見知らぬ少女は、聞いたことのない声でそう言った。
「はじめまして」
部屋の中、開いていなかったはずの窓から風が吹き込んだ。
ゆらゆらゆらり、白いカーテンが気まぐれに揺れるその下に、一人の少女が立っている。
顔は、カーテンが邪魔をして見えない。
けれど声から、その少女はとても美しく、良い子なのだろうな、ということだけは伝わって来た。
「あたしはユーフォリアって言います。ちょっとだけ、一緒にいてもいいですか?」
この場に他に誰かがいたなら、きっと断っただろう言葉。
けれどこの場にいたのは自分だけだったから、その少女の言葉に頷いた。
その瞬間、ひときわ強い風が吹いた。
ふわりとカーテンが舞い上がり、最初に目に入ったのは、ユーフォリアと名乗った少女の姿。
蒼穹を舞う妖精にも見間違えるような美しい少女が、とても嬉しそうに微笑む姿だった。
それが、二人の始まり。
交わるはずのなかった二人が、季節が巡る間を過ごす、たったそれだけのどこにでもあるだけの話だ。
春が来る。
二人並んで桜並木を歩いた、最初の春が。
「ねぇ。友達って、どうしたら友達なんだと思いますか?」
その日は、最初は皆で花見をする予定だった。
ユーフィーも、つい先日隣に引っ越して来たユーフィーの家族も、家族が死んでしまい一年ほど前に引き取られたばかりの僕も、僕の今の家族も含めた皆で。
引っ越して来て数日で、家族同士がとても仲良くなってしまったので、そういう流れになった。
ただ、僕の家族が風邪を引いてしまったのでその予定は全て流れてしまい、今はこうして二人で歩くだけ。
桜が咲き誇る土手を歩き、少しだけ前を歩いていたユーフィーが振り向いて、そんな言葉を口にした。
「それ、数日前に出会ったばっかの僕に聞く?」
「数日前に出会ったから、ですよ」
親しくなりすぎれば、親しいからこそ言えないこと、触れられないことが増えるから、と。
僕から見たら今まで一度も見たこともない、フレンドリーにすぎる少女は、そう言った。
その気になれば学校の誰とでも仲良くできるような、そんな少女だからこそ、どこまで行けば友達なのかわからない。
友達を友達だと気づけないなんて、それは、とても寂しいことだと感じた。
「えっと……ちょっと待ってね」
特別目立つわけでもなく、特別いじめられるような人間でもない、友達の数も多くはなく少なくもない僕はそこまで深く、どうしたら友達か、なんてことを考えたことはなかった。
だから答えることができず、言えたのはそんな言葉だけ。
「はい、待ってます」
ふにゃり、と微笑んだユーフィー。
その目に映っているのは、僕が必死に考えている姿だけ、だったらしい。
美しい桜並木も、今こうしてユーフィーの問いに真剣に考えてくれる僕の姿には及ばない。
幼い少女だからこそ、自分が綺麗だと思ったものに、心底から夢中になっていた。
そう、後で教えてくれた。
(一緒に遊んだら友達だっていうけど、数合わせで連れてこられるような相手を友達って言うかな? 多分そうじゃなくて、本当に仲のいい相手じゃないとしないようなことがユーフィーの聞きたいことなんだろうけど……)
僕は考える。
ユーフィーが求める答えを、自分なりに必死に考えて。
その姿を、一人のために必死になる姿はユーフォリアにとってとても綺麗だな、と思っているなんて知らずに。
自分なりの言葉にしようとしながらも、結局頭の中に浮かぶのは何かのアニメや漫画で見たような言葉だけ。
「お互いが名前で呼んだら友達だ、って何かで見たか聞いたかしたけど……」
「えー。仲良くなるために名前で呼ぶのが普通じゃないですか?」
「そ、そんなこと僕に言われても困るよ……」
僕なりに必死に考えて、そうして彼なりの基準で一番近しい言葉で出した答えだ。
それに不満を言葉にされて思わずムッとする。
「少なくとも、僕はユーフィーのことを友達だと思ってるよ。名前で呼べたあの時から」
「……そっか」
