これで3年続いたこの物語もついに全話完了しましたので、楽しんでいただければ幸いです。
世界の中心は私で、私を基にして世界は回っているのだと思わなくなったのは、いつからか。
戦神を信仰し、混沌の者どもに死をくれてやっていたあの時からか。
それとも、へまをして女として終わりかけたあの時からか。
または、鞍替えして地母神様を信仰するようになったあの時からか。
まぁ、どうでもよいことだ。私がいなくなろうとも今日も今日とて世界は巡る。
だが、そんな自分とて出来ることもまたあるもので、この神より授かりし奇跡を以て、病人や怪我人、果てや赤ん坊まで遍く人に奇跡を授けている。
世界の主役にはなれなかったこの身でも人の役には立っているのである。
そんなある日のことだ。
「これは奇跡を使った方が良いかもしれない…」
「新しい包帯と綺麗な水をお願い!出来るだけ早くね!」
「残念だけど…もうこの人は」
「汝の生に幸あらんことを」
すすり泣きながら死体袋を運ぶ者たちの裏で、新しく生まれた命を祝福する祝詞が詠まれる。
怪我が治って歓喜する者、間に合わず命を落とす者、運が足りなかったのかそれとも体力が持たなかったか皮肉にも神殿で無数の人間が死んでいく。
救えた命、救えなかった命、どちらも価値に上下をつけてはならない、もし死んでしまえば丁重に墓を作って弔うことで魂の救済を図るのが常である。
しかし時代が時代、それでも十分上等な死にざまだ。
混沌の者との戦いで、財宝目指し冒険で、迷宮の罠で…遺品か体の一部でもあればまだマシで、この時代怪我も死者も尽きることは無い。
地母神殿等の医療施設で人手は基本何時だって欲しいものだった。
その中で機敏な動作で動く筋肉質な女神官は傷の多い顔に精一杯の笑顔を乗せ、届いた綺麗な包帯を怪我人の腕に巻いていく。
処置を施しながら彼女の目線の先にはくすんだ鎧(金臭さ消しだろう)の冒険者に担がれた新たな患者、今度は出来るだけ軽傷であれば良いのだがと誰にも聞こえない程小さな声が発せられた。
「頼む、金は払う」
こちらを見るや開口一番ぶっきらぼうにそう言った鎧の男が、肩を貸していた人を台に降ろす。
砂埃で汚れた装備だし顔も隠れているが、フードからはみ出る程長い笹葉耳は上の森人のそれであった。
「診てくれるか、こいつは頭を打っていた」
「はい、お任せください!ッ…確かにかなり頭が膨らんでいますね、呼吸も浅い…」
フード越しにでも瞬時に分かる程に膨らみが確認できる、加えて治り始めてはいるが全身が強い衝撃を受けた痕が出来ていた。
この感じだと頭の中に血溜まりが出来ているかもしれない、そうなればいつの間にかぽっくりと逝ってしまうことも十分あり得る。
早めに来ることが出来て運の良い人だ。まあお布施が無ければこういうのに手出しをしてはいけないのが歯がゆい所ではあるが…
しかし、分別はつけなければいけない。
彼女が手を出せばそこに鎧の冒険者がボロボロの花柄袋を置いた。中を改めてみればたっぷりと金貨が詰まっている。
「余剰分も取ってかまわん」
どうやら患者は随分と金のある人に救われたらしい。というか、よく見れば胸の鎧からはみ出るタグは銀色、銀等級ではないか。
在野最高の党員であるならばの扱いかと女神官は心の中で合点がいった。
そのまま神殿を後にした冒険者を見送ると、彼女はさぁてと腕をまくる。
処置の準備にと彼女は男の上半身の身ぐるみをあっという間に剥ぐと、顔に掛かっていたフードも取り払い目線を顔に移した。
移して、しまった。
「ッ!?コイツは…」
彼女は口調が荒々しくなっていることに気づきもせずに、男の顔を穴が開く程に見つめる。
偶然かそれとも運命か、女神官はその男をとても良く知っていた。
一度は他人の空似だと考えたが、そう思えない程その顔は整っていて、体つきに関してもただの森人と全く違い、まるで御伽噺に出てくる神様のように筋骨隆々なのは記憶の中では一人だけしかいない。
見れば見る程に目の前の森人が彼女自身の知っているそれと重なっていく。
酒を飲んでは呵呵大笑して、時々やけに悲しい目を見せていた。
彼女がかつて逃げるように退団し、もう二度とその姿を見ることが無いと思っていた傭兵団長その人だった。
