ゴブリンスレイヤーRTA 狂戦士チャート   作:花咲爺

10 / 19
ゴブスレ原作者がRTA書き始めたってマ?と思ってたら有能兄貴がリンク貼ってくれて見てみました。うっそだろお前、な事ばっかり書いてました…原作者ならではの小話と言うか小さい所まで描いてくれてウレシイ、ウレシイしたので皆さんも読んで、どうぞ?3裏の感想から飛べます。

あ、驚きのあまり初投稿を潜影蛇手です。



狂戦士4裏

 確かに借りを返すとは言った。

 

「GOBRORBBB!」

「GOOOBBBB!!」

 

 もちろん二言は無かったつもりだし、恩義も感じなかったわけじゃない。だが、これはどうだろうか?止めようとでも誰か言ってくれやしないだろうか?

 洞窟の暗闇からペタペタと湿った足音と共に何かが猿叫に似た声をあげながら迫ってくる。いや、分かっている、分かってはいるのだ。濁った声と生臭い匂い、そして治ったはずの右足から広がる寒気と痛みの感覚は忘れもしない、あいつ等。

 

 ゴブリン(・・・・)

 

 こうして炎を増やし盾を使って尚恐ろしい。ゴブリン退治の専門家(ゴブリンスレイヤー)を真似て新調した鎧と盾が自分に何とか前に進む勇気をくれるが、見落としをしてないか、あいつ等がすぐそこに潜んでいるのではないかと勘繰ってしまう。

 それ程までに体には奴らの悪逆さ、厭らしさが染みついている。

 

 しかし、後ろには守るべき仲間がいるのだ。幼馴染のアイツに、ちょっと口が悪い魔術師、天使のような神官に、何時だって頼りになる狂戦士。皆がいるからには尻尾を巻いて逃げ帰ることなど出来ようか。まずここで狂戦士に借りを返さなければ何か二度と返せないままになる気がする。

 

 青年剣士はやったるぞとやや前傾に構え、松明の炎に照らされて暗闇から醜い顔が顔を覗かせたと思えばすぐさまそこに刃を叩き込んだ。少し短く磨られた剣はそれでもきちんと剣としての効力を発揮し、硬い物を突き破るような感触と共に小さく悲鳴を上げたゴブリンを地面に落とす。

 だがそれが骨が砕けた感触だったかや、ちゃんと殺せたのかと言うのを確認する暇はない。暗闇の奥底からまだまだ湿った音と声が近づいてくるのはまだ終わって等いない証拠だ。ゴブリンが最も得意とする戦術、数頼みの特攻はやはり初心者にとても刺さり、『常にゴブリンは人間より数が多い』と謳われるように無限と思えるほどその音は止むことがない。

 

「ほらほらほらほら!団体客のお出ましだぞぉ!」

 

「分かってるよ!畜生(ガイギャックス)!」

 

 この一党で唯一夜目が利く狂戦士の茶化すような声に青年剣士は苛立ちを混ぜて返し、次々に飛び掛かってくるゴブリンを相手取る。これでも援護射撃によって半分以下にまで頭数が減ってるのだからまだ良い方だ。

 洞窟で得物を振り回すのは禁物、刃毀れも少なくするためには刺突を多くした方が良い、待ちの戦法を取れば多数相手でも何とかなる。ギルドで稽古をつけてくれた先輩達からの知恵を思い出しながら、青年剣士はゴブリンの目、喉、顔を突き抜いていった。

 

「フンッハイッ!ィイヤァッ!!」

 

 やがて息が切れれば女武闘家と位置を変え(スイッチ)、彼女の籠手(ガントレット)に覆われた拳で以て腕や足が枝のように折られて運悪く死ねなかった者達を息を整えながら切り飛ばす。ここに来るまでに決めたようにことが進んで行くことに安堵しながら、結構動けてるな俺?と考えた矢先に彼の頭にゴブリンの投石が当たり、慢心が霧散して消え去る。

 兜が無ければ即死…そうでなくても意識は失っていたかもしれない。後衛がお返しに投石紐(スリング)の石と矢を人生最後の贈り物として届けたお陰で2撃目は無かったがそれでも油断は出来ない。

 だが、駆け出し(白磁)にしてはまさに理想的な動きでゴブリン退治は行われていった。

 

「初回よりはハァ、まだましだな!」

「止めるんだ、そんなこと言ってると…」

 

 未だ敵が残る中、口から出るのははったり染みた虚勢の一言。そして、もしかするとこれがいけなかったのかもしれないと、考える程には軽率な一言が口から放たれた。狂戦士によって制止されても一度口にした言葉は消えず、それを運命か偶然の神か何かが拾ったのか暗闇からそれが顔を出す。

 

「HOBOO!!!」

「げぇッ!?田舎者(ホブ)!?」

 

 驚きの声が洞窟に響く。

 ようやくゴブリンを殺しまくったお陰で向こうの手が止まったのにも関わらず、こうして敵の将軍級が出てくるとなれば形勢は一気に不利になるのは明白だ。顔に怖気を浮かべていた筈のゴブリンが途端に残虐な笑みを浮かべて息を吹き返したように動きが活発になっていくのをどうにかこうにか躱し、盾でいなして切り飛ばしていく。

 そろそろ剣も脂がついて切れ味が悪くなってきている…それが分かるくらいには自分も経験が積めていた。こういう所で経験と言うのは大事になって来るのだろう。

 だからと言ってこの状況をどうにか出来る腕があるわけじゃないけれど…

 と、考えながら敵を切り捨てれば敵が使っていた鉈が目に入ってくる。あ、これかぁ!!と閃きが彼の頭に駆け巡り、感じるままに投げてみれば只人の真の武器は投擲であるとはまさにこのことかと言わんばかりに田舎者の耳までを抉って落とす。

 

 部下をけしかけて自分は高みの見物をしていた田舎者の顔が一度の苦痛によって100年の恨みを抱えたような顔に変わり、炎に照らされた緑の顔に太い血管の影が出来る。

 そのままこの恨み晴らさでおくべきか!とでも言っているのか濁った叫び声をあげ渾身の一撃(クリティカル)を出そうと棍棒を振り上げて突進してくる。勿論単純な膂力で言えば青年剣士を上回り、ゴブリンの倍はくだらない体躯で振り抜けば青年剣士などすぐに死んでしまうことだろう。