名前で呼ぶ。
名前で呼ぶことが許される。
名前で呼んでも、相手が不快にならない。
その関係性が多分、僕が考える『友達』っていうものに一番近い。
だから、ユーフィーが僕のことを名前で呼んで、僕が彼女のことをユーフォリア、という名前ではなくユーフィー、と愛称で呼ぶこの関係性は、僕からすれば友達と呼んでも間違いない関係性だった。
そのことを伝えただけなのに、ユーフィーはとても嬉しそうに笑う。
僕が気恥ずかしくなって、顔をそらしてしまうほどに。
「ねぇ」
ユーフィーが、僕の名前を呼ぶ。
その笑顔で胸が跳ね、どこか熱くなった頬を隠そうとする僕に──気がついていたならそう声をかけていただろうから──そうなっていることに気がつかないままに声をかける。
「あたしも、あなたのことを友達だと思ってますよ」
名前で呼びあった相手ならば無数にいるような女の子なんだろうけど、それでもそんな人たちが友達だったと気が付かせることができたのは僕だけだと思う。
生まれて初めての友達ではないが、それでも何よりも特別な友達。
ユーフィーに友達という関係性がどういうものなのかを教えた、あらゆる世界でたった一人だけの特別。
そうなったのならいいな、と呑気に思っていた。
「うん、そっか……」
「そうですよ……」
ユーフィーが、歩く速度をわずかに緩める。
そんなことを思ってなかった僕はそのまま歩いて、すぐにユーフィーに追いついた。
その瞬間を狙って、ユーフィーの手が僕の手に重ねられる。
ぎゅっと握られた手は思っていたものに比べて強く、僕に振り払う余地を与えない。
僕自身、ユーフィーに対して乱暴をしたくなかった、というのも大きい気持ちだったことは確かだけど。
何よりも、嬉しそうなユーフィーの表情が、僕の中から手を離す選択を奪っていく。
「なんで手を繋ぐのさ……」
「友達だったら手を繋ぐのは普通じゃないですかー?」
いや、普通じゃないよ。
そんなことないです、普通ですよ。
わいわい騒ぎながら、僕たちは手を握ったまま、桜並木を歩いていく。
桜散るまであとわずかな時節、この友情は死ぬまで続く特別なんだと信じている。
「桜の花びらも、もう散るころなんですね……」
「でも、また来年も咲くよ」
桜は散って、けれどまた次の年に咲く。
花びらが咲いた姿が好きな人も、桜が散る姿を見て美しいという人も、次の年まで等しく待ち続ける。
咲いては散って、それを繰り返すのが桜が持つ摂理なんだと僕は思っていた。
ユーフィーがどう思っているのかまでは僕にはわからないけれど、その横顔からはきっと僕とは違う考えなんだろうな、と思った。
だからきっと、僕たちの想いはその時、交差しなかった。
「今日はもうここまでですね」
歩けば、終点にたどり着く。
近くの土手で桜を見ながら歩いていただけなのだから、自分たちの目に入るところで何かが起きない限りそれは当然のこと。
どことなく寂しそうにユーフィーは呟いた。
「また明日、遊ぼう」
そんなユーフィーガ見ていられなくて、思わず僕は声をかけていた。
それが当然のように。
一瞬だけ目をパチクリと、予想外のことを言われたかのように瞬いたユーフォリアも、すぐに言葉の意味を理解したのか、笑顔になった。
「はい、また明日来ますね!」
今日の散歩は、家族の看病をしている予定だった僕を、看病されている家族が心配した結果、ユーフィーが頼まれて発生したもの。
ユーフィーが迎えに来たことで発生したもの。
だから当然のように、明日もユーフィーが迎えに来るものだと、僕は思っていた。
夏が来る。
二人で海に行き、どこか恥ずかしくなって顔を見られなかった最初の夏が。
「ふふ、約束通り、来ちゃいました」
「本当に行くの……?」
前日の約束通り、ユーフィーはやって来た。
彼女の手元には普段遊びに行く時に比べれば十分な大荷物がある。
ほんのりと赤く染まった頬は、これからのことを考えればこそ、というべきか。