「さーせん先輩、コイツ俺が看病してもいいっすか?」
「えぇ、構いませんよ。しかし、珍しいこともあるものですね。貴方の口調がそのようになるとは…出来ればもう少し丁寧な口調で言ってくださると嬉しいですが」
「…すみません、この方は私が看病してもよろしいでしょうか?」
「良く出来ました、ではお願いしますね。ここはまぁ、何とかしておきましょう」
眉を上げて困ったように言葉を直させたのは彼女にとっての先輩司教。
女神官が女戦士だった時代からの知己であり、また改宗する際にも手を焼いてくれた恩人だ。
彼女はすぐさま台上の森人を部屋へと移し、ベッドを用意する。
ふんわりとしていて太陽の香りを感じるそれは触媒としての効果も備わっている優れもの、治療の効率を上げてくれる。
女神官が抜けてからしばらくして、あの傭兵団は滅びたと聞いた。しかし、団長が生きているという事はあるいは…と彼女は少しの希望を抱いていた。
【蘇生】でも何でも掛けてやるからさっさと治れ、と彼女は団長をベッドの中へと放り込むと服を脱がし自分も裸になってベッドへとその身を投じる。
でも、本当に良かったのか、今からでも皆のヘルプに…診断ミスをしていないか、だがあの瘤は随分と…司教もああいってくれたし…ただ埋め合わせが、というかコイツ本当に団長か?オレの記憶違いかも…この年になって異姓と一緒になるの初めてだし…でも本当に団長なら私が子どもの時から知ってるし…
いやいや、でもでも…様々な事に悶々としながらも、最近の勤務疲れが溜まっていたようで彼女の意識は気づかぬ間に眠りに落ちていった。
「止めてくれ皆…痛いよ…止めてよ、お願いだ…」
何かの声が寝耳に入り、女神官はシバシバする目を気合で開きながら起き上がった。
パリパリと乾いた目をこすり、一体私は何をしていたかと思い返そうとしたところで右手になにやらむわっとした温かさが伝わってくる。
毛布を捲れば月明かりとランプで照らされた、ぐっしょりと寝汗をかいてうなされている男がいた。
彼女は全てを思い出すと、うっ血するほど固く握られたその手に目を移す。
「ギぃいい!!!あ、ぁああ!窓に窓に…うわぁあ…あぁああ!!!?やめろッ!瞼の裏にまで来るなッ!!エリー赦してくれ!赦してくれ!!俺には、俺にはどうしようも無かったんだ!御免なさい…ごめんなさい、もぅ…もう嫌だ…誰か、俺を赦してくれ…解放してくれよ…皆…」
何やら凄まじい悪夢を見ているらしく、小さく体をまるめてうずくまりながら震えている。
傷があった頭に手を伸ばせばもう瘤も傷跡も残っていない、そのはずなのにだ。
となればこれは恐らく精神の方に問題があるのだろう、そう考えた女神官は両手で握り拳を作ると…
「起きろ団長!!!」
「グボヘァッ!!?」
思いきり背中に振り下ろした。
「えッ!?あっ!…えぇ?」
「おいお前、俺の名前を言ってみろ」
目を白黒させて状況を確認しようと辺りを見回すさまは率直に言って
やはり暴力、暴力は全てを解決する。
そのための右手だと煙さえ見える拳での治療は、精神を侵され正気を失った者に使う彼女の十八番だった。
一瞬この薄明かりの中で見えるかと思ったが、森人には暗視がある。
耄碌でもして衰えていなければ見えるはず、これで忘れたと言われればもう一度殴ってやるつもりであったが…
「……ッ君は!!?」
「へっ、随分時間掛けたじゃねえか。そうだよ、オレだ」
どうやら、団長は気づいたらしい、嘘をつくほど腹芸が出来る人物でも無い、その言葉は真実だろう。
ただ、彼女に気づいた彼の目は暗く濁り、かつてはまだあった輝きさえも失っていた。
”目は口程に物を言う”傭兵時代に彼女が聞いた東洋の諺があるが、まさしく今がそれである。
それだけで彼女は、彼が最早全てを失っていることに気づいた。
「訳を話せ」
「え?」
「お前の目がぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋ってんだよ。生き残り…いないんだろ?」
「ッ!…そんなに分かりやすかったかな…?」
カマかけが当たってしまったかと女神官は額に手をあて、天を仰いだ。
最悪だ、最悪な話である。
いやまあ傭兵などよっぽど上手くまとめなければ盗賊になるか、餓死するか、戦死するかだ。
