理系が恋に落ちたけど証明のための時間がありません。   作:ヒラメもち

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理系が恋に落ちたらしいけど、ちょっと進んだ。

俺たちの研究室はカードキーさえあればいつでも入れるようになっている。ゴールデンウイーク後半でも、先輩たちは基本的にいる。今日はなんとなく論文を読むことに気が進まない。6月に控えた、新たなガラル地方のことばかりを考えている。

 

ゲーム大好き女子先輩は、今日もソファで熟睡中だ。もう1人のB4は引きこもってギャルゲするから、今日も来ないだろう。

 

 

「心拍数のグラフはもうできた?」

「待て。もう少しで完成する」

 

先輩たちは今日も仲良く恋の研究である。氷室先輩はスパゲッティサラダを食べながら、雪村先輩は大豆バーを齧りながらだ。

 

 

「休憩する?」

「ああ、そうする。」

 

大きく背伸びをして、俺たちも個人デスクから一度席を立った。

 

共用の冷蔵庫に溜めている残り物を電子レンジに次々と放り込んでいく。こういうとき、飲食店のバイトをしていると楽ができる。いくつか減っているのは、いつも通り酒のおつまみ代わりに先輩が食べたからだろう。

 

 

「今日もありがとね。それじゃあ、いただきます」

「ああ。いただきます」

 

俺が手渡した包みを開けると、奏さんは幸せそうにサンドイッチをモグモグし始めた。ご飯より、彼女はパン好きである。こうやって美味しく食べてくれる姿を見るのが、最近の楽しみだ。バイト先に食パンを持ち込んで作った甲斐がある。

 

てか、3年間課題レポートにおいて、どれほどお世話していただいたか計り知れない。無事に進級できたのは、彼女のおかげだ。

 

「ん~」

 

この1カ月でいつの間にか、彼女は研究室メンバーに市販のお菓子やパンを提供し、俺はご飯やおかず類を冷凍および冷蔵することが頻繁にある。酒類に関しては、熟睡中の先輩が買い出しついでに奢ってくれるのだが、彼女本人とB4男子用だ。

 

大豆バーばかり食べる雪村先輩はあまり冷蔵庫は使わないし、氷室先輩もOLみたいな食事量である。次々とおかずを口に含んでいく俺は、かなり燃費が悪い。

 

 

「できたぞ」

「……2人ともどう思う?」

 

恥ずかしそうに雪村先輩から目を逸らした氷室先輩が、俺たちに話しかけてくる。まあ、聴き耳を立てていたから、驚くことはない。

 

さて。顎クイ、壁ドン、そして密着、いわゆる有名どころはすべて実験で行ったということか。まずはそこを尊敬する。

 

縦軸が氷室先輩の心拍数、横軸が経過時間を示している。オプションとして、縦軸には平常時の心拍数、横軸にはどのタイミングでどの『イチャイチャ』をしたか、正確に記されている。視覚的にかなりわかりやすいグラフだ。

 

「あの、芋けんぴって何ですか?」

 

奏さんが唯一、理解できなかった『イチャイチャ』項目に注目する。そこだけは心拍数の値が少し下がっている。

 

「ソースはネットのものだ。芋けんぴがなかったから、実行には移せなかったがな」

 

眼鏡をクイっとさせて、雪村先輩が答えてくれる。そんな真面目に語られてもな。

 

「とある少女漫画で、経緯はともかく芋けんぴが髪に付く描写があって……まあ、桜の花びらが女子の髪に付いているのを取ってあげるって行動と似ていますね」

「博識ね、月村君」

「なるほど。花弁で代替が可能だったか」

 

雑学にすら含まれないと思う。てか、どこのサイトに芋けんぴが代表例で出てたんだ。

 

「あと、平常時よりも大きく下がっているところはなんです?」

 

かなりの一定値、それも長時間だ。奏さんと同じように、俺もそこが気になる。

 

「気にしないで、不測の事態よ」

 

先輩2人して顔を赤くしているので、密着状態のままスヤスヤしたと仮定する。M2先輩の面影を無意識に見て、二次元キャラを愛しているあいつに至っては、もはや抱き枕がないと眠れないらしいし。

 

 

「でもでも!氷室先輩がドキドキしているのは間違いないんですねっ!」

 

目をキラキラさせながら、奏さんが感嘆の声をあげる。恋バナが好きな女子は多いと思う。そういう統計データは見たことはないけれど。

 

 

まあ、これで証明できたし、祝杯をだな。

 

 

「その結論に達するはまだ早い」

「そうね」

 

その発言に俺たちは、こてっと首を傾げた。

さながらミミッキュのように。

 

「あくまでこれは1度のデータに過ぎない。外的条件によって心拍数が変わったことも可能性としてありうる」

「私としても、たまたまドキドキしただけかもしれないわ」

「帰無仮説だな」

「ええ。統計学的に5%以下にするには……」

 

((めんどくさっ! てか、帰無仮説ってなに!?))