二人揃って目を合わせることができず、それでもユーフォリアが力強く当然ですと言い切るその様は少し不思議だった。
「前々から言ってたのに、今日になっていきなり行かない、はひどいですよ」
「行かないなんて言ってないよ」
二人で前々から一緒に行こうと言っていたのは海。
この話をするたびに、ユーフィーの頬はほんのりと赤くなっていて。
僕はユーフィーの水着姿を見ることになるのか、と思うと胸の鼓動が激しくなった。
それでも、僕たちはどちらも一緒に行きたいとは口にしても、行きたくない、とは口にすることはなかった。
こんなこと、一人だったらしなかったかもしれない、とは思っても、行きたくない、なんて思わなかった。
特別な友達だからこそ、特別な思い出を積み重ねたかった。
ぎゅっと手を握って、僕たちは海まで向かう。
目的地だった海は、そう遠いところではなかった。
日帰りも視野に入る、そんな程度の距離。
「海に入らなくていいの? ユーフィーが海に来たいって言ってたから、泳ぎたいんだと思ったんだけど」
「別にいいんです。大事なのは、あなたと一緒に海に遊びに来たってことなんですから」
「……海に遊びに来たっていうのに、海にも入らず、砂遊びもしないで、こうやってパラソルの下で休んでるだけっていうのは変な気がするけどね」
「だったら、一緒に泳ぎますか?」
その言葉に、パラソルの下、シートの上で一緒に海を眺めているユーフィーのことを僕は恥ずかしさはまだあれど、それでも見た。
ユーフィーが泳げるのかどうか、それすら知らない。
隣に住んでいながらも、同じ学校ではないから、そんな程度のことすら知らない。
水着の上から白いパーカーを着たその姿に見惚れて、そこでようやく少女の肌が思っていた以上に白かったことすら知ったのだ。
僕には、ユーフィーの肌の露出はあまりにも目の毒だった。
「……別にいいかな。ユーフィーがこれで海を楽しめてる、っていうなら」
「はい、十分楽しんでますよ。さっきも言いましたけど、あたしは友達と一緒に海に来たっていう思い出が欲しかったんです」
「……そっか」
「そうです」
ぎゅっと手を握って、手を重ねて、けれど視線を重ねない。
時間は永遠ではなくて、日帰りの予定の二人はそう長くはいられない。
それでも、だからこそ、きっと僕たちの想いは一つだった。
もう一度、君と一緒に来られますように、なんて。
秋が来る。
澄んだ空気の中、山を登り、二人で紅く染まった葉を見上げた最の秋が。
「こういうの、慣れてないんだけど、な!」
どっこいしょ、と足を一歩踏み出す。
慣れない山道を、僕はユーフィーと二人歩く。
山を登り、澄んだ空気を肺に取り入れながら、紅葉を見ている。
「それなら、明日はどこかに出かけるんじゃなくて、焼き芋でもしましょうか?」
「それもいいかもね」
明日の予定を語る。
未来が不確かな世界で、まるで決まっているかのように未来を語る。
今日、家に帰る最中に交通事故に遭う可能性だって、ゼロではないのに。
また明日、必ずしもユーフィーと会えるとは限らないのに。
「どっちの家で焼き芋する?」
「うーん、その時に決めましょうか」
どっちでもいい、と僕は思っていたし、きっとユーフィーも思っている。
どっちであったとしても、二人で過ごす時間は取れるから、どっちだったとしてもいい、と。
過ごした時間は、緩やかに僕たちの関係性を変えるはずなんだ。
当事者だと変わったようには思えないけど、それでもきっと何かが確かに変わったはず。
「もう、直に残った葉っぱも散るんですよね」
「うん、そうだね。そういうものらしいし」
紅葉は、葉の老化反応だと考えられているらしい。
木に栄養を残して散っていく、葉の数々。
ひらひら、と二人が歩く山道にも散った葉が積もって、紅の絨毯を作り出している。
雨を吸ったのか、どこか瑞々しい踏み応えのある絨毯の上を僕達の足がどこか滑らかに進んでいく。