50数年続いたというのだからむしろよくまとめたものだろう。
第一、あの場所から逃げるように出てきてしまった彼女に責める気は微塵も存在しなかった。
ただ、納得できるかは別なだけだ。
それからは団長の口から様々なことが話された。
傭兵団の終わりから、信仰する神の二股、果てはオーガを殺した話へ。
二転三転しながらも団長はそうして話を紡いでいく。
本来異教であるし、邪神に近いナニカを信仰する彼へ女神官は何かを言うべきだったのであろうが、彼の目に束の間でも光が戻ったのを感じたのでそれを言うのは憚られた。
だが…
「こんな、所かな…?ハハ、いやぁ、僕が生きてるのがまさかまさかだよね。伊達に1600年生きてる訳じゃない生命力ってことなのかな。ハハ、ハハハ…」
あの団長の一人称が
もしくはそれが彼の精神を支えているのだろうか、新しい人格を作り出しているとかそんな感じで。
いやまぁ戦神から地母神様に鞍替えして口調や態度を諸々変えてる彼女なので、深くは言えなかった。
女神官はそれからも卑屈で平身低頭な態度の彼へ頭から毛布をかぶせた。
「大人しく寝てろ、んで、冒険行ってこい。それで辛くなったら…また俺の所へ話にくりゃいいんだ」
「でも「でももだってももうるせぇ!うるせぇんだよ…いっつも捨てられた子犬みたいな目で周りを見てやがって!アタシはそういう所が…一番ッ嫌いだった!アタシを見ろ!」
「えっ…」
薄い衣も脱ぎ捨てて自分の全てをさらけ出す。
古傷となって消えない顔の傷、胎に刻まれた呪印の痕、切断された跡が残る指。
彼女がとある冒険で
「これはアタシの責任だ!自分の意志で冒険して!馬鹿晒してこうしてんだよ!それの何が悪い!アタシが悪かっただけだッ!」
実力が足りなかった、運が足りなかった、注意力が足りなかった。
当時は若く、金が必要だと聞いて勝手に
そして、「冒険者は冒険してはいけない」を守れなかったから勝手に失った、それだけだ。
「命があるなら何でもできるって、他でもないアンタが言ってくれたんじゃないか…そんなアンタがこの様じゃ、アタシまで惨めになるだろうが」
「そうだよね…ウン、いやホントそうなんだけどね…」
女神官の激情の訴えにも相も変わらず曇り顔の元団長の姿に、彼女のはらわたが煮えくり返る。
「ッハ――――ッ!これだからアンタは!過去にばっかり囚われて前が見えてねぇ!」
彼女の最初の記憶、町で乞食をしていた所にやってきたのが彼だった。
それだけで、彼女には救いだったのだ。
「あの闇の中みたいな路地からアンタはアタシを見つけてくれた!女として終わりかけた私をまた救ってくれた!理由なんてなんだって良いんだよ!」
混沌の巣窟染みたあそこから自分を拾い上げ、真っ当な教育さえ施してくれた。
傭兵団でも、自分の待遇に不満を持ったことさえない、だが彼女は弱さゆえに逃げ出した。
「あの時アタシは、俺はアンタに救われたんだ!今度は私にも助けさせてくれ」
彼女にとってあそこは救いだった。
救いだからこそ、彼女はそこに迷惑を掛けたくなかった。
思い込みであろうとも、周りが止めようとも、若く瑞々しい彼女はそれが良いと信じて突き進んだのだ。
「逃げ出してごめんなさい…でもアンタも生きてろよ、団長まで死んだら誰がこの先墓に花を添えんだよ」
彼女はそれきり毛布に溶け込むようにしてベッドへ潜り込んでんいった。
そもそもとして、彼女は弁が立つ人間ではない、しかし、それでも伝わるものは伝わる。
狂戦士はしばらく呆然としたようにそのままいたが、横から可愛らしい寝息が聞こえ始めたところで彼女の頭をっさらりと撫で、ベッドから起き上がるとほの明るい窓辺にその身を移す。
狂戦士の濁り切った目は、夜空に輝く緑の月と薄紅色の二つの月をひたすらに映し続けていた。
翌々日に狂戦士は心も体も万全な状態にまで回復したためすぐに神殿から引き上げることになった。
元気になったらすぐに他の者と入れ替える、神殿は宿ではないのだ、それも仕方のないことである。
「ありがとう、世話になったね」
「あぁ、達者でな…」
狂戦士は女神官の言葉に無言で頷き手を握ると、冒険者ギルドへ向かって走り出す。
彼女が異変に気付いたのは、そのすぐあとだった。
「なんだぁ、ありゃ…?」