 しかし、田舎者は知らない。いや、分からなかった。こんな狭い場所で大きく振りかぶる等自殺行為でしかなく、死神の音を鳴らしてしまうことなど。衝撃で棍棒がすっぽ抜けた彼の生は、何やら口をへの字に曲げた只人の何とも言えない刺突を目に映して終えることになった。

 

 

 ――――――――

 

 

 そのホブゴブリンは幸運だった。

 中々に大きい巣穴に生まれ、下っ端として生き、先祖返りの素質があった為にたらふく食べた結果田舎者と呼ばれるほどに大きくなった、それがこのホブゴブリンだ。今まで誰かに巣穴を荒らされた訳でもなく、飯にありつけないという事もなく、爪弾きにされて来た訳でもないホブゴブリンはゴブリンにしては恵まれ過ぎた環境に生きてきた。

 渡りとなって様々なゴブリンの巣を渡り歩いた今でもそれは変わらない。他の小さい奴らよりもたらふく食べて、穴蔵の底でぐーたら寝て、たまに来る馬鹿な冒険者を倒して犯しての日々だ。

 

 だが、ゴブリンは誰かを僻み、憎むもの。このホブゴブリンもそれに漏れずに、最近取り分が少ない気がする(・・・・)、いつも威張ってるあいつを殺してしまいたい。お気に入りだった孕み袋が死んだ、全部全部無暗に使う手下の阿呆共のせいだとイラついていた。

 まったく我慢がならない、そも用心棒だと言われてこの巣穴に来てやったのに待遇が良くないのがいけない。それもこれも全て俺より小さくて弱い癖に使えないあの肉盾共のせいだ。何がお前は二人目だ、偉そうに言いやがって。

 

「GBOBBBB!!」

 

 イライラした表情で死んだ孕み袋を腹から喰らう。ここは骨もないし、食いでがあって美味い。しかしゴミ共の管理がなってないせいで痩せていて肉も硬くなっている。どいつもこいつも使えない奴らだと彼は自分のことを除いて考える。

 そして額から幾本もの青筋が浮かびいよいよ他のゴブリンを殺してしまおうかと棍棒に手を掛けた、その時だった。

 

「くっそまた田舎者かよ!!」

「HOBBBOOO!!!」

 

 冒険者だ!それもたくさんいる!いや、数はやはりこちらの方が上だ。しかし前にいた奴らは何をしていたのか…やっぱり弱っちい奴らだ、使い物にならない。と、彼は同じく使い物にならなくなった孕み袋を放って棍棒を手に取る。

 そうしてみれば冒険者達の顔が見る見るうちに歪んでいく、それがたまらなく心地良いもので、男は飯に、女は孕み袋にしても遊んでも楽しそうだと彼の脳内に花が咲いた。ただ連中も数が多く、ゴブリンは弱い、一瞬逃げることも頭に浮かぶ。

 

「焦るな!さっきの倒したみたいに行くよ!」

 

 倒す?そうだ、そうではないか!ここに来たって事はアイツはもう死んだってことだから…俺が一番だ!!この巣穴は俺だけのものだ!!

 図体だけデカくなっても都合のいい脳をしたゴブリンはもう自らの勝ちを確信したように汚らしく黄色くなった乱杭歯の笑顔を晒す。こいつ等に溜まりに溜まった鬱憤を晴らそう、そして自分はこの巣穴の王になるのだ!まず近くにいる奴らをけしかけて剣を持ってる奴から殺して…

 

「―お恵みください!」

 

 彼が思い描いた黒い妄想を白い光が塗りつぶし、体の様々な所に連続して激痛が走る。何だ何だと彼が理解する前に今度は一際大きい衝撃が股から走った。

 

「【聖光(ホーリーライト)】!」

偉大なる一射(グレートフルショット)

「【火矢(ファイアボルト)】!」

鋭い一撃(シャープスマイト)!」

「何よそれ!?ええーっと…ぼ、玉崩し(ボールクラッシュ)!」

 

「HOB!!?GOBo(bo)…」

 

 なまじ生命力があっただけに最後まで意識を保ってしまったことが彼の一番の不幸だろう。強烈な光で目を潰されたかと思えば矢が頬を貫き、肩を炎で焼かれ、喉が突き抜かれたと思えば次の瞬間男の勲章さえもが潰される等誰が思おうか。

 ゴボゴボと自分が吐き出した血に溺れ、ホブゴブリンの意識が猛烈な痛みと苦しみの中に沈んで二度と浮いては来なかったのも仕方のないことであったのだ。

 

 

 ――――――

 

 

「だーかーらー、オルクボルグよ!オルクボルグ!ここに居るって聞いたわよ?」 

 

「かーっ、耳長言葉が只人に通じる訳なかろうて!かみきり丸、かみきり丸じゃ嬢ちゃん、これでわからんか?」

 

「あの……すみませんよく分からないです」

 

 最近の辺境の冒険者ギルドは平和そのものだった。ようやく爽やかな風と日差しが射す初夏に差し掛かり新人冒険者の登録が下火になり始めたのに加え、同時受注も実力が無いと無理だと何となく噂され目に見えて減ってくれた。おかげで業務が滞りなく進むようになって万々歳だ。

 ただそうは言っても慢性的に処理されず塩漬けになっていくクエストに、冒険者達の情報処理、ギルド側の人手不足が改善されないのが悲しい所だが、それでもギルドはなんとか回っていた。

 

 そんな所にやってきたのがこの3人組だ。一人は新緑の髪色をした笹葉の如き耳の森人野伏(エルフのレンジャー)、一人は恰幅の良い体に真っ白な髭を蓄えた鉱人精霊使い(ドワーフのシャーマン)、そして最後の一人は辺境では珍しい鱗肌に爪と尾を備えた蜥蜴人司祭(リザードマンのプリースト)だ。

 それが、先ほどから恐らく何となくでしか聞いたことのない人探しを始め、現在に至るのである。だがオルクボルグにかみきり丸、どちらも受付嬢はちらと聞いたことも無いもので、先ほど聞いてみた樫の木(オーク)でなければ彼女には最早お手上げなのが正直な所であった。

 

 コルクボード付近にいる者達に目線を向ければ、皆顔馴染みの受付嬢に突っかかる3種族の珍しい編成に一瞥を向けるのだがその誰もが話しかけようとはしない。しかしそれもそのはず、こうして揉めているとはいえ彼らの首から提げられている認識票は在野最高の()であり、よほどの者でなければ近寄ろうとも思わないのだ。