「この葉っぱが残したものが、ここの木の命を春まで繋いで、春が来た時に、また新しい
「……あたしも、想像できないです」
そんな言葉を口にして、二人で手を繋いで歩く。
そんな未来を想像して、一番最初に思い浮かんだのは隣を歩く人。
横を見れば、ユーフィーは少し頬を赤くしながら頭をぷるぷると振っている。
僕はその考えを、そんなことはあり得ないな、と頭の中から消した。
「頂上まで着いたら何をしようか?」
そんなことすら決めていなかった。
ただ、二人で紅葉を見にきただけで、この山を登り終えた先で、何をするのか、全く決めていなかった。
そのことに僕は今になるまで、全く気がついていなかった。
二人でいられる時間が、とても楽しかったから。
「なんでもいいですよ」
「そういうのが一番困るんだけどなぁ」
「でも、二人だったら何をしてても楽しいと思うんです」
あなたは違うんですか、と聞かれて。
僕は少しだけ頬を赤くして同じだよ、と答える。
ユーフォリアはふにゃりと笑って、向けられた僕はぷい、と顔をそらす。
何をしようか、どうしようか、二人は並んで会話を続ける。
思いつく限りのことを全てするにはあまりにも時間が足りないけれど、何をしても楽しいだろうから、思いつく限りのことを口にする。
今年だけではできなかったとしても、翌年、その次の年、ずっとずっと続いていけば、いくらでも一緒にやる時間はあるだろうから。
冬が来る。
降り積もった雪の上、二人で新雪に跡を残した最初の冬が。
「それじゃあ、今日も遊びましょうか」
約束通り来ちゃいました、なんてお決まりの言葉を、今日のユーフィーは言わなかった。
代わりに、家の中に一人でいた僕の手を引っ張って、一緒に外に出よう、と連れ出す。
「せめて準備ぐらいさせて欲しいんだけどなぁ……」
「そんなこと言って。準備なんてとっくにできてるじゃないですか」
ユーフィーの目には、すでに手袋をつけてコートを着た僕の姿が映っているんだと思う。
でも、僕は寒がりだからこの程度ではまだ足りない。
マフラーを巻いて、ニット帽をかぶって、そこまでしてようやく一安心。
コートと手袋だけをしてその格好でも風邪を引かないと言い張るユーフィーにも、ニット帽を被せてマフラーを巻く。
少しだけ楽しそうになされるがままなユーフィーに、こんな風に触れるのは嫌がられるかもしれない、と思っていた僕は戸惑って、思わず声をかける。
「なんで僕がユーフィーにつけてるんだろうね……」
「あたしが大丈夫だっていうのに、あなたが見てて寒くなるからってつけてるんじゃないですか?」
「それはそうだけど……」
ここ数日、このあたりは雪が降っていた。
それは、この街では久しぶりの雪。
ユーフィーと一緒に過ごす冬で、初めての雪が積もって、なおかつ外に遊びに出られる日。
これはもう、雪で遊ぶしかないですよ、と今日の天気について、昨日の天気予報を見ていたユーフィーに笑顔で言われて、そういう約束ができた。
「はい、準備できたよ」
「えへへ……ありがとうございます!」
さあ、遊ぼう、と全身で語るユーフィーが外に飛び出す。
元気溌剌に飛び出す彼女に、ちょっとだけ苦笑いして、僕も後を追いかける。
「それで、今日はなにをするの?」
「うーんとですね。……雪だるま、とかどうですか? あたし、作ったことないんです」
「……僕もちょっと作れるか自信がないなぁ」
今日の雪は、水分が少ないのか柔らかい。
しっかりと固められるだろうか。
そもそも、雪遊びなんて小さい頃に雪の中に倒れこんで人型の痕をつけたことぐらいしか覚えてない。
「雪合戦……は、さすがに終わった後のことを考えると難しいですけど、ソリで滑ったり、かまくらを作ったり、色々とできることはあると思うんです。雪が積もってる間に、色々とやってしまいましょう!」
「じゃあ、途中には雪かきも入れないとね」
「そうですね。ソリで滑るなら、やっぱり山にしておきたいですし」