小さくなっていく背を見送る彼女には天気も良いのに狂戦士の肩になにやら塊になった影のようなものが乗っているのが見えていた。
それが何だろうと思う前に、彼女の頬を湿り気の混じった風が過ぎ去っていき意識は別のことへ移っていく。
今日も仕事は山積みである。昨日の詫びも兼ねてしっかりと取り組まなければと、彼女は姦しい話が立ち上る修道女達の輪へ入って行った。
――――――
倒されたオーガの報酬は狂戦士が交渉した通り金貨が50枚、の筈だったのだがゴブリンスレイヤーへの義理立てと称して金貨を15枚程彼に返しておいた。
いらん、と言われようがお構いなしにするりと雑嚢を開いて入れておく。
このまま借りを作っておくのは良くないし、実際助けになったのだから彼には受け取る義務があるとゴリ押した。
渡す時にそうか…と相も変わらずぶっきらぼうな一言と一礼を受ける。
便宜を図ってくれたのだからこれでも別に良いだろう、何も言われないよりはすこぶるマシだ。
全財産で金貨50枚があれば良いのだ、神もそういうものだと理解してくれる。
狂戦士は療養明けにさっさと
なんでも狂戦士の策でオーガを倒したことを銀等級の一党が言ってくれていたようで、女神官と共に彼には面接に来てほしいとのことだった。
そうお上から言われればさっさと行かなければいけないのが冒険者だ、階段上の講談室へと足を運ぶ。
丁度審査を終えて出てきた女神官に軽く挨拶をすると、中から狂戦士の名が呼ばれそのまま部屋へと入っていく。
中で待っていたのは【看破《センスライ》】役の審問官と、蝙蝠のような黒髪の受付、そして銀等級だという冒険者の3人だった。
「さぁ、まずは座って」
始まった昇級審査に対してはああだのうんだの、そうですねぇといった共通語でのやり取りが為され、受付から、じゃあ混沌の輩が出たらどうするの?と聞かれた所で。
「殺りますねぇ!」
そう答えた狂戦士に目を細める審問官と逆に歯をむき出す銀等級。
あ、ふーん、とどこか間の抜けた反応を見せた受付にやりますやりますとさらに追撃するかの如く付け足し、さらに娼館とかには行ったりするのいったりするの?とセクハラまがいの質問を受け流すといつの間にやら解放されていた。
結果は合格、彼は胸にかけた黒光りする鋼鉄級のタグを揺らしながら、鼻歌交じりでギルドの階段を下りて行った。
―――――――
銀等級、重戦士はこの辺境の5本の指に入る冒険者である。
ゴブリンスレイヤー、槍使い、魔女、聖騎士、そして重戦士のそもそも5人しかいないが嘘は言っていない。
本気で腕試しをすれば…さて何位だろうか。
そんな彼はこれまでに多数の異名をつけられてきた経歴がある。
だんびらを使っていた時代の「ぶんぶん丸」から始まり、徐々に名が知れてきた時代の「
彼は現在、ある
昇級審査でのあの佇まい、長髪に筋骨隆々、長身、いかにもな益荒男、中々に良い人材だ。
こういう類の奴とは、出来るだけフランクに…
「よぉ!さっきぶりだな」
「えーっとさっきの昇級審査の時に居合わせた、確か銀等級の…」
「おう、重戦士をやってる、この辺境最高の頭目様よ」
邂逅はまあ上々。
狂戦士と呼んで(本人も自称してるが)新人達が怖がっていたが、確かに隙を特に作り出さず、尚且つ武器はすぐに手に取れるような工夫もしている。
だが、狂戦士から感じるのはそれを抑えて尚余る程の善性と人懐っこさだ。
それらを鑑みて、狂戦士はどこか狂った戦士であるが悪い奴では無い。重戦士はそう結論づけた。
いつもはぽわわんとしているが、いざという時に雰囲気が一変する奴はまあまあ見ている。
それに、これでも彼は頭目を務めてそれなりにやっている、人を見る目には一家言あった。
「早速で悪ぃがよ、お前の力を貸してくれ」
「良いね、速い話は嫌いじゃないよ」
猟奇的な目が重戦士を見据える。成程確かにコイツはあの
重戦士は面白い、と小さく呟きどっかと卓につくと、腰の雑嚢から一枚の紙を引っ張り出した。
「俺たちの一党ははっきり言って遠距離攻撃の手段が薄ぃ、いや、それでも普通の依頼ならなんてこたぁねえんだぞ?だが…こんな依頼が来ちまった」
狂戦士の座る卓に重戦士が叩きつけるかのように置いたそれは、一枚の依頼書。
それは、とある森に突如現れたという
