理系が恋に落ちたけど証明のための時間がありません。   作:ヒラメもち

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理系が恋に落ちたらしいけど、ようやく告白した。

国立大学、その4文字に魅力を感じる理系学生及び親御さんは多いのではないか。

 

第一に学費。

親に支払ってもらうとかいう、今もなお『甘え』を行っているのだが、具体的な数字は私立大学と比べると小さい値であることは自明だと思う。

 

まあ、隣にいるガチ理系な先輩にそんな曖昧な数値で物事を判断すれば、ダメ出し間違いなしである。

 

ともかく、そんな国立彩玉大学へかなりの背伸びをして入った俺は、地獄の3年間を送ってきた。実際のところはレポート提出時や、テスト前日だけなのだけれど。

 

無事に進級できた俺は、この一ヶ月で個性的なメンバーの『人となり』をそれなりに知った。

 

 

「おはよう」

 

ハイヒールが地面を叩く音とともに、氷室先輩が美声を発する。水色のワイシャツの上に、白衣を身に纏う。少しラフにボタンを開けていて、キャンパス内の男子たちの視線を集めるのはいつものことだ。さらには、黒タイツでその美脚を包んでいる。あくまで理学的に、自分磨きをしているのだろう。

 

薄い化粧が、今日も完璧に行われている。

 

 

「おはようっす」

 

俺が挨拶を返すと、にこりと微笑む。

 

てか、最近は自分磨きがより顕著になってきた。主観的にだが、そう思う。その原因は隣にいるM1先輩にあることは、当事者2人以外にとって自明である。

 

「氷室、3分の遅刻だ。」

 

朝っぱらから、憎まれ口を叩くのは雪村先輩である。本来、この研究室にコアタイムはない。しかし、いつも定時に訪れる氷室先輩がいつ来るかそわそわしていたのを、俺は知っている。

 

そんな彼を、理系的ツンデレだと、俺たちB4は認識している。

 

「2分32秒よ。理工学専攻なら、時間は正確にね? 雪村君」

 

徹夜でゲームしてソファで熟睡中のM2先輩はともかく、俺にもその言葉はつきささる。

 

「ふんっ、この会話で3分間は過ぎたぞ。減らず口は作業の遅れを取り戻してから言え」

 

めんどくせっ、バルスすんぞ、雪村先輩。

 

 

「ふふっ、良いハンデでしょう」

 

挑発を返しながら、科学的に理想な姿勢で個人デスクに氷室先輩が座った。

 

てか、女性の準備には時間がかかるのだ。俺が立てる仮定では、雪村先輩に会う前に一度トイレの鏡で最終チェックを行ったのではないか。

 

 

「あー、雪村先輩。今日はこれをやればいいんです?」

「ん。ああ。」

 

腰まで届く髪をじっと見ていた、先輩に声をかける。これでもう、今日は邪魔しないですから。

 

「……いつまで?」

「自分で決めるんだな。卒業論文のテーマを決めることは、早いに超したことはない。」

「先輩が紹介してくれるなんてこと……ないですよねー、自分で考えます~」

 

ここ一ヶ月で、彼の無言が怖いことは理解した。

 

 

少し早く来て、先輩にいくつか論文を紹介してもらっていたのだ。積み上げられた紙の一枚を片手でチラ見しながら、我がWindowsノートパソコンを起動させる。支給されたMacのパソコンはまだ慣れない。

 

 

多項式時間帰着について、仲良く会話している先輩たちにとって、俺のことはもう眼中にない。ハミルトンパス問題ってなに。力学で習った気がするハミルトニアンしか知らないんだけど。

 

 

英和辞書に頼るしかないのだが。

うへぇ、これ統計じゃん。

せめて、量子にしてくれ。

 

 

 

「……そうだ、雪村君」

「……なんだ、氷室」

 

キーボードの音が響く、静寂の世界である。氷室先輩は改まって、何かを言おうとしている。

 

 

「私、貴方のこと好きみたい」

 

 

言ったァ!?

てか、超きまずいんですけど!?

