第4話です。
平塚先生が他校へ異動されてしまいましたので、代わりの先生が来ました。
「平塚……先生……?」
だが、そこにいたのはあの恩師ではなかった。
「君たちはまだ子供なんだから、小難しいこと考えてないで大人に頼るじゃん?」
俺の横に立つ長い髪を後ろで縛ったその人は、白衣ではなく緑色のジャージに身を包んだ美女。
胸のサイズならば平塚先生にも負けず劣らず……ゲフンゲフン。
「あの……あなたは?」
「私は黄泉川、黄泉川愛穂。厚木先生に代わって4月から総武高校で体育を教えることになった」
黄泉川と名乗ったその先生は、優しい微笑みをたたえながらで俺に向かって右手を差し出した。
「え、あ、はい、いや、あの……」
きょどりながら右手を差し出そうとしたが、今まで牛糞を巻いていたことを思い出し、慌ててゴム手袋を外すや否や、緑のジャージの先生は俺の手を取り。
「よろしくじゃん」
と笑顔を見せた。
しかし、その顔をグリコーゲンXに向けた途端、少し垂れ目がちな瞳は一転鋭く、苛烈なものに変わった。
「おい、そこの男! この子たちに刃を向けるというなら、この私が許さないじゃんよ」
「ぬぬぬ、そいつらは花見を妨害しようとする大悪人だぞ? 悪いことをしたらお仕置きされるのが当然だ!」
「それでも!」
何かを思い出すように瞳を閉じ、少しの沈黙ののち再び目を見開いて、
「子供たちを傷つけることは許されない」
と、グリコーゲンXに向けてなのか、それとも他の誰か、あるいは自分に対してか、絞り出すように、しかし力強く言い放った。
「そうか。そいつらを庇いだてするというなら、お前も悪人といことで、問題、ないな?」
「問題大ありじゃん。どう見たってそっちが悪人じゃんよ」
「こっ、こらっ貴様! 人は見た目で判断しちゃいけませんとお母さんに教わらなかったのか!!」
そうだ、そうだ! 見た目で判断なんかするから、俺がいつも不審者谷君とか性犯罪者谷君とか罵倒されるんだぞ!
って、全部雪ノ下じゃん‼︎
「そんなことないから安心しろ。八幡は大体の人に不審者と思われているからな」
安心できる要素がどこにもねー! てか、地の文を読むのはヤメロと何度も言ってるだろ‼︎
「ま、まぁ、お前の優しさは分かりにくいからな。一度それを知ったらそんなことを言う奴はいないだろうけど、な」
お、おうっふ。
頬をほんのり紅色に染めた原瀧のツンデレタ〜イム!
これはなかなかの破壊力だな。
全くもってご馳走様です。
そんな益体もないことを考えている間も黄泉川先生とグリコーゲンXのにらみ合いは続いていた。
「グリコ先生、そんな女とっととやっつけて、早く悪の総本山、陽乃をやっつけに行きましょう!」
膠着状態に痺れを切らしたチルソニアがグリコーゲンXに決着を促す。しかし、
「うぬぬ……この女、できる。この勝負、先に動いた方が負ける」
二人の睨み合いはいつ果てるともなく続く……と思われたその時、
「えいっ♡」
というかわいい声とは裏腹に、グリコーゲンXの後頭部に黒光りする大きな金属製のハンマーが振り下ろされる。
お、おい! 普通の人間なら死んでるぞ、アレ。
さすがのグリコさんも後頭部を押さえてその場にうずくまっちゃってるじゃん。
「均衡状態が続くなら、バランスを崩してあげればいいじゃない♪」
可愛く言い放っても、手に持ったトンカチにはベットリと血糊がついてるっての!