辺境の地において最高の一党だとお聞きして、から始まるお貴族様特有の長ったらしい文をスラスラと狂戦士が読むと、ああ成程という小さい呟きを耳が拾う。
理解できたようで何よりである、説明の手間が省けた。
「つまりは僕の弓が必要な訳だね」
「そういう事だ。一丁付き合ってくれや、金は出すぜ?」
親指と人差し指で丸を作ってずいっと迫れば狂戦士も少し厭らしく笑顔を浮かべて悪い顔になる。
ノリのいいやつだと重戦士が差し出した手を何を言う訳でもなく狂戦士は握りしめた。
交渉成立、と見て良いだろう。
「話が分かる奴で助かるぜ。ヨシ、んじゃ準備するぞお前ら!」
重戦士が快活な声でそう言えば、後ろの卓で待機していた面々が動き出す。
「いや、話が早すぎやしないか?お前が決めたのならついては行くが…」
「兄貴が認めた人なら俺は構わないぜ」
「頭目が決めたなら私は従います」
「気の置けねえ奴らだ、どうか仲良くしてやってくれ」
そういって一党の面々が小さく頭を下げる。
白い装備を基調とした聖騎士に小さいながらも装備はしっかりとした斥候、裸足の令嬢のような出で立ちをした
実は本来もう一人、会計役がいるのだが、丁度実家に帰っているところで今はいない。
と言う訳で、遠距離に向けた確かな手立てを持ってない一党なのだ。
「どうも、僕は疾走狂戦士。弓の腕は天下一品!この腕にかけて皆に手出しさせる前に打ち抜いてあげよう!」
そう言って狂戦士は女騎士の腰ほどもある腕で力こぶを作る。
それは弓で撃ち殺すのか、それとも腕力で体に風穴を開けるのか、どちらの意味でも取れるようで、一党の面々は苦笑を浮かべた。
何はともあれ、強力な助っ人を入れて冒険へ出発だ。
冒険が、初っ端から先行き不安になるとは…
最悪なことながら、重戦士たちは町の外に出て半里も歩かない所で盗賊に襲われていた。
と言っても、最早最後の一人が半泣きで剣を振り回しているところである。
盗賊側の練度もそうだが、銀等級もおり、総合力の高い辺境最高の一党に喧嘩を売ってしまった彼らは頭も運も悪かったとしか言いようがない。
ぶんぶん丸となった盗賊の剣技を見事にすり抜けた矢が頭蓋を右から左に綺麗に貫通し、盗賊の体から諸々と吹き出て襲撃は終了した。
見事な腕前だが、倒れ込むとほぼ同時に盗賊の懐を漁り始めた狂戦士に一党はぎょっとする。
死体漁りは同業者に対してはもっての外だが野盗でもあまり良いものとはされていない。
「オメェ…いや、屑はこいつら、俺らは官軍だ。ウン」
「何さー、襲ってきた賊の懐に六文銭入れてもしょうがないでしょ?それとも丁寧に弔う気かい?頭目は君だし止めろと言われたら素直に止めるけど」
「いや、そういうわけじゃねえが…あー、ロクモンセンってのは何だ?聞いたことねえぞ」
少し楽しそうにお宝お宝と口ずさんで身ぐるみを剥いでいる狂戦士の、まあ正論…を右から左へ流しながらも、聞きなれない言葉に話題を移す。
「あー…死者への手向け的な?東方の文化だよ、ほら、カタナとかいう曲刀を使う人達の」
「ほう!あの者達の言葉か、以前一緒に食事をしたときに彼らはな?―――」
いがみ合いと呼ぶほどのものではないが、不和が起こりそうになった所へ聖騎士が割って入る。
彼女はそのまま東方の武人が食事の際に椅子の上で胡坐や正座をしていただだの、食べ方がきれいだっただの、女子の特権と呼ぶべき他愛なく長い話を始めた。
結局意外と白熱したために夜になるまで話が終わらなかった聖騎士をどうにかこうにか別のテントへ追いやったところで、狂戦士の耳が異音を拾う。
「よし…野郎ども、かかれ!!!」
「「「うぉおおおおお!!!!」」」
剣を引き抜く音、ドタバタ走る輩の足音、酔っていなければ上の森人の耳から逃れることはできない。
自分の布団を跳ね飛ばし、すぐさま装備を整える。
「「敵襲だぁああああああああああ!!!」」
丁度見張りをしていた少年斥候とほぼ同時に声を張り上げ、周りに情報共有を行う。
「あ”ークッソ、こんの畜生めがッ!せっかくいい気持ちで眠ろうとした所に…」
「そんなことを言ってる場合じゃないだろうっ!さっさと応戦だ」
「お姉さま方、もう賊が来ております!」
すぐさま飛び起きるのは彼らが日ごろからしっかりと戦闘の訓練を怠っていない証拠である。