 

「やぁ!笹葉耳の同胞に恰幅良き白髭殿、何やらお困りのようだが手を貸そうか?」

 

 そうしてしばらくやんややんやしている中に凛とした声が響く。

 一同が振り向けば、そこにいたのは腰に手をあてニヒルな表情を浮かべた青年がいた。膝までかかるサーコートに加えて下には皮鎧を着こみ、手入れが為されていないのかそれとも汚しが為されているのか全体的に汚れが目立つが、背中に担いだ大荷物から飛び出る大弓や槍から傭兵を思い起こすような姿だ。

 加えて容姿が端麗で、見てみれば耳は妖精弓手のように笹葉の如く長く、上の森人であることが分かる。首から下がる黒曜等級の認識票を見るに、珍しい森人の新人冒険者であるようだ。

 

「あら…って森人じゃない!何?オルクボルグを知ってるの?」

 

 驚いたように妖精弓手が問うと、森人の冒険者は腕を組みながら眉を上げやれやれ、と言ったように話しを始めた。

 

「知ってるも何もオルクボルグでしょ?懐かしい物語だ…あぁ、受付嬢さんに説明するとオルクボルグって言うのはね、小鬼に近づくと青白く輝いて教えてくれる伝説の聖剣の事を言うのさ。森人語だから知らないのも無理ないね。で、これを共通語(コイネー)に変えると『小鬼殺し』になるから…それで人探しって言うともしかするとゴブリンスレイヤーさんの事だったりするんじゃない?」

 

「ああ!あの人のことだったんですか!でしたらまだ戻っておりませんね」

 

「ゴブスレさんにわざわざ用があるって事は、小鬼関連かな?あの人は小鬼以外に関心が薄いらしいしね。もし話があるなら談話室でも取っておくと良いよ、あそこなら密な話も出来る」

 

 話が出来るのなら異論ない妖精弓手達が頷けば監督官さん、借りても大丈夫かい?と狂戦士が談話室を貸してくれるように頼んであれよあれよと言う間に話を通し、そのまま3人を談話室へと連れて行った。

 

「…何で貴方まだいるの?」

 

 先程から少し思っていたが案内が終わればそこでいなくなるはずの部外者がまだいる事に眉を顰める妖精弓手。

 

「いやぁ、ゴブスレさんは無愛想が過ぎる人でねぇ、なんだか話がこじれるかもしれないと思ってここにいるのさ。加えて、可愛らしいお嬢さんとも話せるかもしれないと来た」

 

 森人冒険者も珍しいものだしね、と優雅な手付きで茶を注いでいきカップを妖精弓手の前に置く。

 ほら飲んでと促されたお茶を一目見れば、正しい淹れ方をしたのかとても香りが良い。どうやら混ぜ物もされていないようだと少しの警戒を残しながら茶を一口飲んで舌で転がす。少し苦みがありながらも鼻から抜けるような爽やかな香りと味、彼女好みのお茶だった。

 

「うーん、美味しい。これで砂糖があれば完璧ね!ありがと。で、そう言えばあなた誰なの?」

「申し遅れたね、僕は疾走狂戦士!混沌の神を信じながらに善なる道を目指す森人さ、歳の方は千と六百少しだよ」

 

「なに年下なの?じゃ、これからは先輩と呼んでくれて構わないわよ!って待って、混沌?」

「へぇ!年上か!よろしくパイセン、それは追々ね」

 

 仮にも政の話を任される程度には信を置かれている彼らが一瞬で空気を一段重くした圧に、対面のソファーにドカッと座った狂戦士は悪戯っ子のような笑みで答えて返した。対する妖精弓手はパイセンと呼ばれ、何やら敬われているのか貶されているのか分からず頭に疑問符を浮かべるのみだ。

 

「…まあいいわ、貴方は何処の里出身なの?」

「あぁ、僕はねぇ…」

 

「俺に用があると聞いた」

 

 狂戦士が話しかけたのとズカズカとした無遠慮な靴音と共にゴブリンスレイヤーが扉を開いたのはほぼ同時の事であった。

 

 

 ――――――――

 

 

「前書きはいらないらしいから単刀直入に言うわ、ゴブリン退治に協力して」

「分かった、受けよう」

 

「…え?」

 

「規模、上位種の有無、地図はあるのかだけ教えろ。すぐに出る、報酬は好きに決めておけ」

「ちょちょっと待って、なんか無いの!?何でこんなことになったのか、何で自分が選ばれたのかとか少しは無いわけ?」

「聞いて何になる、興味がない。俺はただゴブリンを殺すだけだ」

 

 同族に言われた通りに本題から入れば、あまりにきっぱり言われたことに呆気に取られ固まってしまう妖精弓手。そんな彼女の代わりに蜥蜴僧侶が様々な情報を言えば、分かったとぶっきらぼうに一言発してゴブリンスレイヤーはすぐさまドアノブに手を掛けた。

 瞬間、待ったをかけたのは狂戦士だ。

 

「ああ、ゴブスレさん僕も一緒について行っても構わないかな?仲間(人手)はいくらいても良いと思うんだけど」

「?…分かった、構わん」

 

 何やら引っかかる言い方をしては足早に部屋を出ていくゴブリンスレイヤー、恐らく準備をするのだろうことは文脈から何となくは分かったがそれすら言わないとはと妖精弓手の顔がムッとする。

 これでは吟遊詩人の歌は大ウソではないかとぷりぷりとしながら腕を組むが、事実吟遊詩人の歌は脚色が強く耳触りの良い言葉でしか語られていない。彼女の世間知らずが良くも悪くも作用した結果だった。

 

「じゃそういうことで!先輩方これからよろしくね~!さて、ゴブスレさんはああ言ってたけど、報酬はいくらかな?国からの依頼だし結構高いんじゃない?」

 

「こいつも急かしいのぅ…そだな、金貨30枚ってとこだぁな」

嘘だね(ダウト)

 

「ぬぅ?」

 

「規模、森人領、そしてギルドを通さない依頼…多分あと、30枚、いやそれはキリが悪い感じがするしあと20枚ってとこかな?確か話の森は秘薬(エリクサー)の産地だから…結構儲けてるはずだしあそことなると金払いも中々良い筈…これ、金貨50枚は出せるでしょ?」

 