当然、こんな悪魔のような所業を笑顔で行えてしまうのは我らが魔導王・陽乃元帥閣下しかいらっしゃられない。
やっぱりこの人には絶対に逆らってはだめだ……。
深く心に刻んだ瞬間だった。
「オイコラ! お前は人の心というのを持たんのか、この人でなし!悪魔! はるのっ!!」
「陽乃は悪口じゃないでしょ!だいたい元・悪の組織の首領が何をいまさら言ってるのかな、木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.!」
「バッ、バカっ! フルネームはやめれー!!」
「じゃあ文左衛門」
「チルソニアと呼べ!チルソニアと!!」
さしもの元電柱組主領様も我らが大元帥閣下の前では型なしである。
そんな緊張感ありそうで途切れてしまった中、血まみれのグリーゲンXがぬらりと体を起こしチルソニアに対し、
「うーい、酒じゃ、酒持ってこーい!!」
と命令した。
その声に「へへーい」と言いながらそそくさと一升瓶を差し出すチルソニア。
ウッ、カッコワルイ。
それよりグリコさん、そんな怪我してるんですからお酒飲んじゃ駄目なんじゃ……。
「心配には及ばん!鉄の肝臓(アイアンレバー)全開っ‼︎」
一升瓶に入った酒をグビグビと飲み干し切ったその瞬間、奴の肝臓は閃光を発し、囂々とした唸りをあげ稼働するっ!!
「わははははは!グリコーゲンX完全復活っ!!」
驚いたことにあれほど噴き出ていた血はピタリと止まり、ズオオオオオオオオオっという擬音とともに燦然と立ち上がるグリコーゲンXっ!!
「ふうん……」
顎に指を当てて何か考えごとをしている陽乃さん。
おもむろに右手の指をビシッとグリコーゲンXに向けて、
「あなたの実力は見せてもらったわ。今日のところはあなたも怪我をしているみたいだしこの辺で勘弁しといてあげる!」
と高らかに宣言する。いやいや、グリコさんめっちゃ元気そうなんだけど!?
「逃げるのか?雪ノ下陽乃っ!」
そんな強気な発言をするチルソニアだが、ずっぽしグリコさんの背中に隠れ、声を出す時だけ表に出てきていている。
はっきり言って格好悪い。
「バラダギっ、謝るなら本当に今のうちだぞ?これ以上は泣いて謝っても絶対、ゼェ〜っタイ許してやらないんだからねっ!!」
「チルソニア……あたしの心と体の置き場所はもう決めてある。アンタのところに戻ることはあり得ない」
いつになく真剣な表情の原瀧。おっ、おい。これ、ギャグだよね?笑かしだよね!?
ここで俺が傘の上で枡をクルクル回せばよいのだろうか?
しっ、しまったーっ!俺は頭脳労働専門だった!!
こんな時こそ玉縄、ヤツの出番じゃないかっ!
「やあ僕は玉縄、海浜総合高校生徒会の……」
「満開バスター!!」
しゅぼむっ!!!
ああっ、俺が不用意なフラグを立ててしまったために、うっかり現れた玉縄が怪奇さくら男に〜〜〜!!
すまん玉縄……。
「貴様、とうとう子供達を毒牙に……」
黄泉川先生は垂れ目がちなまなこを吊り上げ、烈火の如き怒りを露わにしている。
「ふんっ、私と桜前線の行手を阻もうとするものは何人たりとも許すことはできんのだっ!」
再び差し出された一升瓶を一息に飲み干すグリコーゲンX。
「ぐりこの旦那っ!もうこいつら、ギッタンギッタンにかちくらわしちやっちください!」
そしてその陰に隠れつつチラチラ顔を見せながら煽っているチルソニア。カッコ悪い。
「はいはい、みんな落ち着いて」
パンパンと手を叩きながら割って入る陽乃さん。
「あなた、グリコーゲンXさんだっけ?」
「いかにもっ、私が鉄の肝臓を持つ男っ、グリコーーーーーーゲン、エェーーーックスだっ!!」
くっ、くどいっ!!
