まちがいだらけの修学旅行。   作:さわらのーふ

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セカンドシーズンを迎えました。

ファーストシーズンの最終話でようやく「県立地球防衛軍」とのクロスオーバーになったんですが,Pixivでの公開時,若い人は誰も知らねーだろという至極もっともなご指摘をいただきました。
およそ35年くらい前の作品ですから致し方ないですよねえ……
興味のある方はAmazonKindleで売ってますので,スマホ等で見てみてください。
まあ,誰も知らないならもうオリキャラ扱いでいいよね?ということで続きです。
ただ,千葉についてはあまり行ったことがなく,今回,それほど移動もないため前作のような観光案内要素は皆無,前シーズンの見どころの9割が失われるという惨憺たることになると思います。

だからと言うわけではありませんが,セカンドシーズン1話から修羅場です。

安易だなあ……

駄作者がほんっとすみません。




まちがいつづける修学旅行。
まちがいつづける修学旅行。① ~下総騒乱編~


あの狂乱の修学旅行からひと月,俺の日常は元通り……とはならなかった。

 

 マッスル日本の活躍?により戸部の告白はうやむやになり,葉山グループは今まで通りの関係を取り戻すかに思われたが,まず戸部が大分の狭間医大に入院中である。さすがに県立地球防衛軍のようなギャグ漫画とは世界観が異なるため,大けがをしても翌日にはピンピンしているというわけにはいかない。

 

 一応意識は取り戻したみたいだが,まだしばらく入院・加療とリハビリが必要とのこと。

 今でも病床で,ヒキタニくん,アレはないわーと言ってるとか。だから俺じゃねーってぇの。

 ちなみに,戸部が海老名さんの思い人という話は,海老名さんはじめ全員でそんな事実はなかったんやと言った結果,戸部の幻覚ということになった。虚言を嫌う雪ノ下まで一緒に口裏合わせに乗ってくれたのは意外であったが,彼女曰く,元が嘘だから海老名さんが指さした事実よりも,思い人が戸部ではないという真実の方を大事にした結果だそうだ。

 本人は、「そっかー、夢かー。でもコレきっと正夢っしょ!」と極めて元気らしい。

 ただ,この一件に関しては,県議会肝いりで行われた修学旅行で生徒が重傷となる事件があったとなればそれこそ大不祥事であるため,雪ノ下建設が動いて闇に葬られることになった。

 戸部自身が闇に葬られなくて良かったな!

 

 大岡も一か月後の今も学校に出てきていない。理由?察しろ。

 どうしても知りたいというなら前回を読んでほしい。

 


 

 そして放課後。

  奉仕部の部室は依頼人もなく、俺と雪ノ下が静かに本を読み、由比ヶ浜が携帯をポチポチしているいつもの風景……ではなく,

 

「愚腐っ」

 なぜか腐海のプリンセス・海老名さんがおかしな笑い方をしながらBL本を読んでいる。いいのか?学校だぞ?ラル大尉もビックリだよ。

 一番分からないのが,

 

「ヒキオ~~~暇!なんか面白い話ししろし!」

 獄炎の女王・三浦までもが奉仕部の部室に入り浸るようになった。

「ここはあなたたちの溜まり場ではないのだけれど……」

「別にいいじゃん?結衣もいるし,雪ノ下さんとあーしらの仲だし?」

「いつそんな関係が結ばれたのかしら……」

「まあまあ,ゆきのん。依頼人が来ない間は暇だし。ね?」

 なんか部室が打って変ってかしましくなっている。

 かしましくって字は女を3つ書いて姦しくなのだが,女4人いるこの状況は,やかましくとか言うでもいいんじゃないだろうか。

「ヒキオ~~~面白いはなし~~~」

「俺に面白い話求めるとか,無茶ぶりもいいとこだろ。葉山とか大和はどうしたんだよ?」

「隼人も大和も部活だし。あと,大和とか面白いこと言わないし。戸部が振った下らない話に,だな,とか,それな,とか言ってるだけだし」

 おい,由比ヶ浜。うんうん頷いてるけど,お前ら同じグループだよね?二人とも戸部と大和と大岡の扱いが雑すぎない?ねえ?

 


 

「邪魔するぞ」

 平塚先生はいつものようにノックもなしに入ってきた。これはあれだ,雪ノ下が先生ノックを、と言うパターン……

「邪魔するんやったら帰ってーーー」

「あいよー」

 くるっと回れ右して部室の外へ出ていく先生。雪ノ下セリフが違えよ!