 突然の否定から何を言うかと思えばスラスラとまるで水を得た魚の如く言葉を発し、そしてそのどれもが不可能ではない程度に筋が通っているので質が悪い。さらに情報の出し渋りを防ぐためか何やら片手が服の中に入れられており、これがもしいつの間にか【看破(センスライ)】等の真偽を問う奇跡を使われていた場合に痛い目を見ることになるのは確実だ。

 まあ躱す術もない訳じゃねぇが…と顎髭をしごくが、見た目と態度の割に中々ずる賢いことをすると鉱人導士は舌を巻いた。

 

「…中々目端が利くじゃねえの!そこの耳長娘も見習った方がええのこりゃ。してどうする耳長よ?」

「うるっさいわね!まあ、でも確かに払える金額だとは思うけど…私達が決めても良いのかしら?」

「拙僧は金勘定が得意な方ではないが、多少交渉すれば恐らく可能かと…こちらには縁故深き弓手殿もおります故」

 

 むむむ…と唸ってしばらく悩んだ妖精弓手であったがついに長耳がピコンと跳ねる。解は出たようだ。

 

「そうね分かったわ、報酬は金貨50枚にしたげる!ただその分活躍はして貰うわよ!分かった?」

「もちろんもちろん、我が神の名において誓おう」

 

 

「と、言う訳なんだ!」

「どういう訳なんですか…」

 

 つまりはそう言うことだった、と言われたとしても納得できるかは別だと思うのだ。と女神官は心の中でそうごちる。

 先刻終わったゴブリン退治の報告にとギルドに顔を出したら、ゴブリンスレイヤーに何やら話がある人がいると談義室に連れていかれてしばらく、彼女の目の前にいたのはゴブリンスレイヤーでなく狂戦士。神官ちゃん!と声を掛けられ、事情を話されたと思えばあれよあれよと同行を決意させられていたのだ。何を言っているのか自分でも理解できない、けれどつまりは冒険だ。この、なんだか良く分からない不思議な人と一緒に再びゴブリン退治に赴くのだ。

 

 …何で?

 

 別に不安であるとか、怖いという訳ではない。むしろ一緒に冒険に出るなら心強いくらいこの人は強い。先日の手伝ってほしいと話を受けたゴブリン退治の時も、やはりこの人は優秀だった。指揮をし、自らも戦い、強敵(ボス)が出たかと思えば慌てぬようにと軽口さえも叩いてみせる。そして結局はちゃんと倒して皆と共に呵々と笑う。正直物語の英雄みたいな人だとさえ感じる程の才覚と言えるだろう。

 ただ、そんな人が何やら旅支度と大弓を担いで何の脈絡もなく突然冒険に行こう!さあ早く!と捲し立てるのだから何やら疑問を感じてしまうのはしょうがない事だと思う。

 

 まずしっかりと事情を説明されてもそもそもの話狂戦士の思惑が見て取れないのだ。話を聞くに元々銀等級の人の尋ね人を当てただけであるし、ゴブリンスレイヤーとは最初の依頼で助けて貰ったきりのはず。とてもではないが、友好関係を築けているとは思えない。

 

 何となく森人の領地だからと言う理由付けが無い訳ではないが、以前聞いた話では森人と言う種族そのものにはあまり頓着をしているようには見えなかった。よしんばあったとしてそれが無理やりついていくような話になるだろうか?

 

 そして最後に残ったのは己の義の為…これが一番しっくりと来る理由だ。そもそも狂戦士はいつもへらへらして分かりにくいがああ見えて正義漢であり、人が嫌がるような下水路の仕事や塩漬け依頼も人の為になるならばと率先して行っていた男だ。人の脅威になり得そうなこの冒険について来たのも納得は出来る。

 

 それでなければ…と彼女に思い浮かんだのは以前聞いた邪神の託宣(ハンドアウト)の話。何処か狂戦士が非人間的な行いをする時は大抵この神の託宣によるものらしいのだ。出来ればこれが当たっていないと良いのですけど…そんなことを祈りながらも彼女は旅支度をしに一度自分の部屋へと戻るのだった。

 

 

 ―――――――――

 

 

 陽が落ちれば空に輝く数多の星と一層際立つほの赤い月と緑の月。その満点の星々が照らす平原の一角では一党が焚き火を囲み、歩き疲れを癒すために酒や肉を振舞っての酒盛りが始められていた。

 4種族集まった一党は会話の種やちょっとした自慢にと自らの故郷から持ち寄ったチーズや菓子等様々な品物を振舞っていく。そしてそれは一人異質な雰囲気の狂戦士にも伝播し、彼はニっと笑うと背嚢からガチャガチャと音を立てて布で覆われた酒と黄金色に輝く瓶詰め、そして何やら葉っぱに包んだ物を広げた。

 

「うーん、葡萄酒はともかく火酒が被っちゃったのはちょっと誤算だったなあ…まあ量が増えたとでも思ってくれるとありがたいね。代わりと言ってはなんだけど、お酒にも合うゲテ物でも如何かな?」

 

 思いついたかのように手を叩いた狂戦士が差し出したのは葉っぱに包まれた何かだ。封を開いて見ればなにやら白身らしきもの、しかし火の光にあててよく見てみれば黒く光る殻がついており、身はまるで海老のようになっている。

 

「あら、虫じゃない」

 

 いち早く何であるかに気づいたのは同じく森人である妖精弓手だった。そして、その一言によって女神官が小さく悲鳴をあげて虫と判明した身から遠ざかる。歴とした婦女子である女神官にはゴブリンは慣れても虫はまだ早かったようだ。

 

「森にいた時には良く食べていたんだけど、森人の土地が近いからかな?さっき偶然穫れたんだ。これが酒の肴に良いものでねぇ」

 

 そうして丁寧に殻を剥いては火で炙ってひょいと口に放り込むとその勢いで葡萄酒を流し込んでいる。それが中々様になっていて上下から照らされるのも相まりまるで一枚の絵画のように見えてしまう。

 だが、それが虫であるとを忘れることが出来ずに女神官はその身を狂戦士へと差し戻した。

 

「なんとこれはまた旨し!甘露と合わせて喰らわば尚よぉございますな!」

 

「密林育ちはこれだから…まあ確かに中々イケるもんじゃのう、酒とも合うわい」

 

「むむむ、なんだか故郷を思い出すわね…あ、でも味付けがちょっと違う?」

 