傭兵団等、正規の軍でない者は後先考えずに酔いつぶれて敵の凶刃にかかるということは少なくない。
この時点で野盗の目論見は上手く行くことはそうそうないだろう。
だがいつだって骰子は不確定、勿論彼らにも勝ち目はあった。
ゴブリンが竜に勝つくらいの、あってないような勝ち目が。
「てめえぇ!あいつ等の仇だ!」
「許さねえぞ!」
「輪切りにして酢漬けにしてやらぁ!」
野盗達はてんでばらばら、さらに口汚く自分たちの場所を伝えるかのように吠えて突進してきている。
素晴らしい程の猪突猛進ぶりに敬意を表して狂戦士が彼らの顔に矢を突き立て、重戦士と聖騎士はその剣で迎え撃つ。
一瞬で上下に別れた野盗が衝撃で死ぬと、剣の側面で掃われるかのようにして2人が聖騎士に送り出される。
「こんなプレゼントは、いらんッ!」
そして、聖騎士は送られたプレゼントの一人を
まるで熟練の職人のような見事な連携に素晴らしいと見惚れながら、狂戦士は小さく祝詞を紡いだ。
「あぁっハッハッハッハ!!!」
「ぴぎっ!」
クロスカウンターで拳を野盗の顔面にめり込ませると、ようやく狂気的なリレーが終了する。
その様を見たもう一人が慌てふためき、化け物を見る目でこちらを見ていたがそんなものは関係ない。
逃げようとするその首を握りしめ、筋肉をミチミチと膨らませて次の野盗へ鈍器のごとく叩きつけると両方の肉がぶつかり合い、派手に血がぶちまけられた。
「貴様らぁッ!よくも俺の部下をッ!『火石、成長、投擲』ぁああ!!!」
恐怖しながらも見かねた頭らしき男が杖を振りかざし【火球】の魔術を狂戦士へ向け放ってきた。
だが激情に駆られた魔術師の一撃など何も怖いものが無い、来る場所が分かるのであればいかに早くとも対処が出来る。
運悪く近くにいた野盗を盾にして、そのまま狂戦士が咆哮を上げ突進していく。
二発目を放とうと息を吸い込んだ呪文使いはもう速攻が鉄則だ、狂乱していようとその程度は身に染みている。
オーガレベルの【火球】でなければまず当たる道理はない。
さあその顔面をつぶしてやろうと駆けた狂戦士に、重戦士が割り込んで大剣で【火球】を防ぎ、袈裟切った。
まあ彼の気持ちも推し量るべきであろう、話には聞いていたが確実に危ない気配を漂わせている狂戦士に対処するなら先手を取った方が良い。
「おいクルルァ!!狂戦士!おめえ意識あんのか!?」
「ある…よ!」
狂乱をしていようとも、重戦士には取れる手札が多数ある。
それ故にまず彼は狂戦士に問いかけ、理性の光を目に宿していることを確認し少し安堵した。
「あーもう危ないッ!狂戦士それがお前の言っていた奇跡だな?なんと危なっかしいのだ!やはり邪教の奇跡と言うだけのことはある…」
「きが、いは…加えない…」
半分以上の白目を剝きながらこう言う狂戦士に一同はやや恐怖するが、言葉通りに野盗の武器を搔き集めた所で自分を抱くようにして動かなくなった狂戦士をひとまず置いておいた。
事実これでも前と比べれば彼の自制心は上がっている、小鬼の牙程度なら意識を失うこともない。
それが付き合いのあるゴブリンスレイヤーや女神官が見ていれば良かったが、生憎重戦士一党は狂戦士初見である。
事前に情報を伝えられていたとはいえ、こうも狂乱した様を見せつけられれば警戒心を抱くなという方が難しい所だ。
だがその姿勢のまま狂戦士が寝始めたので、その警戒も無意味なものとなった。
何というか、これは確かにゴブリンスレイヤー並みに
「うーむ、いやまぁ…うーー…至高神様からは何も言われていないのだし、大丈夫だ、安心しろ、平気平気というやつだ」
「おう、そうだな」
なんかもう面倒だなと、重戦士は空返事のように聖騎士に返すとそのまま自分のテントへ潜っていく。
そんなこんなでむわっと血の臭いがむせかえるような夜の森でこの世から野盗団が一つなくなった。
翌日、昨日のことはあまり考えないようにしようと一党内で共有し、依頼された場所に向かっていたただ中のことだった。
それが表れたのは唐突で、まるで霧が塊になって出来上がったかのように虚空から巨大な黒い影が滲んで浮かぶ。
黒い影が光に照らされると、今度は照らされたところから影が剥がれ、白く輝く塔が表れた。