「なんでやねん!用があるから来とるんじゃい!」

 先生、それ,丸々下っぱのチンピラのセリフです!

 ビバ新喜劇!

 ところで下っぱと言えば,何か忘れているような気が……

「コホン。比企谷にお客さんだ。入ってきなさい」

 先生か開け放たれた扉の外へ呼びかける。

 

「どうもーーー。八幡ひさしぶり!」

 平塚先生に促されて入ってきたのは,修学旅行先の大分県で俺を怪人と間違えて拉致した悪の秘密結社・電柱組のJKバイト女幹部バラダギ大佐こと原滝龍子だ。明るい声で挨拶をする原滝は,バイトの時のレオタード姿とは違ってセーラー服に眼鏡姿で,ちょっとかわいい。

 その後ろから,同級生と思しきイケメン男子もくっ付いてきた。原滝の彼氏か?ケッ,爆ぜろ。

「木曽屋の原滝さんね。その節はお世話になったわね」

「こっ,これは雪ノ下建設のお嬢さま!?」

「ようこそ奉仕部へ。とにかくおかけになって。そちらの方も,紅茶でいいかしら?」

 雪ノ下に促され,原滝とイケメン男子は俺が用意した椅子に座った。もちろん自主的に用意したのではなく,雪ノ下の目が『この無能な男は椅子ひとつ用意できないの?全く役立たずにもほどがあるわ。その眼は何のためについているのかしら?あ,ごめんなさい。腐ってて見えていなかったのね。早く地面の下でお休みになった方がいいのではなくて?永遠に』と語っていたため,仕方なく用意した。

「は,はい。いえ,お構いなくっ」

 原滝は,雪ノ下の実家がバイト先の表の顔,材木商・木曽屋の上得意様とあって,かなり恐縮しているようだ。

 


 

「先日は大変失礼いたしました!」

 雪ノ下の淹れた紅茶の皿を手に,頭を深々と下げる原滝。

「まったく,奉仕部の備品を勝手に持って行かれては困るわ」

「雪ノ下,いつものことだが俺を備品扱いするのはやめろ。結局,九州からの帰りは,翌週火曜日の朝4時に大分港を出港するRO-RO船で26時間かけて東京港有明のフェリーターミナルまで運ばれたんだぞ。どいつもこいつも俺をモノ扱いしやがって」

 ちなみにRO-RO船とはカーフェリーのようにトレーラーとかトラックが乗船できるランプを備え,それらを収納する車両甲板がある貨物船のことだ。船の名前はむさし丸だった。今の武蔵川親方じゃないぞ。

「すまないな,八幡。ちるそにあがケチだから電柱組の予算では飛行機賃がでなくて」

 ちるそにあとは原滝の上司の将軍で,電柱組のボスだ。本名は,木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.と言うらしい。

「いや船で帰るのはいい。だが,しいたけを積んだトレーラーの荷台に詰め込まれていっしょに運ぶのは勘弁してくれ。おかけで全身しいたけ臭くなっちまった」

「あら,しいたけも菌でできてるから一緒に出荷されたのね。比企谷菌」

「小学校の時のトラウマえぐるのはやめろ。やめてください。お願いします」

「ヒキタニくん、今は菌活って言って菌がもてはやされる時代だよ。特にキノコは菌を体に直接取り入れることができて、キレイで健康的な身体を作ることができるんだよ」

 海老名さんがBL本から目を離し,謎の健康知識を振ってきた。だが,俺が菌である前提でのフォロー,全く嬉しくありません。

 

「えっ,ヒッキーのキノコを体の中に入れるとキレイになれるの?」

 

 ぶふぉーーーーーー!

 

 俺は飲んでいた紅茶を吹き出し,その場にいた全員が椅子から転げ落ちた。

 新喜劇かっ!

「結衣、さすがにそれは……」

 BL関係なら相当踏み込んでくる海老名さんもドン引きだ。

 実は純情オカンのあーしさんも真っ赤な顔で固まったまま。

 雪ノ下に至っては息をしているかどうかも怪しい。

 

「?」

 

 発言した張本人だけが意味が分からずキョトンとしていた。

 やっぱり女性もシイタケも天然ものに限りますね(消費者の声)

 いえいえ,大分の栽培しいたけは天然ものにも勝るとも劣らない,肉厚で味わい深く素晴らしい美味しさです(作者の声)

 