 

思わず、氷室先輩の方へ振り返ってしまう。画面に映るのは数字の羅列だけで、反射によって彼女の表情はわからない。

 

先輩たちはまだ画面を見つめたままだ。

 

「何だと?」

「私、雪村君のこと、好きみたい」

 

氷室先輩は両手をもじもじさせ、対称的に雪村先輩は文字を打つスピードが上昇する。まあ、文章にはなっていないだろう。

 

 

「……俺は恋愛経験というものが、まるでない、と自分ではそう思っている」

 

こっそり離席しようとしたら、雪村先輩が発言する。俺がいるのに、このまま続けるんですかねぇ。ソファの毛布がピクピクしていて、聞き耳を立てている先輩がいることには俺しか気づいていない。

 

絶対、笑ってる。

 

 

「氷室、お前は聡明だ」

 

氷室先輩の、髪がピクピクしているのは非科学的だと思うのだけれど。今はそういう場合ではないか。

 

「俺とお前の関係を示すために、適する言葉を探したことがある。好敵手・同僚・同期生……確かにそれは当てはまるのだろう」

 

好きって言っちゃいなよ、先輩。

このあとは、全員でお祝いだ。

 

 

雪村先輩は、ごくりと息を飲んだ。

スッと、立ち上がる。

 

 

「何を証拠に、氷室は俺を『好き』だと仮定した」

 

なんでや、と関西人の血が騒いで叫びそうだったので、慌てて自分の口を抑える。

 

 

「なるほど。その証明問題を解くべき、ということね。」

 

顎に手を当てて、証拠を探していた氷室先輩がいつものキリッとした表情に戻る。

 

 

「少し待ってて」

 

カタカタカタと、圧倒的なスピードでプログラミングをしているように見える。まあ、Texかなにかで、文章やグラフを作成しているのである。

 

「月村君、プロジェクター」

「えっ、あっ、はいっ!」

 

えっ、俺のことを認識にしていたの。

告白はだれかに見られるのが好きなフレンズ?

 

 

「ありがとう」

 

急いで電源をつけた画面に、円グラフが表示された。コードを使わず、ワイヤレスとか次世代的である。

 

円グラフは、表計算ソフトで簡単に作れるグラフの一つだ。各事象の割合を、視覚的に理解することができる利点がある。

 

 

「これは、私が貴方を好きと判定するに至ったデータ。その構成要素の割合よ。数値について計測できないから、概算だけどね」

 

つまり、なんとなくですね。

自分の恋愛感情を分析した結果である。

 

さて。鼓動だの、目で追うだの、乙女的行動が見受けられる。夢に出てくるとか、無意識じゃん。

 

てか、乙女すぎないか。恋愛未経験者同士だったか。『好きな人の匂いを嗅ぎたい』って要素について、俺自身なら少なく見積もっても10%はあると思う。

 

「ほう、なるほどな。」

 

雪村先輩、目が泳いでいる。

 

項目ごとに意識ポイントを教えられた。いわゆる、『ねぇ、俺のどんなところが好きなの?』の回答を堂々と箇条書きされている。

 

「だが、これはお前の主観に基づくデータだ。確証性はない」

 

素数でも数えたのだろうか、キリッとした表情になる。

 

「そうね。だから、こう仮定しましょう」

 

キュッキュッと、ホワイトボードに言葉が書かれていく。その白く細い指は俺でも目で追ってしまう。彼女の授業とか、寝る人ゼロだろう。

 

「氷室菖蒲は雪村心夜を『好きダッシュ』であると仮定する。あのー、これはどういう意味で?」

 

俺からすれば、傘の下にカップルの名前を並べるやつを、理系的に書いたようにしか見えない。

 

「このデータが一般的な好きな証拠と合致するようならば、氷室の好きが一般論でいうところの好きの定義に含まれることによって、仮定が正しい、ということだ」

 

「な、なるほど」

わからん

 

「そして、こっちは貴方に対する意識度をグラフにしてみたわ。きっかけは4月12日、これも判断材料になるのではないかしら」

 

グラフにおいてその日から、1から対数的に上昇していることが視覚的にわかる。たまに上がり下がりしているのが、なんだかガチのグラフっぽい。

 

「そのきっかけとは?」

「貴方が夢に出たこと」

「不確定だな。俺も氷室が夢に出てきたことはある。もちろん、月村や他のやつもだ。」

 

夢に出てきたと聞いて明るくなって、他のやつもと聞いて落ち込む。氷室先輩が乙女すぎて一喜一憂である。

 

「ところで。夢に出てきた際の、内容は?」

「その情報は必要?」

「きっかけ、いや初期値がわかれば、かなり証明に近づく」

 

少し視線をずらして、両手をもじもじさせる。この仕草だけで何人もの男子が勢いあまって告白して、撃沈することだろう。B4男子は、好きな人及びキャラクターがいるから、そうはならない。

 

 

「手を、繋いでいたわ」

 

乙女かっ!

