……。
俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはずっと俺を導いてくれていた恩師の姿。
あの人なら拳でも酒でもこの男と互角以上に渡り合えるかもしれない。
だが、今朝の千葉日報は伝えていた。
平塚先生が総武高校を去ってしまうことを。
だから……いつまでも先生に頼れない。
ま、親にはずっと脛を齧らせてもらうつもりなんだが……。
とにかく俺ひとりの力でこいつを倒さないと平塚先生は安心して新しい赴任校に向かえないんだ。
「少年、何を一人でジャイアンに立ち向かうのび太のような悲壮な顔をしている?」
ポンと俺の頭に置かれた手。優しく、そして力強い感じ……。
「平塚……先生……?」