 器用に紅茶をこぼさないように床に転がってた原滝が起き上がり,俺の耳元でささやいた。

「やっぱりご奉仕部ってのはいかがわしい部活なのか?」

 おい,『ご』を付けるな!いかかわしさが増す。いや元々いかがわしさなんて全く無い!それよりも,そんなことを雪ノ下に聞かれたら……

「原滝さん?奉仕部がいかがわしいとはどういうことかしら?」

 ほらな。シベリア寒気団もかくやという雪ノ下の声に部室内は凄まじい冷気で包まれ,原滝はガクガクと震えている。俺ももうすこしでちびるところだった。

「やややや,お嬢様,いかがわしいと申し上げましたのは,先ほどの部員様の発言が……」

「原滝さん,ごめんなさい。全面的に謝罪します」

 雪ノ下が謝った!?しかも一瞬で!

「ねえ?何でゆきのんが謝ってるの?」

 お前だ!お前!と断罪したかったが,アンチヘイトタグが立つと嫌なので黙っていたら,海老名さんが,

「結衣,結衣。ヒキタニくんのキノコを体に入れるっていうのは……」

 と手に持っていたBL本を使って由比ヶ浜に説明している。あそこに描いてある絵で俺のことを説明しているかと思うとすごく嫌だ。

 すると由比ヶ浜の顔がみるみる赤くなり,

「わーーーー!違うの!さっきの無し!さっきの無し!」

と大声で叫んでいた。

 しかし,時すでに遅し。覆水盆に返らずのことわざのとおり,この場の誰もが由比ヶ浜をビッチと認識してしまっていることだろう。

「結衣,さすがにあーしもフォローできないし」

「だから,そんなつもりで言ったんじゃないっていうか,ヒッキーのならやぶさかではないっていうか,恐縮ですっていうか,たはは」

 たはは,じゃねえよ! 前にも言ったが,某難聴系(略)主人公じゃないから全部聞こえてるぞ! ただ,それに反応して復唱された日には逃げ道が無くなるので,聞こえなかったことにしようと心に決めた。

 その時,雪ノ下が, 

「ところで,原滝さんは何か用事があってお見えになったのではなくて?」

と聞いてくれた。ナイスだ,雪ノ下! これで話題も変わって部室内も平和になる……と思っていた時がありました。が,

 

「ええ、八幡と,でえとの約束をしたのでそれを果たしてもらおうと」

 

 な⁉︎

 お、おま、なんちゅう事を!

 由比ヶ浜は口をパクパクしてるし,雪ノ下に至っては目を見開いたまま体を硬直させていた。

「あ…あ…「あ,ありえないわ。この男がデートなんて……」

 ようやく再起動を果たした雪ノ下が,うわごとのようにブツブツ言っている。

 俺だってデートくらい……雪ノ下とは買い物に出かけ,由比ヶ浜とも花火を見に行き,先生ともラーメンを……走馬灯のように思い出すあれやこれやはデートではなかったと……やべっ,目から心の汗が……ていうか、走馬灯って俺死ぬんじゃね?ゾンビだからもう死んでるって?やかましいわ!

 いや、そんなことよりも……

 

 原滝はなぜ俺の隣に座り,腕をギュッと抱えているのでしょうか?大きくはないけれども柔らかい膨らみの感触が腕にバッチリ伝わっているのですが……

「原滝さん,いったい何をしているのかしら?そんなに接触すると比企谷菌に感染してお嫁にいけなくなってしまうわよ?それとさっきこの男とデートするとかいう不穏な言葉が聞こえたような気がしたのだけれど,私の幻聴,あるいはポルターガイスト現象かしら?」

 お嫁に行けなくなるって,比企谷菌どんだけ強力なんだよ!

「そ,そうそう!さっきからハッキー,ヒッキーのこと名前で呼んでるし!」

 ハッキー?原滝のこと?なんか福岡県の梨の生産で有名な現朝倉市でかつて朝倉郡に属していた町の名前みたいなネーミングだな! ヒッキーハッキーでなんか漫才コンビみたい。やっかましいわ!

