ロック・ムインの惨劇のさなか、ニルフガード帝国は北方諸国へ侵攻を開始した。その奇襲は成功し、黒の軍団はまたたく間にテメリアの首都ヴィジマの目の前まで辿り着いた。ヴィジマに取り残された民と兵はテメリア軍総司令官ジョン・ナタリスに早急な打開策を求めていた。

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ジョン・ナタリスの最期

 今回の戦争において、第二次北方戦争と同質な点が1つあった。ニルフガード帝国の残虐性だ。だが、それは比べものにならない程に増していた。北方諸国がただの『野蛮な前代的国家』ではなく『ニルフガード帝国の名誉を傷つけた野蛮な前代的国家』となったからだ。破壊の足跡はまたたく間に北方諸国に広がった。

 

 多くの者が故郷を失った。

 多くの子供が孤児となった。

 多くの者が兵に取られ死んだ。

 そして、多くの者にとってそれが日常の一幕となった。

 だが、至るところに死が待ち受けていようと、人々は生活を続けていた。地獄の釜がひっくり返ったとしても、どんな形であれ生きる者はそれを日常に織り込み、人としての営みを続けなくてはならない運命を背負っていた。

 のどかな農業貿易国家テメリアは、緩衝地帯であるがゆえに真っ先に荒廃した土地となった。絶大なカリスマ性と長けた戦争知識を持った王が暗殺された今、多くの権力者が祖国を捨てた。その沼地だらけの国家には、次の収穫のため毎日天に祈る者と自分の賃金を1枚1枚数える者、そして少数の愛国者だけしか残っていなかった。

 だが、それでも戦争は続いていた。

 その数少ない愛国者たちは、最期の瞬間まで祖国を守る義務を背負っていた。

 

–ヴィジマ、最高司令官総司令部

 

 ナタリスが把握しなければならない戦況図は1枚だけだった。テメリア全土の戦況を首都ヴィジマから把握することは、斥候部隊が1人も帰還しないことから不可能なのだと数時間前に結論づけた。また、何より首都の防衛は何を犠牲にしてでも達成しなければならない軍事目標であった。首都の陥落は、国家の消滅を意味する。

 その小さくシンプルな地図には、敵軍を意味する駒ばかりが置かれ、自軍を意味する駒は首都とその近辺にいくつか置かれているだけだった。首都の象徴であるフォルテスト王の城には、暗殺されたはずのキングが形式的に置かれていた。それは愛国者たちに後ろめたさを感じさせ、気分を削ぐものであった。

 ナタリスは次の一手に頭を悩ませていた。その選択次第では、国家テメリアにもう一度駒を動かす順番が回ってこない可能性があった。形式的に置かれたキングは、チェスと違って首都から動くことはできない。

 籠城するか? 

 いや、ヴィジマは他の村々からの輸出入貿易で成り立っており、余分な食糧は僅かだ。出国した貴族たちの穀物庫から徴収したとしても、あっという間に尽きてしまうだろう。そして、それは兵を優先して配給することとなる。守るべきはずの民はあっという間に餓死してしまうだろう。

 少数精鋭を送り背後から奇襲するか? 

 いや、奇襲が成功したとしてこの絶望的な戦況は変わらないだろう。そもそも敵軍は全土に溢れており、背後など存在しないに等しかった。なにより少数精鋭である刺青隊は、国王暗殺の混乱で何を理由かほぼ壊滅していたではないか。

 

 その時、1人の将校が総司令部に雪崩れ込んで来た。その豪快な入り方から、見ずともそれが誰なのか識別できた。ヴァーノン・ロッシュは衝動に駆られるとやや無作法になる軍人だった。

「閣下、報告いたします。敵部隊が地下水道から潜入し、ヴィジマは混乱状態に陥っております」

 それを聞いてナタリスは自らを心の底から呪った。なぜ地下水道の防衛を強化しなかったのか。

「報告に感謝する」

 ナタリスは戦況図に置かれた駒をヴィジマの真ん中に動かした。そのナイトはあと一手でキングに届くだろう。

「よって、閣下からの命令を続行することは不可能となってしまいました。城門の閉鎖はまだ破られていませんが、時間の問題でしょう。次の命令をいただけましたらと思います。この状況です。すぐに行動を起こさねば我が軍は、いえ我が国はなす術もなく壊滅してしまうでしょう」