 

4月12日も少し研究室に来るのが遅かった時だった気もする。幸せな夢ってもう一度見ようとしても、無理な場合が多いけどな。

 

 

「ところで」

 

動揺を隠すように、ホワイトボードに追加情報を書き込んでいる雪村先輩のネクタイを掴んで振り向かせる。

 

大胆だ、俺も好きな人にやってほしい。

 

 

「雪村君は私が夢に出てきたことがあるって言ってたわね。その内容を教えなさい」

「その情報は必要か?」

「B→Aのグラフを作る際、必要になるわ」

 

少し視線をずらして、ネクタイを結び直して襟を正す。この仕草だけで何人もの女子が勢いあまって告白して、撃沈することだろう。彼女とかそこで聞き耳立てている女子先輩は、好きな人及びゲームがいるから、そうはならない。

 

俺には、まだ見ぬ強力なライバルがいるんだよなぁ。

 

 

「手を、繋いでいた」

 

雪村先輩も乙女かっ!

 

「共通項ですって。これはなにかしら裏付けを取らないと」 

 

4月12日って雪村先輩も遅かったよな。両片想いを半月ほど続けて、告白?したのは、早い方なのかな。

 

 

「月村、ここで一度君の意見を聞いておきたい」

 

まさか、このために第三者を置いていたのか。

 

 

「いや、でも、これはおふたりのことですし」

「謙遜することはないわ。時には、柔軟な思考や別の角度から見る視点が必要よ。そのために、研究室があるの」

「それに。なんだかんだ言いながら自分と向き合っているお前を、この1ヶ月で俺たちは評価している。たとえ今までの悲惨な成績があってもな」

 

照れる。まあ、いつも頼ってばかりの先輩に協力できるのなら。

 

 

「一般論に当てはめるために、うーん、あー、あれだ。デートしたらどうっすか。いわゆるカップルがする行動で、お互いどういう反応が起きるか確かめるっていうか」

 

デートと聞いて、2人とも顔が真っ赤になる。その姿だけでも相思相愛だ。こういうお似合いの2人だから、俺たち後輩が懐く。

 

 

「一理あるな。相手に恋愛的好意を持って行うことが、一般的なカップルでも引き起こるのなら、それは判定条件になる」

「その行動による、反応も見るべきということね。脳波は大がかりすぎるから……そうね。心拍数で構わないわね」

 

よくわからん数式を二人仲良く書き始めたことで、俺は蚊帳の外である。AIにディープラーニングさせて、好きと判断させる案が出るとか、才能、いや努力の賜物だろう。

 

 

「おはようございます……なにしてるの?」

 

縦縞のセーターの上に、白衣を身に纏う。タイツは身につけておらず、その健康的な脚をさらけ出している。いつも通りセミロングの茶髪に、小さな花のヘアピンを付けている。学部4年生ながら、あとげなさの残る彼女は、我が工学部同期の姫の1人である。

 

競争率も激しい上に、年上好き。

このままでは勝ち目がない。

 

 

 

「おはよう、奏さん。あれだ、ようやく告った」

「うそっ!? どっちから!?」

「氷室先輩から。でもまあ、まだ恋の証明をできていない」

「それで、これ……?」

 

奏さん的にも、思ったより早かったのだろう。それでいて、唖然としている。ホワイトボードに埋め尽くされていく、文字と数字は記念に、写真を撮っておこう。

 

「そうそう。はい、朝ごはん。どうせ食べてないんでしょ。徹夜するっていってたけど、どんな感じ?」

 

市販のメロンパンを手渡してくれる。ソファでまた熟睡を再開した先輩にまで買ってきてくれた。

 

また今度、お弁当でも作って、恩を返さねば。

 

「サンキュ。今日も昨日もレート10000位をうろうろだよ」

 

熟睡している先輩は、俺より試行回数は少なくとも、1000位前後である。ポケモンとキャンプでエンジョイするのを楽しむ奏さんには、あまり踏み込んでほしくない世界である。

 

「今日、ラプラスのレイドしておきたいんだけど、いいかな?」

「やろうか。てかそれ、俺の方が助かるんだけど。」

 

A0じゃなくとも、マスボ投げる。

 

そして、ソファに座って2人でメロンパンをもぐもぐしながら、先輩たちの議論に聞き耳を立てる。

 

目の前で繰り広げられる光景も理系なりの恋愛的行動だと思う。2種類の癖のある字が時折り重なって、ちゃんと相手の意見を理解しようとしていて、ちゃんと自分の意見も述べる。

 

 

「月村君、奏さん。恋愛も所詮は数字と情報の集合体よ」

「0か1か、それとも量子重ね合わせなのか。この恋、証明するぞ」

 

((何言ってんだ、このバカップル))

 

手伝えってことなのかね。

やはり、まだまだ長そうだ。

 

 

 

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