「八幡,ハッキーってあたしのこと?」

「それだよ!それ!!」

「由比ヶ浜うるさい。そして何にでも頭の悪そうなあだ名を付けるんじゃない」

「だって……」

「原滝とは俺が拉致されていた時に,大分にはサイゼが無いって言うから連れて行ってやる約束をしただけだ。それによく考えてみろ。原滝は彼氏と一緒じゃねーか。デートな訳ないだろ?」

「へ?」

「は?」

 原滝とその彼氏が素っ頓狂な声を上げる。

「こいつが?彼氏?いやいやないから!」

 なるほど、このテンプレな受け答えは付き合ってはおらず自覚はしていないが,何らかの好意を持っていると見た。要はまだ彼氏未満ってやつか。ボッチの観察眼を舐めるなよ。

「あんたは原滝のことをどう思ってるんだ?こいつ,見た目は可愛いし,やっぱり好意を持ってたりするのか?」

「いや〜それは無いっす。比企谷さんこそどうなの?」

「どうなのって言われても……だいたい君と会うの初めてだよね?俺と原滝の接点とか知らないよね?」

 初めて会うのに,前から知り合いだったような距離の詰め方。リア充の思考はよく分からん。

「え?比企谷さん僕のこと覚えてないんですか?いやー酷いなー」

 イケメン男が心底心外だという顔で俺になれなれしく話しかける。

「こ、これはヒキタニくんとイケメンくんの新たなカプの予感♡キマシタワーーーー!」

「姫菜、自重しろし!」

 アクア様の花鳥風月のごとき見事な鼻血を噴き上げた海老名さんを三浦が介抱している。

「はふん」

 とにかく、こんなイケメン男に全く見覚えがない。ハーモニーランドか別府市内のどこかで会ったか?なにせこんな目の腐った男が,見た目は美少女の集団と一緒にいたのだからそりゃ悪目立もするか。

「すまん、お前の顔を覚えてないんだが,どこで会ったかな?」

「もう~比企谷さん、僕ですよ、僕」

 と、男はおもむろに下っぱと書かれたお面を顔にあてた。

 

 分かるかああああーーーーー‼︎

 

「お前、下っぱ六番とかいうやつか?」

「比企谷さん,何言ってるんですかー。六番は下級生です。僕は14番」

 

 分かるかああああーーーーー‼︎ 

 

 「一応これでも電柱組の幹部なんでな。お付きがついてるんだ」

 と,自慢げに語った原滝だが,

「バラダギ様,自分の携帯持ってなくて,首領のちるそにあ様がケチで業務用の携帯の持ち出し許可を出さなかったもんだからこの学校の場所が分からず,僕がここまで案内してきたんです」

「おい!下っぱ14番!私のビンボーをバラすんじゃない!」

 慌てる原滝。幹部の威厳も何もあったもんじゃねえな。

「じゃあ比企谷さん,僕はちょっとフクダ電子アリーナにトリニータの試合を見に行くんでバラダギ様のこと,よろしくお願いします。あ,今夜は帰さなくてもいいですから」

「お,おい!ちょっと待て!」

 俺の必死の呼びかけも空しくぴゅーっと風のように部室から去って行く下っぱ14番。

 


 

 残されたのは俺の腕にしがみつく原滝。そして周りの冷ややかな目。

「おい!そもそもなんで腕にしがみついていらっしゃるんでしょうか」

「なんで敬語!? でえとをする男女というのは下の名前を呼んだり,こういうことをしたりするものなんじゃないのか?」

 どっからそんな知識得てくるんだよ!あれか?小町が読んでる偏差値低そうな雑誌からか?

「原滝さん,比企谷くんは私のものだからそのような行為は控えてもらいたいのだけれど」

 いつものように雪ノ下が俺を備品扱い……じゃなかったぞ?え?わたしのもの……?

「おまっおまっ,藪からスティックに何を言い出すんだよ!」

「ゆゆゆゆゆ……ゆきのん!? いつからヒッキーがゆきのんのものに?」

 由比ヶ浜も最大限にテンパっている。

「あら,だって比企谷くんは私のファーストキスを奪ったじゃない?」

 顔をコテンと傾けて雪ノ下が言う。ちょっと可愛い。……が,今ここでそれを言うかー!

「いや,あれは事故のようなもので……」

「でもそのあと平塚先生の邪魔が入らなければ……」

 まさにその通りなので反論のしようもない。平塚先生が起きなければ,もう一度はっきりした意識のままキスをしていたに違いないのだ。

「やっぱりお前ら,私の部屋でいかがわしい行為に及ぶところだったのかー!」

 さすがにいかがわしいというほどの行為まではしないよ!