「あなたカラオケが得意なんでしょう?」
「花見といえばカラオケ!超音波カラオケは私の一番の得意技だっ!!」
「じゃあ、明日の正午、花見川千本桜緑地にいらっしゃい。あなたとの対決に相応しいステージを用意してあげる」
「ぐっ、ぐりこの旦那っ!あんな女の口車なんかに乗っちゃいけやせんぜ!! ここは一気に……」
「待てーい!」
グリコーゲンXが戦いを促すチルソニアを制し、陽乃さんに向き直る。
「カラオケのステージを用意すると?」
「もちろん。そこでカラオケ対決をして雌雄を決しましょう」
「ずいぶん自信ありげだな」
「自信がなければこんなことなんて持ちかけないわ」
陽乃さんはただでさえ自己主張の激しい胸をこれ以上ないほど張って、その自信のほどを露にする。
「くっ……!」
雪ノ下、なんでお前が悔しがる?
「よかろう。そこまで言うのならその安い挑発に乗ってやろう。明日は私の美声に酔いしれるがよいわっ!」
踵を返し、引き揚げていくグリコーゲンX。
「チクショー!お前ら、明日は覚えてろよー!!」
小物感満載の捨て台詞を残し、チルソニア将軍が「へっへっへー」と揉み手をしながらグリコーゲンXの後を付いていく。
超かっこ悪いぞ。
だが100メートルほど離れたところで、グリコーゲンXが突如振り返ったかと思うと、ずばばばばと俺の鼻先まで顔を寄せてくる。
ちょっ、近い近い近い!あと酒臭い!!
「若者っ!」
「はっ、はひっ!?」
「カラオケはDAMを頼む。できればLIVE DAM Aiでな」
「わっ、分っかりましたぁ~~~!」
「では、バッハハーーーイ!!」
言うが早いか桜吹雪をまき散らしながらしゅぱぱぱぱぱと一瞬の間に走り去っていった。
呆然と立ち尽くす俺の横で、陽乃さんは不敵な笑みを浮かべ、余裕の態度でグリコーゲンXの行く方を見送っている。
「さあー、明日は野外音楽堂に朝9時集合ね。比企谷君はプリキュアの録画を忘れないでね」
「いやいや、ステージ昼からですよね?戦隊とライダーは見られないですけどプリキュアは間に合うんじゃ……」
「何言ってるの。私たちは主催者側なんだからね。先に来て準備をするのは当たり前でしょう?」
「いやしかしその時間はアレがアレで……」
「大分に行ってたんだよ」
陽乃さんは遠く西の方を見やりながら、まるで独り言を呟くかのように言葉を続ける。
「私が……私が、巻き込んだ……」
きっとその眼には、病院のベッドに横たわる三浦の姿が映っているのだろう。
「チルソニアが私に反感を持っていたのは分かっていたけど、どうせあの男一人じゃ何もできないだろうと見くびっていた、これは私の落ち度。でも、そのために優美子ちゃんが傷ついてしまったことが許せない。あの男も、私自身も」
強く拳を握りしめ、俺に向き直る陽乃さん。俺を見つめるその瞳はわずかに潤んでいた。
「もちろん比企谷くんを危険な目に晒すのも本意じゃない。みんなの安全を再優先すべきなのは分かってる。でも、それでも……」
俺は、声の震える陽乃さんを正面から抱きしめ、そのセミショートの髪に優しく指を這わせる。
「大丈夫です。責任感の強い三浦のことだから自分の身も顧みず相手に抵抗したのでしょう。このまま投げ出したのではあいつのやったことが無駄になる。三浦の無念も、陽乃さんの悔しさも何とかして見せます。俺が……」
「俺が、じゃなくて、あたしたちが、だろ?」
俺の肩にポンと手を置いた原瀧が微笑む。
「原瀧……」
「バラダギちゃん……」
「おーおー、青春してるじゃんよ、若者たちは♪」
「由比ヶ浜さん、いえ、結衣。私たちは何を見せられているのかしら……」
「でもいいなあ……あたしも混ざりたい」
「結衣!?」