「分かってくれるかご同胞!実は檸檬のしぼり汁と塩を振ってみたんだがこれがまた美味いんだ。しかし神官ちゃんは無理かぁ、良いものなんだけどねぇ」

 

「すみません、ちょっと見た目的に…」

 

「いいっていいって異文化だもの、代わりにこの蜂蜜檸檬とかいかがかな?」

 

「わぁ、美味しそう…頂きますね」

「あー!私も貰う!!」

 

 一口一口を大事そうに食べていく女神官とは対称に妖精弓手(2000歳児)は言うが早いかもう既に栗鼠が如く頬が膨らむ程に口の中にしまうとこれまたおいひーと幸せそうに顔を綻ばせ、今度はチーズの方に手を差し伸べる。

 

「はいはい慌てない慌てない、他の人もどう?」

 

「ん、貰っちゃる。しっかしやけに荷物が多いと思っとったらお前さん色々と持って来とったんじゃな」

 

「うむ、荷物に加えて神官殿を抱えて歩く等…その体躯にてよもやよもや」

 

 妖精弓手の様子にため息を吐きながらもこれも中々と言って狂戦士の持ってきた火酒をグイっと呷った鉱人導士と甘露甘露と目を細めて笑う蜥蜴僧侶も口端から甲虫の足を覗かせ狂戦士を称賛する。

 種族単位の仲の悪さ、場合によっては戦争さえも辞さない異教徒に純粋なる賛辞の言葉を遠慮なく紡げるのは彼らがそれ相応の知見を持っている証だ。

 

「そういえば、みんなどうして冒険者になったの?」

 

 しばし酒盛りが続いた後、こう言い始めたのは妖精弓手だ。会話が欲しくなったのか、それとも酔いが回って自分の武勇伝でも語りたくなったのか、とにかく彼女の質問に鉱人導士が旨いもんを食うため!と自信満々に答えたことで完全にその雰囲気に変化する。

 蜥蜴僧侶の異端を殺して竜になるため、女神官の困った人の助けになればと答えたのに続いて、一応の党目であるゴブリンスレイヤーはゴブリンと言いかけた所で妖精弓手からアンタのは何となく分かると止められ、鉄兜に覆われた表情は分からないがどこか釈然としない様子だ。

 

「それで、アンタは何で冒険者に?」

 

 お楽しみなのかそれとも仲間外れを出さない為か最後に妖精弓手が狂戦士に話を振る。コイツ藪蛇つつきやがったぞと鉱人導士の視線が妖精弓手に突き刺さるが既に酔っ払いと化した彼女を止める術など眠り以外にある訳が無く、むしろ蜂蜜檸檬のおかわりをせびるついでと言う風だ。

 それに狂戦士は蜂蜜檸檬の瓶ごと渡してやるとどこか張り付けたような笑顔で怒る訳でも無く淡々とした口調で語り始める。

 

「託宣を受けたんだ」

 

 ふざけた様に、だが瞳は何処か遠い所を見ていて何もかもがちぐはぐな狂戦士は続けた。

 

「そもそも僕は昔盗賊…まあ盗賊か。それから襲われた時、何の因果か知識を植え付ける(・・・・・)外なる神に気に入られて奇跡を授けてもらったんだ。で、窮地を脱した僕は神官ちゃんには言ったと思うんだけど、そこからちょっとして覚知神様とは違う『イム・ジッキョウ』という神様、この世界風に言えば記録神みたいな存在から君は冒険者になると良いって言われて始めてみた訳さ」

 

 どちらも確実に邪神ではないかと言う感想を一同が抱き、妖精弓手が何なのコイツ?と言うように問いかける。

 

「じゃあアンタ神官戦士って訳?」

「そうとも言えるしそうでないとも言えるね。次はこれ、ここはこうとかやたら具体的な託宣はくれるけど操られて秩序陣営全滅の凶行を!…ってのはまだないかな。単に面白がられてるってのもあるかもね」

 

 だから大手を振って僕は善行を行ってるのさ、と妙に堂々と言われれば胡散臭くとも納得をするしかない。女神官だけは一体どのような神なのかと複雑な顔をしていたが、それも次第に一党の醸し出す雰囲気に流され薄れていく。

 手札は多い方が良いと、空気と化していたゴブリンスレイヤーが一党の皆に使える術、奇跡の説明を求めたり、自慢の筋肉を蜥蜴僧侶と見せ合ったりする等して次第に夜は更けていった。

 

 

 ―――――――

 

 

 遺跡の探索は順調に次ぐ順調だった。妖精弓手の魔法染みた曲射が門番を射抜いて少し、多少ゴネたものの運命を受け入れた彼女があーうー言いながらもゴブリンの体液が塗られていく。唯一の味方である筈の女神官から肩を叩かれ、死んだ目で慣れますよと言われてしまえば彼女にもう逃げる手立てもなかった。

 

 それからは狂戦士と二人体制で通路の半分ずつを見ているお陰で罠の心配もほとんどない。ほどなくして分かれ道に差し掛かり、床の減り具合で左をねぐらを判断した鉱人導士の言葉にゴブリンスレイヤーが首を振る。

 

「右で行くぞ」

「んー…確かにヤバそうだ。パイセンも聞こえない?」

 

 狂戦士が耳を澄ませ、妖精弓手にも同じようにさせれば一瞬で彼女の表情が張り詰める。

 

「急ぐわよ!」

「はいなー」

 

 短く叫んだ妖精弓手と狂戦士が足音を立てない最速の速さで走り出す。それでも目視できる罠を見ながらなのだから流石の銀等級と言った所だろうか。少しして、彼らは強烈な悪臭が漂い出てくる朽ちかけた扉が見えた所で足を止めた。

 

 嗅ぎなれない悪臭に顔をしかめる妖精弓手とケロっとした顔の狂戦士が見合って頷くと狂戦士が無言で握りこぶしを作り上げ扉を破壊する。

 妖精弓手が暗中の体の半分が爛れた森人冒険者を見出す前に、狂戦士が虜囚となった彼女の足元に潜んでいたゴブリンの頭をまるで柘榴のように弾けさせた。そのまま登場すらさせてもらえなかったゴブリンを踏み潰して確実に仕留めると、彼は虜囚となっている森人の拘束具を怪力で捻じ曲げ外し、重力に従って落ちてくる森人を抱きかかえる。

 

「これを飲んで!」

「あぅ…」

 