「でも,でも,ヒッキー,タクシーの中であたしのおっぱいを肘を使って乳繰り回したし」

「なんだよ!乳繰り回したって人聞きが悪い! ちょっと肘が当たったくらいだろうが!」

「そんな,肘が当たったって程度じゃなかったし! あたし,あれで結構感じちゃって……わーーーー,だめーーーー!忘れてーーーーー!!」

「そんなら,あーしだってタワーでヒキオに後ろからおっぱいをまさぐられたし」

 おい三浦,お前まで参戦してどうするんだよ!それにおっぱいをまさぐられたって……ちょっと柔らかい感触を思い出した……スマン。

「おい比企谷,私を背負った時に背中で感じたおっぱいが忘れられずにそんなことしてたのか!それとも同じ布団の中で一夜を過ごしたという……」

 センセーーーーー!あんた教師だろ!これ以上混乱に拍車をかけてどうするんだよ!それにこの展開だと……

「愚腐腐腐」

 あ,詰んだ。海老名さんがすごく悪い顔で笑っている。俺に待つのはこの教室のシミとなって果てる運命か……

 


 

「ヒキタニくん,私とはキスもしたし,おっぱいも触ったよねえ?」

 

 部室の中に,ピキッ!という音が走った。まさかラスボスがこの人とは誰も思わなかったに違いない……

 だが,続く海老名さんの行動は俺の想像のはるか斜め上を行くものだった。

 

「こんな風に」

 

 立ち上がった海老名さんは俺の手を取って自分の胸に押し当て,俺の唇に自分の唇を合わせ,舌を絡め,しゃにむに口づけを重ねた。あの岩屋城址の時と同じように。ただ,今は皆が周りで見ている。

 すぐに手を,唇を離さなければならないのに,俺はなぜかその唇から離れることができなかった。

「姫菜,どうして?」

 由比ヶ浜が肩をわなわなと震わせながら海老名さんに問いかける。

 ようやく長い口づけを終わらせた海老名さんが由比ヶ浜の方に向き直り,彼女の問いに答えようとする。

「結衣……わたしね」

 

 パアン!

 

 海老名さんが口を開きかけた時,平手で頬を打つ音が部屋に響いた。

 眼鏡を飛ばされた海老名さんはそれをしゃがんで拾う。

「突然ビンタなんて酷いなー。この眼鏡高いんだけどなー」

 彼女は打たれた頬を手で押さえながら立ち上がった。

 

「雪ノ下さん」

 

 俺は,正直驚いた。こんなのはおよそ雪ノ下らしからぬ激情にかられた行いだからだ。

「あなたは……この場所で何てことをしてくれるの?ここは,わたしと由比ヶ浜さん……結衣と比企谷君3人の大切な場所なの」

「ゆきのん……」

 雪ノ下の声は震え,目には少し涙が浮かんでいる。

「それを遊び心か何か知らないけれど,ここでそんなことをするなんて許せない。この泥棒猫!……い,いえ,猫は悪くないのよ。あなたのような人を猫に例えるなんて猫に失礼だわ。この泥棒犬!」

「ゆきのん?犬を悪く言うのはダメだよ?うちのサブレだってそんなことしないし!」

「わ,分かったわ。この泥棒八幡!」

 おい!俺の名前が悪口みたいになってるじゃねえか。なんだよ,泥棒八幡って。

「アレだな。恋泥棒的な意味で泥棒八幡ってピッタリだよな?」

 原滝,上手いこと言うな,ってそんな場合じゃない。

 

「ねえ,雪ノ下さん。わたし,ヒキタニくん……比企谷くんが好きなの。もちろん結衣の気持ちも知ってる。結衣,分かりやすいしね。雪ノ下さんだってそうなんでしょ?でもね,ダメなの。彼じゃなきゃダメなの。遊び心?ふざけたこと言わないで。わたしはね,もうちゃんと告白もしたんだよ?まだ返事はもらってないけどね。雪ノ下さんは自分の気持ちを彼に伝えたの?それすらもできないで彼を自分のものとか,人のことを泥棒八幡とか言わないで欲しいかな」

 だから泥棒八幡やめて!

 海老名さんの挑発とも宣戦布告ともとれる発言に,雪ノ下は両の手のこぶしをギュッと握り,うつむき加減でプルプルと震えている。これはヤバい!武道の達人である雪ノ下が本気になれば海老名さんの命,そして俺の命も風前の灯だ。仮に雪ノ下の北斗神拳から奇跡的に逃れられたとしても,後に控える平塚先生の抹殺のラストブリッドで確実に死を迎えることになることは必定。将棋の藤井七段の終盤の差し回しのごとく華麗なる詰みという運命がポッカリと口をあけて待っている。最後にミラノ風ドリア,食べたかったなあ……


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