塔は重戦士がかつてゴブリンスレイヤー、槍使いと銀等級3人で共に打倒した魔術師が作り出した塔のように白く、異形の顔が多数埋め込まれた明らかに自然にできた訳の無い、巨大な腕だった。
「兄貴!上だ!小指の所にいるよ!」
そうしたところで遠眼鏡を覗いた少年斥候が件の怪物の出現、というより純白の鷹人が腕の塔の小指に立っていたのを告げる。
まるで彫像かの如く磨き上げられた肉体美故に、鳥の頭を持っていなければ気づけなかった程の擬態率を誇ったその鷹人と一党の目が合う。
「YO人間共、俺様特製の像、気に入ったかい?題名は渇望ってんだぁ!」
「ッ!!?アイツ!」
鳥特有のキンキンとした鳴き声を響かせ、素早く、それでいて一直線に進んでくる鷹人。
会敵して5秒、状況を理解する間もなく鷹人の攻撃が始まった。
爪に羽に魔術にと、種族特有の能力と魔法を織り交ぜた複雑な戦い方だ。
「HOHO…これは俺の夢に出て来た5柱の邪神様方が立ってた玉座を模したもんだ。クソッ、自分の技術の拙さが嫌になるぜェ…ホントはもっと人間の顔を埋め込んで、もっと悲痛に歪んだ顔で、もっと、もっと悍ましいものだったぁあああッ!!!!???」
先陣は、狂戦士によって切られた。
放たれた弓は見事に鷹人の胴を狙って放たれたが、直前で気付かれ足を打ち抜く程度に終わる。
それは本来、鷹人の眉間への軌道だったが、直前で大空に上がった鷹人に追随するかのように曲がったのだった。
落ちた鷹人はすぐに体制を立て直し、大空へと飛び立つ。
「くぁああ!!卑怯な奴がいるみてぇだNA!俺の怒りを買って後悔するんじゃねえ!」
鷹の顔でも分かる程に血管を浮き立たせ、純白の鷹人は自らを語りに語る隙を晒しながらも数の差をものともせずに縦横無尽、天空と大地を繰り返し往復してこちらを斬りつけた。
これではまるで一方的な狩りだ、と重戦士は何度目かになる攻撃を大剣で受け流す。
聖騎士や狂戦士も剣や棍棒で応戦しているが、如何せん痛打足りえていない。
(アイツもいるが、ガキ共を守りながら射落とすの待たなきゃなんねえのは、キッチィな。)
重戦士がそう思う程には鷹人の攻撃は激しく、またとめどなかった。
「なのにこれと来たらどうだ、てんでなっちゃいねぇ。でも俺様の人生で一番の作品だ、まだ届かねぇ、
「ハッ!見れば見る程趣味が悪いな!!流石は混沌の者だ、美的感覚もヘドロの如く汚いらしい」
「ハァッ!?んだとコラ!翼も持たねぇ塵芥が芸術を語るんじゃねぇYO!!空の王たるこの俺様に…勝てると思ってんじゃねえ!!」
イラつき交じりに吐き出された聖騎士の無自覚な挑発は、鷹人の芸術観を傷つけるには十分なものだったようだ。
「俺様を怒らせたこと、後悔しやがれ!!」
そう宣言した鷹人が羽ばたくと、事態は一瞬だった。
銀等級の守りを抜け、一飛びで圃人巫術士の両肩を掴むとそのまま上空へと飛び去っていく。
恐ろしい程の早業で、既に周りの木々よりも高く高く飛んでいく。
咄嗟に詠唱した彼女の【火矢】が鷹人に撃たれたことで、すぐに落とされたが彼女もまた、落下を始めた。
【降下】も、祈祷使いもいやしない。
そもそも巨人3人分の高さから落ちても、人は容易く死ぬのだ。
彼女は自分の死を垣間見ながら、ぎゅっと目をつぶり衝撃に耐えようとした。
だが、その衝撃は別の所から来ることとなった。
「荒い矢だけど、我慢してね!」
幸運なのは狂戦士がいたことか、一党の手が届かない森へと捨てられかけたことか。
強弓から放たれた一射は圃人巫術士の肩を射抜いて大木へと彼女を張り付けたのだった。
「す、みません…お願…」
「ごめんよ!何とか救助完了だ!頼むよリーダー!」
中々筋が良い冒険者だとは思っていたが、これほどとは…
あの軌道でこの結果にはならないような気がするのだが、なんにせよ助かったのは事実である。なんと凄まじいことか。
狂戦士の技量に内心舌を巻きながらも、重戦士の足はぐんぐんと鷹人との距離を縮めている。
そして燃え盛る鷹人との間合いに入った瞬間、空中に首が舞った。
それで依頼は終わった、はずだった。
「待って、動いてるッ!」
狂戦士の耳は肉が動く音を逃さなかった。
飛ばされた首に向かって、残りの人体がミシミシベキベキグチャグチャと粉砕しては捏ねるような異音と共にひき肉のようになって首を囲って徐々に肉の卵のようになっていく。