 委縮した喉を開かせ、目に見えてぐったりしながらもくぴくぴと少しずつ薬を飲む森人冒険者を良かった…と狂戦士が胸を撫で下ろし、少々咽て吐き出してしまう彼女にゆっくりでいいからと続きを促す。

 飲み終れば、緊張からの解放からか森人冒険者が小さく寝息を立て始める。その際に目から薄く涙が零れ落ちたのを一党の誰もが見逃しはしなかった。

 

「呼吸が安定してる…良かった、なんとかなったみたいだ」

 

 そう狂戦士は締めくくり、やや遅れて駆けつけた蜥蜴僧侶の提案で召喚された【竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)】がしたためた文と彼女を抱いて外へ連れ出した。彼女の体に布をかけて送り出した狂戦士は、部屋の角で俯いていた妖精弓手の手に無理やり汚らしい雑嚢を握らせる。

 

「これは、パイセンが持っておいて」

「…」

 

 自然の素材のみで作られた雑嚢はどう見ても森人のものだ。こんなことした奴を殺そうねという意味なのか、それともまた別の意図か渡された雑嚢をじっと見つめる妖精弓手。これもまた強烈な悪臭と汚れに塗れており、森人冒険者が一体どのような行いをされたのかは想像に難くない。次第にふつふつと彼女の奥から怒りの感情が湧いて来た。

 

「絶対に、ぶっ殺してやるんだから…」

 

 小さく呟いた彼女の目には覚悟の光が宿っていた。

 

 道中何度か起こったゴブリンとの戦闘を終え、一党は最深部に到達していた。おそらくこの先がやつらのねぐらで間違いないことを確認した一党は一度呼吸を整えるために小休止を挟む。

 同胞が辱められているのをこの目で目撃し、ゴブリンの体液に濡れた妖精弓手。鉱人導士さえ言葉を掛けるのを躊躇う程のありさまだ。だが…

 

「パイセン、弓捌きキレてる、キレてるよ!腕に森の勇者宿ってるんかい!そこまで仕上げるには眠れない夜もあったろう!!」

 

「おべっかは止めて頂戴」

 

 さっきまで真面目にしていたかと思えばこうしてすぐに狂戦士の喋り虫が鳴り出す。しかし、裏にある気遣いの気持ちは妖精弓手にもちゃんと届き、キッと結ばれた彼女の口端が僅かだが上がる。

 

「ありがと」

 

「言い返せるならまだ大丈夫だ、こういうのは言える時に言っておかないと駄目だからね」

 

 小さく返せばにっと歯を覗かせ笑う狂戦士。妖精弓手は本当に良く分からないが、この男は悪い奴では無さそうだと認識を改める。続く冗句を耳に挟みながらも意識は戦闘用に切り替える。

 

 遺跡の奥は吹き抜けとなっており、底をねぐらとしているゴブリンがかなりの数確認できる。普通に突っ込めば白金等級(勇者)でもない限り押し寄せるゴブリンに手数が足りずすぐに死んでしまうだろう。そこで一党はゴブリンスレイヤーの提案した精霊術によりゴブリンを泥酔させ、奇跡によって音を消し去った状態で寝込みを襲う作戦を決行した。

 

 無防備に眠るゴブリンをゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、妖精弓手、狂戦士がそれぞれ始末していく。ゴブリンスレイヤーは転がる雑多な武器を使い捨てるように、蜥蜴僧侶は祖竜術により呼び出した鋭き爪のごとき刃で喉元をかっ捌き、妖精弓手は短剣で喉を突いて作業的にゴブリンの数を減らしていった。

 

 血で滑る短剣に四苦八苦した妖精弓手がちらと横を見れば、何と狂戦士が自らの腕を振るってゴブリンを一体一体殺して回っている。成程、あれならば血もつかない…が、狂戦士の一撃を受けたゴブリンを見るに本当に怪力無双と言うのは真実のようだ。

 自分も黒曜等級には負けていられないともう一人の変なのたるゴブリンスレイヤーを見習ってゴブリンの使う武器を使って駆除をし始める。

 

 と、そんな時にいつの間にか背後に回っていた狂戦士に肩を叩かれ、何やら身振り手振りをし始めた。

 

「(嫌な予感がするからちょっと上見てくるね!)」

 おそらくこんなことを言ったのであろう狂戦士が足早に階段を駆けていく。止めようと手を振り上げれば血で武器が滑り、取り落としそうになるのを何とか取り繕っている間に姿が消えていた。

 

「(ちょっ!オルクボルグ!アイツ行っちゃったけど大丈夫なの!?)」

「(構わん、上にゴブリンはもういない。手を動かせ、効果が切れるまでに殺し切らんと面倒だ)」

 

 たまらずゴブリンスレイヤーに伝えに行けば門前払いのように一蹴され、実際その通りではあるのでゴブリンを駆除しに戻ろうと足元の武器を拾おうと少しかがむ。

 が、何か様子が可笑しい。見れば地面の剣が震えているではないか。音はせずとも振動自体は無くならない。次第に自身も揺れ動くので何事かと伺えば沈黙の効果が切れたのか地鳴りの音と荒々しい呼吸音が次第に近づいて来るのが感じ取れた。

 

「小鬼共がやけに静かだと思えば…雑兵の役にも立たんか」

 

 低く重厚な声と共に回廊奥の闇から表れたのは筋肉の鎧に身を包み、額に角、口に牙の生えた青肌の巨人、人喰鬼(オーガ)だ。

 

「オーガッ!!?」

 

「…ゴブリンではないのか?」

 

 慌てる妖精弓手に対し的外れな意見を言うゴブリンスレイヤー、ゴブリン以外に興味を持たない彼ゆえの発言だが、それがオーガを激怒させた。

 

「貴様ッ!この我を、魔神将より軍を預かるこの我を、侮っているのかぁ!!?ならば身を以て我が威力を知るがいいッ!!!火石(カリブンクルス)……」

 

 オーガの右手に数多の術を修めた魔術師をも焼き尽くすと言われる種火が生まれる。ただ種火と言っても巨躯で小さく見えるだけでそれだけでも女魔術師の【火矢】よりも何倍も大きな火だ。

 

成ちょ(クレスクン)「カラドボルグ!!!!」

 

 頭上の大声と共に風を切って進む剣が口の中に突き刺さり、たちまち口の中から血と臓腑が腐ったかのような臭いと味がし始める。不意打ちなど、気にも止めず、眼下にいるこれだけがこいつ等の総力なのだとオーガは勝手に勘違いしていた。