 ロッシュは何かを堪えるかのような口調でそう言った。その応えを探しあぐねる途中、ナタリスは戦況図に落ちた汗の跡をいくつか見つけた。

「閣下、不躾ながら具申いたします。レダニアへ派兵を求めましょう」

「……ロッシュ、私には彼らが救援に来るとは思えん」

 上官の返事を待たず、さらに発言することは軍隊では許されないことである。だが、ナタリスは形式的な礼儀を省略することに寛容であり、何よりそのような無駄な指摘をする時間は残っていなかった。

「この策に何か問題があるのですか」

 ロッシュは言った。これも軍隊社会ではあってはならない発言だった。以前のロッシュなら尚のこと言わなかったであろう。神経質なまでに軍規を守るロッシュが、続けてこのような振る舞いをすることにナタリスは驚いた。だが、それは現場の酸鼻をきわめる地獄を実際に見ているからであり、なにより彼本人が現場で指揮をとっているからだと、ナタリスは直ぐに悟った。そこまで酷い状況になっていることに気付けず、現場主義のナタリスは恥じた。

 だが、総司令官は民や兵を第一に考えることは許されない。戦争を勝利へと導くための駒に情を傾けることは、敗北へと繋がる。その意味でナタリスは総司令官に向いていなかった。しかし、フォルテスト王が亡くなり多くの有権者が国外へ逃げた今、彼の肩代わりをしてくれる人間は存在しなかった。

「……問題点か。それはレダニア王は戦争の天才だからだ。冷酷なまでにな」

 ナタリスは言った。ナタリスが冷厳王ラドヴィッドように無慈悲な男であったなら、このような絶望的な状況を打開できたかもしれない。だが、そうなるには彼は高潔過ぎた。

 その言葉を聞くと、ロッシュは総司令部の入り口から戦況図が置いてある机に飛びつくように近づいた。

「しかし……! 

他に打つ手はあるのですか! 

行動せずして我々は敗軍となるのですか! 

そのような行いを亡きフォルテスト王が、我が兵たちが受け入れるとお思いなのですか!」

 そう言って、ロッシュは両手で机を叩いた。ニルフガードの駒がいくつか倒れ、床に転がった。

 この男が拷問されたとしてもやらないような行動に、ナタリスは思わず戦況図から顔を上げた。机を挟み、凶相の男が立っていた。その顔はいつも以上に赤ら顔で、無情髭は伸びきっていた。充血した瞳には潤んだ跡もあった。そして、いつも以上に疲労が浮かび老いて見えた。

「……首都は完全に包囲されている。例の地下水道も使えん。どう向かうと言うんだ?」

 ナタリスはいつもの威厳を保ちながら冷静沈着に言った。総司令官である以上、ここで動揺してはいけないと思った。

「私の隊でしたら、首都の包囲は簡単に突破できましょう」

 問いの具体的な答えにはなっていなかったが、ナタリスは気にしなかった。

「良いだろう」

 ナタリスはそう言うと、改めてロッシュを見やった。

「その案を採用しよう。だが、お前の隊は壊滅状態だ。私の部下から補充していくように」

 ナタリスは高潔であった。そして、部下思いでもあった。特に一般兵士から将校になったロッシュには目をかけており、城内政治では彼の庇護につくこともあった。

「機会を与えてくださり感謝します。3日もあれば大軍を引き連れて帰ってこれましょう」

 レダニアには3日だけでは到着しない。だが、そう諫めることは野暮だと感じナタリスは口にはしなかった。

 ナタリスは優れた軍人であった。ここヴィジマは全力を尽くしても3日と保たないことは分かっていた。そして、捕虜となった将校がどんな末路を辿るのかも知っていた。

 

「よろしく頼んだぞ。

 さらばだ、ヴァーノン・ロッシュ」

 

 そしてナタリスとロッシュは2度と会うことはなかった。

 

 終

 




【あとがき】
ウィッチャーは完成度の高い戦争描写が魅力的です。
そして、戦争で動く金、破壊されながらも続いていく人々の営み。
ゾッとさせられる程リアルな戦争です。
「この世界の片隅に」ような生活がオープンワールド各地で見受けられます。ただ、ウィッチャーはこの作品よりも汚いですが。

ジョン・ナタリスは非常に魅力的なキャラクターです。しかし、殆ど登場しません。彼がどうなったかも作中で明示されませんでした。
(これで見逃しているだけだったら恥ずかしい)

彼は、ニルフガード総司令官のメノ・クーホルンのような泥臭い最期を遂げるのでしょうか?
それとも総司令官に相応しい華麗な最期を遂げるのでしょうか?
ですが、ナタリスはどちらも満たした最期を遂げるでしょう。

ウィッチャー2次創作小説流行ってほしいですね。

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