結構な量の雪があるから、多分ソリで滑るにも十分な傾斜のある山になるだろう。
今日一日でやれることを全てやり尽くして、明日になったら今日作るだろうかまくらの中で何かするために物を持ってくる。
当然のように明日もユーフィーがやってきて、一緒に過ごすことになるんだと考えている自分に気がついて苦笑した。
彼女と過ごす時間は、もうすでに毎日となっていて、一年にも満たない期間ながらも普通に生活習慣に入っているんだな、と。
季節が過ぎた。
二人で共に過ごした、最初で最後の四つの季節が。
「これが、あたしとあなたが過ごした時間です」
それは、一人の少女の話だった。
あまりにも荒唐無稽な、けれど信じるしかない話だった。
彼女が言った行動を、確かに僕は昔していた。
春には桜咲き乱れる土手を歩き、夏には蝉の声がうるさい道を歩いて海へと向かい、秋には紅葉に感嘆しながら澄み渡った空気の中で山を登り、冬には新雪を踏みしめながら雪を用いた遊びの数々を行なった。
でも、そのどれもが、僕は一人で行なったはずのもので、そして同時に一人だったならば決してとらないはずの行動だった。
だから、信じられる。
自分が一人で行なった、これまでの長い年月の中で最も大きい違和感と寂寥感を宿した四つの行動。
子供の頃、成人を迎える頃、働き盛りの頃、そして……余命を告げられてからのほんの少し前の頃。
もしも。
もしも、彼女の語ったそれが本当のことだったのならば、彼女のことを忘れてしまう自分に対して、何度「はじめまして」をしたのだろうか。
いったい何度、友情を築いた相手が自分を覚えていない事実への悲しみを隠していたのか。
いったい何度、覚えているのではないかと淡い期待を覚えたのだろうか。
今となっては、この話を語っていた時の彼女の姿から推測するしかできないことだ。
「あなたが覚えているあの『はじめまして』が、あたしがあなたにする最後のはじめましてです」
少女は、かつての自分の友人だったはずの彼女は、くしゃくしゃになった笑顔でそう言う。
出会ってからずっと理由のわからなかった──今では心の底に残った思い出せない思い出が理由なんだとわかる──親しみを感じていた彼女は、彼女の語る過去の中での「また明日」に合わせて、一日に一つの季節の話をしていた。
たった数日間だけしか一緒に過ごせなかった一つの季節を、一つ一つ丁寧に。
四日という長いようで短い時間をかけて、僕たちが一緒に過ごすことができた四季を巡る。
語られる四季の物語は、胸の中の疑問を氷解させてくれた。
僕が彼女のことを忘れる、というのは彼女の側の摂理らしい。
彼女は、僕が忘れていることを全て承知の上で、毎回はじめましてを繰り返していたのだ。
どうして何度も訪れたのか、どうして僕の死の間際に会いにきたのか。
どうしてもわからずに問いかける。
「そんなの、決まってますよ」
そう言って彼女はこちらに近づいてきて、嗄れてしまった手を握った。
「あたしにとって、一番最初にできた友達なんですもん。ちゃんと最期ぐらいは見送って……」
彼女が、ユーフィーが言葉の最中でこらえきれずに泣きだしてしまった。
それがとても悲しくて、止めてあげたいと思うけれど、もう、腕もまともに動かない。
ユーフィーが握った僕の手を、僕も渾身の力で握り返す。
もう、心の底から全力で握っても、ほとんど力は出ないから。
「うん、ありがとう。ユーフィー。きっと、大切だった僕の友達。君のおかげで、僕は一人寂しく死んでいくことにはならないんだね」
「はい、そうですよ。絶対、一人にはしてあげません」
ポロポロと泣くユーフィーに、まだ何かをしてあげたいな、と思ったけれどももう何もできない。
まぶたが、重く感じる。
もう、ねむい。
それでも、どうか。
どうか、このかわいらしい友人の未来に、彼女の名前のような幸福を、と。
ただ、それだけがあることを祈った。