 狂戦士はそこを突き、オーガの口の中へ【浸食】の魔剣を撃ち込んだのだった。

 世界を改変する真なる言葉が打ち切られれば、大きくなりかけた火球はぶしゅうという火に水を掛けたような間抜けな音で消え、失敗を告げるしかない。

 

 不意打ちなど、武人気質の彼にとって到底許せる行いなわけがなかった。先ほど聞こえた位置へと目をやればそこの下手人が手を叩く。

 

「助っ人参上!やーい!やーい!不意打ち喰らってやんのー!!」

「ひひゃまかああああああああ!!!!この我ひょ、侮りおっへえええ!!!」

 

 殺す、オーガの怒りは頂点を迎えた。凄まじく頭に来る口調と馬鹿にしたような小踊り、これほどまでに戦いを侮辱されたことなどオーガには未だかつて無かった。

 

「ハハハハハハ!威厳もへったくれもないじゃん!!これで魔神将とか笑っちゃうねぇ」

 

 魔剣が舌を穿ったことで呂律が回らないオーガをここぞというばかりに煽る狂戦士。これがもし前衛職(タンク)ならばそれだけ他が集中出来ようが彼は一応後衛、オーガの鉄塊の如き戦槌には防御もへったくれもない状態である。

 

「いかん!小鬼殺し殿、援護を!」

「分かった」

 

 慌てて足を止めようと蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤーの斬撃が繰り出されるがどちらもオーガの表皮を浅く切るだけで終わる。それさえジワジワと繋がっていく様は端的に言えば絶望的だ。

 

「父祖の牙が通らぬとは!」

 

「あー!治ってんじゃん!おいそれ卑怯(ズル)だぞ!!急所狙うしかないじゃんか!!」

「貴様は不意打ひをしひゃだろうが!!」

 

 狂戦士が煽ればオーガの激昂は絶頂をさらに超え、手にした戦槌で足場となる石床を粉砕する。しかし、当たらない。こっちこっちと手を叩かれては軽々と逃げられるだけだ。

 

「図体ばっかりデカいくせして当てられないでやんのー!」

「貴ッ様どこまひぇ我を!愚弄ふるのらああああ!!」

 

 様は決まらなくとも大きいと言うのはそれだけで脅威だ。足元では長身なはずの蜥蜴僧侶ですら子供以下の体躯にしか見えず、分厚い筋肉は鎧にも攻撃にも用いられ一党の決死の攻撃をも受け付けない。

 

「やっべ!!」

「死ねぇぃ!!!!」

 

 連続攻撃によって足場が崩れ体勢を崩す狂戦士、そこを狙ってオーガが戦槌を振りかぶれば、隙を見た妖精弓手の渾身の二射(クリティカルヒット)が無防備な目に突き刺さる。

 

「ぐぁあああああああああ!!?クひょ!」

「だらっせい!!【岩弾(ストーンブラスト)】ォ!!!!」

 

 思わず目を覆ったオーガに好機を見た鉱人導士がオーガの攻撃で溜まりに溜まっていた土の精霊を開放した。大量の岩が轟音と共にオーガを打ち据え、たまらずオーガが膝をつく。その隙にゴロゴロと転がって蜥蜴僧侶の下へ駆けつけた狂戦士が懐中から取り出したのは黄色くなった小鬼の乱杭歯が2つ、それが彼の奇跡発動に使う触媒らしい。

 

「竜の末裔さん、俺と一緒に狂乱してくれるかい!?」

 

「ハハハハ!!野営の時に言っておられたあれですな?ならば断わる理由も無し!外なる神が授けし奇跡をも喰ろうてやりましょう!!」

 

「何か不敬な気もするけど行くよ!『あな盤上繰りし覚知の神よ、我らに狂騒を与えたまえ』!!」

 

 果たして祈りは天へと届き、覚知神は自らの信徒を助けようと外法を授ける。まず体に起こるは異変、狂戦士のただでさえ多かった筋肉がミシミシと徐々に膨れ上がりダボついていた狩り装束の繊維を張り詰めさせ、その目からは次第に理性の光が消えて焦点が合わなくなっていく。まるで何かに魅了された者のようなその様はまさに狂戦士と名乗るに値するだろう。

 さらに戦達者で知られる蜥蜴人、それも銀等級にまで登り詰めた蜥蜴僧侶に【狂奔】を掛けてしまえばどうなるかなど言わずとも知れる。狂戦士以上に服がミシミシと音を立てて引きちぎれていき、瞳孔が次第に蛇の如く縦に開き始める。

 

「おぉ!おぉぉおお!!これは何ともや!!然らば拙僧もなりふり構ってはおれまいて!『おお気高き惑わしの雷竜(ブロントス)よ、我に万人力を与えたもう』!!」

 

 続いて恐ろしき竜の末裔が己が力を開放した。祖竜術【擬竜(パーシャルドラゴン)】によって父祖の力を自身に降ろした蜥蜴僧侶の筋肉はより一層の肉の膨張を始め、身に着けた服が意味を成さぬほど破れ鱗に覆われた肌が露出する。

 肌からも闘気が迸るように大気に揺らぎが出る程の熱気が蜥蜴僧侶から溢れ、まるで本物の竜を相手取るかの如き雰囲気は味方の一党でさえたたらを踏んだ。

 

「シアアアアア!!!」

「?ガぁ!!!!??何ひょッ!?」

 

 暴力の化身が如き蜥蜴僧侶の鋭い牙が足の腱を食い千切る。オーガの強固な筋肉に覆われた肉体を以ってしても太古の顎による攻撃は防げない。さらに蜥蜴僧侶と狂戦士の二人が立つ力のない足へ勢いよく衝突をかますものだから、たまらずオーガの体は重力に従って石造りの床に倒される。

 

「神官ひ”ゃん!!コイツどじごめでぇえ!!」

 

「え…は、ハイ!!いと慈悲深き地母神よ…」

 

 辛うじて理性の残る狂戦士の悲痛な叫びとも取れる声に従い、女神官の敬虔な祈りは奇跡を起こす。聖なる力で胸を押しつぶされるかのように展開された【聖壁(プロテクション)】でオーガは悲鳴を上げるが透明な壁にはすぐさま小さく亀裂が生じていく。

 純粋に技量(レベル)が足りないのだ。本来、金等級になってようやく対峙出来るような敵を少しでも射止められるのはむしろ称賛に値する程素晴らしいがことここに至っては強度、範囲がまるで足りていない。