 

「あくまで予想だが、50回ほど壁ドンしてデータを取ればいいだろう」

「ええ。実験を続けましょう」

 

((一生やっとれ、バカップル))

 

心拍数計の動作確認を始めた先輩たちを置いて、俺たちは再び英語の解読に戻った。

 

その後、氷室先輩の慣れによって、心拍数が低迷することにより、先輩たちが頭を抱えるのは自明である。

 

 

 

 

****

 

俺たちの所属する情報科学科の『池田研』は、世の中の様々な事象に対して、数理的な分析を行う。プログラミングを書いたり、PC上で計算させたり、まあ、後者に関してはパソコンのスペックとご相談なのだが。

 

プログラミングはともかく、統計学を得意としていない俺は苦戦する分野だ。だから、先輩に相談や質問をすることは多い。

 

 

「やっぱりFEは風花雪月が一番なんだよなぁ、嫁から借り受けたアイムール!」

「残念。先輩には勝てない。これは自明」

 

そう呟く頃には、敗北が決定した。

 

画面の向こうの剣士は、FE先輩剣士のカウンターで吹き飛んでいく。斧の初速度は小さいため、カウンターで容易に見切られることは知っている。それが定石であるからこそ、意表をつけたと思ったんだがな。

 

「参りました」

「まっ、トラスケよりは強いよ」

 

B4男子仲間の、キャプテン・ファルコン使いである。俺的には五分五分だと思っている。たとえ2人で挑んでも、この先輩には勝てない。

 

「プリンといい、先輩って強すぎませんかね。大会とか出ません?」

「こういうのは、ここでできるからいいの」

 

ふわぁ、と大きく欠伸をしているのは棘田先輩だ。この2文字で、イバラダと読む。この研究室で教授を除けば、最年長である。

 

M2なのに妖艶さとあどけなさを兼ね備えた容姿、ゆるふわな髪、少し低めの身長、いわゆるゴスロリファッション、ゲームやアニメに理解のある女性、件のトラスケの『タイプ』。

 

「おはようございます!……ってまた徹夜ですか?」

「おはよう」

「おは~」

 

そんな俺たちをほんのちょっと咎めるのは、お菓子の入ったビニール袋を持った奏さんである。ビールの空き缶を嫌な顔せず、テキパキと片付けてくれる。確か、弟や妹がいるんだっけか。

 

慌てて、俺も手伝うことはよくあることだ。

そして、棘田先輩はこれから仮眠を始める。

 

 

「いや、まあ、バイト終わりから、ここに来て少し研究テーマの話はしていたんだ」

 

2時間くらい話した後、モンハンを始めたけれど。

 

「もしかして、決まりそう?」

「ああ。量子系のこと」

 

まあ、1年上のM1先輩が『カオス理論を使ったタブー探索』なんてよくわからないものを早朝から議論しているので、自信を失くしてしまう。

 

「量子コンピュータを使った数値計算だ」

「それって、この彩玉大学でも……」

「ああ。わかってる」

 

俺のやろうとしていることも、彼や彼女たちの領域に近い。それでも、このテーマだけは時間をかけてやり遂げたい。

 

 

「そっちは?」

「私は最適化問題かなーって。」

「例えば、巡回セールスマン問題、か?」

 

名前だけは聞いたことがある。

かなり数学的な要素を含むはずだ。

 

 

「そうそう。なんだかパズルみたいじゃない?」

 

彼女は指を絡めて、何かを懐かしむような表情をする。

 

 

「ハノイの塔だったかなー、数学の先生がそういう話をよくしてくれてさ。」

 

少し頬を赤らめた彼女が、恋する乙女の姿なのだろう。

 

「数学を話すのに夢中なのがステキで、高橋先生に構ってほしくていっぱい勉強したなー」

 

リケジョになるきっかけということか。

それは、その人を好きにもなるよな。

 

今の俺ではその先生に敵わないし、課されたタイムリミットもある。院試関係の書類はまだ引き出しに入ったままだ。

 

 

「不思議だよね。好きな人と一緒にいるためなら何でも頑張れるだなんて」

 

笑顔でそう告げる。

 

俺は、一歩すら踏み出せてはいなかったのだろう。恋をその頃から経験している彼女は、何歩も先にいる。

 

 

「でさ、そのおかげで」

「なるほど。今の話をまとめると」

 

聞き耳を立てていた先輩が意気揚々とキーボードに『ベン図』を書き込んでいく。

 

「好きダッシュ奏ラヴ高橋、ということだな」

「オイイイ!勝手に定義付けないでくれます!?」

 

あくまで仮定だ。

失言とは言え、それは公開処刑である。

 

「奏!もっとデータが欲しい。過去、他に好きになった人はいるか?」

「そりゃあ。3人くらい、いますけども……」

 

彼女はあまり、嘘はつけない性格だ。

 

「4人分か。俺たちと合わせて、計5つのデータで構成要素を纏め上げ、その共通項こそが『好き』の一般条件ということだ。だからこそ、各構成要素が欲しい」

「で、でも……」

 

俺の方を奏さんがチラチラ見てくるのは、俺も恋バナをさらけ出せということか。これがリアルにおいては初恋で、当事者が目の前にいるんだけど。

 

 

「いい加減にしなさい」

 

ポンッと、氷室先輩のチョップが入る。やった本人もやられた本人も、顔を赤くした。そういうスキンシップをできることが羨ましい。

 

 

「くっ、だがこれは氷室の恋心をはっきりさせるためだ。何の犠牲も払わずに得られる成果などない!」

「っ!?」

 

両手で口を隠しながら、顔はさらに真っ赤になる。そんなカッコいいこと言われる時に、心拍数を計ればいいのに。

 

 

((人って、本当に湯気が出るんだ。てか、なんで髪が揺れるの。))

 

 

「おいっ、熱でもあるのか。この症状は急性の発熱なのだろうが、一体何の病気なんだ。くそっ、医学についてもっと学んでおくべきだったか」

 

冷静さを欠いた雪村先輩も珍しい。とりあえず、このイチャイチャが収束するまで、自分のパソコンと向き合うことにする。

 

 

 

「この場合、救急車が必要か!?」

「「いらないです」」

「その根拠は、確証はあるのか!」

 

 

 

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