それに嫌なものを感じた銀等級の2人と狂戦士が奇跡や斬撃、弓矢による攻撃を試みるが、表面を傷つける程度でそれらが全く痛打に足りえていないのは誰が見ても分かってしまった。
そして、それは再誕した。
「…ッ、なんだこりゃ、
「ふっはああああああーーーーーーー!!!この俺が、この俺様が、簡単に死ぬもんかよ!!!」
肉の卵から生まれたのは墨の中にどっぷりとつかったかのように黒く輝く羽を手に入れた鷹人だった。
それが翼を大きく広げ、重戦士達に見せつけるかの如く、煌々と照る日の元に飛び出す。
二回りは大きくなった体躯を見せびらかすように飛ぶ、鷹人の目は憎悪に駆られ、ギラギラと輝いている。
時折炸裂する雷光から分かるどす黒く淀んだ魔力は、鷹人がその身を混沌に堕とし切り、魔の力を得た証だ。
本来それなり程度の依頼となるはずが、金等級の一党か、勇者案件だと思われる怪物の討伐に変わった瞬間だった。
だが、狂戦士と重戦士の両名に至ってはむしろ笑みさえ浮かべている。
故に怯えず、野郎二人の顔に焦りは無い。
それがたまらなく不愉快だったのは鷹人で、青筋(体色を考えれば黒筋)を浮かべ空から小鬼の牙をばら撒くと、【
その数30、武器も持たずおよそ一撃で葬れる雑兵とは言え手数が手数だ。
いきなり湧いて出たゴブリンは邪魔者以外の何者でもない。
「ここは私達に任せろ!」
「よ、よし!アニキはそっちを倒してくれ」
「応ッ!」
平地のゴブリンならば弓矢と剣で事足りる。
そう判断を下し、聖騎士を筆頭にしてゴブリンと戦闘を開始した。
このような開けた場所で指揮もいないゴブリン等、精々嬲り殺しが良い所。
常であれば愚策であることに鷹人も気づいただろうが、今彼の脳を支配していたのは歓喜であった。
この素晴らしい速さ!膂力!魔力!最高だ、最高以外の何物でもない!
「俺はこの世の頂点の存在になったのだぁッ!!」
つむじ風に舞う木の葉のごとく、銀等級達の目にもとまらぬ速さで大空を飛翔する烏。
少年斥候に至っては残像程度にしか見えていない。
だが、熟達した狩人は空高く飛ぶ鳥をも落とすもの。
ましてや先程に比べ、速さだけ増しても直線状に飛ぶ鳥など…
「悪いけど、的みたいなもんだよ」
彼の剛腕と技術によってひかれた弓はギリリと貯められていた力を解放した。
「GAA!!?き、貴ッ様ぁあああああぐがあああああああ!!!!」
加速した体は、最早自身でも止められぬ弾丸であった。
貫通するよう放たれた弓矢は鷹人の首から背中へと貫通し、一矢で片翼を縛り付けては飛ぶ鳥を地へと堕とす。
目にもとまらぬ速さでそのままもんどりを打って地面に叩きつけられた鷹人は重力に逆らうようにして立ち上がり、地面に黒いシミを垂らしながら千鳥足を思い起こさせる足取りで、狂戦士へと歩を進めてくる。
体力を削れているものの、徐々に体を再生させながら迫ってくる様は率直に言ってホラーである。
「随分と狙いを付けるのに時間をかけたが…ふはっ、見たか、見事命中だ。しかし、まるでゾンビだな、さっ、リーダー、魔に挑むのは戦士の誉だよね」
「おうよッ!!この飛竜にも劣るド畜生がッ!鷹は鷹でも、お前はなぁ!!」
「てめッ!!!!!GLッ!!?」
言葉を発する時間も無く一撃、二撃と重戦士の文字通りの重たい攻撃に鷲人は爪や羽で防御を試みるが、三撃目で流石に受けきれず胴体がまるでがら空きとなってしまう。
鷹人は強化された肉体なのに、何故!?という疑問を抱くが、狂戦士の指に嵌められた光り輝く指輪を見て理解した。
成程自分の強化と同様に相手にも強化する手管があったのか。
「能ある鷹じゃあ、なかったみてえだなッ!!!」
「IGIGGGRUッ…!
ずんばらり、黒き烏は自らの胸から下の感覚が消え失せ、次に自分の視界が滲んで消えていくのを寒々とした体で感じた。
「ふざけんな、俺は、俺は…カァッ…」
次第にその感覚すら薄れ、野望も何もかもが消え失せたのだと理解すると、烏は小さく鳴いて目を張り裂けんばかりに見開くと、死んだ。
本当は鷲人なのに…という訂正の一言すら言えぬ間の出来事だった。
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