 

「もっか”いぃぃい!!」

「!はい!!」

 

 ならば量を、と狂戦士の声を理解した少女の祈りは重ねられ、自らの可愛らしい信徒の為にと慈悲深き神の力は邪悪なるオーガを地面へと深く縫い留める。

 

「ぐぅうう!!何だ!?一体何ガ起きているのぁア!!?」

「ごろォオオオオず!!!!!ごろずごろうころう!!!」

 

 困惑するオーガに対し、焦点の合わない目を血走らせ口から大量の涎を撒き散らす狂戦士の様は常日頃見ていたものとは確実に異なる。外なる神、覚知神のもたらした奇跡は誰の目からしても邪法だった。

 さらに狂気に染まった彼の体のあちこちから血管が破裂して内出血を起こし、傷もついていないはずの体に赤黒いシミが出来ていく様を見ていられず、思わず女神官が叫ぶ。

 

「狂戦士さん!!」

「びゃんざあああああああああああああい!!!!」

「ORRRGAAAAAAAAAA!!!!??」

 

 それが合図となったのか狂戦士は槍を携え、放たれた矢の如く目にも止まらぬ速さでオーガの顔面に迫り、その目へ槍を突き出した。

 だが、偶然か運命か、カラコロコロと言うやけに乾いた音が女神官に聞こえたと共に、オーガが錯乱してやたらめったらに振り回した腕が狂戦士の体を虫か何かを跳ね飛ばすように打って飛ばした。

 こちらにとっての蛇の目(スネークアイズ)にして、オーガにとっての六の目(ドゥデキャプル)。まさに起死回生の一手となった腕の振りは楔となって腕に喰らい付いていた蜥蜴僧侶までもを弾き飛ばす。

 

 何を、すれば…?女神官の頭は一瞬で白く染まる。

 回復?もう使える術は全て使ってしまった。援護?非力な自分に何が出来る?攻撃?それこそ一番出来ないことだ。

 

「ハッ、ハッ、ハッ…」

 

 呼吸が浅くなる。視界が狭く暗くなっていく。前で戦っている一党の皆がまるで窓越しに見ているように現実感が無い。最初の冒険のように自分の力が及ばない状況は彼女をジワジワと侵食していく。

 

「落ち着け、俺が行く」

 

 そんな折、くぐもった声が彼女の肩の背から掛けられる。たったそれだけ、ただそれだけで意識が引き戻され、精神の浸食が収まった。

 声の主はゴブリンスレイヤー、この一党の党目にして…彼女を救ってくれた冒険者だった。

 

 

 ―――――――

 

 

 自分は出来が悪い男だ。昔から何をしても失敗ばかりで、大事な所でも失敗しかしてこなかった。知力も膂力も鍛えたとて人並み、いやそれ以下だろう。

 思い出すのは師匠の言葉。

 

「あの時何で姉を助けなかった?えぇっ!?言ってみろ!!」

「俺に、力が無かっ、た、からです」

 

 寒さに震える声で必死に考えた答えを言えば、しゃがれた声の師匠が怒鳴る。

 

「違ぁああう!!手前ぇが何もしなかったからだ!!」

 

 罰を表すように頭に投げられた石入り雪玉の冷たさも、それを溶かしていく自分の血液の温かさだって覚えている。痛みと寒さを段々感じなくなっていく感覚も、覚えている。何も失敗しなかった筈の姉が、玩具とされて死んでいったのも、とても…とてもよく覚えている。

 

 だが初めて、こんな自分を頼ってくれる者が出来た。「聖剣に選ばれたから殺せまぁす!」

 幼馴染のあの娘だって帰りの遅い自分を案じている。「偶然強くなれたから殺せまぁす!」

 死ぬ気は毛頭ないのだ、悲しませる気もない。「そんなもんただの鍍金よ、すぐ剥がれて落ちて手前ぇは仕舞ぇだ!」

 

 何時だって。

 

「お前は阿呆だ!雑魚だ!塵屑だ!力もねぇし技術も智慧も、姉もいねぇ!!考えろ!頭を回せ!死力を尽くして勝利が得られるなら何だってやれ!」

 

 そうだ、今だって。

 

 目を見開く。頭をすっぽりと覆う形の兜は灯りの少ない回廊と相まって暗い。しかし、勝利への道筋は不思議とはっきりと見て取れた。

 死力を尽くして勝利が得られるならば…今動くしかない!

 

「おぉおおおおおおおお」

「なんヴぁぁ!!クソ、何もみぇん!!矮小なる秩序ノ塵共が、この我にぃ!!」

 

 目が潰れた恐慌と何が迫っているか分からない恐慌で何とかの動きが甘く、仰向けに倒された奴の胸を走り抜け、目に突き刺さった槍に手を掛ける。何時ものようなゴブリンから奪って使うような小さな槍とはまた違う、作りのしっかりとした長柄の武器。

 ゴブリンは皆殺しだ、他の混沌の輩も邪魔をするなら殺そう。

 

「目は脳にまで繋がっていると、姉は教えてくれた」

「やめっ、GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 

 渾身の力で刺し込んだ槍からゴブリンの内臓を突き抜けるかのような感触が伝わり、オーガがまさしく文字通りの断末魔を上げて鼻から滝のように大量の血を噴き出すと息の根を止めた。

 最後に助けを求めるかの如く天へと大きく伸ばされた腕が床に落ち、ぐしゃりと石畳の地面を叩いて揺らす。

 

 それが、人食い鬼が発した最後の音だった。

 




コロナの影響で自分はまだ春休みですが、皆さまはどうお過ごしでしょうか(露骨なコメ稼ぎ)
いや、なんか回が増すにつれて自分の文才を改めて感じます。悪い方に…いやホント、マジで先駆者兄貴と同僚兄貴凄いっすね。筆の速さ、クオリティ、どれを取っても素晴らしい。
しかし、ここまで評価されたからには逃げは駄目…週刊42位まで上げてもらった恩を晴らさずにいるのは本当によろしくない…新学期始まったらさらに投稿頻度低くなるとは思いますがどうにか投稿続けていく予定ですのでどうかこれからもよろしくお願いします。

狂戦士兄貴の個人情報晒してちょっと間を持たせるかも?

狂戦士の過去編を?

  • 見たい
  • 見たくない
  • わたしは一向にかまわんッ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。